ご都合解釈のオンパレード。ご堪能あれ。
イオリア達は、ハンター試験が終わった後直ぐに情報収集に乗り出した。
グリードアイランドの所持者とハンターライセンスの売却相手である。権限で「電脳ネット」を無料で利用できるので、それらの情報は比較的容易に調べることができた。
もっとも、調べられたのは、バッテラという大富豪が相当買い占めているということ、世界の好事家のリストだけである。バッテラ氏はクリア報酬が目当てらしく、500億を懸賞にかけプレイヤーを募集しているらしい。
イオリア達はまさにクリア報酬自体が目当てなので、バッテラ氏とは利害が反する。従って、彼に頼るのは好ましくない。
さらに調べを進めると、9月に開催されるヨークシンドリームオークションにグリードアイランドが出品予定とのことだったので、その情報を伝って、出品予定者を突き止めオークションで予想される価格より高値で買う旨を伝えた。
かなり吹っかけられ700億と言われた。しかし、問題ない。イオリア達には必殺のライセンスカードがあるのだ。それも3枚も!
1枚ですら7代遊んで暮らせるのだ。イオリア達は、ドヤ顔で即OKを出した。所有者は「えっ?マジで?」と唖然としていたが、1ヶ月後に取引を約束した。イオリア達は早速ライセンスカードを欲しがっている好事家を探し、見事に売却。何と1枚でぴったり700億で買い取ってくれた。
そして、何だかんだでハンター試験が終わったあの日から約3ヶ月、遂にイオリア達はグリードアイランドに挑戦する。
ゲーム内に入ったイオリア達は、1人づつイータと名乗るナビゲーターに名前を聞かれ、バインダーを出すのに必要な指輪を受け取った。ゲームの内容等も聞き、階段を下りると、そこには広大な草原が広がっていた。イオリアは、ミクとテトが降りてくるまでボーとその雄大な景色に見とれる。
しばらくすると、ミク、テトの順番で合流した。ミクとテトも青々と茂る草原と真っ青に透き通った高い空に「おお~!」と感嘆の声を上げる。高揚する気分に3人は訳もなく笑い合う。そして、とりあえず北だ! と歩み始めた。
道中、今後の方針を話し合うイオリア達。
「さて、取り敢えずどっかの街にいって情報収集しなきゃならないわけだが……」
「え~と、マスターの知識だと、ゴン君達の修行と、ドッジボール対決、爆弾男とゴン君の対決のシーンくらいしか情報がないですね」
「後は、何枚かのカードの効果と入手方法くらいだね」
非常に中途半端なイオリアの知識。「う~ん」と全員で頭を捻る。
「まぁ、最悪、ゲンスルーとかハメ組から掻払うとかでもいいんじゃないか?確か、ゲンスルーに皆殺しにされてた気がするし……できるだけ自力で集めて、足りない分はヤツ等から譲ってもらおう。OHANASHIで」
「その前に、どんな効果のカードがあるのか確認しないとですね。帰還に役立たないなら、ゲームする意味ありませんし……」
「それ次第で、ボク達の念能力の開発方針も決まるしね」
イオリア達は、どうか帰還に役立つカードよ存在してくれ!と祈りつつ、あれこれ話し合いながら街を目指して歩みを進めるのだった。
ちなみに、初心者プレイヤーを狙う者達が多数いたのだが、その気配に気づいていたイオリア達は早々に【絶】とオプティックハイドのコンボで姿を消していたので、特に何の問題もなく街まで辿り着くことができた。
イオリア達は、「懸賞都市アントキバ」に到着した。この都市は、懸賞で成り立っている都市で、様々なイベントをこなす事で報酬としてカードが貰える。特に、月例大会では指定カード「真実の剣」と「聖騎士の首飾り」が入手できる。
もっとも、前者は1月に、後者は9月にしかイベントがなく、現在は4月であるためタイミングが悪かった。
イオリア達は、取り敢えず腹ごしらえしようとレストランに入った。すると巨大パスタを30分以内で完食すると「ガルガイダー」というモンスターカードが貰えるらしく、早速挑戦する。
ミクとテトは余裕で完食し、イオリアも何とか完食。3枚の「ガルガイダー」を手に入れた。何でも、このカードは三大珍味とも言われており、売れば結構な値段で買い取ってくれるらしい。
