重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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リリカルなのは古代ベルカ編の最終回です。


第9話 また会う日まで

 現在、イオリア達は、ヴォルケンリッターの面々と向かい合っていた。

 

 あれから暫くしてザフィーラも目を覚まし、未だふくれっ面ではあるもののヴィータも大人しくしている。それなりに重傷だったはずだが、起き上がるくらいは問題ないというのだから、やはりヴォルケンリッターはとんでもない存在だ。

 

「それで? 闇の書に関して話しがあるということだが?」

 

 そう切り出したのはシグナムだ。真っ直ぐ視線を合わせてきて、そこには敵意も隙を伺うような警戒心もない。ザフィーラも同様だ。ヴィータは、胡乱な視線を向けているが、少なくとも敵意はないようだ。

 

「暴走するとかなんとか、そういう話だろ? ありえねぇよ。だったら何で守護騎士である私らが知らないんだよ?」

 

 ヴィータは、やはり信じられないようだ。目が、適当なこと言ったら許さねぇ!と言っている。

 

「お前達は、夜天の書という名前に聞き覚えはないか?」

 

「夜天……の書? いや、聞き覚えはないが……ないはずなんだが、何故か懐かしさを感じる」

 

 夜天の書――その言葉にシグナムが反応する。覚えがないと言いながら、やはり何かを感じているようだ。それは、ヴィータやザフィーラも同じらしい。しきりに首を捻っている。

 

「夜天の書とは、主と共に旅する魔法技術収集保存型デバイスのことだ。改変される前の闇の書のことだ」

 

 イオリアのその言葉に、目を見開き驚愕を顕にするヴォルケンリッター。イオリアは説明を続ける。

 

「歴代の所有者によって改変され、プログラムが狂い、今の闇の書になった。全てのページを埋めると暴走し、所有者を殺害。辺り一帯に厄災を撒き散らし転移する」

 

「ま、待て! デタラメ言ってんじゃねぇ! そんなこ……」

 

 動揺を隠しきれず、声を詰まらせながら反論しようとするヴィータの言葉を遮ってイオリアは続けた。

 

「お前達、歴代の主達の最後を覚えているか?」

 

「とうぜ――」

 

 イオリアの質問に「当然だろ!」と続けようとして、ヴィータは言葉を詰まらせた。見れば、ザフィーラやシグナムも蒼白になっている。

 

「そ、そんな、覚えてない!?主達がどうなったのか、何も……」

「バカな」

「マジかよ、わからねぇ、他は覚えてるのに最後だけ、最後だけどうなったんだよ!」

 

 その様子に一つ頷くイオリア。

 

「覚えてなくて当然だろう。闇の書の最後の収集相手はヴォルケンリッターだ。お前達を取り込み、主を殺し、そして暴走する」

 

「そんなことが……」

 

 

 もはや言葉もない。デタラメだと断じたいが、実際、自分達は最後を覚えていないのだ。シグナム達は呆然としている。

 

「……お前達の主、バグライトの居場所を教えてくれ。ヤツを殺し、暴走する前に転移させる。今なら未だ間に合う。」

 

「「「……」」」

 

 シグナム達は無言だった。しかし、その表情に葛藤が見て取れる。

 

 バグライトの居場所を教えれば、もはや自分達守護騎士が戦えない以上、確実にバグライトは殺されるだろう。そして、ベルカは救われる。バグライトに心底忠誠を誓っているわけではない。守護騎士としての責務、それ以上の感情はない。

 

 しかし、それでも、主が殺されるのを黙って見ているというのは、自分達のあり方を根本から否定するようなものなのだ。そんな沈黙を最初に破ったのは意外にもヴィータだった。

 

「シグナム、ザフィーラ。いいじゃねぇか。話そうぜ?」

 

「な!?ヴィータはそれでいいのか?」

 

「よくねぇよ。それをしたらもう守護騎士だなんて名乗れねぇだろうしな……でもよ、私はアイツが嫌いだ。アイツだけじゃない。今までの主も皆嫌いだ。スゲー力持ってんのに、やることは何時だって奪うことばっかりじゃねぇか。……このまま奪うだけなら……もう守護騎士でなくてもいい。それで、誰かを守れるなら、守らせてもらえるんなら……私はその方がいい。」

 

「・・・そうか」

 

 最初は、驚いていたシグナムだったが、ヴィータの独白を聞き、その本心を聞き、一言そう呟いた。

 

