重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第42話 カチコミ

 

 

 魔王主催のパーティーは中々の盛り上がりを見せていた。

 

 豪華絢爛な装飾に、見るからに美味そうな料理の数々。流れる音楽に合わせて楽しげに踊る者もいる。規格外の大きさを持つ超高層高級ホテルの上階にある会場には、溢れるほどの悪魔達でごった返していた。

 

 その中には当然、グレモリー眷属やバアル眷属、アガレス眷属、シトリー眷属などのルーキーズ・フォーを始めとした若手悪魔達や、四人の魔王を筆頭に旧家、名家の上級悪魔達も大勢いた。ちなみに、堕天使の総督は、さっそくカジノで夢を追っていたりする。

 

 談笑しつつ、さり気なく己の家の自慢話に花を咲かせるのは貴族のどうしようもない(さが)というやつだ。その内の一人、フルコニス・ビフロンスも酒を片手に他家への挨拶回りを行っていた。

 

「いや、全く、グレモリー殿を筆頭に、近年は本当に若手が豊作ですなぁ。悪魔の未来も安泰というものだ。家の息子も、彼等くらい出来が良ければ……」

「まぁまぁ、ビフロンス殿。ルーキーズ・フォーと比べれば、どの若手も霞みますよ」

「ですな。グレモリーの姫君など赤龍帝まで手に入れて……まぁ、悪魔全体で考えれば喜べるというものです」

 

 フルコニスが溜息を吐きながら、遠くで悪魔の令嬢達にちょっかいをかけている息子を見る。それに合わせて、他の悪魔のお偉方は肩を竦めたり、苦笑いしながらフルコニスを慰めた。実はその息子の株を上げようと裏でとんでもない事をしでかしたという事実を知れば、彼等の態度も一変するだろうが。

 

 そろそろ九重の始末を終える頃だろうかと考えながら、そんな物騒な事は微塵も顔に出さずに談笑していると、にわかに会場の外が騒がしくなった。

 

「何事だ?」

「まったく、パーティーに水を差しおって」

 

 口々に文句を言いつつ、会場を入口となっている巨大な扉に視線を向けた悪魔達。そこへ、複数人の警備服を纏った悪魔達が息せき切って駆け込んで来た。

 

「ほ、報告します! 侵入者あり! 真っ直ぐ、こちらに進撃しております!」

 

 その情報に眉を潜める悪魔の面々。それを制圧するのがお前等の仕事だろう、と。

 

「そんな報告をしに来る前に取り押さえろ。一体どれだけの警備を置いていると思ってる」

「まったく、警備主任は何をやっているんだ。わざわざ会場全体に報告させるとは……」

 

 確かに、侵入者があったとしても、それは警備がどうにかすればいい話であるし、まして会場で大声を出して報告するなど論外だ。

 

 仮に、会場にいる強力な悪魔の誰かに報告すべきだと判断したとしても、それはこっそり耳元で言うべきであって、わざわざ会場に混乱やら困惑をもたらすなど非常識を通り越して処罰を与えるべき愚行である。

 

 しかし、それは、敵が“並み”の場合の話だ。今、並み居る悪魔の警備達をぶっちぎり、とんでもない勢いで進撃している者達の事を思えば、確かに、会場に“報告”ではなく“警告”を出し行かせた警備主任の判断は英断だったと言えるだろう。

 

 会場の中でも、それを察した者が幾人かいたようだ。スっと眼を細めて詳しい状況を問い質そうとした――その瞬間、

 

ドォゴォオオオオオン!!!

