重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第1話です。

幼少期のあれこれをダイジェスト?風に書いてみました。

新しい家族との温かさが伝われば嬉しいです。


第1話 ベルカに転生

 古代ベルカ、覇王の庇護する領地で、今日、また一つ新たな命が生まれた。

 

 彼の名は「イオリア・ルーベルス」、ルーベルス家の長男だ。そして、元日本人の斎藤伊織である。

 

 元気な産声を上げるイオリアを抱きしめ、疲れが滲んでいながらも優しさの溢れる表情で見つめているのは、母になったアイリス・ルーベルスだ。きらきらと輝く白金の美しい髪に、理知的で切れ長の瞳。10人中10人が美人と称するだろう女性だ。

 

 そのアイリスは、しばらく腕に抱いた息子を眺めていたが、ドタドタどころかドドドドッという足音と、おそらく看護師であろう女性の怒号が響いてきたことから、苦笑いをして病室の入口に顔を向けた。

 

「アイリス!! 無事か! イオリアはどうなった!」

 

 アイリスが顔を向けるのと同時に、扉を蹴破らんばかりの勢いで突入し大声を発した男の名はライド・ルーベルス、アイリスの夫で、つまるところ、イオリアの父になった男である。

 

 どこかモサッとした髪に、ヒョロと長い身長、だがその瞳だけは、アイリスと同じように切れ長で理知的な光を持っていた。いつもは冷静なライドだが、今日ばかりは、初の息子が生まれるとあってひどく興奮しているようだ。

 

 本来なら、彼は、妻の出産に立ち会うつもりだったのだが、仕事が長引き、途中で逃走しようとしたところを、それを察した上司が彼を拘束、仕事が終わるまで逃がしてくれなかったのである。ライドは密かに誓った。いつか、あのクソ上司を泣かせてやると。

 

「あなた、落ち着いて。私も、この子も元気よ。それより、あなたの大声で起きちゃうわ」

 

 アイリスにそう言われて、少し冷静さを取り戻したライドは、改めて妻と息子の元気な姿を見て、ほっとするとともに、感動が胸の内に広がるのを感じた。フラフラとベッドに近づいたライドは、妻の腕に抱かれてスヤスヤと眠る息子を見て、

 

「この子が……俺の、俺達の息子か……ちっちゃいなぁ」

 

 と言いつつ、おそるおそる手を伸ばした。

 

 その小さな玩具のような手をツンツンすると、無意識だろうが、イオリアはライドの人差し指をギュと掴んだ。その弱々しくも確かな感触に今度こそライドは冷静さを取り戻し、同時に感動で胸がいっぱいになるのを感じた。

 

「ふふ、そうよ。私達の息子よ。……それにしても、あれだけ騒がしかったのに、この子ったらまるで起きる気配がないわ。……これは随分と大物になるかもね」

 

 と、アイリスは感心したように笑った。既に、親バカの兆しがあるようだ。

 

「ははっ、そうだな。……アイリス、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 二人は見つめ合い幸せそうに笑いあった。

 

 

 

 

 イオリアが生まれて1年半が過ぎた。

 

 この時、イオリアが高熱を出すという事態が発生し、ルーベルス家の人間を大いに焦らせるのだが、これをきっかけにイオリアは伊織の記憶を少しずつ思い出していった。

 

(本当に転生したなぁ、やっぱり夢じゃなかったんだな。……アランは大丈夫だろうか。父さん達は立ち直れただろうか。)

 

 考えても仕方ないとはいえ、やはり考えずにはいられなかった。

 

 1歳半といえば立ち歩きもできる年齢ではあるが、体力も低く、少し運動するだけで直ぐ眠くなる。必然、考え事をすることが多くなった。差し当って、現状の認識と今後の方針である。

 

(ここが古代ベルカ時代であることに間違いはなさそうだ。だって、父さんも母さんもデバイス持ってたし。それに母さんの近くをふよふよ飛んでるあれ、絶対ユニゾンデバイスだろ。どうやら、二人は、デバイスの研究者っぽいな。……いや、でもそれじゃなんで、母さんはユニゾンデバイスなんて持ってるんだ? ……まぁ、そのうちわかるか。)

 

 イオリアが推測した通り、二人はデバイス研究者だ。特に、アイリスの方はユニゾンデバイスを専門としている。

 

