「……うぅ……?」
ラウラが目覚めた時、視界に入ったのは知らない天井だった。普段の彼女ならば漂う薬品の匂いで、ドイツ軍の医務室の経験から此処が保健室であることを連想させるのだが、頭が上手く回らない。
「起きたか」
「……教官?」
首を横に傾けると、備え付けの椅子に千冬が座っていた。
「動かない方がいいぞ。全身に無理な負荷が掛かってどこもかしこも筋肉痛に苛まれている。動くのも辛いだろう」
「いえ、この程度の痛み、私には痒いくらいで……あいたぁ!?」
「アホ」
「ぐぅ……一体、私に何が……?」
彼女の記憶に最も新しく残っているのは、戦兎のグレー・スケールの一撃を受け、意識を失う直前に誰かから力を与えると言われたこと。それ以降は全く覚えていなかった。
千冬は事情を知らないラウラに説明を始めた。
まず、彼女の専用機であるシュヴァルツェア・レーゲンには違法研究対象である【VTシステム】が搭載されていたこと。VTシステムはモンド・グロッソの部門受賞者のデータを元に開発された代物で、操縦者の身を省みない機動をする危険性からIS委員会が開発禁止を言い渡した。
だが、それがラウラの専用機に巧妙に隠されていた。操縦者のダメージ、メンタルが特定の状態に達することで発動するようにして。
それを聞いたラウラはショックを隠し切れなかった。システムの発現を招いたのは、他でもない自分の弱さが原因であると知って。素人と侮っていた戦兎たちに追い詰められ、悪魔の囁きに唆された己が情けなくて仕方なかった。
「……私が、弱いばかりに」
「……」
シーツをギュッと掴むラウラの悔しさは、千冬の目から見て明らかであった。
そんな彼女に千冬は言葉を掛け始める。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
「は、はい!っーーー!?」
凛とした声に意表を突かれ、肩を跳ね上げながら返事をするラウラ。メッチャ痛そうにしていたけど、必死に我慢していた。
「お前は誰だ?」
「お、俺の中の俺!」
「そのネタはもうやった」
改めて。
「……まぁ、誰でもないというのならなってみせろ、ラウラ・ボーデヴィッヒにな。学校というのは自分を見出す為の場所でもある」
「教官……そこでボケないのですか?」
「さっきからボケてるのはお前だけだ。というか割と余裕あるな」
千冬としてはあまり思い詰めないでいてくれるのは有難いのだが、どうも釈然としなかった。
「はぁ、シリアスな雰囲気が台無しだな……お前、そういうキャラだったか?」
「キャラ……?なんの話でしょうか?」
「いや、いい……私は仕事があるからもう戻るが、お前は安静にしていろよ」
そう言って千冬は退出していった。
残されたラウラは言われた通りに養生すべくベッドに身を預け、目を閉じる。先程までずっと眠っていた筈なのだが、今なら穏やかに眠れる気がした。今日まで背負っていた背中の重荷が、軽くなったからだろう。
再び眠りについたその顔は穏やかであった。
――――――――――
翌日。
昨日はVTシステムによる騒動があったが、学園はいつも通り機能している。当事者である戦兎たちは事情聴取、観戦していた生徒たちにも箝口令が敷かれており、あの話題を口にする者はいない。
結果から言うと、VTシステムによる事故は『ラウラの専用機になんらかのトラブルが発生した』という形で誤魔化されることとなった。事実ではあるが、一般生徒はまずVTシステムを知っていることが無いので、殆どの生徒はそれで納得した。
HR開始前、戦兎は自分の机でビルドフォンを弄っていた。
「おっ」
「あら?どうしたしましたか、戦兎さん」
「いや、シャルロ……シャルルが今日戻ってくるってさ」
「まぁ、本国での御用事というのが済んだのでしょうか」
送られてきたシャルルのメールを読んでみると、どうやら向こうでやることにもひと段落が着いたのでIS学園にまた復帰するとのことであった。
「今日の朝……いや、HRには顔を出せるみたいだな」
「それは良かったですわね。シャルルさんと戦兎さん、随分と仲良さそうにしていましたし戻って来てくれるのは嬉しいのでは?」
「嬉しい、かぁ」
「あら?違いますの?」
