重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

54 / 73
第51話 本物と紛い物 後編 上

 

 

 英雄派と東雲一家。

 

 両陣営が対峙し、その戦いの火蓋が切って下ろされた瞬間、曹操は僅かに目を見開いた。それは驚愕の証。原因は一つ。

 

 早い者勝ちだと言わんばかりに先に飛び出したジークフリート、ジャンヌダルク、ヘラクレスの脇を、東雲伊織がスっと通り過ぎ、完全に背後に抜けられるまで、その事実をかの三人が気付けなかったからだ。

 

 同時に、曹操がそれ認識した次の瞬間には、ぬるりと自身の間合いに踏み込まれていた事に、さしもの彼も心臓を跳ねさせ、表情を崩さずにはいられなかったのである。

 

ドンッ!!

 

 極めて自然に間合いを詰めておきながら、踏み込んだ右足がもたらすのは地震じみた震脚の衝撃。同時に集束された純粋な打撃力が右拳と共に突き出される。

 

「――っ」

 

 見えている。認識している。なのに、体が反応しない。その動作が、まるで水が高い場所から低い場所へと流れるが如く自然であったためだ。曹操の口元が喜悦か焦燥か判別の難しい引き攣りを見せる。

 

 短い呼気と共に、伊織の拳が触れる寸前になって漸く、曹操の体は反応した。集中力がもたらす知覚の拡大が世界をスローにさせ、その中で、曹操はギリギリ回避に成功することを確信した。同時に、残心するであろう伊織を薙ぎ払わんと聖槍を握る手に力を込める。

 

 が、その時、曹操の目は自身の腹部に掠るように触れる伊織の拳が霞むようにぶれる光景を捉えた。

 

――陸奥圓明流 奥義 無空波

 

 掠らせながらも回避に成功すると確信していた曹操。実際、伊織の拳が通過したあと、特に問題もなくカウンター気味に聖槍を薙ぎ払った。伊織は、それを読んでいたのか、スっと地を這うように身を伏せると、地面に手を付いて逆立ち蹴りを放つ。

 

 曹操は、それを身を引くことで回避しようとしたが、刹那、その身を凄まじい衝撃が襲う。

 

「ぐぁ!!?」

 

 一拍遅れてやって来た衝撃に硬直する体。何せ、体の内部に直接衝撃を叩き込まれたのだ。意志だけではどうにもならない。故に、突き出した拳の勢いそのままに、伊織が逆立ちしながら跳ね上げた蹴りをかわすことも出来なかった。ズバンッ! とそんな音を響かせて曹操の頭が勢いよく弾かれる。

 

 しかし、ここでやられっぱなしでないのが英雄の子孫にして、英雄派のリーダーたる所以だ。仰け反りながらも、聖槍を握った腕だけは別の生き物のように動き、逆立ち状態から戻った直後の伊織を横薙ぎにした。

 

 伊織は、咄嗟に【堅】をしながら自ら後ろに飛んだ。クロスした腕を更に瞬間的に引いて直撃部分の威力すらも消滅させると、そのまま十メートルほど曹操から離れた場所に着地した。圓明流【浮身】だ。

 

「……驚いたな。君の武は調べたつもりだったけど、評価を上方修正しないといけないみたいだ」

 

 曹操は、口の端から滴る血をピッ! と指で弾くと、ダメージを感じさせない不敵な笑みを浮かべて聖槍を肩に担いだ。

 

「それは俺もだ。今のを受けて、平然と立っているなんてな。即行で終わらせるつもりだったんだが。ポテンシャルの高さは想像以上のようだ」

「ははっ、それは嬉しい評価だ。正直、かなり効いたよ。俺も闘気を纏って強化しているんだけどね。まさか、こうも易々と抜かれるとは思わなかった」

 

 どうやら見た目ほど無事ではないらしい。軽口を叩きながらも、曹操の眼は全く笑っていなかった。極度に集中して伊織を観察しているのがわかる。

 