 

 そんな轟音と共に巨大な閃光が扉の奥の廊下を呑み込み崩壊させた。

 

 何事かと目を見開く悪魔達の眼前で、強制的に吹き抜け構造にされたホテルの階下から五人の人影と一体の小さな人形が飛び出してきた。

 

 言わずもがな、伊織、ミク、テト、エヴァ、蓮、チャチャゼロである。

 

 伊織達の表情は厳しい。それは、決して悪魔の警備網を抜けてきた事が厳しかったからではない。ホテルに入ってしまえば嫌でも分かること。イヤリングの反応を確かに会場内に捉えているのに、その持ち主であるはずの九重の気配が全く感じられないからだ。

 

 最悪の予想が脳裏を過ぎった伊織達に、もはや乗り込んだ先で犯人を追求し魔王に処断を迫るなどといった余裕のある対応は出来ない。一刻も早く、九重の安否を確かめなければならないのだ。何より、きっと抵抗したであろう九重からイヤリングを取り上げた輩に対して、燃え盛る憤怒の炎が伊織から容赦というものを奪っていた。

 

 周囲の悪魔達を全く気にせず、伊織が真っ直ぐ歩みを進める。その激烈な意志を宿した鋭い眼光は一点を睨みつけて全く離れなかった。その先には、イヤリングの反応を懐に忍ばせる軽薄そうな悪魔の姿――ブーメルスがいる。

 

 ブーメルスは、伊織と眼が合った瞬間、心臓を鷲掴みにでもされたかのような猛烈な恐怖に襲われた。思わず「ひっ」と悲鳴を上げて後退る程に。

 

 ミク達は、伊織を先頭にすぐ傍らを同じく怒りを宿した冷たい表情で追従する。

 

「こ、この、止まれぇええええ!!」

 

 先程、会場に警告に現れた警備の悪魔達が一斉に魔力弾を放とうとした。

 

 それに対するは伊織の一言。

 

「万象貫く黒杭の円環」

 

 直後、魔力弾が放たれるより早く直撃した黒杭の群れが彼等を一瞬で石化させてしまった。彫像と化した警備員達の間を何事もなかったかのように進む。

 

 入口付近にいた悪魔の一人が、伊織が真横を通り過ぎようとした瞬間に、魔力を宿した拳を振るおう迫った。が、それに対する対応も一言。ただし、今度は可憐な声で。

 

「凍てつく氷柩」

 

 それで終わり。強襲した悪魔は一瞬で氷の柩に包まれて物言わぬ美術品と化した。エヴァの放った氷系西洋魔法だ。そして、やはり何事もなかったように真っ直ぐ突き進む伊織達。

 

 そこまで来て、漸く、侵入者がよりにもよって魔王すらいる会場に正面から堂々と侵入――いや、進撃して来たのだと悪魔達の頭は認めたようだ。一斉に、不埒で豪胆な襲撃者を排除しようと身構える。

 

 まず、途轍もない闘気を纏いながら、情け容赦ない強襲をかけたのはサイラオーグ・バアル、その人だった。

 

 その突進は神速とも言うべきものであり、今にも伊織に対して振るわれんとしている拳は戦車砲が玩具に思えるほど。

 

 誰何の言葉もなく、和を乱した者への問答無用な一撃。気迫、覚悟、決断力、いずれも若手という立場を逸脱した超一流のそれ。しかし、相手が悪かった。

 

ズシンッ!!

 

 そんな局地的な地震かと錯覚するような衝撃を撒き散らしながらも、巨岩のような拳を正面から受け止めたのは、小柄な栗毛の少女。いつの間にか伊織の横に移動しており、その小さな手の平と体躯で、しかし、微動だにせずサイラオーグの拳を受け止めていた。

 

 驚愕に眼を見開くサイラオーグに、蓮はポツリと零す。

 

「……いいセンス。でも、今は邪魔」

「っ!?」

 

 そんなネタ言葉と共に、受け止めたのとは逆の手が拳を作る。サイラオーグのそれに比べれば豆粒のような大きさ。されど込められた力の大きさは、それこそ底の知れない“無限”。質も量もわからずとも粟立つ肌が、けたたましく鳴り響く本能の警鐘が、サイラオーグに無意識レベルで全力の防御と雄叫びを上げさせた。

 

「ぬぅおおおおおお!!!」

 

