重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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一万七千字近く書いてしまった……
読み疲れのないよう、目を気遣ってくださいね。
長くてすみません。


第59話 異世界の守護者VS大魔王 中編 下

 吸血鬼ツェペシュ領の城下町を眼下に空気すら焦がしそうな紫炎と極低温の氷雪が荒れ狂っていた。戦闘開始と共に無差別攻撃を仕掛けようとした【魔女の杖】の幹部にして神滅具【紫炎祭主による磔台】――聖十字架使いのヴァルブルガと、それを阻止して相対しているエヴァである。

 

「いい加減のしつこいのよん。さっさと萌え燃えになりなさいな!」

「ハッ、燃やしたければ燃やせばいいだろう? もっとも、その生温い炎でこの身を焼き尽くせるとは思えんがな」

 

 ゴスロリ服をはためかせ、宙をぴょんぴょんと飛び回りながら曇天を紫炎で染め上げるヴァルブルガは、そんなエヴァの言葉と不敵な笑みに僅かな苛立ちと残虐性を瞳に宿して、更に紫炎を撒き散らした。

 

 空中に噴き上がり十字架の形をとる巨大な紫炎。聖遺物であるが故に、魔の属性を持つものが触れれば一撃で消滅しかねない極悪な威力を誇る。聖なる力だというのに、使い手が邪悪そのものであるのは皮肉が効き過ぎというものだろう。

 

 予備動作も予兆もなく、指定座標に突然噴き上がる紫炎は、伊織のような超能力じみた危機察知能力でもない限り回避は著しく困難だ。ランダム移動をしていても、ほとんど範囲攻撃と変わらない規模で、タイムラグなく連続発動も可能なので、どう頑張っても完全に避けきることなど出来ない。

 

 それは当然、エヴァも同じだ。どれだけ高速かつランダム行動に出ても紫炎を避けきる事は出来ないし、真祖の吸血鬼であるエヴァは“魔”に属する者なので掠るだけでも尋常でないダメージを喰らう。

 

 接近戦を試みても己を覆う紫炎を噴き上げて防壁となし、遠距離からの魔法も属性に関係なく燃やし尽くされる。流石は神滅具といったところだ。

 

 一見すると、エヴァには対抗手段がないようにも思えた。それは、ヴァルブルガも同じだったようで、最初は、残虐性を隠しもせず、醜く表情を歪めては嬲るようにエヴァを狙っていたのだが……

 

「それ、もう神滅具の域ではありませんのっ!? 聖十字架の炎を浴びて瞬時に回復なんてあり得ないのよん!」

「ふん、神器とは意志によって進化するものだ。単に、お前の意志が私のそれより弱い……それだけの事だろう。クックックッ、まさに宝の持ち腐れというやつだな?」

「キィイイイイーー!! 調子に乗ってますのん!! たかが吸血鬼の分際でぇ!!」

 

 エヴァの小馬鹿にしたような表情と辛辣な物言いに空中で地団駄を踏むヴァルブルガは、十字架の形をとった紫炎をガトリングガンの掃射のように撃ち放った。

 

「魔法の射手 集束 闇の101矢」

 

 対してエヴァは集束した【魔法の矢】で自分に当たりそうなものだけを迎撃し紫炎の弾幕をすり抜ける。

 

「おほほほほほ! 避けていいのかしらん? 同胞が萌え燃えになって死んじゃいますわよん!」

 

 言われて見れば聖十字架の炎が背後の建物に着弾し包み込んでいるところだった。

 

 そこは、多数の吸血鬼達が逃げ込んだ場所だ。避難所のような場所であるから一際頑丈な作りになっているとは言え、神滅具の炎が相手では耐えられないだろう。量産型邪龍による火災もいよいよ酷くなって来ており、建物が崩壊すれば町の住民達は逃げ場をなくして果てるしかなくなる。

 

 エヴァへの意趣返しに、いつの間にか射線を重ねて吸血鬼達を狙ったようだ。エヴァの心理的動揺を誘う目的もあるのかもしれない。

 

 エヴァとしては、同胞という意識などないので精神的動揺など微塵もないのだが、吸血鬼達の争いを止めたり、テロリストから彼等を守るために来たようなものなので、見捨てるわけにはいかない。なので、チッと舌打ち一つ。

