重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

34 / 73
第33話 異世界の英雄VS鬼 前編

 

 十七夜月を縁側から眺めながら、伊織は、ズズズッとお茶を啜った。

 

 異界の空は外のそれと同じらしいので、月の満ち欠けや美しさも同じである。傍らにはいつもの如く伊織の愛すべき家族の姿があった。だが、今日はそこにもう一人が加わっている。傍らというより、伊織の膝の上にちょこんと座り、完全に弛緩して背を伊織の胸元に預けてる幼姫――九重だ。ちっちゃな足を縁側の外へ垂らし、可愛らしくぷらぷらさせている。

 

 伊織達は、現在、テトのアーティファクト【賢者の指輪】で修復した八坂の屋敷で決戦に備えて英気を養っているのである。江戸風の町並みや周囲の土地は荒れ放題のままではあるが、エヴァの神器【聖母の微笑】で負傷した妖怪達はあらかた回復した事もあり、十中八九、襲撃してくるであろう酒呑童子達との決戦に備え、要たる伊織達は優遇されているのだ。

 

「のう、伊織。……伊織は……かてるじゃろ?」

 

 ボーとしていると、九重が突然、ポツリと零すように不安を口にした。胸元から揺れる瞳で見上げてくる。

 

 伊織は、そんな九重に目元を和らげると、ひどく優しい手付きで九重の綺麗な金髪を梳いた。そして、気持ちよさ気に目を細める九重に、特に気負いを感じさせない自然な口調で返す。

 

「もちろんだとも。九重、実を言うとな……俺はとある神様にだって勝った事があるんだぞ? 酒呑童子くらいどうって事ないさ」

「そ、そうなのかえ? 伊織はすごいんじゃな!」

 

 目を丸くする九重。少々純粋すぎる気がしないでもない。きっと、伊織に全幅の信頼をおいているのだろう。隣のミク達が、微笑ましそうに九重を見つめながら、安心させるように言葉を続ける。

 

「そうですよ~、マスターはすごいんです。何百年も続いた厄災を終わらせた事もあるんですよ」

「なんとっ! すごいではないか!」

「それだけじゃないよ。世界を滅ぼしそうな猛毒を封じて沢山の人を救った事もあるんだよ~」

「世界となっ! 伊織は世界を救った事があるのかっ!」

「むしろ、世界を作った事もあるな。こいつが“やる”と決意して出来なかったことはないぞ」

「お~、伊織はえいゆうなのじゃな! しゅてんどうじなんて目ではなないのじゃ!」

「ケケケ、マァ、確カニ、コイツガ何カヲシクジッタトコロハ見タコトガネェナ」

 

 客観的に聞けば与太話以外の何物でもないのだが、九重は瞳をキラッキラッさせながら頬を上気させて全て素直に信じてはしゃぐ。全員が、ちょっと純粋すぎるわ! と悶えそうになっていた。ミク達の頬が上気している。危険な兆候だ。いつ九重に襲いかかってもおかしくない。

 

 取り敢えず、伊織はミク達が暴走しないよう九重を隠すように抱き直した。しかし、それが嬉しかったのか九尾をふりふりしながらへにゃりと笑うものだから、かえってミク達を興奮させたようである。念の為言っておくと、単に子供が好きなだけで、紳士の類では断じてない。

 

 そんな風に、これから鬼神レベルの大妖とその強力無比な配下達との戦いを控えているとは思えないほど和やかな時間を過ごしていると、八坂がやって来た。

 

「ふむ、(いくさ)の前とは思えんほど落ち着いておるな。……まるで、歴戦の戦士のようじゃ」

「八坂殿……まぁ、大きな戦いは初めてではないですよ」

 

 伊織達の落ち着きように興味深げな眼差しを向ける八坂に、伊織は曖昧な答えを返す。別に隠すような事でもないが、説明には少々時間がかかりそうなので今話す事でもないだろう。

 

「母上、伊織はすごいのです。実は……」

 

 九重が、同じように縁側に座した八坂に、まるで自分の事のように先程聞かされた伊織の武勇伝を語って聞かせる。それに、割かし本気で興味があるようで、八坂は「ほうほう」と何か考えるように相槌を打つ。おそらく、その頭の中では伊織に対する幾通りかの可能性が思い浮かんでいるのだろう。

