「ごめん、戦兎!昨日の夕食の約束守れなくて!」
翌日の朝。
寮の食堂でバッタリと出くわした戦兎と一夏であったが、一夏が突然戦兎に頭を下げてきた。
というのも、昨日の別れ際に一緒に夕食を食べる約束をしていたのだが、一夏は約束の時間に来れなかったのである。結局、一夏は部屋番号を知らない戦兎に当日謝ることが出来ず、日を跨いだ今日に詫びに来たのである。
「あぁ、別に気にしてないぞ。こっちはこっちで何とかなったし」
「そう言ってくれると救われる……ちょっとこっちは色々あってな」
一夏はそう言うと、チラリと背後にいるポニーテールの少女――篠ノ之 箒の顔色を窺う。
しかし箒は一夏の視線にいち早く気付くと、フイッと顔を逸らしてしまった。
「ふーん……まぁ兎に角朝食頼んでおきなよ。この時間だと授業まであまりゆっくり出来ないぞ」
「そ、そうだな。ほら、箒も行こうぜ」
「……ふん」
「箒……?」
一夏の口から出てきたポニーテールの少女の名前に、戦兎はどこか記憶を突っつかれるような感覚を覚える。喪失した記憶ではなく、ここ数年の記憶の方だ。
しかし思い出せそうなのにハッキリとは出て来ず、戦兎は素直に諦めることにした。記憶探りを止めて、先に向かった2人についていく。
IS学園の寮の朝食はバイキング形式となっている。
一夏と箒が和食のセット。白米に味噌汁に鮭の切り身、納豆に浅漬けとオーソドックスなラインナップだ。
一方、戦兎は洋食のセット。ロールパンにサラダにコンソメスープ、スクランブルエッグとこちらも標準的な内容。
「戦兎、朝はパン派なのか?」
「ん?いや、別に拘りは無いぞ。前から研究しながら食事してたせいか、パンみたいに片手が空きやすい食事に慣れてるだけで」
「食事の時に他の事するなよ……行儀悪いぞ」
「いいじゃんいいじゃんすげーじゃん。そんなこと言ったら食事の時間に喋るのだってマナー違反になるだろ?だったら研究も許されるっ」
「いや、それは……」
「あ、あのー、隣座ってもいいかな?」
言い返してきた戦兎に反論しようとする一夏であったが、そんな2人に近づく女子3人組。1人は着ぐるみのようなものを着ており、非常に目立っている。
「お、のほほんさんじゃん」
「やっほ~せんとっと~」
「やっほー」
しかしあろうことか、一番目立っている着ぐるみの女の子と戦兎が顔見知りのようである。
それを初めて知った一夏だけでなく、連れの女子2人も初耳だったようで信じられないものを見るかのような目で、のほほんさんこと布仏 本音を見ている。
「戦兎、その着ぐるみの子と知り合いなのか?」
「知り合いというか、昨日の夕食でお前来なかっただろ?食堂の入り口にいた俺を誘って来たんだよ。故に知り合ったというか」
「ちょ、ちょっと本音!?赤星くんともう一緒にご飯食べてたなんて聞いてないんだけど!?」
「え?だってぇ、聞かれなかったし~2人ともどっちかというとおりむ~の方が気になってたみたいだから~」
ぐぬぬ、と唸る少女2人を余所に本音は長閑に笑っている。嫌味でも何でもなく、あの織斑 千冬の弟というネームバリューに釣られてそっちに気を取られていたのは事実であるからだ。
何はともあれ、合計6人での食事となったのである。
「わぁ、織斑くんって朝から凄く食べるんだね!」
「や、やっぱり男の子だね」
「そうか?まぁでも俺は夜少なめだから朝はガッツリ食べとかないと、色々きついからな。というか戦兎もあんまりボリュームがあるわけじゃ……って食うの速っ!?」
「ん?別に普通だろ」
既に9割食べ終えている戦兎はしれっとそう答えるが、一夏の隣をキープしている箒も彼同様に順調なペースで食べている。
後から加わった3人はともかく一夏はまだ半分も食べ進めていない。会話に夢中で箸を併行して進めなかったのが原因だが。
「いやいや速いって。箒もそう思うだろ?」
「……私はもう行くぞ」
「って箒も速っ!?」
「俺もごちそうさん。先いくぞー」
「うそぉ!?」
『じゃあ、私達も』
