INFINITE・BUILD-無限創造-   作:たいお

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第21話 ドイツの冷氷=さながらハリネズミ

 

 シャルロットの男装が戦兎にバレた夜の翌日。

 学園側で情報を整えるまでは彼女は引き続き【シャルル・デュノア】を演じてもらうことになり、2人はいつも通りに登校する。昨日途中で抜けてしまった一夏も一緒である。

 

 男子3人が揃って教室に入ると、女子達の気分も高揚を始める。話題のイケメンが一堂に会する光景は彼女達にとって目の保養であり、世界三大絶景に引けを取らない。

 そんな彼女達であるが、視界に入った彼等の様子の変化に目聡く気付いた。

 

「見えるか……私には、見える」

「戦兎くんとデュノアくんの距離が……近い……!」

「あの距離では、バリアも張れない……!」

 

 3人の内、戦兎とデュノアの距離が昨日よりも近くなっているのだ。以前までは左程気になるものでもなかったのだが、今は一夏という比較がいることもあって余計に分かりやすい。

 その所為で一夏だけちょっとハブられてるようなシーンが出来上がっているのだが、触れない方が賢明だろう。勿論、本当に除け者にされているわけではないので悪しからず。

 

「そういえば、昨日は男子水入らずで親睦会を開いたって」

「でも織斑くん、途中で抜けちゃってるって」

「そうなると戦兎くん達が密室で2人きりになりますって」

「ヤっちゃいましたのね、それはもう濃密に」

「「「「「やっぱりな」」」」」

「もう駄目だなこのクラスは……」

 

 戦兎と一夏の2人だった時でさえ妄想が盛んだったというのに、そこにシャルルも加わって更に拍車が掛かってしまっている。3人寄れば悶々の知恵である。

 その道に毒されていない箒はブレないセシリア以下女子生徒一向に不安を抱くしかなかった。

 

 そんな生徒達が増えても、授業はHRは普通に始まる。

 普通……と言いたいところだが、今回は真耶の様子が少々おかしかった。

 

「えっとですね……先日はデュノアくんを新しく迎えたんですけど、その……」

 

 チラリ、と真耶は横に目配せする。

 

 彼女の視線の先、というか教壇の隣に控えている少女は腕組みをしたまま生徒達を一瞥している。その視線は冷たく、侮蔑が込められているのは明白である。

 少女の服装はカスタマイズ可能なこの学園の制服を大きく改変しており、一番に注目されるのはスカートではなく陸軍服のようなズボンになっていること。他には女子共通のリボンではなくタイを代わりに着用しており、腰には革のベルトが巻かれている。

 軍人然としたその佇まいは非常に確りしており、雰囲気も一般コスプレイヤーが出せる様なものではない程に鋭い。

 そんな彼女だが、この学園の生徒ではなかった。否。本日付けでこの学園の生徒となったのだ。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。それが彼女の名前である。

 

「き、昨日に続いて、2人目の転校生を紹介しますね……そ、それではボーデヴィッヒさん、お願いします」

 

 真耶の言葉で一歩前に出るラウラ。

 

 彼女が自己紹介を行うまでに、生徒達はいくらなんでも異常ではないかと囁き始める。

 日にちが1日ずれているのは、まだ納得が出来る。交通便に不都合が生じる等の事態があったのならばそうなることも予測出来る。

 だが、転入生がこのクラスに集中していることが、皆不思議でならなかった。普通なら各クラスに割り振られるだろうところを、流石に偏り過ぎではないかと。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 ざわめきを一刀両断するように、ラウラが凛とした声で自己紹介を始める。

 

「……」

「……」

「……あの、もしかして、以上ですか?」

「以上だ」

 

 自己紹介終わり。内容は一夏と同レベルだった。真耶は泣きそうだった。

 

 そんなラウラの様子を、戦兎はジッと観察する。

 その理由は、シャルロットの暗殺の件が絡んでいる。このタイミングでの転入となると、学園に忍び込んで彼女を狙うという線も濃くなってくる。どうやらドイツ人らしいのでフランスのシャルロットを狙っているかといわれると怪しいが、デュノアグループが国境を超えた相手に依頼したというかなり慎重な予測も一応組み込んでおく必要がある。

