重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第46話 黄昏の前に

 

 

 

――真っ赤な鎧を着た男が、ドレスを着た紅髪の女の乳を突いてパワーアップしていた。そして、勝利を確信していた……

 

「もう冥界を歩けないわ……」

『どうせ俺は乳龍帝だ。もう、何もかもどうでもいいさ』

 

 それを見て、耳まで赤くなったリアスが両手で顔を覆い、赤龍帝ドライグが世を儚んだように虚ろな声音を響かせた。それを一誠が慰め、眷属達が何とも言えない表情をし、アザゼルがご機嫌に笑った。

 

 彼等がいるのは兵藤家地下一階にある大広間だ。そこで「乳龍帝おっぱいドラゴン」なる冥界で大人気の特撮ヒーロー番組の鑑賞会をしていたのである。先程のは、そのワンシーンだ。

 

 冥界で視聴率五十パーセントを超える超人気番組らしい。眷属達にも概ね好評だ。リアスも恥ずかしがってはいるものの、やはり眷属である一誠の活躍は嬉しいものらしく、最終的には笑顔を浮かべている。アザゼルの言葉にあっさり丸め込まれたともいえるが。

 

 何だかんだで、結構な盛り上がりを見せた「乳龍帝おっぱいドラゴン」の鑑賞会。本編が終わり、エンドロールと共に美しい旋律が流れ始める。重厚なバリトンサックスや繊細な音色のヴァイオリン、絶妙なテンポのドラム、流麗なピアノ、音に色を添えるギターにベース。本当に美しい音色で、流れた瞬間思わず耳を澄ませてしまう。

 

 そして、遂に響き渡る天上の歌声。画面越しで、かつ、録音だというのに、まるで眼前で生ライブを聞いているかのように錯覚する。するりと耳に入り、麻薬のように脳を蕩けさせ心を鷲掴みするそれは、聴く者に至福を与えながら――“おっぱい”を連呼していた。

 

「なにこれぇーー!! ちょっと先生! このエンディングテーマ、滅茶苦茶凄いんですけど、凄い真面目に“おっぱい”って連呼してますよ! 果てしなくシュールです! っていうか、このボーカルの女の子の声、何か聞いたことあるんですけどっ!!」

「はっはっはっ、どうだ、すごいだろう? おっぱいドラゴンの視聴率は、エンディングになっても下がらない事で有名なんだぜ? しかも、シングルCDの別売りでDVDとタメを張るほどの売れ行きを叩き出してやがるんだ。流石、人間界でも大人気のバンド“ストック”様だぜ」

「やっぱり、ストックなんですね。この歌声、どう聞いてもミク先輩です」

 

 狼狽する一誠がアザゼルに問い詰めると、アザゼルはニヤニヤしながら伊織達のバンド名を告げる。ストックの大ファンである子猫が、大好きなミクの歌声で“おっぱい”が連呼されている事に物凄く微妙な顔になっていた。

 

「やっぱり、伊織達なんですね。……あいつ等、一体何やってんだ」

「いや~、どうせグレモリー眷属がメインの番組作るならよ、こだわりてぇじゃねぇか。内容がよくてもオープニングテーマやエンディングテーマが微妙だと萎えるだろ? その点、伊織達なら何の心配もない。せっかく最高の音楽家への伝手があるんだ。頼まない手はない」

「よく、彼等がOKだしたわね。ミクさん、嫌がらなかったのかしら? こんな歌詞で……」

「いや、案外ノリノリだったな。ただ、エヴァンジェリンだけはすげぇ~嫌そうだったもんで、オープニングまでは受けて貰えなかった。まぁ、冥界でも既に“ストック”はかなり人気が出始めているからな。二期の制作が始まる頃には、オープニングやエンディングだけじゃなくて、挿入歌も含めて打診するつもりだ。赤龍帝と魔獣創造……神滅具所持者のコラボ番組だ。インパクトは最高だぜ!」

 

 一誠が、まさかのコラボに頬を引き攣らせながら視線を戻すと、ちょうど番組のテロップに、

 