 

「なるほどのぉ~。それにしても、九重は随分と伊織を気に入ったのじゃな」

「はい、母上。九重と伊織はともだちなのです。とってもなかよしなのです」

「ほうほう、友達とな……ふ~む」

 

 そう言って、伊織の腕にギュッと抱きつく九重。それを見て、八坂が面白げな笑みを浮かべる。そして、その視線がチラリとミク、テト、エヴァの順に巡り、更に面白そうな表情になると、尻尾をしゅるりと動かして伊織の膝上から九重を抱き上げ、自分の膝上に下ろした。

 

「母上?」

「ふふ、九重よ、ちょっと耳を貸すのじゃ」

 

 困惑する苦悩のキツネミミに八坂がそっと口を寄せる。ご丁寧に簡易の結界まで張り盗聴を防止して、ゴニョゴニョと何かを呟いている。その内容が聞こえずとも分かったのか、ミクとテトは「あらら~」と困り気味の笑み漏らし、エヴァは呆れたような表情になった。

 

 そして、八坂から何かを吹き込まれていた九重はというと、最初は訝しげに眉根を寄せ、次に驚いたようにミク達を見つめ、最終的に伊織を見て真っ赤になるとあたふたし始めた。九尾とキツネミミは今までにない程激しく揺れている。内心の動揺を表しているようだ。

 

「八坂……お前は、こんな幼子に何を吹き込んでいるんだ」

「ふふ、なに、娘の将来を心配する母親のお節介よ。こういうのは早目に意識させておくに限る。それともエヴァンジェリンよ。我が娘が恐いかえ? 親の贔屓目に見ても、九重は美人になるぞ?」

「はぁ、この女狐め、とでも言っておこうか」

「ふふふ」

 

 その会話で伊織も何となく八坂の意図を察して、エヴァ同様呆れたような視線を向けた。不意に目のあった九重は、ビクッとすると途端にあたふたし始める。女の子は早熟というが、九重も例に漏れないようだ。おそらく姫という立場がそうさせたのだろう。十分そういう事を意識できる年頃らしい。

 

 と、その時、突如、大気が震え始めた。

 

「……来たか」

 

 伊織が縁側から降りて地面に立つ。その視線は、八坂と崩月が激突し更地となった場所に向いていた。伊織に合わせて、ミク達も立ち上がる。

 

「伊織……」

 

 九重が、トテトテと歩み寄り伊織の服の裾をギュッと握り締めた。伊織は、微笑みながら九重の頭を撫で強く頷き、言外に「大丈夫」と伝える。九重は、以前、伊織に言われた役目を思い出し、一度瞑目すると、同じく力強く頷き返して自ら手を離した。その真っ直ぐの瞳は「信じている」と伊織に伝えている。

 

「では、八坂殿。幹部クラス以外の鬼と霊脈の調整は任せます」

「うむ。任された。妖怪の問題に、主等を矢面に立たせるのは心苦しいが……どうか、頼む。新たな神滅具の担い手よ」

 

 伊織は八坂の言葉にも力強く頷くと、ミク達と共に空を飛び去った。

 

「母上……」

「信じよ、九重。人は強い。あの少年は、その体現者ぞ。元来、超常の存在を討つのは人間と決まっておる。……それに」

「それに?」

「ふふ、この八坂が認めた娘の婿候補が、こんなところで負けるわけなかろう?」

「は、母上! そ、その話はっ! うぅ~」

 

 小さな狐姫の心配と信頼と僅かな将来の期待を含んだ呻き声が木霊した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 空を飛ぶ伊織達の眼下で、鬼の大群が土埃を巻き上げながら進軍している光景が広がっていた。ミクが仕入れた情報通り、下級、中級の鬼の群れは特に強化されている様子はない。やはり、霊脈のバックアップを受けられるのは酒呑童子だけのようだ。

 

 と言っても、その鬼が強力な存在である事に変わりはなく、傷は癒えたといっても多くの仲間を失い、体力までは回復していない妖怪達では厳しい戦いになることは自明の理だ。八坂はおそらく力場の調整に掛かりきりとなってしまうだろうから、あまり期待は出来ない。

 

