旅館から遠く離れた海の上空。
快晴と海原、それだけを見れば至って平和な光景なのだが、現在その地点に限っては複数の機体が音速で駆け、光弾が舞い、剣戟が奔り続けている。非日常とはかけ離れたその有様は、まさに『戦場』と呼ぶべきものだった。
シャルロットを筆頭に専用機持ちが5人、彼女たちが戦うのは銀の福音であった。
本来ならば彼女たちは待機命令を下されている身。その命令は未だ解除されておらず、なんとこの出撃は指令の織斑千冬に伝えていない、所謂無断出撃だ。
彼女たちが動く理由。半数以上は、一夏がやられたからである。箒、セシリア、鈴音は彼のことを異性として好意を抱いている。そんな彼が傷つけられたとあっては、千冬が次の命令を出すまで黙って待っていることなど出来なかったのだ。
シャルロットとラウラは一夏のことを男性として好いているわけではない。勿論、一夏の負傷をなんとも思っているわけではない、彼女たちなりに思うところがあった。しかし、否、だからこそ彼女たちは3人を止めずに共に行くことにした。
帰れば命令違反によって処分は確定。しかしそれでも、彼女たちは行かねばならなかった。
そして戦いの舞台が激化していく中、鈴音が福音の砲撃に直撃して撃墜された。
「鈴っ!……よくもっ!」
鈴音が海に没する姿に、箒の怒りが湧き上がる。普段は一夏を巡って何かと競い合うことの多い相手だが、根本的には仲間としての繫がりが宿っている。仲間を傷つけられた、その事実は箒の感情に燃料を投下し勢いを強めさせた。
仲間たちの援護を追い風に受け、刀の間合いにまで福音との距離を詰めていく箒。敵の隙を突き、その胴体に2刀の斬撃を叩き込んだ。
だが福音は肩に食い込む2つの刃を両手でガッチリと掴むと、そのまま腕を横に広げて箒に同じ体勢を強いさせる。刀から放出されているエネルギーの熱で福音の掌の装甲が焼け始めているが、全く動じる様子は無い。
そしてそのまま背部の翼の砲門を箒へと向ける。
箒にとって絶体絶命の展開。回線からは焦った口調で回避指示が送られてくるが、それをするには武器を捨てる他無い。そうなれば武器の再取得は困難となり、その先の戦闘も非常に厳しくなるだろう。
福音の砲撃が行われようとする中、なんと箒はその状態で追撃を試みた。
刀を握った両腕を思い切り引きながら、片足を高々と振り上げる。引いた影響で福音が若干前にのめり込むのを捉えた瞬間、箒は福音の頭上を越え、身体を捻りつつ振り上げた片足を踵落としの要領で翼の付け根に叩き込む。
展開装甲。それは箒の搭乗する紅椿の持つ特殊仕様で、詳細を話すと長くなるので割愛するが、装甲そのものを展開させることによって攻撃・防御・機動といったあらゆる用途に対応することが可能という、パッケージ換装を必要としないスタイルである。これらは箒の意図を機体が汲み、ある程度自動で施してくれるのだ。
そして箒の踵落としが決まる前に、踵の装甲が変化してそこからエネルギー刃が展開した。その結果、福音の機体と翼を切り離す結果を齎した。
既に鈴音によって片翼を斬り落とされていた福音は、箒の攻撃で残った翼を失い、機動力を削がれて海へと垂直に落下し、水しぶきを上げて海に沈んでいった。
「箒、大丈夫!?」
「あぁ……なんとか、な」
シャルロット、ラウラ、セシリアが周りに集う中で箒は頬に汗を伝わせながらそう答えた。あと一歩でも遅れていればそのまま敵の砲撃に呑まれ、鈴音に続いて脱落していただろう。その駆け引きによる緊張感が終わった後に反動として戻ってきて、冷や汗となったといったところか。
箒は福音が落ちていった水面を見下ろす。あれが落ちた衝撃で激しい波紋が周囲の海に広がっており、その波が小さくなっていくのを見ている内に、胸の奥に実感が湧き上がる。
これで戦いは終わ――
「――っ!?これは……!?」
突如吹き飛ぶ海面。
蒸発する海水。
謎の青い雷。
そして、その中で胎児のように蹲っている銀の福音。
海から戻ってきた銀の福音の装甲が先程とは異なるものに変化していく姿を見て、ラウラは目を見開いた。己の知識に思い当たる事項を見つけてしまい、驚愕を零しながら。
「馬鹿な……このタイミングで【第2形態移行】(セカンド・シフト)だとっ!?」
