重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

48 / 73
第45話 こんな龍神様は嫌だ!

 その一連の出来事は、同時に起きた。

 

 一誠達がディオドラの元へ辿り着き、その下劣な企みをドラゴンの力を以て叩き潰し、そして、アーシアを捉えていた神滅具【絶霧】の禁手【霧の中の理想郷】により作り出された結界装置を破壊して再会を喜びあったあと、帰途に着こうしたとき。

 

 まず、アーシアが笑顔で一誠のもとへ駆け出した。次に、神殿の壁一面が粉砕され視認も出来ない程の速度で黒い影が飛び込んできた。そして、その黒い影がアーシアに到達した刹那、眩い光が空間を満たしアーシアと黒い影が光の柱に呑み込まれ――アーシアが消えた。

 

「アーシア?」

 

 呆然と消えた彼女の名を呟く一誠。その場の誰もが、今起きた現実を認められなくて、理解したくなくて、ただ呆然とアーシアが消えた場所を見つめている。消える一瞬前、人影のようなものが見えた気がしたが、そんな事は頭の中から綺麗に飛んでいる。

 

 あるのは、ただ胸にポッカリと穴が空いたような喪失感。

 

 そこへ、リアス達の知らない男の声が響き渡る。彼の名はシャルバ・ベルゼブブ。旧魔王派の一人で、ディオドラにオーフィスの蛇を渡し、自らも蛇によって前魔王クラスにまで力を高めている男だ。

 

 狙いは、魔王の身内から殺していくこと。つまり、リアス達の抹殺だ。アーシアを真っ先に狙ったのは、その方が絶望が深くなるという下衆な発想のためである。

 

 シャルバは、助けを求めるディオドラをあっさり殺し、激昂して飛び掛ったゼノヴィアをあっさり地に伏せさせた。

 

 そこへ、先程、突然崩壊した神殿の壁からアザゼルが飛び込んで来た。更に壊れた壁の外に少し大きさを調整したタンニーンの姿も見える。

 

 アザゼルは様子のおかしい一誠達に一瞬訝しげにな表情になるものの、強大で危険なオーラを放っている男へ直ぐに油断のない視線を向けた。

 

「てめぇは……シャルバ・ベルゼブブか」

「ほぅ、この結界内に入って来られたか、アザゼル。薄汚い堕ちた天使の総督よ。ちょうどいい、下劣な転生悪魔や汚物同然のトカゲ共々、あの娘のように次元の彼方へ消し飛ばしてやろう」

「あぁ? あの娘?」

 

 そこで漸くアザゼルも、一人グレモリー眷属のメンバーが足りない事に気がついた。そして、一誠達の様子と、シャルバの言葉に表情を青ざめさせる。リアスが、いつのもの元気が嘘のように虚ろな目をする一誠を抱き抱えながら、涙を流してアザゼルに頭を振った。

 

「アザゼル……アーシアが……アーシアが……」

「っ……いや、まて! なら、あいつはどこだ! あいつが先にッ『ドォオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!』……これは、一誠っ!」

 

 アザゼルが、何かに気がついたように言葉を発するが、それを遮るように、突如、神殿全体が激しく揺れ、一誠を中心に赤いオーラが広がり始めた。その血のように赤いオーラは、誰かが言葉にするまでもなく途轍もない危険な性質を秘めていると分かる。

 

 そこへ、赤龍帝ドライグの静かな声が響いた。

 

『アザゼル、それにタンニーンよ。いいところに来た。リアス・グレモリー達を連れて一刻も早く退去しろ』

「ドライグッ、まさかっ! よせっ、一誠! それを発動するな!」

「正気に戻れ、兵藤一誠っ! 全てを失う気か! お前にはまだ守らねばならん者達がいるだろう!」

 

 ドライグの警告で、その意味するところを悟ったアザゼルがリアスを引き離しながら一誠に呼びかける。タンニーンも神殿内に乗り込み他の眷属達の盾になりながら、一誠を止めようとする。

 

 しかし、既に、一誠にはそれらの声を聞く理性は残っていない。ドライグがシャルバに言う。お前は選択を間違えたのだと。

 

 直後、一誠の口から老若男女が幾人も入り混じったような奇怪な声音が響き渡った。それは、神滅具【赤龍帝の籠手】の忌まわしき力の一つ。【覇龍】発動の呪文だ。

 

『我、目覚めるは――』

 

 それにアザゼルもタンニーンも焦燥を滲ませる。なにせ、一度それが発動してしまえば、発動の衝撃だけで人間の都市なら丸ごと吹き飛んでしまう程なのだ。

 

「くそ、間に合わねぇ! お前等、ここから離れるぞ!」

「でも、イッセーが……私は……」

 

 渋るリアスを、アザゼルは無理やり連れ出そうとする。タンニーンも、イチかバチか【覇龍】を発動する前に一誠を抑え込もうかと考えたが、【覇龍】のオーラに打ち勝てるかは微妙なところ。万一、失敗した場合のグレモリー眷属の事を考えれば、部の悪い賭けには出られなかった。

 

 そして、グズグズしている間に、一誠の詠唱が完了しようとする。

 

『我、赤き龍の覇王と――』

 

 その瞬間だった。

 

「我、参上」

 

