重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第40話 今の伊織と三大勢力会議

 

 

 

 静謐な雰囲気に包まれた深い森の中、立派な日本家屋の縁側でお茶を啜るエヴァと酒を飲むチャチャゼロ。その傍にはお手伝いのリンリンさんとチャチャネが控えている。

 

 場所は、伊織の【別荘】の中だ。

 

 と、不意にエヴァが視線をあらぬ方向に向けた。

 

「む、帰って来たか……」

「ケケケッ、御主人、ソロソロレーベンスシュルト城ノ方モヤバインジャネェカ?」

「そうだな……魔導も応用して強度には自信があったのだが……蓮の力は規格外だからな」

「ソノ強度ガヤバクナルクライ、伊織ガ蓮ニ力ヲダサセテイルッテェ事ダロウ? アイツ、転生シテカラ益々強クナッテヤガルナァ」

「転生してから魔力やオーラの潜在量は飛躍しているからな。鍛えれば当然強くなるだろう。積み上げたものが多ければ多いほど、転生した時に魂の質が上がるんじゃないかと言っていたな……あいつが何度転生することになるかは分からないが……」

「ケケケ、ソノウチ、マジデ神ニデモナルカモナァ。御主人、愛想尽カサレナイヨウニ、セイゼイ可愛コブレヨ」

「やかましい、ボケ人形め」

 

 エヴァとチャチャゼロがそんな話をしていると、竹やぶを縫うように作られている小道から伊織、ミク、テト、そして黒髪姿の蓮ことオーフィスが現れた。蓮が涼しい顔をしているのに比べて、伊織はどこかくたびれている。

 

「あ~、疲れたぁ~、リンリンさん、チャチャネ、人数分のお茶頼めるか?」

 

 伊織が、そう言う前に、既に二人共お茶を用意していたらしく、スっと差し出してくる。それを嬉しそうに受け取ってゴキュゴキュと喉を鳴らして一気飲みする伊織。ミク達も、礼を言って縁側に座りながら喉を潤す。

 

「ぷはぁ! ありがと二人共」

 

 礼を言った伊織はそのまま縁側に寝転んだ。その頭の上から蓮が伊織の顔を覗き込む。

 

「大丈夫?」

「ああ、問題ないよ、蓮。それにしても、まだまだ蓮には敵わないなぁ……」

 

 伊織の言葉通り、伊織達はエヴァの別荘であるレーベンスシュルト城の方で連を相手に戦闘訓練をしていたのである。もちろん、相手は文字通り“無限”であるからダメージらしいダメージなど与えられていないのだが、エヴァとチャチャゼロの会話にあったように、その実力はめきめきと上がっている。

 

 それこそ、既に前世を軽く超えている程度には。

 

「伊織は強い。我、伊織より強い人間知らない。我より弱い相手なら伊織が勝つ」

「そうですよぉ~、マスター。蓮ちゃんの言う通りです。ユニゾンした場合の今のマスターなら、ゆりかごとだってタメを張れますよ」

「造物主でも、正面から戦って勝てるんじゃないかな? もう、マスターを人間と呼んでいいのか疑問だよ」

「テト、それは酷いいい様だ。まぁ、この二年、色々あったし、訓練相手が世界二位だからな……少し、自分でも人間か怪しいとは思ってる。オーラの練度が増したせいで、たぶん、前世よりかなり長生きすることになりそうだし……」

 

 そう言って苦笑いする伊織は、現在、十七歳の高校二年生。その顔つきからは幼さが抜けて、代わりに精悍さが宿っている。強靭な意志の炎と凪いだ水面のように静かさという相反する性質を併せ持つ深い瞳には、男女問わず自然と目を引きつけられてしまう。

 

「色々なぁ~。確かに、色々あったな……特に女関係でな」

「……」

 

 寝転ぶ伊織の頭を持ち上げて膝枕しながらも、頭上からジト目を向けるエヴァ。伊織は頬を引き攣らせて視線を逸らした。

 

 エヴァの言う女関係とは、九重の事ではない。高校に入って拍車が掛かった伊織のモテ具合や、退魔師協会における退魔の名家から無数に来る縁談の話、そして、一年前からとある理由で顔出しOKになったバンド活動により現れた病んでるレベルのファン、あとは、とある事件でボディガード的な事を務めたアイドルからの熱烈アプローチetc

 

