――魔獣創造 ナイト
――魔獣創造 ホワイトラビット
――魔獣創造 クイーンオブハート
――魔獣創造 マッドハッター
――魔獣創造 グリフォン
――魔獣創造 チェシャキャット
――魔獣創造 マーチ・ヘア
――魔獣創造 ハンプティ・ダンプティ
――魔獣創造 ドーマウス
――魔獣創造 バンダースナッチ
そして……
――魔獣創造 ジャバウォック
ゴォガァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
世界に規格外の咆哮が上がる。堕天使や春人の張った結界が、それだけで弾けとんだ。咄嗟にミク達が【封時結界】を展開する。それでも世界は鳴動を止めない。空間そのものが揺れて震えて悲鳴を上げる。
「っ……こんなもの私の光の前では無力っ!」
上級堕天使が、現れた魔獣達の威容に自覚なく表情を盛大に引きつらせながら、かつてのナイト達を消滅させた光の柱を行使した。極大の光が、前触れ無く虚空から現れて魔獣達に降り注ぐ。
そこで、前に出たのはクイーンオブハート。少女のような姿をした灰色の魔獣は、掲げた手の先に半透明の膜を展開した。直後、極大の光が落雷の如く直撃する。その威力は、先程の比ではない。むしろ、上級堕天使のレベルであるかさえ怪しい、幹部クラスと言われても不思議ではない威力だった。
見れば、上級堕天使の胸元には光り輝くペンダントがあり、それから神器の気配が漂っている。きっと、東雲ホームにしたように神器持ちを襲っては強制的に抜き出して自分のものとしてきたのだろう。それが、彼の力を数倍に、いや、彼だけではなく、今や他の堕天使達の力すら引き上げているようだ。全員、ワンランク上の力を得ていると考えていいだろう。
だが、そんな堕天使幹部クラスの閃光は――あっさり食い止められてしまった。他ならぬクイーンオブハートの展開する力場【アイギスの鏡】によって。
「なっ、馬鹿なっ! 私の力は既に幹部方に並ぶ程なのだぞ! それをっ!」
「……クイーン。返してやれ」
半透明のドームに降り注ぐ極光を、いとも容易く片手で支えるクイーンオブハートに、伊織が静かに命じる。クイーンオブハートは、そっと頷くと、その瞳を僅かに細めた。直後、半透明の力場が一瞬輝いたかと思うと、受け止めていた極光がそのまま上級堕天使へと跳ね返された。
「ぬぅああ!?」
間抜けな悲鳴を上げながら辛うじて返ってきた極光を避けた上級堕天使だったが、まさか自分達のリーダーである彼の攻撃が返される等とは夢にも思っていなかった下級堕天使の内数人が、反応を遅らせて光の中に呑み込まれてしまった。
いくら堕天使自身の放った光とは言え、威力だけなら最上級クラスの閃光に、下級堕天使達は為すすべもなく消滅していった。
戦慄の表情を浮かべなら、それでも本能的に固まっているのは不味いと感じたのかパッと散開する堕天使達。直後、上級堕天使のヒステリックな命令が走る。
「こ、殺せぇ! いや、殺すなっ! 手足をもぎ取って半殺しにしろぉ! 劣等種如きがっ! 奴の目の前で、一人一人、嬲って後悔させてやる!」
どうやら、この期に及んで、まだ伊織に対してそんな事を考えられる余裕があるらしい。いや、きっと単純に状況が理解できていないのだろう。神器の禁手とは、言うは易し行うは難しだ。意志一つで進化するとは言え、その意志は極限でなければならない。極限にして強靭、揺るぎなく曇りない確固たる意志。そんなもの、いわれて直ぐに出来るものではないのだ。
