重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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ネギま編クライマックス。

感動的なセリフってどうすれば思いつくのでしょう?
涙腺崩壊させる作者さん達をマジ尊敬します。


第23話 天上の音楽

 ウェスペルタティア王国王都オスティア空中王宮最奥部“墓守り人の宮殿”。そこは、無数の浮島と雲海に囲まれ神秘的な場所だった。

 

 そんな“墓守り人の宮殿”を見渡せる浮島の森の中で、突き出した太い木の枝に腰掛けている紅毛の少女が一人。テトである。彼女は今、イオリアの指示で宮殿を監視していた。

 

「ホント、綺麗なとこだね。マスターにも見せてあげたいなぁ」

 

 テトは片膝を立てながら顎を乗せ宮殿をジッと眺める。ここに来るまで相当な数の警備をくぐり抜けて来たのだが、この浮島に身を隠してからは実に穏やかで、ぶっちゃけると少し退屈気味である。

 

「待っててね、アスナちゃん。直ぐ迎えに行くからね」

 

 そう独り言を呟くテト。

 

 そう、テトの任務とはアスナの救出である。造物主の説得に当たり世界崩壊の儀式を強行されては堪らないので、サクッと確保しておこうと言うことだ。

 

 アスナを確保してしまうと、彼女は完全なる世界の計画の要なので事態が直ぐに動いてしまう可能性がある。

 

 そのため、赤き翼の協力を取り付けるまでテトはこの場所で待機しているのだ。

 

 イオリアから合図がくれば直ぐにでも動けるように。隠蔽レベルを最大にしたサーチャーで宮殿内を探索し、既にアスナの居場所は特定している。

 

「でも、中々スリルがあったね。救出は慎重かつ大胆に行かないと」

 

 宮殿内には強者がゴロゴロしており、探索中は流石のテトも冷や汗を掻いたものだ。

 

 何せ、見えない感じないハズのサーチャーに時々反応する輩ばかりなのである。おそらく、アスナの救出では、最初から最後までバレないということはないだろう。

 

 テトは、幾通りものパターンをシミュレートしながらイオリアの合図を待つ。

 

 そして、その時は来た。イヤリングを通してイオリアの声が届く。

 

(テト、聞こえるか?)

「うん、マスター。聞こえるよ。準備OKってことかな?」

(その通りだ。アスナを頼む。……だが、決して無理するな。ヤバイと思ったら即行で逃げろ。アスナの確保は後でも十分間に合うんだからな)

「ふふ、わかってるよ。ボクに何かあったらマスターが泣いちゃうもんね? 無理はしないから、大丈夫。任せて。」

(……分かってるならいい。じゃ、頼んだ)

「了解、マスター」

 

 テトのからかうような言葉に、若干照れたような声で通信を切るイオリア。テトの顔に笑みが溢れる。

 

 テトは一つ両手で頬をパシンと叩き気合を入れると、「よし!」と言って幹の上に立ち上がった。そして、ベルカ式の転移魔法陣を起動する。

 

「任務開始!」

 

 その宣言と共に光に包まれたテトの姿が消えた。

 

 “墓守り人の宮殿”外部のテラスにベルカ式魔法陣が浮かび上がる。そして光と共にテトが現れた。

 

 アスナのいる部屋の場所は特定しているが、小さいながら反魔法場が形成されているようで、転移魔法が阻害される可能性があるため直接の転移はしない。

 

 ベルカ式転移魔法は異世界製で危害を加えるものでないから使用できる可能性は高いが、最重要人物の部屋に何の仕掛けもないとは考え難いので念のためだ。

 

 そのため、テトは、アスナのいる場所から直線で最も近いテラスに転移したのだ。

 

「アデアット」

 

 テトの指に紅い石の付いた指輪が装着される。テトは、両手をパンッと打ち合わせて壁に向かって両手を当て、アスナのいる部屋の座標を目掛けてアーティファクト【賢者の指輪】を発動させた。

 

 紅い放電現象と共にアスナのいる場所を目掛けて一直線に階段付きの穴が出来上がる。さらには、アスナの部屋も彼女を避けるように一気に作り替えられた。

 

 これが、アスナ救出作戦にテトが選ばれた理由である。どんなに複雑な構造だろうと、どんな罠が仕掛けられていようと、「だったら建物ごと作り替えればいいじゃない!」という発想である。

 

 テトは出来た通路を高速機動で一気に駆け下りる。そして、突然、周囲が作り替えられキョトンとしているアスナの隣に降り立った。

 

「……誰?」

 

 これまた突然現れたテトに無表情ながら不思議そうな表情で質問するアスナ。それに、テトは微笑みながら片膝を着きアスナと目線の高さを合わせる。

 

「お迎えに上がりましたよ、お姫様。皆が待ってるから一緒に行こう?」

「皆?」

「うん、アリカさんとかナギくんとか……知ってるでしょ? 皆、アスナちゃんに会いたいって。皆、明るい場所でアスナちゃんが来るのを待ってる。だから……ね?」

 

 そう言ってそっと手を差し出すテト。アスナはそれをジッと見た後、

 

「うん」

 

 重ねるようにテトの手を取った。

 

 テトは微笑みを深くしながら転移魔法を起動しようとする。が、その瞬間、周囲一帯が砂のように砕け散り発生した砂塵がテトを襲った。

 

 テトは「うげっ、もう来た!」と内心舌打ちしながらアスナを抱えて来た道を駆け戻る。アスナの体に負担が掛かるので高速機動は使えない。

 