 もっとも、アイリスは、実は元軍人でリリなの基準でいえばSランク魔導師である。ユニゾンするとSSランクになるという化物級だ。

 

 そんな彼女が、なぜ研究職に鞍替えしたかのかについては単純にライドと長く一緒にいるためである。そこに至るまで紆余曲折を経るのだが、それはまた別の話。

 

 彼女の相棒たるユニゾンデバイスはリリスといい、見た目の可愛らしさに反して落ち着きのある大人な女性の人格をしている。そのため、かなりの頻度でイオリアの面倒を見ている。

 

 オムツ交換はイオリアの黒歴史だ。

 

(思い出してはイケナイ。心を無にするのだ。……)

 

 なお、イオリアは、アイリスとライドを母・父と呼ぶことに抵抗を感じていない。前世の両親を忘れることはありえないが、自分が新たな人生を歩んでいると自覚しているからである。

 

 もし、前世の両親に遠慮して、アイリス達を母・父と呼べなければ、それこそ前世の両親に拳骨をくらうだろう。

 

 「過去を反省するのはいい、未来を思うのもかまわない、だが、大切なのは今だ。今を大切にできない者には、過去は無意味で、未来を思う資格はない」とは、父の言葉である。やたらドヤ顔で言っているのを、母が生温かい目で見ていたので、何かの受け売りだろう。

 

(しかし、両親がデバイス研究者でユニゾンデバイス持ちとは。ミクさんテトさんをもらう下地が既にできてんじゃねぇか。あの時は、生ボカロに会える嬉しさで気づかなかったが、これ普通に世界に影響する干渉じゃないの? ……アランさん、マジで大丈夫か? 取締官とやらにフルボッコにされてなかろうな?)

 

 イオリアの心配は尽きない。アラン、強く生きろ!

 

(まぁ、そこは考えても仕方ないか。とりあえず、現在、戦争っていう雰囲気はない。戦争勃発の何年前かわからんが、できることをしていくしかないだろう。言語の習得は日常会話で学ぶからいいとして、……引き続き情報収集を心掛けて、なるべく運動。とりあえず、二足歩行でダッシュできるように。後は、魔力操作なら可能かな? うん、なんとなく胸の中心に感じるものがあるから頑張ってみよう。……俺に不幸体質はもうない。どこでだって、なんだってできるんだ。一瞬だって無駄にしない。)

 

 イオリアは決意を新たに、この世界で精一杯生きることを誓った。

 

「見てください。アイリス。ライド。坊ちゃまが太陽に向かってキリッとした顔してますよ!」

「なんだってー!?」「なんですってー!?」

「見て、あなた、あの凛々しい横顔。まだ2歳にもなってないのに……男前だわ!」

「見ろ、アイリス、あの理知的な瞳を。きっと将来は、天才科学者に違いない!!」

「リリス! 直ぐにカメラの用意を! 絶対逃さないで!」

「私に死角はなかった。既に撮影済みです。(キリッ」

 

 ……精一杯生きるのだ!!

 

 

 

 

 

 イオリアが5歳のとき、ルーベルス家に新たな家族が増えた。妹ができたのだ。妹の名はリネット。イオリアは前世では一人っ子だったので、めちゃくちゃ喜んだ。

 

 それと同時に、音楽の才能が開花した。

 

 言語を完全に習得したあとボカロ曲を無意識に口ずさんでいたらしく、その歌声に両親もリリスも驚愕した。

 

 試しにと、子供用のキーボードのような楽器をプレゼントされたのだが、地球産キーボードとは明らかに異なるにもかかわらず使い方を直ぐに理解し、子供とは思えないレベルで弾きこなすことができたのだ。その楽器に触れた瞬間、まるで昔から愛用していたように使い方が理解できたためである。

 

 イオリアは思った。

 

(どこの音楽版ガン○―ルブだよ。アランさんやりすぎです! 天才ってレベル超えてるよ……)

 

 もちろん、ルーベルス家のメンツは狂喜乱舞した。ただでさえ、親バカ傾向のある連中なのだ。息子が天才級の才能を見せれば、いい意味でタダでは済まない。

 

 その日から一週間後、両親は仕事上の権限をフル活用し(断じて濫用ではないと信じたい)、権限が及ばない場合は関係者とOHANASHIをして(断じて脅迫ではないと信じたい!)、現存するあらゆる楽器に形状変化できるデバイスを作り出した。

 

 一応、篭手型の形状変化もできるので、分類としてはアームドデバイスということになるだろう。

 

 しかし、このデバイスの性能の高さといったら……

 

 完全ワンオフ機で、仕事場の研究施設をフル活用し(他の研究員も駆り出された)、特殊な部品なども惜しみなく使った(研究室の予算で購入したもの)。その制作費用だけで、土地付きの一軒家が建つレベルである。

 

 イオリアは心の中で叫んだ。

 

(職場の関係者みなさん、どうもすみません!!)