 サイラオーグが咄嗟に引き寄せた腕に直撃した蓮の拳は、そのまま彼の強靭な肉体と途轍もない密度の闘気を破って骨を粉砕し、肉体内部までダメージを与えて一気に会場の壁まで吹き飛ばした。

 

 再び鳴り響く轟音。壁が放射状に粉砕され、空いた大穴の奥にサイラオーグの姿が消える。

 

 一方、サイラオーグの突進と同時に、もう一人の神速が伊織に飛びかかっていた。彼の名は木場祐斗。グレモリー眷属の最速の騎士。

 

 傍らで、侵入者の一人の翠髪ツインテールに見覚えがあったリアスと一誠が、思わず制止の声を掛けようとしたが間に合わず、既に彼の姿は伊織のすぐ近くまで急迫していた。

 

 しかし、その眼前にヴォ! という空気を破裂させるような音を響かせて、祐斗ですら認識しきれなかった速度でミクが現れる。

 

「ごめんなさい。でも、今は邪魔です」

「っぁあああ!!」

 

 その言葉と共に繰り出された剣戟は九つ。

 

――飛天御剣流 九頭龍閃

 

 剣術の基本である九つの斬撃――唐竹、袈裟斬り、右薙ぎ、右斬り上げ、逆風、左斬り上げ、左薙ぎ、逆袈裟、刺突を同時に行う防御・回避共に不可能と言わしめた必殺技である。

 

 両手に聖魔の剣を構えていた祐斗は、閃光となって襲い来た有り得ない斬撃の嵐に、絶叫を上げながら必死の形相で凌ぐ。しかし、如何に神速を唄うナイトと言えど、速度ならミクにも自負がある。しかも、剣術に費やした時間、経験では圧倒的に上。故に、完全に防げる道理などない。

 

 幸いなのはミクが鞘付きのままで放った事。祐斗の体は血飛沫を上げることなく、されど骨を砕く無数の衝撃に息を詰まらせてサイラオーグとは反対側の壁に吹き飛んだ。それを、同じ眷属である白髪の猫又少女がどうにか受け止める。ぐったりする祐斗に慌てて金髪少女――神器【聖母の微笑】を持つアーシア・アルジェントが駆け寄った。

 

 正眼の構えで残心するミクの背後から、僅かに遅れてグレモリー眷属第二の騎士が肉薄した。青い髪を靡かせて、地すら割らんと剛剣を上段より振り下ろす。

 

 それに対し、ミクは振り返ることもなく、持ち手を柄から鞘にスっと持ち変えると、脇下したから背後へ向けて鍔を弾き飛ばした。

 

――飛天御剣流 飛龍閃

 

 鞘より凄まじい勢いで飛び出した無月は、さながら弾丸のよう。余りに予想外の攻撃方法に、攻撃中という事もあってゼノヴィアは反応する事も出来ず、強烈な一撃を鳩尾に叩き込まれた。挙句、突進の勢いを相殺され一瞬、硬直してしまう。

 

 それは致命の隙。気が付けば、いつの間にか振り返っていたミクの回し蹴りが全く同じ場所に叩き込まれていた。

 

「がふっ!?」

 

 空気を強制的に吐き出されながら吹き飛ぶゼノヴィア。巻き込むように蹴られた為、向かう先は祐斗と同じ。子猫が戦車の特性を発揮しながら、慌ててゼノヴィアを受け止める。

 

 そんな彼等には見向きもせずに、ミクは、くるくると回りながら落ちてきた刀を直接鞘で受け止め納刀した。

 

 仲間がやられた事で表情を険しくしたリアスと一誠も、伊織達への攻撃を決意する。一誠が神滅具【赤龍帝の籠手】を顕現させながら突っ込んだ。

 

「てめぇ! よくも木場とゼノヴィアをぉおおお!!」

 

 一誠の雄叫びに合わせて、リアスが滅びの魔力を乗せた魔力弾を、朱乃が雷を放つ。彼女達以外の若手悪魔と眷属も魔力弾を放った。

 

 と、その直後、

 

ドパァアアアン!!

