重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第48話 修学旅行の前に

 

 

「乳神様……のぅ。今代の赤龍帝とは、何というか……うぅむ」

 

 異界は八坂邸にて、伊織から対ロキ&フェンリル戦における事の顛末を又聞きした八坂の第一声がそれだった。その表情は、苦笑いと僅かな困惑が混じった微妙なもので、九尾の御大将のものとしては些か不似合いだ。一誠がチャンネルを繋げた存在はそれだけ衝撃的なのだろう。

 

「気持ちはわかりますよ。俺も、一誠やアザゼルさんからその話を聞いた時は、同じような表情になっていたと思いますから。まぁ、俺達としては、蓮の蛇を使われなかったので助かりましたしね」

「とは言っても、旧魔王派は既に壊滅状態で英雄派はオーフィスに不信と不満を持っておる。そして、オーフィスの言動に関係なく既に奴等は各地で暴れている状態じゃ。もう、カオス・ブリゲードという籠を維持する意味もないと思うがの。むしろ、【無限の龍神】は【魔獣創造】と共にある、と知らしめた方が、色々動きやすいと思うのじゃが……」

 

 八坂の言う通り、アウトローを一箇所に纏めておくという意味や、情報を入手するという意味では、既に偽オーフィスは役目をまっとう出来ていない。むしろ、先日の一件で曹操達の邪魔をした事により敵視すらされている。なので、大々的に発表した方が抑止力にもなるし、蓮も力を隠す必要がなくなるので動きやすくはなる。

 

 しかし、この時勢だからこそ問題もあるわけで。

 

「そうですね。それは俺も思いましたし、そろそろ潮時かとも思っているのですが……如何せん、【無限の龍神】は強すぎる。テロリストに目をつけられるくらいどうという事もありませんけど、龍神の存在は、各神話の神仏も放置は出来ないでしょう。気長に様子見くらいで済ませてくれればいいですが、俺のような無所属の神滅具所持者に寄り添うというのは……」

「まぁ、傍から見れば危険じゃの」

 

 伊織の事をよく知らない各神話の神仏から見れば、伊織が第二の曹操となるのでは? と考えるのが自然だ。しかも、旧魔王派や英雄派と違って、自ら進んで伊織の敵となるものを排除しようとする上に、そこにあるのは損得の絡んだ契約ではなく、純粋な親愛なのだ。危険性は遥かに上と言えるだろう。

 

 そうなれば、私生活においても監視は溢れるだろうし、場合によっては伊織の取り込みが激化する、もしくは強行的な排除行動に出る可能性もある。もちろん、無限の龍神を敵にまわす事になるのであくまで最悪の可能性でしかないが。

 

 蓮を向かい入れた時点で覚悟の上ではあるが、少しでも今の生活が続けばいいと思うなら、やはり、ばれるのは極力後がいいと思ってしまうのである。

 

 そう言って、苦笑いを零す伊織に、八坂は扇子をパチンッ! と閉じながら微笑を返した。

 

「伊織よ。忘れるでないぞ。蓮がいる限り滅多な事はないと思うが、それでも必要ならば、この八坂を頼れ。どこの神話が相手でも、この八坂と京の妖怪達は主の味方じゃ。みなの“若様”なんじゃからな。みな、進んで主の後ろに寄り添い、百鬼夜行の群れとなるじゃろう」

「……八坂殿。有難うございます」

「なに、受けた恩に比べれば軽い軽い。それに、我等だけでなく、主の味方になろうという者は多いじゃろう。崩月率いる鬼共しかり、立山妖怪しかり、堕天使の総督しかり、赤龍帝とその仲間しかり、な。主が紡ぎ、守った(えにし)の数が、そのまま主の力じゃ。並の神仏など相手にならんよ」

 

 そう言って快活に笑う八坂に、伊織はむず痒い気持ちを感じながら同じく明るい笑みを返した。そして、暫く、そうやって笑い合った後、本日の本題に入った。

 

