重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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初めて小説を書きます。
拙い文章ではありますが、楽しんで頂ければ幸いです。

この小説は、笑顔動画のMMDとSSにはまった作者の妄想を具現化したものです。
この作品にこのキャラが居たら、あの技で乗り切ったら、楽しいだろうなという気持ちは読者の皆さんも一度ならず思ったことでしょう。
この小説で、作者のそんな気持ちを共感して頂けたら嬉しく思います。

文章構成や表現方法にアドバイス・批判があればお願いします。
もっとも、あくまで作者の妄想なので、ストーリー展開やキャラ設定に対する批判は受け付けておりません。ご了承下さい。

最初から少しシリアスで重いかもしれませんが、頑張って続きを書いていきますので生暖かい目で宜しくお願いします。


リリカルなのは古代ベルカ編
プロローグ


 斎藤伊織は不幸体質である。

 

 外を歩けば、大抵、自動車が突っ込んでくるし、頭上から致命的な何かが落ちてくる。住宅地だろうが街中だろうが、野犬だのカラスだのは追いかけてくるし、店に入れば強盗に遭い襲われる。

 

 生まれたときからそうだったわけではない。理由は分からないが、5歳を過ぎた頃から、徐々に不幸な出来事に襲われるようになり、年を重ねるごとに酷くなったのだ。まるで、世界が、「いい加減に、死ね」とでも言っているかのようだった。

 

 それでも、15年生き抜き中学の卒業を迎えられたのは、ひとえに両親のおかげだろう。息子のありえないほどの不幸体質に放り出すことも怯えることもなく、文字通り身命をとして守り続けてきたのだ。

 

 伊織自身、両親の深い愛情を一身に受け、死の恐怖に晒されながらも必死に生き足掻き、卑屈になることも絶望することもなく真っ直ぐに育った。(まぁ、若干、いやかなりのインドア派になったのはこの際、仕方ない。外は危険でいっぱいなのだ。だから、大好きな笑顔動画でニヨニヨしていても仕方ないのだ。)

 

 そして、そんな日々を経て、今日、中学の卒業と高校の入学を祝って、家族パーティーをするはずだった。

 

 そう、するはずだったのだ……

 

 伊織の体が、突如、自宅のリビングに突っ込んできたトラックに押し潰されてさえいなければ。

 

「……あっけねぇなぁ~。浮かれて油断しすぎたか……ゴフッ……でも、住宅地でトラックが突っ込んでくるとか……ありえねぇ~、ゲホッゲホッ……そんなに俺を殺したいのか……って今更か……」

 

 伊織は腹部から下を押し潰されながら、苦笑いを浮かべた。

 

 覚悟はあったのだ。自分は長くは生きられないだろうと。

 

 それでも、いずれやってくるだろう最期の時には「自分は精一杯生きたのだ」と、憎たらしい世界に対して笑ってやると決めていたのだ。

 

 たとえ、世界が押し付けた不幸体質でも、自分は決して不幸ではなかった、お前の思い通りになんてなってやらない、俺や、俺を大切に想ってくれた人達の「勝ちだ!」と。

 

「……でも、まぁ、母さん達……泣くだろうなぁ……」

 

 徐々に遠のく意識の中、この惨状を見て深い傷を負うであろう両親が、どうか立ち直れますように、自分がいなくなった後もちゃんと幸せを感じられますようにと、祈る相手など持たない伊織だが、そう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 伊織は、気がつけば、何処とも知れない場所にいた。いや、そこを場所といっていいのか。伊織のいるそこは、ひたすら静かで、真っ暗闇のはずなのに、どこまでも見通せそうな気がする不思議な場所だった。

 

 伊織は、しばらく呆然とした後、

 

「……どこだここは? ……俺は死んだはずじゃ? ……あ~もしかしてあの世とか?」

 

 と、呟いた。返事を期待して口に出したわけではなかったが、思い掛けず、応える声があった。

 