EDテーマ

『未来へと導くおっぱい』

作詞:魔獣創造 東雲伊織

作曲編曲:魔獣創造 東雲伊織

   歌:ストック 東雲ミク

 

 と流れていた。

 

「せんせぇ! 魔獣創造って出てるぅ! バンド名じゃなくて、神滅具出てるんですけどぉ! しかも、あのおっぱい歌詞作ったの伊織かよっ! ほんと何やってんの、あいつ!」

「ひ、人は見かけに寄らないのかしら? てっきり、お兄様かアザゼルが作った曲を演奏しているだけだと思っていのだけど……」

「ス、ストックのイメージが……うぅ……」

「こ、小猫ちゃん! しっかりして下さい!」

 

 グレモリー眷属が混乱に陥る中、アザゼルは苦笑いを零しつつ、少し真面目な顔になった。

 

「一応、これにも理由はあるんだ。……お前等、今、カオス・ブリゲードの英雄派の動きが活発になっているのは分かっているだろう? 最近、しょっちゅう出動してるしな」

「ええ、かなり頻繁に襲撃して来てるわね」

「で、だ。その英雄派なんだが、各地で暴れまわっているその全員が神器使いなんだよ。どうやらあいつら、あちこちから神器使いを誘拐しては、洗脳・脅迫して各勢力に駆り出しているみたいでな」

「誘拐に洗脳……ですか」

 

 きな臭い話しに、一誠達も眉を潜める。そして、最近、頻発している英雄派の構成員は確かに全員神器使いだったと思い至った。

 

「伊織達もまた全員が神器持ち。それに東雲ホームの出身者も神器使いが結構いる。にもかかわらず、その親玉とも言うべき神滅具所持者の伊織は、正式には無所属と言っていい。退魔師協会は、日本の治安維持機関だから公務員のようなものだしな。超常の存在からみれば、どこかの勢力に入っているとは見なされない」

「……そういうことね。つまり、おっぱいドラゴンのような娯楽でさえ共同するような親密な関係が赤龍帝――ひいては悪魔側と魔獣創造にはあると、対外的に示そうというわけね? どの勢力も、魔獣創造は欲しいだろうし、英雄派も狙うでしょう。でも、赤龍帝に連なる者達が背後にいると分かれば、多少なりとも抑止力になる」

 

 リアスの相槌に、アザゼルが頷く。真面目な顔は既になくなり、代わりに悪戯っぽい笑み浮かんだ。

 

「ああ、そんなところだ。って言っても、あくまで一応だがな。実質的に、妖怪勢力が付いている事は割と知れているわけだし。メインは、素でおっぱいドラゴンの曲を担当して欲しかっただけだ。何せ、単純な戦力という意味じゃあ、あいつは俺達以上とも言えるからな」

「オーフィス……いえ、蓮ね。確かに、彼等への危害を許すとは思えないわ」

「そういう事だ。あいつには最強の龍神様が付いてる。本人や周りも含めて規格外ばかりだ。何の心配もいらねぇよ。それより俺としては、お前等の修行に是非とも付き合ってもらいたいんだがなぁ。頼んではいるんだが、英雄派のせいで、あいつらも滅茶苦茶忙しいみたいで、まだ実現できそうにねぇんだわ」

「……そんなに忙しいのに、おっぱいドラゴンのエンディングは引き受けたんですね」

「そうなんだよな……頼んだニ時間後には完成させて送って来たんだ。それで、あの完成度だぜ? むしろ戦闘方面より規格外だ。バグってやがるよ」

 

 小猫から辛辣なツッコミが入った。アザゼルが、作曲を依頼した時の事を思い出して首を傾げた。まさか、内外の時間がずれる“別荘”を使ったとは思わないだろう。

 

 一誠達は、蓮の正体について秘密を共有して以来、個人的に伊織達と連絡はとっている。世間話をするときもあれば、鍛錬のアドバイスを貰ったり、それこそカオス・ブリゲードの動向について話し合ったり、良好な友人関係が築けているのだ。なので、合同訓練が中々実現しないことに落胆は隠せなかった。

 

