神滅具【幽世の聖杯】
それは生命に関する能力を持つ神器であり、生物を強化したり魂から肉体の再生を行ったりすることが出来るというものだ。但し、その理の一端に触れるような能力故に、代償として精神が汚染され見えてはいけないものが見えるようになってしまうらしい。
そんな危険な神滅具に目覚めてしまったヴァレリーは、ツェペシュ派の吸血鬼が揃って肉体を強化した事からも分かる通り、その乱用から酷く精神を汚染されてしまっていた。辛うじてギャスパーと語り合う事は出来るが、ふとした瞬間に負の気配漂う虚空と会話を始めてしまうのだ。
そんな大切な幼馴染の悲惨な姿にホロホロと涙を零すギャスパーを横目に、アザゼルが怒りを宿した眼差しでヴァレリーの隣に立つ男――宰相にしてクーデターを起こした首魁、同時にヴァレリーの兄でもあるマリウス・ツェペシュに事の次第を問い詰める。
マリウスは、はぐらかすこともなく、あっさり答えた。すなわち、聖杯の研究がしたいから、邪魔な王族を排除するためクーデターを起こし、壊れることも厭わず妹は実験台にしたのだと。悪びれる様子など微塵もなく、たっぷりの悪意と冷笑を持って。
「ヴァレリーを、ヴァレリーを解放して下さい! お願いします! これ以上、ヴァレリーを傷つけないで!」
悪意を撒き散らすマリウスにギャスパーが叫ぶ。悲痛そのもの叫び。大切な仲間のそんな声に、そして嫌悪感を抱かずにはいられないマリウスの所業に、リアス達が怒りに震える。
「いいですよ? 解放しましょう」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、構いません。ただ、女王という立場を即位して直ぐに返上するのは体裁が悪いので、少し時間は頂きますが……ヴァレリーには随分と頑張ってもらいましたからねぇ。いい加減、聖杯からも解放して上げますよ」
その言葉に、困惑するヴァレリーと歓喜するギャスパー。
しかし、その真意に気がついている者は、余りの悪意に身震いする程の怒りを覚える。マリウスは、聖杯を強制的に抜き取る気なのだ。そんな事をすればヴァレリーが絶命すると分かっていながら、気がつかずに喜ぶギャスパーを冷笑しながら。己の、聖杯を研究したいという欲求の為に、全てを踏みにじろうというのだ。
アザゼルが額に青筋を浮かべながら口を開こうとしたその時、機先を制するようにマリウスに問いかける者がいた。伊織だ。
「聖杯を抜き取る気なんだな? 妹が死ぬと分かっていて、ギャスパーの求めるものが何か分かっていて、止める気はないんだな?」
「おや、人間如きが随分な口の利き方ですねぇ。まぁ、いいでしょう。君の言う通りです。死という安らぎを与えてやるのですから、私ほど、妹思いの兄もいないでしょう」
その言葉に、ギャスパーの表情が凍り付いた。ようやく、マリウスの真意に気がついたのである。リアスが、気遣うようにギャスパーの手を握る。当のヴァレリーは曖昧な笑みを浮かべたままだ。
伊織は、マリウスの悪意などまるで意に介さず、その静かな瞳をヴァレリーに向けた。
「ヴァレリーさん。一つ聞かせてくれ」
「私? ええ、何かしら?」
焦点の定まらぬ濁った瞳を向けるヴァレリーに、伊織は最後の確認をする。
「ギャスパーが貴女を求めている。貴女はどうだ? 陽の光のもと、彼と生きたいと思うか? この冷たい場所を飛び出して、温かな生を生きたいと思うか?」
「え、えっと、私は……」
伊織のいきなりの質問に戸惑ったように眉を八の字にするヴァレリー。そんな彼女に、ギャスパーが叫ぶ。泣きべそを掻いた声音ではない。立派な男の声だ。
「ヴァレリー! 一緒に行こう! 一緒に生きよう! 楽しい事も、温かい事も、優しい事も全部教わったんだ! 今度は僕がヴァレリーに教えてあげるから! だから! 一緒に行こう!」
「ギャスパー……そうね。そう出来たら、とても素敵だわ。貴方とお日様の下を歩くのが、私の夢だったの」
「ヴァレリー!」
感極まったように嬉し泣きするギャスパー。ヴァレリーもどこか力の宿ったように見える眼差しで一心にギャスパーを見つめ返している。
「ギャスパー……よく言ったわ! それでこそ私の眷属よ!」
「流石、グレモリー男子だね。格好良かったよ」
「へっ、言うようになったじゃねぇか」
リアス、佑斗、アザゼルがそれぞれギャスパーに称賛の言葉を送る。伊織とエヴァも、よく言ったと感心の眼差しを送った。
「エヴァ、出来るか?」
「……実際に触れてみんと分からんが、問題ないだろう。以前やった事とやることは変わらんからな。まぁ、どうとでもしてやるさ。任せろ」
「ああ、任せる。邪魔はさせない」
会話の内容が分からず眼に困惑を乗せるアザゼル達。そんな彼等――正確にはギャスパーに向かって伊織は静かな、されど確かな意志の炎を宿した眼差しを向けた。言葉はなくとも、明確に伝わるそれ。
すなわち、
――救おう
頷いて強い眼差しを返すギャスパーに頷き返して、伊織がスッと前に出る。
