第一話 鉄と光と
宇宙移民と宇宙戦争の歴史となった宇宙世紀が終わって幾分の月日が流れた。
新たな時代であるリギルド・センチュリーを向かえて一〇一四年。人類は未だに争いを続けている。
キャピタル・テリトリーの候補生であるベルリ・ゼナムは、アメリア軍が秘密裏に動かしている海賊船メガファウナのモビルスーツデッキの中で不満を口にしていた。
「マニュアルに書かれてる事がいつでもできる訳ないでしょ。それに技術屋目線でしか物事を見てないから、パイロットの事をわかってないんです」
「でもパーフェクトバックパックなんて名前なんだから――」
「名前だけで信用できますか」
メカニックであるハッパはベルリの機体であるGセルフの新型バックパックの調整作業に忙しい。ヘルメスの薔薇の設計図を元にして開発された4つのバックパックの性能を兼ね備えたパーフェクトバックパック。
それも技術力の高いビーナス・グロゥブで開発されたとなれば、Gセルフの性能をより高いレベルで引き出す事ができる。
マニュアルを片手に持つベルリは赤いパイロットスーツを装着すると開放されたハッチからコクピットに乗り込んだ。
「ハッパさん、出せますね?」
「珍しい、テストか?」
「今まで試運転もして来なかったのがおかしいんです。僕は前線で戦わなくっちゃならないから、バックパックの性能を確認します。ハッパさんは退いて下さい」
「シールドも新しいのを用意した。忘れるなよ」
操縦桿を握るベルリはハッチを閉じ、マニピュレーターを伸ばして言われた通りにシールドを左腕にマウントさせた。右手にはビームライフルを握り、Gセルフはカタパルトに歩を進める。
「ポテンシャルは宇宙用バックパックよりも良いらしいけど……」
『ベルリ、艦から離れすぎるなよ!』
「わかってますって、ハッパさん。Gセルフ、出ますよ!」
メインスラスターを蝶の羽のように広げて、最新鋭バックパックを背負ったGセルフはメガファウナなら飛び立つ。
従来の機体とは一線を画するGセルフ、メインスラスターの青白い炎とフォトンリングが機体を瞬時に加速させる。
「これが新型バックパックの性能かぁ……キャピタルアーミーとドレット軍、それにジット団も新型を用意してるんだから、僕がなんとかしなくっちゃ」
ペダルを踏み込むベルリは機体を加速、漂うデブリを避けながら機動性と運動性を確かめながら操作する。不本意とは言え、状況に流されたとは言え、ベルリは幾度も死線をくぐり抜けて来た経験からパイロットとしての能力も飛躍的に上昇していた。
頭と体を使って瞬く間に操作を覚えていく。
「リフレクターモードにアサルトモード、フォトントルピード? コピペシールドは使えそうだ!」
持ち込んだマニュアルを片手に持ちながら、ベルリは機体の慣らし運転を続けていく。すると、どこからか眩い光が見えた。
「何だ、彗星? いや、違う。彗星はもっとこう――」
光に視線を向けるベルリはそれを凝視する。その光は虹色のカーテンのように、それでいてどこか悲しげだった。まるで宇宙に落ちた涙のよう。
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艷やかなブロンドヘア、二重まぶたから覗かせる瞳は美しく、まだ10代ながらもその立ち振舞いからは気品が溢れる。富裕層出身である彼女の赤いドレスに使われている生地1つ取っても1級品で、彼女の美しさを際立てていた。
少女の名はクーデリア・藍那・バーンスタイン。
火星独立運動の一環として、彼女は自らの意思で火星に向かって旅立っていた。慣性飛行に入る輸送船の中でシートベルトを外す彼女は、窓の外に映る広大な景色を眺めている。
「もう少しで火星郊外ですね。これが火の星、外から見るのは初めてです」
「お嬢様、お飲み物はいかがですか?」
「あぁ、フミタン。今は大丈夫。それよりもアレを見て。彗星かしら? 綺麗な光」
「彗星……ですか?」
侍女であるフミタン・アドモスは眼鏡の位置を右手で直すと、クーデリアの傍に寄り添い窓の外を見てみる。
