重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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やっと帰ってきました。

古代ベルカ帰還編、最終章です。


リリカルなのは古代ベルカ帰還編
第25話 英雄の帰還


 懐かし香りが鼻腔を擽る。知った風が頬を撫で髪を揺らす。故郷の空気というものは、例え科学的な成分は同じであっても、やはりどこか特別なものだ。何の根拠もなく“ここだ”とわかる。

 

 イオリア達は今、シュトゥラの外れにある森の中にいた。幼い頃から鍛錬に音楽にと何かと世話になったあの森だ。

 

 一番、濃密な時間を過ごした場所であるから帰るなら座標はここと決めていた。見慣れた森の風景に、22年経っても変わらないものがあると実感し感慨にひたる。

 

 イオリアは大きく深呼吸し、懐かしき森の香りを目一杯吸い込んだ。

 

 そんな様子にミクとテトは目を細める。本当に長い旅路であった。二人も懐かしさが胸を満たし、イオリアの感じている感慨を共感する。

 

 そんな三人に、ほんの少し疎外感を感じつつも、その郷愁の念を知っていたエヴァは無言で見守る。その表情はもはや“闇の福音”とは名乗れないほど慈愛に満ちていた。チャチャゼロも流石に空気を読んでか大人しくしている。まぁ、後で確実にエヴァをからかうだろうが……

 

「間違いなく、シュトゥラの森だ。……帰って来たんだな……」

「はい、マスター。帰ってきましたよ、私達……」

「懐かしの森だね……すごく落ち着くよ」

 

 三人とも、穏やかな微笑みを浮かべ向き合うと僅かに拳を突き出しコツンと合わせる。帰還の祝福だ。そんな三人に、流石に拗ねた様に唇を尖らせてエヴァが口を挟む。

 

「懐かしむ気持ちもわかるが、何時まで三人の世界を作っているつもりだ?」

「ケケケ、御主人ガ寂シサデ死ジマウゼ?」

 

 思わず「私はウサギか!」とチャチャゼロに突っ込むエヴァ。その様子に、イオリアは苦笑いしながら「悪い、悪い」と謝罪する。

 

「取り敢えず街に向かおうか。皆に顔見せに行かないと……22年も経ってるからな……どれだけ心配させたか……」

「そうですね……でも皆さんビックリしますよ、きっと」

「そうだろうな。22年ぶりの再会だ。死んだと思うのが普通の年月だからな……」

「いや、それもあるけど、一番はマスターの外見年齢だと思うよ」

「……」

 

 テトの指摘に思わず言葉を詰まらせるイオリア。

 

 実を言うとイオリアの外見年齢は20歳弱という感じなのだ。イオリアがこの世界から弾き飛ばされたのが14歳の時だから36歳のオッサンにしては若すぎる外見だ。

 

 これには、ネギま世界での事情が絡んでいる。テラフォーミング計画における研究開発は、時間的制約を解決するために、主に、“別荘”で行われていたのだが、計画の主導的立場にあったイオリアは自然と“別荘”内にいることが多くなり、実はプラス20年は年を取っている。

 

 現実世界から見れば急速に老けていくイオリアに周りが心配し、“別荘”の使用を控えるよう苦言が出されるようになった。その筆頭はミク達である。

 

 しかし、イオリアとしては、その程度の理由で研究速度が落ちるのは許容し難い。そこで、あれを飲むことにしたのだ。

 

 そう、グリードアイランドのクリア報酬【魔女の若返り薬】である。その結果、イオリアの外見年齢は20歳くらいで止まっているのである。

 

「まぁ、その辺は適当に誤魔化すさ。母さん辺りに知られたら絶対寄越せって襲ってきそうだし……」

 

 イオリアの物言いに、アイリスでなくても女性に知られれば間違いなく争奪戦になると思うミク達。極力、そのような恐ろしい未来は考えないことにして、イオリアは街の方へ進路を取った。

 

「さて、じゃあ帰ろうか。エヴァのことも早く紹介したいしな」

「う、うむ。そうだな、しょ、紹介されるのだな。お前のご両親に……」

 