レストランを出たイオリア達は、その足でトレードショップに向かった。トレードショップはカードの売却やプレイヤーの所持カード情報など、ありとあらゆる情報を購入することができる施設だ。「珍味・・・」とイオリアが未練がましい呟きを発する
だが、今はとにかく情報である。後ろ髪を引かれる思いを振り切り、カードの種類や現在の状況などの情報を購入する。
「なるほどなぁ。これが全種類のカードか。うわ、SSランクとか限度枚数3枚だぞ。ゴン達はよくあんな短期間で集めたな。主人公補正とは恐ろしい。発売以来一人もクリアした者がいないって話だったけど、正直ちょっと舐めてたかもな」
「これは大変そうですね。一部のカードを独占してる人もいるみたいですし……これは奪う以外では入手できませんね」
「それより、マスター。どう思う? 帰還に役立ちそうなカードだと思う?」
各々、改めてゲームクリアの困難さに呻き声を上げる中、テトが表示されているカード情報の一つ「挫折の弓」を指差す。「挫折の弓」は残っている矢の回数だけ「離脱」が使えるカードで、「離脱」はゲームから現実に帰還できるカードだ。
「「挫折の弓」……現実への帰還か。まぁ、実際には現実にあるこの島からゲームソフトのある場所へ転送するものだよな。う~ん、離脱の効果が“元の場所へ戻す”なら可能性はあるな」
「なら、この「同行」はどうですか? “指定した場所へ移動させる”という効果なら可能性ありじゃないですか?」
イオリア達は顔を付き合わせ、現実で使用したらどういう効果があるのか?と意見を出し合う。そんな中、イオリアが突飛な意見を出した。
「思ったんだけど……一度でベルカに次元転移するには魔力が圧倒的に足りないから無理だという結論に達したわけだが、足りない分はオーラで代用できないか? それでも全然足りないだろうけど……オーラなら、魔力素がない環境でも回復できる。次元の海でも、生存に適さない次元世界でも、生存できる拠点があれば回復しながら少しずつ転移して行くことは可能じゃないか?ほら、次元航行船みたいにさ」
そう言って、「これ見て思いついたんだけど……」と、あるカードを指差すイオリア。そのカードは「プラキング」組み合わせ次第でどんな乗り物も1分の1スケールで作ることができるプラモキットである。
「いや、え、これで次元航行船を作る気ですか? 流石にそれは無理なんじゃ……」
「でも、発想はいいよね。目からウロコの気分だよ? 別に次元航行船を作れなくても、取り敢えず生存できる拠点があれば……酸素なり食料なり積んで、転移を繰り返せば可能性はあるよ。オーラで代用できるかは検証と調整が必要だね」
「……確かに。それに代用に関してはたぶん可能ですよ。魔力とオーラって、結局体内のエネルギーっていう点では同じですし。私達の魔法って、むしろ科学ですからね。同種の燃料があればプログラムは起動しますよ」
「ああ、俺もそう思う。魔力とオーラって気功で言うところの外気と内気だろ? 魔導師はリンカーコアっていう特殊な器官でその外気を取り込んで体内エネルギーとして使える存在と考えれば、大して魔力とオーラに違いはないと思うんだ。発生するプロセスが異なるだけでな」
結局、「挫折の弓」、指定カードに擬態させた「同行」、「プラキング」が役立ちそうだということになり、ゲームの続行が決定された。ハンター世界の乗り物は少々レトロなので、いくら最低限次元の海を漂えればよく、動力は必要ないといっても造船技術のないイオリア達には、プラキングがなければ次元航行船の作成は可能性すらないだろう。しかし、イオリアのアイデアは捨てがたいので念のため確保だ。
「あと、これなんだが……」
そう言って、イオリアは再びカードの情報を指差す。
「え~と、「リサイクルーム」ですか? 帰還にどう使うんです?」
ミクが首を傾げる。テトも不思議そうだ。
「いや、帰還に使うんじゃなくてな、このリサイクルームに壊れた物を入れれば修理されるんだろ? もしかしたら夜天も直してやれるんじゃないかなって。もちろん、無くても夜天のデータ集めて闇の書を元に戻すつもりだけど、もしかしていけるんじゃないかと思ってな。手札は多い方がいいだろ?」