 いずれもきっぱり断っているのだが、やはりエヴァとしては面白くないらしい。ミクやテトも、笑顔を浮かべながら目は笑っていないという事が多々あった。特に、桜庭芸能事務所やレコーディングスタジオで、意図的に合わせたとしか思えないような偶然の末ばったり会ったアイドル達との非暴力な戦争の時とか。

 

 ちなみに、ニ〇ニ〇動画は完璧に全国へと……いや、世界へと普及した。ミクとテトをモデルにした数多の歌姫達は、絶大な人気を持って今日も誰かの作った歌を歌っている。ミクとテトの存在が明らかになったとき、まさかあのキャラには実在のモデルがいたのかっ! とちょっとした騒動になったくらいだ。

 

 一応、顔出しはしてもメディアお断りなので周囲に迷惑はかかっていない。魔導と魔法を使った認識阻害やらなんやらを使っているので、メディアが伊織達を追える事はないのだ。その辺も、神秘のベールに包まれた奇跡の演奏技術と歌声を持つバンドとして人気に拍車を掛けている理由の一つだ。収入もすごい事になっているのだが、それはほとんどホームの方に入っていた。

 

 この二年で、新しい兄弟姉妹も増えたのでお金はあるに越したことはないのだ。

 

 エヴァに膝枕されながら視線を逸らしている伊織の頬に綺麗な指が伸びて来て、そのまま伊織の頬をむにむにと引っ張った。じゃれついているのはミクだ。女の子座りで伊織にちょっかいを掛けつつ、エヴァの言葉に同意する。

 

「ホントですよねぇ~。それに、カオス・ブリゲードにいる私の分身体が抑えなかったら、旧魔王派だの、英雄派だのが大挙して押し寄せていたでしょうし。女の子達だけじゃなくて、うちのマスターはテロリストにもモテるんですから。一部が暴走して襲いかかって来たくらいで良かったですよねぇ~」

 

 ミクの言う通り、ここ数年、カオス・ブリゲードの動きが活発になって来ているようだった。力を求める彼等は、オーフィスに【蛇】を要求するのだが、分身体は当然、本物のような無限ではないので、そう簡単にポイポイと上げるわけにはいかない。

 

 力を与えた彼等の矛先が、無関係の人々という事もあるのだから尚更だ。この点、それならさっさとカオス・ブリゲード自体を潰してしまえば……というのも当然、伊織は考えた。しかし、どうも彼等にも彼等の主義主張があるようで、他者の何かを奪う事に悦楽を感じ、その快楽のために奪うというような外道ばかりというわけではないようだった。

 

 マイノリティな主義主張だからといって一切を問答無用に切り捨てるのは伊織の望むところではない。旧魔王派などは、それこそ現魔王達が対処すべき問題だろう。英雄派に至っては、オーフィスの【蛇】も求めず微妙に距離をとっている始末で、よく分からなかった。

 

 それに、カオス・ブリゲードは組織が大きすぎて派閥も無数にあり、未知の勢力もあるようだった。下手につついて藪から蛇を出しては困るので、今のところ、様子見兼対症療法という形になっている。

 

 そんな中で、【魔獣創造】を取り込もうと少なくないトラブルがあり、必然的にカオス・ブリゲードの一部と戦う事になったのだ。

 

 英雄派などが特に伊織の獲得のため動いていたようだが、オーフィスの命令と実力行使(たまに本物の蓮が出張ったりして)により、今のところ、直接相対したことはない。

 

 この辺の情報は、アザゼルにも回しているので、三大勢力への情報の選別と共有は彼が上手くやってくれるだろうと考えている。この二年で、アザゼルともそれなりに交友が深まっており、彼から直接依頼を受けた事も何度かあるのだ。

 

 代わりに神器の扱いでは随分と世話になった。何せ、伊織以外のメンバーも、既に禁手に至っているのだから。

 

 襲われたというミクの言葉で思い出したのか、今度はテトが思い出話をしだした。その手は伊織の頬をツンツンしている。

 

「ライブ直後に白龍皇が挑んで来たときもビックリしたよね。あの人、典型的なバトルジャンキーだから、絶対、再戦に来るよ。ルシファーの血に神滅具のコンボ、魔法の素養も高いから、鍛え直してきたら厄介だと思うなぁ~」

 