 場の空気を読まないテンション高めの声音、言葉と共に、突然現れた人影が一誠の頭部を鷲掴みにして地面に叩きつけた挙句、右手を顔の前にかざし、左手は下げたまま肩を少し上げるという実に香ばしいポーズ(ジョジョ立ち)を決めたのは。

 

 しかし、一誠から溢れ出る赤いオーラは止まらない。むしろ、より一層輝きを増していき、呪文も合わせて続けられる。

 

『成りて、汝を紅蓮の――』

「無駄」

 

 そこへ追撃の拳! 一誠の口が物理的に閉じられる! だが、赤いオーラは抵抗するように荒れ狂い、一誠の口も隙あらば残り僅かの呪文を唱えようとする。

 

 故に! 更に容赦のない追撃追撃追撃追撃追撃追撃追撃追撃追撃!!!!

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!」

 

 仰向けにした一誠に馬乗りになりながら、オーラを纏わせた龍神様の往復ビンタが炸裂する! 一誠の体はぶたれる度にビクンッ! ビクンッ! と痙攣し続け、その身から溢れ出す膨大な赤いオーラも、無限に湧き出す黒いオーラに力尽くで抑え込まれる。

 

 一体、そんな非常識極まりない光景がどれくらい続いたのか。誰もが突然現れた黒髪ゴスロリ少女の暴挙に唖然としたまま硬直していると、ドライグのちょっと焦り気味の声が響いた。

 

『お、おい! オーフィス! それくらいにしてくれ! もう大丈夫だ! これ以上やると相棒が昇天してしまう!』

「無駄無駄無駄ァーーん? ……ふむ、ドライグ、おひさ」

『マイペースかっ! いや、そもそも何故、お前が……。口調もおかしい……』

「問題ない。少なくとも、ドライグの宿主よりは」

『辛辣すぎる! そして否定できないのが辛すぎる!』

 

 一誠の顔面をパンパンに腫れ上がらせ、ドライグをも弄った黒髪ゴスロリ少女――蓮は、一誠の上から退くと、トテトテと硬直するリアス達の脇を通り抜けて背後へと向かう。

 

 そして、そこに横たわっていた金髪少女をヒョイっとお姫様抱っこして再び戻って来た。

 

「え? えっ? ア、アーシア?」

「う、うそ、ホントに? ホントにアーシアなのか?」

 

 リアスとゼノヴィアが震える声音で目をこれでもかと見開く。蓮は、そんな彼女達に一瞬だけ微笑むと、オーラを少しだけ当ててアーシアを覚醒させた。

 

「んぅ……あれ? ここは……え? 私、確か……えっと、貴方は……」

「我は、れ…ゴホンッ!! オーフィス。アーシアを助けた」

 

 寝起きで混乱しているアーシアに、優しく語りかける蓮。少し正体をばらしそうになったが、直ぐに言い直したので大丈夫だろう。アザゼルが、僅かに目を細めた気がしたが、大丈夫なはずだ! と蓮は自分に言い聞かせる。

 

 そんなオーフィスとアーシアの遣り取りで、本当にアーシアが生きているのだと理解し、真っ先にゼノヴィアが飛び込んできた。

 

 アーシアを彼女達の傍に降ろすと、かつて、九重が伊織達と再会した時のようにゼノヴィアに続いてリアスや朱乃、子猫がアーシアに飛び付いて、わんわんと嬉し泣きをする。

 

 その光景を見ながら、どうにか間に合って最悪の事態は避けられたようだと、自分の大切な家族を重ねて、蓮はほっこりした笑みを浮かべた。アザゼルが、更に目を細め、タンニーンは信じられないといった表情で蓮を見る。

 

 そして、もう一人。

 

 怒りからか、それとも驚愕からか、あるいはその両方からか、震える声でシャルバが言葉を発する。

 

「……これは、何だ? 何が起きている? 何故、貴様がここにいるのだ? 何故、貴様がその娘を助けているっ! 何故、赤い汚物を止めたのだっ!! 貴様はっ、貴様はっ! 一体、何を考えている! オーフィスぅうう!!!」

 

 シャルバが、血管がキレそうなほど絶叫を上げて、極大の光を放った。向かう先は、気を失って倒れている一誠だ。ドライグから焦燥が伝わる。

 

 だが、上級悪魔であるディオドラを僅かな抵抗も許さず滅したその光の特大版が一誠を滅する事はなかった。瞬間移動じみた速度で一誠を守るように立ちはだかった蓮が、片手でパシッ! と払い除けてしまったからだ。

 

 ドライグが、再び「なぜ、お前が俺達を……」と呟いている。

 

 そして、やはり、この場にいる者を守っているとしか思えない無限の龍神の行動に、シャルバの表情が狂気に彩られた。思い通りに行かない現実――それがよりによって、自分が所属する組織の親玉の裏切りによるのだ。既に旧魔王派のほとんどが討たれている事もあり、シャルバの心情は、まるで荒れ狂う台風の如くだった。

 

「シャルバ、我の蛇、返して。ちなみに、拒否権はない」

「こ、この期に及んで…最初に言う事がそれか……ドラゴンという存在は、どこまで私の邪魔をすれば気が済むのだぁ!!!」

「……もう、この展開は飽きた。若さ故の過ち……まさに黒歴史」

 

