グリス――簪との戦闘から数日が経過し、IS学園は生徒待望の臨海学校当日を迎えた。
全部で4組からなる1学年生徒を乗せた4台のバスは目的地である宿泊先の旅館に向けて列を為して向かっている。戦兎たち1組のバスは、その最前線を走っている。
車内が女子たちの会話で絶え間無く賑わっている中、戦兎はシャルロットの膝に頭を乗せて安らかな眠りについていた。
「すぅ……すぅ……」
「ふふ、こうして寝てると戦兎もなんだか可愛いよね」
膝上の戦兎の頭を優しく撫でるシャルロットから滲み出る母性的オーラ。見下ろすその目もまるで我が子を見守るかのようである。
今しがたの発言も特定の誰かに対して言ったわけではないのだが、近場の席に座っているクラスメイトはその光景を見て様々な反応を示していた。
「リア充め……」
「私にだって恋人くらいいるもん……2次元に沢山ね」
「せめて1人に絞れよ」
誤解の無いように言っておくと、戦兎とシャルロットはまだ恋人になったわけではない。今やっている膝枕も、昨晩インスピレーションが働いてほぼ徹夜でスクラッシュドライバーの開発をして寝不足になった彼を労わっているだけであり、別に恋愛要素は絡んでいない。
尤も、シャルロットの方は寧ろそっち要素であって欲しいと願っているのだが。
「ご機嫌みたいですわね、シャルロットさん」
「うん?えへへ、まぁね」
「……好いた殿方にそんなことが出来るなんて羨ましいですわ……私も……」
シャルロットの後部座席に座っているセシリアがひょこんと背もたれの上から顔を覗かせ、羨ましげに目を細めてその光景を見る。
次に彼女が視線を移したのは、少し離れた前席に座っている一夏の後姿。彼の隣にいるのはラウラであり、滔々と語る彼女によるISの戦術理論を受けている最中の模様。即席の勉強会のようになっており、彼女の説明が聞こえる範囲にいる一部の女子もその実用的な小授業に耳を傾けていたり。
ちなみに席順は生徒間で行われたくじ引きによる完全ランダムで、箒とセシリアは望みの座を獲得することは叶わなかったのだ。
「はぁ……ラウラさんが一夏さんのことを好いていないのがせめてもの安心所と言えましょうか……」
「そういえば、箒はどこの席に?」
「一番後ろだったと記憶していますが……あら?」
ライバルの位置はバッチリ覚えていたセシリアが後ろを向くと、彼女は呆けた声を漏らす。どうしたのかと言われると、別に箒がいなかったとかそういうわけではない。
ちゃんと彼女は自分の座席に座っている。
ただし、複雑な面持ちで携帯電話の画面を見つめていながら。
「……どうかしたのでしょうか?いつもとなんだか雰囲気が違うような」
「うーん、確かに……気分でも悪くなったのかな?」
「携帯を弄っていて気分を悪くするなんて、彼女の柄では無いと思うのですが」
第一、箒が携帯を使っているのが割と貴重なのである。機械音痴というわけではないのだが、彼女が携帯を使うタイミングは基本的に連絡時に絞られており、それ以外だといざという時のネット検索程度。
調べ物が難航しているのか、それとも……。
「海だー!」
前の席に座っていた誰かがそう叫び、女子たちの意識が同様のものへと向けられる。
陽光を反射して照り輝く青海、果てしなく続くそれと快晴の空が相まった絶景にバス内の少女たちのテンションは急上昇し、湧き立った。
「わぁ……綺麗……!」
「んー……シャル……」
「あ、流石に今の騒ぎで起きちゃったよね。戦兎、もうすぐ到着だよ」
膝上の戦兎を起こすべく、シャルロットは彼の肩をトントンと軽く叩いて起床を促す。
「うぅ、シャル……それはダメだぁ……」
「まだ寝ぼけてる、というかこれって戦兎の夢の中に僕がいるってことだよね?……なんかちょっと嬉し――」
「それはネジだぁ、食べ物じゃないんだぞぉ、シャル……」
「夢の中の僕はどういう食い意地張ってるのかな!?」
――――――――――
「そういえば、織斑くんたちの宿泊部屋ってどこなの?」
「そうそう、しおりにも書いてなかったよね」
旅館に着いて女将の清州 景子への挨拶を終えた一同は、各自が予め指定された部屋へと荷物を下ろしに行動を開始する。
そんな中、一夏の近くにいた女子生徒が彼にこの臨海学校での宿泊部屋を訪ねた。本来であれば先に決まっている筈なのだが、一夏と戦兎、つまり男子生徒だけそれがしおりに記載されていなかった。
「あー、実は俺も聞かされてないんだ。……戦兎も、多分聞かされてないと思う」
「じゃあじゃあ、廊下で寝るんじゃないかな~?冷たくて気持ちいいと思うよ~」
