第32話 平和なひと時=近づく暗雲
「はい戦兎、ココア淹れてあげたよ」
「おお、サンキュ」
日曜日の午前中、戦兎は自室で研究を行っていた。
その傍にはシャルロットがおり、彼女からココア入りのマグカップを受け取るとそれをグイッと一口。甘い味が口内に広がり、研究で働かせた脳に心地よく染み渡る。
シャルロットが戦兎の自室に遊びに来ることは、最早恒例となっていた。他の女子生徒だと男子の部屋に遊びにいくということに高いハードルを感じて中々踏み出せないでいるのだが、シャルロットは別だ。
何せ戦兎には転入初日から世話役として何かと面倒を見てもらっていたし、男装がバレてからも色々と助けてもらっている。今更部屋に行くことに抵抗など感じないのだ。それどころか、最近は戸棚の物を徐々に把握し始めている程である。
「ねぇ、今はなんの開発を進めてるの?」
「ふっ、よくぞ聞いてくれたな。この間、フルボトルが盗まれた事件があったろ?それの対策として開発したスペシャルな発明品の調整が丁度完了したところなんだ」
「それは……ドラゴン?」
工具や端材と混じって机の上に乗っているそれが、彼の言う発明品であることに気付いたシャルロット。
彼女が指摘したように、その発明品はドラゴンの意匠をこしらえていた。ボディは黒がベースで、甲殻に該当する部分は群青色と黄色、少しだけ赤い炎のデザインが施されている。
一体どのあたりがスペシャルなのだろうとシャルルが思っていると、戦兎はそのドラゴンに備わっているスイッチを押し、ドラゴンを起動させた。
≪―♪―♪≫
「わぁ、動いた!それに飛んだ!」
電源の入ったドラゴンはその場から飛び上がり、室内を回り始める。自立行動型ユニットではあるようだが、まるで自我を持っているかのような動き方にシャルロットも色々と驚かされている模様。
「【クローズドラゴン】。それがこいつの名前だ」
「クローズドラゴン……クローズってことは、まさか……」
「戸締り的な意味で名付けた」
「すごい直線的……いや戦兎らしいっていえばそうなのかな?」
思えば、戦兎の発明品で凝った名前がついたものが無いような気がしたシャルロットは、何故か納得出来てしまった。
「こいつは起動中ずっと音楽を鳴らしててな。隠密行動なんかには滅法不向きだが、不審者を感知してしまえばそれが警報音の役割を果たしてくれて、夜中眠っている時でも警備してくれるんだ」
「そっか、それで音楽を」
「更にこいつには迎撃能力があってな……来い、ドラゴン!」
≪―♭♪≫
戦兎の呼びかけに応じ、ドラゴンは彼の元に飛びながらその口から蒼い炎を吐き出した。キードラゴンフォームの際に発生させた蒼炎と全く同じ炎で、某フォームを見ていないシャルロットもドラゴンが炎を吐くという時点でビックリしている。
対する戦兎は迫る蒼炎をいつの間にか持っていたドリルクラッシャーで防ぎ切ってみせた。蒼炎は空中へと霧散し、完全に消えてしまった。
「……と、このように炎を吐いて侵入者を撃退出来るんだ。一般人なら間違いなく追っ払える」
「い、いきなり室内で火を使うのはやめてよ!火事になったらどうするのさ!?」
「平気平気、室内外の壁床に防火用のコーティングを施しといたから、花火で遊んでもCHA-LA HEAD-CHA-LA」
「室内でパチパチしちゃダメだからね!?頭からっぽでもやっちゃいけないことがあるからね!?」
戦兎の行動にはより一層注意しなければならないと心に決めたシャルロットであった。
丁度お昼時になったので、2人は食堂へ向かうことにした。というより、『ここからが面白いところなんだけど』とキリが無さそうだったのでシャルロットが切り上げさせたのだが。
食堂についた戦兎たちは外出していない女子生徒の集まりで賑わっている中、券売機でそれぞれ注文を取り始める。
「ねぇ、戦兎は何が食べたい?」
「マロンパフェ」
「デザートじゃん!というかなんでマロンをチョイスしたの……?」
「気分に関しては法則ではどうしようもないんだよ。というか心理学は門外漢だから、俺」
「寧ろ戦兎は心理学を勉強した方がいいんじゃ……」
なんだかんだ言いながら2人は注文を決めて、料理が来るまでカウンターにて待つことに。