 神滅具【白龍皇の光翼】を所持するヴァーリ・ルシファー。彼は、アザゼルに育てられているようで、伊織のことを彼から聞いて戦ってみたくなったらしい。いまでもたまにやるゲリラ的なストリートライブの終了直後にいきなり襲ってきたのだ。迷惑は百も承知だが、どうか戦って欲しいと、意外なほど礼儀を見せて。まぁ、襲ってきた時点で礼儀も何もないが……

 

 伊織は困惑しつつも、いきなり周囲の空間ごと半分にするという常識外の攻撃に、つい、手に持っていたバリサクで割と本気の超衝撃超音波を放ってしまった。結果、攻性音楽という初見殺しの非常識な攻撃に、さしものヴァーリも一瞬で意識を刈り取られてしまった。

 

 何とか一命をとりとめたヴァーリは、【魔獣創造】を使わせることすら出来ずに、それどころか何をされたのか把握することすら出来ずに瞬殺されたことに、かなりのショックを覚えているようだった。

 

 だが、しばらくすると、嬉しそうな笑みを浮かべて、いつか必ず超えてみせると言い残して去ってしまった。あとでアザゼルにヤキを入れたのは言うまでもない。子供のしつけはきちんとしろ! という具合に。

 

 と、皆が、何となく思い出を語り合いながらまったりしていると、再び、別荘のゲートに反応があった。竹やぶを通り抜けてやって来たのは、この数年で随分と成長した薫子だ。ポニテにした長めの髪をふりふりと揺らしながら駆け寄ってくる。最近は告白も多数受けるようになったくらいの美人さんだ。

 

「んもっ、伊織兄ったら、目を離したら直ぐにお姉達とイチャイチャするんだからぁ」

「薫子。どうしたんだ? 何か用事でもあったか?」

「うわっ、素でスルーした。はぁ、まぁ、いいけど……。はい、お手紙。堕天使の総督さんからだから早めに渡しておいた方がいいと思って」

「アザゼルさんから?」

 

 訝しみつつ、伊織は体を起こして縁側に座りながら受け取った手紙の封を解く。と、その隙に薫子が伊織の膝上に座り込んだ。

 

「こらこら、中学生にもなって何をしてるんだ」

「いいじゃない。伊織兄もあと一年くらいでホームを出るんだし。今だけだよぉ~」

「全く、いつまでも甘えん坊じゃ困るぞ? もう薫子の方が甘えさせてやる方なんだから」

「わかってるよ~、それより、総督さんからの手紙は何て?」

 

 あからさまな話題転換に苦笑いしながら伊織は手紙を読み進める。どうやら魔法を使ったもののようで伊織にしか反応せず、文字が浮き出る仕組みになっているらしかった。つまり、他者には知られたくない重要な要件ということだろう。

 

 薫子の甘えに対抗してか蓮が薫子を少し押しのけて同じく伊織の膝に腰を落とした。その様子に、ミク達が微笑ましそうな眼差しを送る。この二年で、蓮もまた、口数が多くなったり、僅かではあるが表情を作れるようになったり、今のように露骨に甘えたりするようなるなど、感情が豊かになった。

 

 友人も増えて、今ではスマホを完璧に使いこなしつつ、ニ〇ニ〇動画の世界でも“神”扱いされるなど、現代文明にどっぷり浸かっている。一体誰が、“龍神p”を名乗るうp主が本物の龍神などと思うだろうか? 現役女子高生達とスマホ片手に買い物しているなどと思うだろうか? 誰も思わないに違いない。既に変装とか偽名とか必要なのか微妙なところだ。

 

 事実、アザゼルと邂逅して既に二年以上経つが、未だに彼にもバレていない。すっかりオタクな言動が染み付いてしまい、しかも、見た目アザゼルがチャラいからといって毎回「チョリース」と挨拶してくる女子高生を、観察眼の鋭い彼もオーフィスとは思えなかったようだ。怪しんだ事すらないのだから、その変貌ぶりが分かるというものだろう。

 

 また、白ジャージは相変わらず大好きらしく、バリエーションに富んでいる。想像して欲しい、休日等、家で白ジャージを着たまま縁側に寝転がりつつスマホを弄っている【無限の龍神】を。――果てしなくシュールだろう。ちなみに、スマホのゲームでは大体上位ランクを占めている。

 

 そんな蓮と薫子の頭を交互に撫でながら手紙の内容を検めた伊織は、手紙を丁寧にしまった。

 