 おそらく、本心ではシグナムも同じようなことを考えていたのだろう。イオリア達との戦闘が始まる前のシグナムは、どこかその眼差しに羨望の色を宿していた。それは、きっと本心の発露だったのだろう。

 

「ザフィーラは反対か?」

 

「いや、かまわん」

 

 寡黙なザフィーラは、やはり言葉は少なかったが、力強く頷いた。

 

「シャマルは……ここにいたとしても、おそらく反対しないだろう。アイツは気性が優しいからな。主のすることに一番心を痛めていたはずだ。表には出したことはないがな……」

 

 どうやら、ヴォルケンリッターの意見は満場一致らしい。どこか自嘲気味ではあるが、憑き物が落ちたような表情をしている。

 

「……騎士は奴隷じゃない。」

 

「「「?」」」

 

 そんなシグナム達の様子を見ていたイオリアは、小さな、しかし不思議とよく響く声でそう呟いた。

 

 イオリアの突然の呟きに、疑問の表情を浮かべるシグナム達。そんなシグナム達を前にイオリアは独白するように言葉を紡いだ。

 

「主が騎士を選ぶんじゃない。騎士が主を選ぶんだ。自らの剣を捧げるにふさわしい主を。剣に宿した誓いを貫けるように。……騎士は皆、誓いを持っている。自分だけの誓いを。騎士が従うのは何時だってその誓いだ。だから、主と騎士には信頼が何より大切なんだ。主は捧げられた剣を受け取ったなら、その剣を汚させてはならないんだ。それ故に、主という存在は騎士の力を振るえるんだから……」

 

 イオリアの言葉に呆然とするシグナム達。

 

「今は、時間がない。でも、いつか必ず、心から共にいたいと思う誰かに会える。会えるように、お前達を闇の呪縛から解き放つ。たとえ何十年かかろうと、必ず、夜天の騎士に戻してやる」

 

 それは、宣言であり宣誓だ。騎士イオリア・ルーベルスの新たな誓いだ。

 

 シグナム達は何も言わなかった。シグナムは何か眩しいものを見るようにイオリアを見つめ、ヴィータは少し俯いて肩を震わせていた。ザフィーラはそっと目をつぶりうっすらと微笑んだ。

 

 しばらく無言の、だが決して冷たくはない空気が漂う中、シグナムがバグライトの居場所を話そうと口を開いた。

 

「騎士イオリア。主、バグライトの居場所だが、今は……」

 

(皆! 逃げて!!)

 

 シグナムが、いざ、居場所を話そうという時に、その言葉を遮るように女の思念通話が響き渡った。その声には焦燥感が滲んでおり、本来はシグナム達だけにされていたのだろうが、制御が甘かったのかイオリア達にも届いていた。

 

「シャマル!? どうした?」

 

(闇の書が……主が……収集をしたら……こんな)

 

 途切れ途切れの声に尋常ならざる事態に直面していることが伺える。

 

 イオリアの嫌な予感が急速に膨れ上がった。シャマルの声は「収集をした」と確かに言ったのだ。もしかすると、ヴォルケンリッターの敗北を知ったバグライトが焦燥に駆られ、急遽、最後の収集をしたのかもしれない。

 

 自分の抜け具合に、思わず自分の顔面を殴りたくなる。収集が完了したのなら、ヴォルケンリッターも危ない。

 

 イオリアが、シグナム達に声をかけようとしたその瞬間、

 

「なんだよ、これ!」

「ぐっ、これは」

「まさか!?」

 

 シグナム達の姿が消え始めた。闇の書による強制転移と最後の収集だろう。思わず手を伸ばしたイオリアとシグナム達の視線が合う。

 

 その視線に、申し訳なさと、後を頼むという思いが込められていたのはイオリアの勘違いではないだろう。

 

 そして、イオリアの手が届く前にシグナム達は消えた。

 

「ちくしょう!!」

 

 イオリアは、伸ばした手を握り込み、拳を地面に叩きつけた。

 

「「マスター!」」

 

 傍に駆け寄ってくるミクとテト。イオリアは、直ぐに立ち上がるとミクとテトに視線を向けた。

 

「すぐ、クラウスさんのところに戻るぞ! もしかしたら、収集されたのかもしれない」

 

 そう告げるイオリアに頷くミクとテト。転移魔法を展開しようとしたその時、セレスに通信が入った。「こんな時に!」と思わず悪態をつきたくなるイオリアだったが、通信相手を見て顔色を変え直ぐに回線を開いた。