 

 そんな、イオリアの精神を圧迫しながら作成され、贈られたデバイスの名はセレス。天上のという英語から文字った名前だ。間違いなく最高峰のデバイスであること、セレスによって奏でる音楽が天上のものであれという気持ちで付けられた。

 

 断じて、制作費用が天上級という意味ではない。たとえ、名前を付けたときイオリアが遠い目をしていたとしても、断じて違うのだ。

 

 そんなイオリアの最近の日課は、妹のリネットの子守唄を奏で歌うこと。イオリアの歌唱と演奏はリネットのお気に入りなのだ。

 

 幸せそうにスヤスヤ眠るリネットを見て、癒されるイオリア。自分には前世の記憶があるから問題なかったが、アイリスもライドも、基本的に子供にはダダ甘である。リネットを両親に任せっぱなしにしては、リネットは我が儘放題の女の子に成長しそうだ。

 

「私がルールですの! 間違っているのは世界の方ですの!」

 

 とか言い出したら……イオリアは戦慄した。両親に子育ては任せられない! リネットはワシが育てる! 若干、精神を不安定にしながら、そう決意するイオリアであった。

 

 また、母アイリスについて、新たな事実が判明した。何でもアイリスは、覇王流とかいう武術の使い手らしい。

 

 それが発覚したのは、イオリアがセレスの唯一の武装型である篭手型について、なぜ篭手型なのかと質問したところ、

 

「イオリアが戦い方を学びたいとい思ったとき、私の修めている覇王流を教えてあげられるからよ」

 

 と、実にいい笑顔で返事をしたからだ。

 

「覇王流って、覇王様だけの武術じゃないの?」

 

 と、イオリアが質問すると、

 

「そんなわけないでしょう? 歴とした流派で、優れた武術なんだから、当然広めるわよ。一子相伝で失伝しちゃったら大変じゃない。国力的に考えても、秘匿するメリットなんてほとんどないし」

 

 と、もっともな答えが返ってきた。

 

 イオリアにとって予想外ではあったが、元々、戦争にも備えて鍛えておきたいと思っていた上、自力での鍛錬でどこまでできるか不安に思っていたので、渡りに船であった。

 

 さっそく、覇王流に興味津々です! とアピールすると、アイリスは、それはもう満面の笑みで、

 

「私の全てを伝授するわ! 覚悟しなさい!」

 

 といってサムズアップした。なんとなく、早まったかもしれないと感じるイオリアだった。

 

 

 

 

 イオリアは10歳になった。

 

 この5年、覇王流と魔法の鍛錬に明け暮れていた。嫌な予感がした通り、アイリスの訓練は、普段の甘さはどこに行った! と思わず突っ込みを入れたくなるほど厳しかった。

 

 正直、年齢一桁の子供にする内容ではないだろう。

 

 覇王流の基礎的な型と体力の向上を1年ほどみっちりやった後は、それに加えひたすらアイリスと模擬戦だった。

 

 一体なんど吹き飛ばされ、叩きつけられ、踏みつけられたか。擦り傷・骨折など日常茶飯事。文字通り血反吐を吐いたこともある。

 

 アイリスも当初は、ここまでやるつもりはなかったのだ。5年ほどかけてみっちり武術の基礎を固めさせるつもりですぐに覇王流を教えるつもりもなかった。ただ予想外だったのは、イオリアの才能が恐ろしく高かったことである。

 

 それを裏付ける出来事として、鍛錬を開始して間もない頃こんなことがあった。

 

 アイリスとイオリアは自宅から少し離れたところにある森の中にやってきていた。武術の鍛錬のためだ。二人は向かい合い、アイリスはイオリアに、武術の基礎的な動きを教えていった。イオリアは持ち前の集中力で、スポンジが水を吸収するかの如くアイリスの教えを習得していった。

 

