生きたい、死にたくない、未来が欲しい。
西暦の記憶を取り戻した時からそう思い続けている私、鷲尾須美はどうすれば未来でも穏やかな日常を歩めるのか考えを止めたことはあまりない。
学校での運動の時とか、美森ちゃんと一緒にいる時とか、はしゃいで楽しんでいる時は一時忘れられる事はあっても、楽しい時間が過ぎれば酔いが醒める様に頭の中で平和な日々を歩む方法を模索している。
少し前までなら、最善手である本来の物語通りの展開で勝手に進み、気付けば勝手にハッピーエンドがやってくるという甘い考えを持っていたのだけれど、残念なことに主人公兼メインヒロイン(国防)の立場がメインヒロイン(
そして、解離している今から本来の物語に沿う様に行動するという選択肢も存在しない。
私は本来の『
―――では物語の話から外れた道を行くのか?
それしか道はないだろう。
だが、より良い未来へ行くにはどうすればいいかを考え始めて、数日。連日の学校と訓練と仕事で疲れながらも煮詰めた私の思考が出した想定は、初期より旗色悪く良くてバッドエンド、殆どの場合がデッドエンドの未来。
つまるところ、現状は八方塞がりの様相。
その事実に絶望して気が狂うことなく、乾いた笑い声を浮かべるだけで済んだのは、こうなる事は当然だと思っていたから。
何せ今ある問題の多くは本来の物語でも語られていた事であり、その中でも本来の世界でも解決出来なかった事が根幹なのだから。
―――現状の全ての元となっている問題は、神樹の寿命ともいえる弱体化。
西暦の終わりより今日までの約300年という長い間四国を外界の炎の海から守り、バーテックスの進行を防ぎ、食料、大気、電気、様々なものの原材料と言った物を恵みとして与えてくれていた神樹の力が弱まっているという致命的な問題。
四国中の巫女達が毎日儀式をして、その力を回復させようとも四国に生きる400万人の人間が消費させる神の力には及ばないという話であり、故に対処方法が無い。
口減らしするなんて出来ない以上、精々日々巫女が神事を行い、少しでも力の消費を緩やかにするのが限度であり、いずれは神樹の力が尽き、世界は炎の海に包まれる定めとも言える。
それが何十年も先であれば、まだどうにかしようもあるのかもしれないけれど、残念なことに長くてもあと十年以内。物語に沿えば四年後にはその結末を迎えるのだ。
一応、物語で行われようとしたものの、されなかった解決法がある事にはあるのだが現状は行えず、かつ遠回しな自殺とも揶揄されるような方法の為出来る様になっても取りたくない。
そんな回避不可の世界の終焉―――『わすゆ』や、その後の物語である『ゆゆゆ』でもどうにもならなかった間もなく世界が終わるという状況だが、しかし『ゆゆゆ』という物語の結末はハッピーエンドである。
どうやってその結末に持って行ったのかを簡単に言えば寿命が尽きかけた神樹の延命最中に、止めを刺しに態々やって来た天の神を逆に勇者が倒して、神樹が天の神が倒されたその隙に命を引き換えに外界を元の世界、即ち人間が生きられる世界に戻すという大分無茶苦茶な事が起きたから。
なお、その結末に行く為には『本来の鷲尾須美』の力が必要不可欠なのでほぼ取れない手法である。
つまり、結局最初に語った通り十年以内に神樹が消滅して人類滅亡コースは現状避ける事が不可能なのだ。
そして、奇跡に縋らずに天の神を呼び出す方法も討伐する方法も今の所存在しない。
即ち、現状は詰んでいるといって過言ではなかった。
―――でも、それでも。私は諦めたくない。
考えれば考えるだけ、現状では私一人の存在が生まれたのせいで打開の可能性が万に一つも見えない。
それでも、だとしても。
苦しくて、辛くて、泣いたとしても、無様を晒しても、私は死にたくない。
死にたくは、ないのだ。
だって、死ぬことは恐ろしいから。
死んだ先に幸せはないから。
―――だから、命が尽きる最後の最後まで悪あがきをしよう。
そう私は決めている。
―――……
大赦研究員の仕事。
それは来るべきバーテックスの襲来を切り抜け、天の神へと報いを受けさせる為の勇者システムの開発、アップデート。そして四国全土を外界から守護し、生きるための恵みを齎し、戦う力を授けてくれる神樹様の力の消耗を抑えるため、人的方法によりそれらのカバーを出来るように日夜研究を続ける事が仕事。
巫女の仕事。