だからこそ、伊織があっさり禁手に至ったという事実を受け入れられない。人間の使い手から奪った自身の神器ですら禁手どころか進化らしい進化すらしたことがないのだ。見下し劣等種と罵った相手が、自分に出来ないことをあっさりやってのける。そんな事実を、プライドの塊のような男に受け入れられるわけがなかった。
しかし、現実は現実。上級堕天使の現実逃避という名の無謀な命令は痛すぎる代償となって還って来た。
「サザラキア様のために死ねぇ!!」
今更感があるが、どうやら上級堕天使の名はサザラキアというらしい。本当にどうでもいいことだ。サザラキアの名を称えながら、堕天使数人がミク達のいる場所に光の槍を放ちながら飛ぶ。
その程度の攻撃ではミク達の展開したプロテクションを突破できるわけがない。しかし、結果はそれ以前の問題だった。光の槍が、ミク達が守るホームの子達に殺到する直前、空間が幾重にも――ずれた。
――魔剣アンサラー
三本のカギ尻尾と人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる猫型の魔獣――チェシャキャットの能力、“空間の断裂”だ。いつの間にか、プロテクションの傍に現れていたチェシャキャットが、その三本の尻尾を振るった瞬間、空間に幾条もの断裂が生まれ、光の槍の尽くを切り裂き霧散させてしまったのである。
思わず硬直する堕天使達。その致命の隙をおびただしい数の飛針が襲う。
――魔弾タスラム
ハリネズミのように全身から針を生やした眠り鼠の名を冠する魔獣――ドーマウスの能力。回避の隙間などない。壁と称すべき密度で放たれたそれは全てが大威力を秘めたミサイルだ。咄嗟に上空に逃れようとする堕天使達だったが、軌道をクイッと曲げて追尾する魔弾の嵐は、そのまま堕天使達に直撃し、夜天に汚い花火を咲かせた。
「おのれぇ! 調子に乗るなぁ!」
サザラキアが、他の堕天使とは比べ物にならない質・量の光の槍をガトリング砲の如く掃射する。狙うのはやはり伊織ではなく、その家族。そんな、どこまでもゲスで、わかりやすい行動原理を伊織が読めないはずがない。
「……ハンプティ・ダンプティ」
主の呼び声に応えて、黒い靄のような一際異質な魔獣――ハンプティ・ダンプティが射線上に出る。当然、一撃一撃が、並みの悪魔なら一発で昇天するような威力を内包した光の流星群は、ハンプティ・ダンプティを破壊し、その背後の子供達を襲うかと思われた。
サザラキアもその光景を幻視して、ほくそ笑む。先程の防御特化のクイーンオブハートなら兎も角、明らかに漫画の手抜きみたいなキャラであるハンプティ・ダンプティに防げるとは思えなかったのだ。
しかし、その予想はあっさり覆される。
「ば、馬鹿な……私の、私の槍はどこにいったのだっ!」
半ば、錯乱するように喚き散らすサザラキアの視線の先では、ハンプティ・ダンプティが光の槍をその黒靄の身の内へ余さず取り込んでいくところだった。そして、取り込んだ端から、同じ光の槍を他の堕天使に向けて掃射し始めた。
「ぐぅあああ!!」
「サザラキア様ぁ! なぜぇ!?」
不意をつかれて腹に穴を空けた下級堕天使達は、その槍からサザラキアの力を感じて信じられないと目を見開きながら悲鳴を上げた。
「貴様ぁ! 私の力をっ! 下等生物の分際で、高貴なる私の力を奪うなど! 身の程をしれぇ!」
激昂するサザラキアだったが、伊織の視線は彼に向けられてすらいない。伊織にとって、サザラキアもまた、蹂躙する対象の一人でしかないのだ。
そもそも、禁手に至った伊織にとって、眼前の堕天使達など魔獣一体で十分だった。それでも現状創り出せる限りの魔獣を出したのは、【魔獣創造】の使い手としての力を見せつけるため。二度と、舐められて周囲の人々に馬鹿が手を出さないようにするためだ。
