INFINITE・BUILD-無限創造-   作:たいお

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第26話 想いを込めて=静まる苛立ち

「……」

 

 深夜。

 IS学園の生徒誰もが眠りに入っている中、戦兎は自室の研究机に向かって作業に没頭していた。部屋の灯りを付けず、机上のスタンドライトの光を頼りに手を動かしている。

 片側に置かれているのは未完成のとあるアイテムと、作業工具や組み立て用パーツの数々。もう片側には愛用のデスクパソコンが置かれており、その画面にはあらゆるデータを記載したページが幾重にも重なり映っている。

 それらを交互に弄って開発を続けていくその光景は、常人から見れば目を見張る程の作業速度であった。記憶を失ってから約3年とは思えないくらいに熟練したタイピングスピードと技術力、戦兎はそれらを身につけていた。

 

 戦兎が現在開発を進めているのは、先日のフルボトル盗難事件に対する為のアイテム犯人が再び侵入してくる可能性は0とは言えないので、それに備えておく必要があるのだ。

 だが、監視カメラやブザーといった生半可な防犯機能では戦兎の気が収まらない。なので犯人の撃退が可能な戦闘能力を有し、自立行動が出来る、そんなてんっさいな発明でもして盗まれた衝撃を和らげでもしなければやってられないというわけだ。

 

「…………ふぅ」

 

 深い息を吐きながら、戦兎はピタリと開発の手を止めて椅子の背もたれに身を委ねる。作業を止めたのは休憩のため……というよりは、頭に余計な考えが過ってしまって集中を途切れさせてしまったからだ。

 盗まれたフルボトルのことだけではない。先の戦いにおいて、ナイトローグがフルボトルを有していたことも今の戦兎にとっての懸念事項であった。遠目で見る限りでは、普段戦兎が浄化して完成させているフルボトルとは造りが少々異なっているようであったが、それでも性能は従来のとなんら変わりないものだと分析している。

 

 自身の与り知らないところで、フルボトルの開発・研究が進められている。

 その事実は普段飄々としている戦兎の感情を刺激し、腹の奥を湧き立たせるのに十分な内容であった。

 

「くそっ……」

 

 戦兎がここまでフルボトルに執着する理由は、彼の過去が関わっている。

 3年前、ドイツの郊外で束に拾われた戦兎は彼女の保護下で生活を送ることとなったのだが、手持無沙汰の日々が暫く続いていた。己の過去を知らず、自分は何が好きで何が嫌いかというのも分からず、何をすればいいのか分からなかったからだ。

 束からは『何か興味のあるものが出来たら、束さんにじゃんじゃん言いんしゃい!』と笑顔で言われていたが、彼女が研究しているISを見てもイマイチグッと来ず、その他のジャンルの研究も見せてもらったが、どれも心に響くものが無かった。

 

 そんな時に出会ったのが、フルボトルだった。

 ある日戦兎は束から最初のフルボトル、ラビットとタンクのフルボトルを差し出された。彼女曰く『倒れていた時に手に握られていたので、とっておいた』とのことで、生活に馴染み始めてきた頃にそれを見せられた。

 そしてそれが、戦兎の心を動かす代物だった。

 

 それからというもの、戦兎はフルボトルの研究に努めた。束が所持しているパンドラパネルと併せて、ネビュラガスを始めとした新たな発見をしていき、その度に戦兎の中で着想が生まれた。ビルドドライバーやドリルクラッシャーエンプティボトルといった道具の発明がその例だ。時には束に倣って数日徹夜をしてまで研究に没頭することも珍しくなかった。

 そんなフルボトルの研究の日々は、何も持っていなかった戦兎に色のある日常を齎したと言ってもいい。

 

 故に戦兎は、自分以外の誰かがフルボトルに関する研究を行うことを許容しない。恩人である束ならば百歩譲って許せるとしても、顔も知らない連中がそれを行うのは絶対に納得しないだろう。

 

「……」

 

 兎に角、今は目の前にある物の完成に努めなければならない。

 戦兎は逸る気持ちに背を押される感覚を抱きながら、作業を続行する。

 

 

 

――――――――――

 

 別の日。

 放課後に生徒指導室に来るよう千冬から言い渡されたシャルル・デュノアは、その指示に従ってその部屋へと訪れた。HR中に言われたので周りからは何かやらかしたのかと心配されていたが、シャルル本人は見当が付いていたので適当に誤魔化しておいた。

 

 部屋で待っていた千冬が口にしたのは案の定、シャルルの暗殺騒動に関することだった。今日までは戦兎から軽く聞かされていただけだったのでイマイチ実感が湧かなかったシャルルだったが、話を聞いて自分の知らないところで大きな流れが起きていたことを知っていく内に段々と理解し、呑み込んでいった。