 イオリアの言葉を聞いた途端に、頬を染めてもじもじ仕出すエヴァ。チャチャゼロはニヤニヤしている。エヴァの様子にミクとテトもからかい気味にイオリアに尋ねる。

 

「マスター、マスター。エヴァちゃんのこと何て紹介するんですか~?」

「ふふ、22年ぶりに返ってきた息子が紹介する女の子……ママさん達何て思うだろうね~」

「お、おい、お前等……何をそんなにニヤついているんだ!」

 

 ミクとテトのからかい口調にイオリアはキョトンとした顔をして素で返した。

 

「ん? そんなの新しい家族だって紹介するさ。旅先で出会った大切な人だってな。まぁ、母さんのことだから嫁さん扱いするんじゃないか? ミクとテトもそうなんだし。俺もその方が嬉しいし」

「「「……」」」

「ケケケ、ヨカッタジャネカ御主人」

 

 からかうつもりがド真ん中直球で返してきたイオリアの言葉に、三人が顔を真っ赤に染める。

 

 確かに、アイリスはミクとテトをイオリアの嫁扱いしているし、二人が実は料理好きなのもアイリスによる花嫁修業が原因だったりする。なので、イオリアとしては今更という気持ちだったのだが、三人にとっては何時もの如く“不意打ち”だった。特に、エヴァは明確に嫁扱いが嬉しいと言われ口をパクパクさせている。

 

 固まる三人に、訝しそうな表情をするイオリアは、何を勘違いしたのか更なる追撃をかけた。

 

「どうしたんだ、三人とも……ああ、惰性で嫁さん扱いは酷かったか? まぁ、あれだ。全部片付いて落ち着いたら正式にプロポーズするから、もうちょい待っててくれ。頼む」

 

「ふえぇ!」

「あうぅ!」

「ぴっ!」

 

 イオリアとしては、この数十年でお互いの気持ちは分かりきったものだったため、今更、三人を他の男に渡すつもりなど毛頭なかった。20年以上も一緒にいて彼女達の気持ちに気付けないような鈍感ではない。それらも全て引っ括めてここに居るのだ。

 

 だから、当然のように口にしたのだが……

 

 不意打ちに定評のあるイオリアの攻撃に三人は思わず声を上げ更に固まった。特に、エヴァについては何処から出たんだ?というような声だ。ぴって何だぴっって。

 

 それから暫く固まっていた三人だが次第に正気を取り戻し、もじもじしながら「不意打ち禁止!」などとイオリアに可愛らしい文句を言いつつ森の出口に向けイオリアの後を着いていった。

 

 

 

 

 

 

 最初に、それに気がついたのはイオリアだった。

 

 イオリアの耳に街の賑わいとはことなる喧騒が聞こえてきたのだ。耳を澄ませば、怒号や悲鳴が飛び交っている。

 

 一気に険しい表情になったイオリアに、ミク達も【円】を使い街を探った。すると、街中の人間が集まっているのでは? と疑うほど大量の人々が同じ方向を目指して押し合いながら必死に進んでいるのがわかった。

 

 まるで、何かから必死に逃げようとしているようだ。

 

 明らかな故郷の異常事態に、イオリア達は以心伝心で街へと急行した。

 

 街の中はまさにパニック状態だった。誰もが押し合い邪魔だと怒鳴る。そこかしこで喧嘩が起こり、親とはぐれたのか小さな女の子がわんわんと泣いている。だが、誰もそれを気に止めない。

 

 イオリアは故郷の惨状に呆然としつつ、暴力沙汰に巻き込まれないよう女の子を道の端まで連れて行った。その場所には、何人かの人々が諦めきった表情でうな垂れ座り込んでいる。

 

「すいません、これは何の騒ぎですか? 皆、何処に行こうとしているんですか?」

「? あんた、何言ってんだ?」

 

 イオリアはすぐ近くで壁を背に座り込んでボーと人々の喧騒を見ていた中年の男性に質問した。

 

 しかし、返って来たのは何を質問されているのか分からないといった言葉。どうやら、この事態は誰もが知っていて当然のことらしい。

 