それを証明するように、魔獣達がいよいよ殲滅に乗り出した。
ナイトが、以前とは違う光り輝く長大な槍を振るう。すると、槍はナイトの意思に応じて自由に伸長し、触れただけで対象を粉砕した。超高速振動粉砕――【ミストルテインの槍】
ホワイトラビットが直線だけではない極超音速飛行で姿をかき消し、知覚外から圧倒的な速度でソニックブームを発生させ、堕天使達を落としていく。
マッドハッターが、全身から陽炎を立ち昇らせながら、摂氏数万度の閃光――荷電粒子砲【ブリューナクの槍】を連射する。本来ならその高熱故に連射は出来ないのだが、禁手に至ったおかげか、それも可能になったようだ。夜空に流星群の逆再生のような光景が広がる。
グリフォンが、己を中心に超振動・超音波を放つ。キィイイイイ!! と独特の音を響かせながら堕天使達は近づくだけで粉砕されていく。
マーチ・ヘアが光を操って作り出した幻惑空間で堕天使達を惑わし、次の瞬間には全方位からレーザーを掃射して、堕天使達の全身を貫き血飛沫を夜桜の如く舞い散らせる。――【バロールの魔眼】だ
バンダースナッチが、一度その腕を払い、鋭い牙が並んだ顎門を開きブレスを放つ度に、絶対零度が撒き散らされ、辺りを凍獄に変えていく。
……戦闘が始まって僅か五分。それだけの時間で、数多くいた堕天使達は、サザラキアを除いて全滅した。
「……こ、こんな……有り得ない……禁手は…私ですら…そんな……まだ弱いはずで……なぜ……」
「……何故も何もない。単に、人間を舐めすぎた。それだけの事だろう」
頭を掻きむしり、最初の涼しげな表情が嘘のように取り乱すサザラキア。そんなサザラキアに、伊織が冷めた眼差しで、そんな事をいいながら悠然と歩み寄る。ザッザッとやけに明瞭に響く足音が、まるでカウントダウンようだ。
ビクッと震えるサザラキアは、血走った狂気を感じさせる眼を伊織に向ける。その瞳は、怒り、憎しみ、嫉妬、屈辱……様々な負の感情で飽和しドロドロに濁っていた。
しかし、伊織が背後に従える魔獣達の内、先程までの戦闘でただの一回も力を振るわなかった最後の一体がその手に集束させる光を見て、サザラキアの背筋が一瞬で粟立った。
「ひっ!?」
思わず、そんな情けない悲鳴が漏れるも、彼にそれを恥じる余裕はない。その視線は、最後の魔獣ジャバウォックが手中に収める青白い光に釘付けとなり離れない。喉が干上がり、恐怖で視界が明滅する。
(あ、あれは、ダメだ。あの禍々しい光……あれは、この世にあってはならない……あんなものを人は創り出せるというのかっ……あれが解き放たれれば……私は……あぁああ)
ガクガクと震えながらも必死に後退るサザラキア。その滅びの焔から少しでも遠ざかろうとする。
そう、その光は、最強最悪の魔獣、破壊の王の名を冠するに相応しい災禍の光。全てを滅ぼし破壊する存在してはならない魔焔――反物質だ。
手首から上下に分かれた十本の爪がスパークする青白い光を包み込む。どこにも触れず巨大な掌の中で宙に浮かぶ反物質の光に照らされて陰影を作るジャバウォックの凶相は、まさに魔の獣。
「……俺は、お前という存在を認めない。……終わりだ」
「あぁああああああああ!!!! アザゼル様ぁ! どうか、どうかぁ!」
伊織の凍てつく眼差しが、死刑宣告と共にサザラキアへ向けられる。その途端、サザラキアの理性は崩壊した。恥も外聞もなく、獣のような悲鳴を上げながら翼をはためかせ飛び去ろうとする。
みるみると上空へと姿を小さくしていくサザラキアに向かって伊織は真っ直ぐに指を差した。
「ジャバウォック……放て」
グゥルァアアアアア!!!
