重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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最終回です。

この終わり方にどのような気持ちを抱いて頂けるかは分かりませんが、心地良い余韻に浸って頂ければ幸いです。




第27話 果たされる誓い、そして終幕

 ベルカ滅亡の危機を回避した旨は直ぐさま世界中に配信された。

 

 後世に何があったのかを伝えるため、遠方より戦場を記録していた者達による映像が配信され、ほぼリアルタイムでベルカ救済の映像が流されたのだ。

 

 天に拳を掲げ危機に対する勝利を告げるイオリアの勇姿が映ったシーンでは、ベルカのあらゆる場所で人々が大歓声を上げた。

 

 クラウス達が集まりイオリア達と健闘を讃え合う頃には、どの街でもお祭り騒ぎだ。助かったことに涙を流しながら傍らの大切な人を抱きしめ、見知らぬ隣人と肩を叩き合い生き残ったことを喜び合う。

 

 調査団がガルガンディアへ入るのと入れ替わりに、戦場に出ていたクラウスとオリヴィエ率いる騎士と兵士達が凱旋すると、さながらパレードの様に人々は道を作り、彼等の勇気と生存を称えた。

 

 照れた様子で隣の仲間と小突きあいながら、あるいは誇らしげに胸を張りながら街に戻ってくる彼等の中で、二人の王と並び街に入ったイオリア達は、爆発するような歓声にビクンと体を揺らし、何事!? と辺りをキョロキョロする。

 

 そんなイオリア達に、実は世界中に先程までの一連の事態が全て放映された旨を伝えるクラウス。

 

 からかうように「ベルカ中が知る正真正銘の英雄だ」と肩を叩き周囲に視線を促す。イオリアが釣られて周囲を見ると全ての人々がキラキラした目でイオリア達を見つめている。「ぬおぉぉ~」と羞恥に身悶えするイオリア。

 

 そんなイオリアにエヴァが呆れた視線を向ける。

 

「イオリア、別に凱旋パレードなんて経験済みだろ?何をそんなに恥ずかしがることがある。堂々としていろ」

「そうですよ~、マスターはもっと自分を誇るべきです」

「ちょっと、自分のしたことを過小評価する嫌いがあるからね、マスターは」

 

 ミク達にそう言われ、「そうは言っても慣れないもんは慣れないんだよ……」と愚痴をこぼす。

 

 そんなイオリア達の会話にクラウス達は「さもありなん」と頷く。驚異的な力を身につけて戻ってきたイオリアが別世界で何もしていないわけがない。世界の一つや二つ救っていてもおかしくないと寧ろ納得したようである。

 

「その辺の話も是非聞かせてもらわないとな。取り敢えず、王宮の方に部屋を用意してある。事後処理の指示を出したら迎えに行くから、軽くパーティーでもしよう。ベルカの生存とお前の帰還を祝ってな」

「もちろん、貴方のご家族にも連絡してあります。彼等もあの映像を見たはずですから、やきもきしているでしょうしね」

 

 二人のその言葉に、家族と会えると頬を緩めるイオリア。

 

 帰ってきて早々、故郷が滅亡仕掛けていたせいで、すっかり意識から外れていたがようやく再会できると嬉しさが胸中を満たす。ミクやテトも同じようだ。エヴァは少し緊張しているようである。

 

「ありがとうございます。俺も二人のことか聞かせてくださいね? 22年も経ったんだ。子供の一人や二人はいるんでしょ? ぜひ、会わせてくださいよ?」

 

 道中聞いたのだが、やはり二人は結婚したらしい。オリヴィエが嫁いだ形のようだ。

 

 聖王家では反対する者も結構いたようだが、他にも嫡子はいることと、何よりオリヴィエが強行的に進めたらしい。かなりの紆余曲折を経たようだが、その辺の話しも面白そうだとイオリアは楽しみにした。

 

「ああ、二人いる。先に脱出させたから戻ってくるには少し時間がかかるだろうが、是非会ってやって欲しい」

「ふふ、イオリア君達のことをよく話しましたから、少し憧れがあるみたいです」

「ちょ、あんま誇張したこと吹き込まないで下さいよ?」

 

 どうも自分に対する周りの評価が高いなぁと苦笑いするイオリア。自分の功績に関してはどうにも鈍感なのは玉に瑕なところだ。

 

 どちらにしろ、今回のことで英雄扱いは免れないというのに、今イチ実感を持っていない。

 

 そんなイオリアの心情が手に取るように分かるミク達は、もう少し自慢してもいいのに……と溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 イオリア達は現在、シュトゥラの王宮の一室でくつろいでいた。

 

 クラウス達は、事後処理の指示を出しに駆け回っている。手伝いますと申し出たイオリアに、今、英雄に動かれたら逆に仕事が滞ると苦笑い気味に言われてしまい、渋々部屋に引っ込んでいるのだ。

 

 王宮ならではのふかふかなソファーに深く腰を降ろしゆったりとしているイオリアとミク、テト、チャチャゼロ。

 

 しかし、エヴァだけが部屋の中をあっちにウロウロこっちにウロウロと落ち着きがない。

 

「……エヴァ、いい加減に落ち着いたらどうだ?別に母さんも父さんも取って食ったりしないぞ?」

 

 イオリアの言う通り、エヴァはこれからここにイオリアの家族が来るということで緊張しているのだ。

 

