重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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今回は、テオに対する妄想が暴走。


第21話 テオが可愛ければいいじゃない

 住民達の避難を完了させ、宿をとったイオリア達は今、ヘラス帝国第三皇女テオドラと宿の一室で向かい合っていた。

 

 テオドラが話したいというので席を設けたが、これ以上じゃじゃ馬振りを発揮する前に、迎えが来るまで監視しておくという意味も含んでいる。

 

「それで、お前達は何者なのじゃ? 帝国・連合関係なくなぎ倒し、戦火に巻き込まれた人々を救っているのは知っておるが……何が目的なんじゃ?」

 

 好奇心半分、皇女としての責務半分といった目でイオリア達を見つめるテオドラ。

 

 イオリア達はそれにどこまで答えるか少し悩む。いつかは、帝国の重鎮とも渡りを付ける気ではいたが、こんなにも早くこんな状況で出会うことになるとは流石に予想外だったのだ。

 

 イオリア達の情報収集の結果、紅き翼のメンバーは完全なる世界の罠にはまり指名手配を受けた後であることがわかっている。彼等の協力が欲しいことから、その行方を探してはいるが、戦火拡大のためあちこちに出向く必要があり、また赤き翼の潜伏能力も流石のものであることから、未だ手がかりすら掴めていない。

 

 イオリアとしては、この先、テオドラとアリカが夜の迷宮に誘拐され幽閉されるときを狙って、助けに来た赤き翼と接触するつもりであった。

 

 しかし、ここでテオドラの協力を得られるのなら、いつなされるかわからないテオドラとアリカの会談を待つ必要はない。これ以上の戦火拡大も防げるかもしれない。従って、イオリアは念話でミク達に相談し、テオドラにある程度計画を話すことにした。

 

「殿下、落ち着いて聞いてください。これから話すことは、誓ってでたらめではありません」

 

 そう前置きしたイオリアは話し始めた。完全なる世界の存在、その目的、魔法世界の崩壊と亜人の存在、その救済方法。

 

 黙って聞いていたテオドラは、青ざめて自分の体を抱きしめながらふるふると震えている。無理もないことだ。自分達が幻想と言われたに等しく、この世界の寿命があと30年程度しかない上、魔法世界が崩壊すれば自分達も消えると言われたのだ。平静を保てという方がどうかしている。

 

 テオドラの両サイドに腰掛けていたミクとテトがテオドラを抱きしめる。テオドラは、震える声で反論した。

 

「そ、そんなバカな話しがあるわけなかろ。でたらめじゃ! 妾達が……そんな幻想などと……そんなわけ。そうじゃ! 証拠は!? 証拠でもあるなら出して見せよ!」

 

 半ばパニックになり喚くテオドラに、イオリア達は自分達が異世界人であることをミク達のユニゾンデバイスとしての機能をもって示し、科学的見地、火星の地図との比較、人工異界創造の理論も交えて話した。

 

「そ、そんなもの証拠とはいわないのじゃ。お主等の勝手な妄想かもしれんじゃろ……」

 

 未だ、青白い表情でそう呟くテオドラ。

 

 イオリア達が少なくともこの世界の住人でないことと、それなりに説得力ある説明であることは理解できても、それを認めることは自分達の存在が幻と認めるに等しく、やはり納得することができない。

 

 そんなテオドラを見て、今まで黙っていたエヴァが口を開いた

 

「小娘、何をそんなに怯える必要がある? 今の話しの何処にお前を否定する要素があった?」

 

「そ、それは、しかし、妾達が幻想などと……」

 

「イオリアはお前達の生まれを話したにすぎん。幻想などと言っておらん。意志示せる者が幻想などであるわけがないだろ。貴様は自らの意志で我らに会いに来たのだろう?戦火の中を単身飛び込んできたのだろう?その意志は幻想か? 今こうして世界の真実に怯える心は? 今まで見て聞いて感じてきたものは偽物か? 答えろ、小娘」

 

「そ、そんなはずないじゃろ! 幻想であるものか! 偽物であるものか! 妾は! 妾は……」

 