 シャルルは話を聞いていく中で、かなり気になる言葉があった。

 

「えっ……犯人の記憶が無い?」

「あぁ、自分の名前、出自、経歴……一切合切全てをな」

 

 暗殺の首謀者、ルー・サンチマンが記憶喪失になった。

 戦兎に運ばれてIS学園の治療室にて目を覚ました彼であったが、教師陣が尋問を開始する前に口を開いた。

 『自分は一体、何者なのか』と。

 

 教師達はサンチマンが演技をしている可能性があるとみて聴取を続行させたが、彼が本当に記憶を失っていることを知り、尋問を中止した。結果、学園側が彼から手に入れた情報は0。元々学園の方で集めていた情報とナイトローグとの会話に居合わせていた戦兎の証言のみとなってしまった。

 

「取り敢えず、ルー・サンチマンは記憶喪失前の犯行を認めて機関の監視下に入ることを賛成した。記憶が再び戻るかは分からないが……今は様子を見るしかない」

「そう、ですか……」

 

 サンチマンの犯行動機はシャルルも把握出来ている。父の正妻であるロゼンダ・デュノアを想い、自身の亡き母親と父の関係を憎んでいた。父に悲劇を与える為に、自身を暗殺しようとしたのだと。

 正直に言って、シャルルは彼に良い印象を抱いていない。父に直接怨みをぶつけず、間接的に精神的苦痛を与える為に自身の命を脅かしたのだというのだから、当然ではある。だがそれでも、記憶をすべて失くしてしまったと聞いてどうにも憐みのようなものが湧き上がってしまった。

 

 ふとシャルルは、疑問に思ったことを千冬に尋ねてみた。

 

「あの、先生。暗殺の人って記憶喪失になったんですよね?」

「あぁ。言語等の必要最低限の記憶はあるようだが、それ以外の大部分はぽっかりと抜けてしまっているようだな」

「その、戦兎も記憶喪失だって聞いてるんですけど……もしかして、彼も似た事件に巻き込まれて記憶を失くした、とかじゃ……?」

「ふむ……」

 

 シャルルの推察を汲み、顎に手を添える千冬。

 サンチマンが記憶を失ったと発覚した時、千冬は戦兎にも話を聞いてみたのだが彼は以下のように答えてみせた。

 

『ネビュラガスは人間にとって大きな害となる存在でもあります。スマッシュという怪物自体も、ガスの効果で人体の細胞分裂に作用が生じた末の姿でもありますからね。だからそれを抜き取ったとしても身体に掛かった負担が大きく、前後の記憶を数時間程度失うといった反動も起きてしまうんですよ。そして今回の件は……』

 

 短時間における多量のガス摂取に脳が耐え切れず、成分を抜き取ってもあれ程の後遺症が残ってしまった。それが戦兎の語った詳細であった。

 自身の過去をすべて失ってしまう程の大規模な記憶喪失。それは戦兎自身にも当て嵌まっていた。

 

 だが、千冬の考えはNOである。

 

「いや……恐らくそれは無いだろう」

「どうしてです?」

「もし奴が以前にサンチマンと同様にスマッシュと化していて、その影響で記憶を失っていたとするならば、その時点でスマッシュ出現の騒動が起きていた筈。だが実際にスマッシュが世間に知られるようになったのは、奴が発見されてから数か月後のことだ。偶々世間の目に触れられないまま元に戻った可能性も0ではないが……暴れた痕跡も無いとなると増々可能性は低くなるな」

 

 ナイトローグとそれが属している組織がスマッシュを生み出していたことが新たに明らかとなったが、仮に連中が関わっていたとしても、秘匿する理由が分からない。

 結果的に見ると、戦兎がスマッシュになったと判断するには身の回りの情報とイマイチ辻褄が合わなくなってしまう。故に千冬は違うと考えている。

 

「そういえば、戦兎はDNA検査を通ってるんですか?家族の人達とか、記憶喪失で連絡が無いだろうから心配してると思うんですけど……」

「そんなもの、とっくに保護者である束が済ませている。検査結果の資料も送ってもらったが、合致する人物は無し、血縁関係も見つからず仕舞いだ」

「そんな……」

 

 あまりにも非情な結末に、シャルルは悲愴の籠った表情を滲ませる。

 

 天涯孤独、それが今の戦兎に当て嵌まる言葉であった。血の繫がりを持った人がおらず、彼の過去を知っている人物すら名乗りを上げない。それでは、いつまで経っても彼の失った記憶は取り戻せないだろう。