「し、しかしだな。その、ほら、私は吸血鬼なわけだし……」

「私達はユニゾンデバイスですよ?」

「こ、言葉遣いとか……」

「変えたら不自然だよ。ママさん達は気にしないって。いろんな意味ではっちゃけた人達だし」

「……ご両親より年上だし……」

「見た目はエヴァの方が若いだろう。っていうかホント大丈夫だから」

「そ、そうは言うがな……うぅ~、お腹痛くなってきた……」

 

 スリスリとお腹を撫でるエヴァ。

 

「ケケケ、御主人モ随分ト可愛ラシクナッテモンダナァ。シッカリ決メロヨ?セリフハ“オ母サン、息子サンヲ私ニクダサイ”ダゾ?」

「なにぃ!? それを言うのか!? 伝説に聞く、そのセリフを私が言うのか!?」

「エヴァちゃん、頑張って下さい!」

「女は度胸だよ!」

 

 従者は今日も絶好調だ。ミクとテトも便乗する。

 

 エヴァは、赤らめたり青ざめたりと顔色をコロコロ変えながら、「うぅ~うぅ~」と唸っている。

 

 実を言うと、ミクとテトもアイリスに聞きたいと強請られて言わされたことがあったりする。というか、よくお嫁さんの何たるかを女子トークで聞かされていたようだ。ここ数十年の付き合いでミクとテトは楽しそうにエヴァにあれこれ吹き込んでいたのを覚えている。

 

 イオリア自身、アイリス達がエヴァを拒絶するなんて露程にも思っていないので本当に新しい家族を紹介するくらいのノリなのだが、どうにもエヴァには世紀の瞬間にも等しいらしく右往左往している。

 

 エヴァの生い立ちを考えれば無理もないのかもしれない。生まれた世界を捨ててまで付いてきた先で、また(・・)拒絶されたらと不安になっているのだろう。

 

 こんなに動揺しているエヴァは始めて見るので流石に放置するわけには行かないとイオリアは立ち上がった。

 

 そして、エヴァを後ろから抱きしめた。

 

「ふわぁ!」

 

 ビクッと硬直するエヴァに、抱きしめる力を強くしながら耳元に囁く。

 

「あのな、エヴァ。俺達の家族だぞ? 転生者の俺に、魂を持つユニゾンデバイスであるミクとテト。それを普通に受け入れる人達だ。吸血鬼だの何だの些細なことだ。それより、俺が選んだってことが重要だよ。それだけで、受け入れるには十分だって言うさ。それでも……不安だと言うなら約束してやる」

「や、約束?」

 

 イオリアに抱きしめられながら肩越しにエヴァが振り返る。頬を染、潤んだ瞳で上目遣いにイオリアを見上げるエヴァを、かつての“闇の福音”を知るものが見たら現実逃避するか自分の正気を疑うかもしれない。それくらい、今のエヴァは可憐だった。

 

 そんなエヴァを、イオリアは、いつもの意志を宿した瞳で見つめる。

 

「ああ、家族と別れて暮らすことになっても、俺は、俺達はエヴァの傍にいる。説得を諦めるつもりはないけど、家族よりエヴァを選ぶよ」

 

 その言葉に、エヴァが大きく目を見開く。肩越しにミクやテトを見るも、二人共微笑みながら力強く頷いた。

 

 もちろん、イオリア達の誰もそんな事態になるとは露程にも思っていない。しかし、拒絶され続けたエヴァの不安を少しでも和らげるには必要な言葉だ。

 

 一方、エヴァは、自分の情けない姿を晒したと恥じていた。

 

 エヴァは、イオリア達がどれだけ家族を大切する者達か知っている。20年の付き合いは多くの語り合う時間を彼女達に与えていたからだ。

 

 そんなイオリア達に“家族と別れても”と言わせてしまった。いつの間に自分はこんなにも弱くなってしまったのかと己を恥じながら、しかし、そんな弱みを自然と見せられることに嬉しさも感じてしまう。

 

 エヴァは、一度ゆったりとイオリアに体重を預け心を落ち着かせると、何時もの不敵な笑みを浮かべてイオリアを見上げた。

 

 そして、「そんな必要はない、大丈夫だ」と伝えようと口を開いたその瞬間、

 

「イオリア!」

「イオリア!」

「お兄ちゃん!」

「坊ちゃま!」

 

 蹴破る勢いで部屋の扉を開け雪崩込んで来たのは……ルーベル家の面々。アイリス、ライド、リネット、リリスだ。

 

 22年も経っているというのにアイリスもライドも実に若々しい。二人共、60歳を超えているはずなのに、40代でも十分通りそうだ。

 

 隣にいるのは妹のリネットか。記憶通りなら今年31歳のはず。しかし、どう見ても20代前半にしか見えない。どうやらルーベルス家の血をしっかり受け継いでいるようである。ふよふよ浮いているリリスは相変わらずだ。

 

 そんなルーベルス家の面々だが、部屋の入口で凍り付いていた。

 

 何せ、22年行方不明だった息子との再会に息せき切ってやって来たら、見たこともない超が無数に付きそうな美少女を抱きしめているのだ。

 

 どうしたものかと暫く固まっていると、アイリスが微笑み、

 

「あらごめんなさい。1時間くらいしたら出直すわね?」

 

 そう言って、出ていこうとする。

 

「いやいや、母さん! 行かなくていいから!」

「そ、そうだぞ! は、母上殿! その、これは、違うのだ、何ていうか、そのっ」

 

