「よし、着いたぞ」
「う、うん」
高速で移動する戦兎に抱えられたまま、第2アリーナの更衣室に到着するシャルル。
着いてから彼に降ろしてもらったが、内心はかなりテンパっていた。
「(うわ、うわ、僕ってばなんだか凄い目にあっちゃったような……トントン拍子に話が進んじゃうから全然抵抗出来なかったんだけど、その、さっきのってお姫様抱っこ……だよね?)」
チラっ、と戦兎を一瞥するシャルル。丁度ラビットフルボトルをコートに閉まっている最中だった彼に気付かれていない。
思い出すのは、彼に抱かれている最中の感触。見た目はシャルルほどではないが華奢な身体つきで、逞しいという印象は薄いにも関わらず抱っこされている最中は逆にその印象を強く感じていた。
「(人前で凄く恥ずかしかったけど……悪い気はしなかったかなぁ、女の子扱いされてるみたいで寧ろ……えへへ)」
「デュノア?おーい、デュノアー」
「うぇっ!?」
思わず表情がにやけてしまっていたシャルルであったが、戦兎の声で我に返る。
「どうしたんだ?なんかめっちゃ顔が緩んでたけど」
「う、ううん!なんでもないよ、なんでも!アハハ……」
「?」
不思議そうに首を傾げる戦兎に、シャルルはただ笑って誤魔化すしかなかった。
ふとシャルルは、先程教室で言いそびれていたことを思い出し、申し訳無さそうにしながらポツリと口を開く。
「その、ごめんね?僕のせいで君に面倒な仕事を押し付けさせちゃって……迷惑だったよね?」
「うーん、まぁ今更どうこう言ったところで織斑先生相手に何か変わるわけでもないし、俺はもう気にしないことにした」
「そ、そうなんだ……ホントにごめんね」
「あー、いいよいいよ。そこまで謝られると俺も対応に困る」
これ以上謝っても彼を困らせるだけだと判断したシャルルは、彼の言葉に甘えて以降の謝罪は控えることにした。
話題を変えるついでに、シャルルは彼に確認しておきたいことがあったのでそれを尋ねる決意をする。
「えっと、赤星くん」
「あ、戦兎でいいぞ。皆そっちの方で呼んでくれてるし、俺もそっちで呼ばれる方が慣れてるから」
「うん、分かった。それじゃあ僕のこともシャルルでいいよ。……それでね戦兎。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、その……僕の顔に見覚えがあったり、無かったりしないかな~って、思っちゃったり……」
「シャルルに?」
そう言うと戦兎はズイッと顔をシャルルに近づける。
自然と互いの距離が近くなり、不意を突かれたシャルルは『わぁっ!?』と慌てた声を漏らす。
「きゅ、急に顔を近づけてこないでよ!ビックリしちゃうから!」
「え、そんなに驚くこと?」
「驚くことなの。それで……ど、どう?」
「うーん……シャルルってフランスから来たんだよな?」
コクリ、と無言で首を縦に振るシャルル。
戦兎はここ数年の間にフランスで活動した時のことを思い出す為に記憶を掘り返す。ここ最近は日本でスマッシュの出現が頻繁に起こっているが、数年前までは世界中に現れていた。
時期は大体1年前。
フランスにてスマッシュが出現。種類は衝撃波を得意とする【インパクトスマッシュ】。
そこで採取したのはライオンフルボトル。
スマッシュと戦う前、一般人が襲われる直前だった。
その一般人の特徴は……。
「あー……思い出せそうなんだけどなぁ、もうひと押しが欲しいところなんだけど、ううん」
「あぁいや、無理に思い出さなくていいからね!ちょっと聞いておきたかっただけだから!うん!それに僕が偶々遠目で見てただけかもしれないから!」
「うーん、そうか?」
戦兎が素直に引き下がってくれて、シャルルは安堵の息を零す。
本当のことを言うと、シャルルは今すぐにでも彼に助けてもらったお礼を言いたかった。会社の命令だけでなく、この為に来たといっても過言ではない。
しかしそれと同時に会社の命令を無碍にしようものなら、経営危機に陥っている会社の社員にも被害が及んでしまう。中には気さくに挨拶をしてくれる者、シャルルの専用機の開発・整備を担当している者もおり、それらを無視して自由に動くことはシャルルの良心に反する。
