重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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前回、活動報告でもしオーフィスの和名でリクがあれば、としましたが、
多くの候補を頂きまして、本当に有難うございました。花子は止めておきます。

見たところ
たつみ、という龍と蛇を表す名前や鈴蘭、睡蓮と言った花言葉を含めた名前
永久(とわ)や輪廻(りんね)と言った永遠を表す名前が多いようです。
どれも素敵な名前で滅茶苦茶迷いましたが、心機一転という事もあり花の名前が美しいので、そっち系の名前にしようかと思います。

ちなみに、頂いた候補そのままではないのは、カンピ世界に行った場合、名前がかぶるお人がいるからです。
いずれにしろ、作者の壊滅的なネーミングセンスの被害者を生み出さずに済んだのは、皆さんのおかげです。
本当に有難うございました。
これからも、本作品が良き暇潰しになれば、と思います。

あっ、それと、事前に注意書きしたキャラ崩壊のキャラは、オーフィスです。
こんなオーフィスは嫌だ! という方はご注意下さい。


閑話2 龍神のいる日常

「ほんなら、オーフィスちゃんの新しい名前は(れん)。東雲蓮ちゃんで決定や」

「「「「「蓮ちゃ~ん」」」」」

「ん……我、蓮。東雲蓮」

 

 東雲ホームに、子供達の声が響く。彼等の前には、達筆な字で“東雲 蓮”と書かれた半紙が依子の手によって掲げられていた。場所は東雲ホームの食堂。していることは新たな家族の命名家族会議だ。

 

 朝のランニングを中断して伊織がオーフィスの手を引いてホームに帰ると、案の定、にこにこと微笑を浮かべた依子が待っていてくれた。伊織が、新たな家族を連れて帰ることを察知していたのだろう。ただ、それがまさか龍神だったと予想できなかったのか、「あらあら、まぁまぁ」と少し驚いたような表情にはなったが。

 

 オーフィスの事情を話して、今日から東雲の家族として迎えたい旨を、ちょうど休日であったが故に朝寝坊していた兄弟姉妹達を叩き起して伝えると、確かに、驚きはしたのだが、まぁ伊織だしな……と妙に達観したような表情で納得し快く歓迎してくれた。

 

 しかし、受け入れ自体は問題なくとも、オーフィスは巨大テロ組織の長。その地位がお飾りのものであっても、力の源であるオーフィスの離脱をカオス・ブリゲードの連中が見逃すはずがない。

 

 そこで取った方法が、ミクのアーティファクト【九つの命】と神器【如意羽衣】のコンボだ。そう、以前、九重の偽物を敵地に送り込んだのと同じ方法である。見事、黒髪ゴスロリ少女(前は閉じている、伊織が断固として認めなかったから)と化したミクに、オーフィスが蛇を与えることでオーフィスの気配と力を付加したのである。力が小さいのは抑えているとでも勝手に思ってくれるだろう。

 

 本物のオーフィスは、基本、無表情で無口、常にボーとした雰囲気なので、おそらくバレないだろうと思われた。ミク(オーフィスVer)からの情報でカオス・ブリゲードの内情も調べやすいだろうし、いざという時、その凶行を止める一助にもなるだろうから、まさに一石二鳥である。

 

 そして、オーフィスの正体を隠すなら名前も偽名――というより人間界で使う、もう一つの名前を考えようということになったのである。伊織自身、神滅具持ちなので注目を集めやすいのに、傍にいる相手を“オーフィス、オーフィス”と連呼するのは……ということだ。

 

 ちなみに、髪も栗毛に変えた。基本は、黒髪少女がいいらしいので、人目のないところや家の中では元に? 戻ることにしているようだ。伊織達の出会った時の姿がいいらしい。

 

 そんなわけで、朝から皆で顔を突き合わせ、うんうんと悩みながらも決定した名前が“東雲蓮”というわけである。蕾のようなオーフィスの心が、いつか蓮のように開いて欲しい。そんな意味を込められている。花言葉にも“清らかな心”というものがあるから、中々にあっているではないだろうか。

 

 女性陣は、もっと女の子らしい名前がいい! と反対したのだが、オーフィスに性別というものはないで、どっちでも通じそうな名前がいいだろうと、結局こうなった。

 

 オーフィス自身はというと、呼ばれるたびに何度もコクコクと頷いており、無表情ながらどこか満足気だ。どうやら気に入ったようである。

 

「ほんなら、蓮の名前も決まったことやし、後は学校のもんとか、色々揃えなあかんなぁ」

「……学校」

「服とか日用品も必要ね」

「……服」

 

 依子的に、蓮が学校に通うのは決定事項らしい。結衣や楓、瑠璃は蓮の日用品やら衣服やらを揃える気のようだ。

 