すると、2人の耳に中央でグループになっている女子たちの会話が届く。その話題の対象は、戦兎であった。
「ねぇ見てあれ、2人目の男子だよね?」
「赤星くん、だったっけ?私クラス違うんだよねー」
「ぶっちゃけどう?織斑くんと比べて」
「てぇ↑んさいで強いらしいけど、割と奇行が多いとのこと」
「何その残念なイケメン」
「けどさ、この間の事件でビルドに――」
「馬鹿!その話題は箝口令が敷かれたでしょ!」
「この馬鹿!馬鹿野郎!間抜けぇぃ!」
「ボロクソに言われたでござる」
それからは別の話題が盛り上がり、戦兎の名前が出ることは無くなった。
しかし微妙な評価を下されたことによって当の本人……ではなくシャルロットの表情が曇る。それ以前に本人が近くにいるのに会話のネタにするというのがいい気分ではなかった。
「……皆、好き放題に言っちゃって」
「どうかしたか?シャロロット」
「戦兎はいいの?あんな風に言われても。というか今噛んだよね?シャロロットって言ったよね?」
「別に誰かにどう思われてようとなぁ……シャルルットはそういうの気にするのか?」
「まぁ、僕に限らず誰だって少しは気にすると思うけど……っていうかまた噛んだよね、わざと?わざとなの?」
戦兎のことだから間違えてもいないしわざとでもないのだが、2度も違う名前を出されたら流石にシャルロットも戦兎に詰め寄りたくなった。
「いやいや、わざとじゃないんだって。ほら、ルからロへの移りってちょっと難しいだろ?つい口が回らなくなってさ。そんな時もあるってカカロット」
「もう完全に別人になったよね!?文字は半分以上合ってるのに果てしなく遠い存在になったよね!?というじゃ今まで普通に言えてたし、ちゃんと使い分けてたじゃん!」
「そう言われてもな……あ、じゃあ愛称みたいなの付ければいいんじゃないか?呼びやすい呼び方で」
「あ、愛称っ?」
それを聞いてシャルロットはドキリと胸を弾ませた。これまでの彼女は普通に名字か名前で呼ばれており、愛称をつけられたことが実はまだ無い。
初めての愛称、しかも好きな人につけてもらえるとなると心が躍らない筈が無かった。
「シャルロット……シャルル……うん、【シャル】なんてどうだ?」
「シャル、シャル……うん、いいよ、僕もそれがいい!」
今戦兎が普通にシャルロットと言えていたのだが、違うことに意識が向いていた彼女はそれに気付いていない。
戦兎が考えてくれたシャルという愛称を、シャルロットは嬉しそうにしながら口に馴染ませるように何度か繰り返し呟いている。
そんな彼女の姿を見て、戦兎は『そんなに気に入ってくれたか。てんっさいは命名も完璧だからな』と内心ほくそ笑んでいた。
「ねぇねぇ戦兎、もう一回呼んでみてくれないかな?」
「?まぁいいけど……シャル」
「えへへぇ……」
間もなく注文していた料理が届いたので、2人は空いている席に移動して雑談を交わしながら昼食を摂り始める。
ちなみに、彼らの一部始終を見ていた先程とは別の女子グループがいて……。
「……あれ、どう思う?」
「あの間に入り込む勇気も、あれよりいい雰囲気になる自信も無い」
「はぁ、どう考えてもデュノアさんの一人勝ちだよね」
こうして一夏の競争率が高まっていくのだが、当の本人が知る由もなし。
――――――――――
戦兎たちが食堂にいる頃、学園内の整備室にて。部屋の灯りは点いておらず、部屋の中を照らしているのは窓から僅かに挿し込む日光と起動中の電子ディスプレイの明かりのみ。
薄暗い部屋の中を、カタカタとキーボードを叩く音だけが繰り返し鳴っている。その音を齎しているのは、1人の少女だった。
ディスプレイの証明に照らされている少女はノーフレームの眼鏡を掛けており、垂れ目の中には真っ赤な瞳が。髪色は水色と特徴的で、毛先の癖が強いせいで内側に撥ねているものが多い。頭部には機械式のヘッドギアが付けられている。
少女の名前は【更識 簪】。IS学園の1年4組クラス代表にして、日本の代表候補生の座についている人物である。
「……」
しかし、彼女は大きなコンプレックスを2つも抱えている。
その1つは、自身の専用機が無いこと。