 イオリアとエヴァが慌ててアイリスを引き止める。

 

「ちょっとお母さん! 何、その具体的な時間! お兄ちゃんも、何でイチャついてるのよ! どれだけ心配したと思っているの!? それなのに……なんでそんなに若々しいのよ!」

「えっ、お嬢様!? 結局、そこなんですか!?」

「そこは大事よ!」

「ええ、大事ね!」

 

 突っ込むリリス。しかし、母娘の息はぴったりだ。

 

「あはは、ママさんもリネットも相変わらずですね~」

「くふふ、懐かしいなぁ~」

「ケケケ、面白イ家族ジャネェカ」

 

 それからは完全なカオスだった。

 

 ミクとテトの無事にアイリス達が飛びついて喜び、チャチャゼロの存在にライドの眼が光る。

 

 決意を流され、しどろもどろに自己紹介するエヴァに、「でかしたわ! 流石私の息子! こんな綺麗な子を捕まえてくるなんて!」と言ってアイリスがエヴァに抱きつき、エヴァが頬を染めて動揺する。

 

 ライドが「吸血鬼だと!? イオリア、お前っていうヤツは! 永遠の美少女じゃないか!? 羨まぶべぇ!?」と発言しアイリスに吹き飛ばされたり、「いいから、若さの秘訣を吐くのよ!」と昔と変わらず空気を読まないリネットにイオリアが襟元掴まれてグワングワン振り回されたり……

 

 そんなことをしてドタバタしていると、部屋の扉が開きクラウスとオリヴィエが入ってきた。

 

 部屋の中のカオスっぷりに「全くこの家の人達は」と深い溜息をつく。どうやら、この22年の間にクラウス達とルーベルス家はそれなりに親交を深めていたらしい。流石に、王族二人の登場の落ち着きを取り戻すルーベルス家の面々。

 

 改めて、お互いのこれまでを語り合った。

 

 イオリアが言ったハンター世界でのことに始まり、ネギま世界での話。星一つ開拓したと話すと全員がイオリアに呆れた視線を向ける。

 

 しかし、同時に全員が誇らしそうな顔をした。イオリアの騎士の誓いは異世界でも守られた。その結果、多くの人々が救われたというのであるから友人としても家族としても誇らしいことだ。

 

 アイリスやライドからの「よく頑張った」という言葉にはイオリアも年甲斐なく涙ぐんだ。

 

 そして、エヴァがずっと助けてくれたと話すと、改めてアイリスは「ありがとうね、これからも息子をよろしくね」とエヴァを抱きしめた。エヴァはやはりオロオロしているが、受け入れられたことに頬が緩んでいる。

 

 一方で、ルーベルス家やクラウス達のこと聞いた。クラウスとオリヴィエの結婚に始まり息子と娘がいること、聖王家と覇王家が正式に軍事同盟と国交を結び先の戦争で疲弊した国をまとめベルカの実質的なリーダーとして治めてきたらしい。

 

 ルーベルス家では、アイリスとライドは相変わらず研究職に就いている。リネットは結婚しているということだ。既に5歳になる娘がおり、今日は夫に預けて駆けつけたらしい。まずはルーベルス家の人だけでと旦那さんの厚意だそうだ。

 

 お互い尽きることなく語り合っている途中で、クラウス達の子供が駆け込んでくるということもあった。

 

 次元ポートから送り出される時、今生の別れになると幼いながら悟っていたらしく生きて再び会えたことに縋り付き泣きながら喜んでいた。

 

 息子と娘が落ち着いたのを見計らって、イオリア達を紹介すると、さっきまで泣いていたのが嘘のようにキラキラした目でイオリアを見つめる。

 

 そこからはもう質問攻めだ。イオリアは子供達にしがみつかれながら強請られるままに様々な話をする。

 

 クラウス達も合いの手を入れながらその日は夜が耽るまで語らいが続いた。

 

 それからは、事後処理に暫く忙しくした後、イオリア達は我が家で穏やかな日々を過ごした。

 

 1ヶ月ほど経ち、ガルガンディアの追悼式典が開かれ、そこで始めてイオリアが公式に人前に姿を現した。

 

 ベルカ全域に配信された式典で鎮魂曲を奏でるイオリア。その姿に、かつての姿を知る者は「ああ、彼が帰ってきたのか」と、追悼とイオリアの帰還の両方に涙し、先の滅亡の危機から救われた者は彼が英雄かとその姿を眼に焼き付けた。

 

 この時のイオリアの【神奏心域】により、国の勝手な兵器開発により理不尽に命を奪われたガルガンディアの人々の悲しみが伝わり、以降、古代兵器に対する厳しい規制運動が広がっていくのだが……

 

 それはまた別の話。

 

 

 

 

 ほとんどの事後処理が終わり、ベルカ全体に落ち着きが戻った頃、イオリアはクラウス達を集めて提案した。

 

「そろそろ、誓いを果たそうと思う」

 

 その言葉に、全員が察する。闇の書の救済だと。

 

「イオリア、夜天の書のデータならかなりの量が集まっている。これがあれば元の夜天の書の形は分かるだろう。……しかし……」

 

 言いづらそうなクラウスに変わり、オリヴィエが答える。

 

「データの復元には時間がかかります。その間、防衛プログラムをどうにかする必要がありますし、そもそも22年前の状態なら暴走一歩手前のはず、なら直ぐに暴走して転移してしまう可能性が高いのです」

