重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

56 / 73
第53話 修学旅行と和平会議

 

 

「えぇ~!? それじゃあ、カオス・ブリゲードは壊滅したって事ですか!」

 

 駒王学園オカルト研究部部室にて、ソファーから腰浮かして驚きをあらわにしたのは赤龍帝こと兵藤一誠だ。彼だけでなく、他の眷属達も、驚きを隠せないようだった。

 

「いや、カオス・ブリゲード自体が壊滅したわけじゃない。あくまで最大派閥だった英雄派が事実上壊滅したというだけだ。旧魔王派の残党や、今回、京都入りしなかった英雄派の連中も健在だし、二大派閥の影に隠れてこそこそしていた連中もいる。悪党ってのは、いつの時代もそう簡単に消えたりはしねぇんだよ」

 

 一誠達に、京都の事件を説明していたアザゼルが、肩を竦める。

 

「しかも、オーフィス……いや、今は蓮の存在も各方面にばれちまった。力の象徴たる無限の龍神が自分達の側にいないと知ったカオス・ブリゲードの連中は、総じて姿くらませたみたいでな。今度、どういう行動に出るやら……」

「それでも、元々、ある程度彼等の動向を掴めていたこと自体、凄いことよ。こういう言い方は変だけれど、フェアに戻ったといったところじゃないかしら」

「そうですわね。いずれにしろ。伊織君達は大手柄ですわ」

 

 アザゼルの言葉に、リアスと朱乃が感心したような表情だ。しかし、リアスは、直ぐにどこか心配げな表情となった。

 

「それで、曹操達の処遇は? それに蓮の今後も……各神話の神仏が黙ってはいないでしょう? 一応とは言え、テロ組織のトップだったわけだし……」

 

 その質問に、さもありなんとアザゼルが頷く。

 

「曹操達については、尋問した後、総じて冥府送りだ。神滅具に関しては、天界と冥界で一つずつ保管する事になった。曹操達が生きている以上、次の宿主に宿ることはないからな。尋問も引渡しも、俺が同席するから心配はいらん。……サマエルの召喚について聞いておきたいからな」

 

 サマエルが召喚された件は、リアス達を驚愕させたのは当然であるが、何よりドライグを戦慄させたようだ。当然と言えば当然である。世界最強最悪の龍殺しなのだ。どれだけ大きな力を持っていようと、ドラゴンでは敵わない。それは未だ未熟な一誠なら尚更だ。どう考えても瞬殺される未来しか思い浮かばない。

 

 どこか怯えにも似た感情を察した一誠が、そこまでのものなのかとドライグに聞き、あるいはグレートレッドにすら痛痒を与える可能性が高いと知らされ、以前見た、かの真龍の威容を思い出し、一誠は無意識に冷や汗を掻いた。

 

 あの強大な存在が痛手を負うなど想像の埒外だ。

 

「あの、蓮は大丈夫なんですよね?」

 

 思わず心配になった一誠が、おずおずとアザゼルに聞いた。他のメンバーも、アザゼルが深刻な表情をしていないので大丈夫だろうとは思いつつも、スマホのゲームに一喜一憂していた何とも微笑ましい龍神の姿を思い浮かべて心配そうな表情となる。

 

「ああ、そりゃあ大丈夫だ。伊織の野郎、曹操の手を尽く読んでやがったみたいでな。そもそも戦いの場に蓮を連れて行くことすらしなかったんだ……」

 

 そう言って、アザゼルは一連の出来事を話した。曹操の言動から蓮に対する何らかの対抗手段を用意していると察していた事。その為、決して曹操達の前には出さなかった事。結界破りと京都の守護だけ任せて、偽者と入れ替えておいた事。それ以外にも、曹操の禁手を何百通りもシュミレートしておいて、完封した事などだ。

 

 話を聞き終わった一誠達は、感心半分呆れ半分という表情で深い深い吐息を漏らした。

 

「伊織はな……戦闘力を見ると、規格外というか人間とは言えねぇレベルなんだが、発想や戦い方は“人間”そのものだ。ある意味、曹操と似た奴だよ。在り方が違うだけでな。……覚えておけ。戦いにおいてもっとも怖い手合いというのはああ言う奴だ。油断も隙もなく、格上だろうが格下だろうが関係なく、あらゆる手段を尽くして針の穴を通すような可能性すら掴み取る。一見して勝ち目がないような戦いですら、結局最後は勝利を引き寄せやがるんだ」