それはいつ来るかわからぬ神樹の神託を受けしだい周囲に伝える事と、常人よりもはるかに高い効率で神樹に祈りを捧げる事で力を還元することが出来るという事を生かすためになるべく神を祀る儀式を行う事が仕事。
勇者の仕事。
それは来るべきバーテックスの襲来時にそれを切り払い、神樹を御守りする事と、可能であれば天の神を斃す事。その為に日々肉体を鍛え、勇者システムに慣れ、戦いを学ぶ事が仕事。
この内のどれか一つであっても、平時の学校との掛け持ちは酷く疲れるものだ。
研究は中々成果が出るものではなく長時間を費やす事が必要になるし、神事には手順を誤らないための繊細さと同じく長い時間が必要、勇者の訓練はまだ戦う為の身体作りの段階だからやはり時間と体力を多く消費する。
一つでも時間が掛かるのにましてや三つともとなると、基本的に丸一日を費やさないと全てを終える事は出来ない。
徹夜も続くし、疲労と過労も溜まる。栄養ドリンクは歴戦の相棒だ。
最低限仮眠を摂ったり、身嗜みとしてシャワーなどを使う時間はあるけれど、それ以外は空き時間なしで働き続ける不健康な生活を続けているからか目の下の隈と友達になり、少し枝毛が多くなってきた気がして悲しみを覚える。
それでも、生きる為に悪あがきをすると決めた以上は、多少の無理と無茶は押し通すつもりだった。
幸いな事に。と、言えるかは分からないけれど勇者の訓練や、研究の一環で纏う勇者の装束には、戦闘における負傷対策の為に肉体の傷や負担を治癒する機能が備わっている為、過労死、もしくはそれに準ずる体調不良に悩まされるという危険性は低い。
故に最低限、二年後の戦いを乗り越えるまではこの生活を何とか維持しようと考え、実行して始めてから数日経った平日の放課後。
「どう、どう? ここのジェラートめっさ美味いでしょ?」
「うん、最高だよ~。こんなに美味しいものがあるなんて私知らなかった~。ありがとう、ミノさん!」
―――私は二人の少女と一緒にイネス……西暦のイオンの様なモールにジェラートを食べに来ていた。
二年間にわたる行動予定を決めた日からまだ一週間もたっていない。
三日坊主という言葉が脳裏に踊り狂い、改めてどうしてこうなったのだろうかと内心でそう呟く。
理由は明白で考えるまでもない、目の前にいる少女二人に誘われたから。
―――ジェラートを勧める、灰色の髪を短く切り揃えた、快活さを感じさせる笑みを浮かべる少女『三ノ輪銀』
―――ジェラートに舌鼓を打つ、金糸の様な髪を持ち、ほにゃりと頬を緩ませて目尻に涙を浮かべる少女『乃木園子』
共に勇者のお役目に選ばれた少女達であり、今日の集まりの名目は親睦会。
これから二年後に共に戦う事になる前に、仲良くなろうという誘いだった。
本来、勇者としての訓練がある放課後を自由にする時間はないけれど、チームワークも重要であるという内容を言って、安芸先生から許可を取って来たらしい。
厳格な安芸先生らしくないと疑問を抱くも、休みとして認可されてしまい、設備の使用申請などがされていない以上今日はもう訓練を行う事が出来ない。それに神樹館では小学四年生以降であれば買い食いも社会勉強の一環として許可されているから止める理由もなくて、故に親睦会にも来たのだけれど、ちょっとどころではない気まずさの様な、疎外感の様なモノを覚える。
(―――三ノ輪銀と乃木園子。本来は、美森ちゃんが一緒に勇者になるはずだった子達)
この世界は物語の世界では無いと幾度私は私に言い聞かせただろうか。
平時ではもう物語が云々と思考しても、あまり気にしないようになれた気がする。だけど、どうしても、目の前にいる二人の少女が仲睦まじくジェラートを食べさせ合う姿を見ていると、本来此処にいる筈の少女の姿を幻視してしまい、言いようのない心の澱みを感じる。
(―――私なんかが本来居ていい場所じゃ無いよね……)
何度思ったのか分からないこの言葉が、今は更に重く心にのしかかる。
いつかは乗り越えなければいけない事だと分かっている。
別に死にたいわけではなく、未来を変えると、世界を救うと、生き残りたいと思っているのであれば、物語という理想の未来は参考にする以外で考えるのは無意味な事でしかない。しかし、あの完成されていた三人の集いは他ならない私のせいでもう見る事が出来ないのだろうと考えると、自然と首が下を向いてしまう。
「えっと、鷲尾さんどうかしたの? ジェラートと睨めっこしてたかと思いきや俯いちゃったけど」
「ワシスミーはジェラートが口に合わなかったのかな~?」