「伊織よ。実はな、須弥山(しゅみせん)の帝釈天殿から会談の申し込みがあった。しばらく、京の地を空ける事になる」

「帝釈天殿から……しかし、一誠達の修学旅行に合わせて、魔王セラフォルー殿と会談を予定していたのでは? もう余り日日がありませんが」

「まぁ、和平同盟と言っても完全に心まで足並みを揃えているわけではない。九尾たる妾は、どちらかといえば大陸よりじゃからな。魔王との会談前に、すこし顔を合わせて話しておきたいのじゃろう」

「なるほど。それで、京都の地と九重の守りを改めて頼んでおこうというわけですね」

「そういうことじゃ。主は京都守護筆頭じゃし、頼まんでも九重を守ってくれると確信しておるが、こういう事は言葉にしておくのが礼じゃからの」

「八坂殿らしい。どちらの守護も、東雲伊織が確かに請負います」

「うむ。頼んだぞ。……ふふ、留守中、九重の事は好きにして良いからの?」

「おい、こら、母親」

 

 何か企んでいいそうな含み笑いをする八坂に、最後の最後で台無しだよ! と伊織は思わずタメ口でツッコミを入れた。

 

 その数日後、八坂は、念の為にと伊織が付けた魔獣一体と分身体ミクを一人、及び烏天狗達の護衛を連れて京都を旅立っていった。

 

 テトやエヴァ、本体のミクは、今日も各地で起きているテロに対応しているため、京都の地で守護に付くのは伊織だけだ。そのせいか、八坂の見送りに出た九重が傍らの伊織をやたら意識し、周囲の妖怪がやたら目を爛々と輝かせ、八坂が悪い笑みを浮かべていた。ミク達の不在中に、一体何をしでかすつもりなのか……伊織は頬が引き攣るのを止められなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「さてさて、今頃、我が娘は、しっかりとやっておるかのぅ?」

「もう~、八坂さんったら直ぐに九重ちゃんを焚きつけるんですから。九重ちゃんはまだ十歳にも届いてないんですよ?」

 

 ニマニマとした口元の笑みを扇子で隠しながら八坂が呟くと、傍らの分身体ミクが困った人を見るような眼差しを向けて軽く窘めた。

 

 八坂とミクは、現在、朧車という妖怪に乗って夜天を翔けている。周囲には護衛の烏天狗達が漆黒の翼をはためかせて警戒の眼差しを巡らせていた。

 

「まぁ、そういうでない。主等の内に割り込むには、このくらいの積極性が無ければ一生“妹”止まりじゃ。しかし、九重は本気。本気で、伊織のものになりたいと願っておる。ならば、母親として早々に手を打っておいてやらねばならんじゃろ?」

「じゃろ? じゃないですよぉ。あまり、マスターを困らせないで下さい。毎度毎度、九重ちゃんを傷つけないようにアプローチをかわす方法に頭を悩ませているんですから」

「ふふふ、それくらい伊織の器量ならどうという事もなかろう」

 

 全く悪びれた様子のない八坂の楽しげな表情に、ミクは「だめだこの母親」と天を仰いだ。

 

 聞けば、異界の妖怪が一致団結して伊織と九重の仲を進展させようと、あれこれ画策しているらしく、九重も、八坂流夜這い術を仕掛けるつもりらしいのだ。どこの世界に、九歳の娘に夜這いの仕方を仕込む母親がいるというのか。

 

 他にも女たるもの~と教え込まれており、九尾の性質もあるのか、九歳にして時折女を魅せる事があるので、将来は何とも恐ろしい事になりそうである。エヴァの胃痛がマッハになるだろう。

 

 幸い伊織は至ってノーマルであり、変態と書いて紳士と読むような特殊な性癖は持っていないので今回も上手く九重のアプローチをかわすだろうが、九重が本気な分、色々と大変であることに変わりはない。

 

 そんな他愛のない? 会話をしつつ朧車に乗って夜天を駆ける事しばらく……

 

「八坂様……少々、霧が出てまいりました。護衛がはぐれると事ですので、少し速度を落とさせて頂いて宜しいですか?」

「む? 霧じゃと?」

 