その言葉に、ああっと手をポンと叩くミクとテト。そして、こんな時でもしっかり闇の書のことを気にかけているイオリアにほっこりする。「ふふふ」と笑い、二人も役立ちそうなカードを探す。
「マスター、それならこの「聖騎士の首飾り」はどうですか?呪いを解く効果があるみたいですよ」
「なら、こっちの「大天使の息吹」はどう? 一応、なんでも一息で治すって書いてるよ。人間でなくても使えるかな?」
それからも、しばらく三人はやれこのカードはどうだ、あのカードはどうだと白熱した意見を出し合い、どうせなら、二人以上クリアして持ち帰れるだけ持ち帰ってやろう! ということになった。
イオリア達はこれから最低二人のクリアを目指す。
まず、イオリア達は、資金稼ぎにモンスターを狩りまくることにした。というのも、トレードショップで50回以上買い物をすることでBランク以下の指定カードを購入できるようになるからだ。 ついでに、イオリアは実戦で念の鍛錬もできる。
3人は魔法も行使しながら最大効率で狩りまくった。場所は、魔法都市マサドラの西にある森林地帯だ。モンスターのレベルが高く比例して売値も高い。
モンスターカードをフリーポケット一杯ににしたら、転移魔法で街に戻り換金し、トレードショップで買い物。それをひたすら繰り返す。
3日ほどで、3人とも50回以上の買い物を済ませ、指定カードが購入できるようになった。
それから、指定カードを入手するため3人で駆け回った。比較的簡単に入手できる指定カードをできるだけ3枚ずつ集めるのでかなり時間がかかっている。
なお、スペルカードはほとんど揃っている。「大天使の息吹」を入手する方法がスペルカード全40種集めなければならないのだが、普通は攻撃防御補助とスペルカードの使用頻度はどうしても高いためそう簡単には集まらない。
しかし、イオリア達はこれを独自の方法で解決した。
それは、基本的に【絶】と【オプティックハイド】であまり姿を見せず、プレイヤーにスペルカードを使われる機会を減らす、次に、スペルカードを使われそうになったら、そもそもスペルを唱えさせないという方法だ。
スペルカードは使用する場合、標的の20m以内に入り呪文を唱えなければならない。そして、発動したスペルカードはスペルカードでなければ対応できない。ならば、発動前に止めてしまえばいいじゃないという発想だ。スペルの詠唱は短いので普通はそんなことできない。
しかし、イオリア達なら可能だ。
イオリアは危機対応力や音により、いち早く察知出来る上、【圓明流:雹】を打ち込めばそれだけで相手の詠唱を阻止できる。
ミクやテトもチートな反応速度を持っているから早撃ちや飛ぶ斬撃で対応できる。そうやって、詠唱を止めている間に高速機動で接近し殴り倒す。
この方法で、イオリア達は今のところ一度もスペルカードの使用を許していない。しかも、この方法で使用を止めた場合、何故か相手の方からカードを渡すから許してくれ! と懇願される。
別に、奪うつもりなど最初からないのだがくれるというのなら貰っておくべきだろう。人の厚意を無駄にしてはいけないのだ。
そんなことを繰り返しながら地道にカード集めに邁進していると、ある日奇妙な噂を耳にした。
曰く、「紅髪と翠髪の少女を連れた殺人鬼のような眼付の男には関わるな。奴らは突然現れ、霞のように消える。死んでいったプレイヤー達の怨念に違いない。ヤツ等にカードは効かず、身包みを剥がれるかあの世に連れて行かれてしまうのだ。奴らこそグリードアイランドの死神だ!」ということらしい。
レストランでイオリア達が食事をとっていると、隣の席のプレイヤー達が声を潜めながらそんな話をしている。
イオリア達は思わず、ブフッと吹き出してしまった。
その音にビクッと肩を震わせつつ、何事かと振り返ったプレイヤー達。イオリア達は、愛想笑いをしながら頭を下げる。しかし、イオリア達を見たプレイヤー達は、しばらく固まった後、
「紅い髪の少女?」
「翠の髪の少女?」
「殺人鬼の目つき?」
「…………死神!?」
と一斉に叫んだ。その表情は青ざめガクガクと震え始める。必死に「ず、ずびばぜん!」と謝罪の言葉を口にしようとしているが呂律が回っていない。
「……死神じゃない。ただのプレイヤーだ」