 

「イオリア君。アルフレッドだ。無事のようだね」

 

「アルさん。俺達は大丈夫です。それより、クラウスさんに何か。やはり、収集されたのはクラウスさんですか? クラウスさんは無事ですか? それと……」

 

 矢継ぎ早に質問するイオリアにアルフレッドは目を白黒させ、「落ち着け!」と一喝した。それで冷静さを取り戻したイオリアは、「すみません」と一言謝った。イオリアが冷静さを取り戻したことを確認したアルフレッドは、先ほどの質問の意図を尋ねた。

 

「クラウスは収集などされていない。何があった?」

 

 その言葉に安堵したイオリアは、時間もないので端的に現在の状況を伝えた。闇の書の暴走が始まったことを聞いたアルフレッドは焦燥を滲ませながらも、「図ったようなタイミングだな」と呟いた。

 

 無言で説明を求めるイオリアにアルフレッドも端的に答える。

 

「数時間前、オリヴィエ様からクラウス様に連絡があった。ゆりかごを起動し、闇の書を消滅させると。おそらく命と引き換えに何かなさるつもりだろう。死ぬ気と悟ったクラウス様が、それを止めようと飛び出していったんだ」

 

 イオリアは事情を聞き、このタイミングか! と思わず運命の神様を呪いたくなった。史実では、オリヴィエはこの戦争で死亡し、自らの命と引き換えに戦争を終結させた立役者として、後の世で神と崇められることになる。聖王教会のことだ。

 

 だが、イオリアはそんな運命など認めない。既に大切の範疇に入っているオリヴィエが死ぬのを黙って見ているなど有り得ない。イオリアは今日この日のために自分を鍛え上げて来たのだ。

 

 歴史の改変? 未来への影響? 

 

 知ったことじゃない。イオリアは今、ここで、ベルカの地で生きているのだ。今を生きるものが、今を全力で生きられなくて、生まれたことに何の意味がある。未来への影響を恐れて動かない者の言葉など、所詮は事なかれ主義の言い訳だ。

 

 イオリアは足掻く。願いのままに、誓いのままに。

 

「アルフレッドさん。俺は、このままクラウスさんを追います」

 

「ああ、クラウス様とオリヴィエ様を……頼む」

 

 通信を切ったイオリアはミク達へと振り返った。

 

「聞いての通りだ。状況は最悪。闇の書は暴走し始め、オリヴィエさんは死地に向かった。クラウスさんはおそらく止められないだろう」

 

 コクリと頷くミクとテト。その表情は真剣ではあるが余裕も見える。イオリアへの信頼故だろう。

 

「強欲に行くぞ。全部だ。全部守る。」

 

「暴走した闇の書を止めるんだね?」

「ああ」

「オリヴィエさんも救うんですね?」

「ああ」

「闇の書も?」

「ああ」

「時間ありませんよ?」

「ああ」

「闇の書は最強レベルだよ?」

「ああ」

 

「「「楽勝だろ(ですね)(だね)?」」」

 

 そう言って、三人は不敵に笑い合った。そして、今度こそ転移魔法を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 クラウスは、柱にもたれて天を仰ぎ見ていた。

 

 その体は周りの床や壁と同じようにボロボロだった。クラウスは、オリヴィエからゆりかごを起動し闇の書を消滅させると聞かされ、すべてを置いて駆けつけたのだ。その話をするオリヴィエが通信越しでもわかるくらい死を覚悟していることが伝わってきたからである。

 

 “聖王のゆりかご”は、戦艦であると同時に聖王家の城でもある。オリヴィエがゆりかごから縁の者たちを出すのに時間を取られなければクラウスも間に合わなかったかもしれない。

 

「結局、止められなかったvな」

 

 そう、クラウスは死地に向かおうとするオリヴィエと戦ったのである。

 

 最初は説得するつもりだった。闇の書の主は必ず殺す。転移するだろうが、稼いだ時間で封殺する方法を必ず見つけると。

 

 しかし、オリヴィエは聞く耳を持たなかった。確実性に欠けること、ゆりかごを出せば流石に闇の書の主も無視は出来ないだろうこと、転移後再び厄災を撒き散らすなら何としても今ここで消滅させる必要があることを整然と反論した。

 