 なので、彼等の助けとなるべく、伊織は自身の神滅具を発動した。伊織を中心に、三体の魔獣が出現する。いや、それは魔獣というには少々趣を異にしている。

 

 一体は、大型の盾と長大な槍を持った全身甲冑の黒い騎士。二体目は、野太い後ろ足を持ち背中から翼を生やした体長二メートルの兎、三体目は、髑髏のような容貌に二本の長い腕を持つ細身の人型。順に

 

――魔獣創造 ナイト

――魔獣創造 ホワイトラビット

――魔獣創造 マッドハッター

 

 という。

 

 三体の作り出された魔獣は、そのまま眼下の鬼の群れへと上空から強襲した。

 

 まず、ホワイトラビットがミクやテトを思わせる超高速飛行で姿をぶれさせ、翼に掘られた特殊な溝を利用して衝撃波を発生させる。一瞬で群れを通り抜けたホワイトラビットの軌跡には、片腕をちぎられたり、衝撃で大きく吹き飛ばされた鬼達がゴロゴロと転がっていた。

 

 それでも流石の頑強さで、直ぐに襲撃者を探して視線を巡らせる鬼達。そこへ、高熱を発する閃光が襲いかかった。マッドハッターが、その巨大な掌から放つ炎熱変換された魔力砲撃である。

 

 ホワイトラビットにより混乱していた鬼達が、防御姿勢をとる暇もなく炎熱魔力砲撃の輝きに貫かれて消滅した。

 

 上空に注意を向けた鬼の一部が、撃墜せんと近くの石を拾って、その莫大な膂力を以て砲撃じみた投石を行う。しかし、飛行を行う無防備なホワイトラビットを庇うように背中の魔力スラスターを噴かして空中を移動したナイトが、その手に持つ魔力を纏った盾で全て防いでしまった。

 

 そして、投石を行った鬼のど真ん中に着弾とも言うべき着地をすると間髪入れずに槍を振るう。その槍はキィイイイイ!! という独特の音色を響かせており、円を描くように振るった後には、粉砕された鬼の残骸だけ盛大に散らばった。ナイトの持つ槍は、高速振動をしており、いわゆる振動破砕を起こす槍なのだ。

 

 そう、知っている人は知っている。三体の創り出された魔獣は、かのARMSをモデルとしているのだ。伊織が、魔獣創造の鍛錬において偶然出現した“破壊の王”とそっくりの魔獣から連想して、それならナイト達も創れるんじゃないか? と考えたのだ。

 

 ちなみに、魔獣達には魔導を組み込んでおり、いわば【魔獣創造】と【魔導】のハイブリッドとなっている。原作ARMSを再現しようという伊織の試みだ。ホワイトラビットの高速飛行は移動魔法【ソニックムーブ】や【ブリッツアクション】の産物であり、マッドハッターの砲撃は炎熱変換機能付き砲撃魔法【ディバインバスター】で、ナイトの盾は【ラウンドシールド】、槍は近接魔法【ブレイクインパルス】の応用だ。

 

 ホワイトラビットがかく乱し、マッドハッターが砲撃し、前衛をナイトが務める。それにより、鬼達の何割かが足止めを余儀なくされた。これで、妖怪達の戦いも少しは楽になるだろう。向こうには、ミクの分身体も配置しているので、滅多な事はないはずだ。

 

 伊織は、ナイト達が上手く戦えている事を見届けると、その場を任せて飛行を続けた。

 

 と、五秒も進まない内に、伊織達に向けて先程のものとは比べ物にならないくらい巨大な石やへし折られた木々が投擲されてきた。速度も比べ物にならない。まさしく砲弾である。

 

「ボクに任せて、マスター」

 

 そう言うやいなや、テトが二丁の拳銃型アームドデバイス:アルトを抜き撃ちする。

 

ドパァアアン!!