 蓮が、困惑するようにキョトキョトと周囲を見渡し、その視線が伊織を捉えた。微妙に焦点が合っていない瞳だが、どこか助けを求めているような気がする。

 

「蓮も学校に行かないとな。でないと、昼間は留守番になるぞ。まぁ、ばあちゃんはいるだろうけど……せっかくだし学生生活を楽しんでみればいい」

「伊織は?」

「もちろん、行ってるぞ。……最近休みがちだけどな」

「……我も行く。伊織と同じところ」

 

 蓮的に 伊織と一緒がいいらしい。まぁ、あれだけ一緒の時間を過ごそうと誘ったのだ。当然といえば当然である。

 

「まぁ、もう少し成長した姿なら問題ないか。……ばあちゃん、大丈夫かな?」

「構わへんよ。その代わり、ちゃんと面倒みたらなあかんよ。伊織なら心配あらへんやろうけど」

「ああ、大丈夫だよ」

 

 大体話が纏まったところで、女性陣が蓮の買い物に行くことになった。どんな服を着せようかと姦しく盛り上がる。

 

「お前達、連にはゴスロリが似合うに決まっているだろう。私が、作るから買う必要はない」

「いやいや、エヴァ。常時ゴスロリは、いくら可愛くてもキツいって。むしろイタイって」

「なら、普段着と変わらないようにアレンジすればいいだろう。ふりふりは必要だ! お前達は着てくれないのだから、蓮くらい着せ替え人……ゴホンッ、用意してやってもいいだろう?」

「今、絶対着せ替え人形って言おうとしたよね。っていうか、この年でふりふりは恥ずかしいのよ! 【別荘】とか、誰もいない所では着てあげてるでしょ! だから、蓮にも普通の服を!」

「いやだ! 蓮には絶対、私の作ったふりふりを着させるのだ!」

 

 とても盛り上がっている。気が付けば、いつの間にか東雲男子が消え去っていた。この場にいる男は伊織だけ。逃げ遅れたらしい。

 

 蓮の普段着について論争が巻き起こる中、当の蓮はと言うとポケーとした雰囲気ながらも自分の衣服について紛争が起きていると理解したようで、瑠璃達とエヴァの間にトコトコと歩み寄った。

 

 そして、注目する女性陣に向かって、未だ羽織っているボロボロになった伊織の白ジャージをくいくいと引っ張り、自らの要望を伝える。

 

「我、これがいい」

「これって、ジャージだぞ。それ」

「そうよ。女の子の普段着がジャージって……ないわ」

 

 エヴァの頬がピクピクする。瑠璃達もないないと首を振る。しかし、伊織の白ジャージは龍神様の琴線に触れたらしい。

 

「我の初めての貰い物。お揃い。だから、これがいい。それに、伊織の匂いも好き」

「に、匂いだと!?」

「蓮ちゃん……」

 

 伊織に突き刺さる視線の数々。エヴァが伊織に白い目を向け、結衣は蓮に手遅れかしらん? といった同情じみた眼差しを向けている。もっとも、薫子を筆頭に年少組はなぜか共感するように「あ~」と頷いていた。

 

 居た堪れない伊織が、離脱を図る。が、女性陣が逃すはずもなく、蓮の説得も兼ねて、結局、買い物に連れて行かれることになった。伊織にとって、鬼神や龍神と戦うよりも消耗を余儀なくされる厳しい戦いであったのは言うまでもない。

 

 ちなみに、購入したのは瑠璃達が選んだ普段着多数とその他、そして白ジャージが三着だった。エヴァはエヴァでふりふりを沢山用意したようだ。しばらくの間は、白ジャージを着ようとする蓮と、どうにか普通の服を着せようとするホームの女子と、ふりふりに情熱を注ぐエヴァの間で争いが続きそうである。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ざわざわと騒めく朝の教室。

 

 ここは伊織達の通う中学校三年の教室。主人公らしく窓際の一番後ろという特等席を確保している伊織の周囲には、彼の愛する家族、もとい妻三人が集まっている。いつも、朝からずっと一緒にいるわけではないが、今日は記念すべき日であるために何となく集まってしまったのだ。

 

 そこへ伊織の友人達も集まって来た。

 

「おはようさん、伊織。朝からハーレムか……死ねばいいのに」

「よっ! 取り敢えず爆発してくれないか、伊織」

「何だ、今日は来たのか……もっと休んでもよかったのに。ミクさん達だけ置いて」

 

 友人のはずだ。ちょっと思春期特有のやさぐれ方をしているだけで、紛れもなく伊織の友人……のはずである。

 

「朝から随分な挨拶ありがとよ。取り敢えず、おはよう」

 