「そういうことだ。幻想だの偽物だの……そんな言葉ごときに揺されてどうする?確かなものなどお前の中にいくらでもあるだろう。第三皇女様?」

 

「う、うむ。そうじゃな。その通りじゃ。妾はたくさん持っておる。これは幻想などではない」

 

 エヴァの言葉に少しずつ平静を取り戻していくテオドラ。

 

 流石、年の功だなぁ~と思ったイオリアは次の瞬間脇腹に肘鉄をくらい悶絶した。隣を見ると「いい度胸だ」と言わんばかりの表情でイオリアを睨むエヴァ。どうやら心を読まれたらしい。

 

 しばらくじっと何かを考え込むテオドラをイオリア達は黙って待つ。やがて、テオドラは決然とした表情で顔を上げた。

 

「それで、主等は妾に何を求めておる。何か求めるものがあるから妾に話したのじゃろう?」

 

 テオドラが完全に我を取り戻したのを確認し、イオリアは話を続けた。

 

 テオドラに頼むのは、アリカと秘密の会談の場を設けて欲しいというもの。

 

 訝しげなテオドラに、赤き翼と協力関係を築きたいこと、二人が会談すれば完全なる世界が動くだろうこと、そうすればアリカを助けに赤き翼がやって来るだろうことを説明した。

 

 なるほど、と頷くテオドラは可能な限り早く会談の場を設けることと、その場合にイオリア達に連絡することを約束した。その他にも、父である皇帝陛下や何人かの信頼できるものにも世界の真実を話すことで合意した。

 

 その後の世界救済計画(テラフォーミング計画)をスムーズに推し進めるためにも各国のトップの協力は不可欠であるから、予想外に早く帝国に話を通せることは僥倖であった。

 

 長く、重い話の連続に流石に疲れた様子で椅子に深く腰掛けるテオドラ。一口、紅茶で口を湿らせると「ふぅ~」と息を漏らした。

 

「まったく、お主等が何者か確かめに来たら、とんでもなく大きな話しになったのじゃ。妾ももう少し大人しくしておくべきなのかもしれんのう~」

 

「ふん、当たり前だろ。どこの世界に一人で戦場をフラつく王女がいる。もう少しと言わず大人しくしていろ。今頃、帝国は大騒ぎだろうに。このじゃじゃ馬が」

 

「な、なんじゃと! お主、さっきから偉そうじゃぞ! イオリア達は妾に敬意を持ってくれとるというのに! 大体、小娘ってなんじゃ! お主だってまだまだ小娘じゃろうが!」

 

 テオドラの言葉に素で突っ込むエヴァ。そんなエヴァに憤慨するテオドラは、エヴァに小娘扱いされるの我慢ならないらしく五歳も変わらなさそうなエヴァを小娘呼ばわりする。

 

 そんなテオドラの言葉に「あちゃ~」と手で顔を覆うイオリア達。エヴァの表情が楽しそうにニヤ~としており、ドSモードのスイッチが入ったからだ。

 

「ほほう、私が小娘か。くくく、おい小娘。私の本名を教えてやろう。感謝するがいい」

 

「ほ、本名? エヴァではないのか?というか本当に偉そうじゃな……」

 

「エヴァは愛称だ。ふふ、私の名はな、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」

 

「エヴァンジェリン?」

 

 エヴァの本名を聞き、「うん?どこかで聞き覚えが……」と首を捻るテオドラ。その様子を見ながらニヤニヤするエヴァ。やがて、何かに思い立ったのか「おお!」と声を上げポンと手を合わせる。

 

「そうじゃ、どこかで聞き覚えがある思えば、“闇の福音”と同じ名前ではないか。昔からよくイタズラをすると“ダークエヴァンジェル”が来るぞ! と脅かされたもんじゃ……はは、エヴァの親もすごいのぅ~、まさか“闇の福音”と同じ名にするとは」

 

 テオドラは笑いながらエヴァを見るがエヴァはニヤついたままだ。「なんじゃ?」とイオリア達は見回すが全員が目を背ける。

 

 何となく不穏な空気を感じたテオドラが不安そうにキョロキョロと辺りを見回し、そういえばさっきからテーブルの上に乗っているあの人形はなにかしらん? と目を止める。

 