 ここまで彼に助けられてきて、恩義と好意を抱いているシャルルにとっては受け入れがたい話であった。

 

「ところで、その赤星は今どんな様子だ?」

「えっと……ずっと何かを作ってるみたいで、休み時間や昼休みの時も設計図に書き込みをしてたり、放課後もすぐに自室に帰って作業に取り組んでたりで……」

「取りつく島が無い、か」

 

 千冬も戦兎の現状については把握している。数日前に彼が監視カメラの確認を申し出てきて、その際にフルボトルが盗まれたことを聞いた。結果、芳しい情報を得られず気落ちした様子でその場を去っていったが。

 一応、千冬の言いつけを守って学業に支障を来たさないよう授業に参加しているようだが、あの様子だと授業中も頭の中は研究のことが大部分を占めているだろう。指名した時はちゃんと答えてくれるのだが、千冬としてはさっさと解決して真面目に授業に取り組んでほしいところである。

 ともあれ、今更全生徒を対象とした持ち物検査をしたところで効果は見込めないだろう、あの手合いは隠そうと思えば容易に隠せるので。

 

「奴の問題に関しては、奴自身で解決するしかないだろうな。厳しいことを言えば、奴の管理が甘かったことが招いた事態でもある」

 

 そう言う千冬であったが、シャルルとしては彼にだけ問題に立ち向かわせたくなかった。

 犯人の目処なんて立っていないし、彼の研究を手助けできる程の技術力も持ち合わせていない。直接的に彼の力になれることは、シャルルは持ち合わせていなかった。

 

「(それでも……僕は、彼に何かしてあげたい)」

 

 単に、彼と一緒にいる口実を作りたいだけなのかもしれない。彼に惚れていることは自分でも分かっている、自分は狡い手を使ってでも彼との距離を縮めようとしているのかもしれない。

 けれど、彼の為に何かしてあげたい。この気持ちは紛れもない本物である。

 

 故にシャルルは、1つの決意を固める。

 

「あの、織斑先生。お願いがあるんですけど……」

 

 

 

――――――――――

 

 翌日の夜。

 

 コンコン、と戦兎のプレハブ小屋の扉が叩かれる。

 

「……?誰だ、こんな時間に」

 

 ちょうど開発の手を休めていた戦兎は来訪者の存在に気付く。もし開発中だったら気付いていなかっただろう、非情に良いタイミングであった。

 のそっと椅子から腰を上げると、扉の方に近づいて鍵を開ける。まだフルボトルを盗まれた影響で僅かな警戒心を抱きながら。

 しかし、扉の先にいた人物の姿を確認すると、その警戒を解いた。

 

「シャルロット?」

「ご、ごめんね、こんな時間に」

 

 申し訳なさそうにしながら此方の顔を窺っているシャルルの姿を見た戦兎は、彼女の来訪を不思議に思いながらも扉を完全に開ける。

 

「何か用事か?」

「その……実は、戦兎に食べてほしい物があって」

 

 そう言うシャルルの手には、手提げの包みが握られている。その中に件の食べてほしい物が入っていることを示している。

 

 中に何が入っているのか気になる戦兎であったが、立ちっぱなしで開けるのも難しそうだったのでシャルルを部屋に招き入れ、生活スペースのテーブルの方へと彼女を誘う。

 

「えっと、食べてほしい物っていうのが、これなんだけど……」

「これは……チョコケーキ?」

「あ、そっか。そういう言い回しもあるんだね。フランスではガトーショコラって呼び方が主流なんだけど」

 

 彼女が持参してきた包みの中から出てきたのは、一回り小さい1ホールサイズのガトーショコラであった。上側には粉糖をまぶし、ミントを乗せていて見栄えにも気を配った一品である。

 その姿を見た戦兎は、おぉ、と感心の声を漏らす。

 

「こんなの購買で売ってたっけ?俺、見たこと無いんだけど」

「あぁうん、購買では売ってないよ。僕が作った物だから」

「……マジ?」

「マジだよ?」

「マージマジ・マジーロ?」

「いやどれだけ確認するのさ……」

「悪い悪い。いやでも店で並んでても違和感無いぞ、これ。凄いな」

「そ、それは言い過ぎだよ……それにお菓子作りは偶にする程度だから、味も戦兎が期待している程ではないだろうし……」

 

 直球で褒められて頬を赤く染めるシャルル。やはり面と向かって褒められるのは嬉しいものである。

 しかし彼女が言うようにお菓子作りの経験はあまり深くなく、デュノア社の非公式テストパイロットになってからは作る機会もめっきり減ってしまっていた。味見の時点では問題無かったが、戦兎の味覚に合うかどうかまでは分からないので不安はある。