眼鏡のレンズを通して見える景色には青く光る地球、無数に輝く星々。そして虹にように輝く不思議な光。
「何の光でしょう? 少なくとも彗星ではないと思われます」
「でも、とても綺麗……」
虹の光に見惚れるクーデリアは瞳を輝かせながらそれを見続けた。けれども虹の光とは別方向から近づく光に彼女は気が付かない。
メインスラスターから噴射される青白い光。全身が緑色のモビルスーツ、グレイズの部隊は右手にライフルを握りながらシャトルに接近していた。
「あのシャトルにターゲットが乗っているんだろ?」
「証拠隠滅はコンラッド支部長に任せれば良い。簡単な任務だ、すぐに終わらせる」
「了解」
グレイズは握るライフルの銃口をシャトルに向けてトリガーを引こうとするが、パイロットは操縦桿から手を離しコンソールパネルを叩く。
頭部の装甲が展開し内部の球体センサーが周囲を索敵する。
「どうした?」
「それが……データにないモビルスーツが観測されたと」
「モビルスーツ? エイハブウェーブは出てないぞ」
「でも確かに……」
パイロットが機体の頭部を向ける先、カメラが映し出す映像には間違いなくモビルスーツが見えた。真っ白な装甲、発光する各部、羽のようなバックパック。
誰も見た事のないモビルスーツ。
「どうしますか? 攻撃しますか?」
「我々の任務はあくまでシャトルだ。それに相手はまだ動いてない。別働隊に任せる」
指揮官の指示に従いグレイズはクーデリアの乗るシャトルに狙いを定める。
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ベルリ・ゼナムはようやく目を覚ました。いつの間に眠ってしまっていたのか本人にもわからないが、覚醒する意識の中で体は自然に動く。ノーマルスーツの空気と水の玉をチェック。次は機体の生命維持装置。
全てに異常はない。次に機体本体の各部チェック、コンソールパネルを流れるように叩くベルリはオールグリーンになったのを確認した。
「寝不足……だなんて事はない筈だけど。気が抜けてたのか? メガファウナの位置はどこだ?」
レーダーを見ても、目視で周囲を見ても、発進したメガファウナの位置が掴めない。それでも冷静に状況を把握しようとするベルリは地球と月の位置を確認し、自らが何処に居るのかを調べた。
「どう言う事!? 火星だって!? メガファウナはどうしてキャッチしてないんだ! ガランデンはどうなってるの?」
操縦桿を握り締めるベルリはペダルを踏み込みGセルフを操る。新型バックパックから青白い炎を噴射して加速するGセルフは周囲を索敵しながら進むと、登録されていないシャトルとモビルスーツの反応を見付けた。
「データにない機体。でもジット団のモビルスーツとも違う。何だ、撃とうって言うの?」
深緑色のモビルスーツは握るライフルの銃口をシャトルに向けているのがわかる。
ベルリはアメリアの海賊部隊として活動を続けているが所属はキャピタルガード。宇宙で不徳を働こうとする者を見過ごす訳にはいかないし、民間シャトルを救護する仕事だってできてしまった。キャピタルガードとしての責務を真っ当しようと、ベルリはシャトルを守るべくGセルフを急がせた。
「武装もしてない民間シャトルを襲うだなんて、やめなさいよ!」
「隊長、白い機体が動き出しました!」
「本当にエイハブウェーブは確認できていない……手足だけを破壊して捕獲しろ。あの機体は解析する必要がるな。狙撃は俺がやる」
「撃たせない!」
パーフェクトバックパックを背負ったGセルフのポテンシャルは高い。瞬く間に接近すると狙撃を目論む隊長機に向かってビームライフルの銃口を向けた。
引かれるトリガー、轟くビーム音。狙いは正確に機体の腕部を捕えていたが、水を弾く油のように緑色の装甲はビームを弾く。
この光景に両パイロットは驚きを隠せない。
「直撃したのにビームを弾く!?」
「何だあの光は!? まさか新兵器とでも言うのか! 作戦変更、シャトルは後回しだ!」