 では、どうやって消滅させる気だと問うクラウスに、オリヴィエはとんでもない方法を告げた。ゆりかご起動のための“鍵の聖王”である自分が、闇の書の主と邂逅次第、ゆりかごの外に出て直接戦闘するというのだ。

 

 ゆりかごは、“鍵の聖王”をロストした場合のために、ゆりかご自身を防衛する自動防衛機構が備わっている。乗組員や聖王の身よりも、脅威の排除を優先し、安全空域に離脱するようにできているのだ。

 

 それを利用し、直接戦闘で時間を稼ぎつつ、自分ごとゆりかごの砲撃で消滅させようというのである。直接戦闘はより確実に闇の書の主を拘束するためだ。

 

 当然、猛然と反対するクラウスだったが、オリヴィエの決意は固かった。それなら力づくでも止めるというクラウスとオリヴィエはそのまま戦闘になったのだ。

 

 結果は、クラウスの敗北。オリヴィエはゆりかごを起動し行ってしまった。微笑みとベルカをお願いしますという言葉だけを残して。

 

「クラウスさん!」

 

 天を仰ぎ見るクラウスに駆け寄る足音が聞こえた。イオリア達だった。

 

「イオリア……ミクとテトも……」

 

 イオリア達に向けられたクラウスの表情は無表情だったが、イオリア達には悲哀に満ちているようにしか見えなかった。

 

「……オリヴィエさんと戦ったんですね?」

 

「ああ、惨敗だ。」

 

 再び天を仰ぐクラウスは、ポツリと呟いた。

 

「……惚れた女一人止められやしない……笑えるだろう?」

 

「笑えませんよ……」

 

 イオリアの言葉には同情も悲痛さもなかった。ただ、「呆れた」という表情が浮かんでいた。

 

「こんなとこで、空も見えやしないのに仰ぎ見て何してるんです?天井のシミでも数えてたんですか?随分と暇人ですね?」

 

 随分と挑発じみた言葉にクラウスの表情が一瞬歪むものの、また無表情になった。

 

「反論もなしっと。そりゃ、オリヴィエさんも一人で行っちま……」

 

 なお挑発をするイオリアに、ついにクラウスがキレて殴りかかった。

 

 しかし、クラウスの拳はイオリアの顔面に当たっているものの、イオリアは微動だにしなかった。

 

「お前に何が……」

 

 イオリアは、クラウスに最後まで言わさずその胸倉を掴んだ。そして、底冷えするような声で言葉を遮った。

 

「〝何がわかる〟なんて、在り来りなこと言ってくれるなよ? 本気で幻滅したくなる。気に入らないんだよ。何全部終わったみたいな顔して黄昏てる? まだ出来ることがあるのに、何投げ出してんだ? それでも、覇王か! 俺の王かよ!!」

 

 クラウスは、胸倉を掴んだイオリアの手を振りほどくと叫び返した。

 

「何ができるというのだ!? ゆりかごは既に起動しているんだぞ。あれは、一度起動してしまえば……」

 

「俺に命令できるだろ!」

 

 再びクラウスの言葉を遮り、イオリアが叫ぶ。その言葉に呆然とするクラウス。そんなクラウスに、イオリアはゆっくり語りかけた。

 

「俺はシュトゥラが好きです。誰にだって自慢できる故郷だ。貴方は、そこを治めている王なんだ。その貴方が、あの日、俺の騎士になれって言ったんだ。俺は、クラウスさんの騎士でしょう。一緒にシュトゥラを、ベルカを、守ってくれって……それは嘘でしたか?」

 

「……嘘なものか」

 

「俺はクラウスさんが振るえる力でしょう?」

 

「ああ、」

 

 ならば、とイオリアは一歩前に出て姿勢を正した。

 

「ご命令は?」

 

 そんな、イオリアの様子にようやく調子を戻したのか、力強さが瞳に宿るクラウス。そして、王の威厳と共に命令を下した。

 

「オリヴィエを、ベルカを守れ!」

 

「御意」

 

 イオリアはニヤリと不敵に笑うと、ミクとテトと共に転移魔法を起動する。転移の光に包まれるイオリア達にクラウスは微笑みながら絶大な信頼をとともに言葉を送った。

 

「お前は、きっと生涯最高の“騎士”だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖王のゆりかご、玉座の間にてオリヴィエは静かに目を閉じていた。

 