 シャルバが、全員を巻き込むような莫大なオーラを光に込めて流星のように降らせようとする。しかし、先程のクルゼレイの焼き直しか。いつの間にか、シャルバの懐に潜り込んでいた蓮は、手刀を突き込んで蛇を難なく回収した。

 

 一気に減少した己のオーラに歯噛みするシャルバ。

 

「おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれぇーー」

 

 壊れたように怨嗟の声を吐き出し続ける。血走った眼差しが、何より雄弁に憎しみを伝えていた。

 

 それでも、我を忘れ無謀な特攻をしないだけの理性はあるようだ。蛇を失った状態では、蓮はもちろんのこと、アザゼルやタンニーンまでいるこの戦場で生き残れる要素はない。

 

「この屈辱は忘れん! いつか必ず、貴様等全員を、絶望と苦痛の果てに嬲り殺してくれる!」

 

 そう言って、撤退しようとするシャルバ。そこに蓮の龍神とは思えないふざけた言葉が降りかかる。

 

「ところがぎっちょん、魔王様からは逃げられない。サモン!【紅髪の魔王】!」

 

 一応、言っておくと蓮に“召喚術”といったものの心得はない。単に、魔力にものを言わせた強制転移である。“サモン”と叫んだのは、その場のノリだ。アザゼルの眼差しが更に疑いの色を強める中、呼び出されたのは、もちろんクルゼレイを始末し終えた魔王サーゼクス・ルシファーである。

 

「おや? 私を転移させるなんて……ああ、いや、確かに貴殿なら何の問題もないね。それで、一体、私は……」

「サーゼクス! GOーー!!」

「……オーフィス。貴殿とは、一度、じっくり話し合うべきだと思うんだ」

 

 いきなり現れた魔王にシャルバが驚愕と共に憎悪の炎を滾らせる。グレモリー眷属は、もはや驚く事に疲れたようだ。蓮がシャルバと遣り合っている間に、アザゼルからオーフィスという存在の説明を聞いたようで、「わけがわからない、という事がよくわかった」という表情で納得する事にしたらしい。

 

 一方、突然、強制転移させられた挙句、なぜか召喚モンスターに対するような命令を受けたサーゼクスは、頬をピクらせつつも、シャルバや倒れている一誠などを見て大体の事情を察したようだ。

 

 それ故に、旧魔王派との対話のチャンスをくれたオーフィスに、内心で感謝と戸惑いを感じつつ、シャルバにその鋭い視線を向けた。

 

 シャルバは、逃げるべきだとは分かっていても、自分に屈辱を与えた張本人が目の前にいるにもかかわらず尻尾巻いて逃げる事に激しい抵抗を感じ動けないでいた。そして、それは逃亡の千載一遇のチャンスを逃したこととイコールである。

 

「シャルバ……どうか、矛を収めてくれないか? 共に、冥界の未来のために、次代を担う子供達のために……私は、話し合いの場を設け――」

「黙れ! もはや、語る言葉などない! 汚れた悪魔は一掃する。貴様等に未来などないのだ!」

 

 クルゼレイにしたように説得の言葉を投げかけるサーゼクス。しかし、結果は分かりきったもの。サーゼクスの言葉に侮られたと感じたシャルバは、遂に戦闘を始めてしまう。その結果も、やはり明白だった。

 

「がっ!? ぐぅ……悪魔の面汚し…どもめぇ。貴様等…全員、呪われろ……」

 

 サーゼクスの【滅殺の魔弾】により、一瞬で体の半分を消し飛ばされたシャルバは、最後に、怨嗟の言葉を撒き散らした。サーゼクスは瞑目しながら腕を振るい、シャルバに止めを刺した。

 

 静寂が辺りを包み込む中、アーシアの治療の甲斐あって一誠が目を覚ます。目の前に失ったはずの愛おしい女の子がいるとわかり、テンプレ通り頬を抓って現実か確かめると、二度と離さないとでも言うようにギュウウウ!! と抱きしめた。

 

 感動の再会に、リアス達だけでなく、やり切れなさそうに気分を落としていたサーゼクスも涙ぐんで喜びをあらわにする。タンニーンも、一応、一誠の禁手の師匠にあたるので、弟子の無事を喜んだ。

 

 と、その時、不意に神殿から覗く空の一部がバチバチッ! と放電するような轟音を轟かせた。そして、空間に巨大な穴が空いていく。

 

「……グレートレッド……これはチャンス」

 

 その穴から溢れ出した気配に懐かしさを感じ、せっかくだからと蓮は神殿から飛び出していいた。

 

 冥界の空に現れた強大で絶大な気配に、一誠達やサーゼクス、アザゼルにタンニーンも蓮に続いて壊れた壁から外に出る。そして、空を泳ぐ巨大な生き物――【真なる赤龍神帝】グレートレッドを目撃した。

 

 蓮の傍らに寄りながら、一誠達が瞠目する。悠々と空を泳ぐ真龍を、アザゼルの板に付いた解説を聞きながら、ただただ呆然と見つめた。

 

 そこへ、空間の裂け目から一誠の宿命のライバルがやって来る。白龍皇ヴァーリだ。その仲間もいる。

 