 朧車の直ぐ脇を飛んでいた烏天狗が、物見窓に身を寄せて八坂に報告を上げた。八坂は、訝しげに眉を潜めると、その物見窓から外を覗き見る。すると、確かに、霧が周囲を急速に覆い始めており、編隊を組んでいた烏天狗の幾人かが見えなくなっていた。

 

 その霧の一部が、八坂の傍に漂う。直後、

 

「ッ!? 馬鹿者! この霧は自然のものではない! 術……いや、【絶霧】の霧じゃ! 速度を下げるな! 取り込まれては抜け出せんぞ!」

「しょ、承知しました! 皆の者! 敵襲っ! てきしゅぐぅわぁ!?」

 

 八坂が霧の正体に気がつき警告を発するものの、時既に遅く、一瞬の閃光が奔ったかと思うと、眼前の烏天狗を貫いた。警鐘を鳴らそうとした烏天狗は上半身を消し飛ばされながら宙に黒羽を盛大に撒き散らす。そして、その閃光は、烏天狗を消滅させたまま些かの衰えも見せずに、八坂と分身体ミクが乗る朧車を直撃した。

 

ドォバァアアアア!!

 

「っぅううう!!」

「わわっ!?」

 

 レーザーのような光の奔流により屋根を消し飛ばされた朧車が悲鳴も上げられずに地上へ落下する。八坂とミクは、咄嗟に消し飛んだ屋根から外へ飛び出した。周囲は既に濃霧に覆われており、そこかしこから護衛の烏天狗達の悲鳴が聞こえてくる。

 

「完全に待ち伏せられておったようじゃな……脱出は……既に取り込まれたか」

 

 八坂が苦みばしった表情を見せながら、周囲に視線を巡らせる。その目に映るのは、辺り一面を覆う濃霧のみ。しかも、先程まで空にいたというのに、今は足の裏に地面を感じる。【絶霧】による異界へと取り込まれたようだ。

 

 と、その時、少し離れた場所にいたミクが八坂に警告の声を発した。

 

「八坂さん! 霧がっ!」

「むっ!?」

 

 八坂の周囲に圧倒的な密度をもった粘性の高い泥のような濃霧が一瞬で展開される。それらはただの霧ではなく、八坂に触れると瞬く間に金属質の物体へと変わっていった。

 

 八坂の脳裏に、報告のあった【絶霧】の禁手【霧の中の理想郷】の能力が思い起こされる。霧の中で思い通りの結界装置を創り出す能力だ。一度、その装置に囚われれば、抜け出すことは容易ではない。何せ、手を抜いて作った結界装置でさえ、様々な要因が重ならなければ同じ神滅具である【赤龍帝の籠手】ですら破壊できない強固さを誇るのだ。

 

 八坂は、咄嗟に払おうとするが間に合いそうもなく、その表情に焦燥が浮かぶ。

 

 が、次の瞬間、

 

キィイイイイイイ!!

 

 硬質な音と共に半透明半球状の力場が八坂を中心に展開され、纏わり付いていた濃霧を一気に弾き飛ばした。それと同時に、八坂のモッフモフの九尾の一本から小さな少女型の魔獣が飛び出し、八坂の肩に腰掛けた。その小さな手は、悪意の侵入を拒むように真っ直ぐ前に向けられている。

 

――魔獣 クイーンオブハート アイギスの鏡

 

 あらゆる攻撃を防ぎ跳ね返す守護の力場だ。伊織によって小さめに創造されたクイーンが、八坂の隠れた護衛だったのである。

 

「ふぅ、助かった。礼を言うぞ、クイーンよ」

「――♪」

 

 言葉は話せないが、小さなクイーンは気にするなというように片方の手で八坂の肩をポンポンと叩く。そんなクイーンの仕草に少しほっこりしながら八坂は白くたおやかな指で刀印を作り、そっと言霊を紡いだ。

 