 しかし、オリヴィエの瞼の裏には、暗闇ではなく今までの思い出が次か次へ映し出されていた。特に鮮明に流れるのは、やはりシュトゥラのことだ。クラウスと過ごした時間、イオリア達との出会い、共にした武術の鍛錬、イオリア達の音楽、ミクやテトとした女の子だけのお話、どれもこれも宝物だ。

 

(やはり、イオリア君達は怒るでしょうね……それに、クラウスは……)

 

 穏やかだったオリヴィエの表情が少し歪む。オリヴィエは気づいていた。クラウスの感情に。本当は、戦ってでも止めようとしてくれたことが、オリヴィエには何より嬉しかった。

 

 それでも自分は王族なのだ。民の未来のために、より確実な選択をしなければならない。そこに私情を挟む余地はない。

 

(……痛いですね。殴られたところも、殴った手も)

 

 無意識に自らの拳を反対の手で包んでいたオリヴィエは、艦内に鳴り響く警告音に目を開けた。探知範囲で巨大な魔力反応が現れたことを知ると映像を出した。

 

 そこには、闇の書の主ランデル・バグライト……ではなく、美しい銀髪に紅い瞳、背中に闇色の翼をはためかせる女性がいた。

 

 オリヴィエは、バグライトが収集を終え闇の書に飲み込まれたことを知らない。故に、モニターに映るこの女性が闇の書の管制人格であることを知らない。

 

 しかし、直感で悟った。目の前にいる存在が倒すべき敵であると。オリヴィエは瞳に覚悟を宿し立ち上がった。

 

 闇の書は、全長数キロにも及ぶゆりかごを見ても、その顔に何の表情も浮かべなかった。したがって、ゆりかごから聖王オリヴィエが出てきて自分と相対しても何の感慨もなかった。

 

「無駄なこと、全て終わるというのに・・・」

 

「終わらせません。そのために私がいます。」

 

 闇の書は、オリヴィエの言葉を無視するように魔法を放った。

 

「刃以て、血に染めよ。穿て、ブラッディーダガー」

 

 16発の血色の短剣が、オリヴィエに向かい高速で射出される。オリヴィエも闇の書に向かい一気に踏み出す。

 

 主砲発射は約5分後、それまでに闇の書を拘束し、射線範囲に入らなければならない。飛んでくるダガーを無視して突き進む。【聖王の鎧】――虹色に輝く魔力がオリヴィエを覆い、ダガーは傷を与えられない。

 

 懐に潜り込んだオリヴィエは拳撃を繰り出す。だが、

 

「――盾」

 

 闇の書の一言で現れた障壁に止められる。オリヴィエは気にせず連続で攻撃を仕掛けるが、闇の書はその全てを捌き魔力を纏った拳を腹部に叩き込んだ。

 

――付与型攻撃魔法 シュヴァルツェ・ヴィルクング

 

 しかし、オリヴィエの聖王の鎧は貫けない。お互い決め手を欠く状況が続く。

 

 闇の書は業を煮やしたのか、捌くのをやめ、攻撃を受けるのも構わず広域攻撃魔法を唱えた。

 

「闇に染まれ、デアボリック・エミッショッン」

 

 膨大な魔力により発動されたそれは、術者を中心に球形状に広がる純粋魔力攻撃である。バリア系の魔法を阻害する効果があり、完全とはいかないまでも、その効果は聖王の鎧にも及んだ。

 

 苦痛に苛まれながら、しかし、オリヴィエはこの瞬間を待っていた。ゆりかごが闇の書を敵性認定したのだ。今までは、ゆりかごへの攻撃が一切なかったので、二人に攻撃はされなかったが、広域攻撃魔法の範囲に入り、ゆりかごが脅威と判断したのである。

 

 これで、ゆりかごを出る間際にチャージしておいた砲撃の照準が闇の書にロックされる。

 

 オリヴィエは、聖王の鎧越しにダメージを受けながら闇の書に突進し、その身を羽交い絞めにした。そして、そのまま一気に射線上に飛び出した。

 

 直後、砲撃が発射される。

 

 大気を鳴動させ、大地を激震させながら、空へ向かって極大の砲撃が一直線に伸びる。意図を察した闇の書は、迫り来る砲撃を見ても、やはり何の感慨もなさそうに口を開いた。

 

「無駄だ」

 

「……」

 

 もはや言葉はなかった。闇の書は直撃を受けた瞬間転移すると考えていたし、オリヴィエは、ゆりかごなら転移する間もなく一瞬だと確信していた。仮に転移しても、ここまでくれば少なくとも確実に当代の闇の書は葬れると。