「で? なんだって? あの不良中年は」

「うん、何でも、近々三大勢力の会議とやらをやるらしいんだけど、その会議への出席要請だったよ。俺は協会――言ってみれば人間側だから、三大勢力とは関係ないんだけど……」

「なるほど、世界の行く末を決める会議だ。【魔獣創造】の使い手の顔みせくらいはしておきたいといったところか」

「三大勢力のどこにも所属してなくて、でも敵対もしてなくて……」

「その上、明確に所在が判る上に、総督さんとの交友もある……悪魔側と天使側に面倒通しして、公平にしておきたいんですね。まぁ、それだけじゃないかもですけど」

 

 エヴァに続きテトとミクも納得したように頷いた。そして、どうする気かと伊織を見やる。伊織は少し考えたあと、肩を竦めて結論を出した。

 

「断るよ」

「いいんですか?」

「まぁ、向こうの意図はミク達が言った通りなんだろうけど……これでも、守護筆頭の立場にあって、人間側の代表って側面もあるしな。個人的に呼び出されて(・・・・・・)顔を見せに行くというのは、余り良くないだろ」

「ククク、要は挨拶したきゃ、そっちから来いってことだな? うむうむ、やっぱりそうでなくてはな」

「ケケケ、御主人、悪イ顔シテルゼ」

 

 そんなわけで、一応、会議の行く末を知るために監視は潜り込ませるつもりだったが、アザゼルの要請は蹴られる事になったのだった。

 

 

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 場所は駒王学園。その新校舎にある職員会議室。

 

 そこには、現在、三大勢力のトップ陣営が勢揃いしていた。

 

 悪魔側は魔王サーゼクス・ルシファーとセラフォルー・レヴィアタン、その眷属たるグレイフィア・ルキフグス、そして、二人の魔王の妹、リアス・グレモリーとソーナ・シトリー。リアスの眷属達。特に注目すべきは、やはり一見普通の少年にしか見えない神滅具【赤龍帝の籠手】の所持者兵藤一誠だろう。

 

 天界側は熾天使のミカエルと天使の女性。

 

 堕天使側は当然、グリゴリ総督アザゼルと白龍皇ヴァーリ・ルシファーだ。

 

 外には、それぞれの陣営の人員が大量に待機して一触即発の険悪な雰囲気を醸し出していた。

 

 そんな中で進む会議は、アザゼルの一言で和平を結ぶ方向へと流れていった。最初から、どの陣営も三すくみの状態を解消したいと願っていたようで、話はそれなりにスムーズに流れる。

 

 先の大戦で、どの陣営も疲弊しており、次に戦争を起こせば全員共倒れになるという事がわかっていたのだろう。誰もが、どこかホッとしたような表情をしている。

 

 と、話も一段落着いたところで、ミカエルが赤龍帝兵藤一誠に、これからどう有りたいのかという未来に向けての質問をした。神滅具所持者はいずれも世界を動かす力を秘めた者達だ。その意見を聞かずには、各陣営も動きづらくなる。

 

 しかし、当の一誠はというと、小難しい話の連続に混乱しているようで困惑しているようだった。そんな中、一誠はミカエルに問い返す。それは、同じリアスの眷属で教会を追放されてしまったシスター――そして神器【聖母の微笑】を持つアーシア・アルジェントのことだ。信心深い彼女が、どうして追放されてしまったのか、と。

 

 結局、神のシステムの都合上、神の子だけでなく、悪魔も癒せてしまう事が不味かったらしい。ミカエルの説明と謝罪により、アーシアも、同じく教会を追放されたリアス眷属のゼノヴィアも心を晴らすことが出来たようだ。

 

 と、そこで、アザゼルが【聖母の微笑】で思い出したように顔をしかめた。それに目ざとく気が付いたミカエルがアザゼルにどうしたのかと尋ねる。

 

「いや、【聖母の微笑】で思い出したんだよ。もう一人の【聖母の微笑】の使い手と、その周りの連中をな」

「もう一人の……ですか? 確かに、神器の中には複数あるものもありますが、【龍の籠手】のような単純な力の倍増と異なり、癒し系の神器は少ない。アザゼル、グリゴリは、その使い手も確保しているのですか?」

 

