重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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閑話 ニ〇動誕生と魔改造

 

 

 【これは伊織達が未だ小学生の時の話】

 

 とある駅の近くにある公園。遊具などはなく、ただ休憩用のベンチだけがあるその場所に、今、多くの人々が集まっていた。

 

 普段は寂れた、周囲を雑木林に囲まれた公園のキャパシティをオーバーするような事態になっている理由は一つ。素晴らしい旋律が鳴り響いているからだ。

 

 流麗で優美、されど上品すぎず、思わず体が踊りだしそうな軽快さもある。耳にするりと入ってくる澄んだ音色は、まるで麻薬のように聴き手を蕩けさせ快楽の虜にする。ただの一音ですら聞き逃してなるものかとでも言うように、人々は静かに聴き入っていた。

 

 アルトサックスの浮き立つような音色が公園全体に駆け巡り、ヴァイオリンの響きが曲全体に深みを与えている。ギターとベースの旋律は、弾き手の心を表すように、ひどく楽しげだ。

 

「――♪」

「――♬」

 

 そこに、二人の少女の歌声が彩りを添える。音そのものが色付いたように華やかになった。天使の歌声というものがあるのなら、きっと、こんな声音に違いないと、聴衆は宙に飛び散る音符を幻視しながらうっとりと聴き惚れる。

 

 だが、真に驚くべきは、きっとそんな極上の音楽ではなく、そのプレイヤー達だろう。なにせ、彼等の見た目は、どう見積もっても小学生の高学年くらいなのだから。

 

 そう、言わずもがな、伊織、ミク、テト、エヴァである。エヴァは、百年以上の練習の末、演奏の腕は超一級レベルである。練習した理由はもちろん、仲間はずれが嫌だったからだ。

 

 なお、ミク達は、伊織に合わせて小学校に通うため、最近はミクの鍛錬がてら【如意羽衣】の力で見た目を変化させている。

 

 そんなチビッ子バンドは、ここ最近、界隈でかなり有名になっている。子供とは思えない演奏力と歌唱力に合わせ、曲そのものも前世、前々世で流行ったものであるから人々の心を鷲掴みにする当然と言えば当然だ。

 

 そんなわけで、神出鬼没ではあるが、伊織達がストリートライブの準備をし始めると、最近では情報網が回ってわらわらと常連が集まってくるようになっていた。前世でもよくあった事だ。既に、それぞれに固定ファンも付いており、紳士なお兄さん達への警戒が必要になってきている。ちなみに、淑女なお姉さんも出没し始めている。

 

 伊織達自身は知らないが、実は、既にファンクラブの結成までされており、「伊織君達を影から見守り隊」などがあったりする。ミク達個人のファンクラブもあり、互いに凌ぎを削っていたりもするようだ。

 

 やがて、その曲の最後の調べが響き渡り、そしてたっぷりの余韻を残して静かに終わりを告げた。

 

 一拍、二拍、心地よい感覚に身を委ねていた聴衆は、伊織達が笑顔で頭を下げた瞬間、大歓声を上げた。

 

「ミクちゅぅあぁああん!! 最高だよぉ~~!!」

「もっと聞かせてくれぇ~、テトちゃぁああん!!」

「エヴァたんエヴァたんエヴァたんエヴァた~~~ん!!」

「伊織くん、いいこと教えてあげるから、はぁはぁ、お姉さんと来ない? ねぇ? お姉さんのお家に来ない?」

 

 いつも通り、お巡りさんを呼ぶべきか否か非常に迷う人達が混じっている。平行世界の地球だろうと、古代ベルカだろうと、その辺りは変わらないようだ。

 

 それから、更に数曲を披露し、いよいよ公園がキャパシティ的に悲鳴を上げ始め、お巡りさんがちらほら様子を見に来るようになった頃、伊織達はライブを切り上げた。アンコールが続くが、あまりやりすぎると色んな意味でやばい事になるので解散をお願いする。

 