父親や義母のことはこの際どうでもいい。せめてお世話になった人達に報いる為にも、今は正体を知られてはならない。それがシャルルの下した判断であった。
ともあれ、今の質問で戦兎はシャルルのことをはっきりとは覚えていないことが判明した。もし覚えられていたら現時点でシャルルの正体が女であることがバレてしまうが、1年前の出来事で、しかも彼女以外の人も助けている彼が1人1人の顔を覚えているかといわれると、戦兎の人となりにも左右されるがそれは難しいだろう。
とはいえ、やはり覚えられていないというのはシャルルとしてはショックが大きかったのも事実である。
「(ホント、僕ってばどうしたいんだろうね……)」
覚えられていないのに落ち込んで、だからといって覚えられていたらそれはそれで拙い。
自分の立場と感情が交錯して、最終的にシャルルは自分を内心で被虐する。
気持ちが沈みかけていた彼女に、戦兎から声が掛かった。
「シャルル?どうかしたのか?」
「……あっ、ううん、なんでもない」
「そっか。なら早く着替えるぞ。あんまり悠長にしてたら怒られて反省文を押しつけられて研究の時間が……あぁ……」
そう言いながら制服を脱ぐ戦兎。
授業の度にISスーツを着るよりも中に予め着ていた方が時間短縮に繋がると判断した彼は、上に着ている衣類を脱ぐだけで必要な姿になれる。
それを知らず、テキパキと衣服を脱いでいく戦兎の姿に驚いたシャルルは思わず声をあげた。
「わぁっ!?」
「ん?どうした?着替えないのか?」
「き、着替えるよ?着替えるんだけど……その、出来ればこっちは見ないでほしいかなぁって」
やや挙動不審な動きをしながら戦兎にそうお願いするシャルル。
本人としては知られてはならない秘密があるので、ここで一緒に着替えをしてしまうとそれが発覚してしまう。なので身体を見られないようにする配慮がこれなのだが、赤らんだ顔で言われると男らしさが皆無となる。
とはいえ戦兎がその辺りに機微である筈もなく、彼はさほど興味が無い様子でシャルルから目を逸らす。
「ふーん。まぁいいけど」
「あ、ありがとう」
この後、シャルルは人生で最も早い生着替えタイムを記録した。流石に着替えの途中の姿を見られて性別が発覚するイベントなど、避けたいところである。
やはり予めISスーツを中に着込んでいるのは大きく、更衣室内の2人はISスーツを纏った姿となった。
丁度その頃、女子の進撃を振り切った一夏が息絶え絶えの状態で更衣室に雪崩込んできた。
「ぜぇっ……ぜぇっ……し、死ぬかと思った」
「何をどうしたら死にそうな目に遭ったの!?」
「ま、まぁ色々と……っていうか戦兎、俺を置いていくなんて薄情過ぎだろ……」
「お前なら乗り越えてくれると信じてたさ」
「いや、騙されないからな」
女子の軍勢を乗り越えてきた一夏であるが、時計の針は無情な時刻を指し示していた。授業開始まで残り僅か。授業に遅れるようなことがあれば、千冬から有難いご指導(物理)をもれなく受ける羽目になるだろう。
あの痛みを十分に理解している一夏は顔色を青ざめる。
「や、やばい。早くしないと千冬姉が……」
「じゃ、俺達は先に行くから」
「え、行くの!?ここは友達を待つっていう気配りを見せるところじゃないの!?」
「いや、俺も遅刻して怒られるのはやだし」
情を全く見せないまま戦兎、退出。
「えぇっとデュノア、だったよな?頼む!ほんの少しでいいから俺を待ってて――」
「うわぁっ!?ぼ、僕も行くねっ!着替えの邪魔したら悪いしねっ!?」
「ちょっとぉ!?」
一夏が衣服を全部脱いでフ○チンになる前に、シャルルも退出。
先行した戦兎と合流を果たし、彼ら2人は集合に間に合って叱責を免れる。
一夏も人生史上最速の着替えを行い、散々追いかけられた後とは思えない胆力でグラウンドへと全速力で走っていった。
「遅い!」
普通に遅れた。
―――続く―――
13話の時点でシャルロット本人の素性が明かされていますが、女の子とバレるまではシャルルとして表記しています。