 言外に、どれだけ神器を揃えているんだと、どこか呆れたような眼差しを送るミカエル。アーシアも自分と同じ神器を持つ者がいると知って、興味を持っているようだ。

 

「違ぇーよ。笑えない冗談は勘弁してくれ。そいつは【魔獣創造】の女だ。俺が確保してるなんて伝わったら、何されるか分かったもんじゃね……」

「……【魔獣創造】の使い手……そういえば、日本退魔師協会に属していると報告が上がっていましたね」

「ああ、今回の会議で面通しでもしてもらおうかと呼出状を送ったんだがな……見事に蹴られた。ちくしょうめ。確かに、あいつにも立場はあるんだろうが、ちょっと面見せるくらいいいだろうによ」

 

 拗ねたような雰囲気で【魔獣創造】の使い手に悪態を吐くアザゼル。その様子に、アザゼルと【魔獣創造】が予想以上に交友を深めていると察したようで、少し、その場の雰囲気が固くなる。なにせ、今もアザゼルの傍らには白龍皇ヴァーリがいるのだ。堕天使側に、神滅具が複数あるというのは、少し笑えない。

 

 そんな場の雰囲気に傍らのヴァーリが苦笑いする。

 

「アザゼル、こんな雰囲気になるから伊織は断ったというのもあるんじゃないか? 堕天使の総督が呼べば、多少無理をしてでも【魔獣創造】を召喚できる……何て思わせたくない、とな。実際、少しは、その意図もあったんだろ?」

「チッ、やっぱ気が付くか。まぁ、世界の行く末を決定する会議なんだ。単純に、影響を持てる奴の意見は直に聞いておきたいってのが一番だがな」

 

 どうやら、白龍皇まで面識があるようだと、重鎮達の意識が、この場にはいない【魔獣創造】の使い手に向けられた。

 

 サーゼクスが興味深げにヴァーリへ話を振る。

 

「白龍皇――ヴァーリくんといったか。君も、【魔獣創造】の使い手と直接の面識が?」

「ああ。一度戦いを挑んで――瞬殺された」

「ッ!?」

 

 二天龍の片割れ、間違いなく世界最高レベルの強さを誇る白龍皇の、まさかの発言に衝撃が走る。特に、その強さを目の当たりにした赤龍帝兵藤一誠は、大きく目を見開いていた。

 

 信じられないといった様子のミカエル達が、確認するようにアザゼルへ視線を向ける。

 

「ああ、本当だぜ。しかも、【魔獣創造】を使うことすらなく、な」

「それは……」

 

 更に衝撃が走った。まさか、白龍皇相手に神器を使うことなく制するなど誰も思いもしない。当の瞬殺された男はというと、その時の事を思い出しているのか実に嬉しそうな不敵な笑みを浮かべている。

 

「あいつは強ぇぞ。冗談抜きにな。【魔獣創造】は既に禁手に至っているし、それ以外にも俺ですら未だに正体を掴み兼ねている手札をいくつも持ってやがる。しかも、その力に溺れずに、日々研鑽を積んでいるもんだから始末に負えねぇ。今のあいつなら……俺でも相当の覚悟が必要になるな」

「そこまでですか……」

「ああ。何せ、十三歳の時に、霊脈の力を無制限に使える鬼神とやり合って撃破してるくらいだ。――酒呑童子。名前はお前等も知っているだろう? そいつを正面から打ち破っている。【魔獣創造】が禁手に至っていない段階でな」

 

 絶句する各陣営のトップ達。彼等も【魔獣創造】の使い手には接触を試みた事はあるのだが、協会と妖怪側により全て断られていた。直接、本人に接触しようにも、上手く避けているようで出会うことは叶わず、無理をして襲撃じみた手を使った者は尽く返り討ちにあっており、神滅具使いに敵対の意志があると思われるわけにはいかないので、半ば様子見状態だった。そのため、詳しいプロフィールは把握しきれていないのだ。

 

「しかも、奴が侍らしている女達も半端じゃねぇぞ? どいつもこいつも一騎当千。詳しいところは俺でも把握してねぇが、少なくとも余裕で最上級クラスの実力を持ってやがる。それに、酒呑童子の一件で、妖怪達から絶大な信頼を得ているようでな、九尾の娘がぞっこんだそうだ。頭領自身、将来は……と考えているようだし、あいつを敵に回すイコール日本妖怪と敵対するって事になりかねないぜ」

「「「「……」」」」

 