「何なの!?俺が遅いの!?1人だけ重加速現象に巻き込まれてるの!?」
「いつまで朝食を食べているっ!朝のSHRに遅れた者はグラウンド10週させるつもりでいる、迅速に食事を取れ!」
「うわぁぁぁぁぁ!?」
――――――――――
「ところで織斑、お前に専用機が用意されることになった」
「はい?」
授業開始前の千冬のその言葉によって、クラス内がざわめき立つ。
その中の1人である戦兎は『まぁ、そうなるな』と呟きながら1人ウンウンと頷いていた。
ISのコアは467個存在しており、ブラックボックス的存在であるこれを作れるのはISの開祖である篠ノ之 束ただ1人。その彼女が突然増産を停止したことによってISコアの価値は爆上がり。
ISの専用機を得られるということは、467人の選ばれし者の内の1人になれるという意味にもなるのだ。それがどれだけ希少な事かは言わずもがな。
クラスの女子たちはこの事実を聞いて羨ましいと次々口にしていった。
「本来ならばIS専用機は国家或いは企業所属の人間しか所有出来ない。しかしお前は状況が状況だ。昨日赤星にも言ったが、政府がお前たちのデータを所望している以上、特別に用意されることになった。分かったか?」
「は、はぁ……何となく」
「あの、先生。赤星くんには専用機は用意されないんですか?同じ男子なのに」
真面目そうな女子が手を上げながら千冬にそう質問した。単純に考えるならばその質問は尤もである。
だがある程度思慮すれば、お偉方の思惑も想像がつく。一夏については世界最強であの千冬の弟であり、下手に研究所でモルモットなどというルートを選ぼうものなら最強の刃の洗礼を受けるだろう。それよりも優秀なISを売り込んで媚を売った方が後々の発展に繋がるというものだ。
そしてもしも戦兎が何の変哲も無い只の一般人であったならば、代わりに研究所行きとなるのは彼で、世の男性の為にその身体を隅々まで研究材料にされただろう。
しかしここで問題になるのが『赤星 戦兎は篠ノ之 束の紹介を受けた』という事である。
「赤星がISに乗れるということは、あいつが発表したことによって初めて明らかとなった。これは既に知っているな?」
「は、はい」
「それとは別で、あいつは各国に2つの宣言をした。『赤星 戦兎にISを用意する必要は無い』という事、そして――」
千冬は一旦言葉を切ると、すぅと息を吸い直して再び紡ぐ。
「『赤星 戦兎をモルモットにしようものなら、関係者は一族郎党地獄を見せてやる』とな」
その言葉を聞いたクラス内の殆どの者が息を呑んだ。今の台詞は千冬が代弁をしただけなのにも関わらず、まるで束本人が今ここで口にしたかのような威圧感があったのだ。何故かは分からないが、雰囲気がそれを語っていた。
千冬の話を聞いた者達は、その視線を話題の人物である戦兎の方へ恐る恐る向ける。視線を感じた本人は周りを見渡して『え、何?』と不思議がっているだけだが。
「とはいえ、赤星のデータ収集や日常的なコミュニケーションに関しては特に言及はされていない。モルモット並に非道な事さえしなければ問題無いのだから、こいつに怯える必要は全く無いぞ」
「先生、俺怖がらせるような事した覚えは無いんですけど」
「と、このようにアホな言動をする奴だからな」
「先生、俺はアホではなくて寧ろてんっさい科学者なんですけど」
「その発言が既にアホなんだよ」
2人のやり取りを見ていたクラスメイトの多くは、先程の千冬の言葉に納得した。確かに束の宣言にはどこか恐怖を感じさせられたが、戦兎の今の様子を見ているとそんな気分も晴らされたような感覚がしたからである。
教室内の空気が戻りかけたところで、別の女子が挙手をした。
「先生、篠ノ之さんってもしかして篠ノ之博士の……?」
「あぁ、篠ノ之はあいつの妹だ」
「えええーっ!凄い凄い!この教室有名人の身内が2人もいる!」
「篠ノ之さんも、もしかして天才でISの操縦が上手だったりするの!?」