「ヴァーリッ!」

「落ち着け。今、お前達と戦うつもりはない。俺達は、あれを見に来ただけだ」

 

 いきり立つ一誠達に向かって、涼しい顔で返事をしながら、しかし、その眼差しはどこまでもギラついて真っ直ぐグレートレッドへ向いている。

 

 そして、胡乱な眼を向ける一誠達に、いつかグレートレッドを倒して真なる白龍神皇になりたいのだと力強く語った。その口ぶりから、本当にただ己の目標を一目確認しに来たのだと理解し矛を収める一誠達。

 

 そんな一誠達を尻目に、ヴァーリは蓮に話かける。かなりの困惑を含んだ声音で。

 

「……で? オーフィス。君はさっきから、一体何をしているんだ?」

「ん? 見ての通り、写メってる」

「ああ、いや、うん、それは見ればわかるよ。俺が聞きたいのは、なぜ、そんな事をしているのかという事と……そもそも、なぜスマホを持っていて、しかも使いこなしているのかと言うことなんだが……」

 

 全員が「こんな龍神様は嫌だ!」と言わんばかりに眼を逸らしていたのだが、遂にヴァーリがツッコミを入れてしまったので意識を向ける。

 

 そこには幻覚だと信じたかった嘘のような光景――無限の龍神が、スマホ片手にグレートレッドを激写している姿があった。しかも、やたらと様になっている。普段から使い慣れている事が丸分かりだった。

 

 困惑を深めるヴァーリに、蓮は被写体(グレートレッド)から眼を離さず、撮影しながら返答する。

 

「龍神は、常に時代の先をゆく。グレートレッド――CGでもMMDでもない。実写版真龍……ニ〇ニ〇動画は今日革新する! ふふ、ミリオンは確実。龍神pは新たな伝説を築く!」

「ダメだ。意味が分からない……アルビオン、同じドラゴンなら分かるか? 通訳を頼む」

『……ヴァーリ、無茶を言うな。私とて混乱しているのだ。あれは何なんだ? 本当にオーフィスか? 赤いのといい、一体、今のドラゴン達はどうしてしまったというのだ……』

 

 嘆く白龍皇アルビオンに、ドライグが暗にお前はどうかしていると言われた気がして同じく嘆き始めた。変態なのは一誠であって自分ではないと必死に訴える。そんなドライグの悲痛な叫びを尻目、ヴァーリはカオス・ブリゲードの一人として最低限の確認を取ろうとする。

 

「オーフィス。君は、グレートレッドを倒し、次元の狭間へ帰ることが目的だろう? そこで静寂を得たいがためにカオス・ブリゲードのトップをしているはずだ。にもかかわらず、最近の君からは全く協力姿勢が見えない。グレートレッドに対する執念も感じない……君は一体、何をどうしたいんだ?」

 

 ヴァーリの口から伝えられたオーフィスの目的に、その場にいる者達が目を丸くして連を見た。確かに、それは昔のオーフィスの願いだった。そして、カオス・ブリゲードにいるオーフィス(偽)の建前もそういうことで通している。

 

 蓮は、動画モードでの撮影に切り替えながらヴァーリの質問をはぐらかす。一応、蓮イコールオーフィスという事はまだ隠しているので本当の事は言えない。しかし、嘘は苦手なので、そのまま本心を伝える事にした。

 

「グレートレッドは可哀想」

「か、可哀想?」

「自ら次元の狭間に住み、永遠にそこを飛び続けてる。何もない場所で、ずっと。つまり――究極の引き籠もり」

「……」

 

 一体、何が言いたんだと全員が首を捻った。アザゼルだけ、何となく蓮が言いたい事を察しているのか、完全に何かを確信したような顔で遠い目になっている。

 

「特に何をするでもなく日がな一日だらだらして、偶にああやって出てきても誰とも話さない。無気力症候群でコミュ障を併発してる。そう、言うなれば真なる赤龍神帝ではなく“真なるボッチ神帝”。ボッチ界と引き籠もり界の神! 真籠(しんろう)! グレートボッチ!」

『偉大なるドラゴンに何て事を……オーフィス、お前のグレートレッドへの憎しみはそれほどまでに深いのか!』

『グレートボッチ……ふふ、遂に仲間が出来たか……グレートレッドでさえ、こんな扱い……俺が、乳龍帝と言われても不思議じゃない。今は、きっとそういう時代なんだ……ふふ』

 

 白龍が慄き、赤龍が壊れる。きっと、蓮の言葉が聞こえていたら、グレートレッドによって冥界ごと消し飛ばされていただろう。サーゼクス達が、目に見えて頬を引き攣らせている。

 

 蓮は、肩を竦めると頭を振る。

 

「可哀想なドラゴンであるグレートレッド。リンチにするのは忍びない。今しばらく、様子を見る」

「なるほど、全く意味が分からないよ。オーフィス、君は、最終的にグレートレッドを倒せればいいと、随分気の長い様子だった。つまり、今までと同じという事だと理解しておくよ」

「それで、おk」

 

 何か勝手に勘違いしてくれてラッキーと、蓮は眉間を揉み解すヴァーリを放置する。ヴァーリ達は、取り敢えず、グレートレッドを見るという目的は達成した事と、これ以上、オーフィスとの会話は堪えると思ったのか、僅かな挨拶をしたあと、次元の裂け目へと消えていった。