 苦笑いしながら挨拶を返す伊織。ミク達も同じような表情で挨拶し返す。前世でも騎士学校でよく見られた光景である。

 

「で? 何の話してたんだよ? 何か、めちゃ楽しそうな雰囲気だったけど」

「今日って、何かイベントでもあったか?」

「いや、お前ら、きっとあれだ。一緒に休んでいちゃついてた時の事を思い出して、ニヤニヤしてやがったに違いない」

「「そういう事か」」

「いや、どういう事だよ」

 

 どうやら伊織達が随分と楽しげにしている事が気になって寄って来たらしい。そして、勝手に推測し、勝手に納得して、勝手に嫉妬心を燃やし始めた。それに呆れた表情を向けていると、いつの間にか、ミク達の友人である女子生徒も集まってくる。みなも気になっていたようだ。

 

 そこで、エヴァが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「なに、朝のホームルームが始まれば、お前達にも直ぐに分かる。楽しみにしておけ」

「「「「「え~~~」」」」」

 

 女子達がブーイングするが、エヴァはどこ吹く風だ。そんなエヴァに纏わりつく女子生徒達。エヴァは、この中学では上の学年も含めて既に女王様(笑)扱いで人気が高い。ベルカでは孤児院で母親もやっていたので、いくら弄られキャラといっても包容力があり、また、経験も豊富なので悩み多き思春期女子にとってエヴァは、ついつい頼ってしまう得難い友人なのである。

 

 絶大な人気という点ではミクやテトも変わらない。学校でも、歌姫ぶりは十全に発揮している事もあるし、エヴァ同様、母役と経験の多さは頼りになる。ちなみに、この学校では、正体不明の人気バンド“ストック”の正体が伊織達である事に気が付いている。

 

 隠す気あるのか? と言いたくなるくらい普通に演奏したりするのだから当然だろう。だが、暗黙の了解で皆知らないふりをしてくれているようだ。伊織達が顔出しNGにしているからというのもあるが、いらぬ人が集まって伊織達が演奏しなくなったら嫌だからというのが主な理由だ。

 

 そうこうしている内に、朝のチャイムがなった。ほぼ同時に、担任の先生(女性二十九歳独身、婚活中)が入ってくる。クラスメイトもすごすごと自席に戻っていった。

 

「みんな、おはよう。出席とる前に、今日はお知らせがあります。何と~、転校生がやって来ました~」

「「「「お~~~」」」」

 

 エヴァの言葉はこういう事かと納得顔を見せるクラスメイト達。クラスの男子(告白十六連敗中)が女子か男子か尋ねる。

 

「女の子です。凄く可愛い子よ。……でも、きっと男子は期待しない方がいいわ」

 

 頭上に“?”を浮かべる男子生徒達を尻目に、担任は扉の外にいる転校生に声をかける。

 

「それじゃあ、入ってきて、東雲(・・)蓮さん」

「「「「「東雲?」」」」」

 

 聞き覚えがありすぎる苗字にクラスメイト達がまさかという表情で伊織達を見る。それもそうだろう。このクラスには既に東雲姓が四人もいるのだから。

 

 固唾を呑むクラスメイト達の前で、教室の扉が開いた。そこから長い栗毛の美少女が入ってくる。顔立ちはそのままなので静謐な雰囲気と合わせてどこか神秘的である。しかし、背が小さいので、ちょこちょこと歩く姿がまた可愛らしくもあり、そのギャップが心をくすぐる。

 

 ふわふわと髪を揺らしてポーとした眼差しを教室に向ける蓮ことオーフィス。伝説の龍神が、一中学生になった瞬間である。伊織達を見つけた蓮の瞳が僅かに細められた。伊織達は、優しげな表情で頷き返す。

 

 ちなみに、伊織達が時折見せるこういう慈しむような表情が、中学生らしくない“大人”を感じさせて人気に拍車がかかる理由だったりするのだが、本人達にその自覚は余りない。もしミク達がいなければ、伊織は伊織で女子に群がられているだろう。

 

「さぁ、蓮さん。自己紹介して」

「ん……東雲蓮。よろしくお願いします」

「……」

「……」

「……」

「……えっと、それだけかしら?」

「?」

 

 簡潔すぎる自己紹介。反応に困る先生とクラスメイト達。無表情と相まって不機嫌なのだろうかと戸惑う。伊織は苦笑いしながら助け舟を出す。

 

「蓮……教えただろう? 好きなものとか、やりたい事とか、そういうのを話せばいいんだ。それと笑顔な?」

「ん」

 

 蓮が、そういえばそうだった、と頷く。そして改めてクラスメイト達を見渡し口を開いた。

 

「好きなもの……白ジャージ。やりたい事……友達作る」

 