今の今まで、当事者の一方からだけしか情報を得ておらず、吸血鬼の内部抗争ということで詳しい事情が分かるまではと大人しくしていた。あるいは、ヴァレリーという女性も、自ら国の為に立ち上がったのではないかと考え安易な行動に出なかった。
しかし、もう十分だった。知るべき情報は手に入れた。やるべき事は理解した。誰が悲鳴を上げていて、誰が救いを求めていて、誰を打倒し、何をすべきなのか……救うべき者の守護を誓った男――東雲伊織が動き出す。
「? 何のつもりだい? 人間如きが、まさ『黙れ』っ、何だって?」
「黙れと言った」
視線すら向けない伊織の言葉に、マリウスの額が青筋を作った。家畜同然の人間に、相手にすらされていないと察し、怒りが湧き上がる。
「どうやら口の利き方を教育して上げる必要があるようだ。授業料は、取り敢えず、手足でいい」
マリウス他、側近と思しき数人の吸血鬼達が、身の程をわきまえない人間に格の違いを見せようと動き出そうとした。
その瞬間、
「っ、何だこれはっ!?」
「う、動けんだと!?」
「ま、魔法か? しかしっ」
「くそっ、離せっ!」
濃紺色の光の円輪が全ての吸血鬼達の四肢を一瞬で拘束し空中に磔にした。
――捕縛魔法 レストリクトロック
更に、
「アルス・ノーバ・アド・リビドゥム 小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ 時を奪う 毒の吐息を 【石化の息吹】」
動けない吸血鬼達に向けて石化の白煙が襲いかかった。不死身に近い肉体を持っていても、エヴァが氷柩に閉じ込めたように、石化させてしまえば問題ないという事だ。
突如発生した煙に危機感を感じたのかマリウスが叫んだ。
「た、助けなさい! 早く!」
「ッ!?」
刹那、伊織の危機対応能力が盛大に警鐘を鳴らした。即頭部を無数の針で突かれたようなピリピリした感触。一瞬のタイムラグもなく、体に染み付いた動きのまま身を沈めた伊織の頭上を豪風が通り過ぎる。
その正体は腕だった。黒いコートを羽織った金と黒のオッドアイの男が伊織に奇襲をかけたのだ。その男は、伊織が完璧に反応したことに僅かに目を見開く。しかし、すぐに視線を逸らしてマリウスのもとへ行き、腕の一振りで豪風を発生させ石化の白煙を吹き散らしてしまった。
ついでに、その爪でマリウスを縛る円輪も破壊する。
マリウスは拘束されていた手首を撫でながら、煙が晴れた先で石化している同胞に視線をやり、ついで傍らに静かに佇む黒コートの男を見て、ニヤリの悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「ふっふっふ、少し焦りましたが、彼が来た以上、もう私に危害は加えられない。随分とふざけたことをしてくれましたね。私の代わりに国を動かす役目があったというのに……クロウ・クルワッハ、彼等の石化、解除できますか?」
「俺の専門外だ」
静かに答える男は、その雰囲気にあった静かなオーラを纏っている。しかし、それは伊織をして冷や汗を流さずにはいられない常軌を逸したレベルの密度を誇っていた。鍛錬の時に感じたことのある蓮に次ぐ異常なプレッシャー。伊織の本能が、先程から警鐘を鳴らしっぱなしである。
「クロウ・クルワッハだと!? 馬鹿な……いや、聖杯の力で……一誠からの報告でもグレンデルが復活したと言っていたな。くっそたれ、奴らこんな奴までっ」
アザゼルが、伊織と同じく冷や汗を流しながら悪態交じりに呟く。正体を知っているらしいアザゼルに、伊織が黒コートの男から視線を逸らさずに尋ねた。
「アザゼルさん、奴は?」
「……クロウ・クルワッハ。戦いと死を司るドラゴン。かつて、
アザゼルが静かに忠告をする。しかし、伊織は、それには答えず、前進を再開した。止まる理由などなかったのだ。敵の巨大さなど、足を止める理由にならない。救うと決めたのだ。ここでマリウスを逃したら、ヴァレリーは連れて行かれるだろう。そうなれば、聖杯を抜き取られ彼女は死ぬ。
故に、誓いのままに、伊織は前進する。
クロウ・クルワッハが、僅かな興味の宿る視線を伊織に向ける中、突如、世界が色褪せた。石化した吸血鬼とクロウ・クルワッハが姿を消す。逆に、クロウ・クルワッハから見れば、突然、伊織達が消えたように見えただろう。
――結界魔法 封時結界
「な、何だこれはっ、結界? くそっ、クロウ・クルワッハはどこだっ」
冷静な態度が崩れ素が出つつあるマリウスを尻目に、伊織は険しい表情のまま右手に魔力を集束し始めた。
「お、おい、伊織、一体、どうする気で」
アザゼルが疑問の声を上げる。しかし、全て言い切る前に、眼前の空間に亀裂が入った。封時結界を外部から破壊して侵入しようとしている者がいるのだ。
それは当然、クロウ・クルワッハ。
伊織は、それを予想していた。あのドラゴンなら空間すら破壊してやって来るだろうと。
故に、
パキャァアアン!!