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック 契約に従い 我に従え 氷の女王 疾く来たれ 静謐なる千年氷原王国 咲き誇れ 終焉の白薔薇 【千年氷華】」

 

 街一つを氷漬けに出来る氷系最上級魔法が発動する。一瞬で眼下の町を駆け抜けた冷気は、紫炎も邪龍の火炎も関係なく蹂躙し、一瞬で鎮火させてしまった。霜が降りて白銀色を取り戻した町並み。エヴァの妙技により、地上で戦っている者達には影響はない。

 

「で? 萌え燃え? がどうかしたか?」

「っ! もう、もう怒りましたわよん! わたくし激おこですのん!!」

 

 余裕そうな表情でニヤっと笑うエヴァに、ヴァルブルガが再び地団駄を踏んだ。そんな彼女に、エヴァは呆れ半分、哀れみ半分の眼差しを向けつつ口を開いた。

 

「と言うかだな。お前、その口調どうにかならんのか? 正直、二十歳越えた女がやるとイタイだけだぞ。しかも、ゴスロリを着るのは、まぁ、センスはないがいいとして、その頭に付いている大量のリボンは何だ? どういうコンセプトだ? お前のイタさを助長する以外にどんな意味があるんだ?」

「~~っ! ~~ッ!」

 

 ヴァルブルガの怒りは既に言葉になっていない。エヴァが、嫌味などではなく本心から哀れんでいるのが伝わったからだ。

 

 言葉の出ないヴァルブルガは、代わりに殲滅の聖なる炎をもって返答とした。

 

 極大の紫炎が曇天すら焼き払う勢いで顕現する。十字架の形をとった聖なる炎は、そのままエヴァを呑み込まんと迫った。更に、飛び火した紫炎は生き物のように広がり、エヴァを逃がさないように球体状となって包み込む。

 

 逃げ場のない紫炎地獄の中に……エヴァの姿が消えた。

 

「おほほほほほほ! 思わず超強めの炎を使ってしまいましたわん! 嬲ってから萌え燃えにするつもりでしたのに。仕方ないですわねん。他の方々で遊びますのんッガフっ!?」

 

 フリフリの日傘をクルクルと回しながら唇を歪めるヴァルブルガだったが、全ての言葉を言い終わる前に、腹部に衝撃と熱さを感じて咳き込んだ。

 

 何事かと、肩越しに背後を振り返れば、そこにはいるはずのない吸血鬼の姿が。

 

「な、なぜ……」

「貴様は戦闘センスが皆無だな。大方、その神滅具に頼りきって殲滅戦ばかりしていたのだろう? 戦術というものがまるで感じられん」

 

 エヴァは、ヴァルブルガの腹部を手刀で突き破ったまま、冷めた眼差しを送り、そう酷評した。エヴァが紫炎の包囲網から抜け出した方法は簡単だ。地上で破壊を繰り返している【魔女の杖】の魔術師の影にゲートを開いて転移しただけである。

 

 そして、【絶】を以て気配を消し、高笑いしているヴァルブルガを背後から突いた。

 

「がっ、は、離せぇええええええええ!!」

「おっと」

 

 自らの腹から突き出す手と激痛に、ヴァルブルガは絶叫を上げながら紫炎を噴き上げた。エヴァはズボッ! と手を引き抜くとあっさり退避する。

 

「ごろず、絶対、に、ごろずわぁっ!!」

「クックッ、どうした? 口調が乱れているぞ? この半端者め」

「~~~~っ!!」

 

 ヴァルブルガは懐から小瓶を取り出すと、それを半分傷口に振り掛け、半分を服用した。途端、シューと音を立てて瞬く間に傷が癒えていく。

 

「ふむ、【フェニックスの涙】というやつか」

 

 上空からヴァルブルガを見下ろしながら、心底面倒そうに溜息を吐くエヴァに、ヴァルブルガは美女台無しの血走った目を向けつつ紫炎を奔らせる。そして、エヴァに追撃をかけるかと思いきや踵を返した。

 

 エヴァ本人ではなく、エヴァの大切な者を不意打ちで襲って意趣返ししようという魂胆なのだ。本人を嬲るのは当然だが、その前に、目の前で大切な者を燃やして憎悪に身を焦がすエヴァを見てやろうというのだろう。

 

 だが、

 

「蓮風に言うなら、【真祖の吸血鬼】からは逃げられない、というやつだ」

 