 

 そして、迫り来る光の奔流を前にオリヴィエは……

 

「クラウス、どうか後を……」

 

 静かに目を閉じた。

 

「?」

 

 しかし、何時までたっても何の衝撃も痛みもない。一瞬で蒸発でもしたのかとも思ったオリヴィエだったが、そう考えている時点でおかしい。

 

 ゆっくり目を開けたオリヴィエは、目に入った光景に愕然とした。頭の中は混乱の坩堝だ。

 

(な、なぜ、貴方がここにっ。砲撃は、闇の書は、どうやって、そもそも……

 

  なぜ、イオリア君が……」

 

 途中から、声に出していることも気づかず、イオリアの片腕に抱かれたまま呆然と呟くオリヴィエ。そんなオリヴィエに、イオリアは憤怒の表情を向けた。そして、デコピンを一発。

 

 ズバンッ!

 

「イッッ!?」

 

 闇の書の攻撃魔法で、聖王の鎧が解けているオリヴィエの額に容赦ない一撃が決まる。

 

「俺等がどんだけ怒ってるかは言う必要ありませんね?アホな姉貴分を持つとホント苦労しますよ」

「ホント、こんなの無しですよ~」

「ボクも、今回はそう簡単に許すつもりないからね?」

 

 涙目で声のする方を見ると、ミクとテトもいた。二人共、なんだが泣きそうな顔をしている。

 

 罪悪感が湧き上がってくるオリヴィエだったが、次の瞬間にはイオリア達が何をしたのか気づき声を荒げた。

 

「あ、あなた達は何をしたか分かっているのですか!? 千載一遇のチャンスだったのですよ! それをっ」

 

「ええ、全部わかってます。さっきのでオリヴィエさんが死んでれば、とりあえず解決でしたからね」

 

「ではっ」

 

「それでも、あなたが死んだら意味がないんだ」

 

 静かな、それでいて激情を孕んだ言葉に思わず黙るオリヴィエ。

 

「ええ、全くもって俺の個人的なことです。オリヴィエさんも俺の世界の一部だから、死なれたら世界が壊れるのと同じなんです。それに、オリヴィエさんにはクラウスさんの傍にいて一緒に頑張ってもらわないと、ベルカもやっぱりダメになりそうだし。一応、クラウスさんの命令で来てるんですよ。あの人は、まだオリヴィエさんを諦めてませんから」

 

「……クラウスが」

 

「まぁ、我を貫いた責任はとりますよ。あっちで見てて下さい」

 

「あ、待ちなさ……」

 

 そう言って、イオリアは、オリヴィエの言葉を待たずに転移魔法でゆりかごの甲板のような場所に降ろした。

 

 闇の書がこちらに近づいてきたからだ。

 

「よぉ、夜天の」

 

 その言葉に今まで何の反応もなかった闇の書の表情がピクリと動いた。

 

「お前は、私を夜天と呼んでくれるのか、騎士ルーベルス」

 

「(俺の名を? ああ、シグナム達の記憶か)……闇の書なんてダサい名前は嫌だろう? 夜天の方がずっと綺麗だ」

 

 その言葉に、無表情ではあるが、どこか嬉しげな雰囲気を漂わせる闇の書。しかし、直ぐにそんな雰囲気は霧散し代わりに悲しみの色が現れた。

 

「お前のような人間が主なら、あるいは……いや、意味のないことだな。結局は、全て壊れて終わる」

 

 その諦念に満ちた言葉にイオリアは眉をしかめた。

 

「あとどれくらいで暴走する?」

 

「もう、間もなく」

 

「ならそれまでに、お前を誰も傷つけずに済む場所に送ってやる」

 

「無理だ。そんな場所存在しない。……それに、お前が何かすれば、私の中の防衛機能が働きお前を攻撃しないわけには行かなくなる」

 

 それは言外にイオリアを攻撃したくないということ。闇の書には、ヴォルケンリッターの記憶がある。イオリアがヴォルケンリッターにした約束「いつか夜天に戻す」という言葉は、想像以上に闇の書の奥深くに響いていた。

 

 だが、イオリアは、そんな闇の書の言葉を聞き溜息をついて頭を振った。そして、強靭な意志の宿る眼光で真っ直ぐに闇の書を貫いた。

 

 その物理的圧力すら感じてしまうほどの圧倒的な意志の力を前に、闇の書は思わず一歩後退し、そんな自分に気づいて愕然とする。

 