 流石に、小学生が頭を下げてお願いをするのだ。無茶は出来ないと名残惜しそうにしながらも方々に散って行ってくれた。お姉さんとお兄さんの幾人かがお巡りさんと仲良く談笑している。それぞれ違う意味で眼が笑っていなかったが……

 

 伊織達が素早く帰りの支度をしていると、眼鏡を掛け長い髪をバレッタで纏めた、如何にもキャリアウーマンといった感じの女性がツカツカと姿勢よく歩み寄ってきた。

 

 毛色の違う観客に伊織が「はて? 面倒事か?」と首を傾げる。

 

「初めまして、ボク達。素晴らしいライブだったわ。本当に。その年で、あのパフォーマンス……プロ顔負けよ? 一体、どこでそんな技を身に付けたのかとても気なるわ」

「え~と、そいつはどうもです」

 

 冷静な表情で、しかし捲し立てるように伊織達を褒めちぎる怜悧な女性に、伊織は若干戸惑いながら礼を言う。どこか感想というより評価じみた言葉に、何となく女性の用件や正体を察しながら、名乗っていない事を暗に仄めかすように視線を細めた。

 

 それに気がついたのか、女性は自分が先走りすぎた事を恥じるように咳払いを一つし、眼鏡をクイッと指で上げる。

 

「ごめんなさい。本当に素晴らしかったものだから少し興奮してしまったみたい。私は、こういう者よ。よければ、親御さんも交えて一度お話させてくれないかしら?」

 

 そう言って、女性は懐からケースに入った名刺を取り出し、伊織に手渡した。

 

「……やっぱり、芸能事務所の社長さんですか。スカウトに来られたんですね」

「え、ええ、そうなのよ。詳しい話は親御さんとも一緒にしたいと思うのだけど……どうかしら? もっと多くの人達に君達の音楽を聞かせて有名になってみない? テレビの中のアイドルみたいになれるわよ? 興味があるなら、是非、うちでデビューして欲しいの。これ以上、君達の事が広がると大手が出てくるだろうし……」

 

 意外に落ち着いた雰囲気で察しのいい返答をする伊織に少したじろいだものの、子供ならテレビに出られると言えば興味を示すだろうと割かし露骨な勧誘をする。特に、アイドルの部分をミク達に視線を向けながら殊更強調する。

 

 彼女、名を桜庭敦子(二十九歳)といい、小規模な芸能事務所の社長だ。たまたま、伊織達の話を聞いて見に来たところ、まぁ、ハートを撃ち抜かれたということだ。クチコミで大手が嗅ぎつけるのは時間の問題。その前に、引き込んでおこうというつもりなのだろう。見た目は余裕ある大人として子供に話すようにしているが、伊織の観察眼はどこか必死さがあることを看破していた。

 

「すみません。趣味の範疇ですので、興味はありません。例え、大手の事務所がスカウトに来ても返答は同じです」

「え? ええぇ~? どうして? 有名人になれるのよ? 君達なら絶対トップアイドルになれるわ! キラキラした大きなステージで、沢山の人の前で歌ってみたいでしょ? ねぇ、女の子達はアイドルになりたいわよね? ね?」

 

 何やらクールビューティーの仮面が剥がれかけているようだ。オロオロしながら、必死に勧誘の文句を並べ立てる。しかし、矛先を向けられたミク達は……

 

「「「興味ない(です)(ないね)」」」

「どうしてぇ~~!!」

 

 余りにあっさりした態度に、桜庭社長の表情が完全に崩れた。目の端にキラリと光るものがある。自分が怪しいやつに見えていて警戒しているのかも! と、笑顔を増やして、あの手この手で興味を引こうとするが、伊織達は帰りの支度を終えると、そのまま場を辞そうとする。

 

「まってぇ~~! うちの事務所ピンチなの! もうダメっぽいかなぁ~って思ってた時に見つけたのが君達なのぉ! お姉さんを見捨てないでぇ~!」

「ちょっ。ズボンを掴まないで下さい! いや、ほんと、脱げるから!」

 

