重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第30話 九尾の狐

 

 

 新幹線の窓から、飛ぶように流れていく景色を何となしに眺めながら朝食用に買った駅弁をもそもそと食べる四人の男女がいる。伊織達だ。朝一の新幹線で、京都に向かっている最中なのである。

 

「マスター、昨夜は聞きそびれたんですけど、どうして私達退魔師に依頼が来たんでしょう?」

 

 幕の内弁当の甘い卵焼きをモキュモキュしながら尋ねたのはミクだ。ボックス席で伊織の正面に座っている彼女は、その綺麗な翡翠の瞳に疑問を乗せて伊織を見る。

 

「ああ、それな。う~ん、何というか……今回の依頼が京妖怪の統領である九尾狐の八坂殿――その娘の護衛であるというのはいいよな?」

「はい。何でも、まだ幼い……ええと、九重ちゃんでしたっけ? その子が狙われているから守って欲しいという事ですよね?」

 

 ミクの言う通り、昨夜、依子を通して協会から来た依頼は、八坂の娘である九重の護衛というものだった。何でも、つい先日、九重を誘拐しようという動きがあったらしく、その時は辛くも凌いだらしいのだが、その犯人は護衛の烏天狗達を蹴散らすほど強力な敵――鬼だったという。

 

 しかし、ミクの疑問はまさにそこにある。要は、なぜ、妖怪の娘の護衛に人間が駆り出されたのか? ということだ。八坂は九尾の狐。その力は強大にして卓越だ。並みの襲撃者など、八坂が一度警戒網を引き上げてしまえば容易く蹴散らせる。また、多くの強力無比な配下もいるのだ。どう考えても、人間の退魔師の助力を必要としているとは思えなかった。

 

「そうだ。これがな、唯の妖怪同士のいざこざと言うなら、ミクの思っている通り京妖怪だけでどうにでもしただろう。問題なのは、どうやら、襲撃犯である鬼のバックに人間の術者がいるらしいって事なんだ」

「ふ~ん、マスター、それってつまり、人間が九重ちゃんを狙っているってこと?」

「詳しいことは何とも……だが、その可能性はあるって事だ」

 

 テトの相槌に伊織は曖昧に頷く。実際、人間が九重を狙っているのか、それとも、妖怪の争いに人間が加担しているのか、敵方の動機ははっきりしていない。

 

「結局のところ、人間は人間で、妖怪は妖怪でってことか。全く、どの種族でも“はぐれ”は碌な奴がおらんな」

「ケケケ、御主人モ元ハ“ハグレ”ミタイナモノダロウ? 碌ナモンジャネェナ」

「やかましいわ、ボケ人形! 解体するぞ!」

 

 エヴァが納得したように頷き、チャチャゼロがいつも通りちょっかいを掛ける。それに苦笑いしながら、伊織は伊右衛門で喉を潤しつつ言葉を続けた。

 

「そういうことだ。八坂殿は、京都という巨大な霊的土地のバランサーであり、また、妖怪達が無闇に人を襲わないよう統括する役目も負っている。それは、人間側としても有り難い事で、だからこそ“協会”も無闇な討伐はしない。両者間には、相互不干渉の約定があるんだ。だから……」

「その約定に亀裂を入れないために、人間の犯人は人間が対処して、妖怪の襲撃者は妖怪が対処するんですね?」

「京妖怪に手を出す術者なんて“はぐれ”の人間に違いないだろうけど……今も昔も、妖怪に対する過激派っていうのはいるもんね。彼等に下手な口実を与えたくないってことか」

 

 伊織の言葉をミクとテトが納得顔で引き継いだ。

 

 協会に所属する退魔師の本分は“人間の守護”だ。妖怪や悪魔など超常の存在から無辜の民を守るのが役目だ。その根本には、平和への願いがある。だが、得てしてそういう“正義感”や“使命感”は盲目になりがちだ。また、退魔師になる者の多くは、何らかの不幸を目の当たりにした者が多い。

 