「オーフィスは不参加かい? 一応、九尾の護衛をしているようだけど、正直、君の魔獣がいれば問題ないだろう? ゲオルグも一杯一杯だからな」

「なるほど、俺を観察しながらも、完全に集中しきっていないのはあいつを警戒してか。まぁ、相手は神滅具だ。余裕のない八坂殿に万一があっては困る。それに、龍神はそう簡単に暴れちゃいけない。今後の生活もあるからな。神仏達に無用な警戒は抱かせられないんだ」

「……そうか? まぁ、そういう事にしておこうか。俺としては、君と十全に死合いたいところだしねッ!!」

 

 言葉の終りと同時に、曹操は前触れ無く聖槍を突き出した。先端が開き、そこから光輝がレーザーの如く伊織目掛けて奔る。先程の意趣返しだろうか。正面から伊織の腹部を貫かんと刹那の内に相対距離をゼロにした。

 

 だが、その閃光が伊織を貫くことはなった。ゆらり、風に舞う木の葉のように揺れた伊織が閃光の一撃をあっさりかわしたからだ。同時に、停止状態から一気にトップスピードに乗って射線をなぞる様に曹操へと迫る。

 

 曹操は、聖槍の先から伸びた光刃を横薙ぎに振るい、伊織を両断しようとする。

 

 が、その途端、意図せず曹操の腕が跳ね上がった。

 

「これはっ、糸!?」

 

 曹操は、自分の腕を吊り上げたものの正体が糸であると瞬時に看破する。そして、聖槍を手首の返しのみでくるりと回すと、その光刃を以て断ち切り自由を取り戻した。

 

 もっとも、その僅かな間で伊織には十分だった。恐ろしく見切りにくい不可思議な歩法――【覇王流 歩法之奥義 朧】で肉迫する。

 

 再び、あっさり懐に侵入された曹操は、しかし、今度はしっかり対応した。伊織と同じく無拍子での移動により伊織の初撃をかわす。同時に、幾条にも分裂して見えるほどの苛烈な突きを放った。

 

 ミクの放つ九頭龍閃もかくやというその鋭い突きは、一瞬にして伊織を串刺しにしたかのように見えた。しかし、当たったはずの攻撃は、まるで伊織の体をすり抜けるように虚空を穿つのみ。ゆらりと揺れる伊織は、全てミリ単位で見切って避けきったのである。

 

 再び、認識の外から間合いを詰める伊織。そして、繰り出される怒涛の武技。

 

「っああああ!!」

「ぅうおおお!!」

 

 伊織が拳を振るえば曹操がカウンターの一撃を返し、そのカウンターにカウンターを返しながら次手を繰り出す。反応し難いその動きに、曹操は英雄の子孫としてのスペックを遺憾無く発揮して半ば反射だけで捌いていく。

 

 互いに、その動きは洗練の極地。一つ一つの動きが恐ろしいまでに無駄のない最小の動きであり、繰り出す技の一つ一つが次の動作に繋がっている。同時に、刹那の内に拳と槍を何度も交差させながら、それを遥かに超える応酬が脳内で繰り広げられていた。互いに次の一手を出し抜こうと幻想の中で遥かに熾烈な戦いを繰り広げているのだ。

 

「ハハハ、楽しいなぁ! 東雲伊織! 超常の存在ではなく人間とここまでやり合うなんて思いもしなかったよ!」

「俺は全く楽しくない。さっさと殴られて膝を折れ。そいて牢獄の中でド反省しろ」

「つれないな! だが、牢獄は勘弁だ。もう少し本気でいこう」

 

 そんな言葉と同時に聖槍が輝いたかと思うと、次の瞬間には波動となって放射された。至近距離からの爆発じみた衝撃。伊織は咄嗟に総計五十枚のシールドを重ね掛けにする。

 

――防御魔法 オーパルプロテクション・ファランクスシフト

 