「いや、そうじゃないんだけどな。なんていうかこう、待つ側になる機会っていうのが殆ど無かったからな。ビルドになって色んなとこ回ってて」
戦兎が束たちと生活していた頃、戦兎が留守番することはあまり無かった。ビルドとしてスマッシュを倒しに行ったり、記憶を取り戻す為に日用品買い出しがてらに街に繰り出したりしている。
「まぁ、束さんかクロエが帰って来たことに気付かないで研究してた時もチラホラあったからな」
「いや同居人としてそれはどうですの……?」
「すべてはフルボトルが魅力的なのが悪い」
「は、はあ。兎に角戦兎さんは、シャルルさんが戻られることは喜ばしく思っていますのね?」
「そりゃ勿論」
ともあれ、シャルルが帰ってくることはちゃんと嬉しく思っていることはセシリアも分かった。
「でしたら、掛ける言葉は1つしかありませんわね」
「掛ける言葉……あっ、そう言えばこの間決め台詞言い忘れてた。『さぁ、実験を~』の方」
「そんな言葉を掛けてどうしますの……帰ってきた人に言うお決まりの言葉がおありでしょう?」
「あ、成程、そっちの方ね」
丁度戦兎が納得したところで、教室の入り口が外から開かれる。
「皆さんおはようございまーす。朝のHRを始めますねー」
教室に入ってきたのは副担任の真耶。クラス名簿を胸に抱えながら教壇の上へと立つ彼女の仕草も慣れてきたものだ。
「それでは朝の連絡事項をお伝えする前に……えぇっと、皆さんに転校生を紹介しますね」
その言葉で教室内がざわめき出す。それもその筈、ついこの間シャルルとラウラが転校してきたばかりだというのに、こんなにも頻繁に来るのは有り得ないだろう。
しかしざわめいたクラスメイトたちにフォローを入れるべく、真耶が慌てて言葉を付け足す。
「あ、えっと、転校生といってもちょっと事情が特殊でして、実は皆さんも知っている子なんですけど……あぁなんて言ったらいいんでしょう……兎に角、入ってきてください」
要領の得ない言葉にクラスメイトたちも首を傾げるしかなく、真耶は真耶で口で説明するより見てもらったほうが早いと判断し、転校生なる人物を教室へ招き入れる。
その人物の姿を見て、戦兎以外の全員が言葉を失った。
綺麗な金色の髪、それを後ろで尻尾のように束ねた美少女。だがその少女の顔立ちは誰もが見覚えのあるものであった。
皆が愕然としている中で、少女は自己紹介を始める。
「シャルロット・デュノアです。改めまして皆さん、よろしくお願いします」
少女――シャルロットは憑き物が取れた笑顔で挨拶を行った。
彼女の裏事情に関しては、その後に真耶が説明を行った。
今後新たな男性操縦者の出現に備えての生徒たちへの予行練習、及びどこかの企業が男装してIS学園に潜り込むという可能性への対策として、デュノア社と連携してシャルロットをテスターという形で派遣したという。
勿論、これはシャルロットの本当の事情を隠す為の方便。色々突っつくと穴が見えるような話ではあるが、社会の裏にまだ触れていない少女たちは疑うことなくその話を信じていく。
「嘘だ……ボクを騙そうとしている」
「信じてねーじゃねーか!」
「現実を見よう、あれはどう見ても女の子だよ、男の子じゃない」
「大丈夫、また男子制服着せればいいんだから!」
「良くないよ!?もう着ないからね!?」
一部頑なに認めようとしていないが、その内受け入れてくれるだろう。
「それと皆さん別件になりますが聞いてください。ラウラ・ボーデヴィッヒさんのことなんですが……」
真耶がそう言うと同時に教室の扉が開き、話題に出ようとした彼女の姿が現れる。
教室に入ってきたラウラの表情だが、以前までの冷徹さを纏った鉄面皮が嘘のように崩れている。詳しく言うと、申し訳なさそうにしながら周りの様子を窺っているような、今までの彼女では考えられない程に湿っぽい雰囲気であった。
「あぁボーデヴィッヒさん。お身体の方はもう大丈夫ですか?」
「う、うむ……あぁいや、はい。お陰様で」
「いえいえ、教師として生徒の怪我を心配するのは当然ですから。ボーデヴィッヒさんも、これからまた宜しくお願いしますね」
「は、はい。こちらこそ」
真耶とラウラによる取り留めの無いやり取り。
