「ボーデヴィッヒさん、かなり荒れていますね……。攻撃が苛烈になった分、織斑くん達も攻め手を欠いて守りに徹するしかなくなっています」
「奴は個人のレベルに関して言えば間違いなく1年生の時点で最強だからな。あいつらが正攻法で戦っても勝つ見込みは薄いだろう」
トーナメントの管制室にて、1組の担任副担任である千冬と真耶が試合の様子を見ながら言葉を交わしている。
トーナメントが行われている最中、IS学園の教員はそれぞれ担当の場所で運営補助を行う必要がある。この管制室で直接トーナメントの進行を行うのもその役割の一端だ。
現在、アリーナではラウラの猛攻撃が続いている。弱者と侮っていた戦兎達の足掻きが彼女の琴線に触れ、その攻撃の節々から憤怒と憎悪の感情が入り混じっているのを感じる。
「けど織斑くん達、かなり頑張ってると思いませんか?さっきの連携も凄く良かったですし、今も代表候補生を相手にここまで粘れるのは正直凄いと思いますよ!」
「さっきの連携は戦兎辺りが考えた策だろうが、所詮は一矢報いる程度の悪足掻きに過ぎん。それに防御も完璧じゃないからジリ貧に持ち込んでいるだけだ」
「て、手厳しいですね……」
千冬の口から出る辛口な評価に苦笑いを浮かべる真耶。真耶個人としてはたった数ヶ月で此処まで動けているのは本当に凄いことだと思うのだが、やはり世界最強のブリュンヒルデとなると見る物のハードルも高くなるのだろうか。
「えっと、それで織斑先生はどちらが勝つと思いますか?やっぱりボーデヴィッヒさんでしょうか?」
「まぁ、妥当に考えればそうだろうな。先程のような同士討ちがもう通用しない以上、ここから先は実力勝負となる。あいつら2人の実力を足してもラウラには届かないのが現実だ」
千冬としての評価は、やはり男子2人にとって厳しいものであった。
しかし……。
「……まぁ、なんだ。あいつらならば何かやってみせてくれる、そう思ってはいる」
それは教員としての感想なのか、それとも千冬という一個人としてなのか。
どちらにせよ、それは彼らのこれまでの努力を認めた言葉であった。特に一夏は放課後も周りの女子達の力を借りて少しでも強くなろうと鍛錬に励んでいるのを知っている。
まだまだひよっこであるのは変わりない。だがそれでも少しずつ強くなっているのをこの目で見られるのは嬉しく思った。
本来ならば、一夏にはISに関わってほしくはなかったのだが――。
「……山田先生、そのニヤケ顔はなんですか?」
「いやぁ~、やっぱり織斑先生もなんだかんだ言って弟くんには優しいんだなーと思いまして。それに赤星くんのことも気にかけてるみたいですし、特別な事情を持った子にも配慮を欠かさない教職員の鑑ですね!」
「……」
「……あれ、おかしい。褒めた筈なのに織斑先生の機嫌が良くならない」
寧ろ斜めになっているような気がする。真耶が気付いた時には、もう手遅れだった。
「山田先生、コーヒーをどうぞ」
「え、コーヒ……え?いつのまにコーヒー?というか前にもこんなことがあったような……え、また塩コーヒー?」
「いいえ、赤星の行きつけの店のオリジナルブレンドです。赤星が店主に習って再現したものですので味は保証しますよ」
(不味い)味の保証を。
勿論、そんなことを知らない真耶はオリジナルブレンドという魅惑的な言葉に警戒心を解き……。
「あ、そうなんですね!それじゃあいただきます……まっず!」
織斑先生をからかうのは止めよう。そう固く決意する真耶であった。
――――――――――
視点は再びアリーナへ。
中で戦っている内の1人、戦兎は迫り来るワイヤーブレードの連続斬撃を2本のブレードで辛うじて防いでいた。
ラウラの操るワイヤーの精密性は高く、1本を弾いてもすぐに他のワイヤーが攻めかかってくるだけでなく、周囲に展開して動きを制限しに掛かってくるといったことも器用にこなしてきている。単に怒り狂っているのではなく、絶対に潰すという明確な意志。こちらを確実に倒す為に冷静な部分を残しているのが実に厄介極まりない。