 しかし、英雄派の襲撃により忙しいのは一誠達も同じなので、アザゼルに文句を言うわけにもいかない。ままならないものだと、一同は、溜息を吐くのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 一誠達が伊織は案外エロい人なのかと疑いを深めていたときから数日、その忙しい伊織達――もとい東雲家の面々はというと……絶賛、その忙しさの真っ只中だった。

 

「くそっ、何なんだ! こいつら! おかしいだろ!」

「おのれ! 我等の崇高な目的を理解しない愚か者の癖に!」

「これが……東雲なのか……ぐふっ」

「ちくしょう! 東雲は化け物ばっかりかっ!」

 

 闇色の影が翻り、火炎が迸って、空気が凍てつき、風がうねる。それは神器の力。カオス・ブリゲード英雄派の構成員が繰り出した攻撃。

 

 しかし、そんな攻撃の嵐を物ともせず、クロスした腕で顔を庇いながら突撃して来た中学生くらいの女の子が、そのままの勢いで闇を操っていた男の顔面にジャンピングニーパッドを叩き込んだ。メリッ! と顔面にめり込む膝と「ぐぺぇ!?」と奇怪な悲鳴を上げる闇使いの男。

 

「このぉ! 何で効かないんだよぉ!」

「気合!」

 

 どんな攻撃をしても無類のタフネスを発揮して重戦車の如く突進してくる見た目は華奢な女子中学生。軽く悪夢である。

 

 そんな悪夢の体現者に泣き言を言いながら炎弾を放った男に、脳筋のような言葉を返しながら、空中を駆けた女の子――東雲薫子は、そのままその男の股間に回し蹴りをぶち込んだ。

 

「――ッ!!?」

 

 炎を操る神器の使い手は、悲鳴も上げられずに口をパクパクさせると、そのまま泡を吹いて意識を落とした。

 

 一瞬で戦闘不能にされた英雄派の神器使い二人。よく見れば、その周囲には既に八人程、同じように倒れている。その全員が、東雲を狙ってきた神器使いだ。正確には外出中だった、薫子と双子姉妹を、だ。

 

「神器すら使わず、この強さ……この化け物めっ!」

「失礼な。私は至って普通の女子中学生だよ!」

 

 風を操る神器使いが悪態を吐きながら薫子に腕を向ける。そこからは、不可視の風刃が飛び出すのだが、何度放っても、薫子は、まるで見えているかのようにひらりひらりとかわしていく。【円】を使っているので丸わかりなのだが……そんな事を知る由もない男は、焦燥に顔を歪めていた。

 

 そして、今までで一番、速度と威力を込めた風刃を放った直後、

 

「ぎゃあああ!! お、お前、何で……」

「えっ?」

 

 仲間の氷の神器使いが血飛沫を上げて倒れていく姿が飛び込んできた。氷使いの男は、まさかの一撃に、信じられないといった表情で風使いの男を見る。そんな視線を向けられた当の風使いの男の方も愕然としていた。

 

「お、俺は、ちゃんとあの女を……」

 

 自分は確かに薫子を狙った。上手く退路を断って、完璧なタイミングで最高の一撃を放った! そう声を大にして叫ぼうとした風使いに、瓜二つの可憐な声が届けられた。

 

「やっちゃたの」

「やっちゃったのよ」

「っ!? お前ら……」

 

 風使いの男がバッ! と音を立てて振り向くと、そこには瓜二つの顔をした姉妹の姿。この四年で随分と成長した東雲美湖と梨湖だ。二人の違いは、サイドポニーの位置が左右逆であることで辛うじて分かる。もっとも、東雲ホームの人間は、感覚で見分けられる。

 

 そんな二人は、片方の手を仲良く繋いだまま、二つに分かれた小さな銅鏡のようなものを、合わせて一つにし風使いの男に向けていた。

 

「夢から覚めるの」

「現実に冷めるのよ」

 

 美湖と梨湖の声が響くと同時に、どこか遠くでパリンッとガラスの割れるような音が響いた。

 