新しい情報に食い付いたクラスの女子たちは、授業時間だというのに席を立って箒の座っている席にわらわらと集まり始める。
そんな中、席を立たずにいた戦兎は女子たちに群がられる直前の箒の姿を捉えたことによって、朝食に同伴していたポニーテールの少女の姓が篠ノ之であるという事を知る。
それと同時に、彼女の姓と名が明らかになった時、脳細胞がトップギアになった。
「(あの箒って呼ばれてた子が、篠ノ之……篠ノ之 箒?)」
「あの人は関け――」
「あーっ!成程ぉ!」
『!?』
周りからの質問の嵐に痺れを切らした箒の叫びを遮るタイミングで、戦兎は張った声を出す。
クラス内全員の視線を受けているにも関わらず、戦兎はそれに構うこと無く1人で納得をしている最中である。
「そうだよそうだよ、束さんが何度か口にしてたじゃんその名前。やっべ完全に見落としてたわ……いやぁ思い出したらスッキリしたわー」
マイペース過ぎる1人の少年の姿を見て、クラスの皆に投げ掛けるように千冬は言葉を吐いた。
「ほら見ろ、アホだろ?」
――――――――――
2日目の授業を終えて、自室のプレハブへと戻った戦兎は研究室の台座にて作業を行っていた。
作業の内容は、新しい武器の開発。6日後に行われるクラス代表決定戦に備えて、最近入手した忍者フォーム用の武器を開発している所なのだ。
しかし、この進捗度はあまり良いとは言えない様子。
「うーん……一応ガワだけ作ったはいいものの……」
忍者刀をイメージした武器を片手で持ち上げる戦兎。ドリルクラッシャーが相手の装甲を削る事を得意とするならば、こちらは純粋に斬る事を得意としたスタンスとなっている。
だが現在の完成度では戦兎の感性にはイマイチ響かず、渋い表情で武器のデザインを観察する。
「なーんか物足りないんだよなぁ……やっぱホークガトリンガーの時みたいに、ベストマッチのボトルに則した能力が欲しいんだよな、うん」
ホークガトリンガーを完成させる前も、タカの要素が入っていない普通のガトリングガンを一足早く作り上げていたのだが、今回もその例に漏れないらしい。
しかし、現在所持しているフルボトルの中に忍者とベストマッチになるものは無い。昨日の戦闘で得たフルボトルも現在は浄化作業中で、有機物か無機物かどうかも不明である。
「あ、電話」
ビルドフォンに着信が入った事に気付いた戦兎は武器を置き、通話状態に移行する。
「私だ」
『さすが呉島主任だ!じゃねーや、せんちゃんやっほ!』
「あぁ束さんか。何か用事か?」
『いやぁ、久しぶりにせんちゃんの声が聴きたくなっちゃってぇ……かけちゃった☆』
「1日空いただけじゃん」
「その1日が死活問題なのー!兎は寂しいと死んじゃうんだよ!」
「それで、特に用件は無いの?」
『まぁちゃんとあるんだけどね。実はこっちの方で新しいフルボトルが完成してさ』
「マジか。何のフルボトル?」
『えっとねぇ、漫画……コミックみたいだね』
「コミック、コミックか……」
向こうで完成した新たなフルボトル【コミックフルボトル】の存在を聞いた戦兎は、思考に耽り始める。
その脳内ではその能力の予測とベストマッチの可能性の探りを始めており、やがて彼の頭上に電球を光らせた。
「束さん!そのフルボトル、すぐこっちに送れる!?」
『もちろんさぁ☆普通便?それとも速達?』
「当然、超速達!」
「はーい!早速小型ロケットに括りつけて飛ばしておいたから、もう少ししたら着く筈だよん♪」
「サンキュ!じゃあ俺、ちょっと開発進めるから!」
そう言うと戦兎は通話を終えて、先程よりも活き活きとした様子で作業机に向かい合って新武器の調整に務めるのであった。
「……それで、学園に小型のロケットなどという物騒な代物を寄越させたと?」
「いやぁ織斑先生、何事も迅速が肝要じゃないですか。だからこれは当然の処置であって……」
「あぁそうか。つまりこれから発生する頭部の激痛もその後の反省文も当然の処置と言えるだろう。なぁ?」
「いやいや、一夏が喰らってるのを見てるんで遠慮させて――いったぁ!?」
―――続く―――