「床で寝ろってことですね分かります」
「最近の姉ちゃん、きついや……」
勿論、そんな所業を学園がさせる筈も無く。
「織斑、赤星。お前たちの部屋に案内するからついてこい」
「あ、はい」
「了解です」
千冬に先導され、2人の男子は自分たちの泊まる部屋へと向かっていく。
2人の間に会話は出なかった。少し前までならばこの辺りで雑談が入り、千冬から注意を受けるという流れも起こったのだろうが、グリスの騒動のことがあって無言である。気にしているのは一夏のみであり、戦兎は別段なんとも思っていないが。
面倒なガキどもだ。
ラウラから事情を聴いている千冬は手間の掛かる若者2人に隠れて小さな嘆息を零した。
「ここが、お前たちの泊まる部屋だ」
「え、ここって……」
扉の前に張られた紙には『教員室』と書かれている。この紙がある部屋は確か引率の先生が使用する部屋でだと記憶していた。
「予定ではお前たち2人を相部屋にしようと思っていたのだがな、それだと小娘どもが時間を弁えずに押しかけてくると踏んで、私と山田先生の部屋にそれぞれ泊めるということで決定した」
「成程」
千冬の説明に理解を示している戦兎の隣で、一夏はホッと息を漏らした。今彼と同室になるのは、大分気まずく感じてしまうからである。
「赤星、同室だからって山田先生を襲うなよ?」
「えっ……!山田先生ってスマッシュだったんですか!?」
「違う。そして今のは私が愚かだった」
よくよく考えてみれば、戦兎に女性関係の過ちを心配する方が間違いであった。入学初日の寮室案内での阿呆な発言を今になって千冬は思い出し、頭を抱えた。
「兎に角、旅館に迷惑が掛からないように静かに過ごせよ。今回は学園の敷地外だ、下手な行動は学園の評価を下げるものと重々心に留めておけ。そうならない為に教員と生徒で部屋割りをしてはいるがな」
「わ、分かりました」
口には出していないが、間違いなく罰則を受ける羽目になるだろう。それも学園内でやらかした時よりもずっとキツイものを。
それはさて置き、この後は自由時間に入るので一夏たちは早速海へ行く(研究キットを持参してきた戦兎は部屋でフルボトルの研究を行いたかったが、シャルロットと約束しているので素直にそちらを選んだ)ことになったのだが、千冬は諸々の仕事を終えてから海に向かうとのこと。大人はこういう時も忙しいのだとか。
一夏と戦兎はそれぞれ自分の部屋に荷物を置くと、海へと躍り出るのであった。
――――――――――
ウサミミが生えてた。
訳の分かたないことを言っているのかと思われるのかもしれないが、戦兎たちの目の前に広がる光景はまさにそうとしか言い様が無かった。
入り口に向かう途中の通路、そこは旅館に設けられた中庭に通ずる道であり、専門の庭師によって丁寧に整えられた見事な庭があった。そんな中で物凄い違和感を放っているのが、今しがた言ったウサミミである。
「一夏、私は先に行くぞ」
「ちょ、箒!?」
そのウサミミの正体を知っている、その場にいた3人の反応は様々であった。
まず箒は、あからさまに関わりたくなさそうな顔をしながらそそくさと足早にその場を去っていく。
一夏はそんな箒の反応に驚き、彼女を追い掛け始める。本当はウサミミの正体である人物を確かめておきたかったのだが、戦兎と2人で残されるのは気まずかったからという理由もある。
そして最後に残った戦兎は、そのウサミミに近づく。脇に立てられている看板の文字に目を通していく。
「『ヒッパレー!』……ちょ、俺の秘蔵発明品のアイデアと被ってるんですけど」
変なところでも通ずる天才2人はさて置き、戦兎は看板の言葉通り引っ張ることにする。
しかしウサミミの人物の意図が掴めている彼は引っこ抜く前にチラッと空を一瞥。
「よっ、と……やっぱりダミーか」
ウサミミを地面から引き抜いた、と言っても実際のところは庭に穴を開けるようなことはしておらず、軽く固定だけされて絶妙に置いてあったものを取ったという感覚であった。
「そして本命は……」
再び空を仰ぐ戦兎。
その瞬間、キラリと上空に瞬く謎の光。暫く戦兎が待っていると、光った場所から徐々に近づいて来る謎の物体が。鳥でもなければ飛行機でもない、それは非常に稀有で奇異な人参型の移動ラボであった。
そんなものを所持している人物など、戦兎の中では1人しか思い当たらないのと同時にウサミミの正体の予測と一致していた。
盛大に地面に激突、とはならず地表に近づくにつれてその降下速度は徐々に落ちていき、緩やかに中庭へと着陸。
ウィン、とハッチが開くと同時に中から人影が飛び出してきた。