 すると人形の首がぐりんとテオドラの方を向いたではないか。ビクッとするテオドラ。目を離せずマジマジと見ていると、その人形、チャチャゼロが「ケケケ」と笑い出した。

 

 思わず「ヒッ」と声を上げるテオドラは、そういえば“闇の福音”には他の呼び方もあったことを思い出す。そう、例えば“人形遣い”とか……

 

 ギギギと油を挿し忘れた機械のような動きでエヴァに顔を向ける。

 

 すると……

 

「で? 誰が小娘だって?」

 

 そう言ったエヴァの瞳は白目の部分が黒色に反転し、瞳孔は縦に割れ、綺麗だった碧眼は金色に変色していた。そして、ニヤーと笑みを浮かべる口元からは鋭い犬歯が二本。

 

 それを見たテオドラは一気に青ざめ、

 

「ほ、本物じゃ~! 助けてたもう! 妾は美味しくないのじゃ~! ふええ~ん、もうイタズラはしないのじゃ~許してたもう~!」

 

 泣きべそを掻きながら隣にいたミクの後ろに隠れガクブルガクブルと震える。

 

 エヴァはその様子を見ながら心底楽しそうに、ほ~れほれ! とテオドラに近づこうとする。

 

 そんなエヴァの脳天にイオリアのチョップが突き刺さった。「ひん!」という情けない悲鳴を上げ頭を抱えながら蹲るエヴァ。

 

「な、何をする!」

「何をじゃねぇよ。なに本気でビビらせてんだ」

 

 「はぁ~」と溜息をつきながら呆れた目を向けられ若干気まずそうにそっぽを向くエヴァに、ミクやテトからも呆れの視線が届く。

 

 その後、不貞腐れたエヴァを放って置いてスンスンと鼻を啜るテオドラを慰め、エヴァのことも何かあったらお仕置きするから大丈夫だよと安心させた。

 

 エヴァは、「私は猛獣か!」と怒ったが、テオドラがビクッとしたので「大きな声出すな!」とイオリア達に怒鳴り返されシュンとして部屋の隅でチビチビ酒を飲み始めた。

 

 その様子をみたテオドラが、トコトコとエヴァの下へ向かい、服の端をチョンチョンと引っ張る。そして「怖くないのじゃ。」とエヴァを気遣う。

 

 そんなテオドラに「む、……さっきは悪かった」と驚くべきことに素直に謝るエヴァ。ついでとばかりにテオドラの頭を撫でる。テオドラも大人しく受け入れていた。いつの間にやら友情が出来上がっている。

 

 イオリア達は生暖かい目でそんな二人を見守っていた。

 

 しばらく、まったりしているとイオリア達の表情が真剣なものに変わる。それに気がついたテオドラが何事かと尋ねる。

 

「……包囲しようとしてるな。ピンポントでこの宿を。う~ん、サーチャーからの映像を見る限り帝国兵だな。……多分、テオのお迎えだろう」

 

 イオリア達はこの宿に入る前にサーチャーを展開しておいたのだ。お迎えの帝国兵と追っ手の連合兵の区別をつけるために。

 

 ちなみに、テオドラの呼び方がテオに変わっているのはテオドラたっての希望である。

 

「うむ、ようやく来たか。遅かったの~」

 

 呑気なテオドラの発言に、コイツ本当に反省してるのか? と疑いの目を向ける一同。

 

 そんなイオリア達に「じょ、冗談じゃ」と冷や汗を流しなら立ち上がる。イオリア達もついて行くつもりだ。皇帝陛下に渡りを付けるにしてもイオリア達が行かねば、到底信じてもらえないだろう。テオドラに続いて宿の外に出る。

 

 宿の外では、既に包囲が完成し、帝国兵がところ狭しと武器を構えていた。そんな中、隊長らしき人物が進み出る。

 

「テオドラ様! ご無事ですか!」

「うむ、面倒をかけた。妾は無事じゃ」

 