 強度はそれほどでもないが展開速度は最速というシールドを幾重にも重ね、破壊された瞬間から内側より補充していく伊織オリジナル防御魔法だ。当初はシールド数十枚が限界だったが、今では総計五十枚の重ね掛けを一瞬で出来る。展開速度もコンマ世界で行えるので文字通り鉄壁を誇る障壁である。

 

 そのプロテクションは、聖槍の衝撃で一瞬にして二十枚を破壊されたが、二十一枚目を破壊する時には内側から二十枚追加されて、結局破壊しきることはできなかった。

 

「変わった術だな……君の手札の多さには感心させられるよ」

「口を開く暇があるとは余裕だな」

 

 聖槍の衝撃が霧散した直後、伊織の姿が曹操の脇に出現する。曹操は慌てず、読み切っていたような正確さで石突を繰り出した。その一撃は伊織の顔面を貫く。……そう、打撃されたのではなく、貫いた。

 

――幻術魔法 フェイクシルエット

 

 魔導が生み出すホログラムのようなものだ。

 

 魔力や気による偽者なら感知できただろう曹操だが、流石に半分以上科学で作られた映像までは咄嗟に見分けられなかったらしい。伊織を見失ったことに、曹操の心臓が跳ねる。

 

「解放、雷の101矢【雷華・断空拳】」

 

 その声は曹操の背後から聞こえた。咄嗟に、聖槍を回し見もせず背後を横薙ぎにする。

 

 しかし、そんな大雑把な攻撃が伊織に当たるわけもなく、ぬるりと踏み込んだ伊織の拳が曹操に突き込まれた。拳に込められた雷が解放され宙に踊り出す。その威力の全てが曹操に伝播する直前、曹操は聖槍の光輝を爆破させた。衝撃で、僅かに伊織の体勢が崩れる。

 

 それが、曹操を救った。

 

 振り向きかけた瞬間の脇腹に突き込まれた雷纏う強烈な打撃により吹き飛びながらも、僅かに打点がずれた為にどうにか意識まで飛ばさずに済む。伊織の方は、【堅】と【バリアジャケット】を瞬間的に高めたので無傷だった。

 

「ガフッ、ゲホッ! くぅうう、これは効くなぁ~。ここまでまともに入れられたのは久しぶりだ」

 

 曹操は、再び口から血を吐きながらも即座に聖槍を杖代わりにして立ち上がってみせた。戦意は些かも衰えていないようで、その眼は爛々と輝いている。

 

 ここまでの攻防で、曹操は漸く目が覚めた思いだった。純粋な武でも、能力を併用した場合でも伊織に上を行かれているという事に。同じ人間として競い合うのではなく、超常の存在に挑むような心構えが必要である事に。

 

 故に、人間らしく勝つためにあらゆる手を尽くしてやろうと決心する。

 

「くくっ、これだけの強さがあるのなら、英雄派の人員が日本で上手く活動できなかったのも頷ける。退魔師協会の守護神の名は伊達じゃないね」

「その呼び名は初耳だが……」

 

 曹操は、伊織の【雷華・断空拳】により拳大の穴が空いた漢服を見ながら、「英雄派の中での勝手な呼び名だからね」と苦笑する。

 

「ああ、本当によく邪魔をしてくれたよ。結局、東雲の神器使いは一人も確保できなかったし、他の神器使いも君の魔獣や女達がうろちょろしていて中々手が出せなかった。あちこち散発的にしかけて疲労を誘うって作戦も、なぜか君達には効かないし……本当に、どんな体力をしているんだ? ターミ〇ーターかと思ったよ」

「しっかり休息はとっていたからな」

 

 ただし【別荘で】とは言わない。まさか曹操達も、わずか一時間で一日分の休息を取っていたとは思いもしないだろう。

 