 それでも【瞬動】を使いながら通路の中腹まで一気に駆け上る。アスナはテトの首元に目を瞑ってギュッと抱きついている。その温もりを離さないように片腕でしっかり抱きかかえながら、【円】に反応した追っ手を迎撃するためアルテを抜く。

 

「連れて行かれては困るね、お嬢さん」

 

 いつかの気障男が通路を猛スピードで駆け上がってくる。そして、魔法を詠唱する。

 

「ヴィスュタル・リシュタル・ヴァンゲイト、小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ、時を奪う、毒の吐息を、石の息吹!」

 

 石化の煙が通路全体を覆いながら急速にテトに迫る。アスナは攻撃魔法に関しては絶対的な魔法無効化能力を持っているため遠慮がない。

 

 しかし、この手の範囲攻撃は魔導師には効果がない。

 

 テトは煙に覆われる寸前でプロテクションを張ると、アスナがしっかりしがみついているのを確認して、一瞬、両手を合わせると壁に手を当てる。

 

 すると、今まで通路だった部分が元の壁に戻っていき、プリームムを閉じ込めた。数秒しか持たないだろうが今は十分だ。

 

 石化の煙を飛び出しテトはテラスに着地する。

 

 直後、テトの着地の間際を狙ってか、特大の火炎と水流が互いに交わり渦を巻きながら襲ってきた。

 

 水蒸気をまき散らしながら迫るそれに、テトはアルテを向け発砲する。ドパンッという発砲音と共に吐き出された弾丸は火炎と水流のど真ん中に突き刺さり、次の瞬間、パキャンというガラスが割れるような音を立てて霧散させた。

 

 テトの念能力【拒絶の弾丸】である。

 

「むっ!?」

「なに!?」

 

 水蒸気が辺りを覆う中、襲撃者の驚愕の声が響く。完全なる世界の使徒「炎のアートゥル」と「水のアダドー」である。

 

 水蒸気の中からアスナを抱いたテトが飛び出し、再びベルカ式魔法陣を展開した。しかし、そこへ、ゴバッという音と共に壁を砕いてプリームムが現れ、一瞬でテトの背後を取った。

 

「チェックメイトだよ」

 

 そう言って、石の剣をテトの首元目掛けて振り下ろす。しかし、その斬撃がテトの首を落とすことはなかった。プリームムの剣は、あっさりテトをすり抜けたのだ。全く手応えなく。

 

 それに顔を顰めるプリームムは周囲を見渡し、晴れかけた水蒸気の中から、アスナをお姫様抱っこしながらウインクするテトの姿を見つけた。その足元には既にベルカ式の魔法陣が展開されており、発動の直前だった。

 

「くっ!」

 

 慌てて、駆け寄ろうとするが次の瞬間には光が二人を包みその姿が消えた。次いでに、プリームムの眼前のテトとアスナも消えた。

 

 テトは周囲を水蒸気が包んで自分達の姿を隠した瞬間、【絶】をして気配を殺しながら【幻術魔法:フェイクシルエット】によりテトとアスナの幻影を作り出し離れたところで本体の動きを映し出したのだ。

 

 しかも、この【フェイクシルエット】は、幻術でありながら【オーラ】が添付されており気配を持っているのである。プリームムもまんまと騙された形だ。

 

 追跡の魔法を使おうにも、ベルカ式の魔法は科学的な空間転移でありこの世界の転移魔法とはかけ離れているので追うことはできなかった。

 

「くそっ! 黄昏の姫巫女を奪われるなんて!」

 

 激昂するプリームムに中性的で深みのある声がかけられる。

 

「プリームム」

「主! 申し訳ありません。黄昏の姫巫女を……」

 

 プリームムが呼んだ通り、黒いローブを羽織った存在“造物主”がいつの間にかそこに佇んでいた。造物主はプリームムの謝罪に頭を振る。

 

「奪われたものは仕方ない」

「直ぐに追います」

「不要だ」

「なっ、しかし!」

 

 黄昏の姫巫女ことアスナがいなければ、完全なる世界の“世界を終わらせる儀式”は行えない。アスナを奪われたままというわけには絶対にいかないのだ。

 

 それ故、思わず語気を荒げるプリームム。それを手で制止し、踵を返してテラスの外縁へ歩きながら着いてくるよう促す。

 

「ヤツ等は、自分達の計画のために我々を欲している。黄昏の姫巫女を連れて行ったのは万一のためだろう。ならば、何もせずともヤツ等の方から来る。私の協力を取り付けるために。我々はそれを待ち構えていれば良い」

「それは……そうですが……」

「備えよ、決戦となろう」

「承知しました」

 

 プリームムは造物主に軽く頭を下げるとそのまま宮殿の奥へ消えていった。テラスから沈む夕日を眺めながら、造物主はポツリと呟く。

 

「……“どうか、あなたの優しさをもう一度”か」

 

 それは、プリームムが持ち帰ったイオリア達の世界救済計画のレポートの最後に書かれていた一文だ。造物主は、その言葉を思い出し自嘲気味に笑う。

 

「そんなもの私にあったかな?」

 

 イオリアの計画が成功すれば、魔法世界崩壊の不可避性という難題は解決することになる。イオリアのレポートにはその実現が現実的なものであると信じさせるだけの説得力があった。

 

 しかし、それでも……

 

「人間は度し難い。そうまでして救う価値があると本気で思うのか?……イオリア・ルーベルス」

 