 

 そして、蓮もまた、くるり踵を返した。どう見ても、「じゃあ、帰ります」という雰囲気。

 

 気が付けば、いつの間にグレートレッドも次元の狭間に戻っており、冥界の空はいつもの様相を取り戻していた。もう、ここに用はないということだ。むしろ、長居し過ぎであると、スマホで時間を確認して蓮は少し焦り気味になる。もう伊織達の仕事も終わっている頃だし、東雲ホームでは晩御飯の時間である。

 

 しかも、危うく正体がばれるところだった。かなりの失態である。本人にその自覚があるかは微妙だが。

 

 当然、帰宅しようとする蓮にアザゼルが声をかける。

 

「おいおい、オーフィス。何も言わずに帰る気か? お前には聞きたい事が山ほどあるんだ。……なぜ、アーシアや一誠を助けたのか。なぜ、蛇を強引に回収したのか。カオス・ブリゲードの親玉やってやがるくせに、実際には敵対勢力を助けて味方を妨害する……お前のしていることは滅茶苦茶だ。納得のいく説明をくれねぇか?」

「無理。用事がある」

 

 にべもなく断る蓮。用事があるのは本当だ。何せ晩御飯の時間が迫っている。東雲ホームの食卓は、基本全員でとるのがルールだ。無事に蛇を回収できて、被害らしい被害もでなかった。どうやらアザゼルも誤魔化せたようだ。故に、既にその頭の中は、依子の絶品料理へのワクテカと、伊織達は怪我とかしてないだろうか? という家族への想いで占められている。

 

 そんな蓮に、アザゼルはスっと目を細めた。蓮は、面倒になりそうだと予感して、さっさと離脱しようする。

 

「そうか。用事があるなら仕方ないな。引き止めて悪かった。今回はありがとよ。色々助かったぜ」

「? どういたしまして?」

 

 しかし、アザゼルの反応はあっさりしたもの。蓮の離脱をあっさり認めると、引き止めようとするサーゼクス達を抑えてにこやかに送り出す。

 

 蓮は、そんなアザゼルの態度に少し首を傾げたものの、さっさと帰れるならそれに越したことはないと収穫の多かった今回の事件の結果に気持ちをルンルンさせながら背を向けた。

 

 遠足は家に帰るまでが遠足――何ていう言葉は、誰もが一度は言い聞かせられた言葉だ。それは、楽しいイベントが終わって弛緩した精神では、帰り道に会うかもしれない危険への対処がお粗末になるから。蓮も聞いた事のある言葉なのだが……この時は完全に油断していた。

 

 なので、

 

「ああ、そうだ。伊織にも礼を言っといてくれ、()

「わかった。伝えと………………我、オーフィス。伊織、蓮、知ラナイ」

「急に、片言になったな。動揺し過ぎだろう」

 

 こういうことになる。アザゼルが一端、蓮の離脱を認めたのは隙を作るためだ。

 

「動揺? 何のことかわからない。我は動画をうpする使命があるから、これで失礼する」

「お前、誤魔化す気ないだろう? まぁ、先入観とか現実逃避とか、それ以外にも色々とあって、俺も気が付くのが遅れたが……冷静に思い返せば、むしろ気が付いて欲しいのかと思うほど全く誤魔化せてないからな? 俺に、チョリース何てチャライ挨拶をする奴は後にも先にお前だけだ。一度気が付けば、もう蓮にしか見えねぇよ」

「……我、オワタ」

 

 確信と共に告げられる断定に、オーフィスがガクリッと崩れ落ちた。

 

 アザゼルの物言いに、一誠達やサーゼクスがどういう事かと説明を求める。それに対して告げられた事実。目の前で四つん這いになっている龍神様の正体が、あの東雲蓮であるという事に、全員がギョッとして一斉に視線を蓮に向けた。

 

「で? どういう事だ? お前はカオス・ブリゲードの頭じゃねぇのか? なぜ、伊織達と共にいる? 有り得ねぇとは思うが、まさか伊織もカオス・ブリゲードの一人なのか? そもそもどうして、東雲蓮なんて名乗っている?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される疑問。正体を看破したとはいえ、やはり信じ難い気持ちが強いのだろう。アザゼルも見た目ほど冷静ではなく、かなり動揺しているようだ。なにせ、そうとは知らず二年もの間、無限の龍神と交流があったという事になるのだから。

 

「べ、弁護士を要求する」

 

 アザゼルにばれてしまった以上、これからも付き合いのある相手なのではぐらかすことは出来ないと悟り、蓮は、そんな事を言った。この場合の弁護士とは言わずもがなである。

 

「そりゃあいいな。是非、来てもらってくれ。俺も直接話したい。その弁護士さんとやらにな!」

 

 蓮は、嫌そうな顔でスマホを取り出すと、伊織の番号に掛け始めた。この時、一誠達は、ここ冥界なのに何で繋がるんだ? と疑問に思ったが、それ以上に衝撃の事実が重なっていたのでスルーした。ちなみに、繋がる理由は、デバイス技術の応用――龍神カスタムである。

 

 数回のコールのあと、プッと音を立てて通信が繋がる。スマホから若い男――伊織の声が聞こえ始めた。

 