 テオドラの言葉に安堵の吐息を漏らす隊長。だが、直後、怒りを含んだ強烈な殺気がイオリア達に叩きつけられる。「あら?やばくない?」と眉をしかめるイオリア達。その推測は当たっていた。

 

「総員戦闘態勢! ヤツ等を捉えろ! 抵抗すれば殺しても構わん!」

「な、なんじゃと!」

 

 隊長の号令に驚愕するテオドラ。慌ててイオリア達を弁護する。

 

 「待つのじゃ!この者達は、妾の恩人じゃ!手を出すなど妾が許さんぞ!」

 

 その言葉に、隊長が一瞬逡巡するも、直ぐに気を取り直し部下に拘束を命じる。

 

「申し訳ありませんが、彼等は我が軍に多大な被害を出している噂の集団でしょう。また、人間である以上連合の間者とも限りません。逃がすわけにも、拘束しないわけにも行きません」

「じゃが!」

「それに、これは皇帝陛下のご命令です」

「ぬぐぅ……」

 

 そんな隊長とテオドラのやりとりに、こうなることは半ば予測していたことなので、イオリア達は大人しく跪いた。

 

「ああ~取り込み中悪いが、俺達は構わない。事情聴取くらい受けられるだろう? なら、今は大人しくしているさ」

 

 聞き分けのいい態度に隊長が胡乱な目を向けるが、隣で敬愛すべきテオドラ皇女がガルルと唸っているので、取り敢えず乱暴な扱いは止めておこうと部下に命じた。

 

 一行は、ヘラス帝国へ向かう。

 

 

 

 

 

 帝国に連行されたイオリア達は現在、牢屋に入れられていた。まぁ、帝国兵も容赦なく薙ぎ倒してきたので仕方のない措置だろう。いざとなれば、いつでも抜け出せるので今はテオドラが皇帝陛下に渡りをつけてくれるのを待つだけだ。

 

 そうこうしている内に、お迎えが来た。イオリア達は拘束されたままではあるが、どうやら謁見することが叶うようだ。

 

 イオリア達が連れてこられたのは謁見の間ではなく、どちらかといえば執務室とか書斎といった風の部屋だった。

 

 中には、不貞腐れたような表情のテオドラがソファーに腰掛けており、その隣にはヒゲをたっぷり生やした恰幅のいい褐色肌に二本角の壮年の男が困ったようにテオドラをチラチラと眺めている。

 

 おそらく、この男が皇帝陛下なのだろうが、まるで娘の機嫌を取ろうと右往左往する親バカにしか見えない。

 

 イオリア達を連れてき文官風の男が「うおほん!」と咳払いする。それに、「分かっておるわ」と言いたげな不機嫌そうな表情で応え、居住まいを正し、威厳に満ちた表情をしだした。もう、遅いと思うが。

 

 皇帝陛下が名乗りを上げ、イオリア達に話し始める。

 

「さて、娘から話は聞いている。一先ず、礼を言っておこう。我が娘の窮地を救ってくれたこと心より感謝する。……この子は昔からお転婆でな、上の二人と違って本当に手がかかって……いや、そこがまた可愛らしいのだがな?今回のように危ない目にあったことも一度や二度ではないのだ。ワシも厳しく注意するのだが、一向に言うことを聞いてくれん。いや、そんな我が儘なところも可愛いのだがな? ん? お前達もそう思うだろ? わしが構うと嫌がる素振りを見せおるのに、結局、父上、父上と後を追って来てな、それがもう可愛くてい可愛くて! 上の二人はとんと我が儘など言ってくれんしな~だからテオの話ならパパはいくらでも聞いてやりたいと思っておるのだぞ。ただ、さっきの話しは幾らなんでも「父上なんて嫌いじゃ!」もちろんテオの言うことなら信じるとも! この世界の住人が作られた? 魔法世界崩壊の危機? うむ、まさに世界存亡の危機だ! な? 信じるから、この者達の話もちゃんと聞くから、だから機嫌を直しておくれ。父上大好きといっておくれ! テオ~」

 

 途中から完全にイオリア達を無視してテオドラに話しかける皇帝陛下。どうやら、皇帝陛下にとっては世界の危機より親子関係の危機の方がよほど重大らしい。

 

