「あー……やっと色々終わった」
身体の中に溜まった疲れを一気に放出するかのように深く息を吐く戦兎。今の彼は戦いを終えてIS学園へと帰還している。
IS学園に戻ってから最初に行ったのは、千冬への報告。授業を途中で抜けてもいい代わりにスマッシュを倒し終えて帰還したら必ず一声掛けるようにと釘を刺されているのだ。報告のついでにシャルロット暗殺の首謀者であるルー・サンチマンも差し出して、漸く今回の一件から解放されることとなる。
サンチマンを受け取った千冬は早速尋問を行うべく準備を進めるといって何処かへ行ってしまった。去り際に戦兎に頼み事をしつつ。
「さて、シャルロットはどこにいるのやら」
千冬からの頼み事というのは、暗殺の件に進展があったことを彼女に伝えるということ。
勿論、ちゃんとした説明は後日改めて学園側の方から行われるのだが、前もって報せた方が彼女としても心構えが出来て良いだろうとのこと。予め把握している情報と参照してみてもナイトローグ一派以外の共犯者もいないようで、再び暗殺が行われる心配も限りなく無いらしい。
シャルロット――今はまだシャルルであるが、彼女を見つけるべく戦兎は手始めに教室まで足を運んで中を覗く。偶に遅くまで残って駄弁っている女子生徒もいるが、今日は誰も残っていなかった。
教室は外れだと見切りをつけると、次に向かったのは学生寮。一夏とシャルロットが相部屋なので、一番可能性があるとすればまずそこだろう。
一夏達の部屋の前まで辿り着いた戦兎は扉をノック。中から『はーい』という男の声が耳に届いた後に、目の前の扉が開かれる。
「おっ、帰って来てたのか戦兎……って、お前結構ボロボロじゃないかっ?」
「あー、まぁちょっと色々あってな」
扉から姿を見せた一夏は戦兎の顔を見て驚いていたが、彼の状態を見て異なる意味を含めた驚きを示す。
今の戦兎の姿は顔や手に少なくない擦り傷を作っており、服にも傷や汚れやついていて一夏が無視出来るようなものではなかった。
「色々って……兎に角早く保健室に行ってこいって!」
「後で行くって。それはそうと、シャルロ……シャルルはいるか?ちょっと先生から伝言があるんだけど」
「伝言?っていうかシャルルなら戦兎を待つって言って少し前に校門に向かったぞ。会わなかったのか?」
「あー、入れ違ってたのか」
恐らく、教室を先に見たのが拙かったのだろう。先にこちらに向かっていればタイミング良く出会えただろうに。
仕方ないので、戦兎は校門まで戻ることにした。『ちゃんと保健室行けよー』という一夏の言葉を背後に受けつつ。
校門まで戻って来てみると、目的の人物はちゃんといた。遠目からでも彼女の綺麗な金髪は良く目立つ。そうでなくてもこの学園でも希少な男子学生服を着ているのだから尚更分かりやすい。
シャルルは入り口の方を向いており、つまり戦兎に背を向けている状態で彼に気付くそぶりは無い。ただ待っているだけで退屈だろうが、彼女は遠くを見ようと背伸びをしたり、身体を小さく揺らしたりしてそれを誤魔化している。
「よう、シャルロット」
「うわぁっ!せ、戦兎!?」
後ろから声を掛けられるとは思っていなかっただろうシャルルは、ビクリと肩を跳ね上げながら後ろに飛び退いた。何事かと目を真ん丸にしていて彼女だったが、落ち着いた後にジト目で戦兎を睨みつける。
「う、後ろから急に声を掛けないでよ……ビックリしたよ、もう」
「悪い悪い。というか態々待っててくれたのな」
「あ、うん。帰りが遅かったみたいだから、心配で……その身体の傷……」
シャルルも戦兎の身体が傷ついていることに気付く。普段生傷を見る機会の無いシャルルは沈痛な面持ちで彼を心配げに見つめる。最早先程驚かされたことは頭から飛んでしまっている。