溜息を零してしまいそうになった時に、聞こえてきた二人の声にハッとして前を向く。
気付けば食べさせあい等をしていた二人が此方を向いて、不安そうに眉をハの字にしていた。
「いえ、ジェラートは好きよ。ただ、ちょっと落ち着かなくて」
慌てて言葉を口にしながらジェラートを口に運ぶ。
ラズベリーの酸っぱさと、甘みが口内を通り、鼻を通る香りを堪能する。
「うん、美味しい。……そういえば最後に嗜好品を摂ったのは何時だったかしら?」
自然と緩んだ口が、ふと疑問を零した。
「嗜好品って難しい言い方するなあ」
「ワシスミーは甘いものあまり食べないの~?」
「甘いものは好きだけど……」
最近は忙しくて食事以外だと栄養ドリンクを飲んだ記憶しかない。そんなことを言えば雰囲気を悪くしてしまうだろう。そう考えると、少しだけ口ごもってしまう。
「まあ、ジェラートを気に入ってくれたならよかったよ。なんたってここはアタシのイチオシだかんね」
そんな私を気遣ってか、銀はそういって笑い流す。
精神的には私の方が年上なのにな。と、気恥ずかしさを覚えて、だけど同時にこんな幼いのに周りに気を使えるなんて凄いと、憧れの様な、尊敬の様な思いを少しだけ抱く。
「ん~。そーだ!」
唐突に、園子が目をシイタケの様に輝かせて、パアッと笑顔を浮かべて私と銀を見た。
「ねえねえミノさん、ワシスミーともジェラートの食べさせ合いっこしようよ~!」
「……ふぇ!?」
「お、ナイスアイデア園子! じゃあ鷲尾さん、はい、アーン」
素っ頓狂な声を思わず上げて、それを気にもされず、ずいっと差し出されたスプーンの上に乗るジェラート。
この流れは食べなきゃ駄目だろうと頭が判断するも、それって間接キスになるんじゃと考えると気恥ずかしさから頬が紅潮するのを止められない。
「ほらほら、溶けちゃう前に食べちゃって!」
「一口にパクっとだよ~!」
「え、あ、わ、―――あむ」
「ふふん、どう、どう? このフードコートのジェラートの中でのナンバーワン、しょうゆジェラートの味は?」
味なんか殆ど分からなかった。ただ羞恥心で胸が一杯で、他の事が考える余裕が無くて、
「―――美味しいわ、三ノ輪さん」
感想はありふれたもので、しかしそれを聞いた彼女は満足そうに笑った。
「でしょ! でしょ! いやー鷲尾さんはよくわかってますなぁ!」
「だって、美味しいものは美味しいんですもの」
「うんうん。美味しいものを食べると幸せになるもんね~。そんな訳で、はい、ワシスミー、こっちのもアーン!」
「あ、アーン」
流されるままに一口、断れないまま園子からも貰う。微かに残るしょうゆの香りと混ざりあう様に、メロン風味が口の中に広がった。
「ん……美味しい」
「ミノさんのと、私のジェラートどっちが美味しい~?」
「そりゃあアタシのしょうゆジェラートっしょ! な、鷲尾さん!」
「え、え、あ……ど、どっちもじゃダメ?」
選べと言われても銀から貰った方は殆ど覚えてなくて、園子に貰った方はしょうゆの味と混ざって元の味が良く分からない。だから、二人の味でどっちも。
そんな私の玉虫色の回答は、まあ大丈夫見たいで、ほっと一息。
「さてさて~。じゃあワシスミー、アーン!」
園子は、声を上げながら口を開けて待つ体勢になった。
「ほらほら、貰ったんだしお返ししなきゃだぞ、鷲尾さん」
「『何事にも報いを』が家訓なんよ~。ジェラートにはジェラートのお返しが欲しいな~ワシスミー」
「あ、ああもうわかったわよ! ……アーン」
振っ切る様にジェラートを掬って差し出せば、パクリと一口。
ポヤポヤと笑みを浮かべていた園子は増々笑みを深めて、満足そうにしている。
ここまで来たら私ももう半ばやけになって、スプーンでジェラートを掬って銀へと向けた。
「はい、三ノ輪さんも。アーン」
「お、悪いね、アーン! ん~! こっちの味も結構いけるじゃん!」
「でしょう? あ、三ノ輪さん、ちょっとストップ」
ん? と首を傾げたような姿勢で止まる彼女の口元、私のジェラートの汚れがついてしまっているのを見て指で拭いとる。
「お、悪いな鷲尾さん」
「気にしないでいいわよ……あむ」
お礼の言葉に返答を返した後、暫く指を見つめて、このままだとべたついて大変だと思い、口に含んで舐め取った。
「―――」
「―――! ビュォォォオオオオオオ!」
瞬間、何故か突風が吹く。
発生源は園子の周りからで、何があったのかと見て見れば少し頬を赤く染めて視線を逸らしている銀と、私を見て目を先程よりも輝かせている園子という様子。