命令一つ。咆哮一発。小指ほどの大きさの青白い光の塊は、ジャバウォックの放つ魔力の外殻に包まれて、凄まじい勢いで空へと上がった。一筋の閃光となって夜天へと奔る滅びの光は、一瞬でサザラキアを追い抜くと、直後、その魔力の外殻を解いた。
刹那
空が砕けた。
そう表現する以外にない破壊の嵐。ミク達の張った【封時結界】が悲鳴を上げた直後には粉砕され、現実の夜空に漂う雲が根こそぎ吹き飛ぶ。大気を鳴動させて、空間そのものが揺らぎ、青白い閃光が夜闇を払って眼下の世界を昼のように照らしだした。
凄まじい爆風が、地上目掛けてなだれ込む。それを伊織達が結界を張り直して防いだ。先程までキレていた伊織だったが、十分手加減したはずの反物質砲の威力を見て、流石に冷や汗を流していた。背後から家族の視線に突き刺さっている気がする。
何とか、反物質砲のもたらした破壊の余波を押さえ込んだ伊織達の頭上に、淡青色のカーテンが発生した。まるでオーロラのようだ。ゆらゆらと揺らめき、キラキラと輝く光の幕は、とても大破壊をもたらした残滓とは思えない程の神秘的だ。
それを暫く見上げていた伊織だったが、そこへステテテテー! という可愛らしい足音が聞こえて視線を背後に転じた。
同時に、伊織の両足に小さな衝撃が走る。
「伊織おにいちゃん!」
「伊織にぃさま!」
美湖と梨湖だ。
未だ伊織の背後には魔獣達が勢ぞろいしているのだが、そんなもの目に入らないというように間を摺り抜けて伊織に飛びついたのだ。伊織の中の炎が、僅かに火勢を弱める。可愛い妹達に目元を和らげて片膝立ちになると、そっと優しく二人の頭を撫でた。
「二人共……怖かったろ? ごめんな。兄ちゃんのお客だったみたいだ」
伊織の言葉に美湖と梨湖は、ふるふると首を振る。そしてそのまま、ギュッと伊織にしがみつき伊織を見上げてニコッと可愛らしい笑みを浮かべた。
「大丈夫なの」
「大丈夫なのよぉ」
そして、誇らしげに、自慢気に言った。
「美湖は“ちののめ”なの!」
「梨湖は“しにょにょめ”なのよぉ!」
「うん、“しののめ”な?」
「「あぅ~」」
少し締まらなかったが、言いたいことは十分に伝わった。二人共、幼いながら自らが東雲ホームの一員である事を誇りに思っているのだ。だから、決して泣かなかったし、兄や姉、そしておばあちゃんの言うことをしっかり聞いたのだ。
伊織は笑みを深くしながら、二人をギュッと抱きしめて、再度、頭を撫でて「よく頑張った」と褒めまくった。てれてれする双子に、傍にやって来た家族達が微笑まし気な眼差しを送っている。
「で、伊織、あいつはいつまで放置しておくのだ?」
美湖と梨湖が羨ましかったのか、薫子達他の年少組が一斉に伊織に群がり始めたと同時に、エヴァが、胡乱な眼差しをとある方向に向けて伊織に聞いた。キョトンとする年少組とギョッとする年長組を尻目に、伊織もまたその眼を剣呑に細める。
伊織が視線を向けた先で、僅かに動揺するような気配が感じられた。伊織も、ミク達も気がついていた。堕天使が一人、ずっと様子を伺っていた事に。その気配の絶ち方は見事の一言で、相当な実力者であることがわかる。それこそ、サザラキアを遥かに凌ぐ力の持ち主だろう。
一体何のつもりなのか……サザラキア達が討たれていく間も一切動揺も手出しもせず見ているだけだった奴だ。気がついていたからこそ、伊織は、魔獣達を出しっぱなしにしていたし、“堕天使の総督アザゼル”とやらの真意を問いただしにいくための道案内役を残さずに堕天使達を殲滅したのである。
「そうだな。一体何がしたいのか……様子を見るつもりだったけど、これ以上堕天使に煩わされるのは面倒だ。……そこのお前、姿を見せて目的を言え。今すぐだ。でなければ、四肢を削いでから聞く事になる。今の俺が堕天使に寛容でいられないのはわかるだろう?」
「ッ! 待てっ! 私は敵ではない! 落ち着いてくれ」