隊長機は振り返りライフルの銃口をGセルフに向けた。連続して発射される弾丸を悠々と回避するベルリだが、その前時代的な武器にまたも驚く。
「実弾兵器だって? こんな前時代的な武器、キャピタルアーミーもトワサンガも使わないぞ」
「アイツ、早い!」
「装甲にビームが効かない、だったら!」
口で言いながらもベルリはもう一度だけトリガーを引いた。トワサンガ製の高性能ビームライフルから発射されるビームは並のモビルスーツの装甲なら一撃で破壊するだけの威力を持つが、胸部装甲に直撃した筈がまたも弾かれてしまう。
ビームライフルを腰部へマウントさせ首元からビームサーベルを引き抜く。一気に加速して距離を詰めるGセルフは針のように細いビームサーベルで横一閃すると、敵機が握るライフルとマニピュレーターを一瞬で切断した。
「装甲のないフレームなら斬れる」
「ナノラミネートアーマーを避けて攻撃だとッ!? パイロットはどうなっている?」
「隊長、援護します」
もう一機のグレイズがライフルでGセルフを撃つが、発射された弾丸は装甲に届くよりも前に消えてしまう。
Gセルフのシールドから発生するコピペシールド、一見透明なビームシールドが機体を離れて周囲を囲う事で弾丸を消滅させたのだ。
「コピペシールド、使えるな」
「弾が消えたぞ? 何なんだアイツは!」
接近するGセルフは更にビームサーベルで袈裟斬り。装甲は切断できないが、ビームを弾かれながらも腕を振り下ろす。右腕と胴体とを繋ぐ関節部が斬られ、ライフルを握る右腕が宙に浮く。
「遅い!」
「たかが一機に二機が損傷しただと!? クッ、シャトルの撃破もできずに!」
残る左腕のマニピュレーターにバトルアックスに握らせる隊長機はすかさず横一閃するが、Gセルフの新型シールドにいとも容易く防がれてしまう。
「盾などと、洒落臭い!」
「正気なのかァァァッ!」
シールドを正面に構えてフォトンバッテリーの余剰エネルギー、フォトンシールドを飛ばすベルリ。光るシールドからエネルギーが発射されてグレイズの左腕は飲み込まれた。
装甲は破壊できないがマニピュレーターとフレーム、握っていた斧が一瞬の内に破壊されて爆発が姿勢を崩す。
何もできないまま隊長機は両腕を失い、部下の機体に支えられながらパイロットは敵の戦闘力に脅威する。
「何の光だ!?」
「隊長、ご無事で?」
「あの機体は危険だ、本体と合流するしかない。離脱するぞ」
「了解、撤退します」
メインスラスターで加速するグレイズは現宙域から離れて行く。深追いをしないベルリは攻撃の意思がないのを確認し、シャトルに向かってゆっくりと機体を接近させた。シールドの先端をちょんとボディーに触れさせて、接触回線で通信を繋げる。
「損傷はしていませんね? 飛行できますか?」
「こちらは無事だ、負傷者もいない。それよりもどこのどいつだ、さっきのモビルスーツは?」
「データにはない機体です。それに装備から考えても旧型の可能性が」
「そうか……どうせ物資を狙った海賊だろう。我々はクリュセに着陸する。まだ他にも障害があるかもしれない。できれば同行してくれると助かる」
「それはもちろん。僕だってキャピタルガードですから」
「キャピタル? まぁ良い、よろしく頼む」
互いに会話が噛み合わないままシャトルは火星着陸の為に進路を取る。それの護衛に当たるベルリは少し離れて周囲を警戒するが、以後モビルスーツの奇襲や攻撃は襲って来なかった。
そして少しずつ大きくなる火の星、目の前に広がる未知の惑星にベルリは息を呑む。
「トワサンガにビィーナス・グロゥブ、そんでもって次は火星かぁ。地球を出てからこんな事になるなんて思わなかった」
「白い機体のパイロット、聞こえているな?」
「はい、聞こえます」
「これより着陸姿勢に入る。ハッチを開放するから中に入れ」
「了解です」
開放されるシャトルのハッチに機体を滑り込ませるベルリだが、操縦桿を動かしながら不自然な事に気が付く。
(あれ? 接触回線は繋がってなかった筈なのに。ミノフスキー粒子が薄くなってるのか?)