 桜庭社長――潰れる寸前の弱小事務所の主だったらしく、最初のクールビューティーなキャリアウーマンキャラはどこいった? と言いたくなるような泣きべそをかきながら伊織の腰にしがみついた。掴みどころが悪く、このままでは伊織が小学生で露出デビューをしてしまう。

 

「嫌よぉ! 離したら逃げるでしょ! 君達ったら、どういうわけか何度追いかけてもいつの間にか消えるんだもの! 未だに姓も、お家も、連絡先すらわからないしぃ! どうなってるのよぉ! いい加減話題になり過ぎて、大手に気づかれちゃうぅ!」

 

 確かに、伊織達は、名前は公表しているが、姓は明かしていないし、帰りは気配を消して死角から転移魔法で帰宅しているので素性を掴めなくても仕方ないだろう。いつも、さっさと撤収するので声を掛けるのも一苦労だろうし、漸く話せた伊織達にすげなく断られれば泣きを見てもおかしくないかもしれない。

 

「いや、大手だろうが弱小だろうが、プロになるつもりはないので……」

「そんな事いわずに! お姉さん、伊織君(という音楽家)が欲しいの! 大丈夫、(芸能界は)怖くないから! ちょっと大人の世界(プロの世界)に入るだけだから! お姉さんが全部(芸能界での仕事のやり方を)一から教えてあげるからぁ!」

「あんたの存在が既に怖いよ。まず、自分の発言を省みような?」

 

 思わず、「お巡りさん! こいつです!」と叫びたくなった伊織。血走った眼で、ハァハァと息を荒げながら小学生男子の腰にしがみつき危険な発言を繰り返すアラサー女性の姿は、傍から見れば完全に犯罪だ。既に、伊織の言葉から敬語が取れている。

 

「ええい、伊織から離れんか! この変態がっ!」

「あらら、何だか必死ですねぇ~」

「というか、何だか面白い人だね」

 

 エヴァが、伊織の貞操(今世の)の危機を感じて、桜庭社長を引っぺがす。それを見ながら、ミクとテトが面白げな表情をしていた。

 

「はぁはぁ、あなたはエヴァたんよね? 金髪碧眼の美少女……なのに日本語ペラペラの女王様キャラ……売れる。売れるわよぉ! ミクちゃんとテトちゃんも、最高級の美少女! そして、そんな美少女に囲まれるハーレム少年! やっぱり小学生はいいわぁ! 半ズボンはかせて、フリフリにして……はぁはぁ、日本が、いえ、世界が震撼するわ! 私の勘がそう叫んでるぅ!」

「伊織、さっさと帰ろう。こいつはもう手遅れだ」

 

 エヴァが、自分を見つめながらうっとりしている桜庭社長に身震いしながら後退る。どうやら震撼したのはエヴァの方だったようだ。人がまばらとは言え、公園のど真ん中で「小学生最高ぉ!」と叫ぶスーツ姿の女……お巡りさんが見てる。

 

 伊織は、エヴァに頷いて踵を返した。桜庭社長がそれを見てトリップから復帰し悲痛な声を上げた。

 

「あぁ~、行かないでぇ~!! お願いよぉ! 私を(見)捨てないでぇ~~!!」

 

 両足を揃えながら崩れ落ちた姿勢で、泣きべそを掻きながら伊織に向かって片手を伸ばすその姿は……どう見ても恋人に捨てられて、それでも縋ろうとする哀れな女そのものだった。相手が小学生でなければ。

 

 周囲が何事かと次第に騒ぎ始める。伊織は、ストリートライブをする度に追い縋っては際どい発言をしそうな桜庭社長を放置するのは問題の先送りにしかならないだろうと、取り敢えず彼女が納得できるよう話をすることにした。それに、例え事務所の経営危機という理由であっても、伊織に助けを求めている事に変わりはない。ならば、手を差し伸べないというのは信条に反するのだ。

 

 なので、仕方なく、伊織は桜庭社長の伸ばされた手をとって立たせた。合気を使っている辺り、無駄に洗練されている。桜庭社長は、伊織の態度と意図せず立たされた事にキョトンとした表情になっている。

 