 その瞬間、風使いの男は認識する。もはや、自分以外、英雄派の構成員は残っていない事を。そして、自分の周囲で倒れ伏している仲間の幾人かが、よく見慣れた傷口を晒していることに。それは、ついさっき、訳も分からず切り裂いてしまった氷使いの男と同じ傷。己の風刃が与えた傷だ。

 

 美湖と梨湖の二つで一つの人工神器【境界世界】により認識を狂わされた風使いが自ら行ったことだった。薫子だと思っていた相手は、味方だったのだ。

 

「う、うぁ……」

「残念。鍛錬が足りないよ」

 

 呻き声を上げて後退る風使いの背後に、いつの間にか拳を振りかぶった薫子の姿。目を見開く風使いの男に、【硬】を施した拳が突き刺さる。風使いの男は、目玉をグリンッと裏返すと、白目を剥いて倒れ込んだ。

 

「ふぅ、美湖、梨湖、怪我は……ないよね?」

「薫子姉、あるわけないの」

「大丈夫なのよ」

 

 一応、確認する薫子に、双子はえっへんと胸を張りながら答える。今年で八歳になり、下に弟も出来たので随分としっかりして来た。“お姉さん”の自覚が出てきたようだ。

 

 そんな三人の元に、一人の少年が近寄る。

 

「三人とも、よくやったな。すごかったぞ」

「伊織兄!」

「伊織お兄ちゃん!」

「伊織兄様!」

 

 夜闇から浮き出るように姿を現した伊織に、三人が喜色を浮かべて飛びつく。そんな可愛い妹達を労いながら、伊織は、影から大型の猫型魔獣――チェシャキャットを呼び出した。チェシャキャットは、そのまま倒れている神器使い達のもとへ行くと、次の瞬間には周囲の空間を歪めて何処かへと消えていった。

 

「伊織兄の魔獣ってホント便利だよね。私の神器って地味だし羨ましい……」

「神滅具なんて面倒なだけだぞ。それより、あれだけの人数がいて、神器も魔導も使わずによく勝ったな。危なげなくて、安心して見ていられたよ」

「あ~、やっぱり、途中で感じた気配って伊織兄だったんだね。来てたなら手伝ってくれてもいいのに……」

「実戦は何にも勝る鍛錬だ。いざという時は、直ぐ介入できるようにしていたから文句はいわない。美湖と梨湖も、よく人工神器を使いこなしていたな。偉かったぞ」

「「えへへ~~」」

 

 大好きな兄に褒められて双子姉妹がてれてれとはにかむ。

 

「しかし、英雄派の襲撃が相次いでいるこの時期に、薫子がいるとは言え、三人だけで外出とは感心しないな」

「う~ん、確かにそうだけど、しょうがないよ。美湖達のお友達の誕生会だったんだもん。いつ来るか分からない襲撃に怯えて、お友達を蔑ろにしちゃダメでしょ? それに、いざという時の為に蓮姉の蛇も隠蔽状態で借りてるから大丈夫だよ。伊織兄達、最近忙しいんだしさ」

「まぁ、そうだろうが……遠慮だけはするなよ? どんなに忙しくても、家族が最優先なのは変わらないんだからな?」

「えへへ、うん!」

 

 薫子もはにかむ。ここ最近、今回のような襲撃が相次いでおり、伊織達は目の回るような忙しさに頭を痛めながら東奔西走していた。特に、東雲は、ホームの性質上神器使いも多く、また数年前の事件の際、侘びを兼ねてアザゼルから贈られた人工神器の使い手も多くいるので、家族が被害に遭わないか気が気でない日々が続いていた。

 

 もっとも、ホームの子達は、【念】や伊織達直伝の格闘術、更にはベルカから【魂の宝物庫】に詰め込んできたデバイス材料から作り上げた量産型ストレージデバイス(内包された魔力が尽きるまでは使える魔力電池式デバイス)も配られているので、今のところ、東雲を襲った英雄派は全員涙目状態となっている。

 

 と、伊織達が、そろそろ帰宅の途につこうとしたその時、不意に、辺り一面が霧に包まれ始めた。明らかに人為的に操作されている濃霧は、瞬く間に伊織達を囲む。

 