シャトルに収まったGセルフ、コクピットのベルリはフルフェイスのヘルメットを被りバイザーを下ろす。
パイロットが言った通りシャトルはそのまま着陸態勢へと入り、重力に引かれて急降下して行く。ぶつかる空気に揺れる艦内。コクピットから出なければシャトル内のシートに座るよりも安全だ。
ベルリはそのまま地上に着陸するのを待つ。
(兎に角、キャピタルタワーに通信を。ノレドと姉さんも気になるけど、キャピタルアーミーの動きを確認しないと)
艦底から車輪を出すシャトルはアスファルトが敷かれた滑走路に無事着陸した。
体に伝わる振動と変わる景色に、ベルリもハッチを開放させて外に出る。
ベルリはデッキからエアロックを解除してシャトル内に入ろうとするが、壁に備え付けられたパネルに触れた瞬間に指の動きが止まってしまう。
「これ、ユニバーサルスタンダードじゃない。宇宙で使う道具なのに……」
疑問に思いながらも今までの経験と知識でパネルを操作してエアロックを解除できてしまう。その場で起きる状況の変化に対応できてしまったせいで、ベルリがこの疑問の真意に気が付くのは随分と先になる。
内部に足を踏み入れたベルリ、空気が充満しているのを確認してヘルメットを脱ぎ右腕に抱えながら進んで行く。
すると現れたのは、赤いドレスを着るブロンドの少女。
「アナタは……」
「救援活動、本当にありがとうございます。アナタが居なければわたくしはクリュセの地に足を付ける事ができなかったでしょう」
(綺麗な人……でも何だ、この違和感)
「クーデリア・藍那・バーンスタインと申します。よろしくお願い致します」
少女は名を名乗り右手を差し出す。ベルリも礼儀を欠く訳にはいかないと右手を伸ばし、パイロットスーツ越しに手を握り合う。
「ベルリ・ゼナムです。よろしく」
「ベルリさんですね。依頼してたCGSの人が迎えに来てくれるなんて」
「CGSですって? 僕はキャピタルガードで、CGSなんて聞いた事ありませんよ」
「どう言う事ですか? CGSの方でない。キャピタルガード……」
無意識に、自然と離れるクーデリアの手。同時にベルリの頭の中の疑問もより大きくなる。気まずい空気が場に流れるが、侍女のフミタンが駆け付けた。
「お嬢様、時間が」
「そうでした。ベルリさん、わたくし達は失礼させて頂きます。これからクリュセ自治区の視察がありますので。キャピタルガードと言う企業は存じ上げませんが、後日改めてご挨拶させて頂きます。今回の件、本当にありがとうございます。フミタン」
「はい、お嬢様。お車の用意は既に」
無表情な侍女を引き連れて、クーデリアはベルリから背を向けてシャトルを出ようと歩きだす。その時ベルリは咄嗟に声を出す。
「あの! 僕も一緒に行っても良いですか?」
///
火星、アーブラウ領クリュセ独立自治区の郊外。この場所にクーデリアが地球までの護衛任務を依頼した企業、クリュセ・ガード・セキュリティがある。
その社長であるマルバ・アーケイは社長室の椅子の上でふんぞり返りながら、参番組の部隊長であるオルガ・イツカを呼び付けていた。
「クリュセ独立自治区の代表の愛娘であるクーデリア・藍那・バーンスタインを地球まで運ぶ。その護衛をお前に任せる。オルガ、参番組をどう使っても良い。何があっても依頼主を地球まで送り届けろ。何があっても、だ」
「クーデリア・藍那・バーンスタイン?」
「火星独立運動の一役を買う女だ。今回の地球行きもそれに関係しているらしい。まぁ、銭さえ入ればこっちは何でも良いがな」
「そんなデカイ仕事を俺達にやらせるんですか?」
「お嬢様からの直々のご指名だ。俺だってお前なんざにこの仕事を任せるつもりはなかったよ。形はどうあれやる事はいつもと変わらん。あと数日すれば到着する。ヘマするんじゃねぇぞ」
任務を受けたオルガは早速準備に取り掛かる。モビルワーカーとパイロットの選定。白兵戦を想定した武装と弾薬。地球までは順調に行けたとしても長旅になる。人数分の食料や物資が必要になり、残り数日で全てを整えなくてはならない。