「取り敢えず、どこかに入りましょう。お茶とスイーツ分くらいは、話を聞きますよ。あくまで聞くだけですが」

「ほ、ほんと? ありがとぉ~!」

 

 結局、こうなるのかと呆れた表情をするエヴァと微笑むミクテトを傍らに、一行は少し離れた場所にある喫茶店へと向かうのだった。

 

 

 

 

 あむあむっと中々に美味いケーキセットを堪能し、遠慮なくしたおかわりがそろそろ食べ終わる頃、一通り桜庭社長の話は終わった。といっても、詳しい契約内容の話などではない。そいうのは親も交えてする必要があるので、話の内容は、如何にアイドルという職業が素晴らしいか、伊織達が如何に逸材か、という話に終始した。

 

 話し終わったころ、桜庭社長は、どうだ! これでアイドルになりたくなっただろう! 

と言わんばかりに、笑顔を向ける。持ち得る限りの弁舌を尽くしたという自負があるのか、その表情はどこか清々しい。

 

 そんな桜庭社長に、伊織はというと……

 

「お話はよくわかりました」

「それじゃあ!」

「お断りします」

「もちろっ……あれ? 今何か変な言葉が聞こえたような……」

「お断りします」

「やっぱり、最近疲れてるのかなぁ……幻聴が聞こえる……」

「お断りします」

「……」

「お断り……」

「どうしてぇ~」

 

 頑張って誤魔化すも、きっぱりした伊織の言葉に桜庭社長がテーブルに突っ伏した。口からは、疲れ果てた老人のようなしわがれた声が漏れ出す。一塁の望みをかけて、チラリとミク達を見やるが……

 

「マス……伊織さんが断るなら絶対やりません」

「ボクも、マス、伊織くんと同じ結論だよ。何があってもね」

「ふん、当然だな。何が悲しくてアイドルなんぞせねばならんのだ」

 

 やっぱりすげなく断られた。ちなみに、ミクとテトは、家族以外の前では、伊織をマスターとは呼ばない。小学校で同級生の女の子にご主人様と呼ばせていると知られれば、即行で家庭訪問だからだ。

 

「そういう事なんで……」

「私ね、アイドルっていう職業が昔から好きでね。特に、小学生くらいの子がステージで輝いてるのが凄く好きでね。それで、大手でマネやってたときのコネとか色々使って事務所開いたんだけどね。全然上手くいかなくてね。……」

「……おい、伊織。この女、何か語りだしたぞ。どうする気だ」

「う~ん、まぁ、まだ時間はあるし、いいんじゃないか?」

「はぁ、お前ならそう言うだろうと思ったよ。取り敢えず、チーズケーキ追加だ」

「長くなりそうですもんね。私はパイ系いってみましょう」

「じゃあボクは、モンブランにしよ」

 

 俯きながら、顔に青線を引いて語りだした桜庭社長を尻目に女性陣はスイーツの攻略に乗り出した。こういうとき、いくら食べても太らない彼女達の体質は世の女性を敵に回している。

 

 伊織は、そんなミク達を見て小さく笑みを零しながら、桜庭社長の独白のような愚痴に時折相槌を打ちながら付き合った。前世で、その立場から多種多様な人達から相談を受けていた伊織にとって、桜庭社長のそれは、特に苦にも思わない慣れたものだった。覇王や聖王から、他の次元世界との折衝について相談されるよりずっとマシである。

 

 たっぷり一時間、時折、店員から奇異の眼差しを受けつつも自らの軌跡を話し終わった桜庭社長は漸く正気に返った。そして、今度は別の意味で頭を抱え出す。

 

「ご、ごめんなさい。小学生の君達に、こんな話を……延々と……私ったらこんなだから……」

「まぁまぁ、それだけ切羽詰ってたってことでしょう? こっちは美味しいスイーツも頂いたんですから余り気にしないで下さい。少なくとも、貴方が一生懸命な人だって事は知れましたし、特に不快には思っていませんよ」

「そ、そう?」

「ええ。むしろ、うちの奴らが随分食べてしまってすいません」

「い、いえ、それくらいはいいのだけど……何だが、伊織君と話していると年上を前にしている気がするわ。……小学生に精神年齢で負けてる私って……」

 