 イオリアの飲み込みの良さに、「やっぱり、うちの息子は天才だわ!」と内心、狂喜乱舞していたアイリスだが、一通り型を教え、後はひたすら反復練習あるのみという段階にきて、

 

「イオリア、模擬戦するわよ」

 

 と、イオリアに模擬戦を行う旨を告げた。

 

「でも、母さん。まだ基礎も満足にできないのに、いきなり模擬戦って。勝負にならないだろ?」

 

 そう言うイオリアに、アハハハと笑いながら、

 

「そんなの当たり前でしょう? ゆっくりやるから、教えた動きが実戦の中でどういう意味を持つのか実感しろってことよ。そのほうが反復練習するときも効果が高いわ。意味を知っているのと知らないのとでは、断然効果が変わるからね」

 

 と、言った。なるほど、と納得したイオリアは、何一つ見逃さないと真剣な表情になると、覚えたての型で構えた。

 

 アイリスは、息子の深い集中に内心舌を巻きながら、

 

「それじゃいくわよ!」

 

 と合図をして、イオリアに攻撃を仕掛けた。最初の内は、イオリアもゆっくり一つ一つの動きを確認しながら動いていたものの、徐々に速くなる攻撃に対応が難しくなってきた。

 

「っ、くっ!」

 

 苦しげな声を上げ始めるイオリアに、ここまでだろうと、アイリスは最後に今までとは比較にならないほどの速度で背後に回り手刀を突きつけ終わりにすることにした。

 

 明確に実力差を見せつけ今後の目標にさせるためである。

 

 アイリスが足に力をため、ヒュという風切り音と共に消えた。次の瞬間にはイオリアの背後に現れ、手刀を首筋に放った。

 

「っ!?」

 

 本来ならこれで終わるはずだった。

 

 ところが、そこで予想外のことが起きた。アイリスの移動速度は、今のイオリアには消えたようにしか見えなかったはずだ。

 

 にもかかわらず、イオリアは、アイリスの手刀を見もせずに咄嗟に屈んで避けたのである。しかも、屈んだ勢いのまま前方に身を投げ出し、前回りの要領で距離をとり呆然としているアイリスに向き直った。

 

「一体、どうやって……なぜ、わかったの?」

 

 未だ呆然としながら、アイリスは息子に尋ねた。イオリアは、アイリスがなぜそんなに驚いているのか分からなかったが取り敢えず応えた。

 

「いや、わからなかったよ。でも見えなくなったってことは、死角にいるってことだろ? それに、母さんが消えた瞬間、首筋がゾワってしたんだ。だから、咄嗟に屈んだだけ。深く考えて行動したわけじゃないよ」

 

 その返答に、アイリスはまたも呆然とした。

 

 イオリアの感じた感覚はおそらく殺気や闘気のことだろう。だが、それはありえない。これは模擬戦で、しかも稽古の意味合いが強い。そんな戦いで感じられるほどの殺気が出るわけないのだ。まして、イオリアは実戦など知らない、鍛錬も始めたばかりの子供だ。

 

 だが、実際にイオリアは、アイリスの殺気ともいえない攻撃の気配に気づき手刀を回避している。その事実は覆せない。アイリスは、何とか気を取り直し先ほどの回避が偶然が否か確かめることにした。

 

「ッシ!」

 

 今度は正面から、イオリアの頭部に向けて正拳突きを放つ。

 

 その踏み込みは予備動作がなく、やはりイオリアから見ればアイリスが瞬間移動でもしてきたかのように見えたはずだ。アイリスを認識してからでは、到底、回避は間に合わない。

 

「ッ!」

 

 しかし、これもイオリアは頭を振って避けた。アイリスが正拳を放つ瞬間には既に回避行動に出ていたのだ。

 

 アイリスはその様子に目を細めながら、体勢を崩しつつあるイオリアの側面に回り込み流れるような動作で、足を刈る回し蹴りを放った。

 

 イオリアはこれも察知していたのか、側転するような形で空中に身を投げ、アイリスの足刈を回避した。

 

 流石にうまく着地するほどの余裕はなかったのか、倒れながらゴロゴロと転がり距離をとる。

 

 そして、膝立ちのまま顔を上げ、アイリスを確認しようとして、彼女の姿がないことに気づいた。その瞬間、再び後頭部にゾワッと悪寒が走り、イオリアは地べたに這い蹲るようにして伏せる。

 