 結果、相手の是非を判断せず、人間以外は“即滅”という行き過ぎた思想を持つ退魔師が結構多いのだ。そういう者達にとって、例え、ルールの埒外に身を置き、犯罪者として取り締まられ、討伐の対象になる“はぐれの術者”が妖怪を襲って、返り討ちにあったのだとしても、そんな事情を無視して妖怪討滅に乗り出し兼ねないのである。

 

 そうなれば、待っているのは無用の混乱だ。そして、その場合、割を食うのは大抵が無関係の人々だったりするのだ。今ある平和を乱させないためにも、九重を襲撃した人間の犯人は伊織達が捕らえなければならない。

 

「それにしても、九尾の狐さんですかぁ~、やっぱり尻尾はモフモフなんでしょうか? 何だか会うのが楽しみです」

「いやいや、ミクちゃん。もしかしたら“うしとら”の白面みたいな九尾かも知れないよ? あるいは封神演義のあの人とか……」

「テトちゃん……それは嫌すぎます……」

 

 八坂の尻尾を想像して、ワクワクした表情をするミクにテトが意地悪そうに嫌な名前を上げる。ミクのテンションが急下降した。伊織のテンションも急下降だ。実は、漫画に出てくるような九尾狐と実際に会える事に内心歓喜していたりしたのだ。

 

「テト、意地悪なこと言うなよ。……きっと、そうきっと、藍しゃまみたいなお方に違いない」

「おい、伊織。貴様、私というものがありながら、まさか他の女にうつつを抜かすつもりではあるまいな?」

 

 伊織が某幻想郷の九尾様を思い浮かべていると、隣に座るエヴァが物凄く不機嫌そうな表情で犬歯を剥いた。嫉妬らしい。伊織は、怒る姿も何だか可愛らしいエヴァにほっこりしながら、そっと彼女の輝く金の髪を撫でた。

 

 エヴァは、ぷいっとそっぽを向く。まだ不機嫌ですアピールだ。そして言外の構ってアピールでもある。それを見て、ミクとテトも身を乗り出し、伊織に期待の眼差しを向け始めた。伊織はエヴァを抱き寄せながら、ミクとテトにも手を伸ばし、そっと頬や髪を撫でた。

 

 朝一の新幹線内には疲れきった表情のサラリーマンが多い。彼等は、突然発生した桃色ハーレム空間に表情を引き攣らせた。特に、隣のボックス席に座っていた二人組のサラリーマン達など、明らかに中学生くらいの少年が美少女を複数人侍らせて愛でている姿に、何だかよくわからないが猛烈な敗北感に襲われ、すごすごと他の車両に行ってしまった。

 

 ここは指定席の車両なのだが、彼等は自由席を探しに行ったらしい。桃色空間に汚染された心を是非とも浄化して自由になってもらいたいものだ。

 

 伊織達が、無自覚に疲れきったサラリーマン達に追討ちをかけて暫くの後、新幹線は遂に京都駅に到着した。

 

 天井高く空の見える綺麗な駅に降り立ち、一行は市営バスの発着所に向かう。行き先は“金閣寺道”だ。このバス停は、その名称から分かる通り、かの有名な“金閣寺”の最寄駅だ。八坂率いる京妖怪の本拠地は、金閣寺にある鳥居が入口になっているので、そこに向かうのである。

 

 大の京都好きであるエヴァが、始めて京都を訪れた修学旅行生のようにキョロキョロ、そわそわと周囲に視線を巡らしている。それに頬を緩めつつ、伊織達は遂に、金閣寺道のバス停に降り立った。

 

 と、その直後、伊織達に声がかかった。

 

「協会の退魔師か?」

 

 低いが澄んだ男の声音。そちらを見れば、漆黒の髪に切れ長の瞳を持つ無表情の男がいた。無遠慮に、伊織達を上から下までジロジロと見ている。おそらく、お迎えだろうその男は、力を感じたことから伊織達を協会の者と判断したようだが、どこか馬鹿にしたような侮りの色を瞳に宿していた。最低限度まで力を押さえ込んでいるので、取るに足りない相手と思ったようだ。

 