 2600年もの間、この世界を見守り続けた“神”の絶望は深かった。人々の願望や後悔から計算して作り上げた、幸せに満ちた幻想の楽園「完全なる世界」に全てを封じてしまおうと考えるほどに。

 

 完全なる世界は、魔法世界の人々を救済する方法であると同時に、造物主の絶望を終わらせる方法でもあったのだ。自らが作り上げた世界の夕日を見ながら空虚な瞳をする神様は果たして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「アスナ!」

「姫子ちゃん!」

 

 テトにお姫様抱っこされて現れたアスナに、驚愕しながらも駆け寄るアリカとナギ。

 

 テトは、未だ目を瞑り首元にしがみついたアスナをそっと地面に下ろした。

 

 自分を呼ぶ声とテトが降ろそうとしている気配に気がつき、目を開けたアスナは、キョロキョロと辺りを見回し、微笑むテトを、次いで真っ赤に輝く夕日を見て、最後に駆け寄ってくるアリカとナギの姿にジッと見入る。そして、傍に膝を落とすアリカとナギの名前を呼んだ。

 

「アリカ、ナギ」

「ああ、妾じゃ、アスナ。よく無事で……」

「姫子ちゃん……へっ、元気そうじゃねぇか、安心したぜ」

 

 アリカに抱きしめられ、ナギに頭をくしゃくしゃと撫で回されるながら「んっ」と短い返事をして為すがままになるアスナ。

 

 他のメンバーも集まり口々にアスナの無事を喜ぶ。そんな様子を、少し下がったところで温かく見守るイオリア達。

 

「テト、よくやってくれた。無事でなによりだ」

「流石、テトちゃんです!」

「ふん、これくらい当然だな。ま、よく戻ったと言っておこう」

「ケケケ、心配デソワソワシテタクセニヨク言ウゼ」

「ふふ、心配してくれてありがと。問題なかったよ」

 

 各々がテトの帰還に喜び笑顔を見せる。テトなら大丈夫と信じていたが、やはり心配することは止められない。

 

 テトもイオリア達のその気持ちが分かるから嬉しくて笑みが溢れる。若干1名、空気を読まずに御主人を弄り「チャチャゼロ、貴様!?」と怒鳴られているのは愛嬌だ。

 

 イオリア達が互いの無事を喜んでいると、トコトコと小さなお姫様がやって来てテトの服をクイクイと引っ張る。「なにかな?」としゃがんで目線を合わせるテト。

 

「……ありがと」

「ふふふ、どういたしまして、これからは皆一緒だね」

 

 嬉しそうなテトの表情に、僅かに目元を和らげるアスナ。それに「姫子ちゃんが笑った!?」とナギが騒ぐ。

 

 その後は、イオリアに紹介されたテトにアリカ達が礼をいい、ナギとラカンが一人で救出してきたテトの実力に興味を示してちょっかいを掛けようとしてテトに銃撃され、アスナに「メッ」される等があったが、概ね緊張感はありながらも穏やかに最後の打ち合わせがなされた。

 

 そして、運命の日がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 イオリア達は現在“墓守り人の宮殿”が一望できる浮島の一つに集合していた。テトがいた時と異なり、宮殿の周りにはおびただしい数の召喚魔や自動人形が飛び交っている。イオリア達が来ることを予測して備えたのだろう。

 

 今、この場には赤き翼のメンバーとイオリア達だけがいる。アリカやテオドラ、タカミチは帝国やアリアドネーの魔法騎士団の指揮をとるためにこの場にはいない。

 

 なお、帝国の半数以上は連合に睨みを効かせている。完全なる世界が元老院に働きかけて軍を動かさないとは限らないからだ。連合に横槍を入れられてはかなわないので最初から戦力には入れていない。

 

「さて、造物主の説得、しくじんじゃねぇぞ?」

 

 ナギが不敵に笑いながらイオリアを挑発的に見やる。それにイオリアも挑発的に笑いながら返す。

 

「お前は、全部終わった後のアリカ殿下へのプロポーズしくじるなよ?」

「なっ、何言ってんだよ! なんで、そんな話になる!?」

 

 イオリアの予想外の返しに思いっきり動揺するナギ。既に惹かれあっているくせに今更何言ってんだ?とニヤニヤするメンバー達。

 

「おほっ! なんだぁ~ナギ、プロポーズすんのか? え? 何て言うんだ? ん?ちょっと教えてみ?」

 

 実にウザイ感じでラカンが絡む。それに心底ウゼ~という顔をするナギだが、周囲の仲間が全員ニヤついているので話題を逸らすことにしたらしい。

 

「と、とにかく! しくじんなよ! 造物主が納得しなかったら俺がぶっ殺すからな!」

「了解。まぁ、任せてくれ」

 

 そう言って拳を突き出すイオリアにミクとテト、エヴァとチャチャゼロが突き合わせる。目で促すイオリアに「へっ」と笑いながらナギも拳を合わせた。次いでラカン、アル、詠春、ゼクトも合わせる。

 

「今日この日が戦いの終わりじゃない、今日この日から始まるんだ。魔法世界の存続を掛けた戦いが。……やるぞ!」

「「「「応!」」」」

 

 

 イオリアの宣言に全員が不敵に笑いながら答える。イオリア達と赤き翼は“墓守り人の宮殿”に向かって飛び出した。

 

 宮殿に近づくにつれ、総数50万はいそうな召喚魔がイオリア達に気がつき突進してくる。

 

 そこへタイミングを合わせるように帝国の戦艦とアリアドネーが大規模転移魔法により転移してきた。そして一斉に主砲を撃ち放つ。

 