封時結界が破られるのと同時に、絶妙なタイミングで伊織の奥義【覇王絶空拳】が空間を破砕し、虚数空間に通じる穴を開ける。
正面から飛び込んで来たクロウ・クルワッハは、凄まじい勢いで己を呑み込もうとする眼前の穴に瞠目するように目を見開いた。咄嗟に、龍の翼を展開して呑み込まれまいと踏ん張る。
しかし、
「悪いが、少し向こう側に行ってもらうぞ」
伊織のそんな言葉が響くと同時に、突如、クロウ・クルワッハの足が掬い上げられた。
「ッ!?」
クロウ・クルワッハが驚いたように視線を向ければ、そこには極細の鋼糸がいつの間にか巻きついている。更に、大きく迂回するように飛ばされた誘導型の魔弾【アクセルシューター】が、これまた絶妙なタイミングでクロウ・クルワッハの肩と翼に直撃した。
クロウ・クルワッハにとって何の痛痒も感じない程度のものではあるが、それでも衝撃は伝わり体勢が勢いよく崩される。そう、これは言ってみれば、鋼糸と魔弾を利用した合気なのだ。
見事に体勢を崩されたクロウ・クルワッハ。その結果は当然、
「っ……面白い。必ず戻って来るぞ。人間」
その言葉を残して、クロウ・クルワッハは虚数空間に放逐された。
「ば、馬鹿な、クロウ・クルワッハが……最強の邪龍が……」
動揺をあらわにするマリウス。彼を護衛するものは既に何もない。焦った表情で、この場から逃亡しようとヴァレリーに視線を向ける。おそらく、聖杯だけは確保したいのだろう。
そんなマリウスの懐に、ぬるりと伊織が踏み込んだ。認識すら出来ず、すぐ眼前にまで一瞬で距離を詰められたマリウスの表情が「人間が風情がっ」と屈辱と怒りに歪む。そんな美貌でありながら、どこまでも醜いマリウスの、その瞳に自分が映っているのを見返しながら伊織は、激烈な震脚を行う。
地震のような衝撃と共に、静かでありながらも明確な怒りを宿した眼差しで真っ直ぐにマリウスを射抜く伊織は、巌のように固く握り締めた拳をマリウスの顔面に突き刺した。
ドパンッ!!
凄まじい衝撃音。
マリウスの頭部は弾かれたように地面へ叩き付けられ、小規模なクレーターを作り出す。それだけの威力がありながら、マリウスの頭部が原型を留めているのは、伊織の打ち方故だ。
衝撃のほとんどを内部――脳に伝える。聖杯の力で、ほぼ不死身であるマリウスならそれでも復活するかもしれないが、それでも肉体で一番デリケートな場所を破壊されたのだ。しばらく時間がかかるだろう。
クロウ・クルワッハを異空間へ放逐し、クーデターの首魁と一味を一瞬で無力化した伊織は、僅かに息を吐き、肩越しに指示を飛ばした。
「エヴァ、頼む」
「うむ、少し時間がかかるぞ」
邪魔者がいなくなった謁見の間を進み、エヴァがヴァレリーのもとへ駆け寄る。
「アザゼルさん、外交の問題もあるでしょうから、こいつ等の身柄は預けます。後をお願いできますか? 石化も後で解きますから、尋問すればカオス・ブリゲードとの繋がりも、新政府の所業も明らかに出来ると思いますが」
「お、おう。いや、まぁ、何だ。色々言いたいことはあるんだけどよ……うん、もう、伊織だからって事でいいわ。考えすぎたらハゲそうだ」
少し前は、クロウ・クルワッハ相手に自分が時間を稼いで他を逃がさねば! くらいの覚悟を決めていたのに、あっさり解決しやがってと疲れた表情で投げやりに言葉を発するアザゼル。
そんな中、ギャスパーが不安そうな眼差しを、神器を発動したエヴァと未だ厳しい眼差しを周囲に向け警戒心をあらわにしている伊織に向けた。
「あ、あの伊織先輩。ヴァレリーは……」
「ああ、大丈夫だよ。エヴァの神器で精神の汚染を回復させる。エヴァの禁手【輪廻もたらす天使の福音】は、魂にすら干渉し一定条件下では死者蘇生も可能だからな。魂から正常状態の情報を抽出し上書きする要領で精神を回復していけば……治るはずだ」
「ほ、本当ですか!?」
「大丈夫。エヴァが何とかすると言ったんだ。だから、大丈夫だよ。ギャスパー」
その力強い言葉を後押しするように、清廉な空気が謁見の間に満ちる。純白の光が蛍火のように舞い散りながら天へと登って行き、その光の中心でヴァレリーがどこか心地よさそうな穏やかな表情を浮かべていた。それに、安心したように涙ぐむギャスパー。急いで、自らも治療を受けるヴァレリーのもとへ駆け寄る。
それを見送りながら伊織は、ここにはいないはずの者に呼びかける。
「ミク」
「はい、マスター!」
打てば響くと言うように、伊織のコートの内側からぴょん! と体長十センチくらいの翠髪ツインテールの女の子――ミクが飛び出した。
「なっ、お前、連れて来てたのか! ってかそのサイズ、俺の時と同じ……【如意羽衣】か」