 エヴァは露骨に不機嫌そうな表情になったが、直ぐに思い直したように視線を逸らした。伊織も特に気にせず、協会の退魔師を示す免許証(カード型で特殊な呪力を組み込んでおり、力あるものにしか表示されている内容を読み取れないもの)を示しながら歩み寄った。

 

「はい。依頼を受けて来ました。東雲伊織といいます。こっちはミク、テト、エヴァンジェリン、それにチャチャゼロです。貴方は、烏天狗ですね? わざわざ出迎え有難うございます」

「チッ……統領がお持ちだ。急げ」

 

 どうやら、伊織が何でもないように自分の変装を見破って正体を看破した事が気に食わなかったらしい。舌打ちを頂戴してしまった。それ以前に、どこか刺々しい態度なので、元より退魔師という人種が嫌いなのかもしれない。仕方のない一面はあるので、伊織はそんな烏天狗の態度にも苦笑いを浮かべて肩を竦めるだけだった。流石に、肉体に精神が引っ張られる事があるとは言え、百五十年以上生きているのだ。そう簡単に波立つような精神はしていない。

 

 そんなある意味大人な態度をとる見た目子供の伊織に益々苛立ったように烏天狗は足を速めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「よう来てくれた。妾が京妖怪の統領、八坂じゃ」

 

 案内の烏天狗に通された部屋には、既に九尾をくねらせた妙齢の美人が待っていた。エヴァにも劣らぬ美しい金髪に金の瞳。大きめのキツネミミが見た目の妖艶さに反して何とも可愛らしい。“傾国の美女”と謳われる理由がよくわかる魅力的な女性だ。

 

 普通の男なら、思わず目を奪われて醜態を晒すところだろう。あるいは、心をも奪われるかもしれない。しかし、伊織は間違っても普通の男ではない。百年以上の長い時を絶世の美少女妻三人に囲まれて円満に過ごしてきたのだ。まして、武術と共に鍛え上げた強靭な精神は、常に凪いだ水面の如くである。

 

 故に、僅かな乱れもなく平然と挨拶を返した。

 

「協会より依頼を受けました。退魔師の東雲伊織と申します。はぐれ術師への対処はお任せ下さい。お嬢様に手は出させません、八坂殿」

 

 同じく自己紹介していくミク達。そんな伊織達を見て八坂は「ほぉ」と感心しているのか、面白がっているのかよく分からない呟きを漏らした。烏天狗と同じようにジーと目を細めて伊織を注視している。

 

 伊織が、若干、困ったように眉根を寄せて八坂を見返した。

 

「おっと、すまぬな。何とも見た目に反した精神をしているようで、少し興味深かったのじゃ、許しておくれ」

「いえ、よく言われますからお気になさらず」

「ふむ、それにしても……お主の連れは……エヴァンジェリン殿は、もしやカーミラかツェペシュに関わりが?」

「ん? それは名前か? 生憎、そんな名前は聞いたことがないが……吸血鬼か?」

 

 カーミラとツェペシュの名は有名だ。どちらも吸血鬼の大家であり、かの種族の二大派閥である。八坂は、エヴァを見て即座に吸血鬼と見抜いたので排他的な吸血鬼がなぜ人間の退魔師と行動を共にしているのか不思議に思ったのだ。

 

 しかし、その返答は更に困惑を深めた。吸血鬼でありながら、二大派閥の名を知らないなど普通は有り得ないことだ。それに、八坂の慧眼は、ミクとテトが人間でないことも看破していた。

 

「うむ。両名とも有名な吸血鬼の家名じゃ。同じ吸血鬼でありながら知らぬというのは何とも不思議じゃの……それに、吸血鬼といえば世界一と言っても過言ではないほど排他的な種族じゃ。なぜ、人間の少年と一緒にいるのか……それも不思議じゃの」

 

 八坂が殊更、エヴァを気にするのは、言ってみれば統領としての責務から来ている面が強い。よもや、吸血鬼族がよからぬことを企んでいるのではないか? と。

 