 多数の敵を薙ぎ払いながらも、全く効いていない個体も多数いるようだ。その個体は、【造物主の掟】の簡易版を持っているのだろう。【造物主の掟】造物主の力が込められた魔法具で、魔法世界の住人の力は一切通用しない。それでも、相当な数を減らすことはできる。

 

「ガトウさん、エヴァ、チャチャゼロ、頼んだ!」

「ああ、任された」

「ふん、私を露払いに使おうとはいい度胸だよ。後でたっぷり礼をもらわねばな」

 

 ガトウとエヴァ、チャチャゼロは召喚魔軍討伐に当たる。帝国やアリアドネーでは倒しきれない【造物主の掟】持ちの召喚魔を一手に引き受けるのだ。

 

「エロイ事要求スンダナ、ワカルゼ!」

「エロい事を要求するんですね、分かりますよ」

 

 くくくっとあくどい笑みを浮かべてイオリアを見るエヴァを、チャチャゼロとアルビレオがすかさず弄る。この二人、エヴァの隙を逃さない。

 

「そんなわけあるか! 乗り込む前に氷漬けにするぞ!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴るエヴァ。その反応が二人を喜ばせているのだが、本人は気がついていない。

 

「えっ、エヴァちゃん、マスターを襲うんですか! どうしましょう、テトちゃん!」

「これは、ボク達も遅れを取るわけにはいかないね、ミクちゃん!」

 

 慌てるようにテトに助けを求めるミクと、キリッとした表情で決意を表明するテト。だが、二人共目が笑っている。

 

「なんだぁ、イオリア。お前、こんなロリばばぁがいいのか? 考え直せよ~」

「けっ、人をおちょくるから罰があたったんだろ」

「闇の福音に狙われるとは、大変じゃのう~」

「お前等、もっと真面目にやれ!」

 

 上からラカン、ナギ、ゼクト、詠春である。弄りに弄られたエヴァはぷるぷると涙目に震えている。この後に及んでここまで弄られるとは思いもしなかったのでダメージが大きい。

 

 そろそろ、召喚魔の第一陣が到達しそうなので、エヴァはプイとそっぽを向くと、

 

「後で覚えておれよ~!」

 

 とまるでやられ役の小悪党のようなセリフを叫びながら召喚魔の方へ突貫した。それを、溜息をつきながらガトウが、ケケケと笑いながチャチャゼロが追う。

 

 残ったアルビレオが「いや~本当に面白い人になりましたね~」と胡散臭い笑みを浮かべながら見送った。

 

 イオリアは、エヴァの機嫌を直すのが大変そうだと溜息をつきなら突入組を見渡す。

 

 どいつもこいつも真剣ではあるものの緊張感とは無縁だ。全くもって頼もしい限りである。十中八九、相手は一筋縄ではいかないだろう。それでも、イオリアは不敵な笑みを浮かべた。彼等と一緒なら何の心配もいらなかった。

 

 

 

 

 

 突入を果たした一行を迎えたのはおびただしい数の石の針【万象貫く黒杭の円環】と豪炎、氷雪、雷の暴風だった。咄嗟に迎撃しようとしたイオリアにナギが待ったをかける。

 

「任せな! てめぇはさっさと親玉のとこへ行け!」

 

 そう言うや否や、赤き翼のメンバーはプリームム率いる完全なる世界の使徒達に突撃する。

 

 イオリア達はナギ達を見送ると、三人で顔を見合わせ一つ頷き、【円】を最大限で展開した。そして、造物主の気配を確認する。どうやら、逃げも隠れもするつもりはないらしい。

 

 そんな必要はないと宮殿中心部に佇み、【円】を感知したのかイオリア達の方を見た。

 

 その瞬間、かつてない絶大なプレッシャーがイオリア達を襲う。並みの人間ならそれだけで魂ごと押しつぶされそうな圧力だ。

 

 イオリアの肌がプツプツと泡立つ。自然と下がりそうになる身体を奥歯を噛み締めて堪える。冷や汗が吹き出して止まらない。

 

 イオリアは感じていた。久しく感じていなかった感覚。死が迫ってくる感覚だ。

 

 前世で散々味わった身体の芯から冷えていく感覚に、自然と噛み締め真一文字に閉じていた口元が歪み、犬歯を剥き出しにして獰猛に笑う。足掻いてやるぞ? 殺せるものなら殺してみろ! と前世では何度も心中で叫んだ言葉を今、再び叫ぶ。

 

「いくぞ! ミク、テト!」

「はい、マスター!」

「うん、マスター!」

 

 出せる限界速度で造物主の前に降り立ったイオリアは、特に迎撃することもなく接近を許した造物主に真剣な表情で話しかけた。

 

「はじめまして、造物主、始まりの魔法使い。知っての通り、俺はイオリア・ルーベルス。二人はミクとテト。さぁ、聞かせ下さい。俺達のプランへの答えを!」

 

 その答えは、造物主の背後に浮かび上がった巨大な魔法陣だった。複雑でありながら精緻なその魔法陣から黒色の砲撃が幾本も放たれる。

 

 イオリア達は一斉にプロテクションを構築した。【オーパルプロテクション・ファランクスシフト】とそれを補助するように莫大な演算能力で構築された強固な障壁が造物主の攻撃を正面から受け止める。数秒が数時間にも感じられるような衝撃の中、遂にイオリア達は耐え切った。

 

「それが異世界の魔法か……」

 