「あぁ、これか?ちょっと戦いが長引いてな」
「帰りが遅かったもんね……その、傷は結構痛む?」
「んー……まぁこれくらいならまだ大丈夫だな。どっちかというと疲労の方が大きいかな」
「そっか。無理はしないでね?」
「分かってる分かってる。あぁそうだ、シャルロットに伝言があるんだよ」
「伝言?」
小首を傾げるシャルルに、戦兎は説明を行っていく。
「お前を暗殺してたやつなんだけどな、さっき捕まえたからもう大丈夫だぞ」
「……え、あんさ、え?暗殺?何それ?」
「あれ、言ってなかったっけ?お前が狙われてるって話」
「知らないよ!?」
寝耳に水な話題に驚かざるを得ないシャルル。
実際、彼女は目の前にいる彼からも学園からもそのような話を聞かされることが前触れすら無かった。戦兎は色々と説明を端折っていたし、千冬含めた学園側は戦兎が既に彼女に説明をしているものだと踏んでいた。
「えーっと、1年前にスマッシュに襲われたことあっただろ?あれもどうやらお前への暗殺だったらしいんだよ。スマッシュによる被害、事故死に見せかける為にな。で、今回の転入もその暗殺の件が絡んでるんじゃないかって学園は睨んでるんだとさ」
「……でも僕は、あの人の命令でここに……」
「まぁその辺については学園が調べてくれてるらしいから、もう少し待ってろってさ。詳しい話もその時にしてくれるともな」
「う、うん」
シャルルとしてはまだ納得出来ない部分もあるのだが、戦兎が言うように学園から詳細を聞ける機会があるのだから、今は深く考えないでおこうと区切りを付けた。
それよりも、彼女としては気になることが1点あった。
「ね、ねぇ。戦兎は、その、僕の為に……」
「うん?」
「や、やっぱりなんでもないよ!あはは……!」
自分の為にこんなに頑張ってくれたのか。
そう尋ねようとしたシャルルであったが、改めて聞くのが気恥ずかしくなって途中で止めてしまった。
それに異性がここまでしてくれたのを見てしまっては、シャルルとしても意識せざるを得なかった。
取りやめた言葉を追究されても反応に困るので、シャルルはお茶を濁す為に話題を変える。
「そ、そうだ!今日の午後、途中で抜けちゃってたでしょ?その間の授業で配られたプリント、戦兎の部屋に置いてあるから見ておいてね」
「ん、あぁ分かった。後で確認しとくよ」
「よろしくね。……というか戦兎、ちゃんと鍵くらい掛けておこうよ。大丈夫かもしれないけど、ちょっと不用心じゃないかな?」
「あれ?俺、鍵掛けたつもりだったんだけどなぁ……偶々忘れてたか?」
シャルルの言葉に引っ掛かりを覚える戦兎であったが、朝は鍵を掛けたような気がしないでもない。とはいえ日々の何気ない行動を鮮明に記憶しているわけでもないので、曖昧に答えるしかなかった。
ちなみに昨晩も、フルボトルの研究に取り組んで徹夜手前まで起きていた。
「もう、気を付けてね?じゃあ僕、一旦部屋に戻ってるよ。戦兎もちゃんと保健室に行きなよ?」
「はいはい。一夏と同じこと言ってるぞ」
「その格好だと誰でもそう言うから……それじゃあ、また晩御飯の時にね」
「おー」
シャルルとはそこで別れ、戦兎は自分の部屋に入る。
彼が部屋に入って最初に行うのは、スマッシュから成分を採取してきた時に限りボトルの浄化作業。研究スペース内に設けられている浄化装置にスマッシュボトルを入れて、いつも通りの流れで装置を起動。
それが終わると戦兎は、シャルロットが言っていたプリントを探す。部屋に置いてあると言っていたが……。
「あぁ、あれか」
テーブルの上に置かれている紙がそれだと気付き、戦兎はそちらへ歩み寄っていく。プリントの脇には一夏が寄せていたであろう、今日は置いてきていた数種類のフルボトルが。