 滔々と話した後、両手の人差し指で唇の端をにゅ! と上げて無理やり笑顔を作った。ポカンとするクラスメイト達。そこへ、エヴァのフォローが入る。

 

「あ~、お前達。気がついていると思うが、蓮は、つい最近東雲の一員となった。無表情にも非常識にも、相応の理由がある。察してくれ。だが、蓮が言った事は本心だ。蓮は、お前達と友達になりたいんだよ。戸惑うだろうが……私達の家族だ。よくしてやって欲しい」

 

 我らの女王様からのご下命だ。無下に出来ようはずもない。クラスメイトは苦笑いしつつ、再び、蓮に目を向けた。――変わらず、指で口の端を持ち上げて笑顔を作っていた。その何ともいじらしく、そして可愛い仕草に、クラスメイトは一様に「細けぇこたぁいいんだよ!」の精神となったようだ。

 

 口々に「連ちゃん、よろしく~」と歓迎の言葉を投げかける。蓮が、喜びを表そうというのか更に指で唇を釣り上げ、結果、ただの変顔になった。それに吹き出すクラスメイト達。どうやら、龍神様の中学でびゅーは中々どうして上手くいったようである。

 

 授業の合間の休憩時間にもクラスメイトは蓮の元に集まり、あれこれ話しかけている。さっそくお昼に誘われたようだ。しかし、何か答えようとする度に、一度、伊織の方を見て確認するような眼差しを送る仕草に、女子の瞳が好奇心にきらきらと輝き、男子達の瞳は剣呑に細められていく。

 

 そして、お昼休み、取り敢えず蓮を中心に輪になってクラスメイト達がお弁当を広げる中、女子の一人が踏み込んだ。

 

「ねぇねぇ、蓮ちゃんは伊織くんの事どう思っているの?」

「? どう?」

 

 一瞬、静まり返る教室。全員が、固唾を呑んで耳を傾ける。女子は好奇心一杯に、男子は一筋を希望に縋るように。そんな彼、彼女達に、蓮は無自覚な爆弾を落とす。

 

「伊織は、我に(ジャージとか家族とか)初めてをくれた人」

「「「「……」」」」

 

 今度は違う意味で教室が静まり返った。質問をした女子も笑顔のまま固まっている。口下手ここに極まれり。意味が分かっているエヴァですら思わず吹き出した。

 

「あたたかい人、やすらぐ人、静寂をくれる人、それにいい匂い」

「「「「「匂い!?」」」」」

 

 蓮の爆弾投下は終わらない。無表情の中に、クラスメイト達でも分かるくらい柔らかさが宿る。口元が指を使わずとも微かにほころんだ。

 

「我と、一緒に(この世界を)感じてくれる人」

「「「「感じる!?」」」」

 

 加速する誤解。女子の顔は既に茹でダコのように真っ赤だ。挙動不審に激しく瞳を泳がせる。ミク達は、天を仰ぐように目元に手を当てて天井に顔を向けていた。

 

 そして、ガタッガタッガタッ!! と、持ち主の乱暴な扱いに抗議するように一斉に椅子が音を鳴らす。だが、当の持ち主達――クラスの男子達はそんな事に頓着しない。今は、もっともっと重要な事があるからだ。

 

 そう、非モテ思春期男子を悪鬼羅刹に変えるリア充な男に制裁という名の八つ当たりをするという重要な使命が。ゆらりと進み出てくる不気味な雰囲気の彼等に、伊織の頬が引き攣る。

 

「お前等、落ち着け。誤解だ。全くもって誤解なんだ。蓮が口下手なのはわかってるだろう? ちょっと言葉が足りてないんだ。決して、お前等が思うような関係では『黙り給えよ、伊織くん』……口調が変だぞ?」

 

 クラス委員長のメガネ男子が、メガネをクイッと中指で上げながら、メガネを光らせて変な口調で言葉を発した。

 

「ふぅ、いいかね、伊織くん? もはや、事実がどうか等どうでもいのだよ。我々はね」

「いや、委員長?」

「重要な事はだ。蓮ちゃんが、明らかに君へ絶大な信頼と好意を寄せていて、君がそれを受け入れているということ。ぶっちゃけ、すんげー羨ましいのだよ! 女の子とのそういう関係が!」

「そういうことだ、伊織。俺は、お前を信じていたんだぜ? この学校の三大天使全員から好意を寄せられていて、ぶっちゃけこいつに隕石とか直撃したりしないかなぁとか思っていたが、それでも、誠実な奴だし、友人だし、だから、これ以上、ハーレムを増やしたりはしないと」

「お前……普段そんなこと思ってたのか」

「ねぇ、伊織くん。僕だって、『いい匂い』とか言われて女の子からクンカクンカされたいんだ。どうして、そんな天文学的な確率の幸運が君にばかり降り注ぐんだい? 神様ってちゃんと仕事してるのかな?」