一夏の方を見てみるも、そちらもかなりギリギリな戦いであった。彼の方には直接ラウラが赴き、プラズマ手刀による近接戦闘を仕掛けているが、手数と勢いで一夏を圧倒してみせている。
一夏には零落白夜があり、好んで接近戦を仕掛けるものはそうそういない。にも拘わらずラウラが接近戦を選んでいるのは、レールカノンを使用不可能にされたからというだけではないだろう。
「(さぁて、どうしたもんかな……いつまでもワイヤーで遊ばれてるわけにもいかないし、ここらで態勢を立て直しとかないと)」
取り敢えず、今の状況で片方がもう片方の戦闘に割り込むのは少々厳しい。理想的なのは互いに敵の攻撃から一旦逃れ、その間に合流を図るというものだ。
幸いにも、箒はラウラの攻撃が激しすぎて介入出来ずにいる。離脱直後を的確に狙われることは無い筈。
『一夏、俺がこっちから隙を作ってやるから、タイミングを合わせて後退しろ』
『隙って、どうやってっ?』
『こうする!』
すかさず戦兎は迫り来るワイヤーブレードを躱すと、その1本をガッチリと掴み取る。
そこからワイヤーを綱引きのように思いっきり引っ張り出したのだ。
「おぉらぁっ!」
「何っ……!?」
戦兎がワイヤーを引いた瞬間、射出元である装甲を纏っているラウラの身体がガクンと引き寄せられる。
ラウラの攻撃の手が止まり、一夏はそれが戦兎の言っていた隙だということを察し、すぐさま後退を行う。
「逃がすか!」
「おっと、アフターケアは万全にな」
「っ!……また貴様か……!」
一夏の追撃を試みるラウラに向けて、再び戦兎が銃で牽制を行って彼女の脚を止める。防御されてダメージには至らなかったが、一夏の逃げる時間を稼ぐには十分であった。
その間に戦兎は一夏の後退先に移動し、彼と合流を果たす。
「よぉ、さっきぶり。ダメージの具合は?」
「半分くらい削られた……そっちは?」
「残りは3分の2くらいってとこかな。板野サーカスみたいな軌道するんだもんよあのワイヤー」
一夏のシールドエネルギーが半分程度まで減っているのはかなり手痛い。燃費に難ありの白式では持久戦に持ち込むのは難しく、エネルギーが先に0になるのは時間の問題である。そうなれば1対2となり、勝機はまず無くなるとみていいだろう。
「戦兎、お決まりの勝利の法則は見つかったか?」
「一応、即席で作ったやつが1個。ただし超難解のベリーハード級だけどな」
「もうそれでいいよ。考える時間も惜しいとこまで来てるんだ、あるものでなんとかするしかないだろ」
「えー……自分で考えておいてなんだけど、かなり無茶するぞ……」
しかし、これ以上問答している暇も無い。既に痺れを切らしたラウラが此方に向かって猛スピードで突き進んでいるのだから。
「私を忘れてもらっては困ると……言った筈だ!」
そして敵はラウラだけではない。
先程まで様子見を続けていた箒が、戦兎達の動きが止まったことを見計らって攻撃を仕掛けてきているのだ。
残念ながら、戦兎達の作戦会議はつかの間のものとなってしまった。
「どうする、また同士討ちを狙うかっ?」
「もう同じ手は通用しないでしょうよ……俺が頑張って箒をなるべく早く倒すから、ボーデヴィッヒの足止めよろしく」
「簡単に言ってくれやがって……だが、別にあれを倒してしまっても構わんのだろう?」
「あ、死んだわこいつ」
一瞬だけ赤い外套を纏ったガタイのいい白髪の男の幻覚が見えたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
戦兎と一夏はそれぞれ近づいてくる2人の迎撃に備える。先ずは2対2のこの状況を乗り切り、数の優位に立たなければ話にならない。
だが、彼らの……否、彼らと箒にとって予想だにしていない事態が発生する。
ラウラの射出した2本のワイヤーブレードが味方である箒の身体に巻き付き、戦兎達に向かって彼女の身体ごと放ってきたのである。
「なっ!?」
「箒っ!!」