 言外に、それが伝わったのだろう。エヴァは、不機嫌そうに表情をしかめながら、さらりと八坂の予想斜め上を行く返答をした。

 

「伊織の傍にいるのは当たり前だろう。私は、こいつの妻なんだからな」

「は?」

 

 八坂の目が点になる。権謀術数の権化と数々の書に記されている九尾狐をして、エヴァの返答は全く読めなかったようだ。それだけ、この世界の吸血鬼は排他的であり、種族に対するプライドが高いのだ。自分達は最上・最高の種族と信じて疑わない。それ以外の種族は貴賎に区別なく全てゴミ程度にしか思っていないのだ。吸血鬼とそれ以外、という価値観が性根にまで浸透しているのである。

 

 なので、冗談でも吸血鬼が人間の男の妻であるなどと言う訳がなかった。八坂が顎をカクンと落とすのも仕方のないことだ。

 

「あ、私もマスターの妻ですよ! 念のため!」

「じゃあ、ボクも念のため。マスターの妻です」

 

 眼前で、誇らしげに胸を張りドヤ顔するミク達を見て、八坂が無言で視線を伊織に向ける。その眼は、明らかに「本当なのか?」と尋ねていた。なので、伊織も堂々と答える。

 

「ええ、確かに、全員、俺の妻です。もちろん、婚姻届はまだ出せませんけどね」

「……協会はまた、変わり種を送ってきたのぉ。はぁ、まぁよい。疑問は尽きぬが、協会も、はぐれの術師が我が娘を狙っているとわかっていながら、下手な人材を送ったりをせんじゃろ」

 

 八坂が、頭痛を堪えるような仕草をしながら嘆息していると、ふすまの向こうの廊下から「ステテテー!!」という何とも可愛い足音が響いて来た。その足音は、足を滑らせながら

伊織達の部屋の前まで来るとバンッ! と音をさせながら勢いよくふすまを開いた。

 

「母上! ぶじですか! えたいのしれない人間はどこですかっ!」

 

 どこか舌っ足らずな口調で飛び込んで来たのは、見た目四、五歳くらいの八坂を小さくしたような幼女だった。八坂を母上と呼んだことから、きっと彼女が九重なのだろう。ちんまい背丈にモフモフの九尾とキツネミミ。まるで金色の毛玉のようだ。

 

 その九重は、八坂の対面に座す伊織達を見つけるやいなや、一気に毛を逆立てて素敵な威嚇をして下さった。全く怖くないどころか、その手の紳士が見たら一発で理性を飛ばされかねない凶悪なまでの愛らしさだ。

 

 実際、ミクとテトは飛ばされたようである。京妖怪統領の御前というのも忘れて、その高速機動を遺憾無く発揮し、一瞬で幼姫に飛び掛かった。

 

「「かっわぃいいいいいい!!!」」

「ぬわぁあ!? なんじゃ!? やめるのじゃ~!! 九重をだれだとおもっておるのひゃん!? しっぱはやめるのじゃぁ~、うぅ、母上ぇ! たすけてくださいぃ~!」

 

 ミクとテトにもみくちゃにされて涙目になっている九重。それを見て、エヴァが過去の自分を思い出し遠い目をする。

 

「あ~、うちの連中がすみません」

「いや、可愛がってくれているようじゃし構わんよ。どうやら、勘違いして暴走しておったようじゃしの。ちょうどいい仕置になる」

「勘違い……得体の知れない人間ですか。俺のことですね、きっと」

「まぁ、こちらにも人間――特に退魔師を目の敵にする奴等はおる。大方、そ奴らの話を立ち聞きでもしたんじゃろ。その辺は、協会と変わらんよ」

「なるほど」

 

 娘の悲鳴と妻達の暴走を尻目にズズズとお茶を啜りながら話を続ける八坂と伊織。ずっと黙っていたチャチャゼロの「ケケケ」がやけに明瞭に響いた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「うぅ~、ひどいめにあったのじゃ……」

「悪かったな。うちの連中は、可愛いもの目がないんだ。許してやってくれ」

「……母上といっしょに、しらんふりしておったくせに……」

 