イオリアはピクピクと頬を引きつらせながら必死に怒りを押さえ込み静かな声で弁解する。怖がらせないように笑顔も忘れない。
しかし、イオリアの笑顔を見た瞬間「ヒィッ!」と悲鳴をあげて、転がるように出て行ってしまった。
イオリアはふるふると怒りで震える手を目元にやり、目を揉みほぐす。
「……そんなに俺の眼付きは悪いのか?」
「そ、そんなことありませんよ! マスターの眼はかっこいいですよ!」
「マ、ママさんとパパさん譲りの素敵な眼だよっ?」
怒りに震えながらもショックを受けるイオリアに、ミクとテトがオロオロと慰める。
確かに、アイリスもライドも切れ長の鋭い目をしている。職業がらその眼付きは理知的と表現できるのだが、暴力的なイメージが先行すると噂のように表現されてしまうのかもしれない。
いずれにしろ、鋭い目つきはルーベルス一家の特徴だ。
イオリアは無言で食事を再開する。今度から、もう少し自重しようと心に誓いながら。まぁ、全く無駄ではあったのだが。
スペルカードを全種3人分集め「大天使の息吹」の引換券を手に入れたイオリア達は、勢いに乗って同じSSランクの「一坪の海岸線」にチャレンジすることにした。
このカードを入手するためには15人以上の人数を集めて「同行」を使いソウフラビに移動しなければならない。
早速、プレイヤーに声をかけるイオリアだったが、何故か声をかける度に「ひぃ!」と悲鳴をあげ逃げられる。そうでなくても近づいただけで警戒心を顕にしスペルカードを使おうとするので、仕方なくいつも通りの方法でスペル封じをする。
するとやっぱり青ざめて逃げ出すか、これで勘弁して欲しいとカードを差し出して逃げてしまう。事情を説明する暇すらなかった。
「……」
「マ、マスター? あ、あれですよ、ほら、なんていうか、あれですって! ね、テトちゃん!」
「えっ!? そこでボクに振るの!? え~と、そう! マスター、まだまだ持ってない指定カードはあるんだから先にそっちを集めよう? 一坪の海岸線なんて最悪9月にはゴン君達来るだろうし、彼等と一緒にやればいいよ!」
「そうです、マスター! 擬態とか複製ならさせてもらえますよ! 問題ありません!」
「……でもツェズゲラ達が嫌がるんじゃ……」
「そんなことありませんよ! ゴン君達も一緒なら大丈夫ですって!」
「うん、大丈夫だよ、マスター。万一ダメなら、ハメ組フルボッコにして、NAKAMAにすればいいと思うよ」
「テ、テトちゃん!?」
無言無表情で佇む自分を、オロオロと励ますミクとテトに少し心を持ち直すイオリア。途中、テトがハメ組奴隷宣言をしていたような気がするが……気のせいだろう。最近、ミクとテトに黒い部分がチラホラと見える気がするが気のせいといったら気のせいなのだ。
「ちょっといいかな?」
そんな風に、落ち込むイオリアを挟んでギャーギャー騒いでいると、一人のプレイヤーが声を掛けてきた。
イオリアのテンションが急上昇する。まだ、俺にも声をかけてくれるプレイヤーはいる! 俺は死神なんかじゃないんだ! そんなことを思いながら嬉々として顔を上げる。
そこには人の良さそうな笑顔を浮かべた身長の高いメガネの男が佇んでいた。何となく、嫌な予感がするイオリア。しかし、せっかく声をかけてくれたのに予感だけで邪険にするなど人としてあってはならないことだ! とテンションだけで嫌な予感をポイ捨てする。
「ああ、もちろんいいとも。何か用か?」
笑顔で対応する。その男は「よかった」と微笑み(何が良かったのか問い詰めたい気がしたがここは我慢する)、男は用件を伝える。
「ああ、君達も既に知っているかもしれないが一応忠告をね。実は、今このゲームに爆弾魔と呼ばれる通り魔がいてね、君達も気を付け……」
そんな事を言いながら、自然とイオリアの肩に触れようとするメガネ男。
だが、その手は肩に触れる前に言葉共々止められることになった。首筋に添えられたミクの無月と、こめかみに突きつけられたテトのアルテによって。
「えっと……どういうことかな? 俺はただ……」
なお、言葉を紡ごうとするメガネ男に、顔を俯かせ表情を隠したイオリアが静かな口調で尋ねる。
「名前は?」