 帝国は大丈夫なのだろうか。テオドラが完全なる世界の息のかかった人物なら帝国は世界一チョロイ国と呼ばれることだろう。ていうかパパって何だパパって。

 

 未だプイとそっぽを向くテオドラと必死に機嫌を直そうと奮闘する皇帝陛下。イオリア達の目が隣で青筋を浮かべている文官に向く。文官は静かな声で皇帝陛下に呼びかけた。

 

「陛下。それくらいに――「黙れ!今テオと話してるのがわからんのか!引っ込んでいろ!」……」

 

 文官さんの血管がヤバイ感じになっている。見かねたイオリアがテオドラに事態収拾を頼もうと視線を送る。

 

 それに気がついたのか若干気まずそうに「うむ」と頷くと父親に向かって話を聞くよう促した。しかし、

 

「……テオ。今、そこの男と目で通じ合わなかった? ま、まさか……いかん、いかんぞ! パパは絶対認めんからな! こんなどこの馬の骨ともしれんヤツなど! おい、貴様! テオに一体何をした! ハッ、そうか……窮地に格好つけて誑かしたのか! この外道め! 帝国にケンカを売ったこと後悔させてくれるわ! おい、誰か! 誰かこの男――「父上なんて大ッ嫌いじゃ!」……なん……だと?」

 

 テオドラの大ッ嫌いに呆然とする皇帝陛下。いろんな意味でここに来たのは間違いだったかもしれないとイオリアは溜息をつきながら思うのだった。

 

 ようやく皇帝陛下が落ち着きまともに話しができるようになった。

 

 話の内容は、テオドラに話した通りだ。皇帝陛下も情況証拠だけとは言え、明確に否定できる材料もないことから、一応の納得は見せた。一笑に付して世界が終わりましたではシャレにならないのだ。

 

 イオリア達の持つ技術やエヴァの正体とその魔法知識が説得力を上げていたのもある。

 

 結局、アリカとの会談と必要な場合の協力体制をとることで合意した。

 

 ちなみに、アリカとの会談にはテオドラが出向くことになった。このことでまた皇帝陛下が親バカモードになったのだが、テオドラが頑として譲らず紆余曲折を経て陛下が折れる形になった。

 

 なお、魔法世界崩壊等の話は、今のところ陛下と数人の側近しか知らない。無用な混乱を防ぐためだ。

 

 会談の日時が決まったら連絡を取り合うと約束し、イオリア達はその日まで再び救助活動に勤しむことになった。

 

 ヘラス帝国の皇帝陛下がいろんな意味でヤバイことを知った日かしばらく経ったころ、イオリア達はいつもの如く連合の進行ルート上の村の住民達を避難させていた。

 

 全員を避難させつつ、イオリアは【円】や音を頼りに村に残っている者がいないか確認する。村は閑散としており人の気配はない。踵を返しミク達の下へ戻ろうとしたその時、民家の脇の小池に反応があった。どうやら、何者かが転移してきたらしい。

 

「やぁ、はじめまして。スケトシアのリーダーかい?」

「俺のどこが“清らかな乙女”に見えるんだ? アァ?」

 

 ハンター世界以来、どうも納得し難い名称で呼ばれることが多く、若干やさぐれたように反応してしまうイオリア。

 

 それを「フッ」と鼻で笑いつつ、気取った感じの若い男がイオリアの方へ歩いてくる。その男の白い髪を見て、イオリアはそれが誰か察した。

 

「ちっとも見えないね。君の連れも一人は“清らか”とは程遠いんじゃないかい? 彼女をどうやって篭絡したのか是非聞きたいね」

 

 気障ったらしい態度とセリフに内心イラッとしながら、彼等が接触してくる可能性は頭にあった。特にエヴァは、彼等の頭、造物主により真祖に変えられているのだから、彼等が注目しないはずもない。

 

 そう、今、イオリアの目の前にいる気障男はアーウェルンクスシリーズの一番目“プリームム”である。

 

「なんだ? 育児放棄した親父さんに聞いてこいとでも言われたか? 人使いが荒いんだな、いや人形使いか?」

 