「ああ、確かに君は死んだ。それは事実だ。ここは……そうだな、次の生へと向かう途中の場所。生と生の狭間の空間といったところだ」

 

 その声に、思わずビクッとなった伊織であったが、伊達に何年も致死級の突発的不幸を回避してきたわけじゃない。すぐに冷静になり、声の主を探した。

 

 そうすると、伊織の前で、光が集まり、やがて40代くらいの男性が現れた。なかなかに貫禄のあるダンディーなおっさんだった。

 

「あなたは?」

 

 伊織は端的にそう尋ねた。

 

「ふふ、流石だ。この異常事態を前に実に冷静だ。長年培った精神力は伊達じゃないな。……私のことは、アランとでも呼んでくれ。私がどういう存在か、君がなぜここに居るのか、全部説明させてもらう」

 

 そう言って、アランと名乗った男は、どこか楽しげな、それでいて優しげな表情で伊織を見つめた。

 

 伊織としては、「まぁ、俺ってすでに死んでるし、今更慌ててもなぁ~」という投げやりとも開き直りとも言える心情だったので、アランの「状況を打開するために冷静さを心がけている」という伊織に対する評価は、なんとも微妙だった。

 

「まず、私が何者かということだが、君たち人間より高次の存在で、いわば観察者のような者と思ってくれればいい。そしてこの場所は、先ほど言ったように生と生の狭間の空間だ。君が死に、次の生へと向かう途中で捕まえたんだ。君と話をしたくて」

 

 伊織は、アランの言葉を咀嚼し、自分なり解釈して確認した。

 

「本当に転生なんてあるのか……つまり、アランさんは神様ってことですか?」

 

 言葉遣いを改めた伊織に、アランは苦笑いをし、

 

「まさか、君達人間が想像するような神様などではないさ。言っただろう? ただの観察者だと。例えるなら、本を読む君と同じだ。物語の登場人物からすれば神に見えるかもしれないが……君は仮に物語の人物に出会ったとして、自分は神だって名乗るか?」

 

 と、聞き返した。

 

「いやいや、何その痛い人。言いませんよ。……なるほど、だから観察者か。……それで、本題は何でしょう。転生が人間にとって当たり前なら、自分が特別というわけではないないはず、なぜ自分を?」

 

 伊織は、半ばその答えを予測しながら、アランに尋ねた。

 

「ああ、それは君の不幸体質に関係する」

 

 案の定である。伊織は、自分たち家族を苦しめた元凶を知れるかもしれないと、表情を険しくした。

 

 アランは、それに頷き、

 

「君の不幸体質。それは、私の同族がしたことが原因だ」

「それは?」

 

 溢れ出そうになる激情を必死に抑えつけながら、アランの言葉を待つ。

 

「……はじまりは、私の同族の一人が、君の世界のとある人間に興味を持ったことだ。その興味は、やがて執着に変わり、彼は、その人間を幸福にしたいと考えた。しかし、我々が、世界に干渉することはルール違反……重罪だ。当然その監視も厳しくしている。彼がその人間の幸運を無理やり上げるような干渉を行えば、事は直ぐに露見しただろう。そうすれば、彼は拘束され、その人間を見守れなくなる。そこで、彼は考えた。外から干渉することが目立つなら、中の人間の幸運を横流しすればいいじゃない、と」

 

「いや、そんな、どこぞのアントワネットさんみたいなこと……」

 

 伊織は思わずツッコミを入れてしまった。今まで、自分の不幸体質について、「何者かの悪意があるのでは」、と考えたことはあっても、「誰かの幸福のため」とは考えもしなかった。それ故、アランの説明を聞いて、伊織の心中は複雑なものとなっていた。

 

 確かに、自分たち家族が受けた苦しみを思い出せば、到底許せることではない。それでも、誰かの幸福を願い行動した結果と言われると、悪し様に罵ることなどできない程度には、伊織はお人好しに育てられていた。

 

「……それで、そいつどこにいるんです?」

 