「ああ、すまないね。自己紹介がまだだった。俺の名前は“ゲンスルー”だっ!?」
ゲンスルーは、初対面の人間が触れようとしたから警戒したと勘違いし、苦笑いしながら名前を告げて今度は握手を求めた。
そして、手を差し出そうとした瞬間、
「死ね! このクソメガネっ!」
イオリアの拳がゲンスルーの顔面に迫る。
名乗りの直後いきなり殴り掛かられたゲンスルーはミクの刀とテトの銃を意識しながら後ろに飛び退く。
しかし、イオリアの拳は直撃はしなかったものの衝撃波が発生し、ゲンスルーの顔面を捉えて吹き飛ばした。断空拳である。
「な、何を!?」
「ちょっと声かけられて嬉しかったのに! 俺の純情を弄んだな! この陰険メガネが! なんでお前がゲンスルーなんだよ!」
「い、意味がわからない。これが噂の死神なのか!? 話すら通じないなんて!?」
「誰がぁ死神だぁ!? 俺はァ! ただのプレイヤーだぁつってぇんだろォ、ボケェー!」
戦慄の表情で必死に逃げるゲンスルーに「断空拳! 断空拳! 断空拳! もういっちょ断空拳っ~!」と覇王流の奥義を連発するイオリア。「あ~あキレちゃったぁ」と天を仰ぐミクとテト。
イオリアは、一度は上がったテンションそのままに「最高にハイだぜェ~!」と完全にキャラ崩壊しながら必殺技を次々と繰り出す。
何事かと集まったプレイヤーも、現場で暴れるイオリアと天を仰ぐミクとテトを見て、「やべぇ、死神が暴れてやがる!」と蜘蛛の子を散らすように逃げていった。イオリアが「今、死神って言ったの誰だ、こらぁ!」と一瞬周りを見渡した隙をついて、ゲンスルーもスペルカードにより離脱した。
そして、誰もいなくなった。
ひゅ~と虚しく風が吹く。イオリアの心にも風が吹く。イオリアそのまま崩れ落ちた。四つん這いになりながら自己嫌悪に呻く。「ちなうんです。本当にちなうんです。死神じゃないんでう」と回らない呂律を気にもせず誰にともなく弁解する。
「マスター? 帰りましょう? 今日、明日はお休みして、ゆっくりしましょう?」
「それがいいよ、マスター。そうだ、ボク、ガルガイダー採ってくるよ。おいしいご飯作るから一緒に食べよう?」
とびっきり優しい声でイオリアを宥めるミクとテト。ついでにイオリアの頭もなでなでする。
イオリアは、その優しさに素直に甘えながらトボトボと拠点に戻るのだった。夕日が彼等を照らす中、この日、グリードアイランドの歴史に新たな死神の伝説が刻まれたのだった。
ちなみに、ゲンスルーがこの時点でイオリア達に声を掛けたのは、単純にオプティックハイドのせいでイオリア達を見かけることがなく、最近噂の死神が後顧の憂いになりそうなので爆弾を取り付けて、いざというときに確実に仕留めるためであった。つまり、イオリアの自業自得だった。
それから数日後、元気を取り戻したイオリアは再びカード集めに邁進した。そして、「プラキング」を手に入れたので、実際どれくらいまで作れるのか「擬態」を使って試してみることにした。
「う~ん、やっぱ外郭はともかく、エンジンとか作るには専門知識が要りそうじゃないか、これ?」
「そうだね、説明書もなにもないし、専門家が組合せれば……って注釈がつくのかも」
「でも、次元航行船の動力炉なんて端から作れませんし、要は密閉された空間を作れればいいじゃないですか?」
「それもそうだな、じゃあ、いろいろ試してみて、しばらく居住できる程度の大きさの密閉空間を作れないか試すか。空気は別途用意すればいいだろ」
イオリア達は、「よし!」と気合をいれると、あーでもないこーでもないとキットを弄りまわし、半日かけて六畳間くらいの密閉空間を作ることに成功した。プラモキットはどれも驚くほど繊細にできており、正確に組み合わせると隙間一つ見つけれないほどぴったり合わさるのだ。
実際、ミクやテトが空気漏れの有無を検査してみたが全くその心配はなかった。衝撃にもある程度たえる強度を持っている。これなら、十分に生存拠点になるだろう。あくまで保険であるが。
一応、帰還の方法に関する目処はたったので、翌日から、イオリア達はメモリを使い切らない程度に念能力の開発をすることにした。
「さて、俺達って全員特質系なわけだが……ミクとテトはどんな能力にするか考えたか?」