そう言って半壊したホームの裏手から両手を上げて姿を現した堕天使は四対八枚の漆黒の翼を持った最上級クラス。おそらく堕天使集団の幹部クラスだ。
「で?」
伊織の氷河期もかくやという眼差しと雰囲気。魔獣達が自然と彼を半円状に囲っている。先程の魔獣達の力を見ていたはずなので、その力の大きさは分かっているのだろう。下手なことを言えば即戦闘になる……堕天使の額に冷や汗が流れた。
「私は、名をバラキエルという。堕天使の組織“
バラキエル――とんだ大物が出てきたものだ。大天使としても有名で、第一エノク書に記されている「神の雷光」を意味する堕天使だ。人間に占術を教えた者としても有名である。間違いなく幹部だ。
しかし、伊織の心には細波一つ立たない。相手が誰であろうと、家族を害そうと言うなら容赦なく屠るだけだ。
「で?」
「あ、ああ。そのサザラキアが、部下を率いて【魔獣創造】に襲撃を掛けようとしているという情報が入ったのだ。私は、それを止めに来たのだが……到着したときには既に…な。奴らは自業自得ではあるし、姿を見せると私まで襲撃者として話も出来なくなると考えて様子を見させてもらったのだ」
「つまり、今回の襲撃は、一部の暴走であって堕天使側……グリゴリだったか? お前達の総意ではないと言いたいのか?」
伊織の確認に、バラキエルが深く頷く。しかし、伊織の胡乱な眼差しは全く変わらない。バラキエルの真意を探ろうと、その凪いだ水面のように静かな瞳が、覗き込むようにバラキエルの瞳を捉えていた。
「だが、サザラキアとやらは、“アザゼル様”やら“あの方々”とか連呼していたぞ? それはお前や総督の事だろ?」
「……それは、おそらく我等に取り入りたかったのだろう。アザゼルは神器研究が趣味なのだ。そのせいか、最近、神器を献上すればアザゼルの目に止まれると勘違いする下の者達が増えている。サザラキア達もその一人だろう」
「……あくまで、堕天使側の総意ではないと言いたいわけだ」
「ああ。断じて違う」
伊織とバラキエルの視線が交差する。バラキエルは、嘘ではないと眼で伝えるように一瞬も伊織から視線を外さなかった。
無言で睨み合う二人だったが、そこへ不意に声がかかる。
「伊織……その人の言う事は信じてもええと思うよ?」
「ばあちゃん」
依子だ。穏やかな表情でバラキエルを見つめたあと、伊織にそっと頷く。依子の勘が、バラキエルを信用の置ける相手だと判断したのだろう。
確かに、伊織の人を見る目も、バラキエルは信じてもいい相手だと告げている。堕天使に襲撃を受けたからと言って、全ての堕天使を敵視するなど愚の骨頂だ。見るべき相手は可能な限り個人でなければならない。でないと、それこそ善良で無関係な人々に理不尽を与える最低な人種に成り下がってしまう。
しかし、だからといって、同一組織の者が問題を起こしたあと、預かり知らぬことだからと蜥蜴の尻尾切りをされては堪らない。上に立つ者には抱える者達に対して相応の責任がある。それは、どんな組織でも言えることだ。堕天使の組織だけ特別ということはない。はぐれでもない堕天使に襲われる度に、“総意じゃありません”“関係ありません”では困るのだ。まして、伊織は、アザゼルとやらの人柄を知らないのだから。
故に、伊織のやることは変わらない。バラキエルが信用のおける人物だと分かっても、他の幹部メンバーについては確かめないわけにはいかない。
「バラキエル。貴方の言葉を信じよう」
「……そうか……【魔獣創造】の使い手が理性的な相手で良かった」
伊織が自身の言葉を示すように魔獣達を自分の影に帰還させた。ホッと息を吐くバラキエル。
「だが、それは今回の襲撃がグリゴリの総意でないということだけだ」
「それは……だが、アザゼルは決して無理に神器を奪ったりは……」
「ばあちゃんの言う通り、貴方は信用のおける人のようだが、それでも会ったばかりで全てを信じることは出来ない。俺は、アザゼル総督を知らないんだ。神器研究が趣味だという大組織の長――自分の眼で人となりを確かめずに放置できる相手じゃない。既に、事が起きた以上はな」