『蓮か? どうした? 何かあったか?』

『大佐、緊急事態発生。指示を乞う』

『は? 取り敢えず、今北産業で』

『蛇回収中に不良中年現る。

 誤魔化しがむしろ致命傷。

 我、オワタ。

 今ここ』

『おk、把握……って乗ってる場合じゃないな。あ~、もしかして目の前に勢揃いな感じか?』

『ん。万年ボッチ総督と紅髪シスコン魔王、乳龍帝とその愉快な仲間達。あと、一番まともだけど、それ故に影が薄い元龍王がいる』

 

 蓮のあんまりな呼び方に、全員が一斉に抗議の声を上げた。特に、タンニーンに至っては「影が薄い、影が……」と呟いて項垂れてしまった。

 

『はぁ~、それじゃあ適当は出来ないな。カオス・ブリゲードの関係者と思われても仕方ない状況だ。きちんと説明しよう。直ぐそっちに転移する。座標送ってくれ』

『了解』

 

 蓮が、一端電話を切って流麗な手つきでスマホを操作すると、その数秒後には、眼前にベルカ式の転移魔法陣が出現し伊織達が現れた。

 

「あ~、アザゼルさん、どうも」

「どうもじゃねぇよ。どういう事か、きっちり説明してもらうぞ」

「ええ、わかってます。このままテロリストの一味と判断されるのは困りますからね。取り敢えず、落ち着ける場所ってありますか?」

 

 伊織の言葉に、確かに腰を据えて話し合う必要があるだろうとアザゼルも頷き、サーゼクスに目配せする。それを受けてサーゼクスはグレモリーの屋敷の一室を用意した。

 

 事が事だけに、事情がはっきりするまでは、余り周囲に知られない方がいいだろうという配慮だ。伊織達もその方が助かるので直ぐに了承する。なお、タンニーンは、後で教えてくれればいいと、事後処理の方に向かった。ドラゴンを取りまとめる役が彼しかいないので行かざるを得ないのだ。

 

 そして、一行は、グレモリーの屋敷の一室にあるソファーで対面することになった。そこで、アザゼルの疑問に答えていく。

 

 すなわち、二年前、【魔獣創造】の禁手に目覚めた伊織のもとへ、オーフィスがグレートレッド討伐の協力を仰ぎにやって来たこと、それを伊織が断り紆余曲折を経て東雲家に迎え入れられたこと、それから二年、東雲蓮として生きながら、カオス・ブリゲードの方にはミクの能力で偽物を送り込んだことなどだ。

 

「なぜ、テロ組織とわかっていながら何もしなかった?」

 

 アザゼルが当然の疑問を投げかける。伊織の在り方を思えば、直ぐにでも潰しに行きそうだと思うのは自然な考えだ。

 

「悪と断じきる事が出来ませんでした。例え、稚拙に感じられても、旧魔王派にはそれぞれ己の信じる主義主張があった。なら、それに相対すべきは現魔王方だと判断したんです」

「だが、奴らは……」

「もちろん、彼等はテロリストですから野放しには出来ません。偽オーフィスから情報を流して貰って、蓮が過去にばら撒いた蛇の回収や、現魔王派と関係のない者への襲撃は潰したりしました。現魔王派と関係のある場合でも、それが蛇を使用したものであれば、妨害しました」

「……確かに、そういう報告は幾つか受けているね。グラシャボラス家の次期当主も危ういところを謎の人物に救われたと言っていた」

 

 サーゼクスが、それが伊織達だったのかと納得顔を見せる。

 

「俺のところへカオス・ブリゲードの情報が都合よく流れていたのは……」

「俺達ですね。あと、安易にカオス・ブリゲードを潰しにかかれなかったのは、オーフィスという存在がプロパガンダだったという点もあったんです。旗頭があれば危険人物を一箇所に集めておけますからね。旧魔王派や英雄派以外にも、どうも影でこそこそ動いている連中や組織があるようで、カオス・ブリゲードという巣がなくなれば、そう言うただでさえよくわからない奴らが好き放題、野に放たれてしまいますから。もっとも、オーフィスに情報を流さない輩も多いですし、最近では、英雄派もほとんどオーフィスに関わろうとしませんから、潮時かとは思っていましたよ」

 

 アザゼルが唸る。情報を秘匿されていたのは腹立たしいが、伊織達には伊織達の主義主張がある。しかも、被害を抑える為に必要な事はしており、実際、救われている現魔王関係者達は多いのだ。

 

 それに、もっと言えば、二年前、オーフィスを説得してカオス・ブリゲードから抜けさせたという点は、類を見ないほどの大功績である。それがなければ、今も、オーフィスは蛇をばら撒き続けて、冥界は尋常ではない被害を受けていただろう。

 

 また、抜けさせたあと放置でもすれば、力の象徴を失ったカオス・ブリゲードは空中分解を起こし、危険な思想を持った者達が好き勝手に野に放たれることになったという伊織の予想は正しい。そうすれば、英雄派の存在をアザゼルは未だに知らなかったかもしれないし、今回のような旧魔王派一網打尽作戦も出来なかった可能性が高い。

 

 それ等の事を考えれば、一概に責めるわけにもいかなかった。

 