彼女の声に反応するかのように福音がバイザーで覆った顔を上げると、獣の雄叫びのような唸りを上げながら少女達に向かって突撃する。先程とは比べ物にならないスピードで迫り、そのままラウラの右足首を掴んだ。
「なっ!?」
ラウラが振り払おうとする前に、頭部から生えてきたエネルギーの翼が彼女を包み込む。その翼は今まで撃ってきたエネルギー弾と同様の性質であり、それに包まれるということはゼロ距離で大量にそれを受けるということ。
連鎖的爆発が起こった後、その煙の中から力無く現れたラウラはボロボロの姿で意識を失ったまま海へと落ちていった。
「ラウラっ!ラウラを……よくもっ!」
ラウラの撃墜に真っ先に激昂を表したシャルロットが、両手にショットガンを召喚して福音に撃ち込む。
しかし、彼女の攻撃は通らなかった。
身体のあちこちからエネルギー翼を生やし始める福音の、その内の一翼が放ったエネルギー弾がショットガンの弾丸を呑み込んでそのままシャルロットに直撃したからだ。
そのまま続け様にエネルギー弾が撃ち込まれ、シャルロットも機体を大きく破損して墜落していった。
「なんですのこの性能は……!これでは軍用の枠を超えて――!」
一瞬で仲間を2人も落とされたことで警戒心を最大限に強めたセシリアが高速機動で後方に下がり出した時、尋常ではない速度で福音が接近してきたのだ。両手両足のスラスターを着火させた爆発的加速、それが急接近のタネである。
咄嗟に銃口を向けて迎撃を試みるセシリアであったが、福音に銃を蹴り飛ばされてあらぬ方向に逸らされた後、そのままエネルギー翼の餌食となった。
「セシリアっ!くっ、往生際が悪いぞ、銀の福音!!」
最後の1人となってしまった箒。だが圧倒的な力を前にしてもその戦意が衰える様子は無く、寧ろ逆に強くなっている。シャルロットの時と同じで、仲間がやられたことによって闘志を熱く滾らせている。
実際、箒の戦況は有利に傾いていた。展開装甲を駆使しての変則的な軌道は福音の攻撃を巧みに避け、展開した装甲からエネルギーを噴出して攻撃速度を急速に上げるといった芸当も見せて軍用且つ第2形態の福音と渡り合っている。それどころか機体出力を上げて徐々に押してきていた。
勝てる。
そう確信を抱いた箒を裏切るかのようなタイミングで、紅椿の出力がスッと落ちた。
「エネルギー切れ……ぐっ!?」
絶望する箒に猶予も与えず、福音が彼女の首に掴み掛かる。万力のように締め付ける力が強くなり、箒の口から苦しげな声が上がり始める。
気付けば、福音のエネルギー翼が箒の周りを覆うとしている。ラウラたちと同じように、喰らえば脱落は免れない傷を負うだろう。
「いち、か……」
彼の為に、今度こそ勝つと決めていた筈なのに。
己の非力の悔しさと、彼に対する申し訳なさ。混ざり合う思いの中で、箒は強く願った。
一夏に会いたい、と。
「俺の仲間は、やらせねぇっ!!」
1人の少女の淡い願い。
まさしくそれは現実のものとなった。
――――――――――
海上で激しい戦闘が繰り広げられている少し前、海辺では戦兎の変身するビルド・ラビットタンクスパークリングフォームとナイトローグが相対していた。
『スパークリング……?そんなボトル1つでこの私に勝つつもりだとでも?』
「そうでなきゃ、こうやって変身してないでしょーよ。ま、すぐに分かるさ」
最初に海辺で戦った頃のように、いや、それ以上に余裕のある態度を見せるビルド。その姿がハッタリなのか、真実なのか、それとも実力を見誤っているのか、ナイトローグにとって不鮮明であるが、それはこうして対峙しているだけでは分からない。
『……また海に叩き落して無様な姿を晒してやろう』
砂地を蹴り、ビルドに向かって仕掛けていくナイトローグ。
その接近に合わせてビルドは両腕のブレード【スパークリングブレード】を構えると、片側で敵の剣を防ぐと共に残りの刃で胴を斬りつけた。
『っ……!』
速い。胴に奔る一筋の痛みを感じながらナイトローグは1歩後ずさる。自身が油断していた故に反応が遅れたというのもある、それはナイトローグ本人も理解している。
だがそれを抜きにしても、先程までの戦いぶりとは打って変わっている。まるで別人が戦っているかのように、その動きにはキレが宿っている。負傷している身にも関わらずだ。