 伊織にフォローされて更に落ち込む桜庭社長。実際、精神年齢で言えば、その通りなのだが、彼女が知る由もない事だ。話の内容から、どうやら彼女の事務所は、このままだと本当にたたむことになりそうなので、それも相まって気持ちが浮上しないのだろう。

 

 そんな桜庭社長に、伊織は困った表情をしながらも、しょうがないとでも言うように肩を竦め、念話でミク達に自分の考えを相談する。そして、彼女達からの了承も出たので、桜庭社長の夢を救う――提案を行った。

 

「桜庭社長。一つ、提案があるのですが……」

「へ?」

 

 この時、伊織が何を持ちかけたのか。

 

 それは、一年後の、このハイスクールD×Dの世界にニ○ニ○動画という本来は存在しないサイトが社会現象となるほど注目を集め、その運営会社が、顔出しNGの正体不明の四人組小学生バンドを見出した会社としても有名になった事でわかるだろう。

 

 五年後の伊織達が高校生になる頃には、日本で有数の知名度を誇る伊織達のバンド“ストック”を筆頭に、数多の一流アイドルを排出する大手芸能事務所が芸能界を席巻するのだが……それはまた別の話。

 

 トップアイドルの仲間入りを果たした事務所のアイドル達が、筆頭稼ぎ頭の素性を知って虎視眈々と色んな意味で狙いだし、そんな彼女達から旦那を守るためにエヴァが忙しくなったのも別の話だ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 【これは東雲家での、とある日常の話】

 

「喰らえ! 弟を想うお姉ちゃんの拳ぃ!!」

「ぐべぇ!?」

 

 そんなふざけた雄叫びを上げながらも、東雲ホームの広い庭で繰り出された拳は、確かな衝撃を伴って目標を粉砕した。その哀れな目標とは、拳を放った方を“お姉ちゃん”とするなら“お兄ちゃん”と言うべきだろう。

 

「いや、瑠璃姉さん。覇王流の技に変なネーミングしないでくれよ。それは断空拳だって何度いえば……」

 

 思わず、どこか疲れた表情でツッコミを入れるのは伊織だ。覇王断空拳を放った後の残心を解きつつ爽やかな笑みを浮かべるホームの姉、東雲瑠璃に己の根本とも言える武技の名を守ろうと、伊織は正式名を伝える。

 

「だって……普通にやっても中々出来ないんだもん。伊織を想ってやるだけで成功率が上がるんだからいいじゃない」

「ほんと……なんで上がるんだろうね? 意味が分からないよ」

「いや、お前ら……呑気に話してないで、両腕砕かれた兄を心配してくれよ」

 

 伊織が、ハッとしたように、先程、瑠璃が吹き飛ばした相手、ホームの兄東雲慎吾を見やる。慎吾は、両腕をブランとさせながら、ジト目で伊織と瑠璃を見ていた。

 

「あぁ、ごめんごめん。慎吾兄さん。えぇと、エヴァ~、頼むよ」

「むっ、そっちもか。最近、様になってきたせいか、怪我が多くなってきたなぁ」

 

 近くで、瑠璃や慎吾と同じように組手をし、結果、怪我を負った兄弟達を【聖母の微笑】で治療していたエヴァが、やれやれと言うように肩を竦めながら慎吾の隣に膝を下ろし治療を始めた。

 

「確かにね。……念といい武術といい、みんな呑み込みがいいから」

 

 嬉しげに頬を緩めて、庭のあちこちで死屍累々となっている兄弟姉妹達を見つめる伊織。その表情は好々爺としいる。

 

 伊織達がやっているのは、東雲ホームの子供達への戦闘訓練だ。具体的には、【念】=【気】の目覚めと扱い、そして覇王流や圓明流、神鳴流、銃術(ガン=カタ)、合気鉄扇術などの武術の訓練である。

 