「異界を作ったのか……結界系、それも霧を使う……【絶霧】か。薫子、美湖、梨湖、俺の傍から離れるな。神滅具使い、いや英雄派幹部のお出ましだ」

「ご名答。頭の回転が早いね。流石と言っておこうか」

 

 伊織の警告に身を固くする薫子達を後ろに控えさせながら、伊織がとある場所に真っ直ぐ視線を注ぐ。すると、そこから学生服の上から漢服を羽織り、その手に神々しいまでの輝きを纏いながら尋常でないプレッシャーを放つ槍を持った男が現れた。その傍らには制服にローブを纏った魔法使い風の青年もいる。

 

「英雄派のリーダーもお出ましか」

「おや、俺を知っているのか?」

「そんな物騒なものを持っておいて何を言っているんだ、全く。神滅具所持者が雁首揃えて何のようだ。っと言っても予想はつくが……」

 

 伊織の呆れたような物言いに、漢服の青年が苦笑いを零す。

 

「まぁまぁ、一応、自己紹介させてくれ。俺は、カオス・ブリゲード英雄派のリーダーをしている曹操という。神滅具【黄昏の聖槍】の使い手だ。こっちはゲオルグ。見ての通り、【絶霧】の使い手だ。是非、一度、君と話してみたくてね。アポを取らなかったことは大目に見てくれ。なにせ、テロリストなものでね」

「知っての通り、【魔獣創造】の所持者、東雲伊織だ。話したいというなら聞こう」

 

 伊織の言葉に、曹操は意外そうな顔になる。そして、それを隠そうともせず、直球に尋ねた。

 

「意外だな。先程、君の大切な妹達を襲ったのは、俺が送り込んだ英雄派の構成員だ。門前払いか、最悪、即戦闘かと思っていたんだが……」

「最悪と言いながら、顔が笑ってるぞ? ちょっと試してみたいと思っているんだろう? テロリストの要求に素直に答えてはやるつもりはないからな。さぁ、まずは、平和的に(・・・・)コミュニケーションを取ろうか」

「……君、意外に嫌な性格しているね」

「テロリストに対する妥当な態度だ。で? 大体察しているが、話とは?」

 

 腕を組んで、「ほれ、話してみろ」というある意味不遜な態度に、曹操は何となくやりにくそうに頬をポリポリと掻いた。

 

「なに、察している通り勧誘だよ。【魔獣創造】の使い手、東雲伊織。俺達と来ないか? 神をも滅ぼす力――そんなものを持った俺達のような人間は戦う場所を求めているはずだ。魔王やドラゴン、そんな超常の存在を討つのはいつだって人間だ。君のその力、世界に示したいと思わないか? “自分はどこまで行けるのか”“人間は本当に超常の存在に打ち勝てるのか”その疑問に答えを出してみたいと思わないか!?」

 

 話している内に興奮してきたのか声を高らかに上げ、手を差し出す曹操。なるほど、確かに、強力な力を持ち、居場所を見つけられない者にとってはこの上なく甘美な誘いかもしれない。曹操は、そういう意味でカリスマ性を備えた人間なのだろう。

 

 しかし、その言葉は伊織にはまるで届かない。

 

「……確かに、力あるものは、その力を使う場所を求めるものだ。戦うために生まれて来たような心と体を持っていながら、その場がないというのは苦痛だろう」

「あぁ、やっぱり、君にも分かるか。もっと渋るかと思ったけど、それなら『だが…』」

 

 曹操が笑みを浮かべながら発した言葉を、しかし、伊織は遮る。その瞳は極めて静かだ。

 

「だが、理解は出来ても共感は出来ない。曹操、俺は平和を愛しているし、大切な者達との団欒に幸せも感じているんだ」

「……」

 

 そう言って、伊織は傍らに控えている薫子達に頭をポンポンと優しく撫でた。この子達がその幸せの一つだとでも言うように。それに、伊織の答えを察したのだろう。曹操は、スっと差し出していた腕を下ろした。

 