 

 そう言って、「何か手立てはありますか?」と聞くオリヴィエに、イオリアは頷く。

 

「ああ、“別荘”を使おうと思う」

 

 その言葉に、“別荘”って何だと疑問顔のクラウス達。そういえば忙しくて見せていなかったことを思い出す。そこで、闇の書救済の前に、クラウス達を“別荘”に招待することにした。

 

 【魂の宝物庫】から“別荘”を出し、入口となる魔法陣に全員を立たせる。

 

 メンバーはクラウス達とルーベルス家の面々だ。

 

 突然出てきたミニチュアが中に入った魔法球に目を白黒させるクラウス達を問答無用に中へ送った。

 

 ちなみにインパクトがあるという理由で、エヴァの“レーベンスシュルト城”の方だ。まぁ、イオリアの別荘とは転移陣で繋がっているので問題はない。

 

 中に入ったクラウス達は、始めてここに来たイオリア達の様に口をポカンと上げ驚愕しながら雄大な景色に見蕩れていた。

 

 これは何だと質問攻めにするクラウスにエヴァが作った魔法球内の世界だと説明しつつ、イオリアの“別荘”へと続く転移陣へと移動する。

 

 転移陣に着く頃には大分落ち着きを取り戻したクラウス達。しかし、続くイオリアの“別荘”で更に驚愕することになる。

 

 割烹着を着たパンダに出迎えられたからだ。

 

「イオリア、これは何だ?」

「これじゃありません。失礼ですよ。彼女は“メイドパンダ”のリンリンさんです。何時も屋敷の管理維持にと大変お世話になっています」

 

 そう紹介すると、メイドパンダのリンリンさんは、如何にも「あら、いやだわ。そんなことありませんよ」と言うように手?をパタパタと振る。ミク達も「いつもありがとう」とにこやかに手を振った。

 

「ちなみに家事万能で、特に子供の世話が得意です」

「……そうか」

 

 クラウスは眉間のシワを指で揉みほぐす。ルーベルス家の面々は驚愕から立ち直ると次々にリンリンさんに飛びつききゃきゃと騒ぎ始めた。適応能力のレベルが凄まじい。

 

「イオリア君、あれは何ですか?」

 

 何処か乾いた笑みを浮かべながらオリヴィエが一つの木を指差す。その樹にはなぜかスイカらしき果物が重量を無視して大量に吊り下がっていた。

 

「ん? ああ、あれは“豊作の樹”といいます。あらゆる果実が実る樹です。どんなに収穫しても次の日には樹いっぱいに生ります」

「……そうですか」

 

 オリヴィエはふるふると頭を振る。ルーベルス家の面々がリンリンさんに連れられてスイカの収穫に乗り出す。挑戦魂が逞しい。

 

 収穫の様子を見ながらふと奥に見えた池に近づくクラウス。

 

「……イオリア、この池はなんだ?」

 

 クラスが見つめる池には明らかに海の魚と川の魚が両方泳いでいた。

 

「それは、“不思議ヶ池”ですね。一匹放すと次の日には一匹増えます。どんな水域の魚でも混泳・棲息できる不思議な池です」

「……そうか」

 

 池から視線を逸らし遠くを見つめるクラウス。いろいろ限界っぽいクラウスに追撃を掛けるイオリア。

 

「他にも、“酒生みの泉”なんてのもあります。汲んで一週間置いておくと種類はランダムですけど極上の酒に変わります」

 

 クラウスが頭を抱える。幾らなんでも非常識すぎる。オリヴィエはクラウスの背中をさすり、「大丈夫、私も同じ気持ちですよ」と優しく宥める。

 

 しかし、

 

「“美肌温泉”というのもありますね。30分の入浴で赤ちゃんのような肌が手に入りま……」

「イオリア君、直ぐに案内をお願いします。」

「オリヴィエ!?」

 

 美肌温泉の魔力に一瞬でクラウスの下を離れ、イオリアに詰めよる。変わり身の速さにクラウスが叫ぶが聞こえていないようだ。

 

 気がつけばアイリスとリネットにも囲まれていた。皆、目が血走っている気がする。頬を引きつらせながらリンリンさんに案内をお願いする。

 

 それから1時間ほど男同士で軽く酒を飲み交わして女性陣の帰りを待った。帰ってきた女性陣は皆ツヤツヤして非常に満足そうに微笑んでいた。さっきの般若もかくやという表情が嘘のようだ。

 

 その後、屋敷の一角にある“リサイクルーム”に案内した。これは、中に入れて24時間経つと壊れたものが修理されているというものだ。

 

「つまり、これに闇の書を放り込んで置けば、夜天の書に戻るということか?」

「そうですね。まぁ、仮に戻らなくても暴走寸前からは脱するのではないかと……ダメでもこの“別荘”内なら外への被害もありません。俺達で時間稼ぎつつ元データをインストールしますよ」

 

 イオリアの瞳には強靭な意志が宿っている。

 

 リサイクルームというのも効果があればいいなという程度のものなのだろう。できる限りの手札は揃えたのだ。後はやり遂げるだけという決意が伝わる。

 

「わかった。俺達に何か手伝えることはあるか?」

「念のため、外で待機を。闇の書が暴走して外に出たら強制転移で宇宙にでも放逐してください。転移した後また探し出して何とかしましょう」

 