 罵ることができるかは微妙だが、文句の一つでも言ってやらねば気がすまない。自分が死んだことに変わりはなく、責めにくくとも、許せないことに変わりはないのだ。そのため、伊織は、アランにその彼とやらの所在を聞いた。

 

「彼は、すでに裁かれている。……君からすれば、勝手なことをと思うだろうが、君が我々のルールに干渉するすべはない。……すまない。同族に代わり謝罪する」

 

 アランはそう言って、深々と頭を下げた。伊織は、しばらくその様子を見つめると、ゆっくりと深呼吸をし、未だ頭を下げ続けるアランに対して話しかけた。

 

「あなたの謝意は確かに受け取りました。でも、あなたに謝ってもらっても意味がないんだ。ソイツを許すことは絶対できない。ソイツのしたことは、ただ俺を殺しただけじゃない。父さん達から、俺という息子を奪ったんだ。あんなに必死で守ってくれたのに、もうすぐ高校入学だってあんなに喜んでくれたのに、最後にひどい光景を見せることになった。いったいどれだけ傷ついたか……」

 

「ああ、分かっている。謝って済む問題ではない。結果は既に出ているのだ。君の死という最悪の形でな。故に、私は、転生する前に君を捕まえた。過去でなく、これからの君の力になるために」

 

 神妙な表情をしてそう語るアランに、伊織は訝しげな表情で聞き返した。

 

「これからの俺?」

 

「そうだ。通常、魂は新たな肉体に宿る際、同様に新たなものとなる。いうなれば、リセットだな。だが、君が望むなら、記憶が残るよう君の魂に干渉することができる。他にもある程度の便宜は図れる。例えば、天才にして欲しいとか、運を常時最高にしてほしいとか……」

 

 伊織は、それを聞いて驚愕した。

 

「いやいやいや、ちょ、ちょっと待って下さい。そりゃ、そうしてもらえるなら嬉しいですけど、さっきアランさん達が人間に干渉するのは重罪だって……」

 

「ああ、その通りだ。だから、できれば、あまり大きな願いは遠慮しもらえると……いや、それでは半端だな。根性を見せろ、私! 私は、できる男だ! 犯罪がなんだ!! ルールがなんだ!! 取締官なんて怖くないっ! なんとかなるさ、きっと、たぶん……そうだとイイなぁ……」

 

 突然叫びだしたかと思えば、遠くを見だしたアラン。やはり、やろうとしていることは相当まずいらしい。なにやら必死に自分を鼓舞している。さっきまでの威厳に満ちた姿は欠片もなかった。

 

「えっ、それが素なの? てか、犯罪はダメでしょう! 取締官って何です!・・・何か敬語使ってた自分が馬鹿みたいなんだけど……ていうか、なぜそこまでしてくれるんです?本来、あなたには関係ないことでしょう?」

 

 伊織の言葉に「ハッ!」正気を取り戻したアランは、「ゴホンッ」と咳払いし、威厳を取り戻す。まぁ、今更遅い気もするが……

 

「なぜ、か。そうだな、同族の犯した罪の謝罪と償いというのは嘘ではないが、確かに、それほど私に関係のあるとではない。一番の理由は、……私が君のファンだからだよ」

 

 そう言ったアランは、最初に見せたときと同じ、楽しげで優しげな表情をした。

 

「は? ファン? いったいどういう意味です?」

 

「そのままの意味だ。彼の干渉が発覚した後、彼が裁かれる過程で、私は君の生前を見る機会があってな。……久しぶりに魂が震えたよ。感動だった。君の両親の愛情深さ、家族の絆ももちろん感動ものだったが、何より、君の生きようと足掻く姿が。重傷を負おうが、生き埋めになろうが、誰に何と罵られようが、自分のためだけでなく、自分を想う誰かの為に生きようとする強い意思、そして、一つ不幸を乗り切るたびに成長していく判断力・精神力。私が、君の立場なら、干渉を受けたその日に死んでいる自信がある」