 

 一発の銃声が鳴り響くと共に、全ての攻撃がボバッ! と音をさせて霧散する。

 

――念能力 拒絶の弾丸

 

 テトの放つ念能力により分解の力を付与された弾丸だ。直撃した対象を問答無用に粒子サイズまで分解してしまう。一日五発までしか撃てなかったこの念能力も、百年以上の研鑽の末、撃たなかった弾丸をストックできるようになった。

 

 伊織が転生している間の数十年。ほとんど使わなかった事もあり、ストックはたっぷりあるので実質撃ち放題。能力の合わさった彼女の精密弾幕を突破するのは至難である。その理不尽な光景は、まるでバアル家の滅びの力のようで、誰もが眼を見張った。

 

 全ての攻撃が消え去った事に驚きをあわらにしつつも、【赤龍帝の籠手】でブーストした巨大な力を伊織に振るおうとする一誠。

 

「二人の仇ぃいい!!」

「イヤ、死ンデネェダロ」

「うぉ!?」

 

 その真横にチャチャゼロが大剣を振りかぶった状態でツッコミを入れつつ出現した。そして、炎を纏った剣戟【紫電一閃】を放つ。咄嗟に、籠手でガードした一誠だったが、威力までは殺せず、小猫のいる場所に重なるように吹き飛んだ。小猫が、計三人分の衝撃を連続で受けて苦しそうに呻く。

 

 この間、ただの一度も歩みを止めず、襲い来る者達を一瞥すらしない伊織。その歩はまさに進撃、その姿はまるで王のようだ。

 

 知らず後退る己の脚を叱咤して、それでもここには数百柱もの悪魔がいる、魔王様がいる、恐れることなど何もない! と一斉攻撃を仕掛けようとした悪魔達。

 

 そこで、パーティー会場を戦場に変え、有望な若手悪魔を蹂躙する王が遂に行動に出る。

 

 その手に取るは黄金の煌めき。愛機たるセレスが姿を変えたバリトンサックスだ。コートの端をはためかせ、バリサクを構えた伊織は、その場で大きく仰け反る。同時に、ヒュゴォオ!! と有り得ない音を響かせて膨大な量の空気が伊織の肺を満たし、胸部がググッと膨らんだ。

 

 そして、余すことなく、一滴の漏れもなく、肺の中の空気をバリサクに吹き込んだ。

 

 刹那、鳴り響く轟音。

 

 天から音が落ちて来た――そう錯覚するような大瀑布の水圧の如き音の暴威。秒速三百四十メートルで駆け抜けたすこぶる付きの超衝撃超音波は、伊織の行動に嫌な予感を覚えた勘のいい悪魔以外、全ての悪魔の脳髄を揺さぶった。

 

 一応の手加減はしてある。しかし、それでも会場にいた八割以上の悪魔達が、白目を剥き耳や鼻から血を滴らせて崩れ落ちる。彼等の意識は既に闇の中だ。

 

 無事だったのは、魔王方四名と最上級と目される悪魔達、そして、今しがたふらつきながらも瓦礫の奥から姿を現したサイラオーグと伊織が意図して衝撃を和らげたビフロンス家の面々だ。

 

 それ以外は、辛うじて意識を保っている者もいるが衝撃超音波によって一時的に視覚を奪われてしまい、また平衡感覚も失っているので力なく横たわったままである。

 

「ソーナたん!」

「ほぅ、これはまた……リーアも一応無事のようだが」

 

 流石に悪魔の八割が瞬殺された挙句、その中には最愛の妹が入っている事に魔王である二人、セラフォルー・レヴィアタンとサーゼクス・ルシファーが揃って身を乗り出す。もっとも、その理由はそれぞれ違うようだが……

 

「サーゼクス様、私が……」

 