 耳元でエヴァの声が聞こえ、思わず「ひっ!」と情けない声を上げながら紫炎を噴き上げるヴァルブルガ。

 

「馬鹿の一つ覚えだな」

「うるさいのよん!」

 

 癇癪を起こしたように紫炎を乱発するが、攻撃パターンを見切ったようにエヴァには当たらない。しばらく、観察するように回避に徹していたエヴァは、やがて見切りをつけたように冷めた眼差しを向けた。

 

「貴様、やはり禁手に至っておらんな?」

「っ!? それが何ですのん? この聖なる十字架だけで十分ですわん!」

「ふん、警戒して様子見をしていたのが阿呆らしいな。底が見えたぞ、半端な魔女。一気にカタをつけさせてもらおう。私の詠唱が終わるまでに止められるものなら止めてみろ」

「なにをっ」

 

 エヴァの宣言に、より一層苛烈な聖十字架の炎を放つヴァルブルガだったが、エヴァにはまるで当たらない。

 

 先程のように、大規模な紫炎で包囲しようにも、いつの間にか転移していたり、比較的炎の薄いところを見極めて自ら突っ込み、傷は禁手【輪廻もたらす天使の福音】で瞬く間に再生してしまう。一瞬の紫炎では、エヴァ本来の再生力と回復系神器の禁手状態による回復力を突破できないのだ。

 

 その間にも、宣言通りエヴァの詠唱は紡がれていく。一つ、二つと詠唱は完了し、しかし、放たれる事はなく、遂に最後の詠唱が始まった

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック 契約に従い 我に従え 氷の女王 疾く来たれ 静謐なる千年氷原王国 咲き誇れ 終焉の白薔薇 【千年氷華】 固定 掌握! 術式兵装 【氷の女王】!!」

 

 詠唱の完了と共にエヴァの突き出した掌の上に超圧縮されたような氷結の嵐が渦巻く。エヴァはそれを躊躇うことなく握りつぶすようにして身の内へと取り込んだ。

 

 直後、エヴァを中心に氷の華が咲き誇る。巨大な氷柱が幾本も発生し、空気すら凍りついて次々と結晶を作り出した。エヴァ自信も氷の彫像のように、どこか透明感のある姿に変貌している。元の美貌と合わせて得も言われぬ芸術品めいた美しさを体現していた。

 

 不敵に吊り上がる口元と自信に溢れた眼差し、そして周囲一帯を己の氷結圏として全ての氷雪を支配下に置くその姿は、まさに【氷の女王】だ。

 

「な、なっ」

 

 開いた口がふさがらないといった様子のヴァルブルガに、エヴァが宣告する。

 

「では、お前の聖なる炎と私の魔なる氷雪、どちらが上か試してみようか」

 

 次の瞬間、エヴァからノータイムで闇と氷雪が螺旋を描く砲撃が放たれた。【闇の吹雪】だ。ただし、のその数は三十。

 

「ッ!? こんなものっ」

 

 眼前を埋め尽くす闇と氷雪の砲撃を前に、ヴァルブルガは頬を引き攣らせながら紫炎の壁を作り出した。ぶつかり合い、凄まじい衝撃が発生する。気を抜けば突破されそうな紫炎の壁に力を集中する。

 

 と、その直後、今度は頭上に巨大な氷塊が出現した。

 

――氷系西洋魔法 氷神の戦鎚

 

 瞬く間に肥大化したそれは直径二十メートルはありそうだ。ヴァルブルガは、咄嗟に聖十字架の炎をぶつけて時間を稼ぎつつ、その場から離脱を図った。が、退避したヴァルブルガを中心に一瞬で大気中の水分が凍てつき、凄まじい凍気と衝撃をともなった爆発が発生した。

 

――氷系西洋魔法 氷爆

 

「ぐぅうう!!」

 

 吹き飛ばされながら思わず苦悶の声を上げて地上へ落下するヴァルブルガ。とにかく、追撃を防がねばと半ば本能的に周囲に紫炎を撒き散らす。それは結果として、ヴァルブルが命を救ったと言っていいだろう。

 

 なぜなら、地上に落ちる直前で、大地からおびただしい数の鋭い氷柱が咲き誇ったからだ。まるで巨大なクリスタルの建築物の如くそびえ立つ氷柱の群れ。紫炎で少しでも蒸発させなかれば、ヴァルブルガは串刺しになっていただろう。