 既に言葉もない。だが、驚愕が通り過ぎると、みな一様に厳しい表情となった。

 

「アザゼル。【魔獣創造】の使い手――名は……」

「伊織だ。東雲伊織」

「その伊織くんとやらは、君の目から見てどうだい? 力に溺れていないというが、危険な思想を持っていたりはしないのかい?」

「そこは気になるよね。ここで和平が成れば、外交担当の私は、妖怪側との会談もいずれしなきゃだし☆ 実質、【魔獣創造】くんが付いてるなら人となりは聞いておきたいよね☆」

 

 サーゼクスの質問に、セラフォルーが同意する。他のメンバーも興味津々だ。

 

「あ~、そうだな。危険思想とかそういうのとはかけ離れた奴だぞ。おそらく、今、ここにいるメンバーの方が遥かに危ういな」

「はっはっは、そりゃあ、私は魔王だからね」

「ソーナたんに何かあったら皆殺しにしちゃうぞ☆」

「だろうよ。ヴァーリはバトルジャンキーだし、赤龍帝は未だ不安定で暴走の危険性がある。それに比べて、東雲伊織という人物は、極めて理性的で温厚、そして自身の力を完全に使いこなしている。おまけにお人好しでもある。俺が出会った中で最もまともな神滅具使いだよ。ただし、一線を超えた奴には全く容赦がない」

 

 アザゼルの手離しの称賛が入った人物評価に、みな目を丸くして驚いた。

 

「一線というのは?」

「文字通り、あいつの中にある線引きだよ。殺すか否かのな。あいつ曰く、快楽のために他者の大切を奪う者の存在を認めないんだそうだ。そういう奴は、一切容赦なく叩き潰す。以前、俺のとこの堕天使がな、赤龍帝のときのように暴走してあいつの家族を狙ったことがあるんだが……」

 

 アザゼルの言葉に、一誠とアーシアがビクッと反応する。かの【魔獣創造】の使い手が自分達と同じような境遇にあったと聞いて何かしら思うところがあったようだ。思わず、一誠が声を出して急くように尋ねた。

 

「ど、どうなったんだ?」

「見事に返り討ちさ。一人として生き残った者はいない。中には上級クラスもいたらしいが、そいつに至っては塵すら残らなかった。で、だ。その後、即行でグリゴリまで乗り込んできやがったんだが……」

「何て、行動力……」

 

 リアスが戦慄したように呟いた。かつて、一誠を嵌めた堕天使レイナーレを消滅させた後、堕天使全体に釘を刺すために行動を起こすような事を彼女はしなかった。そこには勿論、魔王の妹という立場もあったが、それがなくてもそこまでの行動力は出せなかったに違いない。

 

「まぁ、今では、それなりに親交があるのは見ての通りだ。あれだけの力があって情の深い奴が身内を襲われたのなら堕天使全体に恨みを持ちそうなものだが、話し合える(・・・・・)、分かり合うための努力が出来る……そう感じたら遺恨も残さず歩み寄ってくれたよ」

 

 その言葉に、一誠や朱乃が少し複雑そうな表情になった。二人共、堕天使という存在に思うところがあるのだ。そう簡単に割り切れない思いが。だから、伊織の行動に何だか自分が小さく思えて微妙な心境になったのである。伊織がいれば、それは見当違いだというだろうが。

 

「まぁ、纏めるとだ。東雲伊織は、情に厚く、お人好しで、敵と定めた奴に容赦のない、べらぼうに強い奴、ということだ。そして、その行動原理は“救う事”。悪魔だろうが、堕天使だろうが、天使だろうが、本気で“助けてくれ”と言ったら、あいつは迷いなく手を差し伸べるだろうよ」

「それは、それは……」

「ふぅん、まるでどこかの英雄さんみたいだねぇ~」

 

 アザゼルの話を聞いて、会議室にいる者達の半分は感心したような表情、もう半分は懐疑的といったところだ。話自体信じがたいというのもあるが、報告者がアザゼルというもの懐疑的な原因の一つだろう。堕天使の総督は信用がないのだ。

 

「疑う気持ちも分からんではないがな……事実、さっき言った酒呑童子の件、伊織が挑んだ理由は、幼い九尾の娘のためだぞ? 鬼神化した酒呑童子に母親が殺られそうになった時に、思わず助けを求めて、それに応えたんだ。初対面で、あいつは退魔師なんだが……そんなの関係なかったみたいだな。やべぇところを、颯爽と助けてくれたんだ。そりゃあ九尾の娘も惚れるってもんだろ」