 サーゼクスの後ろに控えていた銀髪メイド服の女性――サーゼクスの女王グレイフィア・ルキフグスが進言する。サーゼクスもそうだが、彼女もまた伊織の正体を神滅具【魔獣創造】の使い手であると看破していた。未だ、発動はしていないとはいえ、これ以上暴れる前に制圧しておこうというのだろう。

 

 しかし、それは叶わなかった。グレイフィアが進言と共に一歩進み出ようとしたその瞬間、意図せず体が硬直したからだ。

 

「ッ!!? これは……」

「まぁ、落ち着け。お前達に出られては事態が面倒になる」

 

 突然響き渡る可憐な声音。

 

グレイフィアが体の自由を奪われた驚愕と共に視線を足元に巡らせ、更に驚きを重ねた。

 

  それは、咄嗟に振り返ったサーゼクス達も同じだった。無理もないだろう。魔王たる自分達が、そして、かつてサーゼクスと互角の戦いを繰り広げたグレイフィアが背後を取られたのだ。しかも、その方法が、グレイフィアの影からズズズッとせり出てくるという方法なのだから。

 

「君は……」

「お初にお目にかかる。魔王方。私の名はエヴァンジェリン・A・K・東雲。エヴァンジェリンとでも呼んでくれ。取り敢えず、我が夫が目的を果たすまで下手な事はしないでもらおう。なに、その方がお前達のためでもある」

 

 魔王を前にして不敵な笑みを浮かべながら堂々と名乗りを上げるのみならず、要求まで突きつけるエヴァに、サーゼクスは苦笑いをする。片手で、今にもソーナのために飛び出しそうなセラフォルーを制止しながらエヴァへ話しかけた。

 

「これはご丁寧な名乗りを……知っての通り、私は魔王の一人を務めさせてもらっているサーゼクス・ルシファーだ。色々聞きたい事があるのだけど、取り敢えず、グレイフィアはどうしたのかな?」

 

 グレイフィアは、彼の女王であるが同時に妻でもある。余裕そうな笑みを見せているが、その瞳の奥には凍えるような冷たさがあった。並みの者なら、視線を向けられただけで卒倒するかもしれない冷たさだ。

 

 しかし、今更、その程度の事で怖気づくような可愛い肝っ玉をエヴァは持ち合わせていない。サーゼクスに笑みを返しながら説明しようとする。が、その前に、グレイフィアが話しだした。

 

「サーゼクス様。どうやら極細の糸のようなもので神経を乗っ取られたようです。解除は可能ですが……」

 

 グレイフィアの視線が、サーゼクスを通り越して目的地にたどり着いた伊織に注がれる。言外に、テロにしては真正面からの襲撃だし憤怒は感じられても悪意が見られず、また、悪魔が一人として死んでいない事から、エヴァの話を聞くべきではないかと進言しているのだ。

 

「ふむ、問題ないなら構わない。私も彼の事は気になっていたんだ。少し様子を見ようか。どうやら、彼はひどく怒っているらしいね。一体、彼の視線の先にいる悪魔――確かビフロンス家の跡取りだったか……彼は【魔獣創造】に一体何をしたのかな?」

「理性的な判断に感謝しよう。私達の目的だが、単純だ。奪われた大切な者を取り返しに来た。それだけだ……」

「……それはそれは……」

 

 エヴァの言葉に眉を潜めたサーゼクスの呟きと共に注がれた視線の先では、ちょうど、伊織がブーメルスに腹パンを決めているところだった。

 

 

 

 

 エヴァが、魔王達を牽制している頃、伊織は、ブーメルスの間近いところまで迫っていた。そこへ、目や耳、鼻から血を垂れ流し、左腕をあらぬ方向に曲げたサイラオーグが割り込み仁王立ちした。

 

「何が目的か知らんが、ここは悪魔の領域だ。これ以上、好き勝手はさせんぞ」

 

 そう言って、凄まじい闘気を発する。それだけで彼を中心に床が放射状にひび割れ吹き飛んだ。怪我を負いながら、それでも戦闘の意志は微塵も揺らがない。いや、むしろ尚上昇していっているようだ。守るべきもののために、不退転を心に宿す。見上げた武人である。

