「ねぇねぇ、どこのにするか決めた?」
「ハヅキかユグドラシルで迷ってるんだよねー、どっちもデザインが最高だし」
「ハヅキは通気性が良くて、ユグドラシルはダンスに適した伸縮性があるんだって!」
「ダンス……?」
月曜日の朝、教室内の女子生徒はISスーツの話題で盛り上がっていた。今週からISの本格的な実戦訓練が始まるので、これから先は御入用となるのだ。各人のスーツが届くまでは学園指定のものを使うが、それまではどのブランドを購入しようかと女性陣はあれやこれやと吟味している。
「そういえば、織斑くんのISスーツってどこのやつなの?見たことない型だけど」
「えっと、イングリッド社のストレートアームモデルだって聞いてる。特注品なんだって」
「へぇー……え、えぇっと」
一夏に話題を振った女子生徒は、彼の近くに座っている戦兎の方に視線を泳がせる。
元々一夏が戦兎の近くに来ており、女子生徒としては一夏の話を聞こうとしていたのだが、傍にいる戦兎を無視するのに憚りがあったことが半分、彼の所持するISスーツがどこのものか純粋に気になっているのが半分、といった事情で彼にも話題を振ろうとした。
が、過日の無人機襲撃の際に戦兎がとった行動を思い出した彼女は躊躇いを感じてしまい、言葉に詰まる。
そんな女子生徒にフォローを入れたのが、一夏であった。
「な、なぁ戦兎。お前もISスーツ持ってるのか?」
「ん?おう、束さんが特注で作ってくれたやつがな。授業でビルドじゃなくてISを使う機会があるから、用意しとけって織斑先生がな」
「そうなのか。なんか勿体無いな、折角ビルドがあるのに」
「けど普通のISを操縦してデータを取れば、ISモードを改良する為の足掛かりになるだろうからな。一概に悪いことばかりじゃないって。……改良内容はどうするか。ISには超高速戦闘があるから、ビルドの状態でもそれが出来るようになった方が便利だよな……ブツブツ」
「おーい戦兎ー、戻って来てくれー」
新しいアイデアが思い浮かんで思考に没頭し始める戦兎の身体を揺らす一夏。
『誰かの為という気持ちを戦兎に抱いてほしい』と先日宣言した彼は、この間までの避けっぷりが嘘のように戦兎に絡んでいる。本気で彼を変えるつもりでいるのだ。
尤も、それに不満を抱いている一夏の幼馴染みと英国貴族が恨めしそうにその光景を見ているのだが。
「一夏のやつめ、急に戦兎に構い始めたのはどういうつもりなのだ……」
「いけませんわ一夏さん!お、男と男で愛を育むなど非生産的で倫理的にもアウトですわ!それだけはいけません!」
「お前は一体何を言ってるんだ」
そんな風にしていると、教室の扉が開いて教員2人が姿を現す。
「諸君、おはよう」
「皆さんおはようございます!」
「「「「「おはようございまーす!」」」」」
雑談をしていた生徒達は挨拶しながら己の席へ素早く戻っていく。千冬がいる影響でその辺りはキビキビしている。真耶のみの場合、彼女を弄るターンが用意されることとなる。
教壇の横に控える千冬は全員の着席と静粛を確認すると、真耶に目配せしてSHR開始を促す。真耶の方からコクリと頷きが返ってくる。
「今日からISの本格的な実戦訓練が始まります。訓練機といってもISであることに変わりはありませんので、皆さん取り扱いには最新の注意を払うように心掛けてくださいね。使用するISスーツはそれぞれで注文した物が届くまでは、学校指定のスーツを使うようにお願いします。それを忘れてしまったら、えっと……」
「学園指定の水着で代理するように。それすら忘れてしまったら、まぁ下着で授業を受けていけ」
その言葉を聞いた瞬間、女子生徒全員がサッと身体を守るように男子2名から身を離す。下着姿で授業を受ける自分の姿を集団イマジネーションしたようで、それぞれ顔や耳が赤く染まっている。
ついでに教員である真耶も恥ずかしがっていた。
そんな少女達の反応の中で、一夏は心の中で『いや大問題だろ』とツッコみを入れており、戦兎は『消防車フルボトルのベストマッチまだかな』と耽っていた。
「と、ということで皆さん忘れ物がないように気を付けてくださいね!それじゃあこの話題はお終いにして……なんとこのクラスに転校生がやってきます!」
「えっ!?」
誰かが漏らした驚嘆の声に続いて、教室内がざわざわと湧き始める。