「ええ、ミクの分身体なら魔法による通信より確実に、リアルタイムで向こう側と情報を共有できますからね。ツェペシュ領に入った時点で、一誠達にもこちら事情を知らせるように言ってあります」
「はぁ~、そう言う事は言っておけよ。で、呼ぶんだな?」
アザゼルの呆れたような表情に、苦笑いで謝罪しつつ頷く伊織。
「はい。色々とやばそうな気配を複数感じます。さっきのクロウ・クルワッハも、そう掛からずにこちらへ戻って来そうですし、カオス・ブリゲードがこのまま何もせず吸血鬼領を放っておくとは思えません。……いい加減、こそこそ暗躍されるのも鬱陶しいですしね。ツェペシュの暴走を止め、カーミラを保護するついでに……潰しましょう」
伊織の瞳が剣呑に細められた。いい加減、カオス・ブリゲードに好き勝手されるのも終わりにしたいという思いがありありと伝わる。それは、アザゼル達も全く同じ気持ちだった。
「ああ、賛成だ。俺の予想が正しければ、厄介な奴がカオス・ブリゲードの頭を張ってるはずだ。一誠からも邪龍やグレイフィアの弟――ユークリッドの存在が報告されている。戦力は多い方がいいだろう」
アザゼルの言葉に、リアス達も頷く。吸血鬼領で暗躍しているカオス・ブリゲードをこの機会に打倒するのだ。その決意を瞳に宿す。未だ、ヴァレリーの治療が続く中、ミクが本体のミクと協力してベルカ式転移魔法陣を完成させる。吸血鬼領には侵入を拒む結界が張ってあるのだが、形式の全く異なる魔導で両側から繋げれば可能だ。
「行きますよぉ! 転移魔法、起動!」
プチミクが、高位転送魔法を発動すると正三角系の特徴的なベルカ式魔法陣が回転しながら浮かび上がった。翠色の魔力光が溢れ立ち上る。
そして、一瞬の爆発するような輝きの後、そこには一誠達グレモリー眷属とシトリー眷属のルガールとベンニーア、御使いのイリナ、そしてミク、テト、チャチャゼロ、蓮がいた。
みな、事情はミクを通して把握しているようで、ヴァレリーに心配気な眼差しを送っている。同時に一誠達グレモリー眷属はギャスパーの成長に誇らしげな眼差しを送っていた。
改めて集まった者達へ、マリウス派の強化吸血鬼達の捕縛と吸血鬼領で暗躍しているであろうカオス・ブリゲードの構成員の打倒ないし捕縛を説明しようとしたとき、不意に謁見の間の扉の方から声が響いた。軽い口調だが悪意を煮詰めたような声音だ。
「およよ? なになに、何なのこの状況、マリウスちゃんぶっ倒れてるし、クロウちゃんいねぇし、って、お~、アザゼルのおっちゃんじゃん。超おひさ~」
視線を向ければ、そこには銀髪の中年男性がいた。ニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべるその男は、異質で底知れないオーラを纏っており、何より驚くべきは魔王の衣装を身に付けていることだろう。
名指しされたアザゼルが、苦さと憤りを綯交ぜにしたような表情で相手の正体を叫ぶ。
「リゼヴィム・リヴァン・ルシファーぁ!! やっぱり、てめぇだったか!」
リゼヴィム・リヴァン・ルシファー――サーゼクスの前の魔王、前ルシファーとリリスの間に生まれた息子で聖書にも“リリン”の名で記載されている大悪魔だ。その力は当然魔王級であり、しかもサーゼクスやアジュカ・ベルゼブブと並ぶ“超越者”の一人である。
「んな恐い顔すんなよぉ、僕ちんチビっちゃうだろぉ」
「リゼヴィム、一体、何を企んでる。姿をくらましたお前が、なぜ、今更出て来た? カオス・ブリゲードを纏めて何をする気だ?」
アザゼルが直球で聞く。それに対してリゼヴィムは軽薄な笑みを浮かべたまま、その視線をエヴァとヴァレリーに向けた。治療はほとんど終わりかけだ。それを証明するようにギャスパーに寄り添われたヴァレリーが、確かな意思の輝きを放つ瞳と声音で警告の言葉を発する。
「皆さん、お気をつけ下さい! 彼は、聖杯の一つを所持しています。私の【幽世の聖杯】は三つで一つの亜種。彼は既に、私から一つを奪っているのです!」
「うひょお、ヴァレリーちゃん、マジで治っちゃったのかよ! スゲーなぁ、聖杯に汚染された奴が元に戻るなんて前代未聞じゃん! なになに、そっちの吸血鬼ちゃんがやったわけ? いいねぇ、どう? うちに来ない?」
リゼヴィムのテンションが気持ち悪いくらい上がる。一方でアザゼル達は驚愕に目を見開いていた。【幽世の聖杯】が三つもあるという時点でも驚愕ものだが、既にその一つをリゼヴィムが所持している事が最悪の事態を悟らせる。
それはつまり、悪意の塊のようなリゼヴィムが、自由に生命を弄べるということだからだ。もう限界だったヴァレリーで散々実験したあと、比較的安全に、邪龍を復活させたり、構成員の生命を強化したりしたに違いない。