「おい、さりげなく性癖を暴露するのはやめろ。女子のお前を見る目がゴミを見る目になってるぞ」

 

 男子達が、血涙を流さんばかりの眼差しで伊織を睨む。女子達は既に我関せずでエヴァ達から、話を聞いていた。

 

「伊織……お前は一度、俺達非モテの嫉妬の炎で身を焼かれるべきだ。そうだろう?」

「それに同意する奴はどうかしてると思う」

「どうかしているのはお前のモテ具合だ。俺は、お前が実は魔法使いで魅了の魔法が使えると言われても不思議に思わないぞ。むしろ、俺にかけて欲しい」

 

 さりげなく伊織が魔法使いであるという真実にたどり着いたクラスメイト。伊織は溜息を吐いた。呆れや鬱陶しさのためではない。思春期特有の女の子への並々ならぬ感心とそれ故の暴走が微笑ましかったのだ。前世でも、騎士学校や孤児院で色々あったなぁ~と、かつての仲間や息子達とかぶったのである。

 

 だが、そんな微笑ましげな伊織の表情が、若きリビドーを持て余すクラスメイツの憤りという名の油に水を注ぐ結果となる。

 

「それだ! その余裕有りげな顔! それがムカつくんだよぉ! お前は、お父さんかっ!」

「全くだ! まるで、『父さんもなぁ、若い時はなぁ~』とか酒飲みながら突然語り出す俺の親父そっくりだぞ! くそっ、これがハーレム野郎の余裕ってやつかよ!」

「諸君、待ちたまえ! その憤りはよくわかる。みな気持ちは一緒だ! だからこそ、ここは冷静に事を運ばねばならない。残念なことに伊織は強く、我等ではあの現代のドン・ファンに勝つことは難しい」

「「「委員長……」」」

「おい、こら。誰がドン・ファンだ」

 

 だが……と続ける委員長のメガネが光る。

 

「だからこそ、我等は結束せねばならない。一本の矢は容易く折れるが、束ねた矢は何者にも負けぬほど強靭になるのだ! 諸君は決して一人ではない! 我々はどんな非情な現実にも折れず曲がらずの束ねた矢であらねばならないのだ!」

「「「「委員長!!」」」

「矢を束ねたら飛ばないだろう……」

 

 伊織のツッコミはもはや届かない。革命戦士の如き決然とした男子達は“折れず曲がらず”なのだ。女子は、そろそろお弁当を食べ終わりそうである。

 

「諸君! 非情な現実に立ち向かう勇敢なる反抗の戦士達よ! 我等は、ただリア充を遠くから指を咥えて眺めるだけの負け犬か!?」

「「「「「Sir,no sir!!!」」」」」

「諸君! 非モテとリア充を隔てる鋼鉄の壁に拳を突き立てんとする気高き反逆の使徒達よ! このまま怨敵に一矢も報いず終われるのか!?」

「「「「Sir,no sir!!!」」」」」

「ならば、どうする!」

「「「「「戦え! 戦え! 戦え!」」」」」

「そうだ戦え! 非モテの闘魂を見せてやるのだ!!」」」」」

「「「「「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」」」」」

 

 廊下を通り過ぎようとした他のクラスの連中がビクッ! と肩を震わせた。そして、伊織とクラスの男子達が相対しているのを見て、「ああ、いつものか……」と納得したように通り過ぎていった。

 

「我等は、今、まさに放たれんとする非モテの矢! 怨敵伊織を簀巻きにして、顔に恥ずかしい落書きをした挙句、それを写真に収めてやるのだ!!」

「「「「「Aye,Sirッ!!」」」」

「……仮にそれが成功したとして……お前等、虚しくないのか?」

 

 伊織のツッコミはやはり届かない。死をも覚悟した革命戦士達は、非モテとリア充の間にそそり立つベルリンの壁の如き境界を打ち破らんと、瞳をギラつかせて伊織を半円状に囲み始める。委員長は案外、先導者の資質があるのかもしれない。どこぞ司令官のような演説だった。

 

 なお、女子達はファッションの話に花を咲かせている。既に男子の事はいないものとして扱う事にしたらしい。

 

「伊織……これも全て不公平な神様が悪いんだ」

「神様も大変だな。中学生の恋愛事情まで手助けしないとならないなんて」

「黙れッ! お前に、恋愛成就の神社で一万円を賽銭したあと、帰りに偶然会った好きな子が男と腕組んで歩いてるのを見た俺の気持ちが分かんのかッ!!」

「……おぅ、それはまた……」

 