噂好きな彼女達の情報網をかいくぐって、このクラスに転校生が編入されるという話は彼女達の動揺を誘うには十分なインパクトだ。
「それではデュノアくん、入ってきてください」
真耶のその言葉に違和感を抱いた者が何人かいた。女子生徒を相手に『くん』付けすることは昨今では珍しくもないが、少なくとも真耶が女の子を『くん』付けで呼ぶのは明らかにおかしかった。
しかしその疑問は、教室に入ってきた人物の姿を見て晴れることとなる。
「失礼します」
その人物が来ている制服は一夏や戦兎が来ている物とデザインが同じ、つまりIS学園特注の男子学生服だった。
加えて胸部には成長期中の女子にある膨らみが無い。貧乳と言われている隣のクラスの中国代表候補生でも確かな起伏があるというのに、その人物には全く無かった。
現れたのは、男子。
女子生徒も一夏も、唖然とした表情を浮かべて転校生に注目していた。
「フランスから来ました、シャルル・デュノアといいます。今日までにこの国の勉強をしてきましたが、まだまだ不慣れな点や分からないことが多いと思います。頑張って覚えていきますので、皆さんよろしくお願いします」
人懐っこい笑顔で爽やかな挨拶をする転校生――シャルル・デュノア。金髪を首の後ろで丁寧に束ねているそれをふわりと揺らすその姿は、スマートな体躯も合わさって中性的で気品がある。貴公子、という言葉が様になっている。
「ボ、ボーイ……?」
「なんでボーイ呼び……?えっと、こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて――」
「「「「「「おうおぉぉぉぉぉぉう!!」」」」」」
「ええっ!?」
一斉に奇声を放つ少女達に驚いたシャルルはビクッと肩を震わせる。
「男子よ男子!3人目の男子が来たわ!」
「これで私達のクラスは美味しいとこ取り!独占禁止法?そんなもん知るか!」
「爽やかイケメンの織斑くん、残念なイケメンの戦兎くん、王子様系イケメンのデュノアくん!」
「神器よ!三種の神器よ!」
3人の男子生徒が一堂に集められたことにより、クラスの女子達のテンションは最高潮に達する。男子達や一夏に惚れている2人はこの高揚に置いてかれてるが、いつものことである。戦兎に関しては『てんっさいの俺が残念……?解せぬ』と不服そうにしていた。
そんな少女達の昂ぶりも、千冬の一喝によって沈黙。鶴の一声である。
「まったく……山田先生、続きを」
「あっ、はいっ。えっと、デュノアくんが言っていたように、彼は日本の文化にまだ馴染んでいません。なので困っていたら皆さんで助けてあげてくださいね?」
はーい、と少女達は元気良く返事する。
そんな中で、シャルルは先程から戦兎のことをチラチラと見ていた。
真耶が話している間等は一旦正してはいるが、話の内容が見え始めたらすぐにまたそちらを向いている。
「……」
「デュノア、さっきから何をキョロキョロしている?」
「ふえっ?あぁいいえ、なんでもないです!」
「……」
ここで千冬が、シャルルが向けていた方向に目を見やり戦兎の姿を捉えると大体の察しをつける。
「あいつが気になるのか?」
「えっ!?……あぁいや、気になるってわけではないんですけど……」
「ふむ……おい、赤星」
「はい、なんでしょう?」
「デュノアの面倒を見てやれ」
「分かりまし……えっ、はい、え?」
名指しされた戦兎は思わず反射的に返事をしたが、言い切る前に何を頼まれたのかを理解し、思いっきり狼狽する。
「え、なんで?なんで俺ですか?」
「同じ男子同士だからだ」
「いやいや男子なら一夏が・・・…はっ、まさか一夏は男ではなく女だった……!?」
「ホントかよ千冬姉!?」
「黙れ愚弟。それとお前を選んだのはデュノアのご指名だ、ちゃんと役目を全うしろよ?まぁ織斑にも世話を頼むが」
それを聞いて戦兎は安心した。シャルルの世話担当が1人だけとなれば、掛かる負担もそれに準ずる。
あわよくば、一夏に世話役を任せて自身は研究を進めて――。
「ちなみに織斑に仕事を押し付けようものなら、職務放棄とみなして研究時間を大幅に削る為の反省文と協調性についての生活指導を用意するから、そのつもりでな」
「うそーん!?」
逃げ場など無かった。
只でさえ研究時間を確保する為に学校のルールに従ってそういった罰則から逃れていたのに、これでは本末転倒となってしまう。