「……ん?」
だが、戦兎は何かがおかしいことに気付いて目の色を変え、プリントを脇目にフルボトルを1本ずつ確認していく。
徐々に早まっていく作業の手。自身の抱いた違和感が確信に近づいていることに焦りを抱きながら、戦兎は全てのフルボトルを確認していく。
最後のフルボトルを確認し終え、それを無意識に強くテーブルに置いた戦兎は震える唇を動かす。
「どういう……ことだっ?」
ボトルの数自体はそう多くはないので、再確認する必要は無い。だから見間違いなどでも決して無い。
無いのだ。
たった1つだけ、フルボトルがなくなっているのだ。
「【ロボットフルボトル】が……無い」
今日の夜にデータを見直そうと部屋に置いていたボトルの内の1つが無い、朝出掛ける直前には確かにあった筈なのに。
周辺を見渡してみるが、落ちていたという都合のいい展開も無く、その後も細かに探し続けた戦兎。
だが、結局見つからなかった。
「くそ……なんでだ……!」
募った苛立ちを表すように、戦兎は乱暴にベッドに腰掛ける。ギシィ!と普段聞き慣れないベッドの軋みが発生するが、今の彼にとっては耳障りな音でしかなかった。
フルボトルが勝手に無くなるなど、普通は考えられない。意思を持たない物が自分の力で消えてしまうなんて有り得ない。ならばこれは人為的な力が働いていると考えた方が妥当だろう。
そう思い至った戦兎の中で、確信にも似た推察が浮かび上がった。
失ったフルボトル。
掛けたと思われる鍵が掛かっていなかった。
そこから導き出される答えは1つ。
「誰かが盗んだ、か……!」
迂闊だった。
日々の平和な学園生活(イベント時は除く)に甘んじて、こういった事態に対する警戒が薄くなってしまっていた。
ここ最近は一夏やシャルルの方に人気が偏り、日頃の言動とゴーレムの一件がまだ影響していて戦兎の評判は高くはない。それでも直接的な被害に繋がっているわけではないので、戦兎としても気にしてはいなかった。
だが見通しが甘かった。何故他のフルボトルを狙わず、ロボットフルボトルだけを盗んだのかは分からない。しかしたった1つでも盗まれている、それが真実だ。
頭の熱が冷めないまま、戦兎は取り戻す算段を立てる。
残念ながら、こういったケースに対応していないので監視カメラの類いは用意していない。学園内の監視カメラも重要な場所以外には設置されておらず、犯人を生徒と仮定するならば欠席していない限りは教室とプレハブ小屋間の経路にカメラは無い。
そもそも時間帯がハッキリしていなければ、犯人の絞り込みも満足に出来ない。戦兎が最後にプレハブ小屋から出たのは朝方で、それ以降は戻ってきていない。となれば犯人は休み時間内でも昼休みでも授業を抜けた隙にでも盗みに来ることが可能となる。最後のは犯行の足がついて探す身としては有難いのだが。
現状を整理し、色々と考えた戦兎であったが……。
「……駄目だ、今のままじゃ特定出来そうにない」
答えに至らず、ベッドに背中から倒れ込む。ボフン、と柔らかい音を立てる薄い掛け布団に包まれながら、戦兎は別の手立てを考える。
正直、今すぐにでも犯人を見つけてフルボトルを取り戻したい、ついでにボコボコにしたい。だが今のまま我武者羅に探したところで効率は最悪、せめてもう少し判断材料を揃えなければ時間を無駄に消耗してしまう。
「取り敢えず、これ以上盗まれない為に対策しとかないとな……」
それが、今の自分がやるべきこと。
徐に懐に手を入れた戦兎は、その中から1本のフルボトルを取出し、仰ぐ自身の目の前に翳してみせた。
―――恐らく、カギはこいつになるだろう。
【ドラゴンフルボトル】を握りしめ、戦兎は開発の為の設計イメージを頭の中で構築し始めるのであった。
―――続く―――