「俺は、長く別の次元世界に出てまして、ついさっき帰ってきたとこなんです。何があったのか教えてもらえますか?」

 

「ハッ、あんたもツイてないな。何があったって? ……そんなもん私が知りたいよ。数時間前、突然王家の発表が出たんだ。“間もなくベルカは滅びます”ってよ。何の冗談だよ……でもよ、カルカンディアが滅んだのは事実らしいんだ。王家が映像まで出して正式に発表したんだ。実際、向こうにいる親戚と連絡取れないヤツも多いみたいでな……で、この有様さ。皆、次元ポートに詰めかけてんだよ。……意味ねぇってのによ……何せ、王家の発表通りなら、あと1時間もないんだから……」

 

 中年の男性は、鬱憤を晴らすように乾いた笑みを浮かべながら事態を語った。

 

 そのあまりの内容に目を見開くイオリア。ミク達も言葉が出ないようだ。それはそうだろう。22年もかけて帰還してみれば、まさに故郷が滅ぶ瞬間だったのだ。

 

 これは一体何の悪夢だ? と呆然とするイオリアの耳に、泣き声が聞こえる。いや、さっきからずっと聞こえていた。イオリアが避難させた女の子の両親を呼ぶ泣き声だ。

 

 その、悲痛な叫びにイオリアの魂が己を叱咤する。いい加減目を覚ませと、何時まで寝ぼけている? と。

 

 イオリアの瞳に強靭な意志の炎が宿る。イオリアは、自らの頼れる仲間達にゆっくりと視線を合わせた。

 

 ミクもテトもエヴァもチャチャゼロもイオリアの意志に当てられ正気を取り戻していく。そして、力強く頷いた。イオリア達の心は、何時かのように一致する。

 

 すなわち、“救うぞ”と。

 

 ミク達の瞳に意志の力が宿ったのを確認したイオリアは、傍らで泣き続ける女の子の前に屈むと目線を合わせて、ゆっくり優しく頭を撫でた。

 

「大丈夫。お母さんもお父さんも直ぐ見つかる。怖いものも俺が全部やっつけてやる。……だから大丈夫だ」

 

 微笑みながら、優しい瞳で自分を見つめるイオリアに、その女の子は涙を拭きながら、「本当?」と聞く。

 

 イオリアは、「ああ、本当だ」と女の子の頭を最後にもう一撫でして、スッと立ち上がった。そして、セレスをセットアップしヴァイオリンモードへと変化させる。

 

 願うのは“愛おしむ心”。

 

 時間が残り少ないというのなら、その時間を死の恐怖を紛らわせるために暴力と拒絶に使うのではなく、今傍にいる大切な者を愛おしむことに使って欲しい。

 

 そんな願いを込めて発動する【念能力:神奏心域】

 

 イオリアの想いが、ヴァイオリンの音色となってシュトゥラへと響き渡る。ミクとテトがそれに合わせて歌声を乗せる。重なる旋律と歌が天上となり、パニックに己の心を失った人々に降り注ぐ。

 

 隣の男と殴り合っていた男が、握った己の拳を見て、いつの間に息子の手を離してしまったのかと慌てて周囲を見渡す。

 

 少しでも前へと人混みを突き進み怒鳴り声を上げ続けていた母親が、娘の叫びにようやく気がつき自分を泣きながら見つめる娘を慌てて抱きしめる。

 

 すぐ傍にいたことに気がついていなかった恋人達が、互いに気がつきに抱きしめ合う。

 

 イオリア達の音楽に心を取り戻し始めた人々。

 

 隣の女の子やさっきまで話していた中年の男性が目を見開いてイオリア達を見つめる。

 

 そんな中、通りの先からイオリア達の方へ猛然と駆けてくる一組の夫婦がいた。その夫婦は、イオリアの音楽により静まりつつある喧騒の中で、必死に娘の名前を叫んだ。

 

 それに反応するのは傍らの少女。「お母さん! お父さん!」と安堵と喜びに満ちた笑顔で駆け寄っていく。勢いよく抱きついた少女をしっかり受け止め、もう離すものか二人がかりで抱きしめる。

 

 その様子を見て、微笑みながらイオリア達は演奏を終えた。

 