「はい、私はやっぱり斬撃を利用した能力にしようかと」
「ボクは、銃撃を利用した能力を考えてるよ」
それぞれ構想があるようだ。しかし、ミクもテトも随分と攻撃的な能力を望んでいるようで、これ以上まだ強くなりたいのか!?と内心戦慄するイオリア。
「そ、そうか。じゃあ、ちょっと別れて完成したら見せ合おう」
そう言って立ち去ろうとするイオリアをミクが呼び止めた。
「あ、マスター。ちょっといいですか?」
「うん?どうした?」
「あのですね、能力開発なんですけど、マスターはメモリを気にせず目一杯作っちゃってください」
「うん、帰還のために最後の手段として残しておきたいのはわかるけど、それはミクちゃんとボクでどうにかするから」
「いや、それは……」
ミクとテトの言葉に目を丸くするイオリアは、思わず反論しようとして次のミクとテトの言葉に沈黙した。
「マスターには、何の遠慮もなく真っ直ぐ強くなって欲しいです」
「ボク達は、マスターの足りない部分を補うためにいるんだよ? おそらく、普段は使い物にならないか、使い捨てにしなきゃいけないような能力をマスターに作らせるなんて……ボク達の矜持が許さない」
確かにテトの言う通り、次元を渡るような念能力なら、それくらい厳しい制約がなければ作成の可能性すらないだろう。
イオリアとしては、もし必要なら3人で一つの念能力を行使するくらいのつもりでいたのだが、どうやらミクとテトはそれを許すつもりはないらしい。
イオリアとミク、テトはお互いに見つめ合い、そして折れたのはイオリアだった。ここで、二人の気持ちを受け止められなければ、マスターとしても、男としてもダメだろう、そう思ったのだ。
「はぁ~、わかったよ。俺は俺の思うように能力を作る。目一杯な」
「はい!」
「うん!」
今度こそイオリア達は別れ、お披露目まで自分の念能力開発に勤しむのだった。
全員、念能力の開発が終了し、いよいよお披露目の日が来た。イオリア達は街から離れた森の中で、封時結界も張って誰にも見られないようにした。一番手はテトだ。
「それじゃあやるよ?」
そう言って、アルテを構えるテト。アルテがオーラを纏い始める。そして、一本の木に向かって引き金を引いた。
難なく弾丸は目標に命中し、次の瞬間、当たった箇所を中心にごっそりと木が消失し、木が横倒しになる。ズズンッという地響きと共に倒れる木を背景に、ドヤ顔で振り向くテト。
「え~と、今のは何だ?」
「消えちゃいましたね……」
テトの恐ろしい銃撃の効果に頬を引きつらせながら質問するイオリア。ミクは、好奇心でわくわくキラキラしている。
「これはね、撃った対象を分解する能力だよ……」
――念能力 拒絶の弾丸
詳しくはこうだ。弾丸を撃ち込むことで対象の結合を強制的に引き離す。つまり、分解することができ、分解範囲はある程度任意で決めることができるらしいが、分解レベルは調整できない。
すなわち、当たれば必ず素粒子サイズまで分解する。分解の対象は有機物、無機物を問わず、魔法などでも結合しているものなら可能。制約として、1日に5発しか撃てず、消費分は1ヶ月に1発補充され、標的と認識した対象を外した場合、1ヶ月間、強制的に絶になる。
なかなか厳しい制約だが、文字通り必殺の一撃になる強力な念能力だ。イオリアは内心、「どこの劣等生さんだよ」と突っ込んだ。
二番手はミクだ。
ミクは、意気揚々と前に出て無月を抜刀すると、そこで、」「しまった!」という顔をした。それから、すこし迷ったあと申し訳なさそうな表情と声で、とんでもないことを言い出した。
「あの……テトちゃん。ちょっと斬ってもいいですか?」
「……はい?」
思わずドン引きするテト。イオリアは痛恨の表情で頭を抱える。
「そんな……ミクが、ミクが“零崎”に目覚めるなんて! 俺がもっとちゃんと見ていてやれば、クソッ!」
「ミクちゃん、お願いだから落ち着いて? 大丈夫、きっといいお医者さんが見つかるから、絶対治るから……」
そんな二人の様子に、ようやく自分がかなり危険な発言をしていると自覚し、慌てて弁解するミク。このままでは、どこぞの変態ピエロや殺人一族と同類扱いされてしまう!