 イオリアの返しに一瞬表情が抜け落ちるプリームム。だが、直ぐに笑みを浮かべると殺気を放ちつつ首を傾げる。

 

「……随分といろいろ知っているようだね。今日はちょっとした偵察のつもりだったのだけど……どうやらこのままというわけには行かないようだ。一緒に来てもらおうか?」

 

「それはごめん被る。まだ、そちらの全戦力を相手にしながらトップ会談できるかは怪しいところなんだ。焦らなくても近い内に会いに行くから今日のところは大人しく帰ってくれないか?」

 

 イオリア達が即行で完全なる世界の本拠に行かないのはそういう理由だ。少なくとも、プリームムを始め一騎当千の相手が五人はいるはずであり、場合によっては数体のアーウェルンクスが起動する可能性もあり、さらに自動人形や召喚魔が軍団規模でいるのだ。

 

 その中で、造物主にテラフォーミング計画への賛同を説得することは至難の技である。

 

 メガロの元老院や他の犯罪組織の相手をしてテラフォーミング計画の足を引っ張られるわけには行かないので、完全なる世界のコネクションはそのまま利用したいし、魔法世界の維持管理も彼等ほど適任はいないのだ。

 

 そのためにも、造物主とは邪魔されずに話し合わなければならない。イオリア達が赤き翼の協力を求めるのはそういう意味もあるのだ。

 

「まるで、僕等全員を相手にできる可能性もあるように聞こえるけど?」

「可能性は高いほうがいいだろ?」

 

 しばらく無言で見つめ合うイオリアとプリームム。生暖かい風が吹き、両者の間に草木を舞わせる。沈黙を破ったのはプリームムの方だった。

 

【瞬動】で一気に踏み込みイオリアの顔面に拳を放つ。その【瞬動】は既に縮地の域だ。並みの人間では視認できないだろう。

 

 だが、イオリアはバックステップで避ける。追撃するように、プリームムの指輪が光を放ち魔法が発動する。

 

「石の槍」

 

 文字通り、四本の【石の槍】がイオリアに殺到する。

 

 それに対してイオリアも三本を拳で破壊し、残りの一本をそのまま投げ返す。

 

――覇王流 旋衝波

 

 投擲物を投げ返す技だ。

 

 しかし、投げ返された【石の槍】はあっさりプリームムの手前で砕け散った。

 

 イオリアは眉を潜め【凝】をする。すると、曼荼羅状の多重障壁がプリームムを中心に展開されているのがわかった。「ああ、そういえば」と納得しながら、魔法の詠唱をしているプリームムに合わせて魔法を詠唱する。

 

「ヴィシュタル・リシュタル・ヴァンゲイト、小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ、時を奪う、毒の吐息を、石の息吹。」

「アルス・ノーバ・アド・リビドゥム、障壁突破、石の槍」

 

 プリームムの魔法が発動され石化の煙がイオリアを襲う。おそらく生け捕りを考えてのことだろう。

 

 それに対してイオリアはプロテクションを張りながら、障壁破壊機能を付与した【石の槍】を放った。

 

 煙がイオリアを覆いその姿を隠す。同時に、煙の中からイオリアの【石の槍】が飛来し、プリームムの多重障壁を何枚か貫通して砕け散った。どうやら、【石の槍】程度ではアーウェルンクスシリーズの多重障壁を突破することはできないらしい。

 

 プリームムは、石化の煙に飲まれたイオリアに嘲りの声を掛ける。

 

「全くなってないね。期待はずれもいいところだ。やはり、ナギ・スプリングフィールほどのっ――!?」

 

 言葉の途中でその場を飛び退く。直後、プリームムの足元から極細の糸が無数の針となって飛び出してきた。

 

――操弦曲 針化粧

 

 極細の糸による刺突攻撃だ。しかも、【周】が施されており飛び退きながら咄嗟に張ったプリームムの障壁をあっさり貫通した。どうやら足の直下にまで曼荼羅の障壁は効果が及んでいないらしい。まぁ、絶対とは言えないが。

 