 

 銃声は一発。されど放たれた弾丸は左右から六発ずつの計十二発。しかも唯の弾丸ではない。その全てが、念能力により【周】を施され、更に目標にヒットした直後、内包された魔力が破裂する【バーストショット】だ。

 

 一ミリの狂いもなく全ての投擲物の真芯を捉えた魔弾は、意図した通り、対処を全て粉微塵に砕いた。

 

「でかい気配が四つ……酒呑童子の四天王という奴か。それに迂回するように九重のもとへ向かっている気配が一つ……この音は茨木童子か」

「どうしますか、マスター」

 

 一瞬、考える素振りを見せた伊織は、直ぐに結論を出した。

 

「酒呑童子は動いていない。俺を待っているんだろう。下手な被害を出されても困るから、俺は奴のもとへ行く。ミクとテトで四天王を、茨木童子はエヴァとチャチャゼロに任せる。頼んだぞ」

「はい、マスター!」

「了解だよ、マスター」

「いいだろう。同じ“鬼”としてどちらが格上か刻みつけてやる」

「ケケケ、久々ノ殺シ合イダゼ」

 

 四人と一体は、互いに頷くと一気に散開した。互いに心配の言葉は掛けない。いつも通りの修羅場で、いつも通り勝利を収めて、いつも通り救いを求める者を救うのだ。退魔師と名称を変えても、伊織が騎士である事に変わりはなく、彼女達はそんな伊織を支える家族だ。故に、敗北はない。全員が、そう確信しているのである。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ミクとテトが降り立った先には、熊童子、虎熊童子、星熊童子、金熊童子の四天王が全員揃っていた。おそらく、はぐれ術師のもとへ潜入した際のミクを見て、容易ならざる相手と思ったのだろう。鬼ならば一対一を好みそうだが、果たして……

 

「よぉ、嬢ちゃん。やっぱり生きとったな。大将の一撃で消し飛んだかと心配もしたが、案の定で安心したわ」

「あらら? 心配してくれたんですか?」

 

 おそらく熊童子と思われる鬼の言葉に、ミクが不思議そうな顔をする。

 

「そりゃなぁ。呪縛から解き放ってくれたわけやし、わいらの恩人と言えば恩人やろ。しかも、嬢ちゃんなら自分で野郎の始末も出来たやろうに、あんなまどろっこしい方法とって大将に殺らせてくれとったしなぁ」

「わしらが直接殴れんかったのは悔しいが、それでも野郎が消し飛んだ時はスカったしたわ!」

 

 そう言ってガッハッハ! と豪快に笑う四天王達。鬼でも、やっぱり恩とか感じるんだなぁ~と割かし失礼な事を考えつつ、テトと顔を見合わせるミク。しかし、感心したのも束の間、次の言葉でやっぱり所詮、鬼は鬼だと直ぐに思い直した。

 

「まぁ、単純に生きててくれな戦えへんしな!」

「「「まったくだ!」」」

「結局、脳筋の戦闘狂じゃないですか」

「ミクちゃんの人気ものぉ~」

 

 溜息を吐くミクに、テトがからかい混じでツンツンと突く。そんな二人を尻目に、四天王達は誰が最初に戦うかで揉めだした。やはり、一対一がいいらしい。しかし、そんな鬼達の矜持やら主義に付き合ってやる理由など全くないので、ミクはビシッ! と、四天王に指を突きつけた。

 

「四天王さん! 注目!」

「「「「あぁ?」」」」

 

 ミクの呼び掛けに、四天王が一斉に顔を向ける。そこで、ミクは酒呑童子にしたのと同じように指先をクイックイッと曲げて言葉と共に挑発した。

 

「ガタガタ言ってないで、全員纏めって掛かって来て下さい。一人ずつなんて……時間の無駄です」

「「「「………………上等だぁ、ゴラァ!!」」」」

 

 一瞬の沈黙の後、四天王はあっさりミクの挑発に乗って飛びかかった。ミクを殺すのは早い者勝ちとでも言うように、ひしめき合いながら突進してくる。そんな、ある意味無防備な彼等を前にして、一発の弾丸が冷や水を浴びせた。

 

――念能力 拒絶の弾丸

 

 有機物、無機物に関わらず、対象を分解してしまう必殺の弾丸だ。その一撃で咄嗟にかざした腕を丸ごと消滅させられた熊童子が驚愕をあらわに、その犯人であるテトに視線を向けた。

 

「ボクもいるのに、無視はひどいな。あんまり舐めてると、直ぐに終っちゃうよ?」

 

 くるくるとガンスピンさせながら、そんな事をいうテトに熊童子の眼が剣呑に細められた。

 