 そう呟く造物主。フードに隠れてその表情は見えないが興味深げなのは伝わる。イオリアは両サイドに立つミクとテトに向け両手を真っ直ぐ伸ばしながら、造物主に叫ぶ。

 

「そうです! この魔導とこの世界の魔法、人間の科学、そして貴方の力があれば魔法世界を救える! そうでしょう?力を貸して下さい!」

 

 それにやはり攻撃をもって応える造物主。先ほどの倍はあろうかという数の黒色の砲撃や鞭のような攻撃が四方八方からイオリア達を襲った。

 

 ミクとテトは伸ばされたイオリアの手に自らの手を重ねる。

 

―――― ユニゾン・イン ――――

―――― ユニゾン・イン ――――

 

 濃紺色の魔力が竜巻のように吹き荒れ、空色に染まったイオリアの瞳が見開かれる。

 

 イオリアは、一気に強度を増したシールドやプロテクションで攻撃を捌きつつ、さらに追加された黒い槍のような攻撃や誘導性のある砲撃を見据え、詠唱する。

 

「来よ、白銀の風、天よりそそぐ矢羽となれ! フレースヴェルグ!」

 

――広域殲滅魔法 フレースヴェルグ

 

 複数の弾を一気に発射、着弾(目標)地点から周囲を巻き込んで炸裂、一定範囲を制圧するのに向いた魔法だ。

 

 本来は超長距離砲撃として用いる。しかし、今回は造物主の苛烈な攻撃を迎撃しながら面攻撃を与えて一度仕切り直さないとジリ貧であると考え使用した。

 

 イオリアから放たれた白銀の砲撃はミク達の演算能力により的確に目標をロックオンして撃ち抜き炸裂相殺する。さらに、炸裂範囲に造物主を加え、巻き込んで衝撃を与えた。

 

 しかし、攻撃が当った瞬間、使徒達と同じ、いや、より精密で強固な曼荼羅状の障壁が現れそよ風一つ届かせなかった。

 

「なぜです、造物主! 魔法世界の崩壊を避けられるのに! なぜ、“完全なる世界”にこだわるんですか!」

 

 イオリアは攻撃を捌きながら必死に造物主へ叫ぶ。

 

「お前には分かるまい。我が2600年の絶望など……」

 

 造物主は、黒色のローブの端をまるで触手のように動かしイオリアの絡め取とろうとしながら、どこか若い女性のようでありながら同時に疲れきった老人にも似た声で呟く。

 

 イオリアはそのローブを【レストリクトロック】で空間に固定して止める。

 

「人間を諦めてしまったのですか?」

「私には、これ以上この世界の上で人が生きる意味を見いだせんよ。何の悩みも後悔もない……求める幸福だけがある世界。ならば、争いもないだろう……」

 

 造物主はそう答えると右手を突き出し、その先に黒い球体を作り出した。静かにただそこに浮かんでいるだけのように見えるその球体に恐るべき破壊力が込められているのを感じ、イオリアは右手に魔力を集束させた。

 

 黒色の球体と同じように急速に集束する周囲の魔力が濃紺色中に黒色をも交えながら球体を作り上げる。

 

 イオリアはここ数年の修行で、さらに魔力制御能力に磨きをかけている。従来では10秒以上かかった集束も今では3秒あれば事足りる。

 

 両者の攻撃が放たれるのは同時だった。黒色の球体は球体のまま猛スピードでイオリアに突き進み、イオリアもまた集束・圧縮した魔力を開放する。

 

「スターライトブレイカー!」

 

 二つの攻撃は、丁度二人の術者の中間で激突した。一瞬、その力は拮抗したように見えたが、直ぐに黒色の球体がスターライトブレイカーを押し始める。しかし、イオリアも黙って見てはいない。更に周囲から魔力を掻き集めつつ、セレスに指示を出す。

 

「セレス、カートリッジロード!」

「yes sir. Load Cartridge 」

 

 セレスの応答と共にガシュンガシュンガシュンと3発のカートリッジが排出され、同時にイオリアの魔力が跳ね上がる。

 

 勢いを増したブレイカーが黒色の球体と拮抗する。数秒の拮抗の後、遂に両攻撃は相殺された。凄まじい爆音と共に“墓守り人の宮殿”が地震にでも晒されているように震動する。

 

 イオリアは、気にせず説得を継続する。

 

 

「だが、それは偽りの幸福でしょう?」

「魔法世界の住人も偽りだ……」

 

 造物主のその言葉に、イオリアは表情を怒りに歪めた。

 

「貴方は絶望したんじゃない。ただ諦めただけだ。人に希望を見いだせないからって諦めたんだ。でも、本当は貴方が誰よりも知っているはずだ。前に進むのに希望なんて必要ない、意志だけで十分だってこと。この世界の人達は!誰一人例外なく、意志を示してきたはずだ! 意志ある者が偽りなわけあるか! その言葉は、あんたが言ってはいけない言葉だろうが!」

 

「……」

 

「この世界を2600年も見守ってきたのが何よりの証拠だろ? 絶望したって言いながら“完全なる世界”なんて魔法まで作って救済しようとしたのも、この世界の何一つ、あんたが幻想だなんて思っていない証拠だ」

 

「だったら何だというのだ? この先も人々が傷つけ合い、憎しみ、騙し、妬み、醜く歪んだ顔で理不尽を振るう姿を見ていろと?」

 

 フードの奥から造物主の瞳がのぞく。イオリアを捉えるその瞳には何の感情もない。まるで擦り切れてしまったような空虚が漂っている。

 