 

 そんな彼女に動きが入る。

 クラスの中から一夏の姿をその視界に捉えると、怒りの形相を浮かべ始めた。

 

「貴様が……!」

「……えっ?」

 

 ツカツカと一夏の元へ歩いていくラウラ。

 彼の前に辿り着くと同時にその右手をグッと構え、大きく振り抜いた。彼女の掌は真っ直ぐに一夏の頬を捉え、バシンッ!と鋭い音を立てた。

 そう、平手打ちである。初対面の筈の女子に、いきなり手を出されたのだ。

 

「……っ、いきなり何すんだよ!!」

「ふんっ」

 

 少し放心していた一夏が我に返ってラウラに噛み付かんばかりの勢いで問い詰めるも、当の彼女は気にも留めていない。

 

 クラスの皆もその一連の出来事に茫然としていたが、戦兎は変わりなくラウラの挙動を見つめていた。

 

「(……狙いはあくまで一夏のみで、シャルロットのことは眼中に無し、か。フェイクというわけでもなさそうだし、暗殺とは無関係か)」

 

 用心を入れて様子見をしていたが、どうやらデュノアグループの手が入ってはいないことを感覚的に把握した戦兎は一先ずの暫定として彼女に向けていたマークを外す。

 彼女に執着されている一夏には申し訳ないが、あちらはあちらでなんとかしてもらう必要がある。戦兎の方も別方面のチェックを行っていかなければならないので、そちらにまで視野を広げるわけにはいかない。

 

 どの道、彼女の転入は新たな一波乱を予感させるのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 休憩時間、戦兎はトイレから教室へと戻る為に廊下を歩いていた。

 IS学園が女子高として機能していたこともあり、男子トイレが学園内に3か所しか設けられていない。それらは来賓や用務員の為に備えられており、教室棟の近くには無いので休憩時間を丸々削る覚悟で向かわなければならない。

 尤も、戦兎はラビットフルボトルを振って高速移動能力を付与させて移動時間短縮をしており、時間に余裕が生むことが出来る。不正は無かった。

 

「さて、シャルロットの件をどうしていくか……」

 

 そんな彼が歩きながら考えているのは、先日請け負ったシャルロット護衛の件。

 手早く護衛の任務を遂行させるには、シャルロットの暗殺を目論んでいる人物を捕まえる必要がある。狙っている存在さえ押さえてしまえば護衛の役目はそれで完了となるのだから。

 だが、その為には今の段階では情報が少なすぎる。犯人がシャルロットを追いかけて日本に来ているのか、別の人に任せてフランスに滞在しているかも明らかとなっていない以上、先手を仕掛けることもままならない。学園の方でも情報を集めようと動いているが、いつになるのかは分からない。

 

「シャルロットの父親から直接聞いた方が早いか……」

 

 デュノアグループの一派となれば、デュノア社長も犯人の目星がついているかもしれない。更に警戒をしているとなれば、その動きも把握している可能性が高い。

 

 そうなると、どうやってコンタクトを取るか?

 そこまで考えていた戦兎に、突然声が掛けられた。

 

「おい」

「ん?」

 

 戦兎が視線を上げてそちらを振り向くと、今朝転校してきたラウラ・ボーデヴィッヒが壁に背を預け、腕を組みながら立っていた。

 

 挨拶の時と変わらない厳かな表情を浮かべながら、彼女はその口を開く。

 

「確認するが、貴様が世間でちやほやされているビルドとやらか?」

「あぁ、そのビルドだけど?」

「貴様の戦闘データと変身に必要な各種ツールを要求する。我がドイツ軍の上層部がビルドのデータを所望しているのでな」

 

 なんともストレートな申し出である。

 この学園に転入する際、ラウラは任務の1つにビルドのデータを収集するように軍上層部から指示を受けていた。軍用ISでやっと攻撃が通用する未確認生命体スマッシュを普通に倒してみせるその技術と力は各国にとって魅力的で、ドイツも例外ではない。あわよくばISとビルドの力を収め、他国との軍事力に差をつける……最初に仕掛けたのが彼女の母国であった。