「ふふ、休息ね。一体いつとっていたのやら……まぁ、いい。作戦自体は上手くいかなかったが、それでも収穫はあったからね。一つは、君達が圧倒的だったがために禁手に至るものが幾人もいた事、そしてもう一つは、君が決して他者を見捨てられないという事だ」

「退魔師だからな。それがどうしたと言うんだ?」

「うん、なに、今、この擬似空間の外――京都の町では英雄派の構成員が大暴れしているって言いたかっただけさ」

「……」

 

 曹操の言葉に、伊織はただ静かな眼差しを返す。曹操は、内心、伊織が怒りをあらわにするか焦燥でも浮かべるのではないかと考えていたのだが……少なくとも表面上は平然としている。精神的揺さぶりをかけるのは常套手段ではあるのだが……

 

「おや、心配じゃないのかい? 言っておくけど、今までの襲撃と同じとは思わない方がいい。ああ、ほら、感じるだろう? ちょうどジークが成ったみたいだ。俺達は魔人化と呼んでいる」

「……それで? 禁手に至った者以外の神器使いには無理やり服用させて大量の魔人を送り込んだとでも言いたいのか?」

「話が早くて助かるな。大体、三百体くらいの魔人を呼び寄せさせてもらったよ。量産型の弊害で完全に理性なき怪物になってしまっているけれど、その分、力は折り紙つきだ。最低でも、一体一体が上級クラスの力を持っている」

 

 放っておいていいのかい? と伊織を煽るように笑みを浮かべてそう告げる曹操。しかし、やはり伊織は静かなままだ。ただ、ジッと曹操を見つめているだけ。

 

 曹操の分析では、伊織は決して一般人や仲間への危難を見過ごせない質の人間だ。なので、少し離れた場所で感じる魔人の禍々しく強大なオーラを感じれば、今の話と相まって全く動揺しないということはないだろうと推測していたのだ。故に、伊織が精神に全くぶれた様子が無いことに訝しげな表情となる。

 

「心配じゃないのかい?」

 

 思わず、再度そう尋ねた曹操に、伊織は静かに答える。

 

「心配さ。だが、不安はない」

「不安は……ない?」

「ああ。外には俺の全魔獣とチャチャゼロがいる。京都の妖怪達もいる。東雲の兄弟達がいる。仲間の退魔師達がいる。アザゼルさん達も呼んである。そして、その全てを九重がまとめてくれているはずだ。だから、心配ではあるが、不安はない。たかだが獣とテロリスト如きに負ける程……この地は易くない」

 

 その言葉を聞いて伊織が本当に何の不安も焦燥も感じていない事を察する曹操。思わず苦笑いが浮かぶ。

 

「君が、魔獣を出さないのはそのせいか。……しかし、君の魔獣とアザゼル以外は、魔人に太刀打ち出来るとは思えないけどね? まして、魔人達は無差別に一般人をも襲う。京都のあちこちで無差別に起こる襲撃に、どれだけ対応できる? まとめて吹き飛ばすなんて不可能だ」

 

 更に煽るような事を言うが、伊織の鋼の精神は微塵も揺るがない。そこには絶大な信頼があるからだ。紡いできたキズナがそれを信じさせるからだ。

 

「言っただろう? 京都の地には九尾の御大将――その娘がいると。あの子が、九重が指揮をとっている限り、烏合の衆なんて恐れるに足りない。俺の魔獣の指揮権も譲渡してある。種族に関係なく、みな九重のもとで戦うだろう」

「……人間も超常の存在も関係なく、か」

「ああ。大切なものを守りたいと思う気持ちに、種族は関係ないだろう。お前が、お前のような奴が、真っ先に弱い部分を狙ってくる事は予想していた。だから、京都の地の守りは最初から万全なんだ」

 

 伊織は言葉にしなかったが、実は、京都にはもう一人、絶対の守護神がいる。万に一つも、理性なき獣如きに敗北するなど有り得なかった。

 