 その頭上を、アイリスの蹴りがゴウッと風切り音と共に通過する。イオリアは再度、ゴロゴロと地面を転がり、今度はアイリスが追撃して来ていないのを確認してようやく息を吐いた。

 

「ヅハァー! ハァッ! ハァッ! ハァッ! ……っ、殺す気かよ、母さん!」

 「何言ってるのよ? しっかり手加減はしてるわ。この程度じゃ骨折もしないわよ。……それにしても、これでも避けちゃうのね。……うん、本物みたい」

 

 アイリスは、苦しげに息を整える息子を見ながら確信した。イオリアの危機回避能力は偶然ではないと。

 

「まったく、我が息子ながら、とんでもないわね」

 

 アイリスは苦笑いを浮かべ、次の瞬間には真剣な表情を見せた。何やら一人で納得しているアイリスを見て、不思議そうな顔をするイオリアに、アイリスは告げた。

 

「次の攻撃で最後よ。もう少し頑張りなさい」

 

 その言葉を聞いて、もうひと踏ん張りと気合を入れたイオリア。疲労により若干フラつきながら立ち上がる。

 

「いくわよ?」

 

 そう言って、アイリスの姿が消えた瞬間、

 

「がぁ!?」

 

 例のごとく、頭部に悪寒を感じ回避に入ったイオリアだが、衝撃は腹部に来た。そして、痛みや混乱を感じる暇もなく意識は闇に落ちた。

 

 頭部の柔らかい感触と、頭を撫でられる心地よい感触に、イオリアの意識は徐々に回復していった。目を覚ましたとき、イオリアはアイリスに膝枕されているところだった。

 

 しばらくボーとした後、イオリアは母に呼びかけた。

 

「母さん?」

「うん? あら、気がついた? どう? ちゃんと加減したはずだけど、痛みは? 吐き気は感じる?」

 

 イオリアの呼びかけで、考え事をしていたアイリスは息子の意識が戻ったことに気づき体調を尋ねた。

 

「う~ん、うん。大丈夫みたいだ。吐き気はないし、痛みも多少あるけど問題ない。……それより最後のあれは……フェイントに引っかかったのか……はぁ~、まったく意識してなかったよ」

 

 体調に問題ないことを確認したイオリアは、簡単なフェイントにまんまと引っかかったことに若干落ち込んだ様子を見せた。

 

「バカね。何を言ってるの。イオリアの回避能力を上回る攻撃じゃ、怪我させていたかもしれないからフェイント入れたのよ? 逆に言えば、初の模擬戦にしてフェイント無しじゃ怪我させないよう手加減できなかったってこと。母さん、流石にちょっと自信無くしそうだったわよ。……5歳の息子に模擬戦で手加減できないとか……うっ、何か泣きたくなってきた……ブランクがあるとは言え……ブツブツ……」

 

 アイリスは、息子の自身のすごさに対する自覚のない発言に苦笑いすると同時、5歳の息子に条件付きとはいえ手加減できないという不甲斐なさに落ち込み始めた。

 

「か、母さん? いや、マジですごかったぞ? 姿なんて全然追えなかったし、ほとんど勘だけで何とか避けてただけだし。むしろ、たった数合程度のやり取りで俺限界だったし……うん、だから母さんはすごいって!」

 

「そ、そう? そんなにすごかった? ま、まぁ、現役時代は、近接格闘じゃ上位10人には必ずランクインしてたし、ブランクあるとは言えそこまで落ちてないし・・・」

 

「そうそう。だから、落ち込むことないって」

 

「うん! そうね! 落ち込むことなんてないわね!」

 

 持ち直したアイリスを見て、イオリアは思った。

 

(やべー、母さんマジチョロい。父さん的にもチョロインだったんじゃ……)

 

 イオリアは、なんだが無性にアイリスとの馴れ初めをライドに聞いてみたいと思うのだった。

 

「さて、イオリア。今から大事な話をするから真剣に考えてね? あなたの今後に関わることだから。」

 

 イオリアが内心、失礼なことを考えていたことを知りもせず、アイリスは、真剣な表情でイオリアに話しかけた。

 

 その様子に、イオリアも居住まいを正して聞く姿勢をとる。

 

「まず、イオリア、あなたの武術の才能はそれほど高くないわ。いいとこ、並みより少し上といったところね」

 

「うっ……」

 