実を言うと彼女の専用機は4月中にでも完成される予定だったのだが、開発先である倉持技研が織斑 一夏の専用機開発を優先する方針を取り出し、これまで進めてきた彼女の専用機開発を急遽中止したのだ。白式が完成した後も開発が再開される見込みが立たず、簪は学園でISを使用するイベントにも満足に参加出来なかった。
社会から大きな裏切りを受けた簪は技研への信用を失い、未完成である自身の専用機を自らの手で完成させることを決意し、開発権を強引に譲り受けて今日まで完成に向けて努めてきた。全ては技研の連中の鼻を明かす為に、そして自身の姉の偉業に追いつく為に。
2つ目のコンプレックスとなるのが、その姉である。
彼女の姉はこの学園の生徒会長にして、実家である更識家の17代目当主。裏工作を実行する暗部に対する為の対暗部用暗部【更識家】は古くから日本政府に仕えている名家で、彼女は16という若さでその長となった。
成績優秀運動神経抜群、容姿端麗料理上手でコミュニケーション能力達者、それでいて学園最強の実力を有しているというまさに完璧超人。更識家に生まれた期待の子とまで大人たちに言われる程である。
故に妹である簪は、そんな姉の姿が眩し過ぎた。完璧すぎるが故に自らの才覚が平凡であることを悟り、それは大きな劣等感へと生じていった。幼き頃に憧れていた姉も、歳を重ねる毎にどこか妬ましく思い始めてしまい、そんな自分を嫌悪するようにもなる。
「……はぁ」
お昼時ともなれば、自分の空腹を誤魔化すのにも限界が来る。簪は作業の手を止めて小さく息を吐いた。
開発の進捗具合は、あまり思わしくない。おおまかな骨格は積み上がっており、ある程度の肉付きも行いつつあるのだが、細かな調整を行う度にシステム間で齟齬が生じ、何度も修正を試みなければならない。精密な微調整が求められるので、その分開発速度も遅くなってしまう。それ以外にも武装の開発や稼働データだって取らなければならない。
こんな調子では、いつまで経っても専用機なんて――。
「よう、ちょっといいか?」
「ひゃあっ!?」
無警戒の状態で後ろから声を掛けられて、完全に不意打ちとなった簪はビクゥ!と肩を震わせる。元々内気な彼女には刺激の強すぎる出来事だ。
素早く後ろを振り返ってみると、金髪の女性が申し訳なさそうにしながらこちらを向いていた。
「あー、悪い悪い。後ろから声掛けちゃそりゃ驚くよな。といってもあんた、入り口から背ぇ向けた状態だったからそうするしかなくてな」
「……先輩、ですよね?リボンが無いので、どちらかは分からないですけど……」
IS学園の学年はリボンの色で判別出来る。1年生は青で2年生は黄色、3年生は赤色といった具合に分かれており、1年生の簪も青色である。
が、対面している少女はリボンを付けていないのでどの学年か特定が出来ない。ちなみに彼女の格好は大きく胸元を開いた上着に加えて、下半身はガーターベルトと極めて短いスリットスカート。短すぎて下着がチラチラと見えてしまっており、同性の簪も目のやり場に困って視線を泳がせるしかない。
「おう、3年生だ。更識 簪ってあんたのことで合ってるよな?」
「えっ……あ、はい……」
「実は校門のところで研究員にこいつを渡して欲しいって頼まれてさ。手紙らしいけど」
「研究員……?」
研究員、という言葉を聞いて身構える簪。彼女と縁がある研究員、もといIS研究施設となると倉持技研しか思い浮かばなかったので、倉持の手の者だと考えたからだ。
そんな彼女の警戒を知ってか知らずか、金髪の少女の捕捉が入る。
「一応オレの方で身元の方は確かめておいたぜ。明応研究所っていう最近立ち上げたIS開発が主の研究施設から来たらしい」
「明応研究所……」
「見たところ特に怪しい物が入ってるわけでもなさそうだし、見るだけ見てもいいんじゃないか?んじゃ、オレは行くぜ、邪魔したな」
そう言って金髪の少女はヒラヒラと手を振りながら整備室から出ていった。簪がお礼を言おうとする前に、彼女はその姿を見えなくさせる。
取り敢えず簪は、手渡された手紙の封を破って中身を確認する。手紙の文頭から彼女は目を通し始める。
『初めまして、更識 簪様。突然のお話に驚かせてしまい、大変に申し訳ございません。しかし日本の代表候補生の1人である優秀な貴女様の耳にお聞かせしたい案件が発生しましたので、こうして手紙を差し向けた所存でございます』