 「まぁ、大丈夫ですよ」と力強い笑みを見せるイオリア。クラウスも「そうだな」と笑みを見せながら頷く。周囲の仲間達も気持ちは同じだ。笑顔でイオリアに頷いて見せた。

 

 そして、遂に闇の書を呼び出す日が来た。

 

 闇の書を呼び出す方法は簡単だ。

 

 闇の書が持っているイオリアのイヤリングは常にその正確な位置を示す。ならば直接、その場所に【覇王絶空拳】によって空間に穴を開け引っ張り出してやればいい。

 

 その後は、暴走寸前の闇の書をエヴァの魔法で凍結させつつ、“別荘”内のリサイクルームに放り込む。

 

 それで直ればよし。できなくとも“別荘”内ならそう簡単には外には出られない。まして、この日のために今は何重もの結界が重ね掛けされている。もちろん、魔導、魔法の両方の結界だ。

 

 イオリア達は、イヤリングの場所を特定すると【魂の宝物庫】から“別荘”を取り出し傍らに置く。

 

 ミク、テト、エヴァ、チャチャゼロの突入組に眼で合図を送り、全員が頷くのを確認する。次いで、クラウスやオリヴィエ、その他複数人の騎士達を見やると、同じく力強い頷きを返す。

 

 準備は万端だ。イオリアは一つ深呼吸すると決然とした表情で前方を見つめた。そして、ミクとテトに手を差し出しユニゾンする。吹き上がる濃紺色の魔力を右拳に集束させ引き絞り、裂帛の気合と共に解き放った。

 

「ハァッー!!」

 

 イオリアの右拳は当然の様に空間に亀裂を走らせ粉砕する。吹き荒れる衝撃をコントロールしつつ、穴の向こう側、眼前に感じるイヤリングの気配に手を伸ばし……

 

 そして掴み取った。そのまま引き寄せる。

 

「エヴァ!」

「任せろ!」

 

 引っ張り出した闇の書が22年ぶりに現世へと帰還する。

 

 全ての魔法をキャンセルする虚数空間において臨界状態のまま半ば機能停止をしていた厄災がドクンドクンと鼓動にも似た波動を放ちながら息を吹き返す。

 

 その姿は美しい銀髪の女性だ。祈るように小さなイヤリングを胸の前で抱きしめ眼を瞑っている。

 

 彼女が完全に意識を取り戻す前に、エヴァの凍結魔法が一時的な封印を掛ける。

 

「凍てつく氷柩!」

 

 エヴァの詠唱と共に、突然発生した氷柱が闇の書の意志をその中に閉じ込める。

 

 祈りながら氷柱に閉じ込められた銀髪の美女はいっそ神秘的ですらある。もし、この彼女を何も知らずに見た者がいれば、きっと男女の区別なく心奪われたことだろう。

 

 実際、周囲で待機している騎士達は最初の緊張も忘れてしまったように呆然と見蕩れている。

 

「いくぞ!」

 

 イオリアの掛け声に“別荘”の転移陣が輝きを放つ。そして、闇の書の意志が閉じ込められている氷柩と共にイオリア達の姿が消えた。

 

 

 

 

 

 

 イオリア達は、“別荘”に到着すると即行でリサイクルームへ闇の書を置き、扉を閉めてすぐ外で待機した。

 

「ふぅ、後は出たとこ勝負だな」

「リサイクルームだけで何とかなればいいんですけど……」

「どうだろうね? “大天使の息吹”とか“魔女の若返り薬”とかグリードアイランドのカードは非常識だからね。可能性が全くないとは思わないけど……」

「まぁ、ダメなら、作戦通り行けばいいだろう。賽は投げられたのだ。今更騒いでも仕方ないさ」

 

 そう言うと、エヴァはどこからかティーセットとお茶請けを取り出しくつろぎ始めた。こういう時の肝の座り方は流石である。イオリア達も「そうだな」と苦笑いしながら体の力を抜いた。

 

 そうして思い思いにくつろいでいると、不意にイオリアの危機感が反応する。本能がガンガンと警報を鳴らし、今すぐこの場から退避しろと叫ぶ。

 

 イオリアは自分の危機対応力に逆らうことなく叫んだ。

 

「退避っ!」

 

 イオリアの能力に絶対の信頼を置いているメンバーは直ぐさま飛び退り大きく距離を取った。

 

 直後、リサイクルームから光が溢れたかと思うと爆散するように砕かれ残骸がそこかしこに飛散する。 

 

 その中で、銀髪の女性が弾かれるように吹き飛んで来たのを視認したイオリアは咄嗟に飛び付き空中で受け止めた。

 

「おい! 無事か!? 夜天の!」

 

 何とか受身を取りグッタリしている闇の書に呼び掛けるイオリア。眼を閉じていた闇の書は「うっ」と唸るとゆっくり眼を開け、その紅い瞳でイオリアを捉えた。

 

「あ、貴方は……」

「ああ、俺だ。誓いを果たしに来たぞ。今、どういう状況か分かっているか?」

 

 “誓いを果たしに来た”その言葉に思わず涙ぐむ闇の書だが、直ぐに気を取り直すと深刻そうな瞳で頷く。

 

「はい、分かります。なぜか突然、闇の書のプログラムからバグが修正されていったのですが、それに防衛プログラムが反応しました。暫くは、防衛プログラムと何らかの力による修正力が拮抗していたのですが、防衛プログラムの無限再生力が上回り暴走を始め……私は、修正されたプログラムの御蔭で管理者権限をある程度使えるようになったので修正力に加勢しました。それを危険と判断したのか、防衛プログラムが私を切り離し……気がつけば貴方が……」