「やってくれるやないか。嬢ちゃん。八つ裂きやすまへんで」

「できるかな? ボクは結構強いよ?」

「はっ、あの小僧は中々胆力のある女ばっかり侍らしとるなぁ。ええで、まずは嬢ちゃんからぶっ殺したらぁ!」

 

 熊童子は片腕がなくなった事などまるで気にした風もなく、猛烈な勢いでテトに襲いかかった。同時に、虎熊童子も、テトを面白いと見たようでミクから標的を変更して襲いかかる。

 

 テトは、右のアルテを虎熊童子に、左のアルテを熊童子に向けて同時に発砲した。

 

――銃技 ピンポイントショット

――直射型射撃魔法 ヴァリアブルバレット

 

 多重弾殻形成された魔弾が【周】を施された状態で放たれる。二鬼に向かう弾丸の数はそれぞれ六発ずつ。それが全く同じ軌道で、ほぼ同時に着弾する。

 

ドドドドドッ!!

 

 そんな音を響かせながら着弾したテトの魔弾は、防御に掲げた熊童子と虎熊童子の腕を綺麗に貫通した。一発では、鬼の並外れた防御力を突破できなかっただろうが、流石に障壁破壊を目的とした魔弾の同箇所同時攻撃は防ぎきれるものではなかったようだ。

 

 だが、確かに血肉を撒き散らしダメージを負ったはずの鬼達は、まるで何事もなかったかのように突進を継続。そのままテトのいる場所に挟撃する形で拳を振り下ろした。

 

ヴォ!!

 

 空気が破裂するような音をさせてテトの姿が掻き消える。瞬間移動じみた高速機動だ。

 

「チッ! 紅髪の嬢ちゃんも早いじゃねぇか!」

 

 虎熊童子が、裏拳を背後に放つ。消えたテトが、一瞬で己の背後に回った事を察知したからだ。テトは、豪速で迫る丸太のような腕をかがみ込むことで回避しつつアルテを続け様に発砲した。

 

ヂヂヂヂッ!!

 

 撃ち放たれた弾丸は、しかし、虎熊童子には当たらず、その股下を潜り抜ける。テトの狙いは最初から虎熊童子ではなく、その巨体を壁にしてもう一体の鬼の死角に入ること。紅色を見失った熊童子に、虎熊童子の股下を抜けて地面の窪みに跳弾した弾丸が襲いかかる。

 

「うぉおお!?」

 

 狙いは単純。熊童子の眼球だ。飛び跳ねた弾丸が何の冗談かと思うほど正確に熊童子の眼を目掛けて殺到する。熊童子は、思わず悲鳴を上げながらも何とか首を捻り、こめかみを抉られるだけで死を免れた。

 

 と、熊童子が安堵の吐息をつく暇もなく、その体に紅色に光り輝く円環がまとわりつた。

 

――捕縛魔法 レストリクトロック

 

「ぬぉーー、何じゃ、これはぁ!」

「こなくそがぁーー!!」

 

 見れば、いつの間にか虎熊童子にも同じように紅の円環がはまり込んで、その動きを拘束していた。突然の、見た事もない拘束術に悪態を吐きながらも二鬼は雄叫びを上げながら筋肉を隆起させ、妖力を爆発的に練り上げる。

 

 その力の大きさは流石、四天王と言うべきレベル。強力な拘束魔法である【レストリクトロック】が早くも悲鳴を上げている。破壊されるまで数秒といったところか。しかし、それだけあれば時間稼ぎには十二分。

 

「アルス・ノーバ・アド・リビドゥム 来れ雷精 風の精! 雷を纏いて 吹きすさべ 南洋の嵐 【雷の暴風】!!」

 

 いつの間にか距離をとっていたテトが真っ直ぐ手を突き出す。次の瞬間、激しくスパークする雷の砲撃が地面を削り飛ばしながら撃ち放たれた。凄まじい轟音を立てながら螺旋を描いて直進する暴威は、大気すら灼き焦がす。

 

 戦慄の表情を浮かべる二柱の鬼が死に物狂いで拘束を解こうと暴れた。間一髪、虎熊童子は拘束を破壊して身を投げ出すことに成功。背中を焦がす雷撃の嵐を感じながらそのままゴロゴロと無様に転がって安全圏へと離脱する。