 時間にして3分少々の音楽。しかし、多くの人々が僅かではあれど心に余裕を取り戻した。少なくとも大切な人を見失わない程度には。

 

 イオリア達は飛行魔法を行使する。目指すのは、かつてイオリアが預けたイヤリングの下。きっとそこにオリヴィエ達がいる。今この瞬間もできることを、と足掻いているはずだ。

 

 そんな、飛び立とうとするイオリア達に声がかかった。

 

「お兄ちゃん!」

 

 先ほどの少女の声だ。空中で制止し「うん?」と視線を向ける。

 

「ありがとう! お兄ちゃん! ……お名前! 何ていうの? カリナはね、カリナっていうんだよ!」

 

 少女のお礼に微笑みながらイオリアが名乗る。

 

「俺は、イオリア。ベルカの騎士イオリア・ルーベルスだ」

 

 イオリアはそれだけ言って、猛スピードで飛んでいった。カリナと名乗った少女は、イオリアが飛んでいった空をジッと眺めながら「……騎士様」と呟く。

 

「イオリア・ルーベルス? ……それって22年前の戦争を終わらせた英雄の名前じゃなかったか?」

「でも、彼って死んだって話じゃなかったかしら? それにさっきの人じゃ若すぎるでしょ?」

 

 カリナの両親が、疑問顔で顔を見合わせる。驚いた顔でカリナが英雄という言葉に反応した。

 

「騎士様って英雄なの!?」

「えっ、いや、単に名前が同じ……」

「じゃあ、大丈夫だね!」

「えっと、あのね、カリナ……」

「だって、騎士様が言ってたもん。カリナが怖いものは全部やっつけてやるって!だから大丈夫だね!」

 

 そんなカリナの言葉に困り顔の両親。しかし、態々否定する必要もない。何より、少し人見知りするカリナがこんな短時間で絶大な信頼を寄せた相手だ。何となく、本当に大丈夫なのかもしれないと思い、両親は「そうだな」と愛娘に微笑むのだった。

 

 

 カルカンディア王国。

 

 聖王家、覇王家、冥王家のいわゆる三王家に比べると大分家格の下がる国だ。ベルカにおいては他国と同じく覇を唱えんと活発に活動していた国である。

 

 そのカルカンディアには現在、唯の一人も人間は居なかった。

 

 建築物はそのままに薄い霧のような靄がかかった領土内では、人間の代わりに黒い靄で覆われた奇怪な生物が徘徊している。

 

 鋭い爪や牙を生やし、血を思わせる赤黒い眼で獲物を探すように彷徨つくその姿はまさに“魔獣”というに相応しい。まばらに彷徨つく魔獣であるが、ここに居るのは少数だ。その大部分は現在、国境付近に集まっている。獲物を求めて這い出したのだ。

 

 ベルカの各国は現在、そんな魔獣共と死闘を繰り広げていた。魔獣の数は有に数十万を超え、強靭な肉体とハイスペックな身体能力、そしてその身体から発するAMFに似た力場により思うように魔導を使えない騎士や兵士達は苦戦を強いられていた。

 

 魔獣の足は速い。放置すれば、瞬く間に隣国へ到達し、次元ポートで次元世界へ避難しようとしている人々に食らいつくだろう。そうはさせるかと、一人でも多くの人々を逃がすため彼等は決死の覚悟で魔獣共を足止めしているのである。

 

 そんな戦場にオリヴィエとクラウスはいた。

 

 二人共、魔導がなくてもその肉体と技は生物をやすやすと死に追いやるだけの極地にある。既に、40歳を超えているはずだが、些かの衰えもなく、それどころか益々冴え渡り、既に魔獣の屍山血河を築いていた。

 

 しかし、いくらその強さが至上であっても、人間である以上戦い続けることはできない。二人で千にも届こうかという魔獣を倒しながら、魔獣のスペックの高さと数の多さに全力戦闘を強いられていた二人の体力は既に限界に近かった。

 

「はぁ、はぁ……オリヴィエ……先に撤退しろ。足止めなら十分だろう」

 