 この世界の創造者だと言うのなら、この世界に住む人々は彼の作り出した子供も同然なのかもしれない。だとすれば、その子供達が傷つけ合うこの世界は、もはや造物主にとって地獄と変わらないのかもしれない。

 

 だが、しかし……

 

「本当にそれだけだったのか?」

「?」

「本当にあんたが見てきたものには、それしかなかったのかって聞いてるんだ」

「……」

「俺は覚えてるぞ? 理不尽ばかりの人生だったけど、父さんと母さんにこれでもかってくらい愛されたこと、大怪我して入院したとき、俺の傍は危ないって分かってるはずなのに見舞いに来てくれた友人のこと、友人達と過ごした時間の楽しさ、感動、他にも沢山覚えてる。それは、イヤな記憶に押しつぶされるほどヤワな思い出じゃない。あんたはどうなんだ?」

「覚えている。……しかし、もはや何も感じぬ。……何を言っても無駄だ。この世界を作ったのは私だ。ならば幕引きも私がしよう。……まずは、お前達から……」

 

 やはりその瞳は空虚なままで、造物主は不意に腕をあらぬ方向に向けた。そこには……

 

「イオリア! 無事か!」

「っ!? あれが造物主……」

「ヤベーぞ、ありゃ正真正銘の化けもんだろ……」

 

 外の召喚魔をあらかた片付けたのかエヴァ達と使徒達を倒したのかナギ達がいた。

 

 イオリアの脳裏に原作で赤き翼を壊滅状態に追い込んだ一撃が浮かぶ。全身を襲う悪寒が全力でイオリアに警報を鳴らしている。あの攻撃はナギ達の少なくとも何人かを死に追いやると。

 

 イオリアの実力を見たせいか、それとも会話が原因かは分からないが、造物主は確実に原作以上の攻撃を放つ気だ。イオリアは、咄嗟に射線上に飛び出した。

 

「イオリア!」

「よすのじゃ!」

 

 造物主の攻撃のやばさに気がついたのだろう。エヴァとゼクトが制止の声を上げる。だが、その時には既に造物主の準備は終わっていた。

 

 造物主の背後に展開されていた魔法陣が一つに合わさると極大の砲撃、いや、もはや壁というべき黒色の衝撃が襲ってくる。

 

 イオリアは右腕に再び高速で魔力を集束・圧縮するとグッと引き絞り、そして解き放った。

 

―――― 覇王“絶空”拳 ――――

 

 イオリアのオリジナル奥義が空間に炸裂し、バリンッという破砕音と共に空間を粉砕する。

 

 ポッカリ大きく割れた空間の先はあらゆる魔法が効果を失う虚数空間だ。それは造物主の魔法も例外ではなく、イオリアが開けた穴の部分だけ、まるで虫食いにでもあったみたいにごっそりと黒色の衝撃を削り取った。当然、射線上にいたナギ達も無事だ。

 

「あれを無傷で凌いだのか?」

「空間を割りおったの。とんでもないヤツじゃ」

 

 後ろでゼクト達が何やら感心しているが、そんな場合ではない。

 

「どうあっても完全なる世界に封じる気か?」

「これが最善解である」

 

 もはや言葉を交わす必要もない言わんばかりの口調だ。イオリアは、ふぅ~と息を吐くとユニゾンを解除した。光に包まれたミクとテトがイオリアの両サイドに現れる。

 

 イオリアは、彼の周りに集まってきた全員に告げた。

 

「皆、力を貸してくれ。あいつが何も感じないというなら、無理矢理にでも思い出させてやる」

 

 イオリアの言葉に何をするつもりかわからないが、まだ手立てがあるのだろうと推測したメンバーが「何をしろって?」と尋ねた。

 

「あいつを引きつけてくれ。フルボッコにしてもかまわないから、俺の邪魔だけはさせないで欲しい。要するに俺以外全員前衛な!」

「何する気だ?」

 

 全員を前衛にして時間を稼ぐなど、一体何をする気なのかとナギが尋ねる。それに、イオリアはニヤッと笑い、一言宣言した。

 

「音楽を奏でるんだよ。」

「「「「「「……はぁ~!?」」」」」」

 

 ミクとテト、そしてエヴァを除く全員が素っ頓狂な声を上げる。どういうことかと再度質問しようとして邪魔するように造物主の攻撃が来た。全員防御するのはヤバイと悟っていたので、全力で回避する。

 

 特にラカンのような魔法世界の人間は、【造物主の掟】から放たれる閃光を食らうと一発で“完全なる世界”行きなので全力で回避するようあらかじめ言い含めてある。散開するメンバーにイオリアが声を張り上げる。

 

「信じてくれ!必ず、造物主の心を取り戻してみせる!」

 

 やはりよくわからなかったナギ達だが、考えるの面倒くせぇ!とばかり叫び返す。

 

「だぁー! わーたよ、やりゃあいいんだろ、やりゃ!」

 

 そうして赤き翼の面々とミク達は撹乱するように動きながら、連携して造物主に波状攻撃を仕掛け始めた。その間にイオリアはセレスをヴァイオリンモードに変更する。

 

「覚悟しろ、造物主。おれの音楽(意志)は容易くお前の心を揺さぶるぞ」

 

 そう言って、一つ深呼吸すると、たった一人のための音楽をゆっくり奏で始めた。

 

 落ち着いた静かな旋律でありながら、戦いの騒音を物ともせず“墓守り人の宮殿”に響き渡るヴァイオリンの音色。全く場違いなそれは、しかし、無視すること叶わずスッと耳に入ってくる。それは、人類の救済と神の国の福音を顕すゴスペル調の曲だ。