「……彼が、情に厚い人柄でよかったわ。本当に」

「ですね。伊織君がカオス・ブリゲード側にいたらと考えるとゾッとします」

 

 超常の存在に挑み、最後には勝利をもぎ取ってしまう人間――それにより救われた人々は、その背中を見てこう呼ぶのだ。

 

 “英雄”と。

 

 故に、伊織が英雄派側にいなかった事に皆が安堵の息を吐いた。少し、脅かしすぎたかと苦笑いするアザゼルは、もう一つの質問に対する回答と共に、本日の本題に入った。

 

「で、だ。蓮の事についてだが……やはり、各勢力は脅威を感じているようなんだよな。何せ神滅具――それも禁手状態を二つも相手にした上に、自分は【魔獣創造】を使いもせずに打倒しちまうような奴が、打算抜きで【無限の龍神】と通じているんだぜ? そりゃあ、第二の曹操にならないか気にせずにはいられないって話だ」

「まぁ、そうよね。……私達みたいに“蓮”を知っているわけじゃないのだし……」

「そうだ。だが、この二年、蛇を回収して回ったり渡さなかった事、お前達を助けた事、曹操達の捕縛や京都を守った事も合わせると、一概に危険視も出来ない。それに、伊織は、今回の手柄もそうだが、無限の龍神をこちら側に引き込んだという功績がある。これは、歴史的に見ても類を見ないほど莫大な功績だ。だから、このまま一緒に生活したいという伊織の要望を各神話の神仏達は無碍には出来ない、はずだ」

 

 アザゼルは、そこで懐からカードらしきものを取り出しグレモリー眷属全員に手渡した。

 

「これって……」

「リアス達三年は見覚えがあるよな。これは、悪魔が京都に入る場合の許可証みたいなものだ」

「一誠達の京都への修学旅行に必要なのはわかるけれど……どうして私達の分まで?」

 

 元々、一誠達、修学旅行で京都へ行く二年生組に用意するつもりだったそれは、リアスと朱乃の三年生組だけでなく、子猫達一年生の分もあった。どういう事かと、リアスが首を傾げる。

 

「話を戻すが、蓮の――無限の龍神の考えが分からなくて不安だってんなら知ればいい。【魔獣創造】の人柄をその目で見たいってんなら見ればいい。って事で、ちょうどセラフォルーが予定していた妖怪の大将との和平会談が修学旅行中にあるんでな。俺も教員としてついて行くし、この機に各勢力のトップ連中とも顔合わせしようって事になったんだよ。今や、駒王学園より、ある意味、京都は中立で安全な場所でもあるから丁度いい。で、蓮の事を説明するのに、実際に助けられた本人であるお前等にも同席してもらいたいんだよ」

「ああ、そういう事ね」

 

 アザゼルの話を聞いて、リアス達も納得顔で頷いた。魔王の妹と赤龍帝の言葉であれば説得力がある。実際に、蓮が打算なく手を差し伸べてくれたと語れば、安易に否定は出来ないだろう。

 

「修学旅行中に面倒なことだと思うが、いっちょ頼むわ。蓮には何としても、このまま伊織達の家族でいてもらいてぇからよ」

「そんな。伊織達には俺達も世話になったんです。それくらい何て事ないですよ」

 

 頼むというアザゼルに、一誠は快く了承の意を伝えた。それは他のメンバーにしても同じだったようで、皆、笑顔で頷いている。

 

 アザゼルは、伊織達と会うのも楽しみだと修学旅行の話で盛り上がる一誠達を見ながら、自分を含めた堕天使にグレモリーのような悪魔達、そして日本の妖怪達、挙句に龍神にと、退魔師のくせにやたらと良縁を繋いでいく伊織を思い浮かべた。

 

 そして、二年前、自分の部下が暴走して伊織の家族を襲った時、取り返しの付かない溝が出来なくて本当によかったと、改めて胸を撫で下ろすのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 兵藤一誠は現在、京都行きの新幹線の中にいた。修学旅行のためだ。

 

 もっとも、その眼に映る光景は、清掃の行き届いた車内でも、気持ち悪い笑を浮かべて寝こけているエロ友達でもなく、真っ暗な空間だった。一誠は、京都に到着するまで今しばらく時間があったので、最近の修行法の一つ、赤龍帝の深層に潜って歴代の使い手達と対話しようとしているのである。

 

 一誠の意識は、真っ暗な空間を進んでいき、やがて、真っ白な空間に出た。そこにはテーブル席があり、全てではないが歴代の使い手達が虚ろな瞳でピクリとも動かず座り込んでいる。