「なるほどね。まぁ、あわよくば、君達の動揺を誘えるか、京都にいない間に神器使いを確保できないかという程度のものだし構わないさ。どうせ、魔人化した奴は使い捨てだしね」

 

 曹操はそう言うと、思惑が外れたと言うのにどこか嬉しげな表情をして聖槍をスっと構えた。

 

「東雲伊織。君の強さに敬意を表して、俺も本気で相対しよう。未だ不安定ではあるが、世界最強の神滅具の力、存分に味わってくれ! 禁手化ッ!」

 

 直後、曹操の背後に輪後光と七つの球体が出現した。神々しい輝きを放つ後光と曹操を中心に衛星のように周回する球体。禁手にしては随分と静かな変化だ。もっとも、静かな禁手と言えば、単に魔獣が驚異的に強化されるというだけの伊織の【進撃するアリスの魔獣】も同じなのだが。

 

 なんにしろ、世界最強最高の神滅具の禁手だ。文字通り、神をも滅ぼす力を秘めている。故に、伊織の警戒は最大限まで高まっていく。

 

 そして、曹操が壮絶な殺気と共に聖槍から光輝の斬撃を放って来たのと同時に、離れた場所へ(・・・・・・)防御網を展開した。自身への攻撃は半身になって回避する。

 

ギィイイイイ!!

 

 そんな金属が軋むような音を響かせて、少し離れた場所に曹操が展開していた球体――七宝の一つが無数の鋼糸に絡まれて動きを止めていた。更に、伊織がフィンガースナップをすることで光の鎖――拘束魔法【チェーンバインド】が出現し鋼糸と合わせて球体を縛り上げていく。

 

「アクセルシューター」

 

 伊織は、お返しと言わんばかりに誘導型射撃魔法を曹操に向けて不規則に動かしながら撃ち放ち、同時に【瞬動】で拘束した球体の場所へ移動した。

 

「インデックス」

 

 曹操が、球体や聖槍で【アクセルシューター】を払おうとするのを並列思考で巧みに操り時間を稼ぎながら、更に【魂の宝物庫】を呼び出す。手に現れた重厚な本を開き、球体に触れながら封印魔法を幾重にも施しつつ格納する。

 

 伊織としては、収納できれば御の字という感じだったのだが、鋼糸とバインドと封印魔法を重ね掛けされた球体は、スっとその姿を薄れさせると見事に【魂の宝物庫】に収納されていった。

 

「……驚いたな。女宝(イッティラタナ)を呼び戻せない。それ以前に、どうして女宝の動きを……」

 

 アクセルシューターを潰した曹操が、禁手の開幕早々、手札の一つを封殺された事に目を見開いて驚きをあらわにした。

 

「あれは女宝というのか。名前からして、女限定で何かをする能力でも込めていたか?」

「う~ん、やっぱり、能力は知らないんだな。あるいは知っていて防いだのかと思ったけど……」

「当たり前だろう。初見だぞ?」

「じゃあ、どうして俺が女宝を飛ばすのが分かったんだ? あのタイミング……最初から張っていたんだろう?」

「そんなもの……さっきも言ったはずだ。お前のような奴が取る手段など大体決まっている。禁手化すれば、その威容への警戒を利用して仲間を狙うというのは容易に予想できることだ」

「ハハッ、君も人間だなぁ。やりにくい……ちなみに、女宝は女限定でその異能を完全に封じるというものだ。だから君には効果がないんだけれど、それでも俺の禁手だ。一体、どうやって奪った?」

「教えてやる義理はないな」

 

 曹操も伊織が話すとは思っていなかったのか肩を竦めて聖槍を構え直した。女宝を伊織に封印された事はさほど気にしていないようだ。伊織を倒せば戻ってくる可能性はあるし、そもそも伊織との戦いでは役立たずだからだろう。

 

「そうか。では、君を打倒して奪い返すとしよう。あれは、これから超常の存在と戦っていく上で必要だからね」

 