 

「いや、そんなことに自信持たれても……」

 

 半ば照れ隠しでツッコミを入れながらも、伊織は、くすぐったい気持ちを感じずにはいられなかった。伊織の不幸体質を知った人は、大抵関わらないようにしているだけだったが、中には「お前は呪われている!」「誰かを巻き込む前に死ぬべきだ!」などと罵ってくる人達もいたのだ。

 

 その度に、両親は気にするなと庇い慰めてくれていたが、その両親も、息子のことで心無い誹謗中傷を受けていたことを伊織は知っている。

 

 生きる努力をしてきたことを純粋に称賛されたことなどなかった。それ故に、アランの言葉は今までの自分達家族が認められたようでうれしかったのだ。

 

「そういうわけでな、私は君に何かしたいのだ。何、私のことは気にすることはない。重罪とされるのは、干渉することにより世界そのものに影響を及ぼすことだ。干渉自体が重罪なのではない。まして、転生後ならともかく、転生前に多少、個人の魂に干渉するくらいどうということはない。それでも、気になるなら私のわがままを聞くとでも思ってくれ。君だって、自分の好きな物語の登場人物と会うことができで、自分も彼らの力になれると思えば嬉しく感じるものだろう?」

 

「……まぁ、だからって警察のお世話になりたいとは思いませんけどね」

 

 伊織はそう言って、苦笑いをした。

 

 罪は軽いアランはと言うが、言うほど軽くはない気がする。きっと、それなりの何らかの罰を受けるだろう。正直、心苦しくはある。生前、伊織は、自らの不幸体質に他者を巻き込まないことを常に心掛けてきた。その生き方は、既に伊織の性分となっている。

 

 しかし、今、目の前にいるアランに、その性分を貫くことが果たして正しいのか。

 

 彼の表情は、心から伊織のために何かしたいと訴えている。おそらくだが、彼はまだ何か、伊織の力になりたいという動機で隠していることがあるのではないだろうか。

 

 一応筋は通っているようだが、どこかまだ釈然としないものを感じていたため、伊織は、そう推察していたが、軽く頭を振ってその考えを追い出した。そして、アランの申し出を受けることにした。なぜなら、生前、伊織の母親が「人の心からの好意は、つべこべ言わず精一杯受けておきなさい。それで、伊織も精一杯の好意で返しなさい」と言っていたのを思い出したからだ。

 

 伊織は、既にアランの好意を信じられるくらいには、彼の人となりを気に入っていた。

 

「わかりました。あなたの好意、ありがたく受け取らせてもらいます」

「そうか。よかった。……では、早速だが、記憶は残すとして、他に願いはあるか?」

 

 アランは嬉しそうに頬を緩め、願いを聞いた。伊織を少し考えた後、

 

「じゃあ、音楽の才能を貰えますか?」

 

 と、聞いた。アランは意外そうな表情をし、

 

「音楽の才能? それでいいのか? もっとこう、空前絶後の天才とか、軽く人外な身体能力とか、魔王も恐れる魔力とかはいらないのか? まぁ、私としては、干渉が小さくて済むから助かるが……」

 

 と、ツッコミ所満載な返答をした。

 

「いやいや、何ですかそれ! そんな化物みたい人間なりたくありませんよ! トラブルの匂いプンプンじゃないですか! ……ていうか、魔力? 魔力ってなんです?」

 

「むっ、それもそうか。何事もほどよくが一番か。わかった、音楽の才能を持つようにしておこう。それと、魔力のことだが……まぁ、ぶっちゃけリンカーコアのことなんだが……」

 

 リンカーコアという用語に非常に聞き覚えがある伊織は、すかさず突っ込んだ。伊達にインドア派ではないのだ。

 

「リリなのでしょ! 次の転生先、確実にリリなのでしょ! ヘタしたら、地球ごと滅ぶような死亡フラグ満載の世界じゃん! えっ? なに? アランさん、実は俺に止め刺しにかかってる?」