箒は突然我が身の自由が利かなくなり、加えて放られる感覚に陥って混乱する。
一夏は幼馴染みがそのような状態に陥ったことに驚愕する。
戦兎は眼前の光景の意図にいち早く気付き、備えを固め直す。
そしてラウラは、その口元を三日月状に歪めていた。
「精々、私の役に立ってみせろ」
その言葉の直後、箒が巻かれた状態のワイヤーブレードを含めた6本のそれらを荒々しく振るっていくラウラ。箒が攻撃に利用されている以上、一夏達も迂闊に攻撃することが出来ず回避に徹するしかない。ラウラはそれを承知の上で箒の身体を攻撃に使っているのだ。
「がっ……ぁ……!」
「やめろボーデヴィッヒ!!」
「ふん。私に刃を突き立てるようなものは、こうした方が効率的だろう」
ISの防護機能の影響で着地時にバリアーが作動し、箒は直接地面に叩きつけられるという事態は避けられている。だが一定以上の攻撃力は貫通したり、衝撃そのものは防げなかったりと、そのバリアーも完璧ではない。
強い遠心力で引っ張られ、壁に地面に幾度となく叩きつけられる。その度に脳が大きく揺さぶられて眩暈が生じ、まともな思考も出来なくなる。
一夏がなんとか箒を受け止めようとした時にはもう遅かった。
白式に送られた情報『敵IS【打鉄】操縦者、意識の喪失を確認』が示す通り、ワイヤーに巻かれたままダランと完全に脱力してしまっている彼女の姿が、一夏の網膜に焼きついた。
セシリアが、鈴音が、そして今度は箒が彼女の暴力によって傷つけられた。
度重なる仲間達の傷つく姿が、一夏の怒りを頂点へと達しさせた。
「やめろって、言ってんだろうがぁぁぁぁっ!!」
瞬時加速、そして零落白夜。本来ならいざという時まで温存するべき技を惜しみなく使用した。今すぐにでもラウラを倒したい、という一心故である。
しかし、その行動はラウラの思う壷であった。
「かかったな、猪が」
ラウラの右腕が突き出され、AICが発動する。物体の慣性を停止させる結界が彼女の前方に展開され、高速で動く一夏をピタリと止めた。
AICの原理は対象の慣性方向と真逆の向きに不可視のエネルギー波を送り、相殺することで物体の動きを止めるというもの。瞬時加速のような軌道が単調なものであれば読みやすいのである。
「あーもう、だから不用意に使うなって言ったのに……!」
戦兎が急遽カバーに入ろうとするが、ラウラはそれを許しはしない。
「そら、返してやろう!」
「うおっ!?」
ワイヤーブレードで巻きつけていた箒が戦兎に向けて放り投げられ、彼はそれを咄嗟にキャッチする。
だが、その間にラウラは一夏への攻撃を進める。5本のワイヤーブレードが彼の全身を切り刻んでいく。溶けるようにシールドエネルギーが減っていき、残量は4分の1を切った。
「ぐっ……ああぁぁぁ!!」
「終わりだ」
2本のワイヤーが一夏の右腕に絡み、きりもみ回転を加えながら大地へと叩き落とされる。衝撃で一瞬呼吸が詰まる一夏の眼前には、プラズマ手刀を出したラウラが迫っていた。
その一撃を受けてしまえば、白式のシールドエネルギーは0を迎えることとなるだろう。互いの消耗を鑑みる限り、一夏達の勝機はやはり薄いままだ。
やられる。
一夏が脱落を覚悟し、息を呑んだその時であった。
「どぉっせぇぇぇぇいい!」
蹴りの態勢を保ったまま、ラウラ達の方へと凄まじいスピードで駆けてくる戦兎の姿があった。
その速度は従来のリヴァイヴの基本速度を遥かに上回っている。そう、もしかしなくてもそれは……。
「瞬時かそ――ぐぁっ!?」
戦兎の鋭い蹴りはラウラの身体を捉え、一夏から遠ざけさせる。
そのまま戦兎は右腕にブレード、左腕に55口径アサルトライフル【ヴェント】をそれぞれ携えてラウラの追撃に向かう。
「くっ、貴様も瞬時加速を習得していたのか!」
「備えあれば嬉しいなって言うだろ?」
「いや言わんだろ」
戦兎の銃撃と斬撃、ラウラの手刀とワイヤーブレードとで応酬を行っていく。互いの獲物がぶつかり合い、甲高い音を立て続けていく。