 その言葉と共に、曹操の姿が消える。刹那、伊織の背筋をゾワッといつもの感覚が走抜けた。その本能の警鐘に従って伊織はスっと半身になる。

 

 直後、伊織の腹部を貫くように聖槍の穂先が突き込まれてきた。更に左側に悪寒を感じ、伊織はゆらりと仰け反る。すると、いつの間にか腹部の位置にあった聖槍が消えて左側から顔面に向けて突き込まれてきた。

 

 次もまたフッと消えた聖槍。同時に頭上に危機感を覚えて、伊織はくるりとダンスでも踊るようにその場を離脱。直後、大上段から光輝を纏った聖槍の一撃が迸った。

 

「……俺が攻撃するより一瞬早く動いている。未来予知の類か?」

 

 曹操が分析する。当たらずとも遠からずといったところか。伊織の危機対応能力は、本人にも説明が付かないシックスセンスとも言うべきもので、未来予知に分類されてもおかしくない予見能力を誇っている。

 

 だが、そんな事を親切に教えてやる義理はないので、伊織は魔弾を放射状にばら撒きながら、曹操の攻撃の秘密を【円】や【聴力】を使って確認した。結果、曹操自身が突然出現しては消えるという事を繰り返しており、高速移動の類ではないことを即座に察する。

 

「球体の二つ目は転移系か……」

「ご名答。馬宝(アッサラタナ)と言うんだ」

 

 そう言いながら再び転移して聖槍の一撃を繰り出す曹操。その動きは本来の曹操の武技と合わせて、超人のレベルを遥かに超えている。よほど戦闘経験を積まなければ、瞬間移動プラス一撃必殺には対応できないだろう。瞬殺される可能性大だ。

 

象宝(ハッティラタナ)

 

 曹操は球体の一つを足元に呼び寄せると、そのまま上空に上がる。地に足を付けていれば少なくとも下方からの転移攻撃は出来ない。戦術の幅を上げるため空中戦を選択したのだろう。

 

 伊織もまた、曹操を追って上空に上がる。

 

「……知ってはいたけどね。君、一体どうやって飛んでいるんだ? いや、魔力を纏っているのは分かるんだが……ゲオルグでも飛翔術を使いながら戦闘なんて出来ないんだがな」

 

 伊織は、無言で【虚空瞬動】を発動し、曹操に肉迫する。曹操は、【馬宝】で転移し伊織の背後から強襲するが、やはり伊織はスっと避けてしまう。

 

 が、その回避を予測していたのか曹操は球体の一つを伊織に飛ばした。ご丁寧に退路を塞ぐようにして聖槍から無数の光刃を飛ばす。

 

 絶妙なタイミングで迫った球体を伊織は覇王流【旋衝波】で投げ返そうとするが、セレスが変形した籠手に接触した瞬間、

 

バキィン!

 

 と、そんな破砕音を響かせて籠手が粉砕されてしまった。しかも、そのまま勢いを止めず槍状に変形すると伊織を穿とうと迫る。

 

 伊織は、咄嗟に接触したままの手で槍の軌道を逸らす。更に力に逆らわず、円を描くように回って槍を完全にやり過ごした。

 

 伊織を通り過ぎた槍は再び球状に戻ると曹操の元に呼び戻される。

 

輪宝(チャッカラタナ)。武器破壊の能力が付与されている。その籠手。突然現れた上に、時々魔力の反応があった。おそらく君の珍しい魔法を使うのに一役買っているんじゃないかな? 少しは魔法が使いづらくなるはずだ」

 

 曹操の分析は的確だ。驚嘆すべき洞察力である。しかし、伊織のセレスはただのストレージデバイスだ。作りは特別性であるとは言え。インテリジェントデバイスのようにAIを搭載したコアがあるわけではなく、応答もあらかじめインプットされたもの。

 

 故に、予備ならそれなりにストックがあるのだ。長い生の中で戦い続けてきた伊織にとってセレスを破壊された事は一度や二度ではないのである。なにせ楽器形状にした場合の耐久力など紙同然なのだから。