「リゼヴィム、もう一度、聞くぞ。聖杯を奪い、伝説の邪龍を復活させ、カオス・ブリゲードを纏めて、一体なにをするつもりだ」
「ふっふっふ、気になる? アザゼルのおっちゃん、気になっちゃう? しょうがないなぁ~。いいよぉ、僕ちん、教えちゃう!」
そう言って邪悪そのものの笑みを浮かべつつ語り出したリゼヴィムの、そして率いる新生カオス・ブリゲードの目的は、とんでもない内容だった。
――異世界侵略
それこそが、彼等の目的だというのだ。数ヶ月前、一誠達が北欧の悪神ロキと戦った際、一誠は異世界の神を名乗る“乳神”の力を借りた。それが、確認されてはいないが存在が議論されていた“異世界の存在”を証明してしまった。
それが、永遠に近い長き生に飽きて生きる屍同然になっていたリゼヴィムの野心に火を付けた。すなわち、異世界を侵略し、蹂躙し、君臨する大魔王になってみたいという思いに。
しかし、次元を越えようにも、“次元の狭間”には最強のドラゴン【真なる赤龍神帝】がいる。異世界侵略の野望を成し遂げるには、かの存在が邪魔だった。だが、だからといって、リゼヴィム達に最強を退ける力などない。かの【無限の龍神】ですら無理なのだから当然だ。
その問題を解決する手段としてもたらされたのが、聖杯の深層から世界の果てに存在することが明らかになった黙示録の皇獣――666(トライヘキサ)を真龍にぶつけるというものだ。
聖書の神により、禁術を含めた数千の封印を施された真龍と並ぶ聖書の獣。それを聖杯と、同じくカオス・ブリゲードの構成組織である”魔女の杖”の神滅具所持者ヴァルブルガの【紫炎祭主による磔台】――聖十字架で解除しようというのである。
そして、新生カオス・ブリゲードと邪龍軍団、トライヘキサを率いて異世界侵略を成すのだという。
嬉々として己の野望を語るリゼヴィムの姿は無邪気で、それ故にどこまでも邪悪であり、一般的な人々の悪魔に対する認識をそのまま体現したようだった。
「ふざけんなよっ! そんなくだらない事の為に、邪龍なんて復活させて、学園襲って、あんな、あんなフェニックスのクローンを作るなんてひでぇ事を……それに、ギャー助の大切な人まで酷い目にっ」
怒声を上げたのは一誠だ。自分が呼び込んだ異世界の神から、こんな事態になるなんて思いもしなかった。一誠の責任など微塵もないが、それでも、何も感じないわけではない。やりきれなさと、リゼヴィムの身勝手で邪悪な思想に対する怒りが止めど無く湧き上がる。それは、一誠以外のメンバーも同じだった。
しかし、全員から嫌悪と怒りの眼差しを向けられても、むしろ心地いいといった表情で軽く返すリゼヴィム。
「ひゃははははは、な~に、怒ってんの? 怒っちゃってんの? お前ら悪魔だろう? 悪魔ってのは、外道で鬼畜で、邪悪で悪辣でなんぼだろうが。知ってるぞ? 正義のおっぱいドラゴンだっけ? お前さぁ、“悪魔”で“ドラゴン”の癖に何“ヒーロー”とかしちゃってんの? 気づけよ。それこそ異常だってなぁ。お前らも、ちっとは見習ってもいいんだよん? この僕ちゃんの正しい悪魔道ってやつをさぁ! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
哄笑を上げるリゼヴィム。自分のあり方に疑問を微塵も持たないどころか、むしろ誇りすら持っているようだ。そんな彼に、静かな、されど何処か挑発的な響きを持った声がかかる。
「異世界侵略か……なら、まずは俺を倒してからにしてもらおうか」
「ァん?」
進み出るのは、やはりこの男。東雲伊織だ。伊織の前進に合わせて、付き従うようにミク、テト、エヴァ、チャチャゼロがその背後に控える。
「おぉ、確か、【魔獣創造】の坊主だっけ? なになに、神滅具があるからって僕ちんに勝てるとか調子こいたこと思っちゃったわけ? それとも人間らしく、魔王様倒して英雄になりたい! とか思っちゃってる? ひゃは」
リゼヴィムの“超越者”としての能力は“神器無効化”。神器を強さの源にする者に対しては無敵を誇る。それ故に、神滅具所持者という点を除けば人間でしかない伊織が、木っ端にしか見えないのだろう。
「大外れだ。言葉通り、異世界を侵略したいなら、ます俺を倒してみろ言っているのさ。俺すら打倒できないようじゃ、異世界に行ったところでお前の野望は叶わないだろうからな」
「……さっきから、なに言っちゃんてんの? 異世界侵略と坊主に何の関係が――」
「俺は異世界を知っている」
リゼヴィムの表情が変わる。軽薄極まりなかった表情から緩みが消えて、代わりに興味の色が浮き出る。伊織達の背後でも一誠達が驚いたように伊織に視線を向けた。