 アイリスのストレートな評価に思わず唸ってしまうイオリア。母親が格闘術のスペシャリストということもあり、自分にも才能があるのではと期待していたイオリアは、真っ向から否定され落ち込まずにはいられなかった。

 

「そんなに落ち込まないの。あなたには、それを補って余りあるほどの別の才能がある。それは、さっき見せた回避能力……いえ、危険を察知し、瞬時に分析・判断する能力と高い集中力という下地も合わせて考えるなら、危機対応能力というべきかしらね。この才能なら化物級といってもいいわ。」

 

「いや、そんな。息子を化物呼ばわりはひどくない?」

 

 イオリアは内心複雑だった。

 

 アイリスの称した危機対応能力だが、これはイオリアの才能というわけではない。前世で不幸体質が招いた数多の危機を回避し続けた結果手に入れた、純然たる努力の結晶だからだ。

 

 元軍人で相当上位にいた母をして化物級と言わしめたことを誇ればいいのか、それとも、これが才能でない以上、結局、自分には格闘センスがないということではと。

 

「そんな細かいことはいいのよ。重要なのは、あなたのその才能が、武術において大きなアドバンテージになるということよ。……ただ問題なのは、その才能が大きすぎることなのよ」

 

「大きすぎる? それの何がいけないんだ?」

 

「思い出してみて、さっきの模擬戦。最初、対応できる範囲では、教えた型を使っていたのに、能力に頼り始めた途端、一切型を使ってなかったでしょう? それはもう無様にゴロゴロと転がって、武術はどこいったって感じに。それが、さっき言った武術の才能があまりないという評価につながるんだけど……才能ある人は教わった型が拙くとも自然と出るものだし……」

 

「うっ、ぶ、無様……まぁ確かにそうだけど……」

 

「初心者のうちはいいわ。型を捨てて動くことができるから問題ないの。でも、中途半端に武術が染み付いたときが一番危険。半端な型が、本能的に動こうとする回避行動を阻害してしまう恐れがあるの。……だから、あなたには二択しかないわ。武術を習わず、基本的な運動能力だけ上げるか、若しくは、短期間で達人級まで鍛えるか。達人級まで武術の腕を磨けば、危機対応能力と完全に結びついて動きを阻害することもないでしょう。でも、当然厳しいわよ。格闘センスが高くないから余計にね。文字通り血反吐吐くことになるわ。……どうする?」

 

 アイリスの説明を聞いていたイオリアは、即答した。

 

「覇王流を教えてくれ」

 

 アイリスは目を丸くした。一瞬、息子は話を聞いていなかったのではないかと。そのため、思わず聞き返した。

 

「話聞いてた? 血反吐くほど厳しいのよ? もしかして、私が甘やかすと思ってる? だとしたら、考えが甘すぎるわよ。やるからには徹底的にやるわ。一切、妥協も容赦もしない。……私としては、武術からは手を引いてほしいわ。将来、軍人にでもならない限り、あくまで護身レベルで十分なんだし、イオリアの危機対応能力と魔法があれば十分よ? それに、イオリアには音楽もあるでしょう? 将来音楽家にでもなるなら、なおさらね?」

 

 アイリスは半ば説得するようにイオリアに語りかけた。

 

 武術をやる以上、本当に容赦するつもりはなかった。それが、イオリアのためだからだ。それでも、大事な息子に血反吐はかすような訓練をするのは気が引けた。正直やりたくなかったのだ。

 

 だが、そんなアイリスの願望も虚しくイオリアは、ブレのない真っ直ぐな声と瞳で返事をした。

 

 「全部わかってる。母さん。俺に覇王流を教えてくれ」

 

 アイリスはイオリアの瞳を見て、思わず息を詰めた。その瞳に宿るあまりに強い意志の力に気圧されたのだ。元軍人で、トップクラスの実力を誇り、多くの修羅場も経験しているアイリスが、だ。アイリスは必死に精神を立て直しイオリアに尋ねた。

 

「どうして、そこまで?」

 

 しばらく沈黙した後、イオリアは、

 

「母さん。俺、約束された未来なんてないと思ってるんだ。世界は、理不尽に溢れてて……病気か、誰かの悪意か、あるいは天災か、原因はいろいろだけど、命は簡単に奪われる。……失いたくないんだ。大切なものを。……血反吐吐くらいで、少しでも守れるものが増えるなら、俺はためらわない。……だから、母さん。お願いします。俺を強くしてください」