けれどもそんな事はいつもの事。無理難題を押し付けてキックバックだけは懐に収める社長のやり方。今更反発するつもりもないし、ここで働く限りはこうしていくしかない。
装備の準備がようやく終わる頃には、任務を受けて2日が経過していた。
ようやく準備を終わらせたオルガは屋上にまで来ると両腕を大きく伸ばし息を吸い込むと全身の筋肉を解す。見上げる火星の空は淡いブルーだ。
肺から空気を吐き出すと、聞こえて来る足音に意識を向ける。気がつくと隣には幼い頃からの相棒でもある三日月・オーガスが立っていた。
「こんな所に居たんだ、オルガ」
「あぁ、ミカか? ようやく準備が終わってよ。今度の仕事は長丁場になる」
「ふ~ん、何の仕事なの」
「何でも、クリュセから来るお嬢様を地球まで送り届けるらしい。結構な金が入るんだろうな。マルバの奴、参番組を自由に使っても良いだとさ。でも頑張った所で俺達の待遇が良くなる訳でもないが、道中で何があるかもわからないからな。地球に行くともなればギャラルホルンも目を張り巡らせてる。手ぇ抜いて死ぬのは御免だ」
「それで? そのクーデリアって奴、今日来るの?」
「今日どころか、あと数分もしない内にここに来る。まぁ、やる事は変わらねぇ。いつも通り頼むぜ、ミカ」
「うん……オルガの為なら何でもやるよ」
「って、言ってたら来たみたいだな。あのシャトルだ」
オルガが指差す先、上空から白いシャトルが降下して来る。左右の翼で風を切りながら進むシャトルは胴体から着陸する為の車輪を展開し、そのままCGSの敷地内に向かって降りて行く。
三日月はその様子をじっと見つめながら、深緑の厚手のコートの右ポケットに手を突っ込み火星ヤシの実を一粒掴み口へ運ぶ。
「クーデリアか……」
///
「いやぁ~、この度はわたくし共のクリュセ・ガード・セキュリティにご依頼頂きまして誠にありがとうございます」
社長であるマルバは両手をすり合わせペコペコと頭を下げながら目の前の少女に媚びを売る。肥満体のその体に纏うスーツも卸したての新品だ。Yシャツにはまだノリが残っており少し動くだけでもパリパリと小さな音が鳴る。
普段の客なら何日も洗濯していないヨレヨレのシャツを着て、それどころかわざわざ出迎えもしない。
傍からみても情けない大人をしているのはマルバ自身もわかっているが、そうするだけの価値がある仕事、大金が転がり込む。
「いえ、こちらこそ無理を言ってすみません。本来なら二週間前に連絡しなければならない筈ですのに、このような急なスケジュールになってしまって」
「いえいえ、そんな! 火星独立運動のお役に立てるとなれば、わたくしも喜んでお手伝いさせて頂きます。はい! ところで~」
マルバの前に立つのはクーデリアだけではない。侍女であるフミタンと、そして赤いパイロットスーツを着た少年。
向ける視線の先に気がつくクーデリアは事情を説明する。
「すみません、紹介がまだでしたね。彼女はフミタン・アドモス。私の……いえ、正確にはバーンスタイン家に使える侍女ですね。そして私の身の回りのお手伝いもして頂いています。そして彼は――」
パイロットスーツを装着した少年は周囲をキョロキョロと見渡してはどこか落ち着きがない。けれども自分に向けられる視線に気が付くと、満面の笑みで名を名乗った。
「はい、ベルリ・ゼナムと申します! 所属はキャピタル・ガードです。クーデリアさんのシャトルが誰かに襲撃されそうだったので、治安維持の為にもと駆け付けた次第であります!」
「はぁ、ベルリ・ゼナム。キャピタル・ガード……ねぇ。それでその……襲撃と言うのは本当ですか? クーデリアさん」
「どうやらそのようです。ですがベルリさんの話では海賊のようだったと」
「そうですか。それならもう心配する必要はありませんね。でしたらこれからの予定に付いて説明させて頂きます。シャトルなど必要な物はこちらで準備させて頂きました。クーデリアさんは今日一日ここで滞在の後、明日から地球に向かって出発します」