 悲惨な友人(告白十六連敗中)の絶叫に、伊織も困った表情になった。そんな伊織の様子に、同情するなら彼女くれ! と言わんばかりに包囲を狭める男子達。ミク達はいつもの事なので苦笑いしながら放置だが、蓮はそうもいかない。ただの中学生相手にどうこうなるとは微塵も思ってないが、それでも伊織に注意を払わずにはいられない。

 

「伊織……」

「あ~、いつもの事だから気にするな。友達とお話してな」

「ん……でも、困ったら言う。我、伊織の力になる」

「はは、ありがとな」

 

 蓮の健気な言葉。伊織は嬉しそうに笑うが……タイミングが悪すぎた。

 

「きぃいいい!! この期に及んでいちゃいちゃとぉ! てめぇらぁ! やっちまえぇ!」

「「「「うおぉおおおおおーーー!! 天誅ぅ!!」」」」

「だから、委員長、口調が……」

 

 一斉に飛びかかって来た男子達。伊織を押し倒すように上から折り重なり人山と化す。伊織の格闘能力の事は色々あって皆も知っているのだ。一人一人飛びかかっても軽くあしらわれるのが目に見えている。なので物量で押し潰す作戦に出たのである。

 

 しかし、当然、そんなものが伊織に通用するわけもなく。

 

「さて、お昼が終わるまで、あと三十分ほど……教室でうるさくするのも悪いしな。取り敢えず、俺に八つ当たりしたきゃ、捕まえてみな」

 

 いつの間にか教室の扉の前にいて、そんな事を言った。ギョッとする男子達は慌てて山を崩して自分達の下を見るが、当然、何もない。伊織は、彼等の意識の間隙をついて普通に包囲網を抜けただけなのだが、彼等からしてみれば瞬間移動でもしたように感じただろう。

 

「おのれぇ! やはり一筋縄ではいかんかっ! 諸君! 対伊織用フォーメーション、パターンCだ! あの辛く厳しい訓練の日々を思い出せぇ!」

「「「「おぉおおお!!」」」」

「……お前等……何やってるんだよ」

 

 伊織は、取り敢えず、分隊に分かれて襲いかかって来た男子達を軽く避けながら廊下に飛び出し、そのまま逃走に移行した。背後から「出合えぇ! 出合えぇ! 他クラスの男子達よぉ! 我が校のカサノヴァを今日こそ仕留めるのだぁ!」と委員長の声が響く。それに応じて本当に他クラスの男子が即応するのだから、本当に、委員長の統率力は大したものだ。発揮する方向を全力で間違えているが……

 

「全く、だから、誰がカサノヴァだよ。失礼な……」

 

 伊織は文句を言いながら、日常的な学校生活に苦笑いを浮かべる。そして、後ろの方でぴょこっと顔を覗かせている蓮に笑みを浮かべると、本格的な逃走に入った。

 

 蓮にも、普通とは少し異なるかもしれないが、こんな楽しい学校生活を送って欲しいと思いながら。

 

「殺れぇーー! 俺達の天使を取り戻せぇーー!!」

「ヒャヒャハハハハーー!! 今日こそ仕留めてんやんぜぇ!!」

「サーチ&デストロォーイ!!」

「てめぇ、伊織ぃーー!! この前、ミクちゃん達と一緒に休んで、どこで何してやがったァーー!! 拷問してでも聞き出してやるぅううううう!!」

 

 楽しい学校生活を送って欲しいものだ……

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 オーフィスが蓮の名を貰って東雲ホームの一員になってから一ヶ月。

 

 伊織は現在、ミクとテト、エヴァにチャチャゼロ、そして連を連れて京都は妖怪の異界へやって来ていた。理由は、簡単。京都守護筆頭として、せめて八坂には蓮の存在を知らせておこうと思ったのだ。

 

 八坂は術に優れているし、観察眼も並みではない。これからも付き合いはあるわけだし、蓮が力を極力抑えているとはいえ、ばれるのは時間の問題だろう。ならば、隠して無闇に不安を与えるよりは伝えてしまった方が、今後の信頼関係のために良いと判断したのだ。以前と同じように、金閣寺の近くにある目立たない鳥居へ向かう。

 

「どうした、蓮? いつも以上に口数が少ないな。もしかして緊張してるのか?」

「ん……」

 

 伊織が問うと、そんな返事と言うより思わず漏れ出たというような声が伊織の頭上から返ってきた。

 

 伊織に肩車された蓮が、僅かに首をかしげながら伊織の頭に手を回す。出歩くとき、なぜか蓮は、伊織の肩車を所望する。聞けば、伊織の纏う気圏――【纏】や匂いが好きらしい。ホームの年少組やミク達曰く、干したばかりのお布団のような香りなのだそうだ。

 