 しかし今のラウラにはその命令に対する関心が薄い。この学園には憎むべき対象である織斑 一夏と、嘗ての彼女を救った恩人である織斑 千冬がおり、優先すべきはそちらにある。

 非常に私的な理由ではあるが、この学園を訪れた以上ラウラにとってここは引けない想いがあった。

 

 そしてそんな彼女の要求に対し、戦兎は……。

 

「うん、断る」

 

 当然受け入れなかった。

 

「一応、理由を聞かせてもらおうか」

「理由も何も、ビルドは『俺が』開発した大事な研究成果なんだ。ビルドもフルボトルも、俺の目の届かないところで勝手に使われるのなんて御免だね」

 

 俺が、の部分を強調している辺り独占同様の宣言ではあるが、これが戦兎の本心であった。

 彼がどこかの国にビルドのデータを渡すつもりは一切無い。自分の与り知らないところで勝手に研究を進められるのも嫌っている。せいぜい特例は保護者である束くらいであろう。

 

 そんな戦兎の返答に対し、ラウラは特に怒る様子も無く『そうか』とだけ言って済ませてしまう。

 

「……もっと粘るかと思ったけど、そうじゃないんだな」

「軍上層部から下された命とはいえ、今の私には為さねばならないことがある。貴様に構っている暇など無い」

「ふぅん……まぁいいけど」

 

 言葉遣いこそ遠慮が無いものの、戦兎としてはそうしてもらった方が面倒事にならなさそうなので異論は無い。

 

「まぁ模擬戦で戦闘データを取るくらいなら別にいいぞ。フルボトルやドライバーが無ければまともに研究も進められないだろうからな」

「そうか。……ところで、貴様が先程から言っている――」

「ああああぁぁぁ!?遅刻遅刻、遅刻するッスぅぅぅう!!」

「「っ!?」」

 

 勢いに身を任せたような声が2人の会話を遮る。

 ラウラと戦兎が驚いて声のした方を振り向くと……こちらに向かって猛ダッシュする女子生徒がいた。

 

「わぁ!わぁ!そこの2人、どいてほしいッスぅぅぅ!?」

「おっと」

「ちぃっ!」

「ぺぷしっ!?」

 

 女子生徒と今にもぶつかりそうだったところを、持ち前の回避能力でそれぞれ巧みに避けてみせた戦兎とラウラ。

 

 人同士でぶつかる事態は無事に避けられたが、バランスを崩した女子生徒は転んで廊下に顔面から倒れ込んでしまった。

 衝撃でピクピクと身体をひくつかせていた少女は、やがてゆっくりと起き上がると痛む鼻を押さえながら2人の方を振り向いた。

 

「うぅ、痛いッス……2人ともそこは慈しみを以て抱き止めて欲しかったッス……」

「いや、よけろって言ってたし」

「何故私がそのようなことをせねばならん」

「これが今時の若者の無関心ッスか……先輩として涙が止まらない事態ッスよ、オイヨイヨ」

 

 廊下に女の子座りをしたままあからさまな泣き真似をし始める女子生徒。

 少女の紺色の髪は前やサイドが短めで、全体的にショートな長さになっている。その中で後ろ髪だけは腰に届く程の長さがあり、それを三つ編みにしているのが特徴的だ。

 そして彼女の口ぶりからするに、どうやら1年生ではない模様。

 

「先輩?」

「後輩の間違いではないのか?」

「あんたら1年生でしょ!?最下級生より更に下の学年とかおかしいッスよね!?あれッスか、中学生ッスか?私のこのナリを中学生呼ばわりするんスか!?」

 

 女子生徒はガバッと立ち上がり、聞き捨てならない発言をした2人に早口で異議を唱え始める。泣いたり怒ったりと忙しい人である。

 

「ってヤバっ!?早くしないと授業に遅れるんだった!こんなところで油売ってる場合じゃなかったッスぅ!あぁもう、これも先輩がぁ……!」

 

 自分がさっきまで急いでいるのを思い出した女子生徒は2人に背を向け、再び走り出して去っていった。

 