 

「どーも、一誠でーす。また来ました!」

 

 一誠は、声を張り上げて来訪を伝える。原作通りであるなら、この時点で彼等は何の反応もしない。しかし、ここは似て非なる世界であるからして、原作にはない意識も存在する。そして、その主は、既に何度も一誠を迎え言葉を交わしているのだ。

 

「やぁ、一誠くん。今日も来たね。せっかくの修学旅行なのだから、移動中にまで修行はしなくていいと思うのだけど……」

「いや、時間あるときは何かしてないと落ち着かなくて。それに……さぼってたらヴァーリの奴にも、伊織にも追いつけませんから」

 

 グッと力を表情に込める一誠に、声の主――東雲崇矢は苦笑いを浮かべた。

 

一誠がこの空間に来てから少し、伊織のアドバイスもあって崇矢に積極的に話しかけてみたところ、最初は虚ろだった崇矢だが、伊織の話しも交えている内に急速に表情を取り戻していき、今では普通に会話できるまでになった。

 

 他の者達は未だピクリとも反応しないのだが、崇矢は元々、禁手には至ってもほとんど赤龍帝の力を使わず秘匿し、しかも、最後の戦いでも負の感情に支配されることなく亡くなったので、それが原因だろうとドライグ辺りは推測している。

 

「伊織か……神滅具を通して見聞きしたけど、どうやら大活躍だったようだね。ふふっ、かの龍神と家族か……改めて口にしても中々信じがたいね。あぁ、そう言えば、せっかくの修学旅行なのに、伊織達のために時間を割かせてしまって申し訳ないね」

「いやいや、そんな! 伊織には修行とかで世話になりましたし、蓮には俺もアーシアも命を救われてます。ちょっと神様達の前で蓮は危険じゃないって言うくらい何て事ないっすよ!」

『相棒の言う通りだ、崇矢。あの時、相棒が覇龍になっていれば、今頃俺は新たな宿主のもとへ転移していただろう。今を気に入っている俺としても、お前の息子達には感謝している』

「そうかい? それならいいのだけど」

 

 終始穏やかな笑を浮かべる伊織の父親に、やっぱり落ち着きが違うなぁ~と感心半分照れくささ半分で頭を掻く一誠。同時に、伊織が話した事のない父親と、頻繁に会話している事に僅かな罪悪感も抱く。“せめて”というわけではないが、一誠は、力の可能性を探る一方で、崇矢に伊織の話をよく話していた。それもあってか、今ではかなり気さくに話し合える仲となっていた。

 

そんな一誠達に、突如、新たな声がかかった。

 

「ちょっと、崇矢。いつまで待たせる気なの?」

 

 一誠が驚いたように、その声のした方へ視線を向ける。そこには金髪のスレンダーな美人がいた。その女性の表情には感情が浮かんでおり、その事に一誠は更に驚く。

 

「ああ。済まない。息子の話になるとついね。一誠くん。紹介しよう。彼女はエルシャ。歴代でも一、二を争う強者だった。奥の方で引き篭っていたのを何とか連れ出せたよ。まぁ、もともと意識はあって乳龍帝に興味があったようだから、いずれ出てきたかもしれないけれど」

「そうね。私もベルザードも、乳を突いて禁手に至った時には目を剥いたわ。意識が失われそうだったベルザードなんて一時的に復活したしね。しかも……ぷふっ、乳龍帝おっぱいドラゴン……くふっ」

『笑えよ……好きに笑えばいいだろうぉ!! どうせ俺は子供に大人気のおっぱいドラゴンだぁ!! うぉおおおおおん!!』

「ドライグぅ! 天龍だろぉ! 泣くなよぉ」

 

 白い空間に天龍の泣き声が木霊する。しばらくしくしくと泣き続けていたドライグだが、一誠達の懸命の慰めによってどうにか持ち直して話の続きが出来た。

 

 元々、一誠の成長に興味はあったものの、大切な者を失って力に呑まれそうになった一誠に不安も感じていたエルシャとベルザード。そんな二人を説得したのが一誠と交流を続けた崇矢だった。

 

 結果、一誠は、エルシャから“赤龍帝の可能性が詰まった宝箱”を受け取ることになった。以前、魔王の一人アジュカ・ベルゼブブからイーヴィルピースに関連する“鍵”を受け取った事があり、その鍵で可能性の箱を開けられるという事だった。

 