 互いに背中合わせになりながらクラウスは囁くように言う。それにオリヴィエは当然の如く返す。

 

「はぁ、はぁ、今更、どうやって撤退を? これだけ囲まれ魔導も封じられては無理でしょう。大体、あなたを置いて行くことに私が了承すると思いますか?」

 

 その物言いに思わず声を漏らしながら苦笑いをしてしまう。

 

「いや、思わない。ちょっと言って見たかっただけだ。……ふっ、ここが我々の死地かな?」

「それでも、最後まで足掻きます。彼のように」

「ああ、当然だ。ベルカの種は既に飛び立った。ならば、我らは武人として最後まで戦おう」

 

 二人を引き裂こうと魔獣が数体飛びかかってくる。

 

 オリヴィエはその内の一体を蹴りで迎撃し逆の足で踵落としのように地面に叩きつける。グシャと魔獣の頭部が潰れる。

 

 その隙に、オリヴィエの背後から迫ってきた魔獣を、クラウスが仕留めた魔獣を吹き飛ばしぶつけることで阻害する。

 

 起き上がろうとする魔獣をオリヴィエが踏み付けて止めを刺す。その間に、クラウスも更に一体仕留めたようだ。

 

 再び背中合わせになる二人。周りを見れば他の騎士や兵士達も連携を取りながらどうにか対抗しているようだ。

 

「……このようなベルカを彼に見せたくはありませんでした……」

「……そうだな。全く、どこで道草食っているんだか……」

「このイヤリングも返しそびれたままです……」

「俺も、礼をまだ言ってない。……今こうしてオリヴィエといられるのもアイツ等のおかげなのにな……」

 

 二人の表情に寂寥の影が差す。

 

 イオリア達が消えた日から様々なことがあった。嬉しいことも悲しいことも。多くの苦労を背負いながら、それでもベルカを守り続けてきた二人。

 

 しかし、何かをやり遂げるたび思い出すのは22年前に消えた最良の友のこと。戦場にありながら、そんな友のことばかり思い出し語り合ってしまうのは自分達の死期を悟ったからか。

 

 二人の会話が途切れた瞬間、再び、魔獣の群れが一斉に襲いかかった。

 

 二人は互を守り合いながら襲い来る魔獣を潰していく。しかし、体力の限界故、技のキレが鈍りだした二人にチャンスと見たのか攻勢が激しさを増した。

 

 魔獣共の猛攻を必死に捌くオリヴィエとクラウス。二人の眼に絶望はなく、最後の一瞬まで足掻き生き抜くという意志だけが見える。

 

 その時、不意にすぐ近くで戦っていた騎士が魔獣の体当たりをくらいオリヴィエの方へ飛んできた。

 

 「ぐあぁ!」と悲鳴を上げながら吹き飛ぶ騎士をオリヴィエは咄嗟に庇い受け止める。しかし、体力の限界だったこと、魔獣の血で辺り一面ぬかるんでいたことから踏ん張り切れずもんどりを打って倒れ込んだ。

 

「オリヴィエ!」

 

 クラウスが悲鳴を上げる。その眼には倒れ込んだオリヴィエに殺到する10体以上の魔獣。

 

 オリヴェエは気絶した騎士の下敷きで咄嗟に動けない。オリヴィエの眼には襲い来る魔獣共の姿がスローモーションの様に見えていた。ゆっくりと自分に迫ってくる爪牙。

 

 気のせいか魔獣の眼が喜悦に歪んでいる気がする。

 

 しかし、オリヴェにとってそんなものはどうでもよかった。なぜなら、オリヴェエに手を伸ばすクラウスの後ろにも魔獣が飛びかかっていたからだ。咄嗟に叫ぼうとするも遅くなった時間の中では声がでない。「ここまでか」そう思い、それでも最後の瞬間まで逸らしてやるものかと瞳に力を宿す。

 

 そして、見た。聞いた。22年前、自分を救い、クラウスの心を救い、そしてベルカを救った英雄の声を。

 

「千刃黒曜剣!」

 

 その瞬間、天空より黒い石でできたおびただしい数の剣が豪雨のように降り注ぎ、オリヴィエの周囲にいた魔獣共を串刺しにし切り裂いていく。

 