 八坂による祓いの術により、力場を突破しようと襲いかかって来た霧が少しずつ押し返されていく。禁手に至った神滅具相手では一気にと行かないまでも、八坂とてその実力は龍王と遜色はない。むしろ、こと術においては遥かに凌ぐと言ってもいい。【絶霧】により創られた異界そのものを破壊することは難しくとも、今も、霧の中で窮地にあるであろう烏天狗達の助けにくらいはなるはずだ。

 

 そんな八坂の思惑を読み取ったのか、再び、閃光が霧の中から飛び出してきた。レーザーのように空を切り裂き迫るその一撃は、間違いなく神滅具級の威力だ。しかし、クイーンとて禁手から生み出された防御特化の魔獣。数十秒くらいなら、【アイギスの鏡】でも耐えられるだろう。

 

 閃光を受けて悲鳴を上げる【アイギスの鏡】を横目にそう判断したミクは、さっきから一方的にやられっぱなしである事にイラっと来たようで、額に青筋を浮かべながら閃光の根元へと無月の鋒を向けた。

 

「いい加減にしやがれですぅ!!」

 

 直後、翠色の魔力が奔流となって撃ち放たれた。

 

――直射型砲撃魔法 ディバインバスター

 

 射線上の霧を吹き飛ばし、翠色の壁ともいうべき大威力の砲撃は、確かに相手に脅威を感じさせたようだ。閃光の軌道が一瞬彼方へ逸れて、直ぐに消える。おそらく、ミクの【ディバインバスター】を避けるか防ぐかする為に、攻撃を中断したのだろう。

 

 直後、突きの構えを取っていたミクに、二振りの斬撃が襲いかかった。霧の中から背後を突く完璧な奇襲攻撃。並の相手ならそれで終わっていただろう。しかし、ここにいるミクが“並”なわけがない。

 

 霧に覆われた時点で、すぐさま展開していた【円】と【サーチャー】による監視網で警戒していたのだ。故に、その二剣の襲撃者の動きは手に取るように分かっていた。

 

ヴォ!

 

「っ!?」

 

 空気を破裂させるような音と共にミクの姿が掻き消えて、二条の剣線は虚しく空を切る。襲撃者――カオス・ブリゲード英雄派ジークフリートが思わず驚愕に目を見開いた。ほんの一瞬とは言え、ミクの存在を見失ったからだ。

 

 そして、次の瞬間には、違う意味で更に目を大きく見開いた。奇襲をかけたはずの己の背後にミクの存在を感じたからだ。つまり、一瞬で背後を取られたということ。剣士が敵に背を見せるなど途轍もない屈辱である。

 

「疾っ!!」

「っ!!」

 

 ジークフリートの上空から重力加速と全体重をかけて放たれる唐竹の一撃。振るわれた無月は魔力とオーラで輝いている。

 

――飛天御剣流 龍槌閃

――神鳴流   斬岩剣

 

 ジークフリートは、咄嗟に手に持つニ振りの剣を交差させて掲げ、その超威力の一撃を受けた。

 

ドォガァアアア!!

 

「ぐぅう!?」

 

 衝撃が骨を軋ませ筋肉が悲鳴を上げる。ジークフリートの足が地面を踏み割り放射状に砕け散った。苦悶の声を上げながら、それでもどうにか受けきったのは流石英雄の子孫というべきか、あるいは二本の尋常でない気配を発する魔剣のおかげか。

 

 だが、剣士たらんとすれども、実際は、剣士でも(・・)あるミクの手がこんなところで止まるわけもなく、

 

解放(エーミッタム)、【雷の斧】!!」

「ッ!? うおぉおお!!」

 

 あらかじめ遅延呪文を唱えておいた雷系魔法が炸裂する。ジークフリートは雄叫びを上げながら、背中から三本目の腕を生やして新たな魔剣を振るい、どうにかミクのもたらした暴威から脱出した。

 

 そこへ重なる無数の剣戟。聖なるオーラを纏う無数の剣が、突如、ミクの眼下で咲き乱れる。更には、霧の中から幾本もの同じ聖剣が飛び出してきた。眼下から伸びる聖剣に串刺しか、それとも飛来する聖剣によって撃墜か……