 崇矢やエルシャが見守る中、そっと鍵を開ける一誠。次の瞬間には、光に視界を塗りつぶされ、強制的に現実世界へと戻されてしまった。

 

 新幹線の中で、ドライグから“一誠の可能性”は逃げ出したと聞かされ悲鳴を上げる一誠だったが、必ず戻ってくると聞かされ不安を抱きながらも一応納得する。

 

 そして、そうこうしている内に、駒王学園修学旅行組は京都駅に到着するのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 修学旅行三日目。

 

 一誠達は、現在、二条城の近くの茶屋で和菓子に舌鼓を打っていた。

 

 初日に伏見稲荷に行き、夜は風呂場を覗くため修羅場を繰り広げ、エロ仲間の目を盗んでアーシア達とイチャイチャし、二日目に入っては清水寺を満喫して、恋愛クジで一喜一憂し、銀閣寺が銀色でない事に絶望するゼノヴィアに軽く引いて、金閣寺が金色である歓喜する。三日目の今日は、天龍寺で別の班であった佑斗と合流し、渡月橋でやはりアーシアとイチャイチャしながら二条城まで来たという具合だ。……実に、青春である。

 

「なぁ、木場。待ち合わせの場所ってここで間違いないんだよな?」

「うん? 間違いないよ。確かに、この店だ。時間的にもそろそろだと思うけど……」

 

 そう言って腕時計に視線を向ける佑斗。二人の会話通り、一誠達はただの休憩でこの店に入ったのではなく、蓮の処遇に関する会議に赴くため、その迎えを待っているのである。

 

「イッセーさん。桐生さん達はどうしましょう?」

「それだよなぁ~。まぁ、上手く言って誤魔化すしかないか」

 

 一誠に寄り添うアーシアが、困ったような表情をする。一誠も同じだ。ゼノヴィアとイリナなどは、佑斗の班の女子がいるとは言え、エロ二人組と残される同じ班の女子桐生藍華に、同情の眼差しを向けている。

 

 と、その時、不意に周囲の景色が色褪せ出した。同時に、一誠達以外の人間がスっと風景に溶け込むように消えていく。

 

「な、なんだ!?」

「これは……」

 

 思わず立ち上がって周囲に視線を巡らせる一誠。他のメンバーもどこか警戒したような表情で席から立ち上がった。

 

 そこへ、聞き覚えのある声が響く。

 

「悪い。驚かせたか」

「っ、伊織!」

 

 そう、その声の主は伊織だった。一誠達の表情から警戒の色が抜け落ちたのを見て、苦笑い気味に驚かせた事を謝罪する。

 

「一般人がいると面倒だからな。空間を切り取らせてもらった。それと、同級生達については心配しなでくれ。ミクの分身体と神器で五人分のダミーを送ってある。一誠達がいなくなったことにも気がついていないだろう」

「ま、まじかよ。スゲーな……」

 

 伊織の説明に、悩みの種が勝手に解決していたと知り感心するやら驚愕するやらで一誠達は目を白黒させる。

 

「今回は悪いな。修学旅行中だっていうのに、俺達の為に貴重な時間を貰ってしまって」

「いや、ホント気にしないでくれ。むしろ、呼ばれなかった方が気にしちまうよ」

「そうか。そう言ってもらえると助かる。既に、リアスさん達は異界へ入ってる。これから案内させてもらうよ」

 

 一誠の気軽な返答に他のメンバーも頷いた。それに微笑む伊織は、一誠達を促すと転移魔法を使って異界へと跳んだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 異界へ案内した一誠達に、先に来ていたリアス達やアザゼル、セラフォルー、サーゼクスを引き合わせ、更に、八坂や九重を紹介する。自分の事だというのに、ギリギリまでPCにかじりついて離れない蓮にジャーマンスープレックスをかましつつ、それぞれ歓談していた伊織達は時間になったので会議場へと移動した。

 

 会議の場所は異界にある老舗の旅館だ。温泉と日本庭園が素晴らしい。少し前からほとんどの神仏が到着していたのだが、きっと西洋にはない独特の雰囲気と風情を持つ日本の美を大いに堪能していたに違いない。

 

 そんな神仏達が既に集まっている会場に、伊織、ミク、テト、エヴァ、そしてある意味主役である蓮が入る。

 

 部屋に入った瞬間、一斉に向けられる数々の視線は、流石神仏というだけあってそれだけで物理的圧力すら伴っていた。視線に含まれる感情はそれぞれだ。胡乱なもの、緊張を孕んだもの、面白げなもの、興味深げなもの……