 プリームムが地面は危険と判断し空中に浮遊するのと、イオリアの起こした風の魔法で石化の煙が振り払われるのは同時だった。

 

 プリームムは【虚空瞬動】によりイオリアの背後に回り、震脚とともに強烈な拳撃を放つ。

 

 イオリアはそれを見もせず回避し、体を捻りながら右足でプリームムの頭部へ蹴りを放つ。

 

 プリームムはそれを一歩引くだけで回避した。

 

 死に体となったイオリアに今度こそ強力な拳を放とうと踏み込んだ瞬間、イオリアの蹴り足がピタリと止まり膝から下が急激に引き戻される。

 

 踵がプリームムの後頭部を穿つも障壁で止められる。しかし、イオリアは止まらず軸足で跳躍するとそのままプリームムの首に足をかけ両足で首を極める。

 

 そして、そのまま体全体を捻りプリームムの頭部を地面に叩きつけた。

 

――圓明流 斗浪

 

 常人なら首の骨を折りながら頭部を破壊されているところだが、さすが【土】のアーウェルンクス。膂力と耐久力はシリーズ最高なだけはあり、ダメージが通った様子もなく、頭部を地面にめり込ませたまま、周囲の砂塵を操りイオリアを襲う。

 

 イオリアはバク転をしながら距離をとりつつ、同様に砂塵を操り相殺する。

 

 距離をとったイオリアに起き上がりながらプリームムが詠唱した。それにイオリアも合わせる。

 

「万象貫く黒杭の円環」

「万象貫く黒杭の円環」

 

 全く同じ魔法がほぼ同時に発動し相殺していく。プリームムはさらに詠唱しながら【瞬動】でイオリアに迫る。

 

「ヴィシュタル・リシュタル・ヴァンゲイト、小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ、その光、我が手に宿し、災いなる、眼差しで射よ、石化の邪眼」

 

 近接格闘を仕掛けながら、イオリアの両腕を弾き態勢を崩した上で、プリームムの右目から至近距離で石化の光線が放たれる。

 

 しかし、その光線はイオリアを逸れて明後日の方向に飛んでいく。いつの間にかプリームムの足に巻きついていた糸がプリームムの態勢を僅かに崩したからだ。

 

 その一瞬で、イオリアは接近しプリームムの懐に踏み込んだ。そして、その水月に拳を添える。プリームムが密着するイオリアに拳を振り下ろそうとするが直後、ズドンッという衝撃音とともにプリームムの体が宙に浮く。

 

「かはっ!?」

 

 浮いたプリームムの死に体にイオリアは足先から練った力を余すことなく拳に収束しプリームムに放った。ズバンッという凄まじい音と共にプリームムの体が水平に吹き飛ぶ。

 

 地面に両手両足をついて衝撃を殺しながら何とか着地するプリームムの腹部は拳大に大きく陥没していた。

 

――圓明流 虎砲 及び 覇王流 断空拳

 

 イオリアが得意とするコンボだ。

 

 イオリアは追撃をかけようとする。

 

 その瞬間、

 

「水妖陣」

 

 プリームムの詠唱と共に水の手が複数現れイオリアにまとわりつく様に拘束した。

 

 今度はプリームムが踏み込もうとした瞬間、バンッという破裂音とともに【水妖陣】が破壊される。

 

――アンチェインナックル

 

 脱力した静止状態から拳圧を発生させバインドやシールドを無効化する技だ。

 

 踏み込もうとしていたプリームムは、やれやれと肩をすくめ、イオリアに話しかけた。

 

「なるほど、前言は撤回させてもらうよ。君はどうやら、ナギ・スプリングフィールド並に厄介なようだ。……いや、君達は、かな?」

 

 そう言ってプリームムは周囲を見渡した。いつの間にか四方を囲まれていることに気がついたようだ。そこにいるのはもちろん、ミク、テト、エヴァ、チャチャゼロである。

 

「ふん、コイツが造物主の人形か。人形師としての腕は三流だな」

 

 そう言って踏ん反り返るエヴァにミクとテトが苦笑いする。エヴァの物の言いに顔を僅かに歪めるもののスルーするプリームム。

 