「曹操。俺はお前達の感情を否定しない。挑戦したい。高みへ登りたい。存在の証明をしたい。生まれ持った(さが)、理屈じゃない感情。それを押し殺せというのは、死ねというに等しい」

「なら……」

「でもな、それは、それを感じているお前達だけでやれ。お前達のその強い感情と同じくらい、今の生活を大切に思っている奴らがいるんだ。ホームの子達も、お前達に拉致され洗脳された者の中にも。そして、俺が立つ場所は常に、そういう人達の側だ。理不尽に泣く人達の側だ」

 

 曹操は理解する。伊織を組織に引き込むことは不可能だと。そう一瞬で理解させられるほど伊織の瞳に映る意志の煌めきは強い。自分達の感情は否定しなくても、その手段は決して認められないということだ。

 

「そうか……残念だな。人間同士で戦うのは英雄派の方針ではないんだけど……でも、しょうがない。東雲伊織。君は、今から俺達の敵だ」

「今、ここでやるつもりか?」

 

 曹操が、スっと聖槍を構えた。曹操の戦意向上に合わせて聖槍の纏う輝きが増大していく。伊織が、眉を顰める。

 

「ああ。君が断る事は想定していたからね、戦闘準備も万端だよ。上位神滅具である【魔獣創造】を相手に、迂闊な接触はしないさ。オーフィスまで関わるなと念を押してくるくらいだ。それだけ君が脅威ということだろう。だが、いつまでもオーフィスの顔色を伺っているのはうんざりして来たところでね。準備も大分整ったし、今、やらせてもらおう。弱点になりそうな子達もいて、他の場所にも襲撃犯を送ったから君の恋人達も各地に配属した魔獣達も暫く来られない。悪くないシチュエーションだ」

 

 どうやら、偽オーフィスの正体はばれていないらしい。しかも、今まで接触がなかったのは上手く牽制が効いていたからのようだ。分身ミク有り難しである。

 

「それで、俺を殺して新たな使い手に宿ったら、そいつを引き込もうってわけか」

「そういうことだ。勝手は重々承知だけどね。全部分かった上で我侭させてもらう。君が死んだ後、東雲の神器使いは俺が直接降して引き込ませてもらおう」

 

 どうやら、自分達のやり方が外道極まりなく、英雄らしくない事も承知の上で、それでも超常の存在と戦争がしたいらしい。おそらく、もはや個人の戦いですら満足できないのだろう。彼等は間違いなく“戦闘”ではなく英雄が必要とされる世界――“戦場”が欲しいのだ。どうしようもないほどに。

 

「そうか。なら、俺はお前達の凶行を止めるとしよう。――来い。そのどうしようもない感情、受け止めてやる」

「ははっ、振った相手に餌を与えるのか? 英雄色を好むというが、少々、八方美人が過ぎやしないかな?」

 

 そんな軽口を叩きながらも曹操の表情は、伊織が纏う静かなくせに体の芯から冷えていくようなプレッシャーに喜悦を浮かべた。彼の本能が悟っているのだ。目の前の相手は死力を尽くすべき相手だと。“戦闘”ではあるが、間違いなく最高の一戦になると。

 

 が、それは叶わなかった。

 

「ッ!? 曹操っ! 結界が破られる! この力はっ」

「何だって? っ……邪魔をするのか、オーフィスっ!!」

 

 そう、ゲオルグの張った【絶霧】の結界が、圧倒的というのもおこがましい莫大な力によって強引に破壊されようとしていたのだ。その力の気配は、曹操達も伊織達もよく知る力。【無限の龍神】オーフィスの魔力である。

 

「東雲伊織。君は、オーフィスと何かあるのか? 接触を禁じた事といい、この介入といい。なぜ、オーフィスは君をっ」

「……さぁな。自分の望みのため…だからじゃないか?」

 

 嘘ではない。蓮にとって伊織達家族を守ることは本心からの望み。しかし、曹操達は、オーフィスの望みがグレートレッド討伐と知っているので、異例の進化を遂げている【魔獣創造】を欲しているのだと勘違いする。

 