 

 なので、伊織は懐から金属製のカードのようなものを取り出すとあっさり二機目のセレスを復元した。

 

「セレス、セットアップ」

「Yes,my,master」

 

 光の粒子が舞い、伊織の手に先程破壊されたのと全く同じ籠手が装着される。

 

「……神器……ではない。まるで量産型の機械のようだが……」

「【万象貫く黒杭の円環】」

 

 伊織に対して武器破壊が不毛であると察した曹操が目を細めるのと同時に、伊織が石化の黒杭を放つ。突然、虚空に出現した無数の杭に瞠目する暇もなく、曹操は新たな七宝を発動する。

 

「っ、居士宝(ガハパティラタナ)!」

 

 曹操は、馬宝で転移せず、代わりに居士宝と呼ぶ球体を発動した。直後、光り輝く人型が無数に現れ曹操の盾となった。数に押され消滅していく人型だが、その間に高めたオーラを聖槍に纏わせ一気に振り抜く。

 

 津波のような光輝が黒杭を一気に押し流し、そのまま伊織に迫った。

 

「ディバインバスター」

 

 対して、伊織は一点突破。直射型砲撃魔法で光輝の津波に穴を穿つ。衝突した瞬間、凄絶な衝撃を撒き散らした津波と魔力砲撃だったが、拮抗は一瞬。範囲攻撃と貫通特化という性質の違いから、【ディバインバスター】が押し通る。これは、伊織がカートリッジを使用したからというのもあるだろう。そうでなければ、一点突破のバスタークラスですら押し負けていた。

 

 津波を突破した穴を通ってやり過ごした伊織は、その場で宙返りをした。上下反転した世界で、頭上を神々しい光の奔流が駆け抜けていく。更に、避けた伊織に向かって曹操が馬宝で転移を行い空間すら穿ちそうな突きを放った。

 

 伊織は、鋼糸を操って自分の体を引っ張る。頬を掠める聖槍を感じながら、【虚空瞬動】で一気に距離を取ろうとした。

 

 そうはさせじと曹操が追撃をかけようとするが、その瞬間、足元に魔法陣が展開され光の鎖が曹操に絡みつく。

 

――設置型捕縛魔法 ディレイバインド

 

「全く、多芸だなっ!」

 

 曹操が、聖槍を器用に振り回してバインドを破壊する。しかし、その時には伊織から【ディバインバスター】が放たれていた。完璧なタイミング。直撃かと思われたその砲撃は、しかし、

 

珠宝(マニラタナ)!」

 

 曹操の眼前に出現した黒い渦に余さず呑み込まれた。

 

 黒い渦は、濃紺色の光を全て呑み込むとフッとその姿を消し、次の瞬間には、丁度最終局面(魔帝剣とデバイスの訳の分からない愛憎劇)を迎えているミクの背後へと出現した。

 

 勘のいい者なら察するだろう。先程呑み込まれた砲撃が放たれるのではないかと。当然、伊織も察していたが、特に焦燥は浮かべない。なぜなら、

 

「? どういう事だ? なぜ砲撃が出てこない? 未だ不安定なせいか?」

 

 そう、攻撃を他者に流す能力を持っていると推測できる黒い渦からは何も出現しなかったのだ。疑問を呟く曹操に伊織が平然と答える。

 

「やはり、そういう能力を用意していたか。……まぁ、そもそも攻撃を受けていなければ、何も流せはしないだろう」

 

 そんな言葉に、ここまで自分の手札を攻略され続けた曹操の頬に冷たい汗が流れ落ちた。

 

 

 

 

 

 




中途半端ですみません。
やっぱり、二つに分けました。

さくっと終わらせることも考えましたが、原作の人類最強があっさりやられるのはどうかと思い、それなりに戦闘を行わせることに……

次回、決着です。

更新は明日も18時です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。