 

「さて、それではメインが来たことですし、始めましょうか」

 

 司会進行を務めるのは天界はセラフの一人――熾天使ミカエルである。

 

 ミカエルの進行で、まず、妖怪側の同盟への参加が話し合われ、八坂の賛同のもと直ぐに合意に達した。細かい話は、セラフォルーと数日掛けて詰められていくだろう。次に議題に登ったのは、今回の曹操達が起こした騒動の顛末と、曹操達の処遇、そして神滅具の扱いだ。

 

 顛末については当事者である伊織達が直接説明をした。伊織の【覇輝】破りについては、かなり胡乱な眼差しが向けられたが仕方のない事だろう。同時に、ミク達の神器についてや、ミクが魔剣帝グラム等を所有している件も報告がなされた。

 

 そして、ついにメインの議題。蓮について今までの事が伊織の口から報告されていく。二年前の事件から、今回の事件まで。ほぼ蓮の正体がバレた時にアザゼル達に対して行った説明の内容と同じだ。

 

 途中、予定通り、一誠達やサーゼクス達に確認が行われた。蓮が、身を持って赤龍帝達を守ったという点について懐疑的な視線も向けられたが、ドライグ本人と魔王、そして堕天使の総督、更にはタンニーンの認証が入った証明書まで出てきたので信じ難い気持ちを持ちつつも、取り敢えず認めようという雰囲気となった。

 

「それで? 【魔獣創造】はこれからどうしてェんだ? このまま龍神ちゃんと“家族ごっこ”がしたいのか?」

 

 一通り話が終わった後、帝釈天が揶揄するように頬杖を付きながら伊織に水を向ける。わざわざ“家族ごっこ”を強調する辺り、実にいい性格をしている。

 

 伊織は、安い挑発だと受け流しながら静かに答えた。

 

「はい。帝釈天様。二年前から蓮は既に“東雲”であり、家族です。それはこれからも変わりません。誰が何と言おうと」

「“誰が何と言おうと”ねェ~。お前さんよォ。意味分かって言ってんのか?」

「もちろんです。家族を守るのに、躊躇う事などありますか?」

「おぉおぉ、言うねェ? えぇ? 虎の意を借る狐ってわけでもなさそうだしなァ」

 

 楽しげに、しかし瞳の奥には凍えるような冷たさを宿して帝釈天が神気を伊織に叩きつける。瞬間、蓮が反応しそうになったが、伊織はそれを片手で制止し、【練】によって高めたオーラで【纏】を行った。

 

 神の気当たりを前にすれば人間の気など木っ端に等しいが、それでも伊織の極まった【纏】はしっかり伊織の意識を繋ぎ留め、神気を受け止めるのではなく流していく。一瞬で行われた美しさすら感じさせるオーラの扱いに、帝釈天が「ほぉ」と更に楽しげに頬を歪めた。その後ろに控えている闘勝戦仏――孫悟空も顎を摩りながら感心したような眼差しを伊織に向けた。

 

 伊織は、帝釈天の意図が、伊織に危害が及んだ場合の蓮の反応を見るという点にあると見抜いていたので、内心ボルテージが上がっている蓮の頭をくしゃくしゃと撫でながら宥める。それに目を細めて気を落ち着かせる蓮。

 

「……なるほどねェ。こいつはたまげた。実際目にしても、未だに信じ難いぜ」

 

 そんな親密で遠慮のない伊織と蓮のやりとりに、帝釈天が天を仰ぐ。実際、長い生の中でも、一、二を争う驚きだった。オーフィスの、あんな心底綻んだ表情など想像も出来なかったのだから仕方ない事だろう。

 

 他の神仏達も、されるがままに伊織に撫でられる蓮を信じられないといった表情でマジマジと見つめている。

 

「ほっほっほっ、本当に、長生きはするもんじゃのぅ。このようなオーフィスを見ることが出来るとは思いもしなかったぞ? ふむ。わしは、このまま東雲伊織に任せてよいと思うが、他の者はいかに?」

 

 北欧の主神オーディンが、顎鬚を撫でながら楽しげにそう言う。以前、直接伊織と話たこともある事から、伊織達が危険思想のもと【無限の龍神】の力を使って良からぬ事をするかもしれないという考えは否定したようだ。

 

「もちろん、私は、賛成だよ。伊織くんはカオス・ブリゲードのテロの関して多大な貢献をしている上に、日本妖怪からの信頼も厚い。何より、【無限の龍神】をこちら側に引き込んだという功績は決して無視できない。私は、東雲伊織と東雲蓮を信頼しよう」