 

 しかし、テトにより片腕を喪失していた熊童子はコンマ数秒、拘束から逃れるのが遅れてしまった。それは致命の遅れ。ズドンッ! と音を立てながら【雷の暴風】は容赦なく熊童子を光の中に呑み込んだ。

 

 しかし、流石は四天王の称号を冠する鬼。熊童子は、まさに鬼の形相で妖力を高め、荒れ狂う雷光の暴威に耐えようとする。焼き爛れる外皮に、蒸発していく腕の傷口。急所を庇う腕は既に炭化している。

 

 それでも、熊童子は耐え切った。雷の嵐が過ぎ去り、凶悪な爪痕が残った大地の上で全身から白煙を吹き上げながら、それでも堂々と仁王立ちする。そして、食いしばっていた口元をニヤリと不敵に歪め、どんなもんだと挑発混じりの眼光を送る。

 

 だが、テトのターンはまだ終わっていない。それを証明するように、熊童子の眼は大技を撃ち放って残心しているはずのテトの姿ではなく、すぐ眼前に迫った靴裏を捉えていた。

 

ベキィ!!

 

 念による【硬】を施された飛び蹴りが熊童子の無防備な顔面にヒットする。少女の見た目からは想像も出来ない凄まじい衝撃が彼の脳を揺さぶった。そのまま仰け反り倒れそうになるのを、咄嗟に足の指で地面を噛んで踏ん張ろうとする。

 

 が、それも読まれていたらしい。

 

ドパンッ!

 

 そんな銃声と共に、熊童子の足の指がピンポントで撃ち抜かれる。その結果は言わずもがな。

 

 熊童子は、サマーソルトでもする勢いで後方へと後頭部から倒れ込んだ。【雷の暴風】によるダメージも相まって飛びそうになる意識を気力と矜持で繋ぎ止める。そして、ほとんど無意識に、戦闘本能そのままに炭化した腕を振るって顔面上のテトを薙ぎ払おうとした。

 

 しかし、その一手は、

 

「ずっとボクのターンだよ?」

 

 そんな素敵な言葉と共に封じられる。

 

「解放、【雷の投擲】」

 

 直後、熊童子の顔面を踏みつけたテトの足から長大な雷の槍が解放され、無残にも彼の頭部を貫いた。そして、そのまま蓄えられた電撃を直接頭の中へスパークさせる。

 

「ガァアアアア!!」

 

 熊童子の絶叫が響き渡る。しかし、【雷の投擲】はそんな悲鳴など関係ないと言わんばかりに容赦なく熊童子を地面に縫い付けながらスパークし続け、遂に、屈強な鬼を陥落させた。持ち上がった熊童子の腕が力なくパタリと地面に投げ出される。

 

「よぉ、やってくれたなぁ、嬢ちゃん。あいつの仇を討たせてもらおうかっ!」

「いや、死んでないよ? それより、ほら足元」

「あぁ? んなっ!?」

 

 虎熊童子が、その言葉とは裏腹に強敵を前にして喜悦を浮かべる。しかし、そんな虎熊童子に対して、テトは飄々とした態度を以て彼の足元を指差した。

 

 言われるままに足元を見た虎熊童子の眼に、八卦図が描かれた古びた布が映った。

 

――神器 十絶陣が一つ 金光陣

 

 虎熊童子が驚愕に眼を見開いたまま、その姿を消す。十絶陣によって創られた空間の中へ引き摺り込まれたのだ。

 

 今頃、虎熊童子は、草木一つ生えていない荒地において、天に輝く金光により作り出された己の影に襲われている事だろう。その影は、本体である虎熊童子の十分の一程度の力しか持っていないが、影が負ったダメージは全て虎熊童子に反映される。つまり、戦えば戦うほど“自滅”していくのだ。

 

もちろん、ただ防御と回避に徹していれば問題はない。虎熊童子がそうするかは分からないが、一応、脳筋の鬼には効果的な捕縛陣(・・・)として機能するだろう。

 