 

「なるほど、把握した。つまり、好都合だ」

 

 イオリアは闇の書の話を聞くとニヤリと不敵に笑った。

 

 少し離れたところでは、ミク達がおそらく防衛プログラムである巨大で奇怪な生物と戦っている。

 

 その防衛プログラムはあらゆる生物をツギハギしたような姿で無数の触手を伸ばし森の中に鎮座していた。おそらく10分も経たずに大破壊をもたらして転移するだろう。“別荘”なら耐えられるとは思うが絶対ではない。

 

 イオリアは、闇の書の話をミク達にも中継して伝える。

 

「こ、好都合? いけません! もう時間がないのです。このままでは貴方達が危ない! もう十分です。あの技で私達をまた虚数空間へ放逐して下さい!」

 

 懇願するように闇の書がイオリアに訴える。

 

 かつて、イオリアの言葉に希望を見出した闇の書だが、そんな希望を与えてくれた存在だからこそ死なせてしまうのは耐えられない。

 

 闇の書の口調が丁寧なものに変わっているのもイオリア達に対する思いが強い証拠だろう。

 

 そんな闇の書に、イオリアは「はぁ~」と溜息を付くと、額めがけて強烈なデコピンを叩き込んだ。「あうっ!」と悲鳴を上げて涙目になる闇の書。

 

 そんな彼女に、イオリアは立ち上がりながら言う。

 

「お前は何でもかんでも簡単に諦めすぎなんだよ。言っただろ? “誓いを果たす”と」

 

 背中を向け戦場へ、仲間の下へ歩みを進めるイオリアが肩越しに振り返り不敵な笑みそのままに宣言する。

 

「俺の“意志”は、お前のちっぽけな“諦め”なんて……容易く吹き飛ばすぞ?」

 

 闇の書は、何も言わない。ただ、前へと進むその背中を眩しそうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

「遅いぞ!イオリア!」

 

 駆けつけたイオリアにエヴァの叱咤が飛ぶ。それに「悪い!」と一言返し、戦列に加わる。

 

「マスター! 予想通り、4層の強力な障壁がありますよ!」

 

 ミクの報告に頷き、イオリアは作戦開始の合図を送る。

 

 内容は単純だ。保険に2発残した状態で、テトの【拒絶の弾丸】により3層の障壁を破壊し、残り1層をミクが破壊する。

 

 その間、イオリアとエヴァが最上級呪文を詠唱して防衛プログラムを破壊しコアを露出させる。チャチャゼロは詠唱中の二人の守護だ。露出したコアを、さらにテトの【拒絶の弾丸】で消滅させる。

 

「やるぞ! テト!」

「あいよー!」

 

 テトのアルテから連続して3発の弾丸が発射される。

 

 それは防衛プログラムの障壁に直撃すると僅かな抵抗も許さず、パキャンとガラスの割れるような音と共に破壊した。

 

 3層の障壁が一瞬で破壊され、驚異を覚えたのか無数の触手をテトに伸ばす防衛プログラム。

 

「ハッ、サセネェゼ!」

 

 迫り来る触手の尽くを小さなキリングドールが刈り取っていく。

 

 そして、防衛プログラムの攻撃がテトに向いた瞬間、ミクが飛び出す。その手には雷を極限まで纏わせた無月が握られている。

 

「行きますよ! 真・雷光剣!!」

 

 ミクの放った神鳴流の決戦奥義が壮絶な雷を撒き散らし魔法球内を激震させながら最後の障壁を破壊する。

 

「これでもう、お前を守るものはないな。存分に喰らうがいい! 【おわるせかい】!」

 

 絶対零度の氷結領域がむき出しの防衛プログラムを凍てつかせ、エヴァの詠唱と共にその身を砕けさせる。

 

 その一撃は防衛プログラムの大半を砕き僅かではあるがコアにも届いたようだ。

 

 しかし、浅かったのか一瞬で周りの生体パーツが盛り上がり覆い隠してしまう。十数秒もすれば完全に再生してしまうだろう。

 

「だが、そうはさせない。【引き裂く大地】!」

 

 再生を開始した直後、灼熱の溶岩が防衛プログラムを襲い、その生体パーツの再生速度を上回る速度で蒸発させていく。

 

 そして遂にコアが完全に露出した。

 

「逃がさないよ? これで終わり!」

 

 アルテを構えたテトが空中に足場を作りしっかり狙い撃つ。ドパンッという大きな発砲音と共に撃ち放たれた弾丸は狙い違わずコアのど真ん中を撃ち抜いた。

 

 防衛プログラムは素粒子サイズにまで分解され実質的な消滅を迎える。

 

 辺りを静寂が包む。防衛プログラムが鎮座した場所を中心に森は木っ端微塵に砕け散り荒れ果てている。

 

 しかし、壊れたのなら直せばいい。それが出来るものはそれでいいのだ。二度とは戻らない唯一無二を失うくらいなら。そっと、地面に降り立つイオリア達は互いに拳を打ち合わせ笑い合う。

 

 そんなイオリア達に後ろから闇の書が歩み寄ってきた。薄く微笑みながら、イオリア達の前まで来ると立ち止まる。

 

「確かに、私の“諦め”など、貴方の前ではちっぽけでした」

 