 

 オーディンの呼びかけに魔王サーゼクス・ルシファーが真っ先に結論を示した。

 

「俺もだ。伊織達とはそれなりに長い付き合いだが、こいつを信頼できねぇなら誰も信頼できねぇのと同じだ。大体、蓮の変わりようといったら……もう、伊織達以外にゃあ手に負えねぇよ」

 

 続いて、苦笑い気味にアザゼルが蓮の現状を認める意を示した。もっとも長い付き合いであるが故に、その表情には言葉通り深い信頼が宿っている。

 

 その後も、魔王セラフォルー・レヴィアタン、ミカエル、帝釈天と続いて各神話の神仏達が蓮の現状とこれからを認める意を示した。カオス・ブリゲードとの縁は切れていると、自分達の和平同盟側にいるのだと認めたのだ。

 

 例え、彼等が認めなくても蓮との生活を諦めるつもりなど微塵もなかった伊織だが、それでも神仏と事を構えるなど冗談でも勘弁なので内心でホッと胸を撫で下ろした。蓮はどこ吹く風といった様子だが、傍らに控えるミク達も安堵したように頬を緩めている。

 

 しかし、そこで水を差す存在が現れた。

 

《……私は反対です》

 

 アザゼルが、その相手に対し剣呑に目を細めて問い返す。

 

「……何故だ? プルート」

 

 最上級死神プルート。それが伊織達と蓮との関係を否定した者の正体だ。道化師のような仮面に装飾されたローブを羽織っている。冥府の神ハーデスの右腕的な存在だ。普段はほとんど姿すら見せない伝説的な存在である。本日の会議に参加した事も驚かれたくらいだ。

 

《龍神と神滅具所持者が通じる……余りに危険です。確かに、オーフィスの有様には驚かされはしましたが、逆に言えば、【魔獣創造】が翻意すればオーフィスもまた無条件に従うという事でしょう。それは、利害関係でのみ繋がっていたカオス・ブリゲードの者達より危険なこと》

「……だったら、てめぇはどうするべきだってんだ?」

《そうですね。では、オーフィスの力を減じるというのはどうでしょう? 【無限の龍神】としての力が危険なのですから、その力そのものを無くしてしまえば問題ないでしょう》

「てめぇ、それはっ!」

 

 プルートの真意を察してアザゼルが怒りに顔を歪める。結局のところ、サマエルで奪えなかった力を公然と頂こうという提案だ。サマエル召喚の許可を出した時点で、ハーデスが蓮の力を奪おうとしていた事は自明の理。この会議に、右腕たるプルートを送り込んだのも、蓮を狙っての事なのだろう。

 

《何か問題でも? オーフィスがただ人としての生活をしたいというのであれば、むしろ力など不要でしょう? それを冥府が管理して差し上げようというのです。これはハーデス様の御厚意ですよ》

「いけしゃあしゃあとっ!!」

 

 プルートは、アザゼルから顔を逸らし伊織の方を向いた。

 

《他の方々に、オーフィスの力を取り出す術はないでしょう。どうですか、【魔獣創造】。あなたに危険思想がないと言うなら、この提案、受けて頂けますね?》

 

 他の神仏は皆黙って事の推移を見守っている。十中八九、蓮の力を冥府に預ける等という事を許すつもりはないだろうが、それでも、サマエル以外に蓮の力を奪える手段はないので、それだけ冥府に任せた後、力の処遇を改めて話し合うつもりなのかもしれない。世界から、聖書の神ですら手に負えないようなドラゴンがいなくなることは、他の神話にとっても望むところなのだろう。

 

 サーゼクスだけは、アザゼルと同じく剣呑な眼差しをプルートに向けていたが、取り敢えず、矛を向けられた伊織に任せるようだ。

 

 そして、プルートに水を向けられた伊織は、プルートの、引いてはハーデスの蓮への執着を理解した上で、ニッコリと微笑みながら断言した。

 

「もちろん、お断りします」

《……おや、それはつまり、オーフィスの力を使う予定があるということでしょうか? 危険ですね。とても危険な兆候です》

 

 道化の仮面が、どこか不気味な影に染まる。伊織を追い詰めるように、言葉が紡がれる。

 

 しかし、当の伊織は微笑んだまま、真っ直ぐプルートと見返した。

 

「ええ、危険です。この世はとても危険なんですよ、プルート様。何せ、最重要封印指定の囚人を、あっさりテロリスト如きに奪われてしまう無能がわんさかいるのですから」

《……》

 