しかし暫く競り合っていく内に戦兎の方が押し負け、アサルトライフルを弾き飛ばされてしまう。更に戦兎の懐にラウラが潜り込み、プラズマの刃をその身に突き立ててバリアーを発生させる。
「そういえば、貴様にはこの試合で散々邪魔をされてきたな。これまでの報復をたっぷりとしてやろう」
「いやいや報復とかいらないから、遠慮します」
「ふん……その軽口もすぐに開けなくしてやる」
戦兎が反撃を行う前に、ラウラが怒涛の連撃で戦兎の身体を刻んでいく。プラズマ刃が、ワイヤーブレードが嵐のように入り混じって戦兎の身に襲い掛かり、リヴァイヴのシールドエネルギーが一気に削れていく。
「ぐぅっ……!」
「織斑 一夏から仕留めようと思っていたが、予定変更だ。先ずは貴様から潰す」
そう言ってラウラはAICを発動し、戦兎の身体を空間に拘束させる。再びワイヤーブレードが展開し、動けない戦兎に向かって一斉に襲い掛かる。これらの攻撃を全て受けた時、戦兎のシールドエネルギーは底を突くだろう。
だが、その状況下で戦兎は笑っていた。眼前に映る刃糸の群れを前にしながらも動じたそぶりを見せなかった。
彼のその姿を見て訝しむ彼女であったが、その瞬間に自身の背後に強い衝撃を受けた。ドウン!と背中を押し潰すような感覚に、ラウラは小さな呻きを漏らす。
「なっ……!?」
何が起こったのか、反れる身のまま後方を確認した彼女は、先程の衝撃の正体を知る。
彼女の視界の先にいたのは、アサルトライフルを構えた一夏の姿だった。彼の持っている銃は、先程戦兎が落とした銃であった。
本来であれば、別の者の装備を扱うことは出来ない。相手の装備を盗み、それを使おうとしてもロックが発生して銃器はただのレプリカと化してしまうだけだ。だが、使用許諾を発行してそれに登録することで、他人の武器を使うことが出来る仕組みとなっている。
戦兎達は試合前にそれらの登録を全て完了させ、使用武器を完全に共有するように仕上げた。こういったチーム戦ならではの戦略と言っていいだろう。
「馬鹿なっ!何故近接武器しか持たない貴様が……!」
「俺が貸したからな」
「っ……この死に損ない共がぁっ!!」
今しがたの銃撃でAICの拘束が外れて戦兎の身が自由となり、すかさず彼は大型の盾を召喚した。
ラウラはそれを無駄な足掻きだと判断する。残り僅かなエネルギーを尽きさせない為に防御に優れた盾を用意したのだろうが、その程度の盾を突破することなど造作も無い。逆に盾に機動を奪われていい的になるだけだ。
だが、彼女は失念していた。第2世代型の中でもトップクラスの攻撃力を持つ装備があり、目の前にあるそれこそが件の物であることを。
戦兎の持つ盾の装甲が弾け飛び、隠されていた武装が露わとなる。
69口径パイルバンカー【灰色の鱗殻(グレー・スケール)】、リボルバーと杭が一体となった、炸薬交換による連続打撃を実現させた切り札。
通称、【盾殺し(シールド・ピアーズ)】。
「そしてこっちは、シャルロットから借りた」
「……お、おおおぉぉぉぉ!!」
パイルバンカーを突き出す戦兎と、AICで動きを止めようと右腕を動かすラウラ。
一瞬でも判断が、挙動が、遅れたら敗北の未来を辿るコンマの世界。今の両者は相手よりも先に動くことに思考を専念させ、自らの身体を突き動かす。
その刹那の時間を制したのは――。
「俺の、勝ちだ」
戦兎のパイルバンカーがラウラの腹部を捉え、必殺の一撃を叩き込んだ。
――――――――――
敗北を悟った少女の耳朶に誰かの囁きが届く。
―――力が欲しいか?
今のラウラが一番求めているもの、それが力。
弱者と侮っていた連中を圧倒するには、まだ自分の力が足りなかったからだ。敬愛すべき教官の所為ではない、全てはその教えを最大限に活かせなかった自身の至らなさが罪。
―――力が欲しいのなら、くれてやる。
故にラウラは甘く響く悪魔の誘惑に手を伸ばす。
痛みも屈辱も、力を得る条件は整った。
―――貴女が尊敬している人の力を。
【Valkyrie Trace System】起動。
―――続く―――