「……やはり、傀儡に出来ないオーフィスは邪魔でしかないか」

「っ、曹操! もう保たないぞ! どうするんだ!」

「まだ、オーフィスをどうにかできる準備は整ってない。歯痒いが……ここは引かせてもらおう」

 

 焦燥を浮かべるゲオルグに曹操は歯噛みしながら答える。伊織としては、蓮をどうにか出来ると取れる曹操の発言に眉をピクリと反応させる。そして、ここで逃がす理由もないと、飛びかかろうとした。

 

「悪いが、それを許すつもりはない」

「許しなどいらないさっ! 聖槍よっ!」

 

 曹操が真っ直ぐに聖槍を突き出すと、その瞬間、槍の先端が開いて光刃が出現し、レーザーの如く伸長した。一瞬、避けて間合いを詰めようかと考えた伊織だが、あくまで刃であるならその後、薙ぎ払いが来る可能性がある。そうすれば、自分はともかく、後ろの薫子達が危ない。

 

 伊織は瞬時にそう判断して、薫子達の傍に下がり【覇王絶空拳】を放った。ガラスが割れるような音と共に空間が粉砕されポッカリと虚数空間への穴が空く。聖槍の一撃は、その穴に吸い込まれ、伊織達に届く事はなかった。

 

 ゲオルグの転移によって瞬く間に霧に包まれていく曹操が、最後に、見事聖槍の一撃を凌いだ伊織の対応に唇の端を吊り上げたのが何とも印象的であった。

 

「伊織、薫子、美湖、梨湖……無事?」

「蓮姉!」

「蓮お姉ちゃん!」

「蓮姉さま!」

 

 スっと波が引くように霧が晴れていく。そして、曹操達がいないのを確認したようなタイミングで蓮が姿を現した。薫子達が、ついさっき伊織にしたように蓮に飛びつく。流石に、テロリストの親玉とその右腕のプレッシャーは中々堪えたようだ。

 

「蓮。来てくれたんだな。取り敢えず助かった。流石に、上位二つの神滅具所持者が相手だと、何が起こるかわからないからな。ホームの方は大丈夫か? 襲撃させたと言っていたが」

「平気。全部物理で片付けた。【絶霧】は無理だったけど……我の正体、ばれた?」

「いや、大丈夫そうだ。ただ、オーフィスの存在が鬱陶しいって感じだったな。何か、倒す方法を模索しているようだった。……ああいう奴は危険だ。蓮、あまり油断するなよ。不味いと思ったときは、躊躇いなく力を使え」

「大丈夫だ、問題ない。我が別荘まで使ってやり込んだゲームは五百タイトル以上。あらゆる戦闘をくぐり抜けてきた我に、もはや死角はない」

「うん、だから心配なんだよ」

 

 ドヤ顔しながら胸を張る龍神様に、伊織は深い溜息を吐いた。ゲームと現実の区別が本当に付いているのか……いざという時、死んでも神殿で甦れるから大丈夫とか言い出しそうで恐い。二年一緒に過ごしてきたが、まだまだ目を離せない奴だと、伊織は愛おしくも手のかかる龍神様に小さな笑みを零すのだった。

 

 そんな伊織のスマホ(セレス)が、タイミングを見計らったかのように鳴り出した。ミク達の誰かか? と辺りをつけてディスプレイを見た伊織は、おや? と首を傾げる。

 

 そこには、こう表示されていた。

 

“堕天使総督(笑) アザゼル”

 

 

 

 




いかがでしたか?


お知らせがあります。
……好き勝手やりすぎて先が思いつきません。
どうやら作者的に蓮ちゃん無双までで限界だったようです。
なので少々強引ですが、終息に持っていこうかと思います。
といっても、英雄派とクリフォトをどうにかしないと打ち切り漫画みたいで不完全燃焼感が凄まじいので十五、六話くらいは続くと思いますが……
取り敢えず、黄昏編をチョロっと書いて、後はヒャッハーを楽しみたいと思います。
最後まで、合わない辻褄はスルーして一緒に楽しんでもらえれば嬉しいです。

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