午前の実働訓練を終えた戦兎達は、その日の昼休みを屋上で過ごしていた。
正確に言うならば、一夏が戦兎やシャルル、セシリアや鈴音に声を掛けた結果、彼らはこの場に集まっているのだ。特に断る理由も無い戦兎とシャルル、片想いの相手と昼食を共にする機会をふいにするつもりのない一夏ラバーズの2人。なんの支障も無くこうして面子が揃った。
「…………」
尚、今回の屋上での食事の提案者であり、今日は一夏と2人きりで昼食を食べようと思っていた箒は不機嫌だった。
今日は気合を入れて彼の為に弁当を用意したというのに、自分のあずかり知らないところでいつものメンバーが揃っている。折角の計画が台無しとなり、無視の居所も悪くなっている。
「えっと、箒……なんか機嫌悪くないか?」
「知らん」
そんな彼女の不機嫌を鈍感な一夏が理解するのは、到底無理な話だった。
眉間に皺を寄せた箒の顔色を窺うシャルルは、箒の目線から彼女の心情に多少の察しを付け、申し訳なさそうにしながら口を開く。
「えっと、僕が一緒に食事しても大丈夫なのかな?迷惑だったら今からでも食堂に行くけど……」
「そんなことないって。ほら箒、お前が怖い顔してるからシャルルも居心地悪くしてるだろ?機嫌直せって」
「元はと言えば誰の所為だと……あぁいや、デュノアは何も悪くないんだ。全ては一夏が悪い」
「……戦兎、俺は何か悪いことをしたと思うか?」
「さぁ?」
何故か罪を10割押し付けられた一夏から救いを求める視線を向けられるが、戦兎は本日の昼食である菓子パンの準備をしながらシンプルにそう返す。
素っ気ないようにも見えるが、戦兎も一夏に匹敵する鈍感さなので的確なことを言えるわけが無い。
「戦兎、そんな甘そうなパンが好きなの?」
「ん?まぁな。俺のイチオシ」
戦兎が手元に出しているのはホイップクリーム入りのメロンパンとチョコソースがけコロネ。どちらも購買で買ったものである。
普通だと言わんばかりに答える戦兎であったが、質問したシャルルは微妙な反応。
「うーん……もうちょっと昼食らしいパンの方がいいんじゃないかな?同じ購買で買ったパンを食べてる僕が言うのもなんだけど」
「昼食らしいっていうと、そういうサンドイッチ系のやつだよな?けどこういうのを見てると、どうしても食べたくなってさぁ……普段研究に打ち込んでる俺には糖分摂取が不可欠だし。あ、セシリアもサンドイッチじゃん」
視線をセシリアの方に向けてみると、戦兎達のやり取りとは別に一夏へサンドイッチの入ったバスケットを一夏に差し出している姿があった。苦しい表情を浮かべる一夏であるが、それに気付いていない彼女はニコニコ笑顔。
どうして一夏が苦い表情をしているのか不思議だったが、シャルルは深く気に留めず再び戦兎に話を戻す。
「と、とにかく、お節介かもしれないけどちゃんとした物を食べるように気を付けた方がいいと思うよ?」
「ん、じゃあ考えておく」
「それ絶対考えてくれないよね……もう」
イマイチ手応えを感じず、シャルルは肩を竦ませる。
そんな2人の様子を見ていた一夏は、2人に話し掛ける。
「2人とも、なんだかもう仲がいいよな」
「そ、そう?そう見えるかな?」
「あぁ。俺なんて箒や鈴と最初から仲良くしてた記憶なんてないし、セシリアともいきなり決闘だったからな」
「お、お前が生意気に突っ掛って来たのが原因だろう!」
「留学して不安一杯な時にいきなり気安く話し掛けられる身にもなってみなさいよ」
「イ、イギリスでは知り合ったばかりの相手と罵り合った後に決闘を行って親睦を深めるのがしきたりですのよ!」
「優雅さの欠片も無いなイギリス!?」
当然、セシリアの見栄だ。
「まぁでも、確かに2人ってもう打ち解け合ってるわよね。確か戦兎がデュノアの世話役を買ったのよね?」
「織斑先生の指名に逆らえるわけもなく」
「あぁうん、それはあたしも分かるわ」
「そういえば、デュノアさんは以前に戦兎さんと会ったことはありますか?」
「ドキッ」
ドンピシャな指摘に思わず肩を震わせるシャルル。
「つい最近クラスの皆さんと話をした時、過去にビルドを見たことがあるかどうかという話題が上がりましたの」
「あぁあたしも聞かれたことあるわ。中国にも現れたらしいけど、会ったことなかったわね」
「俺もなかったなぁ」
「私もだ」
「俺も俺も」
「おい本人」