 

 そういって、イオリアは深々と頭を下げた。土下座の格好だ。しばらく、頭を下げ続けるイオリアを見ていたアイリスは、ふぅと息を吐くとイオリアに頭を上げさせた。

 

「イオリアの気持ちよくわかった。私も、覚悟を決めて、イオリア、あなたを強くする」

 

「っ、ありがとう! 母さん!」

 

 気持ちが通じて、喜ぶイオリア。しかし、次の瞬間には、顔が引き攣り冷や汗が流れた。

 

「ただし、イオリアが隠していること話してもらうわよ? 全部、洗い浚いね?」

 

 アイリスは笑顔だった。だが、細めた目の奥は全く笑っていない。顔は笑っているが、目は笑っていないという表情をイオリアは初めて見た。

 

(ムリ、これは逆らってはイケナイ!)

 

 イオリアの危機対応能力が早速大活躍だった。壊れた人形のようにコクコクと頷くイオリアに、アイリスは今度こそ笑顔を向けた。

 

「じゃあ、帰りましょうか。ライドもそろそろ帰ってくるだろうし、今日はルーベルス家家族会議よ」

 

 イオリアの隠し事とは、もちろん転生のことである。なぜ、分かったのか、いつから分かっていたのか。気になって帰り支度をするアイリスにチラチラと視線をやっているとアイリスが呆れたように笑った。

 

「あのねぇ、さっきのイオリアのセリフ思い出してみなさい。どう考えても、5歳児の言うセリフじゃないでしょ? 前から、幼児にしては精神年齢高すぎな言動はあったしね」

 

「ごもっとも」

 

 イオリアはそう応えるしかなかった。

 

 

 

 

 

「さて、イオリアから話があるんだって?」

 

 そう言って切り出したのは、仕事から帰ってきたライドである。既に、アイリスもリリスもリビングの席についている。ついでに、リネットはアイリスの腕の中だ。

 

「う~ん、実は・・・」

 

 イオリアは話しだした。

 

 前世のこと、不幸体質のこと、自然と鍛えられた危機対応能力のこと、結局死んだこと、アランとのこと、転生したこと。

 

 全てを話し終わった後、場はしんとしていた。あまりに現実離れしたイオリアの話を、自分なりに飲み込むにはそれなりの時間が必要だった。

 

「そんなことが……正直、信じ難いことだけど、でも、それならイオリアのこと全部説明がついちゃうのよね。……何より、嘘をいっているとは思えないし」

 

「そうだな、嘘をつく意味もないし、つくならもっとマシな嘘をつくだろう」

 

「ですね。坊ちゃまは昔から聡明でしたけど、15年生きた記憶があるなら納得できます」

 

「あ~う~!」

 

 最初に沈黙を破ったアイリスに続いて、ライド、リリスも納得したように頷いた。ついでに、リネットも頷いた。絶妙なタイミングだった。(やはり、妹は天才かもしれない。)そんな、シスコンぶりを発揮しつつ、

 

「信じてくれたようで何よりだ」

 

 どこかホッとしたような雰囲気で笑顔になるイオリア。それに対してライドが尋ねた。

 

「しかし、なんで今まで話さなかったんだ? ……まさかと思うが、俺たちが拒絶するとでも思ったんじゃないだろうな?」

 

 少し怒ったような表情で、実際、イオリアがそう思っていたなら怒るという雰囲気で、自分を見つめるライドにイオリアは苦笑いした。

 

「そんなわけないだろう? 父さん。ルーベルス家の親バカっぷりは、息子である俺が一番わかってるんだ。拒絶されるなんて想像したこともないよ。……話さなかったのは、単純に必要がないと思ったからだ」

 

「必要がない? どうしてだ? 前世では、相当辛い目にあったんだろう? 話して、少しでも楽になりたいとは思わなかったのか?」

 

「確かに、辛い目にあったけど、不幸だと思ったことはないんだ。長くは生きられなかったけど、胸を張れる人生だった。……俺はさ、前世のことを忘れるつもりはこれっぽっちもないけど、前世に縛られるつもりもないんだ。俺は、今、ここで生きてるんだ。斎藤伊織じゃない。イオリア・ルーベルスとして、アイリス・ルーベルスとライド・ルーベルスの息子として。……だからわざわざ前世のことを話す必要性を感じなかった」