 その言葉に、イオリアが「だろ?」と笑い、ミクとテトが誇らしげに胸を張る。エヴァは「当然だ」と不敵に笑みをこぼし、チャチャゼロは何時もの如く「ケケケ」と笑った。

 

 そんなイオリア達に目を細める闇の書は生涯で初めてのことをする。

 

「しかし、私が残っている限り遠からず防衛プログラムは再生され再び暴走することでしょう。だから……」

 

 イオリア達は静かに闇の書の言葉を待つ。闇の書は意を決したように、その言葉を伝えた。

 

「“助けて下さい”」

 

 それは原作とは違う願い。

 

 原作では、彼女は消滅する道を選んだ。それは、夜天の書の元データが既に存在しないが故の決断だった。

 

 しかし、この時代に元データがあることは関係ない。今や、闇の書にとって“希望”や“絶望”は唯の言葉に過ぎない。それをイオリア達によって教えられた。

 

 だからこそ、厄災のまま終わりたくない、かつての“夜天”に戻りたいという願望がその言葉を紡がせた。そこにはきっと、彼女の中で眠るヴォルケンリッターの思いも含まれているはずだ。

 

 そんな闇の書の願いに、イオリアは当然の如く応える。

 

「任せろ」

 

 何の気負いもない。ただ“誓い”のままに。そんなイオリアの様子に闇の書が微笑む。

 

 一行は、その場で早速、最後の仕上げに入った。闇の書を中心にミクとテトが彼女の両手を握る。闇の書のプログラムに干渉し、二人が持つ夜天の書のデータをインストールするためだ。スパコン並みの処理能力を持つ二人が次々と闇の書のバグを修正していく。

 

 目を閉じ、干渉のための魔法陣の光に包まれる三人の姿は神秘的だ。ある意味、闇の書は生まれ直そうというのだから、生誕の儀式と言っても過言ではないだろう。

 

 やがて、光が収まると三人はゆっくりと目を開けた。闇の書は自分の体を確かめるように抱きしめる。

 

 ミクとテトはそんな様子に微笑みながら、イオリアに報告した。

 

「マスター、無事完了です!」

「問題なし。彼女はもう“夜天”だよ」

「そうか……よかった」

 

 イオリアも微笑む。エヴァやチャチャゼロも夜天の書を横目に薄く笑みを浮かべている。暫く震えながら自分を抱きしめていた夜天の書は、ゆっくりと腕を解くとイオリア達に向かい深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございます、本当に。こんな日が来るとは思いませんでした。ありがとう……」

 

「どういたしまして」と微笑むイオリアに夜天の書は続ける。

 

「……もし、よろしければ私に名前をくれませんか?」

 

「名前?」

 

 突然の夜天の書のお願いに疑問顔で聞き返すイオリア。

 

「はい、実は、その、あなた方がヴォルケンリッター達の名前を呼んでいるのが……その、少し羨ましくて……ダメでしょうか?」

 

 申し訳なさそうな、しかし、どこか期待するような瞳で見つめてくる夜天の書にイオリアは嬉しくなる。

 

 彼女が自分の望みを口にするようになったからだ。もう、ただ絶望するだけの彼女はいない。

 

 そして、夜天の書の名前となると、一つしか思い浮かばなかった。“この先の有り得たかもしれない未来”でとある少女が彼女に贈った名前。これ以上、彼女に似合う名前はないだろう。

 

「“リインフォース”」

「えっ?」

 

 

 思わず聞き返す夜天の書に、はっきりと告げる。

 

「リインフォースだ。強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール、“リインフォース”だ。どうだ?」

「リインフォース……」

 

 噛み締めるように自分の名前を繰り返す夜天の書。やがて実感が湧いたのか、その瞳からポタリポタリと涙が溢れた。

 

 涙を流しながら微笑む彼女は、まさに夜天に輝く星ぼしのように綺麗だった。

 

「ふふ、良かったですね、リインさん!」

「うん、リインっていい響きだね。」

「ふ、ふん、まぁ、良かったではないか……ぐすっ」

「ケケケ、御主人ハ相変ワラズ涙モロイナァ~」

 

 温かな空気が流れ、優しい風がイオリア達を包む。まさに、リインフォースを中心に幸運の追い風が吹いているようだった。

 

 

 

 

 

 

 その後の話をしよう。

 

 “別荘”から出たイオリア達を緊張の面持ちで待っていたクラウス達は、リインフォースを伴って戻ってきたイオリア達に成功を悟り満面の笑みで出迎えた。

 

 また一つ、悲劇に終止符を打ったとして騎士達はワイワイと騒ぎイオリアの名は更に広まることになるが……それはまた別の話だ。

 

 リインフォースは主がいない状態なので、現在は収集させたイオリアの魔力で稼働状態を保っているが、直に魔道書状態に戻ってしまうことから夜天の主探しが行われた。

 

 リインフォースとしては、イオリアを主と仰ぎたかったのだが、あいにくとイオリアに夜天の主となる魔力資質はない。王宮主導で捜索が行われている間、イオリア達はアイリス達に頼んで、夜天の書にとあるプログラムを追加してもらった。主に対する拒否権を行使できるプログラムだ。

 

 騎士と同じく自ら主を選ぶ魔道書。

 