そもそも、ビルドはスマッシュを倒したらその場に長居はしないので、本当にスマッシュの近くにいなければ会うことは叶わないだろう。態々死の危険を背負ってまで現場に残る物好きはいないだろうし、他所から情報を聞いて現場に駆け付けたところで、既に戦闘が終わっていることもザラだ。噂のビルドに会いたがっている市井のファンも、件のスマッシュの出現を報せるアプリで場所を特定しても大体無駄足に終わっている。
「で、もし既にビルド、もとい戦兎さんとお会いしたことがあるならばその縁で交流にも華が咲いたのではないかと思いまして。勿論、シャルルさん本人のコミュニケーション能力あってこそかもしれませんが」
「はぁー、成程ね。それで、実際のところはどうなの?」
「えっ?えーっと……」
周りからの視線に戸惑いつつ、シャルルは隣にいる戦兎をチラっと見やる。
視線に気づいた戦兎もシャルルの方を向くが、その意図が分からずに小首を傾げるだけである。
「あー、その……僕も遠目で見たような気がするんだけど、良く覚えてないというか……」
「なんかハッキリしないわね」
「まぁまぁ、いいではありませんの。直接スマッシュに襲われたわけでは無いようですし、怪我もせずに済んだならば幸いですわ」
「あ、う、うん。そうだね。アハハ……」
実は直接襲われていたとは言えず、乾いた笑いを浮かべて話を浮かべるシャルルである。
「それはそうと一夏さん、何故わたくしのサンドイッチに手を付けておりませんの?まだ満腹になるまで食べていたようには見えませんでしたが」
「げっ……いや、これから食べるところだったんだよ」
セシリアとしては純粋に気になっただけだったのだが、それをつい催促と受け取った一夏は咄嗟にそう答えつつ、セシリアが作ったサンドイッチを手に取る。
その姿を見て、箒と鈴音は『あーあ』と言わんばかりのそぶりを見せる。
セシリアの料理の腕前は壊滅的と言っていい。イギリスにいた頃から料理は家の使用人に任せっきりで彼女自身が料理をする経験が無かったので、料理のイロハが十分に身についていない。既に一夏は別の機会でセシリアの料理スキルを味わっており、居合わせていた箒と鈴音もそれを把握している。
現にそのサンドイッチも一見すると普通のBLTサンドなのだが、何故か滅茶苦茶甘い仕様になっている。早速それを口にした一夏は、百面相でもしているかのように顔を歪ませている。
「お、おおぅ……お、俺は好きだよ。この味付け」
素直に不味いと言えば彼女も気付いてくれるのだが、怒られることを恐れてつい耳触りの良い言葉を放ってしまう一夏。
当然、想い人からそんなことを言われてしまったらセシリアは機嫌を良くするしかない。
「ふふん、これぞ我がイギリスの誇る高貴ある味わいですわ!折角ですから、戦兎さんたちもお1ついかがですか?」
「おっ、いいのか?」
「勿論ですわ。ご学友の方々を蔑ろにするつもりなどありませんもの」
普段ならば一夏に全部食べて欲しいと思うところだが、機嫌が良くなっている今回は戦兎達にもおすそ分けという名の飛び火がかかる。
セシリアの料理事情を知らない戦兎は普通にバスケットの中のサンドイッチを1つ手に取る。隣のシャルルは自分の分のパンがあるから十分だと言って、今回は遠慮した。
一夏は戦兎がサンドイッチを手にしたのを見て、偶然にも朝の不遇な扱いに対する報復が出来たと内心で喜ぶ。いくら大の甘党である戦兎とはいえ、タマゴでもフルーツでもない撃甘サンドイッチなど受け入れられる筈がない。そこまで見境が無いとは思えない。
一夏はこの苛烈な食事の負担が減ることにも安堵しながら、戦兎がサンドイッチを一口食す姿を見届ける。
「お、中々イケるな」
「うそーん!?」
が、ダメ。まさかの好評であった。
「このスパイシーな味わいの後に来る不思議な酸味、実に興味深い味付けだな」
「しかも甘くないのかよ!?辛口の後に酸味って何!?」
一夏のお世辞に続き、戦兎の素直な高評価を得たセシリアはますます機嫌を良くする。
「そうでしょうそうでしょう!戦兎さんは英国の素晴らしさをよく分かっていらっしゃいます、素晴らしいですわ!」
「食感にも癖があるけど、これはこれで面白いな。ほら一夏、お前も食ってみろって」
「ちょ、やめ、押し付けな……イヤー!」
食感もおかしいと暗に言われてそれに食い付くわけもなく、一夏は迫り来るサンドイッチから必死に抵抗し始める。
そんな2人のやり取りを見ていた箒と鈴音、シャルルは呟く。
「……酷い味音痴がいたものだ」
「自称天才は普段の言動に加えて舌がバカだったとさ、めでたしめでたし」
「あ、あはは……」
賑やかな昼食は過ぎていく。一夏の悲鳴を背景にしながら。
―――続く―――