 九重のジト目が伊織に突き刺さる。伊織の後ろでは流石にやり過ぎたと思ったのかミクとテトがバツ悪そうな顔をしていた。

 

 現在、伊織達は、九重の話し相手を務めつつ、屋敷を案内してもらっていた。一応、彼女の護衛として来ているわけなので、はぐれ術師の捕縛または討伐が本当の任務であっても傍には待機しておこうというわけだ。それとは別に、ミク達が九重を構いたくて仕方がないというのもある。

 

「それにしても……針のむしろだな……」

「む? すまぬ……みな、しんぱいしてくれているだけなのじゃ。おそわれたとき、たくさんの仲間が九重をまもって死んでしもうた。それでみな、ぴりぴりしているのじゃ」

「九重……」

 

 伊織は、自分の呟きを九重がきちんと理解し謝罪した上、フォローの言葉を述べたことに驚いたような表情になった。

 

 周囲は、妖怪の本拠地なだけあって、実に様々な妖怪達がそこかしこにいるのだが、そのほとんどが伊織達に非友好的な眼差しを送っている。それは、退魔師が嫌われているというのもあるが、今回の襲撃に人間が関わっていて、しかも多くの護衛達が亡くなった事に起因しているのだろう。あとは、そんな人間が自分達の姫の傍にいるというのも気に食わない理由の一つに違いない。

 

 だが、そんな自らの感情を隠しもせずぶつけてくる妖怪達の中にあって、まだ幼い九重は全て把握した上で、両者の中間に立った言葉を紡いだ。これは中々できないことだ。九重は、襲撃の現場で倒れていく仲間を見ていたはずなのだから。

 

 調和を重んじて、人間側とのバランスを上手くとっている八坂の高潔な精神を、この幼い姫狐はしっかり受け継いでいるらしい。伊織は、周囲を見渡しながら、どこか申し訳なさそうに眉を八の字にしている九重の前にしゃがみ込んだ。目線の高さを合わせるためだ。

 

「そんな顔しないでくれ、九重。別に、彼等の視線を不快に思ったりしていない。大事なお姫様の傍に退魔師がいるんだ。警戒するのも、胡乱に思うのも当然のことだよ。むしろ、彼等が、どれだけ九重を大事にしているのか分かって何だかこっちまで嬉しくなったよ」

「お主……」

 

 九重は、自分の前で跪き優しく目を細めて語る伊織に目を丸くした。

 

「九重はすごいな」

「な、なんじゃ、いきなり……」

 

 いきなりの褒め言葉に、九重は落ち着かない様子でそわそわする。

 

「いくら妖狐と言っても、年はさほど見た目と反していないんだろう? なのに、もう八坂殿の高潔さをしっかり受け継いで、皆の事を考えられている。将来は、きっと立派な妖怪の統領になれるな」

「そ、そうかの? そう思うかの? 母上には、しかられてばかりなのじゃが……」

「そりゃあ、それだけ九重に期待しているからだろ? 見込みがない相手をわざわざ叱ったりするほど八坂殿は暇じゃないさ」

「そ、そうか。九重は母上に期待されておるのか……」

「ああ。少なくとも、今日初めて会った俺達は、九重は八坂殿の自慢の娘なんだなって思ったよ。今こうして話していても、確かに立派なお姫様だと感じている」

 

 伊織が、九重から視線を逸らし傍らのミク達を見上げる。釣られて九重も見上げれば、ミク達も優しげな眼差しで九重に頷いた。それで伊織の言葉が嘘偽りないものだと確信したのか、恥ずかしげに頬を染めてモジモジし出す九重。初対面の天敵ともいえる退魔師からそう言われたことが尚更嬉しかったようだ。

 

 小さな九尾とキツネミミがわっさわっさと動いている。

 

「「かわぇええ~~」」

「むぅ、これは何とも……くっ、さっき愛でておけばよかったっ」

「ケケケ、御主人、目ガヤベェゼ。ホドホドニシトケヨ」

 