 さらに、

 

「極大・雷鳴剣!」

 

 その声と共に雷を纏い隕石のごとく落ちてきた翠髪の少女により、クラウスに食らいつこうとした魔獣が周囲の魔獣をも巻き込んで消し飛んだ。

 

 呆然とするオリヴェエとクラウスの前にイオリアが降り立つ。22年の月日を考えれば明らかに若すぎる容姿。だが、その瞳が何より雄弁に彼がイオリアであると物語っていた。22年前と変わらない、いや、より強靭となった意志の宿るその瞳が。

 

 未だ魔獣に囲まれていることも忘れ呆然としたまま呟くように名を呼ぶオリヴィエとクラウス。

 

「イオリア君ですか?」

「イオリア?」

 

 そんな二人にイオリアは微笑みながら力強く頷いた。

 

「はい、ただいま戻りました。クラウスさん。オリヴィエさん」

 

 その言葉に、記憶にあるものより幾分低くなったその声に、二人は涙ぐむ。溢れ出る言い様のない感情に言葉が出ない。ただ一心にイオリアを見つめた。

 

 そんな二人に再度微笑むと、イオリアはその瞳に鋭さを宿し仲間に指示を出した。

 

「ミク、テト、エヴァ、チャチャゼロ。殲滅するぞ! エヴァ、テトは乱戦状態にある味方を強制転移! ミク、チャチャゼロは前衛! 殲滅魔法の合図に注意しろ!」

「「了解、マスター」」

「ふん、任せろ」

「ケケケ、楽シクナッテ来ヤガッタ」

 

 イオリアの指示と同時に一斉に動きだすメンバー。

 

 この場は魔導を阻害する力場はあるが西洋魔法には効果がないようだ。故に、まず西洋魔法による強制転移で味方を退避させる。それには、西洋魔法をマスターしているエヴァと、エヴァほどではないが次いで熟練度が高いテトが適任だ。

 

 イオリアは最上級呪文で乱戦にない後続を攻撃し、そんな三人をミクとチャチャゼロが守る。魔獣の生態がわからない以上、攻性音楽が効くかわからないので今回は使わない。

 

 接近してくる魔獣をミクが斬撃を飛ばして駆逐する。

 

――神鳴流 斬空閃

 

 さらに全方位から飛びかかって来た魔獣を、手首の返しで全方位に向け斬撃を飛ばし迎撃する。

 

――神鳴流 百烈桜花斬

 

 そして、防衛戦を張るように、

 

「アデアット!」

 

 8人のミクが現れ縦横無尽に無月を振るう。

 

 ミクの間合いに入った魔獣はわずかな抵抗も防御も許されず細切れになってその命を散らす。

 

 飛び散る血しぶきと音速を超えた剣先が破る空気の壁がまるで舞い散る花びらのようだ。花弁舞う世界で死を振りまくミクの剣舞。その姿はまさに剣姫というに相応しい。

 

 チャチャゼロも負けてはいない。ミクの防衛線を抜けてきた魔獣の首の尽くを一刀で跳ね飛ばす。

 

 600年近い間、たった一人で主を守ってきた従者の守りは鉄壁にして完璧だ。笑いながら屍を量産するキリングドールに、心なしか魔獣の動きが鈍い気すらする。あるいは、その異様に恐怖を覚えているのかもしれない。

 

 そんな二人に守られながら、イオリアは異世界の最上級魔法を詠唱する。

 

「アルス・ノーバ・アド・リビドゥム! 契約により我に従え奈落の王 地割り来たれ 千丈舐め尽くす灼熱の奔流! 滾れ! 奔れ! 赫灼たる滅びの地神! 【引き裂く大地】!」

 

 直後、大地に激震が走り地割れを起こしながら溶岩が吹き出す。その溶岩が大地を舐め尽くし魔獣を蒸発させながら縦横無尽に戦場を蹂躙する。

 

 イオリア達の前方、敵のみが密集していた場所は灼熱の大地へと変わり、魔獣共は逃げようと意図する暇もなく飲み込まれていく。その有り様は、まさに奈落の王によりもたらされた滅びそのものだ。