 

 激しい戦闘を繰り広げる赤き翼のメンバーや表情は見えないが造物主まで困惑している最中、イオリアが歌い始める。

 

 低く多分に感情を含んだ声は一瞬にして周囲を引き込み、ミクとテトが合わせるように歌声を重ねる。異世界の音楽家と歌姫達の歌声とが混じり合い調和することで、この世界に天上の音楽が顕現する。

 

 “覚えていますか?愛したことを 覚えています、愛されたこと”

 “見て下さい命が芽吹きました、見て下さい手を取り合いました”

 “聞いて下さい子等の声を、聞いて下さい営みの喧騒を”

 “貴方が持たらした、貴方が与えてくれた、貴方がくれた奇跡”

 

 胡乱な目でイオリアを見ていた造物主は、その歌声が耳に届いた瞬間、気がつけば過去に思いを馳せていた。

 

 この世界を創造したばかりの頃、唯の実験程度に過ぎなかったこの世界にいつの間にか愛着を持った。幻想と分かっていながら、日々成長していく住人達に心を寄せた。現実世界の人間も招き、彼らが少しずつ心を通わせていく様は笑みを浮かべずにはいられなかった。彼らが行き違い争うと悲しくて堪らなかった

 

 そこまで、回想して造物主はハッと意識を取り戻す。見ればナギ達赤き翼も何か感じ入るような表情をしている。

 

 造物主は戦闘中に突然、過去に思いを馳せた原因がイオリアの音楽にある悟り、彼に攻撃を集中させた。何となく、あれは早々に止めなければならないと直感したからだ。

 

 その直感は正しい。造物主が己の計画に固執するならば。これは、イオリアの念能力【神奏心域】演奏と歌唱により、術者の意図した事象の発生を相手に錯覚させる能力だ。

 

「させぬぞ!」

 

 しかし、その攻撃は【闇の魔法:術式兵装“氷の女王”】で強化されたエヴァが完璧に相殺する。

 

「あいつの音楽は天上だ。邪魔はさせんぞ?」

 

 冷や汗を流しながらなお不敵な笑みを浮かべ、造物主の前に立ちふさがる。

 

 ミクとテトも並列思考で歌唱と戦闘を同時にこなせるとは言え、リソースは歌唱に大きく割いているため十全の戦闘力は発揮できない。そのためエヴァと赤き翼がイオリア防衛の要だ。

 

「へっ、何かよくわかんねぇけど、とにかくアイツの邪魔をさせなきゃいいんだろ!」

「ったく、戦場のど真ん中で無防備に演奏たぁ、正気じゃないぜ」

「うむ、しかし面白いやつじゃ」

「素敵な音楽ですね。何やら造物主に影響を与えているようですし」

「全く奇怪なことだ……だが悪くない」

 

 赤き翼のメンバーもイオリア防衛に意欲を注ぐ。

 

 その間にも、イオリアの音楽は広がり遂には宮殿の外で相当数を減らした召喚魔を相手取る帝国とアリアドネーにも届いていた。

 

 戦場に突然鳴り響く天上の音楽に心奪われそうになりながら、しかし、皆、根拠もなく悟ってもいた。これは、たった一人のための音楽であると。

 

 “すぐ間違えるけど たくさん間違えるけど ここまで来ました 繋いできました”

 “どうか悲しまないで どうか目を逸らさないで”

 “罪と悲しみの雲を散らし 疑念の闇を払いのけよう”

 “どうか嘆かないで どうか諦めないで”

 

 無視しようにもなぜか振り切れずヴァイオリンの旋律とイオリア達三人の歌声が響くたびに、忘れたはずの感情が少しずつ蘇ってくる。

 

 正体不明の焦りが、イオリアに苛烈な攻撃を仕掛けさせるが、ナギとエヴァをメインに尽く妨害される。

 

 大威力の魔法で一気に吹き飛ばそうにも、気がつけばやはり過去を回想しており、集中が上手くいかない。そのことに苛立ちを顕にして攻撃を加えるが、徐々に攻撃は単調になり容易く妨害される悪循環。

 

 “貴方の心を掴んで魅せる その心を揺さぶろう”

 “やがて大地が砕け太陽が輝きを失っても”

 “貴方の愛が私達の恐れる心を癒す 明けの明星と共に貴方の愛が私達を結びつける”

 

「やめよ!不快だぞ!」

 

 遂に造物主が悲鳴を上げた。造物主の焦り、それは記憶にある美しく優しい思い出が絶望に染まることだ。

 

 感情を切り離し唯の記録として保管すれば、今感じている絶望に染まらせずに済む。しかし、イオリア達の音楽は容赦なくその心の封印を解きほぐす。

 

 このままでは優しい思い出まで絶望に塗りつぶされて何も残らなくなってしまう。焦り動揺しながら、もはや必死に、されど拙い攻撃を繰り返す造物主。

 

 気がつけば、造物主の前には今まで見守ってきた数多の人々が幻となって現れていた。

 

 毎日くたくたになるまで働く開拓者達。次から次へ出てくる問題に右へ左へと走り回る建国者達。魔獣の脅威から人々を守ろうと命を賭ける戦士達。

 

 そんな彼等を温かく迎え入れる家族。世界を脅かす驚異に一丸となる敵対者達。

 

 美しい景色を見て感動に微笑み合い、おいしい料理を食べて美味い! と騒ぎ合う。

 

 やり遂げたことに肩を叩き合って歓声を上げ、祝い事に敵も味方も種族も関係なくバカ笑いする。

 

 そんな光景を幻視しながら、造物主はふと、視界の隅に小さな女の子と母親が、魔法使いの女性と戦士の銅像を見上げている姿に視線を寄せた。

 

 小さな女の子が母親に尋ねる。

 

 “この女の人は誰?”