 

 それでも体を強かに打ち付けたヴァルブルガが、咳き込みながら体勢を立て直したその瞬間、全く情け容赦なく、氷と闇の流星群がヴァルブルガ目掛けて絨毯爆撃の如く降り注いだ。

 

――氷&闇系西洋魔法 魔法の矢 連弾 1001矢

 

「ひぃいいいいい!!」

 

 悲鳴を上げながらも全力全開で聖なる炎を頭上に展開し身を守るヴァルブルガ。あまりの弾幕に移動することも出来ず、氷柱に囲まれたミラーハウスのような空間の中央で必死に神滅具を行使する。

 

 神滅具と言えど、使えば使うだけ使用者は消耗する。ヴァルブルガもそれは同じで、若干聖なる炎は勢いを減じさせていた。同時に、肩で息をし始めたヴァルブルガの表情に焦燥感が浮かび始める。

 

 数十秒か、それとも数分か……感覚が麻痺する中、ようやく死の豪雨が止んだ。青ざめた表情でそれでも耐え抜いたヴァルブルガは、流石にエヴァはヤバイと感じたようで、エヴァの顔を心に焼き付けながら転移して逃げようとした。

 

 リゼヴィムとの協力体制において、それは非常にマズイ決断ではあるが、命あっての物種だ。そもそも、約定だとか仲間だとか、そんなものに価値を見出すような心根をヴァルブルガは持ち合わせていない。

 

「……覚えたわよん。必ず 燃やして萌やして、萌え燃えにしてやるわん」

 

 憎悪を込めた捨て台詞を吐いて、ヴァルブルガが逃亡を図ろうとする。

 

 その瞬間、

 

「言っただろう? 真祖の吸血鬼からは逃げられない、と」

「ひっ!」

 

 エヴァがいた。それもヴァルブルガを取り囲む巨大な氷柱の全てに、姿が映り込んでいて、四方八方からヴァルブルガを睥睨している。思わず悲鳴を上げるヴァルブルガに、エヴァは「悪の矜持もないのか」と鼻を鳴らしながら、その細くしなやかな腕を突き出した。

 

「まっ、待つのよん! ここは一つっ…」

「終わりだ。――解放 【えいえんのひょうが】」

「まっ」

 

 命乞いでもするように咄嗟に制止の声をかけながら、実はこっそり紫炎を発動しようとしていたヴァルブルガだったが、一瞬の躊躇いも一切の容赦もなく、エヴァは、【魔法の矢】発動中に詠唱を終えておいた最上級魔法を行使した。

 

 一瞬にして周囲一帯に絶対零度がもたらされ、あらゆるものが問答無用に凍てついていく。

 

 ヴァルブルガも、手を伸ばした状態で凍てつき、そのまま氷柱の中で意識を闇に落とした。

 

 そして、

 

「全ての命あるものに等しき死を 其は安らぎ也 【おわるせかい】」

 

 絶対零度の凍てつかせたものを完全粉砕する魔法の呪文が紡がれる。

 

 容赦なく放たれた最後の魔法は、白く染まったヴァルブルガを粉微塵に破壊した。細かな氷の欠片となって散らばる聖十字架の魔女。

 

 その最後は、聖遺物の担い手でありながら他者を虐げることにしか力を使わなかった、文字通りに“魔女”に相応しい悲惨なものとなった。ヴァルブルガが砕け散ると同時に、同じく砕けた周囲の氷柱が風に煽られて宙を舞い、ダイヤモンドダストのように世界を煌めかせる。

 

 術式兵装を解いたエヴァが、ふわりと凍てつく地上へ降り立った。禁手【輪廻もたらす天使の福音】を使ってヴァルブルガの魂の状態を調べる。回収されて【幽世の聖杯】で復活させられては敵わないからだ。

 

「……ふむ、ドラゴンでもあるまいし、人間では魂だけ残り続ける事などないだろうが……一応散らしておくか」

 

 エヴァの禁手は魂に干渉する能力を持つ。ヴァルブルガが、どこかの大蛇と期を同じくして「神滅具のよう」と評したのはあながち間違いではない。確実に、生命の理に触れる、【幽世の聖杯】に近しい常軌を逸した能力なのだ。