 

「ちなみに、古代ベルカ王朝時代だ」

 

「滅ぶの確定じゃねぇか! 血で血を洗う戦争の只中だよ! やっぱ、本当は殺しにかかってんだろ? そうなんだろ!?」

 

 アランは伊織の全力のツッコミに、困ったように笑いながら誤解だと説明した。

 

「最初にも言ったが、私は、転生途中の君を捕まえただけで、私が転生先を選ぶわけじゃない。誤解だよ。だから言っただろう。人外レベルの才能はいかが?って。どうする? やっぱり、戦闘力重視の才能にしとくか?」

 

 伊織は、アランの説明に一応納得しながら、死んでなお不幸体質じゃなかろうな? と内心恐れ戦いていた。

 

 アランはそれを察したのか「もう不幸体質じゃないから、安心しろ」と言ったが、伊織は「じゃあ、リアルラックが低いんじゃ……」と、今度は落ち込んだ。

 

 持ち前の精神力で何とか気を持ち直し、しばらく考えた後、伊織は、やはり音楽の才能でよいことを告げた。

 

 不思議そうな表情をするアランに、伊織は、

 

「いや、そういう世界だからこそ、強大な力は余計な火種になると思って。古代ベルカ時代のことはほとんど知らないけど、戦争が起こることで滅ぶことがわかっているなら、手の届く人達くらい自分でどうにかします。今まで、不幸体質でもどうにかしてきたんだ。それがないのに、最初から頼りっぱなしじゃ斎藤家長男斎藤伊織の名が廃る」

 

 そう言って、不敵な笑顔を浮かべた。

 

 その表情は、アランが幾度となく見た、逆境の時に見せる彼の一番気に入っている表情だ。「逆境のときほど笑え、それがどうしたと笑い飛ばせ!」とは、伊織の父親の言葉である。

 

 その心意気を確かに受け継いでいる伊織の笑顔は、アランの魂を震わせる。アランは人の強さに感動しているのだ。

 

「そうだな、君ならそう言うだろうな。……だが、なぜ音楽の才能なのだ?」

 

「いや、そんな大した理由があるわけではないんです。ただ、音楽はどんな世界でも通用する力でしょう? 癒すことも不快にさせることもできる……、後は、まぁぶっちゃけ、笑顔動画が趣味なんで、転生後の世界でも普及させたいなぁ~と。音楽の才能あれば、便利そうだし……」

 

「なるほど……そういえば死んだ時も笑顔動画見てニヤニヤしていたな。それに確か再生数ミリオンをいくつも叩き出し、神扱いされていたんだったな」

 

 アランは納得したように頷いた。

 

「いや、そんなことまで何で知って……いいけどさ……」

 

 だんだん、アランに対する敬意が薄れていく伊織。半眼でアランを見ていると、その視線に気づいたアランが「んんっ」と咳払いし、改めて聞いた。

 

「音楽の才能は問題ない。転生後も存分に楽しんでくれ。……しかし、これだけでは、少々簡単すぎる。他にはないか?」

 

 どうやら、もっとすごい願いを言われるだろうと心構えしてきたのに、拍子抜けするような簡単な願いだったため、アランとしては満足できないらしい。

 

 しかし、実際に、伊織に望むものなどほとんどなく、どうしたものかと頭を捻る。

 

「……アランさん。転生先が古代ベルカ時代なら、ユニゾンデバイスも製造していたりするんだろうか?」

 

 と、唐突に伊織は尋ねた。不思議そうな顔をしながらアランは答えた。

 

「ああ。確かにそのようなものを製造しているようだな」

 

「だったら、ボーカロイド、具体的にはミクとかもらえません? ボカロのない世界で、ボカロが欲しいというのは干渉の強さ的に無理そうだけど、ユニゾンデバイスという形でならそんなに大きな干渉にならずに済む気がするんですが」

 

 アランは、その要望に目をまるくした後、顎に手をやり考える素振りを見せた。

 