伊織は語る。
「科学と魔法が融合し次元の海を自由に渡る世界を知っている。人間を極めたような奴らがわんさかといる世界を知っている。別の星に異世界を作っちまうような心配性の神がいる世界を知っている。俺は、そんな世界を渡り歩いて来た」
伊織が更に一歩、魔王のもとへ踏み出す。そして、強き眼差しと共に威風堂々と宣言する。
「リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。お前の目の前にいるのは、異世界からの来訪者――いや、その先鋒だと思え」
リゼヴィムが行き付くかもしれない世界が、伊織の知る世界とは限らない。十中八九、伊織も知らない世界だろう。
しかし、それでも、己の快楽のために暴力と恐怖をもって数え切れない悲劇を生み出そうというのなら、伊織が立ちはだからない訳がない。異世界の防壁となり、先鋒となり、悪意の尽くを砕いて見せる。己の立てた誓いのままに。
そんな壮絶な意志が、魔力もオーラも纏っていないのに伊織から尋常でないプレッシャーを放たせる。それは魂の力。輝く意志の力が、魔王をして無視できない圧力を感じさせる。
「うひょう~、これまた衝撃の事実だねぇ? 本当ならだけど。それで、異世界の先鋒くんは、俺をぶっ倒そうってわけだ。人間が魔王に挑んじゃうわけだ。ひゃひゃひゃひゃ、なにこれ、すげぇ盛り上がる展開じゃん。僕ちん、ちょっと感動。いいねぇ~、そんじゃあ、英雄くんがどこまでやれるか試してみようか?」
リゼヴィムは、哄笑を上げながら指をパチンと鳴らした。すると、彼の脇に立体絵像が現れる。そこには雪で包まれた城と城下町が映っていた。見覚えのある光景――それもそのはずだ。映っているのは数時間前まで伊織達がいたカーミラ領の光景だったのだから。
リゼヴィムは、その表情を邪悪に歪める。
「さぁて、俺は魔王らしく、この世界と異世界に混沌と破壊をもたらすつもりだ。止められるものなら止めてみな?」
その言葉と同時に、立体映像の中に黒い斑点が現れ始めた。それらは空を飛び交い、徐々に正体をあらわす。
「これは……黒いドラゴン?」
誰かの呟き。それを証明するように、黒いドラゴンはカーミラの城下町に向けて巨大な火炎を吐き出した。雪景色に包まれたカーミラの街が紅蓮に染まっていく。
「はいはい、大正解! これからあの黒いドラゴン軍団がぁ、吸血鬼ちゃん達を町ごと滅ぼしちゃいます! うひゃひゃ! すげぇーだろぉ!」
「なにをした、リゼヴィム!!」
「アザゼルのおっちゃんなら想像付いてるだろ? あれはな、強化吸血鬼ちゃんたちの成れの果てさぁ! 僕ちんが指パッチンすると、聖杯の力で黒い量産型邪龍に大変身!」
上機嫌なリゼヴィムの告白に、全員が絶句する。邪龍軍団を率いるとは、クロウ・クルワッハのような伝説の邪龍だけでなく、弱点を克服したいと集まった吸血鬼全てを邪龍に変えて軍団を組織する事を指していたらしい。
と、その時、伊織達のいるツェペシュの城に激震が走った。激しい衝撃と爆音が不協和音を奏でる。
「これはっ」
「あ~、言うの忘れてた。俺が指パッチンすると、ツェペシュ側の強化吸血鬼ちゃん達も邪龍化するんだった! というわけで、外では絶賛、邪龍くん達が大暴れしてます! まさに蹂躙激の始まり始まりぃ~……で? 大言吐いた坊主はこの惨状どうする?」
視界の端でマリウスが変貌し始めたのを確認しつつ、伊織は、右手に魔力を集束させた。
「アザゼルさん、マリウスは任せます。リアスさん、城下の人々の保護と避難を。 セレス、カートリッジロードだ」
「ちっ、しゃあねぇ、わかったよ」
「え? えぇ、わかったわ!」
「yes,my,master load,cartridge」
伊織は、ニヤニヤと笑うリゼヴィムを尻目に濃紺色の閃光を天井に向かって放った。バシュン! バシュン! と二発の薬莢が宙を舞う。
――直射型砲撃魔法 ディバインバスター・エクステンション
高密度に圧縮され減衰することなく対象を打ち抜くディバインバスターの発展型砲撃魔法。いわゆる壁抜き砲撃である。
天井をぶち抜き、上階の床、天井を尽くぶち抜いて外までの直通路を強引に作る。外から見れば、突然、城から濃紺色の閃光が飛び出し天を衝いたように見えただろう。
「エヴァ、チャチャゼロ、そこの魔王の足止めをっ!? このタイミングでか」
伊織が体を浮かせながら、エヴァとチャチャゼロにリゼヴィムの足止めを指示しようとした瞬間、にわかに鳴動が起こり、玉座近くの空間がひび割れ始めた。そこから、先程感じた尋常でないプレッシャーが溢れ出てくる。そう、放逐したはずの最強の邪龍が戻って来たのだ。この短時間で。
パキャァアアン!!