「ほぅ、それはいいですね。最近、人間のそういう英雄譚は随分と減ってしまいましたから……どうやら、今代の【魔獣創造】は信用できそうな方ですね。一度、正式に面会を申し込んでみましょう」

 

 ミカエルが、どこか嬉しそうに言う。神の子を見守り導く事を至上の使命とする天界の存在として、そういう人間の美しい物語は琴線に触れるのだろう。

 

 一誠も、同い年の日本人で同じ神滅具持ちが活躍しているという話を聞いて、瞳を輝かせていた。小声で「すごいっすね、部長」とリアスに呼びかけ、リアスも少し考えるような素振りを見せながら頷いている。考え事はおそらく眷属に出来ないか? ということだろうが、駒数的にも、伊織の立場的にも無理だろうと肩を落とす。

 

 アーシアの琴線にも触れたようだ。彼女は、シスターでありながら悪魔を治癒したことで追放される事になった。それを後悔した事はないが、ショックだった事に変わりはない。なので、自分以外にも種族に関係なく救おうとする人がいると分かって少し嬉しかったようだ。それに、自分と同じ神器持ちの事も気になっているようである。

 

 話が大分逸れたが、アザゼルが軌道を修正し、ヴァーリと一誠の考えを問い質した。ヴァーリは相変わらず、一誠は戸惑いつつも、平和になればリアスとあれこれ好き放題できるといわれ平和一択で! と元気に叫ぶ。

 

 ちなみに、少し伊織に憧れを抱きそうになっていた一誠だが、「ハーレムを目指すなら、伊織はお前の先輩だ! お前と同い年で、既に妻三人。怪しいのが一人と将来有望の九尾の娘もいる。全員、超がつく美少女だ!」と言われ、血涙を流しながら、憧れではなくライバル心を燃やすようになった。

 

 そんな【赤龍帝】と【魔獣創造】が出会うのはもう少し先である。

 

 

 

 

 その後、会議は進み、一誠の決意表明が成されていた最中、カオス・ブリゲードによるテロが起こった。それぞれが、それぞれの戦いに出る中で、アザゼルはカテレア・レヴィアタンと戦う事になる。

 

 優勢だったアザゼルだったが、途中、ヴァーリによりダメージを負ってしまった。そして、その隙にカテレアがオーフィスの蛇を使って力を跳ね上げる。それに対抗して、アザゼルも使い捨て神器の禁手により力を向上させ、カテレアを追い詰めていった。

 

 致命傷を負ったカテレアは、遂に自爆技によってアザゼルを殺そうとする。アザゼルも当然回避しようとするが、カテレアの腕が変化した触手のようなものがアザゼルの左腕に絡みついて、彼の力をもってしても振りほどく事が出来なかった。

 

 壮絶に嗤うカテレアの前で、アザゼルは、己の腕を切断する決意をする。そして、いざ、自分の腕を切り落とそうと腕を振るった瞬間、

 

「取り敢えず、腕落とすのは止めておきましょう? ね、アザゼルさん」

「んなっ!?」

 

 突然、アザゼルの肩越しに飛び出してきた小さな影が、アザゼルの腕を逸らし切断を免れさせる。全くの不意打ちに驚愕をあらわにするアザゼルを尻目に、その小さな影――体長二十センチほどのミクは、視認できない速度で刀を振るった。

 

――断罪の剣

 

 物質を強制的に気体へ相転移させる魔法剣。それだけでなく、念のため、伊織の【覇王絶空拳】の抜刀術バージョン【絶空斬】により空間ごと切り裂く。

 

 ミクの一撃により見事切り離された触手に、カテレアが呆然としている。アザゼルも目を見開いていたが、ガリガリと頭を掻くと、そのまま光の槍をカテレアに投げつけた。塵も残らず消滅していくカテレアを尻目に、アザゼルがジト目で小さなミクの襟首を摘まみ上げる。

 

 カテレアの自爆攻撃に備えて下がっていたリアスや一誠、ヴァーリも注目している。

 