「やぁ☆」
天災、篠ノ之 束が気楽に手を振って戦兎に挨拶を向ける。絶賛全世界指名手配中の身であるにも関わらず、その表情は拍子抜けするほどに気楽そのものであった。最近では知人の喫茶店に普通に入っていたので、今更ではあるが。
「よっす。まぁこんなことするなんて束さんしかいないよな」
「うーん、やっぱせんちゃん相手だとこの程度じゃインパクトにもならないかぁ。いっくん相手なら口をあーんぐりさせたいいリアクションしてくれただろうに、惜しいぜっ」
「人の反応にケチつけないでくれない?あと一夏なら箒を追い掛けてったぞ」
「なんだって、それは本当かい!?それならすぐにその尻を追わなければ!」
戦兎と軽い雑談を交わした後に束はラボを撤去させると、急ぎ足で中庭から出始める。
その途中、ピタリと急に脚を止めた彼女は戦兎のいる方を振り向いた。
「そういえばせんちゃん、折角の自由時間は研究に費やさないのかい?」
「俺はそれでも良かったんだけどな。シャルが一緒に遊ぼうって言うもんだから、なんだかんだでな」
「シャル……ねぇ」
戦兎の口から出た少女の名前に、束が反応を示した。気に入った人物にはとことん甘い対応をし、それ以外に対しては温情を感じられない冷たい態度を一貫して取る彼女だが、真っ先にそこに興味を向けたのは意外なことである。
戦兎から見える彼女の横顔は、何かしたの感情が浮き出ているわけではなかった。事実を事実として受け入れたような、大袈裟に言うと機械的な受け取り方。
含みのある彼女の様子に違和感を覚えた戦兎が、彼女に訪ねようとしたのだが。
「おっとっと、こうしちゃいられなかった。じゃあせんちゃん、また後でね~!」
捉まる前に束は行ってしまった。
束がシャルのことを気にしているそぶりだったことが頭の中で引っ掛かっている戦兎であったが、既に姿の無い相手を引き留めることは出来ない。
よってその場は諦め、自分もシャルの待つ海へと改めて向かうことにした。
――――――――――
戦兎が海へ到着した頃には、既に多数の女子生徒が自由に遊んでいた。2日目は1日中ISの武装テスト、3日目は撤収作業や旅館への奉仕活動に時間が割かれるため、遊べる時間はこの1日目の日中に限られている。
遊び方は人それぞれ。海で泳いでいる者もいれば、砂浜で砂遊びに興じている者もいる。『へへ、やるな』『お前こそ!』と互いを健闘しながら殴り合って親睦を深めている者もおれば、海上を走って競争している者もいる。
そんな少女たちの微笑ましい光景の中に入ってきた戦兎に、遊んでいる最中に気付いた子が動きを止めてそちらに注目する。
「あ、戦兎くんも来た!」
「赤と青のツートンカラー……嫌いじゃないわ!」
「くっ、白シャツを着てる所為で筋肉が見えない……!」
戦兎が来たことに気付いていなかった者も、そのどよめきを耳にして一歩遅れて彼を認識し、口々に感想を零していく。
今の戦兎の格好は水着の上にゆったりとした白いプリントシャツを着ている状態。水着の方は、先日シャルロットに選んでもらった品である。シャツを着ているのは単に水着オンリーに慣れておらず此方の方がしっくりきたという理由からであり、海で遊んだことが無い故である。
「あっ、戦兎、漸く来た!」
海に着いた戦兎へいの一番に声を掛けたのは、案の定でシャルロット。パタパタと彼に向かって小走りで近づいて来る。
彼女もまた戦兎や周りに倣って水着を着ており、それは先日戦兎の目利きによって選ばれた物である。
「少し遅かったけど、何かあったの?」
「あぁ、ちょっと束さんに会っててな」
「えっ」
「いやだから、束さんに――」
「ちょちょちょ、戦兎ストップ!ちょっとこっち……!」
続きの言葉を言う前に、シャルロットによってなるべく人の気が無い場所へと誘導される戦兎。
その姿を見て大胆、やらこんな日の明るい内に、やらのガヤを耳にしてしまったシャルロットの頬が赤らんでいることに気付くことは無かった。
「いい、戦兎?篠ノ之 束博士は今世界中で指名手配されてるIS界の超重要人物なんだよ?そんな人がこんな時にこんな所にいるなんて皆が知ったら、きっとパニックになるよ」
「あぁ、そういえば指名手配されてたっけあの人。こないだ喫茶店で普通に駄弁ってたから忘れてた」
「あれ、博士って本当に指名手配だったよね?お尋ね者の人が喫茶店でのんびりしてるなんて聞いたことないんだけど?僕がおかしいの?」
注意したと思ったら自分の認識が間違っているんじゃないかという錯覚をシャルロットは抱いてしまった。無論、彼女は正常である。目の前の男とここにいない天災がおかしいだけで。