 

――神鳴流 百列桜華斬

 

 空中で放たれたのは剣の結界。手首の返しで円を描くように高速全方位への斬撃を展開する。剣先が音速を超えているため空気の壁が発生し、それが破裂する度にまるで桜の花びらでも散っているかのような光景が広がる。

 

 結果、下方の聖剣も飛来した聖剣も纏めて砕かれ吹き飛ばされた。

 

「なんなのよ、あんた……」

「……面白いね」

 

 全く無傷で華麗に着地を決め、八坂の傍に下がるミク。そんな彼女に、霧の奥から姿を現した金髪の女性とジークフリートがそれぞれの感情を向ける。金髪の女――ジャンヌダルクは少し鬱陶しげに、ジークフリートは楽しげな笑みを浮かべている。

 

「ミク、無事かの?」

「はい、私は。でも、護衛の人達は……」

「そうか……そろそろ出てきてはどうかの? 聖槍の使い手よ」

 

 ミクに囁く八坂は、その返答に眉を潜めると感情を感じさせない声音で霧の奥へと言葉を投げかけた。

 

パチパチパチ

 

 そんな拍手と共に一気に霧が晴れていく。視線を巡らせば何やら見覚えのある建物があちこちにあり、ここが京都を模した擬似空間であるとわかった。そんな模倣京都の街角から、漢服の青年――曹操と、ローブの青年――ゲオルグ、そして巨漢の男――ヘラクレスが現れた。

 

 曹操は、聖槍で肩をトントンと叩きながら楽しげな眼差しを八坂とミクに送っている。

 

「初めまして九尾殿。知っての通り、俺は曹操。英雄派のリーダーをやっている。それにしても流石は妖怪の御大将だ。時間さえ稼げれば、【絶霧】を退けるか……それにその障壁。東雲伊織の魔獣だね。そっちは彼の女。ジークとジャンヌの奇襲をあっさり凌ぐなんて、本当に彼の周りは規格外ばかりだ」

 

 勧誘を失敗したのは本当に残念だよ……そんな事を言いながら、曹操は、聖槍の穂先を真っ直ぐ八坂へと向ける。

 

「さて、その障壁も聖槍の前ではそう長くは持たないだろう? 東雲ミクも、ジーク達の本気には余裕でいられないはず。多勢に無勢だしね。そして……」

 

 曹操がゲオルグに視線を向ける。その意味を察したゲオルグが霧を操ると、そこには瀕死状態の烏天狗達が出現した。

 

「護衛の妖怪達もこの通り。外部への連絡もとれはしないし、この空間に気付く事はまず不可能だ。つまり、詰みだよ、九尾殿。そうだな、ここはテロリストらしく、“こいつらの命が惜しければ大人しくしろ”とでも言っておこうかな」

「よく回る口じゃな。この八坂、貴様等如きに遅れを取るほど甘くはないぞ?」

 

 八坂の九尾がぶわっと膨れ上がり、その身から莫大な妖力が迸る。金の瞳は爛々と輝き、獣らしく瞳孔が縦に割れた。凄まじい威圧感が英雄の子孫達にのしかかる。しかし、そんなプレッシャーを受けても、曹操達は怯むどころか、むしろ楽しげに唇を吊り上げるのだから根っから戦闘狂である。

 

「おお、恐い恐い。だが、そんな事を言われては試してみたくもなるな。実験が終わったあとで、まだ意識を回復できそうなら戦ってみるのも悪くないか」

「実験じゃと? 貴様等、何を企んでおる。会談を邪魔する事が目的ではなかったのか?」

「ん? ああ、会談ね。割とどうでもいいな。……っと、いつまでも話していても仕方ない。九尾殿、そろそろ終わらさせてもおうか」

 

 曹操が聖槍に光輝を纏わせる。その威光だけで、瀕死状態で倒れていた傍らの烏天狗のうち何人かが絶命してしまった。最強の神滅具の名は伊達ではないのだろう。おそらく、次の一撃を【アイギスの鏡】は耐えられないに違いない。