「で? なんでお前がここにいる? っていうか何時からいた? その姿は神器か?」

「いっぺんに聞かないで下さいよぉ。私は、あくまで分身体ですけどね。確かに、神器で姿を小ちゃくしてます。そうですねぇ~、取り敢えず、プチミク――プチと呼んで下さい。何時から? と聞かれると、アザゼルさんとずっと一緒にいましたと答えておきましょう」

「さ、最初から……俺とした事が気づかなかったのか……そ、それで」

「はい。なんで? と聞かれれば、情報収集とアザゼルさんの護衛みたいな感じですかね? マスターが、『アザゼルさんって、意外に抜けてるっていうか、ここぞってところでポカしそうじゃないか。曲がりなりにも組織の長やれているのって、カリスマとか人望以上にシェムハザさんの助けがあってだろう? だから、ヴァーリが裏切る可能性に備えたりしてないんじゃないか? って事で、本当にやばそうなら手助けして上げてくれ』と言ってまして、それで陰ながら控えてました。案の定、ヴァーリさん裏切りましたねぇ~」

「俺の事も、ヴァーリの事も完全に読まれてやがる……ちくしょーー!! 助かったが、何か腹立つぜぇ!!」

「ははっ、伊織は俺の事もよくわかっているな」

 

 伊織としては、むしろ稀代のバトルジャンキーが、目の前で和平を結ぼうとしているのを見て、黙っていると考える方がどうかしているとツッコミを入れたかった。鬼と同じく、戦いを求めずにはいられないという人種にとって、争いの無い世界は拷問に等しいのだ。ならば、いっそ、と考えるのは不思議なことではない。

 

 もっとも、伊織としてはミクが語った理由だけでなく、カテレアが【蛇】を入手していたので、万一に備えていたというのがメインの理由だったりする。直接渡したわけではないので、以前、受け取った誰かから譲り受けたのだろうが……

 

 ちまちまとオーフィスの力を回収してきたが、そろそろ本格的にカオス・ブリゲードに対して何らかの行動を起こした方がいいかもしれない、と伊織は思い始めていた。

 

「さて、アザゼルさんもこれ以上ポカはしそうにないですし、姿を見せてしまった以上、私がここいると他勢力の方々から『すわっ、スパイかっ!』とか言われて面倒な事になりそうなので――帰ります」

「ほんとに自由だな! お前は! もう少し手伝おうとか思わないのかよ!」

「やですねぇ、アザゼルさん。堕天使の総督ともあろう人が、こんなか弱そうな女の子に、まだ助けを求めるんですか? ププッ、シェムハザさんが苦労するわけです」

「うるせぇよ! だれがか弱い女の子だ! それとシェムハザはこの際、関係ねぇよ! 常識としてだな……いや、もういいや」

「そうですか? まぁ、戦いなんてほとんど終わってますし、あとはヴァーリさんだけでしょう? 彼の相手は、育ての親である貴方か、そっちの……」

 

 プチミクが、少し離れたところにいる一誠に視線を向けた。小さくとも分かるミクの可愛らしさに一誠の心が浮き足立つ。

 

「赤い龍さんがやるべきことですよ」

「……まぁ、そうだな。わーったよ。帰れ、帰れ。あとで、話は聞かせてもらうからな」

「は~い、では、私は、アザゼルさんが大ポカやらかした挙句、腕とられそうなった話を面白おかしくマスターに語って聞かせるために帰りま~す」

「さっさと帰れよっ!」

 

 アザゼルが弄られている姿を見ているであろう魔王や熾天使はどう思ったのか。気になるところではあるが、ミクは、快活に笑いながらポンッ! と音を立てて霧散し消えてしまった。

 

 このあと、一誠はヴァーリと戦い、実はその様子をサーチャーで伊織達に観戦されていて、おっぱいを連呼しながら戦う一誠に、何とも微妙な雰囲気なったたりするのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

原作数巻分、すっ飛ばしました。
一巻から全部関わらせたら、話数が飛んでもない事になりそうで……
原作組は原作組で、伊織達は伊織達で、でも時々二組みの道が交わる…みたいな感じで行こうと思います。

感想について、返信しなくてすみません
しかし、オリジナル小説の方でも感想を返せない状況なので、それにもかかわず、こっちは返すというのもどうかと思うのです。
なので、何か質問とかあればメッセージでも下さると個別にお返しさせて頂こうかと思います。
といっても、作中に出てこない設定なんて何も考えていませんが(笑

次回は、明日の18時更新予定です。

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