 伊織の返しに、アザゼルとサーゼクスが「ぶふっ」と吹き出した。

 

 伊織は、サマエルの召喚がハーデスの許可のもとに行われたと分かっていて、敢えて、奪われたと表現した。召喚許可を出した等と口が裂けても言えない冥府側の事情を知った上で、奪われたと断じ、それはそれで無能だと言っているのだ。プルートは、それを否定できない。否定はイコール、各神話への裏切りの発覚に繋がるからだ。

 

 沈黙したプルートに、嫌味な言い方をした自分を恥るように苦笑いを零した伊織は、咳払いを一つして、今度は凪いだ水面の如き静かな表情と眼差しをプルートに向けた。

 

「プルート様。私は、今日、皆様に蓮の事を、これからの生活の事を認めて貰いたく参上しました。それは、その方法が一番平和的だからです。……しかし、万が一認めてもらえずとも、一切、引くつもりはありませんでした」

《……まるで我々と敵対することも辞さないと言っているように聞こえますが?》

「はい、その通りです」

《……あなたは……》

 

 神々を前にして余りに堂々とした宣言した伊織に、流石のプルートも絶句した。他の神々の視線も伊織に向く。不遜とも言える言葉に、目を細める者も多い。

 

 そんな中、伊織の言葉は続く。静かな声音であるのに、やけに明瞭に響くそれは、するりと神々の内へと反響していく。

 

「蓮は家族です。共にあろうと二年前に誓いました。それが違えられる事はない。これは、決して譲れない私達の一線なのです」

 

 伊織の言葉に意志の力が、魂の輝きが宿っていく。

 

「平和的に解決できるならいい。ですが、神々が私達家族を引き裂こうと決断したのなら、私達は不退転の決意を以て神々に挑むつもりでした」

《……傲慢ですね。これだけの神仏を前に勝てるとでも?》

「勝率なんてものを、神に挑もうという大馬鹿者が気にするとでも?」

《……》

 

 見るものが見れば分かる。今や、伊織の魂の輝きは太陽の如く。その紡がれる言葉は既に言霊だ。

 

「蓮の力を奪っても、その身が龍神のものであることに変わりはなく、良からぬ事を企む者は必ずいる。そうでなくても、理不尽は生きる者にとって隣人。生きるためには、力が必要なんです。故に、決して奪われるわけにはいかない」

 

 伊織は、その強靭な意志の炎が宿る眼差しを真っ直ぐプルートに向けながら、更に、その奥にいるハーデスすら射貫く力強さで宣言した。

 

「私達には覚悟がある。貴方は、貴方方は、どうだろうか?」

 

 その静かな問い掛けに、プルートは答えなかった。あるいは答えられなかったのか。超常の存在は、大抵の場合、その強さ故に享楽的であることが多い。譲れぬものの為に身命を賭す覚悟といったものとは余程のことでもない限りないのが普通なのだ。

 

 だからこそ、極稀に見せる弱者の圧倒的な輝きに魅せられるのかもしれない。不遜な発言をした伊織に、怒りの矛を向けない程度には。

 

 沈黙が会場を支配する。先程まで蓮に集まっていた視線は、今や、伊織が独占していた。ほとんどの神話の神仏が伊織の放つ輝きに視線を吸い寄せられ凝視している。帝釈天やオーディンなどは、実に楽しげな表情であり、魔王方は少し欲望的だ。

 

 その静寂を破ったのはサーゼクスだった。

 

「プルート殿。我々は、サマエル召喚の件について、冥府とカオス・ブリゲードの関与を疑っている。その冥府に、蓮殿の力を預けるというは決して認められない事だ。まして、どんな理由があろうとサマエルの封印を解く事は決して許されない。これは、全ての神話における神々の総意だ」

 

 サーゼクスが視線を巡らせると、神仏達は肯定するように頷いた。それを確認して、サーゼクスは続ける。

 

「カオス・ブリゲードとの関与が否定されるまで、冥府側に発言力があるとは思わないでもらおう。そして、蓮殿や伊織君達に手を出すというのなら、この私が直接相手になる」

 

 サーゼクスの厳しい視線がプルートに突き刺さる。溢れ出る滅殺の魔力が否応なしに本気であることを物語っていた。

 

 そんなサーゼクスに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらアザゼルが賛同する。

 