その言葉で伊織の懸念を察し、同時に理解も出来たのだろう。バラキエルが仕方ないというように頷いた。
「では、どうすると?」
「当然、自分の眼で確かめる。堕天使の総督が、俺の敵か否か」
バラキエルは、余りに迷いのない伊織の言葉に僅かにたじろぐ。そして、逡巡したあと、肩から力を抜いた。
「……いいだろう。アザゼルのもとへは私が案内しよう。……あの力を見たあとでは、積極的に【魔獣創造】と敵対したいとは思えんしな。今代の【魔獣創造】は、また変わった進化を遂げたものだ」
バラキエルは、いつの間にか積み重ねられた堕天使の遺体と空に漂う淡青色のオーラを交互に見ながら溜息を吐く。ご近所さんが揃って表に出てきて、突如出現したオーロラに騒ぎ出していた。さっさと堕天使の遺体や半壊したホームと庭先を片付けないと東雲の社会的評価が死んでしまう。
チビッ子達を年長組と依子に任せつつ、テトが【賢者の指輪】で荒れた庭とホームを一瞬で修復し、ついでに神器【十絶陣】の一つ【紅砂陣】に遺体を収納する。【紅砂陣】は広大な砂漠地帯の陣で、使い手以外の全ての物は徐々に乾燥・風化していく。証拠隠滅はテトにお任せ! だ。
その後、伊織達は、数体の魔獣を念の為警護において、バラキエルの案内でグリゴリに向かった。
グリゴリで何があったのかは割愛する。
ただ簡単に言えば、両手に反物質を作り出した状態のジャバウォックを従えつつ、伊織とエヴァは【
曰く、部下の管理はしっかりやろうよ? とか、部下に変な期待もたせる前に神器強奪は認めないと周知徹底しようよ? とか、他に暴走しそうな部下がいて放置するなら……もう知らないよ? とか、そんな感じの優しい交渉だった。例え、伊織の後ろでジャバウォックが反物質でジャグリングを始めたとしても優しく穏やかな交渉だったのだ。
まぁ、そんな事がありつつも、結局、伊織が直接相対してみた結果、アザゼルは非常に気のいいオッサンだという結論に達した。ほとんどの部下が彼を慕っていて、面倒見も中々にいいようだ。
ただ、やはり今回のように見逃してしまう阿呆もいるようで、万一、同じことがあれば、その時はまずアザゼルに一報いれることになった。伊織としても、ここまで慕われている気のいい男が、人々を殺害してまで神器強奪をするとは思えなかったので襲撃とグルゴリの意思は切り離して考える方針にした。
あと、何となくアザゼルと気が合って仲良くなった伊織は、アザゼルたっての願いで時間のあるときは神器の研究に協力することになった。その後に見せられた一部マッドな研究内容を前にいい笑顔を浮かべるアザゼルや他の幹部相手に、再びジャバウォックの危険なジャグリングが披露されたが些細なことだ。
結局のところ、アザゼルと面識が出来て、更に【魔獣創造】の使い手が色んな意味でやばいと知れ渡って今回のような舐められて襲撃されるという事はなくなり、更に、ホームの子達の神器や能力の向上への協力、人工神器の贈呈も取り付けることが出来て、伊織側にも実質的な被害は出なかったわけであるから、概ね、結果オーライな形に収まったのだった。
しかし、今回の事件はこれで終わりではなかった。むしろ、この後に起こった出来事こそ重大事だったのだ。
それは伊織達がグリゴリから帰った翌日の事。時刻は早朝。昨日の事にも関係なく、伊織が日課のランニングをしているとき、朝靄の先にそれは現れた。
「……見つけた、【魔獣創造】。一緒にグレートレッド倒す」
「……はい?」
いかがでしたか?
感想有難うございました。
アザゼルさん好きなんで、滅殺ルートはご勘弁をw
それと王道展開について、作者の大好物なので止めらないです……
妄想が溢れるんです……
さて次回は、ハイスク世界を選んだ理由である奴が出ます。
更新は明日の18時更新予定です。