 

「曹操、そっちの剣士は俺が貰うよ。久しぶりに尋常でない斬り合いが出来そうだ」

「おいおい、それじゃあ、俺の相手がいねぇじゃねぇか。カラス共はクソ弱ぇしよ。俺にも殺らせろや」

「ちょっと、私だってツインテちゃんとやりたいんだけど」

 

 ジークフリートが三本の魔剣を構えながら、その鋭い眼光でミクを射抜く。そんな臨戦態勢のジークフリートにヘラクレスが足元の烏天狗を踏みつけながら進み出て文句をいい、ジャンヌもそれに乗っかる。

 

 それに対してミクはというと、ただ静かに佇んでいるだけ。その顔には焦燥の影も窮地に追い込まれ者特有の必死さもなかった。

 

「あらあら、私ったら大人気ですね。しかし、安心して下さい。皆さんが戦うべき相手は直にここに来ますから」

 

 ミクがあっけらかんという。【絶霧】の結界の中へと仲間が助けにやって来ると。それを、追い詰められたが故の現実逃避と受け取った曹操が、多少の哀れみを込めた眼差しと言葉で返した。

 

「……残念だが、助けは来ない。信じるのは構わないが、有り得ない可能性に縋るより、死に物狂いで相手をしてやって欲しいね」

「ふふふ、本当にそう思いますか? マスターが魔獣と私を八坂さんに付けたというのに……これで終わりだと?」

「……何が言いたいのかな」

 

 スっと目を細めて警戒心をあらわにする曹操。この切り替えは流石というべきところだが、今更である。何せ、曹操の襲撃は、始まった時、既に伊織達へと伝わっているのだから。

 

「そうですねぇ。では、こう言っておきましょうか。“いつから私が東雲ミク本人だと錯覚していた?”と。本体の私とここにいる私は常に繋がっているんですよ?」

「! 式神の類かな? 日本の退魔師がよく使うと聞くが……だが、それは嘘だ。君からはそんな術の気配はしない。うちのゲオルグはその辺り優秀なんだ。気が付かないはずがない。それに、万一外部と連絡を取れても、この場所には入って来られない」

「ゲオルグさんは優秀でも、知らない(ことわり)までは看破できないでしょう? そして、あなたは知っているはずです。【絶霧】の結界を力尽くで破れる存在を」

 

 ミクの物言いに、曹操が訝しそうに眉根を寄せる。そして、脳裏を過ぎったのは、少し前、伊織を勧誘しにいって邪魔された時のこと。無限の魔力をもって力尽くで【絶霧】を破壊した存在。

 

 曹操の表情がハッとしたものになる。【魔獣創造】に手を出す事を否定するオーフィスが、九尾の襲撃に対する邪魔をするなど有り得ない。オーフィスは基本的にこの世の事について興味がないのだ。いくら、【魔獣創造】の使い手の女がいるとしても、そんな所まで意識するはずがなかった。

 

 そう、曹操の知る【無限の龍神】であったなら。

 

 ミクが笑う。

 

「ほら、来ましたよ。私達の頼れる家族が」

 

 直後、

 

ドォゴオオオオオオオン!!!!

 

 結界全体を揺るがすような激震が奔る。ただ一度の衝撃で空間が悲鳴を上げて亀裂が入り、大気が鳴動した。

 

「ッ!!? これはっ、馬鹿なっ!」

「曹操、どういうことだ! なぜ、なぜっここでっ、オーフィスが出てくる!!」

 

 驚愕に目を見開く曹操に、ゲオルグが必死の形相で霧を操りながら問い質した。曹操が知るわけないのだが、そう怒鳴らずにはいられないほど動揺していたのだ。そして、それは他の者、ジークフリートやヘラクレス、ジャンヌも同じだった。まるで重力が何十倍にも加算されたかのような絶大なプレッシャーが彼等を襲い、否応なく冷や汗が額から流れ落ちる。

 