「それで、今までの事はわかったけれど、これからどうする予定かな? まだ、ミクくんの分身体をカオス・ブリゲードの方に置いておくのかい?」

 

 サーゼクスが、伊織のこれまでの行動に苦笑いを浮かべながら尋ねた。

 

「そうですね。今回の蓮が冥界でやらかしている間、幸いな事に偽オーフィスの方は、いつも通り雲隠れしていたようですから、カオス・ブリゲードの連中には気が付かれていない可能性が高いです。ここ数年の非協力的なのらりくらりとした態度のせいで、偽オーフィスはほとんど放置状態ですから、いても意味があるかはわかりませんが……念の為、現状維持にしておこうかと」

「まぁ、旧魔王派はほとんどいなくなったんだ。残党やら、他の派閥がどう動くかは気になるところだし、全く情報源がないよりはマシだな。た・だ・し! 今度からは俺達にも逐一知らせてもらうぞ!」

 

 アザゼルが、伊織にグイッ! と迫りながらジト目で釘を刺す。それに伊織は、苦笑いを零しながら、「もちろんです」と答えた。一応、事情説明も大体が終わり、伊織達が裏切り者でない事も理解できたので、少しホッとしたような空気が流れる。

 

 それを示すように、サーゼクスがしみじみしたように腕を組みながら言葉を零した。

 

「いやぁ、それにしても【魔獣創造】と【無限の龍神】が家族とはねぇ~。きっと、後にも先にも、こんな珍事を目の当たりにするなんて事はないだろうね。九尾の娘を取り返しに来た時も、全くドラゴンの気配なんて感じなかったし……いや、ホント、君には毎回毎回、心底驚かされるよ。どうだい、やっぱり悪魔に転生しないかい?」

 

 そして、さり気なく勧誘する。更に、今なら福利厚生が! とか、これだけの領地と使用人が! とか経営している会社の幾つかを! とか、まるでビジネストークのような文句を重ねた。苦笑いでかわす伊織だが、サーゼクスの目が笑っていない。魔王様が割かし本気になっている!

 

「お兄様、自重して下さい! 彼等は、アーシアと一誠の恩人なのですよ!」

 

 見かねたリアスが、サーゼクスを窘めた。流石、シスコン。妹の言葉は無下に出来ないようで「諦めないよ?」という言葉を残しつつも、どうにかこの場は引いてくれたようだ。

 

「まぁ、大目に見てやれよ、リアス。【魔獣創造】を手に入れた奴は、同時に【無限の龍神】も手に入れるに等しいんだ。しかも、限定的ではある死者蘇生が出来る奴に丸二年も大組織を騙し通せる変装擬態の使い手、更に、あらゆる結界を使いこなす奴まで付いてくる。場合によっちゃあ妖怪勢力もだぜ? これで欲しくならなきゃ、悪魔じゃねぇよ。実際、お前も欲しいと思ったろ」

「……まぁ、少しは。でも、直ぐに諦めたわよ。私の手には負えそうにないもの」

「ははっ、そりゃあ正しい判断だ。こいつらはどの陣営でも扱える奴なんていやしねぇよ。持ちつ持たれつで付き合うのが最良だ」

 

 アザゼルが、「そういう意味では、九尾は本当に運がいい」と愚痴混じりの苦笑いを零した。緩んだ雰囲気の中で、アーシアと一誠が改めて、蓮に礼をいう。リアス達も、目の前で茶菓子をもきゅもきゅと頬張りながら、むしろ自分の蛇のせいで迷惑をかけたと謝罪し返す蓮に、警戒心も無くなったようで口々に礼を述べた。

 

「それにしても、蓮がオーフィスか……未だに信じられん……というか、信じたくない俺がいるんだが。頭を下げるなんて、以前のお前からは想像もできねぇ。これも、伊織達のおかげか?」

「ん。そんなところ。おばあちゃんに、死ぬほど叱られ続けた我にもはや死角はない。学校の成績も常にトップ10入り。文武両道、才色兼備の完璧女子高生とは我のこと」

 

 そう言って、蓮は一誠をジッと見たあと、実に小馬鹿にした感じでふっと鼻で笑った。

 

『おい、相棒。あいつ、いま俺の事を嗤わなかったか? 相棒が馬鹿なせいで、俺まで頭の悪いドラゴンだと思われただろ! どうしてくれる! 乳龍帝だけではまだ足りないのか!』

「ちょ、ドライグ。被害妄想だって! 蓮が俺の成績知ってるわけないんだから、俺の見た目で馬鹿だと判断しただけで……見た目、馬鹿なのか……最近、成績も上がって来たんだけど……」

 

 ドライグが嘆き、弁解しようとして自爆する一誠。それを慰めるリアス達を尻目に、アザゼルが蓮にジト目を送る。

 

「そうなんだよな。天下の龍神様は、花の女子高生なんだよな。……おまけに、重度のオタク……どうしてこうなった? おい、伊織、お前のせいだろ! 一体、どんな教育してんだよ!」

「いや、そんな事いわれても……何でも一緒にした方が、色々共感も出来るしいいと思いまして。それに、趣味は人それぞれですし」

「なら、せめて、言葉遣いくらい改めさせろよ。ヴァーリの奴、蓮の言ってる事が全く分からなくて頭抱えてたぞ。っていうか、俺が蓮の正体に気がついたのも、言動からだしな。隠す気ねぇだろ」