「確かに……そういう形でなら、……君の魂には記憶が固定化されるから、リンカーコアを移植する過程で、干渉し、魂の欠片を同時に移植すれば、君の認識上の人格をもって生まれることは可能だな。しかも、それなら、干渉も最小限で済む。うむ、問題ない。音楽のためにボーカロイドが欲しいなら、ついでにもう何体か可能だが、どうする?」

 

「おお! 生ボカロに会える! やべっ、めっちゃ嬉しいな~。どうせなら全員! と言いたいところだけど、一人でユニゾンデバイス何機も持ってたら、それはそれでヤバそうなので、……初音ミクの他には重音テトだけでお願いします」

 

 アランは伊織の喜び振りを微笑ましく思いながら、やはり慎重な判断をする伊織に苦笑いをした。

 

「わかった。ではその二機が、しかるべき時、しかるべき方法で君の手に渡るようにしておこう」

 

「ありがとうございます!」

 

 伊織は最大限の感謝の気持ちを込めて頭を下げた。

 

「どういたしまして。君の力になれたようでよかった……」

 

 アランは笑顔でそう言った。それに対し伊織は、頭を上げ、少し逡巡した後、アランに対しもう一つ願った。

 

「あの、すみません。アランさんにもう一つお願いが……」

 

 アランは意外に思いながら、

 

「何だ? この際、言いたいことは言っておくといい」

 

 と、笑顔で応えた。伊織は、さっきとは打って変わって真剣な表情をして、その願いを言った。

 

「両親に伝言を頼みたいんです」

 

 アランは息を飲んで、

 

「聞こう」

 

 そう一言いった。

 

 

 

 

 

「ご両親への伝言確かに受け取った。必ず伝えよう」

 

 伊織の伝言を聞き、再び魂の震えを感じながら、アランは真剣な表情で伊織に約束した。それに対して伊織は再び深く深く頭を下げ感謝を示した。

 

「本当に、本当に、ありがとうございました」

 

 伊織の心中は、本当に感謝の念でいっぱいだった。

 

 恥じるような生き方はしなかった。精一杯生き足掻いた。最後の瞬間は、誓い通り笑ってやった。それでも、やはり両親のことを思うと胸が痛んだ。

 

 もう家族の傍には居られないが、それでも、両親が自分のいない世界でも幸福を感じて生きられるように、少しでも感じているであろう喪失の痛みが和らぐように、伝えたい気持ちが、言葉があったのだ。

 

 叶わぬ願いと思っていたが、それが、アランによって実現した。正直、貰いすぎだと思った。しかし今の無力な自分では返せるものがない。だから、ただひたすら感謝した。

 

「……君のこれからに幸福の雨が降らんことを祈っている」

 

 アランは、頭を下げる伊織の様子に目を細め、ただ、そう返した。幸福になることこそが、伊織にできる最大のお礼であると言外に伝えて。

 

 伊織にも伝わったのだろう。頭を上げると、真っ直ぐにアランを見て、一言、

 

「……必ず」

 

 そう返した。満面の笑顔で。

 

 

 

 

 

 伊織が転生先に旅立った後、アランは、しばらくの間ボーとしていた。その表情は、無表情でありながら、どこか満足げなようにも見える。

 

 そんな、アランのそばに

 

「いつまで、そうしているつもりですか?」

 

 そういって近寄ってくる者がいた。アランのように人型ではなく、光の集まりのような姿だ。アランの同族なのだろう。

 

 アランは、そちらを一瞥もせず無言のままだ。光は、「はぁ~」とそれはもう深い溜息をつき、非難するような声で、アランに話しかけた。

 

「自分が何をしたか自覚してますか? ……何が軽い干渉で済むですか。最初の願いはともかく、後の願いは、どれも世界に影響を与える干渉でしょう。デバイスが彼に渡るようにするのも、彼の望むデバイスにするための製作者への意識誘導も、……十分重罪です。……1000年単位で存在を凍結ですよ」

 