教師という校内における権力を前に、戦兎は為す術が無かった。大人しく言うことを聞くしかないようだ。
「では、以上でHRを終了する。この後すぐに2組と合同でISの実働訓練を行うため、各人は速やかにISスーツに着替え、第2グラウンドに集合するように。解散!」
千冬が手を叩くと、生徒がそれに促されて準備を開始する。
戦兎もその内の1人で、これから第2アリーナ更衣室に移動して着替えを行わなければならない。この場は女子が着替えるので、男子がいてはいつまで経っても女子の着替えが始まらないのだ。
当の戦兎は、一緒に着替えた方がこっちとしても手間が無くていいのにと思っていたが、事前に先読みしていた千冬に口外厳禁を言い渡されていたので、心の内に留めている。
「んじゃ、俺達は移動ね。着替える場所に向かうから、後ろからついてきてくれ」
「え?う、うん」
戦兎はシャルルを連れて、教室から廊下へと出る。
しかし教室を出た途端、前方には女子の大軍が押し寄せていた。
「発見!噂の転校生!」
「想像以上の美少女……素敵やん」
「織斑くんは!?織斑くんは一緒じゃないの!?」
飢えた獣のような視線をぎらつかせながら、少女達は駆け足でこちらに向かっている。
戦兎達より少し遅れて教室から出てきた一夏もその光景を見てギョッとする。そして彼の登場によって少女達の歓声はヒートアップ。
「うおっ、今日はいつにも増して早いな……」
「転校生のデュノアを狙いに来た、と。一夏といい人気者は辛いな」
「僕が狙い?」
キョトンと小首を傾げるシャルル。
その様子を見かねて、一夏が説明を行う。
「ほら、俺達男だからどうしても目立つだろ?あの人達は俺達から色々と話を聞きたいが為にああなってるんだってさ」
「ふぅん……あ、いや、そ、そうだね。それもそうだ、うんうん」
「っていうか、あんまり悠長にしてる場合でもないぞー」
「あっ」
既に女性陣との距離は半分程度縮まっている。大所帯ながらかなりの速度で進軍しているうようだ。
このままでは3人はもみくちゃにされてしまうだろう。
「せ、戦兎!この場を切り抜ける方法は!?」
「ふっ……安心しろ。勝利の法則は既に決まってる」
「おぉっ、流石戦兎!」
「しょ、勝利の法則?」
戦兎のことをよく知らないシャルルが不思議そうにしているのを脇に、戦兎は懐からラビットフルボトルを取り出す。
「まずラビットフルボトルを振ります」
「うんうん」
「で、次にデュノアを抱えます」
「うんうん」
「えっ、えぇっ!?」
当たり前のようにシャルルを抱き抱える戦兎。
いきなり戦兎に抱かれたシャルルは瞬く間に赤面し、狼狽え始める。しかもお姫様抱っこときたものだ。
そんな恥じらう姿は少女達の興奮を更に高める燃料となった。
「ふぉぉぉ!!」
「金髪美少年がイケメンにお姫様抱っこされるワンシーン……いい!」
「なんだ、赤星くんっていいやつじゃん!」
「次、織斑くん!織斑くんお願い!」
「おいぃぃ!?なんか皆スピードアップしてるんだけどぉ!?」
速度を速める女性群を目の当たりにして焦燥する一夏。彼からしてみれば戦国合戦の先鋒に送り込まれた心境である。
しかし戦兎は至って冷静に、シャルルを抱えたまま壁に向かって跳躍し、そのまま短時間走ると群集の後ろに跳んで着地した。
俗に言う、壁走りである。
ちなみに戦兎に抱えられている最中、シャルルは無意識に彼の首に手を回して密着していた。
「えっ」
「「「「「えっ」」」」」
戦兎の予想外な回避方法によって、一夏だけでなく女子全員が呆気に取られて戦兎の方を振り向く。
シャルルを抱えたまま、戦兎は一夏に言葉を掛ける。
死刑宣告の秒読み開始。
「一夏」
「あ、はい」
「後はよろしく」
「えっ」
「グッバーイ」
非常にスマートなやり取りが終わった時、一夏という生贄がそこに出来上がる。
逃げ場を失った彼と、そのまま高速で走り去る戦兎達。女性陣がどちらを選ぶかは一目瞭然であった。
逃げるイケメンよりも、逃げられないイケメン。
「あっ――」
一夏が気を失う前に見たのは、千手観音かと錯覚する程の無数の手が自身に向かってくる光景であった。
―――続く―――
ヒロインであることを強調する為に、シャルロットとラウラの辺りはアニメルートを選ばせて頂きました。もうアニメの流れ殆ど覚えてないので、転入のタイミングくらいですが。