「もういい。お前は、無理とか、無意味と、無駄とか、そんなのばっかりだな」

 

 そう言いながら、スッと右腕を真横に伸ばす。その手の平に同じく手の平を合わせるミク。

 

 ―――― ユニゾン・イン ――――

 

 ミクの体が輝き、イオリアの中に吸い込まれる。直後、ゴウッという音と共にイオリアの周囲に魔力が渦を巻いて立ち上る。イオリアの魔力が一気に数倍に跳ね上がったのだ。

 

「でもな、俺には聞こえてるんだ。……お前の悲鳴が、救いを求める声が」

 

 今度は左腕を真っ直ぐ伸ばす。そして、向けた手の平にテトが自分の手の平を合わせる。

 

 ―――― ユニゾン・イン ――――

 

 テトの体が輝き、ミク同様、イオリアの中に吸い込まれる。イオリアの濃紺色の魔力がさらに跳ね上がり、竜巻と見紛うほどの魔力が彼を中心に渦巻く。

 

「防衛機能が働いてしまう?俺を傷つけたくない?やれるものならやってみろ」

 

 右足を後ろに引き、左の掌を真っ直ぐ前方に伸ばし、まるで照準するように闇の書に向ける。そして、右腕をグッと後ろに引き絞った。

 

―――― カートリッジ・フルロード ――――

 

 セレスの合図と共に、ガシュガシュという音を立て、両腕の篭手から各6発ずつカートリッジが排出される。

 

「俺は俺の誓いを果たす」

 

 渦巻く濃紺の魔力がイオリアの構えた右腕に集束していく。それどころか、オリヴィエや闇の書が撒き散らした魔力も掻き集め、その右腕に宿していく。

 

 ユニゾンの影響か、イオリアの普段は濃紺の瞳は、今、美しい空色をしていた。キラキラと輝くその(そら)には暗雲など一つもなく晴れ渡り、陽光を放っているようだ。その瞳が真っ直ぐ闇の書に向けられており、闇の書は一瞬、ひだまりにでも居るかのように錯覚し陶然と見蕩れた。

 

 しかし、防衛機能が勝手に働き、砲撃魔法の準備に入ってしまう。

 

「全力でこい、夜天の。それでも……

 

 俺の(意志)は、容易くお前を撃ち抜くぞ!!」

 

 両者の攻撃準備が終わり、その攻撃は同時に放たれた。

 

「覇王“絶空”拳!!」

 

「響け終焉の笛、ラグナロク!」

 

 正三角形のベルカ式魔法陣の頂点から3種類の砲撃が一つの極大な束となってイオリアに直進する。ブレイカー級に匹敵する直射型砲撃魔法だ。並みの魔導師では抵抗もできずに撃ち抜かれて終わるだろう。

 

 しかし、そんな砲撃をイオリアは振り抜いた拳の一撃で消し飛ばした。

 

 イオリアが拳を振り抜くと、何もない空間に拳が激突し、イオリアの眼前の空間がビシッバリッパキッという音と共にひび割れた。そして、そのままバリンッという音と共に空間が破砕され、その衝撃でラグナロクが消し飛んだのである。

 

 イオリアがしたことは、今までの修行の集大成とも言える。1歳半から続けた魔力制御とミクの驚異的な処理能力で莫大な魔力を拳の一点に集中させ、テトの助力により転移魔法の応用で空間にのみ干渉し、覇王断空拳で衝撃を伴いながら拳を振り抜き、空間に接触した瞬間“無空波”を発動させる。

 

 その結果起きるのは、空間の破砕。

 

 これにより、絶大な威力の衝撃波が前方に放たれる。それと同時に割れた空間が元に戻ろうとする作用で空いた穴に周囲のモノを猛烈な勢いで吸い込み始める。空間そのものが収縮していくので、並みの力では抗えない。

 

 イオリアは、あらかじめミクとテトに頼み、空間を遮断する結界と強力な力場を発生させているので堪えられるが、ただでさえ強烈な衝撃を食らった闇の書は全身を硬直させ為す術なく吸い込まれていく。

 

「夜天の! これを持っていろ!」

 

 この期に及んで諦念の表情を浮かべる闇の書に、イオリアは右耳に付けたイヤリングを投げ渡す。

 

 それは、初等部卒業のおり、クラウス達から贈られたもの。

 