 “この方は始祖アマテル様よ、創造主様の娘で世界を救ったすごい人なのよ”

 “へー、じゃあ創造主様が一番すごいね!世界を作って、すごい人の親だもん!”

 “ふふ、そうね。じゃあ創造主様にありがとうしよっか?”

 “うん!”

 ““創造主様、ありがとう!””

 

 その母娘の笑顔に、造物主はいつしか頬を涙で濡らしていた。今や、造物主はかつての感情を取り戻していた。汚れることを恐れて、汚してしまうことを恐れて、封じていたものが溢れ出す。

 

 “歌声よ天地に響け 人々よ奇跡の音楽に加われ 絶えず歌い私達は前進する”

 

 それが人間だ。天地へ届けと想いを叫び、一人では足りないと集う。不断に足掻き前へと進む。

 

 “ああ、貴方よ、私達が繋いでいきます”

 “ああ、貴方よ、子が貴方に寄り添うでしょう”

 “ああ、貴方よ、その子が貴方に微笑むでしょう”

 “だからどうか、どうか、貴方よ”

 

 たっぷりと余韻を残しながらヴァイオリンの音色が終息に向かう。

 

 戦闘は少し前から治まっていた。造物主は呆然と佇み僅かに天を仰いでいる。ナギ達も、おそらく一生に一度きりの、この天上の音楽の最後を聞き逃すまいと静かに佇んでいた。

 

 そして、最後の一言が世界に響く。

 

 “傍にいて下さい”

 

 神が寄り添うのは祈りではなく目的でいい。人々の祈りを叶える必要なんてない。幸福を与える必要なんてない。ただ傍で決意を聞いて見守ってくれればいい。

 

 醜いところも沢山見せることになるかもしれないが、それと同じくらい、いや、それ以上に素敵なところを見せるから。

 

 そんな思いが込められた一言。

 

 イオリア達の奏でた音楽は、実を言うと通信機を通して世界各地に流れていた。事情はわからない、目的もわからない。それでも、この音楽を耳にした多くの人々は訳も分からず涙した。

 

 ただ、誰かが自分達を見守ってくれていたことを、自分達が救われていたことを漠然と感じ取った。それ故に、人々のその何者かへの願いも自然と同じになった。

 

 演奏が終わり、“墓守り人の宮殿”を静寂が包む。未だ何も話さす天を仰ぐ造物主に、ナギが笑いながら話しかけた。

 

「何だよ。結局お前、俺たちのことがめちゃくちゃ好きなんじゃねぇか」

 

 それに、演奏を終え傍に来たイオリアも微笑みながら話す。

 

「当然だろ? でなきゃ、2600年も傍に居てくれるかよ」

 

 二人の言葉に造物主はスッとフードを取り、イオリアに視線を合わせた。しばらく無言で見つめ合う二人。他のメンバーもそんな二人の様子を静かに見守る。

 

 やがて、造物主がそっと呟くように静寂を破った。

 

「私に、見続けろというのか……」

「はい」

「傷つけ合う子等を見続けろと……」

「はい」

「人の愚かさはきっと治らん」

「はい。」

「いつか絶望に駆られ私自ら滅ぼすかもしれんぞ?」

「かもしれません」

「苦しいことばかりだ」

「だけど、楽しいこともあります」

「悲しいことばかりだ」

「だけど、優しさもあります」

「……」

「思い出したでしょ? それは、貴方の絶望に屈しましたか?」

「……いや。霞むことすらない」

 

 そこで、造物主は手で顔を覆うと、長く長くゆっくりと息を吐いた。目元を覆っていた手を下げ、自分の周りに集まるイオリア達と赤き翼の面々をゆっくり見渡す。

 

 そして、空虚だった瞳に温かさを宿し、僅かに微笑みながら宣言した。

 

「私の負けだ。協力しよう」

 

 その言葉に、よっしゃー!とハイタッチをし合うイオリア達に肩を叩き合うナギ達。帝国やアリアドネーにも戦いが終わった旨が伝えられ、外ではワッアアアアー!と凄まじい歓声が上がる。

 

 イオリアとナギがパシンッと手を打ち合い、そんな様子を穏やかに見守る造物主。

 

 こうして、この世界最大の戦いは終わりを告げ、これより先、本当の戦いが始まるのだった。

 




いかがでしたか?

ネギま編クライマックスでした。

できる限り造物主の心の内を丁寧に書いたつもりですが・・・伝わりましたでしょうか?
作者の印象だと、どうも造物主を嫌いになれないんですよね・・・原作の描写を見ると。
何か、ひたすら疲れた人って感じで。
という訳で、こんな感じに妄想してみたわけです。
楽しんでもらえたらいいのですが・・・

それと、ぶっちゃけ念能力【神奏心域】を作ったの後悔してます。
だって、作者に歌詞を作る才能なんてないんですもの。
書いてて気づきました。
何てやっかいな能力作っちまったんだ!!と。
昔の聖歌を参考に書いてみましたが・・・雰囲気壊してませんかね?

まぁとにかくネギま編も次で最後です。

次回は、唯の後日談。その後の21年間のまとめです。

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