「二人とも何を……て、あら、やだ、私ったら」
変な雰囲気になっている二人を見て、ヤケになっていた思考が戻ってくる。そうすれば、先程自分がやった行為が傍から見れば少々はしたない行為だと気付き、再び顔が紅潮していくのを止められず、耳まで真っ赤に染まってしまう。
そんな様子がおかしかったのか、二人は始めは小さく、徐々に大きく笑いだし、私もつられて笑い始めて、泣きが入って止まる頃には最初の頃の少し硬い雰囲気は吹き飛んでしまった。
「あー、お腹痛い。まともに話してみるとやっぱ二人とも面白いな! もっと早くに話しかけておけばよかった!」
「私もそう思うんよ~。初めてクラスであって、その後安芸先生に連れられて、友にお役目を果たす仲間だからって自己紹介を聞いた時、ミノさんは元気いっぱいで怖そうに見えて、ワシスミーはなんかお化けみたいで怖かったんだ~。でも、話してみると二人とも結構面白いね~」
「そんな風に思われてたのね……。でも、それを言うなら、乃木さんだって大分面白いわよ? 独特だし、何処に飛んでいくのか分からない感じがあるわ。ねえ、三ノ輪さん」
「あ~それはわかるな。……ところでさ、鷲尾さん。友達にいつまでも苗字呼びされるとむず痒いし、普通に名前で呼んでくんない? 私も須美って呼ぶからさ」
「! あ、私も名前で呼んで欲しいな~!」
「ん? いいぞ、園子」
「―――! イェーイ! 初めてのお友達だぁ!」
「イェーイ!」
ハイタッチを交わして、笑い合う二人の視線が此方へと向く。
躊躇わず、私も頷いてじゃあと言い。
「改めて、これから宜しくね―――」
一拍、そこで口を止めた。
少しだけ、物語を思い出した後、私は直ぐに口を開く。
「よろしく、三ノ輪銀――のんちゃん。乃木園子――ののちゃん」
ポカンとした二人が、呼び方が渾名だと気付くのに数秒。片目を閉じて笑いかければ、二人からも笑いが零れた。
「須美も園子と同じで結構面白い渾名を考えるなぁ……これはアタシも考えなきゃか?」
「むむむ~! ワシスミーいいセンスしてるね~! これは強力なライバル登場だよ~! もっとすごいのを考えなきゃ~!」
そうしてまた皆で笑い合って、時間も忘れてお喋りを続ける。
間違いなく、今は幸せだった。
―――そして、やがて日が暮れて解散の時間となり、酔いが醒めるように現実と向き合う。
「今日は楽しかったな! 明日からは、学校でももっと話そうな!」
「そうだね~! 私もミノさんとワシスミーと話足りないよ~!」
帰り道。
分かれ道でそう二人が話し合うのを見ながら、私も同じように言葉を口にする。
「ええ、私ももっともっと二人と話したいわ。また明日ね」
「うん、またね!」
「またね~。ミノさん、ワシスミー!」
私は今、ちゃんと笑えているのだろうか。
自信は無かったけれど、二人は特に疑問を持った様子もなく道を歩いて行く。
その姿が見えなくなるまで立ち続け、やがて見えなくなった所で、唇を噛み締めた。
「またね……か」
銀が口にした再開を願う言葉。
その言葉に、嫌な光景が脳裏に浮かび上がり、それを振り払う様に頬を叩く。
「嫌だと思うのなら、今日の楽しさを無くしたくないなら、そうならないように努力しなきゃね」
私の目指したい未来への道筋は、どうすればいいのかはまだ分からない。
だけど、私が望む未来図に欠けてはならないものが出来てしまった。
「―――誰よりも、何よりも。あの二人を護りたい」
その想いが心の中で膨れていき、自分自身が果たすべき約束とするには、そう時間はかからなかった。
鷲尾須美:睡眠時間がヤバくて目の下の隈がお友達になりつつある主人公。
今回、生きたい以外に決意をちょっとだけ新たにした。
三ノ輪銀:勇者のお役目を果たす事になる少女の一人。
親睦会を提案した、しょうゆ味のジェラートがお気に入りなちょっと変わった子。
須美のお気に入り(意味深)
乃木園子:勇者のお役目を果たす事になる少女の一人。
ほんわかマイペースの上に唐突に突風を吹かせるやべー奴。
須美と銀ちゃんのジェラート関連を見て意欲が捗った()。
須美の渾名に対抗意識を燃やし数日の間須美と銀に様々な渾名を考える。
最終的にわっしーとミノさんに落ち着いた。
安芸先生:銀ちゃんの親睦会の提案を許可した先生。
本当は許可するつもりはなかったけれど須美の労働環境等を考え
息抜きさせなきゃいけない気がして許可を出してくれた。