迎撃に成功したビルドが攻勢に打って出始める。スタスタと悠然な歩調でナイトローグに迫る彼は軽やかなフットワークで拳打を放ち、防御の遅れた相手の胴体に叩き込んでいく。
ビルドが攻撃を行う度に、彼の装甲から泡らしき物が弾けていた。ラビット側の赤い泡が弾けるとそれに合わせて速度が上昇し、タンク側の青い泡は炸裂現象が攻撃の助長となっており、単純な拳打より破壊力のあるものへと変貌させている。
この2色の泡こそが、スパークリングの最大の特徴。赤泡【ラピッドバブル】と青泡【インパクトバブル】を利用した能力強化がビルドを優位な方へと立たせているのだ。
『くっ……!その程度の小細工で……!』
「っと、また空か……よっと!」
殴られた衝撃で後方に退くナイトローグが翼を展開したのを捉え、ビルドも跡を追うように跳躍する。やはりジャンプ力もアップしており、たった一跳びで空中のナイトローグへと迫っている。
しかし、それはナイトローグの目論む行動であった。
『馬鹿正直に突っ込んでくれるとはな』
空中ならば攻撃を躱せない。飛行能力を持つフルボトルを使用しておらず、ISモード状態でもなければこのタイミングではそれも間に合わない。
空中で無防備となっているビルドに、ナイトローグの放った弾丸が迫る。
『なっ……!』
だがビルドは避けた。その場を飛んで避けたのではなく、『跳んで』避けたのだ。
まるで空中で足場を蹴ったかのように。ISモード時ならば空中の大気を部分固形して同様のことを為せるが、今のビルドはそのモードになっていない。
ナイトローグはその視界に捉えた。ビルドが跳ねた瞬間、その足元には泡が炸裂したような現象が起きていたことに。
更に周りをよく見ると、空中の至る所に泡が浮かんでいた。そしてビルドがその泡を足場に利用して跳躍したということにも気づく。阿蘇場にしている物こそ違えど、ISモード時と同じ芸当を目の当たりにしていた。
動揺するナイトローグの胸部に、ビルドの鋭いキックが叩き込まれた。
「そぉい!」
『ぐぅ……!』
空から落とされて砂浜へと着地するナイトローグと、それを追って地に足を付けるビルド。
今回の臨海学校における両者の戦いは2度目となるが、その展開は1戦目とは真逆のものとなっていた。その違いを生み出したのが、たった1つのアイテム。それを使ったビルドが戦局を塗り替えてしまった。
ナイトローグは戦兎の持つフルボトルの情報を事前に頭に叩き込んでいる。それぞれのフルボトルの特性、能力等々、ビルドに勝利する為に取得している情報は全て把握している。
だが、あのフルボトルをナイトローグは知らない。従来のものとあれ程形の異なる物、しかもその性能は一味もふた味も違うとくれば、寧ろあれこそ最優先に知っていなければならない情報だった。
『おのれ……――め―――たな』
「え、めたな……メタナイト?」
『やかましい』
そんな戯言はさて置き、ナイトローグにもダメージが蓄積されてチャンスが訪れる。
ビルドはレバーを回して必殺技の発動に掛かる。
≪Ready go!≫
「勝利の法則は、決まった!」
ビルドの胸部装甲を中心に発生する泡。それらは空中へと向かっていくと、徐々にその空間を歪ませていく。【ディメンションバブル】と呼ばれるその泡は空中に巨大なワームホールを生成した。
ワームホールの誕生に気を取られたナイトローグの隙を突いて蹴り上げ、ワームホールへと閉じ込めるとビルドも高く跳び上がり、そこに向かって飛び蹴りを行う。
≪スパークリングフィニッシュ!≫
『ぐっ……おおおぉぉぉ!!』
ビルドの必殺技が決まる、そう思いきやここでナイトローグが意地を見せた。
歪んだ空間の影響で身体の自由すらも利き辛くなっている中、強引に身体を動かしてビルドの蹴りに合わせるとトランスチームライフルの照準を定める。
≪バット!≫
≪スチームショット!≫
ナイトローグの得物から発射される高速の紫光弾が、ビルドのキックと激突する。
僅かな競り合いの後、勝利したのはビルドのキック。そのまま光弾を弾くとナイトローグに強力な蹴りを叩き込んだ。
『ぐぅ……おのれぇ……!』