 

 しかしそんなものお構い無しとばかりに、戦兎は手に持っていたフォークをガトーショコラに突き刺し、1口分を口に運ぶ。

 

「って早っ!?いつの間にフォーク持って来たの!?全然見えなかったんだけど!?」

「んん、ふあい!こえふあいお、はうおっお!(うん、美味い!これ美味いぞ、シャルロット!)」

「あぁもう、口の中に物入れながら喋らないの!それにちゃんと椅子に座ってから食べる!それとこういうのはちゃんと切り分けてから食べること!もう、行儀が悪いんだから!」

 

 モゴモゴと咀嚼しながら戦兎は大人しくシャルルの言葉に従い、座って口の中の物をゴクリと胃に送り込んでから話し始める。

 

「なんだよ、全然美味いじゃん。期待に沿えないどころか期待以上だったぞ」

「ほ、本当?」

「おう、マージ・ジルマ・マジ――」

「魔法の呪文はもういいから!」

 

 というか、物理学者が魔法の呪文を唱えてるのはおかしい。

 

「それにしても、なんでまた急にガトーショコラなんて作ったんだ?」

「なんでって言われると……色々と理由はあるよ?戦兎が僕を暗殺しようとしてた人を捕まえてくれたこととか」

 

 それを聞くと戦兎は納得した。成程確かに、これをお礼と見立てればそういうことになるだろう。とはいえ、自分もフルボトルという報酬の為に動いていたのでそこまで気にしなくていいのに、と思っていたが。

 

 しかし、シャルルの理由はそれだけでは終わらなかった。

 

「それに、ね。最近の戦兎、どこかピリピリしてたから……」

「あー……まぁ、な」

 

 そう言われると戦兎も否定は出来なかった。

 実際、ナイトローグの件や盗まれたフルボトルのことが気に掛かって機嫌は良いと言えなかった。今はまだどうすることも出来ないと分かっていても、否、分かっているからこそすぐに状況を良く出来ず、気持ちがモヤモヤとなる。

 最近は皆との会話も減っていたし、食事も何度か抜いたことがあった。こうして甘い物を口にするのも、数日ぶりだというのに随分と久しい気がする。

 

 フォークに刺したガトーショコラを戦兎がぼんやりと眺めていると、シャルルの口が開く。

 

「情けないけど、僕が戦兎にしてあげられることなんて殆ど無い。僕には戦兎の研究の手伝いなんて出来ないし、フルボトルを盗んだ犯人も分からない。だから……」

 

 戦兎に美味しい物を食べてもらって、元気でいてもらいたい。

 無茶し過ぎないように、近くで見守っててあげたい。

 

 それがシャルルに出来ることであり、願いでもあった。

 

「……なんだか押し付けみたいになっちゃってるけど、ダメ……かな?」

「いや、ダメじゃないけど……」

 

 また、自分にとって利益にもならない行動。戦兎にお礼を言う為に自身の身を危うくさせる任務を引き受けたシャルルは、自発的にそれを行おうとしている。

 やはり戦兎には理解出来なかった。そうしたからといって自分が彼女に何か施しを行うわけではない、彼女が得を得るわけではないというのに。

 

 そんな戦兎の考えを読んでいたかのような答えを、シャルルは口にした。

 

「理屈じゃないんだよ」

「えっ?」

「損得だとかそういう難しいことは関係無いの。『ただ、そうしたいから』僕は戦兎の力になりたいんだ」

 

 方式や法則を無視してぶん投げたような、非情に簡単な理由。理知的な雰囲気のあるシャルルには似合わない理由だが、その似合わない理由が彼女を動かしている。

 戸惑いつつも反論はしなかった戦兎の反応を肯定の証と受け取ったシャルルは、いい笑顔を戦兎に向ける。

 

「そういうわけだから……これからもよろしくね、戦兎」

 

 

 

――まぁ、いいか。

 

 

 

 なんだか若干勢いで決められてしまった節もあるが、悪い気はしなかった。色々と思うところもあるが、今は一先ず納得することにした。

 戦兎はもう1度ガトーショコラを口に含める。胸の奥が心なしか軽くなった後に食べる甘味も、やはり美味であった。

 

 

 

―――続く―――

 




 肝心な場面だというのに、かなり難産でした。そもそも最近執筆の手が思うように進みません……もともと亀みたいな歩みですが。

 あ、それと今更なのですが今作品にも4つ評価をいただきました。どれも好評価で物凄く嬉しく感じております!こんな場末の作品に高評価を下さった4名の読者様方、本当にありがとうございます!
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