 

 伊織は、憤怒の念はそのままに、心地よい真っ直ぐな闘気を放つサイラオーグに、つい同じ武人として頬が緩めた。能面のようだった顔に、共感と敬意が同居したような柔らかさが覗く。

 

 そんな伊織の表情を見て、サイラオーグが僅かに目を見開いた。彼もまた、伊織に自分と似たような心根を感じたのかもしれない。

 

「すまないな。事情を話したいが事態は切迫している。話は、あの子を取り返してからだ。邪魔するというなら押し通る」

「お前は……」

 

 サイラオーグが、“あの子を取り返す”という言葉に困惑し、言葉を発しようとする。彼の目には既に、伊織がただ理不尽を撒き散らすようなテロリストには見えていなかった。

 

 しかし、サイラオーグの言葉が言い終わる前に、伊織は言葉通り、問答の時間はないと示した。ぬるりと間合いを詰めて、サイラオーグの懐に潜り込んだのだ。

 

 それは伊織が体得した歩法の極み。無拍子による予備動作のない緩急自在の動き。合わせて異常聴覚を併用して呼吸や筋肉、骨の動きを読み取った上で意識の間隙を突く。一瞬の【絶】も併用しており、例え、認識できていても体が反応しないという不可思議極まりない奥義の一つ。

 

――覇王流 オリジナル 歩法之奥義 (おぼろ)

 

 あっさり懐に侵入されたサイラオーグが驚愕に目を見開く。咄嗟に闘気を高めて防御態勢を整えるが、そこに突き込まれる伊織の拳に、言い様のない悪寒が全身を駆け抜けた。

 

ドンッ!!

 

 先程の蓮の一撃に比べれば、細波のような衝撃。されど、身の内から膨れ上がる衝撃は、膨大にして凄絶。荒れ狂う魔力と気の嵐が体内からサイラオーグを蹂躙する!

 

――覇王流 オリジナル 覇王崩天拳

 

 集束したブレイカー級の魔力と練り上げたオーラを【嵐】によって強引に乱回転及び圧縮させ、それを【無空波】によって相手の体内に送り込む技。その結果、相手の体内で発生するのは【咸卦法】の失敗状態。すなわち暴発の誘発である。それも螺旋丸もどきである【嵐】によって威力は台風レベルのエネルギーと同等。

 

「がぁあああああ!!!」

 

 サイラオーグは堪らず絶叫を上げて、必死に体内で荒れ狂う衝撃を外へ逃がそうとした。

 

「しばらく寝てろ」

 

 そこへ襲い来る容赦のない追撃。体内の暴威を凌ぐ事で一杯一杯のサイラオーグに伊織の拳が突き刺さる。

 

「ぐぅうう!!」

 

 再び、衝撃。内と外から同時に攻められ、サイラオーグがたたらを踏み後退る。そして、ガハッ! と大量に吐血しながら、グラリと傾き――倒れなかった。

 

「見事な拳だ! だが、この程度で俺は倒れん!!」

 

 呆れたタフさである。ダメージは通っている。証拠に、足元が若干ふらついてる。しかし、その身から溢れ出す闘気は更に倍増しだ。戦闘継続の意志も天井知らず。伊織としても、こんな状況でもなければ、手放しで称賛と敬意を表したいところだった。

 

 しかし、真に残念な事に、今は、全く時間が惜しい。馬鹿げたタフさを持つ怪物のような目の前の男を相手にしている時間はないのだ。故に、伊織は頼む。

 

「テト」

「了解だよ、マスター」

 

 直後、空気が破裂するような音と共に、テトが神速でサイラオーグへ肉薄した。瞬間移動じみたそれに、しかし、サイラオーグは反応してみせる。伊織の認識をくぐり抜けるような特殊な方法ではない純粋な速さなら、サイラオーグとて至っている領域。

 