「伊織と九尾、仲良し」

「ん? まぁ、悪くはないと思うぞ」

 

 突然の蓮の言葉に多少、困惑しながら返事をする伊織。そこへツッコミが入る。

 

「何が“悪くはない”だ。完全に婿扱いではないか。毎度毎度、厄介な女に狙われおって」

「ですよねぇ~、京妖怪のみなさん、マスターの事“若様”としか呼びませんもん。完全に外堀埋めてきてますよ」

「知ってる、マスター? 八坂さん、協会の方にも仄めかしているらしいよ。次代の妖怪と協会の関係は安泰だって。そのうち、九重ちゃんにも正式に挨拶にこさせるって。……何の挨拶だろうねぇ~」

「ケケケ、伊織ヨォ、モテル男ハツレェナァ~」

「……」

 

 伊織がさっと視線を逸らす。伊織とて鈍感というわけではない。幼いながらも九重が好意を寄せてくれている事は理解しているし、八坂が割かし本気で根回ししている事も察している。

 

 伊織としては、九重の好意は、幼稚園児が先生に憧れるような、成長すれば自然と忘れてしまうようなそんな気持ちだと思っていたので微笑ましさが先行して特に対策を練るようなことはなにもしてなかったのだが……九尾の母娘というものを少し侮っていたらしい。

 

 気が付けば、いろいろ無下にも出来ない状態で、九重の好意も益々高まっていた。まだ、年齢が年齢だけに微笑ましさしか感じないが、果たして将来は……エヴァ達が危惧するのも仕方ない。なにせ、既に妻三人だ。心に決めた人が! という言い訳は通用しない。

 

「ごほんっ! で、俺と九尾母娘の仲がいいと何か問題なのか?」

 

 伊織が全力で話を逸らす。蓮は、無表情の中にどこか心配そうな雰囲気を漂わせて伊織の旋毛を見下ろした。

 

「我、邪魔……」

「……あ~、そういうことか」

 

 伊織は、それで蓮の言いたい事を察する。ようは、自分の存在が伊織と妖怪側に溝をもたらさないか心配しているのだ。まだ一ヶ月しか東雲ホームで過ごしていないが、どうやら龍神様は“気遣い”というものを覚えたらしい。いや、もしかしたら、元々持っていたのかもしれないが。

 

 伊織は、自分の頭を抱えるようにして腕を回す蓮を下から覗き込むように見上げると、安心させるように笑みを浮かべた。

 

「蓮が邪魔なんて事は、この先、何があってもないよ。……八坂殿も妖怪達も、絶対、蓮を受け入れてくれる。万に一、拒絶されるようなことがあったとしても、その時は、一緒に仲良くなれるように頑張ればいい。俺達は、もう家族なんだ。どんな事があっても一緒にやって行こう。そうすれば、何だって出来るから」

「……何でも」

「ああ、何でも。そうだなぁ、取り敢えず、学校のときみたいに友達を作ってみようか」

「……友達」

 

 蓮が、そっと視線をミク達に巡らせる。ミク達もまた、伊織と同じような柔らかな笑みを浮かべた。蓮の雰囲気も自然と和らぐ。

 

「……頑張る」

 

 蓮がやる気を漲らせたように、伊織の頭をペチペチと叩いた。小さな紅葉のような手で意思表示しながら、円満な人間? 関係に身構える無限の龍神……きっと、オーフィスを知る者が見たら卒倒するだろう。

 

 と、その時、木陰の向こう側に古びた鳥居が見え始めた。異界へと繋がる境界だ。その鳥居の直ぐ傍に、伊織達にとって慣れ親しんだ気配を捉えた。向こうも、伊織達に気がついたようで、その綺麗な金髪とよく似合う巫女服を揺らしながら飛び出すように駆け寄って来た。

 

「伊織ぃーー! ミク、テト、エヴァ、チャチャゼロぉーー! 久しぶりじゃ!」

 

 ステテテテーー! と元気な足音を立てながら姿を見せたのは九重だ。二年前に比べ身長も幾分伸びた。体つきも、少しだけ女らしく丸みが出てきている。何より、その伊織を見つめる眼差しが、完全に恋する女の子のそれだった。どうやら、我慢できずに境界の外まで迎えに来たようだ。

 

 九重は、満面の笑みを浮かべて伊織達の名を呼びながら、そのまま伊織の胸元に飛び込もうとする。が、当然、その直前で、伊織の頭にへばり付く見慣れない少女を発見する。そして、ズザザザザー! と急ブレーキを掛けて停止した。

 

「……」

「……」

 

 ジッと見つめ合う蓮と九重。二人のつぶらな瞳が伊織の頭越しに交差する。ジッと見つめ合う。まだ見つめ合う。ぴょこん! と九重が隠していたキツネミミと九尾が飛び出した。ビクッ! とする蓮。まだまだ見つめ合う。今度は、蓮がドラゴンの翼をバサッ! と出した。ビクッ! とする九重。それでもまだ見つめ合う……

 

「いや、お前ら何がしたいんだ……」

 

 伊織のツッコミに漸く二人は呪縛から解かれたようにハッと顔を上げた。蓮は無表情だが、九重の反応は顕著だった。伊織を見るなり、いきなりぶわっ! と、その瞳に涙を溜め始める。決壊寸前だ!