「まさか…俺は、根本的に勘違いをしていたのかっ!?」

「ふふ、彼女を呼ぶときは、オーフィスではなく蓮と、“東雲蓮”と呼んで上げて下さい」

「ッ……そんな馬鹿な話がっ、有り得ない!」

 

 ミクの言葉をただ有り得ないと切り捨てる曹操。それも当然だ。一体誰が、かの龍神が、人の名を貰って人と同じように生活している等と思えようか。その無限の力を、ただ親愛のために振るう等と思えようか。曹操達の知るオーフィスからは、あまりにかけ離れた姿だ。

 

 曹操は、動揺をあらわにしながらも聖槍に光輝を纏わせていく。どんな存在が現れても、結界を突破して姿を見せた瞬間に滅ぼしてやろうというのだろう。

 

「ゲオルグ! 結界を保てないなら無理に力を使うな! 突破してきたところを穿ってやる!」

「くっ、わかったっ! だが、もし、本当にッ……」

 

 ゲオルグはその先を言わなかった。正確には言えなかったのだ。破壊の権化とも言うべき黒色の魔力弾が隕石の如く空間をぶち破って飛び込んできたが故に。その魔力弾は、そのまま曹操達の頭上を飛び越えると結界の端にあった町の一角に着弾し、その周囲一体を根こそぎ消滅させた。後には、巨大なクレーターだけが残る。

 

 この擬似空間は、悪魔がレーティングゲームやそのトレーニングに使うバトルフィールドを模して作られており、その強度は折り紙つきである。それが、ただの一撃でその有様。曹操達の頬が自然と引き攣った。

 

 と、その時、曹操は、魔力弾によって破壊された穴から複数の気配が飛び込んで来るのを感知した。曹操は、ハッと我を取り戻すと、その口元に不敵な笑みを浮かべる。もう、動揺は完全に収まっていた。今は、ただ英雄の血が激っている。

 

 そして、その闘志を力に変えて聖槍を真っ直ぐ突き出した。

 

「伸びろ! 聖槍よ!」

 

 その雄叫びと同時に、聖槍の穂先が開きそこから閃光が飛び出した。最初に、朧車や力場を襲った一撃。しかし、その威力は更に倍増しである。

 

 一直線に擬似京都の空を切り裂いた聖槍の一撃は、空間に空いた穴から人影が飛び出して来たとほぼ同時に直撃しようとした。

 

 しかし、その凄絶なる一撃は目論見通りには結果を出せなかった。最初から、曹操の攻撃が来ると分かっていたかのようなタイミングで、真っ先に姿を現した男が拳を振るい、いつか見た空間破砕による穴を作り出したからだ。

 

 聖槍の一撃は、その穴――虚数空間に呑み込まれあっけなくその力を失う。最強の神滅具の一撃をあっさり凌いだ相手に、曹操とゲオルグ以外のメンバーは剣呑に目を細めた。

 

 そんな彼等の前に、五人の男女が降り立つ。その内の一人は、今も八坂の傍にいる翠髪の女の子だ。ミクの言っていた分身体であるという発言が真実であると分かり、見破れなかった事に、術への密かな自信を持っていたゲオルグは僅かに眉をしかめた。

 

「曹操……覚悟しろ。ここがお前の終着点だ」

 

 伊織の静かな声音に、自然、曹操の顔が喜悦に彩られた。

 

 

 

 




いかがでしたか?

次回から戦闘回です。
ストレス発散するぞぉ

感想について
伊織と一誠達がいきなり親し過ぎる、という点について、一応、蓮のことがバレたあと、よく連絡を取り合って良好な友人関係を結んでいると書いておいたのですが、やはり閑話でもいれて具体的なシーンを書くべきだったかもしれませんね。

修行について、念など伊織達が保有する特殊技能を伝授する予定はありませんよ~、ご安心を。あくまで、イベント潰したせいで、一誠に死ぬ以外の未来が見えないことを回避するためですから。
ある程度、自分で何とかしてくれないと見捨てない伊織の立場からすると、原作にド介入となってしまうので

明日も、18時に更新します。

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