 九重は、先程もみくちゃにされた事を思い出して、ビクッと震える。そして、少し迷ったあと、ササッと伊織の背後に隠れた。伊織の背中にしがみつきながら、肩越しに顔を覗かせてミク達を警戒している。

 

 敢えて言おう。九尾っ娘、マジぱないっす、と。

 

 しばらくの間、伊織を盾にすることを覚えた九重と“九重ちゃんを愛で隊”を結成したミク達との静かな、されど苛烈な攻防が繰り広げられた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 時刻は夕刻。俗に言う逢魔が時。

 

 一日の大半を共に過ごした九重と伊織達はかなり打ち解けていた。特に、屋敷の中庭で伊織達がライブをしたのが、一気に仲良くなった原因だろう。なにせ、それまで刺々しい視線をくれていた他の妖怪達でさえ懐柔してしまったのだから、伊織達の音楽はやはりとんでもないとしか言えない。

 

 妖怪の屋敷には似つかわしくない、バリトンサックスの黄金の輝きや、エレキギターの快音、ベースの重低音、ヴァイオリンの優美さ、それら全てが妖怪達にとって新鮮で、かつ、奏でられる旋律が極上となれば無視などできようはずもなかった。途中からは八坂まで現れ耳を澄ませていたくらいだ。

 

 現在、伊織達は九尾の親子と共に夕食を御呼ばれしている。側近達の中には、退魔師と食事を共にするなど! という者もいたが、ライブの影響で友好度が増していた事と、何より九重がどうしても一緒がいいと譲らなかったため実現した卓だ。

 

「……美味いな。妖怪の料理っていうから何が出るかと身構えていたんだが……」

「普通に和食だったな。ふむ、中々、悪くない」

「ケケケ、イイ酒持ッテンジャネェカ」

 

 伊織が、目の前の肉じゃがに舌鼓を打ちつつ感嘆の言葉を漏らす。続いて、エヴァとチャチャゼロも、満足気な表情で感想を述べた。

 

「そうか、そんなにおいしいか! うむうむ、ならば、伊織には九重のお魚もあげるのじゃ。たんと食べるといい」

 

 九重が、伊織の感想に相好を崩しながら、そそと眼前の焼き魚を伊織の方へ追いやろうとした。そこに落ちる尻尾の一撃。

 

ガツンッ!

 

「ひぅ! い、いたいです……母上」

「九重、さりげなく嫌いなものを押し付けるでない。いつまでも好き嫌いをしておっては大きくなれんぞ」

「うぅ、お魚……伊織ぃ」

 

 どうやら、九重は魚が苦手らしい。八坂からもらったお叱りの一撃に涙目になりながら、伊織に助けを求める。

 

「九重、頑張って食べような?」

「!? 伊織は母上と九重、どっちのみかたじゃ!」

「伊織さんは、娘を思う母親と頑張る子供の味方だよ」

「へりくつじゃ……ぐすっ」

 

 すまし顔で答える伊織に、拗ねたような表情をしながら箸で焼き魚を嫌そうにつつく九重。そんな娘の様子を見て、八坂が思わず失笑した。

 

「一日で随分と仲良くなったのぉ」

「伊織達とはともだちになりました。母上、九重は、伊織から音楽をおしえてもらうのです」

「ほほぉ、あの音楽をか。あれは見事だった。だが、あれほどの演奏となれば習得は容易ではないぞ?」

「がんばります!」

「ふふ、そうか。では、最初の一歩としてきちんと魚を食べよ。大きくならねば、楽器などまともに扱えまい」

「! うぅ、話がもどってきたのじゃ……」

 

 そんな感じで和気あいあいと食卓を囲み、そろそろ皆食べ終わるかという頃。

 

 それは起こった。

 

バキャァアアアン!!