「……なんだったんだ?」

「知らん……ん?おい、何か落としているぞ」

 

 ラウラは戦兎の足元からやや離れた場所に落ちている物を拾い上げ、それを手に取る。

 彼女が手にしたのは、戦兎が使っているエンプティボトルであった。先程の女子生徒の突撃を回避した際、戦兎の懐から零れ落ちたのである。

 

「あ、それ俺の――」

 

 戦兎がボトルに気付いたのとラウラが知らずにキャップを開けたのは、ほぼ同時のタイミングだった。

 フルボトルのことを知らない彼女はキャップを開けた際、その先端を自身の方へと向けていた。エンプティボトルはキャップを開けた後にその先端をスマッシュに向けると、相手の成分を吸収することが出来る。成分の入ったボトルを専用の浄化装置に入れて分解・浄化することで戦兎の持っているフルボトルへと完成させる。

 

 ある日、フルボトル内の成分構成を調査していた戦兎は考えた。

 『スマッシュだけじゃなくて、人間からも成分を採取できないだろうか』と。

 

 フルボトル内の成分は【ネビュラガス】と呼ばれる特殊な黄色気体がベースとなっている。だが、ガス自体がラビットやタンクといった各フルボトルの形状・性質を完全に決定付けているわけではないということが、彼の日頃の研究によって明らかとなった。

 つまりフルボトルの形成にはネビュラガスという『力』だけでなく『別の何か』も作用していることが、戦兎の中で推測として立った。

 

 推測を立てた戦兎は早速エンプティボトルに改造を施し、人間に対して使えるような仕様を加えた。

 それはネビュラガスを持たない人間に対して、その人間の個性を形成する『イメージ・象徴』といったエレメントをボトルにトレースするというもの。例えばマンガをこよなく愛する人ならばコミックフルボトル、孤独を愛する一匹狼のような人ならばウルフフルボトルといった風にボトルに変化を促させる。トレースさせた後はそのボトルにネビュラガスを注入させ、後は浄化装置に入れるだけ。

 ただ、このトレースは対象がエレメントを反映させるのに十分な強さを持っていることが必要なのである。本人の意志が弱かったり、周囲からの認知が低かったりするとボトルは反応を示さない。現在の成功例も、先のクラス代表対抗戦時のゴーレムから採取したロボットフルボトルしかなく、最近は戦兎もあまり期待していなかった。

 

「なっ!?」

「おうっ?」

 

 そして戦兎はついに、2回目の成功を目の当たりにする。

 ラウラに先端を向けられたボトルが反応を起こし、ラウラの身体から成分を分析してトレースを行う。エフェクトはスマッシュから成分を採取するのと同様である。

 

 未知の事態に目を見開いたラウラは咄嗟にボトルを手放し、地面にそれを落とす。

 既にトレースを完了させたボトルは戦兎の足元に転がり込んでいった。

 

「おぉー……まさかボーデヴィッヒに反応するとはな」

「な、なんだ!?貴様、私の身体に何をした!?」

「ん?あぁ、今のは――」

 

 キーンコーンカーンコーン。

 戦兎が説明を始める直前、チャイムが鳴る。それも授業開始のチャイムが。

 

「……」

「……」

「……次の授業の担当は?」

「……織斑先生だな」

「「…………」」

 

 顔を青ざめた2人が次に行った行動は、分かり切っていた。

 2人は肩を揃えてダッシュする。教室に向かって。

 

 その後、1組の教室で甲高い打撃音が2つ発生した。

 遅刻しなさそうなラウラが遅れて来たことにクラスメイトが驚いたり、彼女と一緒に来た戦兎にシャルルが人知れず頬を膨らませていたりと混沌とした光景であった。

 

 

 

―――続く―――

 





 スマッシュだけでなく、人間からもフルボトルを作れるようにオリジナルの設定をぶち込ませていただきました。1話の時点で戦兎が発言しちゃってて『ネビュラガスどうすんのよ、あと成分取ったら人間側に変化起きるんじゃね?』と頭を悩ませていましたが『じゃあエレメントはトレース式にして、後からガスぶっこめばいいじゃん!』と開き直った結果です。

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