 

「伊織ぃ! その女は誰なのじゃ! 九重というものがありながら、そんなべったりと! この浮気者ぉ! ミク達ならともかく、ポッと出の女にそのような……わざわざ九重に見せつけるなんて酷いのじゃーー!!」

「なんでそうなる……」

「「「浮気者ぉ~~!!」」」

「お前等まで……」

 

 九重の嘆きに合わせて、ミク達が悪乗りする。頭の上から「うわきもの……」と呟く声が聞こえた。伊織に不名誉な称号が付きかかっているようだ。

 

「うぅ~、伊織ぃ。九重では不満なのか? 九重は四番目のお嫁さんでも良いというのに、それすらダメなのか? 九重の何がいけないのじゃ。その女のどこかいいのじゃ。ぐすっ」

「こらこら、九重。一人で勘違いを加速させるな。今日の訪問の理由は伝えてあるだろう?」

「新しい家族の紹介じゃろ? つまり、新しい妻を紹介しに来たんじゃろ?」

「……そういう解釈になったのか。違うから。蓮は、普通に東雲家の家族になったってだけだから。っていうか新しい妻って……人聞きの悪い……」

 

 傍から見ればハーレム野郎以外の何者でもないのだが、これでもミク達三人と百年以上連れ添って、その間、ただの一度も他の女にうつつを抜かしたことはないのだ。ドン・ファン扱いされるのは甚だ不本意である。

 

 それでも伊織が、何とか九重の誤解を解いて笑顔を取り戻そうとしたその時、伊織の頭にへばりついていた蓮が、全く重さを感じさせずにヒョイっと九重の眼前に着地した。そして、泣きべそを掻く九重の眼前まで来ると、身構える九重の頭を、そっとその小さな手の平でなでなでする。

 

「我は蓮。家族になった。それと……」

「むぅ?」

 

 少しだけキョトキョトと目を泳がせた蓮は、「えいや!」と気合一発。一度、ドラゴンの翼をはためかせると、九重を撫でていた手を九重に差し出した。

 

「友達になりに来た」

「……九重と友達になりたいと?」

 

 コクコクと頷く蓮に、九重が何だか毒気を抜かれたような表情になる。

 

「伊織の嫁ではないのか?」

「……嫁?」

 

 蓮が伊織を振り返って自分を指差す。伊織は、苦笑いしながら違うと首を振る。

 

「なんじゃ、九重の早とちりか。すまんかった、蓮。妖怪の頭領、九尾狐八坂の娘、九重じゃ。その、いきなり失礼じゃったが、蓮さえ良ければ、友達になってもらえるかの?」

 

 自分の奇行に、恥ずかしげにモジモジしながら九重が蓮の差し出した手に自分のそれを重ねた。蓮が、キュッと九重の手を握る。そして、どこか誇らしげな表情で振り返り伊織を見た。

 

「うん、頑張ったな」

「ん」

「? 何の話じゃ?」

 

 握った九重の手をふりふりと振る蓮。伊織は、蓮の頭を撫でながら褒め言葉を送る。不思議そうな九重に、あとで分かると、取り敢えず屋敷へと促した。八坂の前で、新たな家族の正体を明かしたとき、九重は自分が一体どんな存在と友達になったか理解するだろう。

 

 だが、きっと、いや、絶対、九重は拒絶したりしないはずだ。目の前で、無限の龍神は、確かに九重と友達になりたいと言ったのだ。二年の間、九重を見てきた伊織だからわかる。ただ力が大きいというだけで、そんな純粋な思いに背を向けるような女の子ではない、と。

 

 そして、そんな相手はこれから先もどんどん増えるだろう。楽しくて、優しくて、暖かい沢山の思い出と共に。

 

 手を繋いだまま前を歩く九重と蓮を見ながら、傍らのミク達と同じように、伊織は優しげに目元を和らげたった。

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

取り敢えず、オーフィスの新生活のあれこれでした。
キャラはそのうち、崩壊します。

あと、少し改稿しました。堕天使編の時系列を鬼編から二年後という感じに。

次回からは、一気に跳んで伊織達が高校二年になったところからです。

更新は、明日の18時です。


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