驚いたのは否定しないが、『優秀』という言葉に心が揺れ動くのを感じながらも彼女は続きを読んでいく。
『今日に至るまでISの開発を主に進めてきた当局ですが、実を申しますとISの新たなステージを追求すべく水面下で独自の研究を進めておりました。その研究内容と言うのが――』
その後の文を読んだ簪は、えっ、と驚きの混ざった小さな声を零した。
彼女の瞳が移した単語は―――【ビルド】。
そう、3年前の登場から今日に至るまで様々な場所に出現し、怪人を倒して世間から注目を浴びているあのビルドである。
簪は幼い頃から、特撮やアニメで活躍している謂わば『ヒーロー』という存在に憧れていた。正義の味方が悪を倒すその光景は今見ても爽快で童心をくすぐられる。彼女自身も、正義の味方に助けられるような展開を憧れていた。ビルドもまた、彼女にとっては憧れの対象である。
まるで都市伝説として知られている存在――【仮面ライダー】のようだと、奇しくも憎んでいる織斑 一夏と同じことを思いながら。
読み間違いかと思って文章を見直してみるが、やはりビルドという単語が間違いなく書かれてあった。簪は困惑しながらも続きを読んでいく。
『その研究内容というのが、近年世界中で活躍しているビルドという戦士です。我々はかの力こそがISを次の舞台に上げるのに必要だと確信し、研究を重ねてきました』
『そして、ついにビルドの力に匹敵する発明品を完成させることに成功しました。後は稼働データを十分に取り、ISの土台に組み込むことで究極のISが出来上がります』
『その稼働データの収集、それを簪様にお願いしたいのです』
ドクン、と簪の胸が高鳴る。
私が、あのビルドのようになる?そう思い出した簪は逸る気持ちと共に読む速度を速めていく。
『倉持技研がISを動かせる初の男性である織斑 一夏の専用機開発を優先したことによって、簪様の専用機は未完成となってしまったことは我々も聞き及んでいます。倉持技研の対応は同じ技術者としても許せないと感じております』
『専用機の件もですが、何より代表候補生である優秀な簪様を蔑ろにする所業は誠に理解出来かねます。我々は簪様の能力を正当に評価したうえで、貴女に当計画の協力を提案させていただきました』
『協力していただいた暁には、使用された発明品とISやビルド関係の各種データを譲渡いたしますのでそのままご自由にお使いくださいませ』
『我々には貴女の力が必要なのです。どうか前向きにご検討いただきたく、お願い申し上げます』
文章はそこで終わっている。手紙以外には近場の地図が入っており、指定した日取りに件の発明品を該当場所に置いておくので、要請に応じる場合はそこに行って回収してほしいとのことであった。
手紙を読み終えた簪は、自分の心臓が普段よりも早まっているのを感じた。今の自分の悩みに直結する提案、それがこうして目の前にあると考えると謎の緊迫感が湧き上がる。
手紙の内容自体は普通に考えれば怪しく思えてしまう内容だ。急にこのような話を持ちかけることも、抽選といった手段でなく態々名指ししてくるところも訝しい。冷静な状態なら悪戯か悪徳な勧誘行為という線も推察に含められるだろう。
「……」
だが、今の簪にはその提案はあまりにも魅力的すぎた。
『優秀な貴女様』『貴女を正当に評価したうえで』『貴女の力が必要』……日頃から優秀な姉と比べられ続けてきた自分がここまで求められる。それはこの上なく嬉しいことであった。
そして、自身がずっと憧れていたヒーロー。助けられる側ではなく、自分が助ける側になれるのだという。
手紙から目を離して、開発中の自身の専用機を見る。
4月の頃から自分なりに開発を続け、少しずつではあるが完成に近づけてきた。もしもこの件に協力するとなれば、開発の時間は削れてしまうだろう。
だが、今のまま続けていても完成はいつになるのか分からない。2、3年生になってからか、それとも卒業した後か。そうなってしまうならば、有用なデータを得る為にこの話に乗った方がいいのではないだろうか。
「私、は……」
視線を手紙に移し直す簪。
やがて彼女は、一世一代の決断を下す。
―――続く―――
「それにしても、愛称をつけるくだりが滅茶苦茶強引だったよね」
「作者の構成が下手くそだから……」