そんな破砕音と共に飛び出してきた黒コートとオッドアイの男――クロウ・クルワッハが、一瞬、謁見の間に視線を巡らせ、伊織を見つけるやいなや視認も難しい速度で飛びかかった。
本能の命ずるまま回避しようとした伊織の耳に、見知った家族の声が響く。
「ところがぎっちょん!!」
「っ!?」
伊織を引き裂こうと、龍の双腕を振りかぶったクロウ・クルワッハに、横合いから強烈な飛び蹴りが炸裂した。言わずもがな、我らの頼りになる龍神様である。
「っ、オーフィスだとっ!? なぜ、お前がっ!!」
「蓮と呼べ。伊織に手は出させない」
蓮は、チラリと伊織を見る(ドヤ顔)と、そのままクロウ・クルワッハに追撃をかけた。流星のように突っ込み体当たりをしたまま壁をぶち抜いて城の奥へと消えていく。
同時に、闇と氷の螺旋を描く砲撃がリゼヴィムに襲いかかった。
「うわぉ!!」
「伊織! この哀れな精神の中年は引き受ける! 行け!」
「ケケケ、魔王退治トハナァ、最高ニハイダゼ!!」
エヴァの【闇の吹雪】だ。先程の指示をきちんと聞いていてくれたらしく、それだけ伊織に告げると、テンションアゲアゲのチャチャゼロと共に、蓮と同じく壁をぶち破りながらリゼヴィムを引き離しにかかった。
「ミク、テト、行くぞ!」
「はい、マスター!」
「了解、マスター!」
伊織は無言でそれに頷くと、リアス達に視線を送り、ミクとテトを伴って天井から飛び出した。マウリスの邪龍をアザゼルが光の槍で突き刺し止めを刺す。吸血鬼領が存続の危機にあるのに外交の問題など語っていられないのだ。
「行くわよ、皆。吸血鬼とは言え、何も知らない人々を見殺しには出来ないわ!」
それを確認して、リアス達も伊織を追って飛び出していく。
空から見た城下町は酷い有様だった。高い建物は軒並み破壊され、あちこちで量産型邪龍が飛び交い、眼下の町に向けて強大な火炎を吐き出している。美しい町並みは、既に紅蓮に染め上げられていた。カーミラより、強化吸血鬼が多かったのも悲惨な現状の要因だろう。
「ひでぇ……」
一誠が、思わずといった感じで呟く。他のメンバーも気持ちは同じだった。そんな一誠達の更に上空から、突然、音が降り注いだ。
腹の底までに響くような、重厚で繊細な音楽。何事かと一誠達が上空を仰ぎ見れば、そこには黄金に輝くバリトンサックスを吹き鳴らす伊織の姿があった。極度の集中故に、額に青筋を浮かべながら町の隅々まで行き渡る程の音量で奏で続ける。
戦場には似つかわしくないオンステージに、一誠達は訝しむと同時に、かつて一瞬で行動不能にされたときの事を思い出した。目立つ伊織目掛けて、襲い来る邪龍の群れを、彼の最高のパートナー達が鉄壁をもって守りぬく。
突然の事態に恐慌を来たしていた町の住民達が素晴らしい音色に少し冷静さを取り戻し始めた頃、戦場全ての音を掌握した“音階の覇者”以上の力を持つ奏者は、その場で大きく仰け反った。ギラリと輝く眼光に、グワッと肥大化する胸部。有り得ない音を立てて吸い込まれる空気の量は異常。
その溜まりに溜まった空気が、次の瞬間、余すことなく黄金のバリサクへと注ぎ込まれた。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
天から轟音が降り注ぐ。発生した頗る付きの超衝撃超音波が秒速340mでツェペシュの城下町を奔り抜け、対象――全ての黒い邪龍のみを狙ってその脳髄を揺さぶり尽くした。硬い鱗も、強靭な肉体も関係ない初見殺しの殺人音楽。
空を飛んでいた全ての邪龍が一瞬体をビクン! と震わせると次いで力なく地上へと落ちていった。
「マジかよ……」
「……嘘、でしょう?」
「ははっ……もう笑うしかないね」
そんな呟きがリアス達の間から漏れ出す。そんな彼等に伊織の声が響いた。
「……流石、ドラゴンか。本気でやったんだがな。みんな、すまない。どれも仕留めきれていないんだ。しばらくは動けないと思うが、ある程度すれば回復してしまうと思う。今のうちに避難誘導と、止めを頼む」
「あ、ああ。そいつはいいが、お前は?」
アザゼルの少し引き攣った頬を見ながら、伊織は事も無げに答える。
「ここから、カーミラ側の邪龍共を撃ち抜く」
「「「「「「はい?」」」」」
全員の目が点になる中、伊織は両手を水平に伸ばした。そこに、そっと寄り添うようにミクとテトが手を重ねる。そして、一誠達が何事かと見守る中、異世界はベルカの真骨頂を示す呪文を紡いだ。
――ユニゾン・イン
――ユニゾン・イン
光の粒子となって伊織の内へと融合するミクとテト。見たこともない現象に「えぇーー!?」と叫びながら一誠達の目が飛び出す。
直後、小型の台風の如く螺旋を描いて天を衝く魔力の奔流。濃紺色の光がツェペシュの城下町を照らし出す。
莫大な魔力を収束させて身に纏うと、瞠目する一誠達を尻目に、濃紺色の髪と瞳に変わった伊織は、カーミラ領に向けて凛然と片手を突き出した。
すると、足元には正三角系のベルカ式魔法陣が、その手の先に巨大ディスプレイが現れる。そして、ディスプレイには転送魔法で飛ばした【サーチャー】が送る現地の映像が映っており、同時に蠢く黒いドラゴンに対してピピピピピピッ! と赤い菱形の囲みが重なっていった。その光景は、どう見ても、戦闘機などに見るロックオンサイトである。
やがて、無数に蠢くドラゴンの全てを捉えた伊織は、カッ!と目を見開いて呪文を紡いだ。同時に、全身から絶大な魔力が迸り、正三角形の魔法陣が五つ眼前に出現する。
「来よ、白銀の風、天よりそそぐ矢羽となれ! “フレースヴェルグ”!!」