 どうやら、自分の状況が切迫していると考えているようだ。

 

「どうやら、死力を尽くす必要があるようだ。僕を追い詰めるのはナギ・スプリングフィールドだと思っていたのだけどね。本当に、色々邪魔が入るものだよ。僕達は世界を救済したいだけなんだけどね?」

 

 態と興味をそそる言い方をしているのだろうが、あいにくイオリア達は全部知っている。

 

 プリームムもイオリアの情報量に驚いていたようだから、対して意味のある言葉でもないのだろう。少しでも気を引ければ僥倖といったところか。

 

 だが、イオリア達にプリームムをどうこうするつもりは端からない。故に、イオリアは苦笑いで返す。

 

「それは、俺も同じ気持ちだ。だから、あんたはコレを持って帰ってくれ。造物主に渡して欲しい」

 

 そう言って、イオリアは【魂の宝物庫】から封筒を取り出し、プリームムに投げ渡した。中身は、イオリア達の魔法世界救済計画の概要が書かれた計画書が入っている。

 

 イオリア達もこれだけで取り合ってもらえるとは考えていないが、意識には入るだろう。後の説得で手間が省ければ御の字ということだ。

 

 プリームムは胡乱な表情で封筒を見る。特別な封印もされていない書類が入っただけの封筒だ。

 

「……僕を殺すチャンスだと思うのだけどね。本当にいいのかい?」

 

 イオリアは肩をすくめるだけで何も答えず、代わりに強制転移魔法を展開する。ベルカ式の魔法陣がプリームムの足元に浮かび光が包み込む。

 

 驚愕するプリームムにイオリアは伝言を頼んだ。

 

「造物主に伝えてくれ、“俺達は貴方達を必要としている”ってな」

 

 その言葉を最後にプリームムはオスティア近辺に転移させられた。

 

 ふぅ~と息を吐くイオリア。この世界最強レベルとの戦闘はやはり気の張り詰めるものだったらしい。しかも、今回は魔導を使わないという縛りつきだ。最終的に造物主と戦闘になった場合、魔導は強力なアドバンテージになる。従って、プリームムにはあまり見せたくなかったのだ。

 

 最後にベルカ式の転移魔法を見せたのは、後の戦闘に影響なく、渡した計画書に信憑性を持たせるためである。プリームムなら未知の魔法を使っていたと報告するだろう。

 

「で? どうだった?」

 

 傍に寄ってきたエヴァが尋ねる。

 

「う~ん。強いな、やっぱり。……だが、本気モードのエヴァに比べると一段、いや二段くらい落ちるかな」

「それなら即行で攻めにいっても行けたのではないか?」

「いや、流石に造物主相手に他に気は回したくない。完全なる世界の協力があるかないかで計画の進行が数年単位で変わるんだから」

 

 イオリアの言葉に「まぁ焦っても仕方がないしな」と納得するエヴァ。

 

「早く、赤き翼と協力関係作れるといいですね」

「うん、テオがアリアドネーにも話を通してくれてるし、赤き翼の協力が得られれば戦闘準備万端になるのにね」

 

 さっさと出てこいや!という面倒くさそうな表情をするミクとテトに苦笑いしながらイオリアが宥める。

 

「まぁ、テオが今、会談をセッティングしてくれてるし、待つしかないな」

 

 「はーい」とハモりながら返事をするミクとテト。

 

 イオリア達は、造物主の反応を想像しながら、「もうすぐ運命の相手(笑)と会えますね~」というミクやテトのからかいに怒ったエヴァが二人を追い掛け回すという和気あいあいとした雰囲気で仮宿へと帰るのだった。

 

 それから数日後、ついにテオから会談の日時が決まったと連絡が来た。

 




いかがでしたか?

テオとエヴァのやり取りにニマニマして頂ければ嬉しいです。

皇帝陛下のキャラが気がついたらすごいことに・・・
反省も後悔もしていない。
だって、テオが娘だったら絶対親ばかになる自信があるから。

プリームムさんも出してみました。
まぁ、だから何ということなんですが・・・

次回は、遂に彼らが登場します。ネギま編もそろそろ終わりかな・・・

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