 

 空間全体に響き渡る破砕音。まるで砲弾を撃ち込まれてガラスが砕け散ったかのような異音だ。

 

「なっ、結界が破られた!?」

 

 驚愕もあらわに八坂が声を張り上げた。にわかに周囲が騒がしくなり、先日の襲撃を思い出したのか九重が怯えたように身を竦ませる。

 

 伊織は、直ちに耳を澄ませ、同時に【円】を行使した。直ちに広がっていく伊織の知覚。それが、京妖怪の本拠地である異界の境界線に無数の気配を捉えた。

 

「八坂殿。四方より無数の鬼が迫っているようです。数は百を優に超えている。東西南北それぞれに一線を画すレベルの鬼がいる。数は六体。四体が同レベルで、更に強力な二体が北から接近中です。特に、北の一体は……貴方と遜色ない気配を発しています」

「! 中々、感知能力に長けておるようじゃな。伊織よ。人間の術師はどうじゃ?」

「結界内に気配は感じません」

「ふむ、こちらも人間の気配は掴めんの……あるいは、結界の外か……伊織よ」

「わかっています。既に捜索を始めています。俺達は、はぐれ術者を追いますよ。……八坂殿、ご武運を」

「そちらもの。事が終わったら、九重に音楽を教えてやっておくれ」

 

 伊織と話しながら念話のようなもので矢継ぎ早に指示を飛ばす八坂。その表情は先程までの穏やかなものとは全く異なり、大妖に相応しい威容を湛えている。常人なら傍にいるだけで妖気に当てられて発狂するかショック死しかねない迫力だ。

 

「伊織……行ってしまうのかえ?」

「九重……」

 

 立ち上がりミク達と頷き合う伊織の服の裾をギュッと掴んで見上げてくる九重。伊織は、不安そうな九重の眼前に跪くと、身につけていたイヤリングを外しながら九重に語りかけた。

 

「九重。お前の母親は何者だ?」

「え? あ、う、と、とうりょうじゃ。妖怪のとうりょうじゃ」

「そうだ。九重のお母さんは強い。だから、その娘である九重が、そんな情けない顔するな。お前には役目があるだろう?」

「やくめ?」

 

 首をかしげる九重。そんなものあったかしらん? と頭上に大量の“?”を浮かべる。

 

「そうだ。それは、九重を守ろうとする者達を信じることだ」

「しんじる……」

「誰だって、守るべきお姫様が勝利を信じてくれていると分かれば、やる気も力も溢れるもんだ。力がなくたって戦う方法はいくらでもあるんだぞ?」

 

 九重は、伊織の言葉を口の中で反芻する。丸まっていた九尾がモコモコと活気づくように動き出した。

 

「それでも不安を消せないというなら、九重にこれを貸そう」

「これは……耳飾り?」

「ああ。本当に必要だと思ったとき、助けて欲しいと思ったとき、それを持って俺の名を呼べ。種族の問題とか協会との約定とか、そんなもん全部無視して必ず助けに来てやる」

「伊織……うむ、わかったのじゃ!」

 

 伊織は、優しい手付きで九重の頭をポンポンと軽く撫でると、苦笑いしている八坂に一つ頷き、ミク達を引き連れて屋敷を飛び出してった。

 

 魔法で異界の空を飛びながら眼下の戦闘を見る。大量の鬼と様々な妖怪達がまさに死闘というべき激しい戦いを繰り広げていた。伊織達が向かうのは、正規の出入り口だ。破られた結界は直ぐに八坂によって修復されたので、影響を与えないように念の為、転移魔法は使わない。

 

 背後から莫大な力と力がぶつかり合い始めたのを感じながら、伊織達は自分達の仕事を完遂するため、まだ見ぬはぐれ術師を探して外界へと飛び出すのだった。

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

言うまでもなく、原作にはない展開です。
どうしても、原作前開始前に九尾っ娘と絡ませたかったのでオリ展入れました。
細かいところはスルーでお願います。


原作を調べたのですが、九重の正確な年齢がわかりませんでした。
原作の時点で小学校低学年くらいらしく、伊織は一誠と同い年の設定なので、大体三、四歳くらいで舌っ足らずな感じです。

……狐っ娘、パネェ

と、感じて貰えれば嬉しいです。

イヤリングについて
元は場所を示すだけのロストロギアですが、研究解析によりピンチの時に声が届くという仕様を追加しました。

次回も、二日以内には更新できるようにします。

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