「ち、違いますから! 斬ることに快感とか感じませんからね! そうじゃなくて能力的にそうしないと実演できないんですよ! あ、ちょ、テトちゃん!? なんで、少しずつ距離とるんです!? マスター? どうしてそんな思いつめた目で私を見るんですか? いや、ホントに違いますから!」
しばらくギャーギャーと騒いだあと、指先をちょっと切るだけにして試すことになった。体験したいとイオリアも参加。
ミクが同じ箇所を2回切りつけると、そこからオーラや魔力が徐々に抜け出していくのがわかった。ミクから詳しい能力の説明がされる。
――念能力 垂れ流しの生命
曰く、斬り付けた相手のエネルギーを強制的に放出させることができ、傷が治癒されても放出は止まらない。全く同じ箇所に2度、斬り付けなければならず、魔力、オーラ、体力、精神力、どんなエネルギーでも放出できるが、一箇所の切り口から放出できるのは一種類のエネルギーだけである。
この能力で相手を死に至らしめることはできない。放出速度は、中堅どころの念能力者のオーラを100とすると(練をしていない状態)1秒ごとに1放出する。
これまた強力な能力だ。中堅念能力者なら1分40秒でオーラを全消費してしまう。練をしても、相当負担になるだろう。だが、それに比例して制約も厳しい。この制約は相手が強ければ強いほど厳しくなり、逆に弱ければ能力自体使用する必要がない。
イオリアは「これまたどこぞの隠密な死神みたいな能力だな……だが」と再び突っ込みを入れつつ、より大きな突っ込みどころにビシと突っ込んだ。
「「なんでネギが刻印されてんの(されてるの)!?」」
そう、某2番隊隊長の死神さんが優雅な蝶の刻印なら、ミクのそれはどう見ても「ネギ」だった。能力の発動したミクの敵は、傷つけられる度にネギを刻まれるのだ。ある意味、とてつもなく恐ろしかった。シュールの極みだ。
ツッコミを受けたミクは、「いや、やっぱり私といえばネギではないかと……」と視線を彷徨わせたあと、
「てへ♡」
と舌を出して笑った。それにイラッとしたのは言うまでもない。
最後は当然イオリアのお披露目だ。全力で能力を作ると宣言したので期待感が高まる。ミクとテトもワクワクしている。そんな二人に苦笑いをしてイオリアは呟いた。
「“インデックス”」
イオリアの呟きと共に、藍色の表紙の重厚な本が現れる。イオリアは、ページをパラパラと捲り、目当ての項目を見つけたのか、「ゲイン、ヴァイオリン」と呟く。すると、本がわずかに発光し、
ヴァイオリンが出現した。
「どうだ?」と視線を向けるイオリアに、ミクとテトは顔を見合わせ「地味ですね」と実に忌憚ない意見を述べてくれた。イオリアはうっと呻くと、聞いて驚け! と解説に入る。
曰く、作った念空間に、どんなものでも入れることができる。空間の大きさはオーラ総量に比例する。どちらかの手で触れて、記載項目を開かなければ目録は機能しない。「ゲイン○○」で取り出し、「レシーブ、○○」で収納できる。収納と同時に本に記載され、取り出しと同時に消える。目録を奪われ、他人に使用された場合、24時間以内に取り戻し使用しないと、この念能力を失う。失うと中身は消滅する。
「まぁ、便利ではありますね。持ち運びに」
「でも、それにしては制約が厳しすぎない?」
もっともな疑問だ。何せ、念能力自体を失うという厳しい制約だ。イオリアは苦笑いし質問に答える。
「そりゃあ、これくらいはな。なにせ、念空間は本の中にあるんじゃなくて俺の体の中、具体的には魂に直接作ったからな。まぁ、できるかはわからなかったけど、オーラ発生の根本が魂なら、できるんじゃないかって試したらできちまってな……具体的なこと聞かれてもわからんが、たぶん、魂に格納出来てると思う。インデックスは魂と外を繋ぐ扉って感じだ」
故に「名前は“魂の宝物庫”だ。」と締めくくるイオリア。
ミクとテトは困惑しながら、なぜそんな面倒なことを?と疑問を投げ掛ける。イオリアは頬をカリカリと掻くと、気恥ずかしそうに語りだした。
「転生した俺が前世の記憶を覚えているのは魂にそれが刻まれているからだ。……なら、今世で死んだ後は? 刻まれた記憶はどうなる?今世の記憶は? ……そう考えたらさ、もしかするとまた記憶持ったまま転生するんじゃないかって思ったんだ。」
そこで、一度言葉を切るとミクとテトを優しげな、それでいて切なげな瞳で見つめる。