 あの日、伊織が実は、百年以上の研鑽を積んだ百戦錬磨の武芸者だと知った日以降、子供らしさが鳴りを潜めた伊織や人外のミク達に対して兄弟達がどのような態度をとるか、少し心配だった伊織だったが、結果的には何の心配もなく、むしろ異世界スゲー! と興味を引きまくったほどだった。

 

 そして、伊織の技の数々に魅せられた兄弟達がこぞって、教えろぉ! と伊織に殺到したのだ。何でも、どんな事情があろうと弟より弱いまま良しとするような奴は、東雲男児ではない! ということらしい。

 

 前世でも自ら創設した孤児院で、武技を教えていた伊織は、もちろん二つ返事でOKした。東雲ホームの子供は皆特殊な存在だ。少しでも危険から身を守れるようにする為にも、反対する理由は皆無だった。

 

 そんなこんなで、ミクやテト、エヴァも交えて、念や武技を教え始めた伊織。この世界にも、【念】そのものではないが、気やチャクラ、オーラという概念はあるので、念能力までは発現しないだろうが体系は使えると、四大行から始めたのだ。

 

 しかし、それを不満に思うのが姉妹達(当初は姉だけだが、数年後に妹が入ってきた)だ。伊織が兄弟達に付きっきりなために、自分達が末弟と過ごす時間が全然ない! と、男連中に伊織の解放を訴えたのだ(断じて捕えられているわけではない)。

 

 危うく、兄弟達と姉妹達の間で伊織争奪戦が繰り広げられそうになったのだが、そこでエヴァが、姉妹達を説得……というか懐柔し、結果、姉妹達も訓練に参加するようになったのだ。

 

 そんな訓練も既に十年近くになるだろう。

 

 今では、初期から訓練していた兄弟姉妹は基本四大行に加えて、応用技も一通り出来るようになっている。武技においても、それぞれが選んだ武技の皆伝くらいは認められる腕前で、先程の瑠璃や慎吾は、神鳴流が本命だ。近接格闘用に覇王流に手を出しているのである。

 

 それに加え、彼等本来の能力や神器があるのだから……最近、業界で東雲コワイと言われても仕方ないかもしれない。悪魔や堕天使であっても中級くらいまでならどうにでもしてしまいそうと言えば、その強さがどれくらいかよくわかるだろう。

 

 なお、現在、中学一年生の伊織だが、その間に、多くの兄姉が自立してホームを出て行き、代わりに幼い兄弟姉妹が幾人か増えることになった。伊織も任務の過程で連れてきた子が何人かいる。

 

 瑠璃もその一人だ。彼女は伊織より三歳上の高校一年生で、慎吾も同じだ。瑠璃はかなり伊織を可愛がっている。というのも、ここに瑠璃を連れてきたのが伊織なのだ。感謝と共に溺愛しており、事あるごとにお姉ちゃんぶろうとする。救われた分、伊織の世話を焼きたいようだ。もっとも、その辺は、伊織の妻を公言してはばからないミク達がいるので余り叶っていないようだが。

 

「ほれ、終わったぞ。【堅】が甘いから一撃でへし折られたりするのだ。格闘なら瑠璃が一歩リードかもしれんな」

「うっ、相変わらず、エヴァはストレートだな。……兄心が粉砕されたぜ」

 

 慎吾がエヴァのオブラートに包まれない言葉の正拳突きを喰らい、胸を抑えた。東雲ホームの年長組は、基本的にエヴァ達を伊織と同い年扱いする事にしたようで、エヴァ本人の複雑な心情はさておき、彼女を妹扱いする。

 

 それを知った時のチャチャゼロが爆笑したのは言うまでもない。

 

 それからも訓練は続き、いつしか覇王流を始めたとした異世界の武術は東雲流と呼ばれるようになり、伊織の魔改造が、その後の子孫に連綿と受け継がれていくことになるのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

ちょっと休憩がてらの日常系を書いてみました。
バンド名は適当です。ちょうどトイレットペーパーのストックがなくなりそうだったので。
もし、こんなのがいいというのがあれば遠慮なくどうぞ。

次回は、明日の18時更新予定です。

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