 そこまで言って、ようやくアランは光の方を見た。明らかに不機嫌そうな雰囲気に、苦笑いをしながら、

 

「そう言うな。アイツのように消滅よりマシだろう?」

 

 と、何でも無いように答えた。大した問題ではないというように。

 

「そういう問題ではありません! 確かに、親友だったアイツのために、あなたが遺恨を残したくないという気持ちはわかります。しかし、……でも……それは本当に必要なことだったのですか? ……あなたまで居なくなって……私に友人二人を同時に失えと?」

 

 そう、それが、アランが伊織に隠していた動機の一つ。伊織を死に追いやったのはアランの親友だった男なのだ。アランは、彼の残した遺恨を放置できず、それを少しでも解消するために伊織に近づいたのだ。つまり、大部分は自分のためだった。

 

「必要かそうでないかと問われれば、必要ではなかった。ただ、私がそうしたかっただけだ。……そう、本当に自分のためだ。……フフ、やはり私は彼のようにはいかないらしい。自分を想ってくれる誰かの為に、とはできないようだ。……すまない」

 

 アランはそう言って、自嘲するように笑った。

 

「……確かに勝手ですね。あなたは昔から。だからこそ、誰がために足掻く者に惹かれるのでしょうが。……まぁ、今回は、その勝手のおかげで、一人の少年にあんな笑顔をさせたのですから……はぁ、数千年くらい頑張りますよ。あなたが帰ってくるまで」

 

 光は、再び深い溜息とともに、呆れや諦めを多分に含ませてそう言った。苦労人性質がにじみ出ている。

 

「……悪いな。……さて、それでは怖い怖い取締官のもとへ行くか。……やっぱ逃げようかな……」

 

 アランは、一度は自首を決意するも、だんだん怖くなってきたのか弱音を吐く。小声で。

 

 そんな小声を聞きとがめた光は、

 

「アホですか! 逃げるとか、何言ってるんです! そんなことしたら、本当に消滅させられますよ! 冗談でもやめてください!」

 

 と、怒髪天を衝く勢いで突っ込んだ。

 

「わ、わかっている。冗談だ冗談」

 

 アランは、慌ててそういうも、光はどこか疑わしそうだった。

 

「・・・念のため、私が連行します」

「えっ、ちょっ、って動けない!? 拘束された!? いや、ホント冗談だから、自分で行けるから!」

 

 そう喚くアラン。

 

「まったく、あなたの冗談はいつもいつもタチが悪いんですよ。というか、いい加減キャラを確立してください。一体何千年ブレ続けてるんですか。伊織君も混乱して、盛大に突っ込んでたでしょう。大体、あなたは……」

 

 光は、アランの文句を華麗にスルーして、愚痴混じり説教をし始める。アランとは長い時間会えなくなるのだ。今のうちに言いたいことを言ってもバチは当たるまい。数千年苦労をかけられ、現在進行形で苦労をかけられている光は、そうひとりごちながらアランを連行していった。

 

 

 

 

 

 地球は日本、某所において。

 

 その家はしんと静まり返っていた。現在の時間が、深夜をとうに回っていることを考えれば当たり前かもしれないが、時間帯だけではない静かさがあるように感じられる。それは、おそらく、居間に置かれた少年の遺影のせいだろう。

 

 この家では、数ヶ月前、一家の一人息子に不幸があったのだ。言うまでもなく、伊織である。トラックが突っ込み砕け散った居間の壁は今では完全に修復されている。しかし、他の壁についた傷が、当時の痛ましさを如実に示していた。

 

 伊織の両親は、寝室にいた。まるで、寒さから逃れようとするように、二人で抱きしめ合って眠っている。その寒さは、季節によるものではく心の寒さだ。二人の受けた心の傷は尋常ではなかった。最愛の息子を失った凄まじい喪失感が、行き場のない怒りが、二人に極寒のような寒さを与えていた。

 