“死者を呑み込む者”という名を冠された超長距離砲撃魔法が発動される。眼前の魔法陣から幾条もの白銀の閃光が放たれ、超速をもって吸血鬼領の曇天を切り裂きカーミラ領へと突き進んだ。
伊織の眼前のディスプレイには、やはりロックサイトそのままに、飛翔する砲撃がリアルタイムで映し出されていた。下方には、着弾まで残り“10”と出ている。
その間に、かつてのベルカのどんな騎士にも不可能だった神業が行われる。
「閃光よ、降り来りて敵を討て、“サンダーレイジ・Occurs of DimensionJumped”!!」
それはロックオン系範囲攻撃魔法“サンダーレイジ”の上位版。次元の壁を超えて、目標を雷で撃ち抜く次元跳躍魔法だ。これ一つでも、発動できる者、まして精密射撃が出来る者などそうはいない。異常なレベルの魔力制御能力を要求される絶技だ。それを、先のフレースヴェルグと同時発動など常軌を逸しているとしか言い様がない。
フレースヴェルグだけでは、どうしても一度の攻撃での手数が足りなかったので、サンダーレイジO.D.Jを並列思考で同時起動したのだ。
そして、その結果は、直ぐに示された。ディスプレイのカウントがゼロになる。
その瞬間、ディスプレイから光が溢れた。天より降り注いだ絶大な威力を秘めた砲撃が邪龍一頭に付き、四発、五発と着弾していく。その度に、カーミラ領の曇天に、光の華が咲き誇ることになった。黒い影がボロボロと光の中からこぼれ落ちてくる。フレースヴェルグの直撃を受けた邪龍達は全身から白煙を上げたまま、なすすべなく地に落ちていった。
同時に、虚空から突如発生した極大の雷が雷速をもって残りの邪龍達に降り注ぐ。轟音と共に次々と落ちる稲光。その全てが、狙い違わず邪龍に突き刺さり問答無用に地に落としていく様は、まるで神威が示されたかのようだ。
ディスプレイの端に映るカーミラ領の吸血鬼が呆然と、あり得べからざる光景を見上げているのが分かる。彼等からしても、それこそ超常の存在による救いでももたらされたような気持ちなのかもしれない。
「これじゃあ、どっちが超常の存在かわからねぇな」
冷や汗を流しながら思わずといった様子で呟いたのはアザゼルだ。しかし、誰も反論するものはいない。バシュー! と白煙を上げながら排熱するセレスに、攻撃中何十発と飛び出したカートリッジを補充する伊織の事も無げな様子を見れば、何も言えなくなってしまう。
伊織は、極度の集中から解放され額の汗を拭いながら息を吐く。そして、禁手【進軍するアリスの龍滅魔獣】を発動して全ての魔獣を呼び出すと、チェシャキャットに命じてカーミラ領へと転移してもらった。
ドラゴンというのはタフさが売りだ。あれだけ攻撃しても死んでいないものもいるかもしれないし、そうなればいつ回復するかわからない。あるいは、まだ邪龍化する者もいるかもしれないし、カオス・ブリゲードの構成員が襲い来る可能性もある。なので、全ての魔獣をカーミラの保護に回したのだ。
「さぁ、避難誘導と邪龍への止めを刺しに行きましょう。俺は、エヴァ達……」
伊織が、アザゼル達を促し、自らはエヴァ達の援護に行こうと、その旨を伝えようとしたその時、それを遮るように不快な声が響いた。
「うひゃぁ~!! 僕ちん自慢の邪龍軍団がやられっぱなしじゃん! まじかよ、まじですかぁ! マジでお前さん異世界の人間かよ? さっきの科学っぽい魔法が異世界の力か?」
幾分、軽薄さが抜けたものの、その分邪悪さが増したように感じる声音で伊織の前に現れたのはリゼヴィムだった。
同時に、伊織の傍らにエヴァとチャチャゼロが出現する。二人共、特に深刻な被害は受けていないようだ。それはリゼヴィムの方も同じで着衣の乱れすらない。どの程度やりあったのか分からないが、エヴァが傷一つ付けられなかったとするなら、流石は大魔王を名乗るだけのことはあるだろう。
更に、眼下の城の一部を破壊しながら、クロウ・クルワッハと蓮が飛び出して来た。
それを視界に端に捉えながら、リゼヴィムは邪悪にして喜悦に歪んだ笑みを浮かべる。
「認めよう。伊織ちゃんよ。お前は俺が蹂躙すべき敵だ。お前も、お前の大切な者も、みんな纏めて踏みにじってやるよ」
その言葉と共に、リゼヴィムが指をパチンと鳴らす。
次の瞬間、吸血鬼領の空が割れた。
同時に、その隙間から禍々しく、恐ろしいほど濃密な尋常ならざる気配が幾つも溢れ出る。更に、城の一角から光が溢れたかと思うと、そこから大量の邪龍と魔術師っぽいローブを身に着けた者達が現れた。
「なるほど、総力戦か……」
伊織の呟きに、リゼヴィムの頬が心底楽しそうに歪められた。
いかがでしたか?
取り敢えず、戦いの狼煙が上がったって感じです。
このままクリフォト勢をピチュンします。なるべく派手に戦闘しながら!
読んでくれている方々のテンションが上がればいいなぁと思います。
感想、いつも有難うございます。
何だか色々気に掛けて励ましコメントを下さった方も多く、とても嬉しかったです。
アドバイス通り評価は気にせず、楽しむこと第一に書いていきますね。
それと、やはりリリなの原作に皆さん食いつきますね。
夜天と天王とかベルカとか、アランさんとか(覚えてます?)……色々書いてみたいとは思ってますが、今のところ何にも構想がありません。
取り敢えず、ゆりかごVS蓮ちゃんとかしてみるか……
その後ならカンピオーネの世界には是非行ってみたいですね。
神滅具ありますし。護堂に反物質撃ち込みたい。
明日も18時更新です。