 鬼に対して殲滅戦をするわけではないので、念の為、位の高い鬼を最低でも一体は確保しておこうという腹だ。生き残りの鬼を野放しには出来ないし、野の鬼達も多数いるので、無闇に他者に襲いかからないと約束させて下っ端を纏めて貰もらうのだ。

 

 もっとも、視線を巡らせば、少し離れたところで体中にネギマークを付けてぶっ倒れている星熊童子と、四肢を斬り飛ばされて力なく倒れ伏しているものの生きている金熊童子がいるので、どちらかと言えば、単に、実戦で神器を使ってみたかったというテトの茶目っ気だったりする。

 

「ミクちゃん、お疲れ~」

「テトちゃんもお疲れです~」

 

 ミクとテトが、パンッ! と笑顔でハイタッチする。そんな二人を見て、首だけを動きして視線を向けた金熊童子が、呆れたような表情をした。

 

「嬢ちゃん等、一体、何もんなんや。ここまでコテンパンにされたんは初めてやで。四天王相手に無傷って、ちょ~と傷ついたで?」

「私としては、それだけの傷を受けて割かし平然としている方がどうかと思うんですが……」

「はん、手足失くなったくらいで鬼が死ぬかい。ほっといたら勝手に生えてくるわ。それより……止め刺さへんのか?」

 

 その言葉に、ミクとテトが「う~ん」と首を傾げる。

 

「私達の方針って、基本は不殺なんですよね。前回は呪縛されてたわけですし、そもそも鬼に“戦うな”っていうのは息をするなと言ってるのと同じですから……」

「だから、無闇に誰かを襲ったりしないと約束するなら殺さないよ」

「甘いなぁ、そんな口約束を信じるんかいな」

「相手が鬼ですからねぇ。脳筋の戦闘狂という困った種族ですが、嘘を嫌う、ある意味実直な方達ですし……」

「これでもボク達、色んな人達を見てきたから自分の勘は信じているんだよ。それに戦後の鬼達を纏める役も欲しいしね。それとも、今後、無為に暴れ続けるかい? 敗戦の腹いせに無関係の人達で鬱憤を晴らすのが鬼という種族なのかな?」

 

 ミクとテトの言葉に、金熊童子は憮然とした表情になる。

 

「そんなわけあるかい! えぇい、くそったれめぇ! 四天王が総出で挑んで正面から返り討ちに合ったんや。ここでグダグダ言うたら、鬼の名折れや! 嬢ちゃんらに従うわい! 鬼の矜持かけて好き勝手暴れへん! これでええやろ!」

「ふふ、やっぱり鬼ですねぇ~」

「鬼だねぇ~」

 

 不機嫌そうな、されどどこか楽しげな雰囲気で敗北宣言した金熊童子。他の四天王も同じことを言うはずだとお墨付きも貰う。

 

 と、その時、それなりに離れた場所で強大な氷の柱が剣山のように無数に突き立ち、また違う方では天を衝く濃紺色の閃光が夜天を切り裂いた。

 

「マスターとエヴァちゃんですね」

「だね。……どっちに行く?」

「やっぱり、マスターですよ。正直、酒呑童子さんは厄介極まりないです。マスターの力になれるならそれに越したことはありません」

「OK、じゃ、行こっか」

 

 そう言って、ミクとテトは、金熊童子達にはもう見向きもせず飛び去っていった。

 

「……大将相手でも“厄介”ねぇ。ホンマ、おもろい奴等やで」

 

 後に、呆れと喜悦の含まれた鬼の声だけが残った。

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

ちょっと戦闘があっさり過ぎた気もしますが、伊織の戦闘を厚く書きたかったので、二人は初見殺しということでこんな感じにしました。
あと魔獣創造は、知っている人は知っているARMSです。
今は、魔導を合わせて再現状態ですが、禁手はもちろん……


それと毎度感想ありがとうございます。
神器は人間にしか……という質問がありましたが、まぁ、ほら、ミクテトは人の魂入ってますし、エヴァはもと人間ですし、チャチャゼロは……800年のあれこれで、という事で一つお願いします。
なろうの方で書いてます? とありましたが……確かに書いてます。“唯の”ではない厨二好きとして。……ちょっとストレス解消に。もっとはちゃめちゃ出来る二次は、やっぱりいいですね。

次回は、明日の18時更新予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。