 なぜ、あの日、息子を一人にしたのか、なぜ、祝うべき日に息子は奪われねばならなかったのか、なぜ、今まで回避できていたのに……そんな「なぜ」が二人の精神に癒える事のない傷を与え続けていた。

 

 ふと、母親は目を覚ました。まるで何かに呼ばれているような気がしたのだ。しばらく辺りを見回すが、見えるのは見慣れた部屋だけだ。

 

 気のせいだったかと、頭を振り、隣で寝ている夫を何気なく見つめた。彼も打ちのめされているだろうに、それでも夫の腕は、自分を守るように伸ばされている。夫の手を握り返し、少し温かみを感じ、いつかこの寒さがなくなるときは来るのだろうかと考え、再び頭を振った。

 

 そんな日が来るわけないのだ。自分と夫は、この先もずっとこの寒さを抱えて生きていく。そんなことを考えていると、唐突に風が吹いた気がした。

 

 しかし、それはおかしい。部屋の窓は締め切っているはずだ。再び頭を持ち上げ辺りを見回すと、突如、部屋の中に光が集まりだした。

 

 母親は、思わず「な、何!?」と悲鳴をあげた。その声に気づいた父親も目を覚まし、部屋の中で起こる異常事態に瞠目する。「な、何だあれは!?」そういいながら、妻をかばうように抱きしめる。

 

 やがて、光は収束し人型となった。最愛の息子、伊織に。

 

「い、伊織?」

 

 混乱しながらも、思わずそう声をかける母親。しかし、伊織は返事をしない。いや、正確にはできないのだ。これは、伊織がアランに頼んだ伝言で伊織の言葉を伝えることしかできない。いわば、ビデオレターのようなものだ。

 

 部屋の中に突如現れた伊織は、どこか困ったように微笑んで話し始めた。まず自分は確かに死んだこと、その後、生と生の狭間でアランに出会い記憶を持ったまま転生すること、不幸体質の原因、

 

「父さんと母さんの目の前にいる俺は、アランさんに頼んだ記録映像とでも思ってくれ。だから返事はできない。……父さん母さん、勝手に死んでごめん。たくさん傷つけてごめん。親不孝者でごめん。……でもさ、俺は父さんと母さんの息子でよかった。きっと、二人の息子でなければこんなに長く生きられなかった。笑って死んでやることなんてできなかった」

 

 父親も母親も、気づけば涙を流していた。未だ理解の及ばないところはあるが、これは確かに自分たちの息子の最後のメッセージなのだ。一言も聞き逃すわけにはいかない。言いたいことはたくさんあったが、二人はただ黙って言葉を紡ぐ息子を見つめ続けた。

 

「俺は、不幸体質だったけど……ただの一度も不幸だと思ったことはない。これから、新しい世界で生きていくことになるけど、大切なことは全部教わってる、一度だって忘れたことはない、俺は俺のままだから、父さんと母さんの息子のままだから。だから……大丈夫だ」

 

 そういって今度こそ満面の笑顔を見せた伊織は、

 

「……だから、……最後はこう言うよ。“行ってきます”」

 

 その言葉を最後に伊織は消えた。

 

 しばらくの間、どちらも何も話さなかった。どれだけの時間が過ぎたのか、父親が目元を手で覆いながらポツリと言った。

 

「……まったく、俺には出来すぎの息子だよ」

 

 それに、母親はクスリと笑った。笑顔になれたのはあの日以来だ。

 

「……行ってきます、か。……息子が笑顔で旅に出たっていうのに、親がこの体たらくじゃ合わせる顔がないわね」

「そうだな。いつまでも腑抜けてはいられないな」

 

 二人は笑い合い、その顔に涙はもう流れてはいなかった。

 

 いつしか、寒さは消えていた。

 




いかがでしたか?

やっぱり無駄に重かったでしょうか?

最近神様転生テンプレと軽く流されることが多いので、あえてガッツリ書いてみました。

最後まで読んで下さり有難うござました。

次は、主人公の幼少期の話です。

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