「ベルカの地でユニゾンデバイスとして生まれたミクとテトは人よりずっと長く生きる。……俺が死んだ後もな。魂はあるから、死んだら転生してどこか別の世界で会えるかもしれないけど……それじゃ嫌だったんだ。例え今の生を終えて転生しても、二人とは一緒にいたい。体自体はデバイスである二人なら宝物庫に入れるだろう……だから、“魂と共に”って願って作った」
ミクとテトはポカンと口を開け、マジマジとイオリアを見る。いよいよ恥ずかしくなったのかイオリアは顔を逸した。ミクとテトは顔を見合わせ、次第に顔を真っ赤にしていく。
「つ、つまり、“魂の宝物庫”は……」
「ボク達とずっと一緒にいるための能力?」
「「……宝物……」」
三人は完全に沈黙した。互いに気恥ずかしさでどうしたらいいかわからない。誰も彼もソワソワして、チラチラと互いを盗み見る。もしここに、レオリオのような正直な男がいれば、きっと世界最強のバーサーカーになれたことだろう。滂沱の涙と共に。
やがて、その沈黙すら耐えられなくなったのか、オホンッとわざとらしく咳き込み話を続けるイオリア。
「あ~、あともう一つあるんだが……」
「そ、そうなんですか!? さすが、マスターです!」
「は、はやく見たいな! マスターの能力!」
ミクとテトは、ややテンションが高い。完全には切り替えに成功していないらしい。頬も耳もまだ赤いことがそれを示している。
イオリアは、「くさい。くさすぎるぞ、オレ! ミクとテトも対応に困ってんじゃねぇか! うぁ~恥ずかしくて死ねる~!」と内心で身悶えしていた。
イオリアは、自己嫌悪と羞恥心で内心を嵐のように乱しながら、能力の説明をした。
――念能力 神奏心域
神奏心域発動中の能力者の意図した通りの事象の発生を相手に錯覚させる。聴いている時間が長いほど効果は上がり、最終的に肉体・精神に多大な影響が出る。演奏と同時にミク又はテトとの歌唱が必要である。神奏心域は、能力者のオリジナル楽曲でなければならず、10人中10人を唸らせる程度のレベルが必要。相手に与える錯覚の質・大きさに比例してオーラを消費する。
本来は実演するつもりだったのだが、全員乱れに乱れまくっていたので、この日はお預けとなった。
イオリア達は、翌日からカード収集に復帰しつつ、互いの能力を実戦で使えるように、コンビネーションも取り入れて訓練していくことになった。
そして、9月に入り、ついにグリードアイランドにゴン達がやって来た。
~~~~~~~~~~~
能力お披露目の夜、
「テトちゃん、起きてますか?」
「うん、起きてるよ。というか寝れない……ミクちゃんもでしょ?」
「はい、全く、マスターは本当に……不意打ちが過ぎます。いつもいつも……」
「まったくだよ。心肺停止はしなくても機能停止はしそうだったよ。まったく……」
「「マスターには困ったものです(ものだよ)」」
3人部屋のベッドでグースカ寝ているイオリアを尻目に、そんな会話をするミクとテト。文句を言いながらもその瞳には愛おしさが宿っている。
「ときどき、もし人間だったらと考えてしまうことがあります。間違っているでしょうか?」
「間違ってないよ。ボクも思うことはある。……でも、それじゃあきっと、ずっと一緒にはいられない。そんな気がするんだ」
「そうですね。でも私達は、そういうことはできても、マスターに家族は作ってはあげられません……それが少し悔しいです」
「ミクちゃん……もし、マスターがそれを誰かに求めても、ボクは受け入れるよ?マスターには幸せになってもらわなきゃさ」
「もちろん、私もです。……ただし」
「「私(ボク)達ごと大切にしてくれる人だけです(だよ)」」
くすくすと忍び笑いをするミクとテト。二人の願いは何時だってただ一つ。イオリアの幸せだ。そのためならどのようなことも許容するだろう。
もっとも、その願いは自分達にも向けられていることに、今イチ自覚のないミクとテト。イオリアが二人の想像した未来を選ぶ可能性は極めて低いだろう。二人に近しい立場でもない限り。
魂の宝物庫を求めたのは、結局、そういうことなのだから。
いかがでしたか?
今回も、結構無理ある解釈がてんこ盛りでした。
しかし、後悔はない。だって・・・
こういうの考えるのは楽しいから!
さて、今回ようやく念能力が出ました。タグの通り技クロスで行きます。
制約とかその辺は、いつものように優しい気持ちで流して下さい。お願いします。
次回は、早々ではありますが、ハンター編最終回です。