 背後より迫ったテトに強烈な裏拳を叩き込もうとする。が、テトは、あっさりその場を飛び退き離脱する。ただし、置き土産を残して。

 

 直後、サイラオーグの足元が光り輝く。

 

――神器 十絶陣 金光陣

 

「ぬぅお、これはっ!?」

 

 そんな驚愕の声を残して、サイラオーグの姿が掻き消えた。タフすぎる彼には、暫くの間、自分の影と戦っていてもらおうというわけだ。サイラオーグなら、力技で陣を破りそうなものであるが、一、二分くらいならどうとでもなるだろう。

 

 厄介な怪物を排除したテトに一つ感謝を込めて頷いた後、伊織の視線が真っ直ぐブーメルスに注がれた。そこには、先程、サイラオーグに向けられていた温かみのある眼差しは皆無。あるのはただひたすら凍えるような冷たさだけ。いや、その奥には、逆に全てを燃やし尽くしてしまいそうな憤怒の炎がちらついていた。

 

「ひっ、あ、うぁ、く、来るなぁ! て、てめぇ! お、俺を誰だと」

 

 若手ナンバーワンである事を誰も否定できないほど圧倒的な実力を持つサイラオーグが退けられた。そこには、多分に不意打ちという面があったのは確かだが、それでも、ブーメルスの目には伊織が化け物にしか見えない。

 

 焦燥と恐怖に脚をガクガクと震わせて、まるで子犬が吠えたてるような小さな小さな虚勢を張る。

 

「黙れ」

「――ッ!?」

 

 問答無用。伊織は、一瞬でブーメルスの間合いに入るとその拳でリバーブローを放った。

 

 悲鳴すら上げられない。ブーメルスはただ空気を求める魚のように口をパクパクとさせて、腹を抱えながら前かがみで後退ろうとする。

 

 伊織は、そんなブーメルスの首を掴むと一気に持ち上げた。そして、その懐を探り、目当ての物を取り出す。会場のシャンデリアに照らされてキラリと光るそれは、九重に預けたイヤリングだ。

 

「これを持っていた女の子――九重はどこだ?」

「な、何のッ!? ギィアアアアアア!!?」

 

 極寒の声音による伊織の尋問。ブーメルスは咄嗟に誤魔化そうとして、次の瞬間、盛大に悲鳴を上げた。理由は単純、ブーメルスの右腕が切り飛ばされたから。

 

 宙をくるくると回り血飛沫を撒き散らすそれは、虚しく地面に落ちる。ブーメルスの傷口からおびただしい量の血が噴き出すが、伊織が指を振るうと蛇口を絞ったように出血が収まった。操弦曲の鋼糸で縛ったのだ。

 

「もう一度聞く。九重はどこだ? 答えるまで、手足の先から切り取っていく」

 

 余りに冷酷な宣言に、ブーメルスは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を更に恐怖で歪めて即行で答えた。

 

「し、知らねぇ! 俺は知らねぇんだ!」

「……なら、誰が知っている?」

「お、親父か、そうだ! ホーガンなら! 俺は関係ねぇ! 親父がやったんだ! 頼む! 殺さないで!」

「聞かれた事以外勝手に答えるな」

「ひぎぃいいいい!!」

 

 責任を擦り付けるように喚き散らすブーメルスの傷口を抉る伊織。悪魔なら睨み返すくらいの矜持はあるかと思ったが、見た目通り、とことん下衆らしいと分かり、伊織は、ブーメルスを癒す考えを放棄する。そして、ブーメルスの浅ましさに不快感を覚えながら、“親父”と“ホーガン”とやらは誰だ? と質問した。

 

 即行で指を差すブーメルス。その指の先には、伊織の超衝撃超音波によって倒れ伏している初老の男が二人。それなりに実力があったようで、意識は保っており、更に、低下した視力も大分取り戻したようだ。

 

 その二人と視線が交差する。息子と違い、二人の瞳には明確な敵意があった。隙あらば殺してやると殺意が溢れている。しかし、身構える二人に、伊織はただ薙ぐように手を振るうだけ。