「ついでに堕天使の総督も相手になるって覚えとけ」

「魔法少女レヴィアたん☆も蓮ちゃん達の味方だよぉ!」

「当然、日本の妖怪も敵に回すと思って貰って構わんのぅ」

 

 セラフォルーと八坂も宣言した。更に、赤龍帝の一誠やリアス達、そしてオーディンまで伊織達に味方すると宣言した。

 

 半ば、四面楚歌の状態に黙り込んでいたプルートは黒い靄のようなものを纏い始める。

 

《……【魔獣創造】と【無限の龍神】は随分と人気があるようですね。主に伝えておきましょう》

 

 それだけ言うと、黒い靄と共に姿を消してしまった。どうやら転移魔法で冥府に戻ったようだ。オーフィス奪取の命令を受けていたのだろうが、取り敢えず、ハーデスに事の次第を伝える事にしたらしい。

 

 プルートが去って、僅かに空気が弛緩する。伊織も、頬を緩めた。そして、味方をしてくれると宣言してくれたサーゼクス達に深々と頭を下げ感謝の言葉を述べた。

 

 そんな伊織へ帝釈天が再び声をかける。

 

「それにしても、随分な啖呵を切ったものだなァ。神々に挑む覚悟でこの場にいるってか。ヨォ、【魔獣創造】。その大言に見合った実力があるのか、いっちょ俺らに見せてみろや」

「……どういう事でしょう?」

「なに、中々見所のありそうな人間だからなァ、興味があんのよ。神仏に挑むことに躊躇いがなく、【覇輝】まで自力で破った何て聞かされちゃあ、この目でその実力を確かめずにはいられねェ。それに、死神野郎ォが言ってた事はあながち的外れでもねぇだろ? 今のお前さんは兎も角、これから先心変わりしねぇ保証はない。ならよォ、実際に戦って、手の内の一つや二つ晒しとけや」

 

 どうやら、会議の結果に関わらず、伊織達を戦わせる提案をするつもりだったようだ。神仏達の中で、秘匿性の高い伊織達の戦闘を実際に目にしたのは、魔王達とアザゼル、九尾、そして一誠達だけ。全員、伊織に対してそれなりに親しい間柄だ。報告内容を嘘と断じるつもりはないのだろうが、やはり、己の眼で確かめたいのだろう。

 

 帝釈天は、背後に控えている闘戦勝仏――孫悟空に視線を向ける。

 

「東雲伊織。うちの先兵とやりあってみな。この猿はめっぽう強ぇからな、どこまでやれるか見せてみろ」

 

 小さな猿のような老人が苦笑いする。他の神仏達も、伊織達の戦闘に興味があるようで特に反対する素振りは見せない。蓮を自分達の側に引き込んでおくために、懐いているなら伊織に管理を任せようという判断をしていたのだろうが、それはやぶ蛇を突きたくないという感情からくるもので、やはり危機感がないわけではないようだ。

 

 しかし、対戦相手に選ばれた闘戦勝仏は、顎をさすりながら少し思案する素振りを見せると、逆に提案をした。

 

「ふむ、折角だがよぉ、【魔獣創造】の相手は、【赤龍帝】の坊主がしてみたらどうだぃ?」

「へっ? お、俺!?」

 

 いきなり水を向けられた一誠が自分を指差しながら狼狽したように声を漏らした。帝釈天もどういうつもりかと片目を眇める。

 

「なに、こんなジジイが相手するより、同じ神滅具所持者であり、同年代の坊主同士の方が相応しかろう。互いにいい影響を与えそうってこった。まぁ、実力に開きがありそうだからなァ、何なら紅髪の嬢ちゃん達全員と【魔獣創造】の坊主って事でどうだぃ?」

「ほぉ、うちのリアス達と伊織くんか……確かに、リアス達にとってもいい経験になりそうだ」

 

 孫悟空の提案に、面白そうだとサーゼクスが賛同の意を示した。妹の眷属である一誠の成長のためにも、同年代で先を行く伊織との対戦はためになると考えたのだろう。リアス達が「えっ? えっ!?」と困惑している間に、アザゼルやセラフォルーまで賛同しだし、結局、リアス眷属VS伊織一人という「何それ、イジメ?」という対戦が決定してしまった。

 

「はぁ、どうしてこうなった……」

 

 盛り上がる会場を尻目に伊織の呟きが虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

取り敢えず、蓮ちゃんがバレたことに対するアクションを一つ。
それと、このままでは一誠がサイラオーグの旦那に瞬殺されそうなので、パワーアップフラグを。

明日も18時更新予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。