「ま、まぁとにかく篠ノ之博士が来たっていうのは皆には内緒にね?騒ぎになったら大変だろうし」
「おう、そういうことなら」
「それじゃあ、早速遊ぼうか。これから相川さんたちとビーチバレーやるから、戦兎も一緒にやろ?」
手を引かれるがまま、戦兎は彼女と共にビーチバレーを行うメンバーと合流。
彼らを待っていた顔触れは1組の生徒たち。その中には同じ専用機持ちであるラウラ、そして戦兎と先程別れていた一夏であった。
「む、戦兎も漸く来たみたいだな」
「あ……よ、よう戦兎」
「うーす。で、ビーチバレーってどんなやつ?」
「え、戦兎くん知らないの?」
「いやぁ、名前は知ってるけどルールとかはからっきしで。記憶失くした前だったら覚えてたかもだけど」
『(そういえばそうだった……)』
今まで何事も無く接し接されてきたので忘れがちだったが、戦兎は記憶喪失である。記憶のある内、ここ数年は研究にかまけていたのでそういった娯楽に関しては偶に疎い時もある。変な知識を持っていることもしょっちゅうであるが。
「(あれ?でも戦兎って一般常識はそこそこ知ってるよね……偶々ビーチバレーに関しては忘れたとか?)」
それはそれでピンポイントな忘却だと思われる。
「それじゃあ、こっちでチーム分けしてるからその間にシャルロットにルール教えてもらったら?」
「そっか。じゃあシャル、頼むわ」
「ん、いいよ。と言っても遊びだしあんまり細かいルールは無いけど」
一夏たちの方でチームを決め終えた頃には、戦兎もシャルロットからビーチバレーの遊び方を教わり終わっていた。
男子は女子よりも筋力があるということで、戦兎と一夏は別々のチームに分けられている。他はシャルと同じ1組の相川 清香が戦兎のチームに付き、ラウラと本音が一夏と同じチームという振り分けになった。
記憶上は初めてのビーチバレー、戦兎はシャルに教えられた通りに動き、他の人の動きを参考にしながら身体を動かしていく。
しかしやはり初経験ということで思っていたように動けず、開始序盤はシャルロットと相川の足を引っ張りがちな展開となった。
「いやホント面目ない」
「まぁまぁ、戦兎は初心者なんだから仕方ないよ。加えて向こうには身体能力抜群のラウラがいるんだし」
「う、嘘だ……7月のサマーデビルと謳われた、ビーチフラッグの覇者たる私がこのような……!」
「うん、相川さんはまず種目を選ぼうか」
「ふっ。どうやら我々の勝利は確定したも同然のようだな。目を瞑っていても勝てるだろう」
「またフラグ臭いことを……」
ラウラの言うとおり、両者の得点差は余程のことが無い限り覆すのが難しいくらいに開いていた。
しかし、試合の流れは一変した。1人の男によって。
「勝利の法則は……決まった!」
それまで不慣れな動きだった戦兎が漸くバレーの流れに乗れるようになり、持ち前の高い身体能力によって見事なプレーを連発。アシストにも余念が無い一連の動きは、今しがた始めたばかりの初心者のものとはとても思えない程である。
これが戦兎の特徴。自分の好奇心に刺激されない事柄、つまり今まで触れなかったことに対しては素人同然であるが、1度手をつけてしまえば尋常ではない速度で習熟し、完璧に物にしてしまう。天才を自称する彼であるが、これに関しては紛うこと無き彼の才能と言えるだろう。
そして無理だと思われていた逆転劇がここに実現した。
「相川さん!」
「これが、7月のNEWサマーデビルの降誕よ!」
お前が締めるんかい。
戦兎に混じって謎の急成長を遂げていた相川が強烈なスパイクを敵陣へと叩き込み、最終得点を獲得。結果、戦兎チームの勝利となった。
「凄いよ戦兎!まさかあそこまで上手になるなんて!」
「てんっさいが本気を出せばこれくらいちょろいもん」
「はいはい。というか相川さんもいつの間にあんな急成長を……」
「私は……
「アッハイ」
完全に調子に乗っている元初心者共だが、今回の勝因とも言える貢献者となったのでシャルロットも特に何も言わないでおくことにした。
「や、奴の動きがまるで見えなかった……奴どころではない、ボールも、シャルロットも、相川も、景色も全て真っ暗だった……!」
「ホントに目ぇ瞑ったままのやつがあるか!」
向こう側の敗因。
それはさておき、自由時間はまだ始まったばかり。
学生たちは悔いの残らないように、存分に遊び倒すのであった。
―――続く―――
簪「前回私をボコボコにしておいて海でエンジョイしてる……」
許してやー。