 “イヤリング同士は次元を別にしても繋がる”という性質を持った、将来的にはロストロギア認定を受けそうな代物だ。何せ魔力の一切を使わず、そんなことが可能なのだから。

 

 反射的に受け取った闇の書はそれを見て不思議そうな顔をする。

 

「目印だ! 虚数空間でも俺達と繋がってる!」

 

 その言葉に驚愕の瞳を向ける闇の書。同時に悟った。虚数空間は全ての魔法が使用できなくなる空間。この中なら闇の書は転移も暴走もできない。そして、準備が整ったらイヤリングを目印に何らかの手段で呼び戻す気なのだろう。

 

 空間に吸い込まれる寸前の闇の書は、泣きそうな、しかし、心底嬉しそうな微笑みを浮かべ、大事そうにイヤリングを両手で包み込んでいた。少なくとも、その顔に諦念の色は微塵も見られなかった。

 

「ふぅ~、終わったか……」

 

 未だ空間が戻ろうとする力が働いているが、このまま結界と力場を維持すれば問題ない。思わず肩の力を抜くイオリア。

 

 しかし、次の瞬間、イオリアの危機感が反応した。

 

「「(マスター!!)」」

「イオリア君!!」

 

 咄嗟にその場から飛び退き、直後、イオリアを掠めるように極大の閃光が通り過ぎる。

 

 ゆりかごの砲撃だ。自動防衛機構が生きており、チャージが終わった瞬間、脅威と判断したイオリアを砲撃したのである。

 

 これには、イオリア達もオリヴィエも予想外だった。イオリアは一度もゆりかごに攻撃を加えていない。闇の書と打ち合った時も意図してゆりかごを背後にしたのだ。一定の距離も保った。

 

 それでも、ゆりかごがイオリアを狙ったのは、それだけイオリアの脅威度が高いと判断したからである。

 

 幸い、イオリアの危機対応力の活躍により砲撃を躱すことはできた。しかし、この衝撃により閉じかけていた空間の穴が再度広がってしまった。その衝撃がイオリアを襲い不意にユニゾンが解けてしまう。本来なら、この程度でユニゾンは解けない。

 

 この1ヶ月を通して蓄積された疲労と、先ほどの大技が想像以上にイオリアに負担を掛け、しかも気を抜いていた直後ということもあり、思わず解けてしまったのである。

 

 同時に結界と力場も消える。

 

「うわっ!?」

「「きゃあ!?」」

 

 一気に空間に吸い込まれるイオリア達。結界や力場を展開する時間はなく、飛行魔法で何とか堪えるが、吸い込まれる速度を落とすので精一杯だった。

 

 イオリアは、咄嗟にミクとテトに転移魔法を準備させる。座標を指定しないランダム転移ならギリギリ間に合うかもしれない。

 

 その時、不意にイオリアとオリヴィエの視線が合う。かなり距離があるが、その時は二人共、不思議と遠いとは感じなかった。イオリアの瞳には、諦めも死を悟った者特有の透き通った笑みもなく、ただひたすら“必死さ”があった。イオリアは何時だって足掻くのだ。

 

 オリヴィエは、イオリアの必死さを宿す瞳から正確に意図を汲み取った。

 

(クラウスさんとベルカを頼みます。必ず戻るから!!)

 

 視線が合ったのはほんの一瞬だったが、二人には随分長く感じられた。オリヴィエも瞳で伝える。

 

(お任せ下さい。貴方達のおかげで拾ったこの命無駄にはしません! どうかご無事で!)

 

 イオリアもオリヴィエの意図を受け取ったのか、頷き、左耳に付けたイヤリングを魔力弾と共に撃ちだした。オリヴィエが回収してくれれば、帰ってくるとき目印になるだろう。

 

 そして、空間に吸い込まれる直前に転移魔法が発動した。

 

 

 以降、騎士イオリア・ルーベルスは22年間、ベルカの歴史から姿を消すことになる。

 

 




いかがでしたか?

遂に一区切りがつきました。

オリヴィエの自己犠牲について詳細がわからないので、こんな感じにしました。
無理矢理気味だと思いますが、これ以上は作者のキャパを超えます。

小説書くのは楽しいけど難しいですね・・・いや、ホントに。
短いけどここで終わっちゃおうかとも思ったんですが・・・最後に布石置いちゃったし書こうと思います。

次回は、別作品の世界に転移します。タグにも別作品をタイトルを加えておきます。あと、投稿には2,3日掛かるかと思います。

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