本来ならば変身解除に至る威力なのだが、先程の抵抗によって威力が軽減したのとキックの衝撃をずらしたことによってナイトローグの姿を保ったままでいる。スペック差こそついているものの、咄嗟の機転でなんとか食らいついたのだ。
だが、威力を押さえたとはいえそのダメージは大きい。このまま戦闘を続けるのは非常に難しいだろう。
「さーてと、それじゃあ観念してお縄についてもらいますかね。あ、そのまま織斑先生に突き出すからそのつもりで」
『っ……残念だが、それは叶わない話だ』
「何?ってうおっ!?煙幕かっ!」
ビルドが近付くのに合わせて、トランスチームガンから煙幕を放出。
単なる目晦ましかと思いきや、煙幕が晴れた後にはナイトローグの姿はどこにも無かった。足跡を辿ろうにも、戦闘の影響で砂地は大きく荒れているので追跡は厳しい。
撃退には成功。しかしスパークリングのお披露目としてはどうにも締まらない形での終わり方となってしまった。
「ま、リベンジ出来たから良しとするか」
ともあれ、相手が撤退したので勝ちは勝ちだ。
変身を解除し、元の制服姿に戻った戦兎は忙しない戦いが続いた身体を労うように、ゆっくりと深く呼吸して身体の中に酸素を取り込む。
そういえば、シャルロットは任務から戻って来たのだろうか。
任務の内容こそ知らないが、集められた面子からIS関係だということだけは簡単に想像がつく。電話越しのラウラが準備をしろと言っていたので、彼女もどこかへ戦いに赴いているのだろうか。
「折角だし、帰るの待ってみようか……あ、でも怪我診てもらえって言われてるし、大人しく戻るかな……」
旅館に戻る道すがら、そんなことを考えながら歩を進めていく戦兎。
結局、彼は怪我の手当てをしてもらうことにした。
もしもシャルロットを迎えに行っていたら、千冬たちと鉢合わせて、スマッシュ(ナイトローグ)撃退後も部屋に戻らず勝手に出歩いていた、という理由で戻ってきた専用機持ちたちと一緒に説教を喰らっていただろうということは、訪れなかった別の未来の話。
銀の福音とナイトローグ。同時に現れた2つの脅威は、戦兎たちの活躍によって無事に払われた。
―――続く―――
ホントはナイトローグにもいい感じに戦わせるつもりだったのですが、上手く展開を持っていけませんでした……。
■ラビットタンクスパークリングフォーム■
【身長】202.0cm
【体重】102.1kg
【パンチ力】14.9t(右腕)25.5t(左腕)
【キック力】35.6t(右脚)26.7t(左脚)
【ジャンプ力】66.0m
【走力】2.0秒
―ラビットハーフボディ―
①BLDバブルラピッドショルダー:右肩部。小型の泡【ラピッドバブル】を発生させ、弾ける泡の力を利用して運動速度を急激に引き上げる。全身を泡で覆えば残像が発生する程の高速移動も可能に。
②クイックフロッセイアーム:右腕部。切断力に優れた赤色の刃【Rスパークリングブレード】が装着されており、敏捷性を活かした鋭い高速斬撃を繰り出せる。
③BLDラピッドグローブ:右拳のグローブ。ラビットタンクフォームと同様の内容。
④クイックフロッセイレッグ:左脚部。高い俊敏性を備えており、周囲に発生させた泡を足場にして空中を自在に跳ね回ることが出来る。
⑤ラビットフットシューズ:左足のバトルシューズ。ラビットタンクフォームと同様の(ry。
―タンクハーフボディ―
①BLDバブルインパクトショルダー:左肩部。破裂時に衝撃波を発生する大型の泡【インパクトバブル】を発生させ、接触した敵の内部機能等を破壊する。全身各部を泡で覆えば、衝撃波を伴う格闘戦を行える。
②ヘビーサイダーアーム:左腕部。刺突力に優れた青色の刃【Tスパークリングブレード】を装着しており、高い腕力を活かして敵の装甲を貫く。
③BLDインパクトグローブ:左拳のグローブ。ラビットタンク(ry。
④ヘビーサイダーレッグ:右脚部。機動力と防御力に優れ、インパクトバブルを纏った重厚なキックを放つことが出来る。
⑤タンクローラーシューズ:右足のグローブ。ラビ(ry。
―共通―
①カルボニックチェストアーマー:胸部の赤青白の複合装甲。性質の異なる3種類の装甲板を組み合わせ、総合的な防御力を高めている。必殺技発動時は空間を自在に歪める泡【ディメンションバブル】を放出し、異空間に敵を閉じ込める等の予測不可能な攻撃を可能にする。