 それが、夜天の書に加えたものだ。無理矢理、夜天の書に干渉しようとしても、一時的に内蔵魔力で守護騎士達を現界させて排除する。既に主となった者でも彼女達の意志を無視することはできない。真の信頼関係が必要になるのだ。これで、今までのような悲劇は繰り返さないだろう。何より、彼女達がそんなことを許さない。

 

 そうこうしている内に、夜天の主となる資質を持つ子が発見された。事情を説明すると、彼女の方も乗り気らしく面会することになったのだが、イオリア達は驚いた。

 

 その子とは、以前、混乱する街中で両親とはぐれ泣いていた少女、カリナだったのだ。

 

 彼女はあの日以降、騎士に憧れ将来は騎士になるという夢を持ったらしい。再会したカリナは一生懸命、騎士になって自分もイオリアのように人々の心を救える騎士になりたいのだと熱弁した。あまりの熱心さにイオリアはなんともむず痒い思いをしたものだ。

 

 まだ、10歳と幼いが、その瞳に宿る思いは本物らしい。リインフォースもこの子ならと、カリナが主になることに了承した。

 

 ここに、新生夜天の書の初代主が誕生したのだった。

 

 

 イオリアはその後も、一騎士としてベルカの地を守り続けた。数年後にはミク、テト、エヴァの三人と結婚もした。

 

 その際、ミクやテトをデバイスと知る者、特に英雄イオリアとの関係を狙って娘を勧めてくる権力者達からは色々と言われもしたが、紆余曲折を経る事もなく「文句があるなら止めてみろ」と捩じ伏せた。

 

 もっとも、イオリア達の関係を知る親しい者で反対する者など一人もおらず、むしろ三人も同時に娶ることに嫉妬の嵐が吹き荒れ、その鎮圧の方が大変だった。

 

 ちなみに、クラウス達の娘やカリナを筆頭に、純粋な好意でイオリアを狙う女性は多く、女の戦い(主にエヴァによる)が長く続いていたりしたのだが、一応、エヴァが隠したがっていたということもあって、イオリアが知ることはなかった――ということになっている。

 

 イオリアとエヴァの間には一人娘が出来た。また、孤児院を開き、親のいない子供達に、自身の娘と同じく惜しみない愛情を注いだ。

 

 後世において、イオリア達の孤児院を出た子供達は軒並み各分野で高い能力を発揮し人格も優れた者が多く、ベルカの発展に多大な貢献をしたことから一部の歴史学者においては、この子供達を育てたことこそイオリア達の最大の功績と称える者もいる。

 

 歴史において、イオリアは150歳を超える大往生をしたと記されている。大勢の人々が横たわるイオリアの周りに集まりその別れを惜しんだという。

 

 しかし、ここに歴史的ミステリーも生まれていた。

 

 人外故に、年を取らないイオリアの妻達が、彼が息を引き取る少し前から姿を眩ましたのだ。彼のユニゾンデバイスの優秀さは世界中に広まっているため誰が受け継ぐのかと激しい議論が巻き起こったこともあるのだが、そんな者達をあざ笑うが如く、その後の歴史にも一切登場しなかった。

 

 まぁ、真相は単純なもので、死期を悟ったイオリアが“別荘”に入ったミク達を【魂の宝物庫】に格納したというものだ。

 

 どれだけ年を取ろうとも、思い出そうとすれば鮮明に記憶を思い出せることから、魂に刻まれる記憶や経験は蓄積され固定されると確信したイオリア達は、ならば、再び記憶を持ったまま生まれ変わる可能性が非常に高いと考え、予定通り、ミク達はイオリアが生まれ変わるまでの間、【魂の宝物庫】で待つことにしたのだ。計算通りなら、次の転生先に向かう魂と一緒に運ばれるだろうと。

 

 生涯ベルカの地を守り続けた英雄の言葉が残っている。

 

「己を縛る理不尽な鎖がどんなに固く結ばれていようとも、足掻き続ければいつかは緩むものだ。その綻びは活路となる。足掻け人々よ。“絶望”も“希望”も唯の言葉に過ぎない。意志だけが未来へと続く扉を開ける鍵となる」

 

 イオリア・ルーベルスはベルカ最高の騎士とされている。その騎士が残した言葉は人々の心に残り続け、遠い未来においても、尚、語り継がれている。

 

 弱った人々を天上(・・)の音楽で癒し、襲い来る理不尽を()より舞い降りて駆逐する。

 

 何者にも屈しないその姿に、人々は頂きを見た。

 

 それ故に、ベルカの民は後世で彼をこう呼んだ。

 

 三王家の王達と並ぶ、

 

 

―― “天王”と。

 

 

 

 

 

 

 さて、イオリアの旅はここで一旦、終幕。

 

 果たして、彼の予測通り生まれ変わることはあるのか……

 

 その答えは、いつかのお楽しみ。

 




いかがでしたか?

今回で、一先ずイオリアの旅は終りとなります。

終わり方について、作者としては上手くまとめたつもりなんですが・・・
少しでも良い本や映画を見た後のような心地良さを感じて貰えたら、作者としては感無量です。

他でも書きましたが、一応、2,3作品の構想はあります。ハイスクD×Dとか、りりなの原作とか。
時間の合間にボチボチ書くかもしれません。
復活したときは、また見に来て頂けると嬉しいです。

初カキ、初投稿と拙いながらノリと勢いだけで始めたSSですが、皆様の御蔭もあり、とても楽しかったです。

感想下さった方、評価して下さったか方々、改めまして有難うございました。

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