 

 あまりの破壊に、攻撃一色だった魔獣の動きが止まる。真っ赤に燃える背後の大地を振り返り致命的な隙を晒した。

 

「万象貫く黒杭の円環!」

 

 イオリアの周囲に石でできた黒い杭が大量に浮かび上がり、立ち止まった魔獣を余さず突き刺す。

 

 途端、黒杭を受けた魔獣はその場で石化していき、後続の魔獣や運良く逃れた魔獣に当たられ砕かれていった。背後に溶岩の大地、前方に石化した魔獣の山。右往左往する魔獣に更なる理不尽が襲いかかる。

 

「イオリア、強制転移完了だ。後方2km地点に放り出しておいた。さっきの二人もな。テトが負傷者の治療に向かった。こっちは我らで十分だろう?」

 

 その声に背後を振り向くと、確かにクラウスもオリヴェエも居なかった。

 

「ああ、ありがとう。これで心置きなくやれるな。ミク! チャチャゼロ! 上がるぞ!」

「クックックッ、久しぶりに全力が出せるな。おい、イオリア。お前が半分やれ。溶岩と氷結のコラボだ」

 

 イオリアがミク達に上空に上がるよう指示し、エヴァが実に楽しそうにあくどい笑みを浮かべる。その隙を頼れる従者は逃さない。

 

「ケケケ、共同作業ッテノニ憧レテイルンダナ御主人」

「エヴァちゃんたら、ホントにマスターのこと好きですよね~」

「き、貴様等~毎度毎度ォ~」

 

 涙目でなぜ自分ばかり弄るのだ!と涙目で睨むエヴァ。羞恥と怒りで顔が真っ赤だ。

 

 その反応が原因だろと口には出さず指摘するイオリアは、「落ち着け~」というようにエヴァの髪を撫でる。

 

 少し機嫌が戻ったエヴァは、「フンッ!」とそっぽを向くと詠唱を開始した。イオリアは苦笑いしながら合わせる。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 契約に従い我に従え氷の女王! 来たれ としえのやみ えいえんのひょうが 全ての命ある者に 等しき死を! 其は安らぎ也! 【おわるせかい】!」

 

「アルス・ノーバ・アド・リビドゥム! 契約により我に従え奈落の王 地割り来たれ 千丈舐め尽くす灼熱の奔流! 滾れ! 奔れ! 赫灼たる滅びの地神! 【引き裂く大地】!」

 

 エヴァの氷系最上級呪文だ。その威力は、150フィート四方の空間をほぼ絶対零度の氷結圏に変え全てを凍てつかせる。

 

 そして、エヴァがフィンガースナップすると同時に凍結した全てが粉砕されるのだ。

 

 効果範囲内にいた魔獣は一瞬の抵抗も許されず凍りつき粉砕された。砕け散った氷の破片が太陽の光を受けてキラキラと輝きダイヤモンドダストのような幻想的な世界を作り出す。

 

 そして、エヴァの氷結領域の反対側は先程と同じく灼熱地獄だ。

 

 この光景を遠くから見ている騎士達は、一方では幻想神秘が、他方では地獄が顕現したこの光景を見て神話を想像した。

 

 エヴァとイオリアは、パシンとハイタッチし、残党を【魔法の矢】で撃ち抜いて掃討を完了した。

 

 そして、イオリア達は、残りがいないことを確認すると懐かしきクラウス達のいる場所へ飛んでいくのだった。

 




いかがでしたか?

遂に、最終章に入りました。

帰ってきたら、いきなり滅亡の危機。
流石イオリア。何事もスムーズに行くことはないのです。

せっかくの帰還ですから、格好良く登場させたかった。
少しは盛り上がってくれましたでしょうか?
いいですよね。離れていた仲間が、すごい力もって帰ってきてピンチを救うって展開。
作者の大好物です。
作者の妄想内では、すごい盛り上がりだったのですが・・・伝わっていれば嬉しいです。

次回は、事態の終幕。イオリアのチートぶりに、あの二人には大いに呆れてもらいましょう。


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