 

 次の瞬間、

 

「ぐぅああああ!!」

「あがぁああ!!」

 

 二人の悲鳴が上がった。そして、触れてもいないのに二人の体が勝手に持ち上がり、まるでゴルゴダの丘で十字架に磔にされたイエスのように、両手を広げて空中に留まった。その全身の至る所から血が噴き出している。

 

――操弦曲 針化粧

 

 無数の鋼糸の刺突により体に無数の穴を空けられて、更に空中で磔にされる二人は、伊織が指をタクトのように振る事で空中を移動し、伊織の眼前まで運ばれる。

 

「九重はどこだ。誤魔化す度に、お前の身内を一人ずつ刻んでいく」

「た、たかが人間風情がっ!」

 

 その瞬間、ブーメルスから悲鳴が上がった。見れば、左腕が切り飛ばされている。ブーメルスがフルコニスを罵った。苦い表情をするフルニコス。しかし、答えぬ内に、更にブーメルスから血が噴き出す。伊織の視線が、ブーメルスから聞き出したフルコニスの他の眷属に向けられる。

 

 そして、伊織の呟きと共に数千に及ぶ黒い剣――千刃黒曜剣が周囲に浮き上がり、一斉にその切っ先を眷属達に向けた。堪らず、フルコニスが叫ぶ。

 

「ホーガン!」

「っ……人間……あの九尾の娘は――」

 

 ホーガンから、九重の置かれた状況と居場所を聞き出した伊織は、焦燥感を滲ませながら、その場から姿を消した。足元に輝くベルカ式の転移陣の残滓が漂う中、操弦曲の戒めが解け崩れ落ちるフルコニス達。咄嗟に逃げ出そうとするが、その首筋にミクの刃が、その頭にテトの銃口が突きつけられる。

 

 噴き出す殺意の嵐は、悪魔をして心胆寒からしめる程のもの。更に、周囲の悪魔達も蓮の発する威圧やチャチャゼロの狂気に牽制されている。

 

「九尾の娘……察するに、どうやらビフロンス家はとんでもない事をしでかしてくれたようだね」

「もうっ! それが本当なら、最悪だよっ! 私の外交努力がパァだよっ!」

 

 サーゼクスが、伊織とビフロンスのやり取りを見て事情を大まかに察したようで、流石に渋い表情となった。隣のセラフォルーも、頭を抱えている。彼女は、魔王の中でも外交が担当であり、八坂への会談の打診も彼女が行ったことだ。その娘を、同じ悪魔が拐かすなど、最悪も最悪である。思わず悪態を吐くのも仕方ないだろう。

 

「九重に何かあったら……覚悟しておけ。少なくとも、首謀者共に未来はない」

 

 エヴァの瞳が、彼女の怒りをあらわにするように反転する。魔性を曝け出すその姿に、サーゼクス達は、どうしてこの大切な時期に問題を起こすのかと、ビフロンス達に恨めしげな眼差しを送るのだった。

 

 

 




いかがでしたか?

長くなりそうだったので、九重救出は次回です。

さて、沢山の感想を頂きまして、本当に有難うございます。
中には色々に考察して下さっている方もいて、特に何も考えてない作者としては恐縮するばかりです。それだけ皆さん、九重が好きなのでしょうか?
だとしたら嬉しいのですが。

九重がどうなるかは、明日のお楽しみという事で。悶えさせてすみません。
ただ、この物語は辻褄合わせより、ご都合主義なハッピーエンドが絶対です、とだけ言っておきます。

技説明を少し
【歩法之奥義 朧】
ぬらりひょん孫に出てくる「認識してるのに!」っていうあれみたいな感じです。

【崩天拳】
カンカ法の失敗、あるいはマギアエレベアの失敗でちゅどんしたラカン、そんな感じです。

【拒絶の弾丸】
ストック能力の追加。数千発レベルで保存してます。

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