「わかりました。地球に到着するまでの事はそちらにおまかせします」
「はい。それまでの護衛を担当するのはわたくし共の組員から精鋭を揃えた参番組です。今、呼び出します」
言うとマルバはポケットから通信機を取り出し口元に添える。小さな声で短く何かを言うと、社長室の扉が開かれてオルバを筆頭に参番組のメンバーが入って来た。
一列に並ぶ彼らは両腕を後ろに組み足を開いて直立する。
「参番組、オルガ・イツカ他四名到着しました」
「クーデリアさん。こいつらが護衛を担当しますオルガ・イツカと参番組です」
「そうですか。初めまして、クーデリア・藍那・バーンスタインです」
自らの名を名乗るクーデリアに対して、呼ばれて来た参番組のメンバーはまともに返事も返せない。リーダーであるオルガはぶっきらぼうに、はい、とだけ返事を返した。
その隣に立つビスケット・グリフォンもしどろもどろになるだけ。ユージン・セブンスタークも顔を赤面させながらえ~と、と返事を返すので精一杯。
三日月はクーデリアに対して眉一つ動かさない。そのあまりの態度に社長であるマルバは悪態を付く。
「テメェら! この方は大事なお客さんなんだぞ、挨拶ぐらいまともにしやがれ!」
「いえ、マルバさん。そのように怒らないで下さい」
「し、しかしですね……」
優しく語りかけるクーデリアはマルバをなだめ、自分よりも身長が低い三日月の前に立つと真っ直ぐ目を見つめる。
「私はクーデリア・藍那・バーンスタインです。アナタのお名前は?」
「俺? 三日月……三日月・オーガス……です」
「三日月ですか。この施設を案内して頂けますか?」
「はぁ?」
提案するクーデリアにマルバは焦るようにして額に汗を滲ませて彼女に呼び掛ける。
「ちょ、ちょっと待って下さい。こいつらはですね――」
「フミタン、後の話はアナタに任せます。では行きましょう」
マルバの声を遮りフミタンに一任する彼女は三日月にその華奢な右手を差し出す。白いシルクの手袋に包まれた右手、三日月はチラリと視線を向けただけで何もしようとはしない。
「じゃあこっち。付いて来て」
「あ……あの……ちょっと!」
踵を返す三日月は早々に社長室から出て行くと、クーデリアも急いでその後に続く。彼女が居なくなってしまった事で動揺するマルバだが、仕事を任されたフミタンが眼鏡のレンズ越しに鋭い視線を向ける。
「では後の事は私が引き継ぎます。地球に行くまでの詳しい説明を」
「え!? で、ですが……」
「私では何か問題がありますか? お嬢様には私からきちんと報告しますので」
「そうかもしれませんが……」
フミタンに圧倒されるマルバ。ここで残されたのはベルリだ。ベルリはここ、クリュセ・ガード・セキュリティに直接の用事がある訳ではない。ただクーデリアに付いて来ただけ。
ならばどう動くのが適切か。彼は自然と頭で考えて行動に移す。
「あの……アナタが参番組のリーダーですよね?」
ベルリはオルガの元まで歩み寄るとそう口にした。部屋の中へ一番に入って来たのもそうだし、社長に呼び掛けられて返事を返したのもオルガだ。故にベルリはそのように判断した。
「一応、そうなります」
「だったら通信施設の場所を教えてくれませんか? 外と連絡が取りたくて」
「え? あるにはあるけどよ……おいビスケット、お前が教えてやれ」
ずんぐりと体の丸いビスケットはオルガにそう言われるとベルリを案内すべく前に出た。
「では僕が案内します。道に迷わないように付いて来て下さい」
「わかりました」
クーデリアは三日月と、ベルリはビスケットと、そして社長であるマルバはフミタンに捕まってしまっている。
残されたオルガもここに居てもしょうがないとユージンと共に部屋を出た。
ベルリです! 火星に来ても理解も追い付かないまま、僕はまた戦闘に巻き込まれて行く。相手が銃口を向けるのだから、僕もGセルフに乗って出撃した。
そして地下から現れたのは悪魔と呼ばれたモビルスーツ……
次回、鉄血のレコンギスタ――蘇る悪魔――
見なければ何もわからない!