 

 イオリアの話さなかった理由を聞き、アイリス達は思わず涙を流しそうになった。イオリアが、今を、自分たちをとても大切に思ってくれていることが伝わったからである。

 

 胸の内が暖かなもので満たされるのを感じながら、アイリスとライドは少しの嫉妬も感じていた。

 

 それは、前世のイオリアの両親に対してである。不幸体質というとんでもないハンデを背負っていながら、不幸ではなかったと言わしめたその深い愛情に、同じ子供の親として、自分たちは果たして、同等の、いや、それ以上の愛情を注げているのかと。

 

「まぁ、だからさ、母さん、修業の方よろしく頼むよ。もう、親より先に死ぬなんて、そんな最悪コリゴリだからさ」

 

 そう苦笑いしながら言うイオリアに、

 

「まかせなさい。いっそバグキャラ扱いされるぐらい鍛えてあげるわ!」

 

 と、満面の笑みで応えた。

 

「なら俺も、デバイス方面で強くしてやる。セレスをもっと魔改造してやろう。職権をフル活用してな!」

 

「私も、魔法方面でなら協力は惜しみませんよ、坊ちゃま!」

 

「あ~う~!」

 

 アイリス達が一斉に盛り上がる。本人以上にやる気に満ちているのは気のせいだろうか。

 

 イオリアは、おそらく再び職場の皆さんにかけるだろう迷惑を想像し、心の中で合掌した。そして、リネットの合いの手はやはり絶妙だった。

 

 

 

 

 

 そうして始まった本格的な訓練で、イオリアは10歳にして覇王流を一通り修めることができた。

 

 デバイスに関しても、セレスに登録されている楽器に、新たに地球産の楽器が加えられた。といっても、楽器の形状や機能に大差があるわけではないが。

 

 魔法の技術もかなり向上した。もともと、記憶が蘇ったころから魔力操作の鍛錬だけは毎日欠かさず行っていたので、魔法の構築に関しては教師であるリリスも舌を巻くほどだった。

 

 ただ、残念なのは、瞬間的な魔力の使用量の適性が低く、訓練の末、始めた当初はDランクだった魔力量がAAランクまで上がった今でも、一度に使える魔力量はBランク程度が限界であった。

 

 まさに宝の持ち腐れである。魔法に関しては、これから実戦向きの魔法を工夫していく必要があるだろう。基本的には覇王流の鍛錬だったので、魔法は基礎的なことしか向上させていない。というか、そんな余裕はイオリアにはなかった。

 

 さて、一応、覇王流を修めたイオリアは、魔法や音楽にも力を入れたい旨を、免許皆伝をもらいお祝いしていた家族パーティー中にアイリス達に相談した。

 

「ふふっ、こんなこともあろうかと、そのための準備は既に出来てるわ!」

 

 アイリスがドヤ顔でそう言った。それに乗るライド。

 

「ああ、この日のために、専門をユニゾンデバイスに鞍替えして、研究し続けてきたんだからな!材料も設備も万全だ!」

 

「うふふ、ついに私にも妹ができるんですね~楽しみです!」

 

「お兄ちゃん~、あ~んして~」

 

 盛り上がる家族にイオリアは顔を引きつらせた。あと、まったく空気を読まない妹にも顔を引きつらせた。でも天使だから許す。

 

 リネットにあ~んをしながら、イオリアは半ば確信し確認した。

 

「まさか、ミクテト?」

 

「もちろんだ!(よ)!」

 

 そう、あの日、転生のことを話した日にボカロのことも話したのだ。音楽の才能を説明するに際し、一緒に。

 

 その後、やたらミクテトのことを聞いてくるので、ボカロに興味あるのかと思っていたが、まさか、作成準備に入るためだったとは……

 

 イオリアは戦慄した。両親の暴走に巻き込まれた人たちはどれほどかと。

 

(今度は一体どれだけの人に迷惑かけたんだ! 関係者の皆さん、ホントすみません!)

 

 窓から見える空で、見知らぬ人々が疲れた顔でサムズアップする光景が見えた気がした。

 

「お兄ちゃ~ん、あ~んは?」

 

 ……妹よ。

 

 

 




どうでしたか?

戦闘描写も、シリアスを和らげるギャグも難しいですね。

改めて、文章を書く難しを実感しました。

次は、いよいよミクとテトの登場です。

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