 

 アザゼルの愚痴に、蓮がビクンッ! と反応する。そして、突如、隣から溢れ出した言い様のない気配に、おずおずといった様子で視線を向けた。

 

 そこには、満面の笑みを浮かべながらも、眼だけは全く笑っていない伊織の姿が。咄嗟に、ミク達に視線を巡らせ無言の助けを求めるが、苦笑いか自業自得だと肩を竦めて無視される。

 

「蓮? どういう事だろう? プライベートな時以外、よそ様にはきちんとした言葉遣いをしろと、あれほど言い聞かせたよな? アザゼルさんに誤魔化し切れなかったというのは、あくまでアザゼルさんの追求が鋭かったから、という理由だよな? まさか、ネットスラングを使いまくって自滅したなんて事はないよな? うん?」

「い、伊織。まず、クールに、クールになる。これには深いわけが……」

「どんな?」

「え? えっと、それは、その……アザゼルを見るとつい」

「つい?」

「……う……わ、我は悪くない! 我は悪くない! 悪いのはアザゼル先生なんだ!」

 

 対面の席で、突然の出来事に目を丸くしていたアザゼルが、思わず「おい!」とツッコミを入れる。誰がどう見ても、日頃から言葉遣いを注意されていた蓮が、言い付けを破った挙句、それを咎められて言い訳をしているようにしか見えなかった。

 

 しかも、ちゃっかりアザゼルのせいにするという、龍神の威厳など欠片もない有様。その場の全員が、蓮に呆れたような視線を送っている。

 

 そんな中、笑みを浮かべながらジッと蓮を見ていた伊織が溜息を吐いた。

 

「ふぅ。蓮、それは自白と同じだぞ。あれだけ、ばあちゃんと一緒に言い聞かせたというのに……しかも、まるで反省していない。これはお仕置きが必要だな」

 

 伊織の目がスっと細まる。一時期、日常会話にすらオタク的な俗語を多用するようになった蓮に対し、これは不味いと、ちゃんとした言葉遣いを教えたのだが、伊織の目が届かない所では普通に使っているようだ。

 

 蓮は、目を泳がせながらも不敵な笑みを浮かべて言い返す。

 

「い、いくら伊織でも、我には届かない。我は……」

『あ、もしもし、ばあちゃん? 伊織だけど。うん、仕事は終わったよ。うん。いや、ちょっと伝えとこうと思って。うん。晩飯だけど、蓮の分はいらないから』

「!? ま、待つ! 伊織!」

『え? 今日はつくねハンバーグ?』

「!!?」

『うん、大丈夫。蓮の分はいらないから』

「いおりぃーー! 我が悪かった! だから、つくねハンバーグ没収はダメ! 絶対!」

『え? 聞こえた? うん、わかった。じゃあ、帰ったら説明するよ。うん、じゃあ』

 

 伊織の連絡先は、ホームの依子。お仕置きの定番、晩御飯抜きの刑を伝えるためだ。蓮はオタク道以外にも、食事――特に依子の作る食事が大好物なので、何よりきついお仕置きなる。

 

 なので、蓮がジャンピング土下座をしても不思議ではないのだ。少なくとも伊織達にとっては。

 

『ば、馬鹿な……無限の龍神が……グレートレッドを除けば、ドラゴン族の最強が……伝説が……つくねハンバーグのために土下座だと? ……あはは、そっかぁ~、今代の神滅具使いと関係したドラゴンは皆おかしくなるんだぁ~ そっかぁ~』

「ドライグ!? どうしたんだ!? しっかりしろ!?」

「うわぁ、オーフィスの土下座……これ自体、もう伝説だろ……」

「はは……これは流石に、他の者には見せられないな……」

 

 天龍である自分より格上の龍神のまさかの土下座姿にドライグが壊れ、アザゼルとサーゼクスが頬を盛大に引き攣らせ、リアス達がこれでもかと眼を剥いた。

 

「はぁ。蓮。ばあちゃんな、帰ったら話をするけど、晩飯は取っておいてくれるってさ」

「おばあちゃんは、我の女神」

「……お仕置きは必要そうだな。蓮、俺はもう少し、今後の事についてアザゼルさん達と話をする。その間、部屋の隅で正座してなさい。スマホの契約を解約された挙句ゲームのデータを初期化されたくなかったらな」

「!!? 伊織は悪魔。むしろ魔王か……」

 

 愕然とした様子でそう呟いた蓮は、トボトボと部屋の隅に行き、ちょこんと正座を始めた。伊織は更に、どこかから取り出したボードを蓮に持たせる。そこには「龍神、ただいま反省中。声を掛けないで下さい」と書かれていた。

 

「……確かに、私より、魔王に相応しいかもしれないね」

 

 しょぼんとする龍神に、何とも言えない微妙な表情を浮かべるアザゼルや一誠達の間に、サーゼクスのそんな言葉が、やけに明瞭に響いたのだった。

 

 

 




いかがでしたか?

いろんなフラグをぶっ壊してしまった蓮ちゃん。
ストーリーなんて知らんとばかりに、突き進むしかない……
完結……できるかな……

次回も明日の18時に更新します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。