しかし数回の掛け合いだけで、クラスの全員が彼女の変化に気付いた。昨日まで自分以外の生徒を見下すような態度を取り、一夏に対しては敵意を剥き出しにしていた彼女だが、今の姿はすっかり棘が無くなってしまっている。
真耶と話し終えた後、ラウラは一夏の姿を見つけるとそちらの方へ歩いていく。奇しくもその光景は転入初日の時とよく似ていた。
どうしたのかと一夏が内心疑問を浮かべている中、ラウラは一夏に向けて深く頭を下げた。
「済まなかった」
「えっ?」
「これまでお前に向けてきた数々の暴言や敵意、どれも私のお門違いだったということに今更気付かされた。だから……今まで済まなかった」
何故謝られたのか分からなかった一夏であったが、その言葉を聞いて理解した。
昨日の出来事を経て、彼女の中で何かが変わったのだろう。事件の間は力に固執したラウラもVTシステムも1発ずつ殴って目覚めさせると息巻いていた一夏であったが、既に彼女はその概念から解放されたことに気付いた。
それに、今の一夏ならば力を求めるラウラの気持ちを分かる気がしていた。
「頭を上げてくれ、ボーデヴィッヒさん。君が言ってたように、俺が千冬姉の2連覇をふいにしちまったことは事実だからさ」
「しかし……!」
「じゃあこうしないか?俺は千冬姉の名を二度と汚さない、守る為に強くなってみせる。だからボーデヴィッヒさんの力も貸してくれないか?」
「私の?」
「あぁ。ドイツの代表候補生が協力してくれるのなら、俺ももっと強くなれる筈だからさ」
そう言って一夏はラウラに手を差し伸べた。
彼の手を目の前にしたラウラは、その手に応じていいのか迷った。先日見せた自身の失態、彼女自身は己の弱さが招いたことだと認識しており、自分に彼を鍛える資格があるのか。
そんな彼女の視界に、クラスメイトたちの姿が映る。ここまでのラウラの変化に気付いた彼女たちは身振り手振りでラウラに賛成する意思を示している。ついでに、反対しようとしている少女2名を取り押さえている姿も。
彼女たちの後押しを受けてラウラは決断する。この力を改めて、彼や皆の期待に応える為に使うことを。
「あぁ……分かった。私のような未熟者の力で良ければ、存分に活用してくれ」
「ははっ、だったら俺は未熟者どころか卵だぜ、卵」
「ふっ、では金の卵であることを期待しているぞ。織斑 一夏……いや、一夏」
「失望はさせないさ……ラウラ」
手を繋ぎ、軽口を叩きあいながらもその表情は晴れやかであった。2人の間にあった因縁は断ち切られ、新たなスタートを迎えることとなる。
―――つづ―――
「おい一夏、それはつまり私の協力が不十分だと言いたいのか?」
「聞き捨てなりませんわね。わたくしの指導が不満だなどと……これは次の訓練は本気で仕掛けねばなりませんわね」
「覚悟しときなさいよ一夏、そんな口が利けないように徹底的に潰し……鍛えてやるわ!」
「いやそういうつもりで言ってないから!ていうかどうやって鈴は聞きつけた!?」
丸く収まったと思いきや、拘束から逃された少女達+αが一斉に一夏へと詰め寄り始める。完全に鬼気迫っている。
一夏の受難は、唯一この場を収められる千冬が来るまで続くであろう。真耶には止められそうになかった。
一方、一夏が大変な目に遭っている中、座っている戦兎の隣にはシャルロットがいた。あの騒動の中でちゃっかり移動していたのである。
「これで一件落着、だね」
「だな」
1人だけ一件落着していないのだが、ツッコミ役に回る筈のシャルロットが言い出しているのでツッコめる者がいない。周りの生徒たちも一夏のトラブルに夢中の模様。
「ボーデヴィッヒさんも、戦兎に救われたんじゃないかな?きっと後でお礼を言いに来ると思うよ」
「ん?俺はこれといって救うようなことしてないんだけど」
「そう?僕はなんとなくだけどそうは思わないんだよね。戦兎ってその気が無くても結果的に誰かの為に動いたりしそうだし」
「なんじゃそりゃ……あぁそうだ。シャルロットに言わないといけない言葉があるんだったな」
「うん?」
「おかえり、シャルロット」
「っ!……うん、ただいま!」
こうして、2人の転校生が巻き起こした嵐も終わりを迎えた。
戦兎の学園生活は、まだまだ続く――。
―――第1章 完―――