 

 もちろん、聖杯のように肉体の情報から何かを創り出したり、別の種へ変貌させたりなどは出来ないが。

 

 その力が、ヴァルブルガのものと思わしき濁った魂を感知した。エヴァの死者蘇生が三分以内という限定なのは魂が霧散してしまうまでの大体の時間を示しての事なのだが、ヴァルブルガも例に漏れず魂が残っていた。

 

 もっとも、肉体が原型を留めないほど破壊され尽くしているので、ホロホロと崩れるようにかなりの速度で霧散していっており、三分も持ちそうになかったが。

 

 それでも、念の為にと、エヴァは、本来、霧散する魂を保護するための能力を応用して逆に霧散を促進させた。一気に崩壊していくヴァルブルガの魂。その後、三十秒も掛からずにヴァルブルガという存在は完全に消滅した。

 

 それを見届けて、エヴァが、取り敢えず戦闘センスは兎も角、戦場を引っ掻き回せそうな厄介者を討伐できた事にふっと息を吐いた。

 

 その時、

 

「ッ!? なんだ!? これはっ、神器!? いや、まさかっ」

 

 突然、眼前に光り輝く十字架が浮かび上がったかと思うと、次の瞬間、光の粒子となってエヴァの胸元に飛び込んでしまった。胸に宿る温かな感触が、自分の所有する【聖母の微笑】と同じ感覚なので神器かと考えたエヴァだったが、現在の状況と十字架という形からは自ずと答えが出てしまう。

 

「おいおいおい、既に神器を所有しているものに神滅具が宿るなど有り得るのか……っというか、なぜ私なんだ!! 私は【真祖の吸血鬼】であり魔性に属するものだぞ! なぜ、癒し系とか聖なるものばかり集まるのだ!」

 

 余りに予想外の事態に、流石に狼狽えるエヴァ。既に前世の孤児院で聖母扱いされていた時から諦めてはいたが、やはり六百年かけて培った“悪の矜持”というものは、どこか捨てがたいものがあり、それがこういう形で度々否定されるのは実に不本意だった。

 

 エヴァを前にしたヴァルブルガやエルメンヒルデのように地団駄を踏むエヴァだったが、不意に、上空の方から不穏な気配を感じた。視線を向けてみれば巨大で不気味なオーラを漂わせる魔法陣が浮き上がっている。

 

「どうやら、新たなお客らしいな。……さて、増援か、あるいは別口か……」

 

 不本意にも新たな、そして強力な力を手に入れてしまったエヴァは、溢れ出す闇色のオーラにスッと目を細めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ツェペシュの城にほど近い場所で巨樹のドラゴンが鎮座していた。

 

 伊織に、仲間がやられていく様を何も出来ずに見させるために、障壁に閉じ込めようとしている宝樹の護封龍ラードゥンである。

 

 このラードゥンは、結界と障壁を領分とする邪龍で障壁込みの防御力ならグレンデルを超える程。また、一度障壁に囚われてしまうと、ノータイムで繰り出される多重障壁により脱出は至難となってしまう厄介な相手だ。

 

 そんな最強の防御力と神速多様な障壁を繰り出すラードゥンは、しかし、見るも無残な姿に成り果てていた。

 

『……あなたは本当に人間ですか……』

 

 ラードゥンがそんな事を呟く。最近、相対する相手に人間か否か疑われてばかりの伊織は、内心で苦笑いするもののそれを表に出す事はなかった。雷炎を迸らせながら、雷炎そのものとなって縦横無尽に戦場を駆け抜けるその姿では反論にも説得力はないからだ。

 

 そんな伊織の視線の先では、ラードゥンが七本もの大槍に貫かれて、全身から白煙を上げている姿が映っていた。狂気に爛々と輝く赤い瞳にも、心なし疲弊の色が見て取れる。

 

 その大槍の正体は【巨神殺しⅢ 喰らい尽くす雷炎槍】である。ワインレッドの三叉大槍は、対象のエネルギーを吸収し、それを攻撃力に転化し続けるという特殊効果がある。つまり、七度、【千の雷】を体内に直接ぶち込まれたラードゥンは、今尚、自分のエネルギーを喰らわれ、雷炎で体内を灼かれ続けているということだ。

 

 それでも、七本の大槍を打ち込まれて、なお戦闘意欲を失わないというのは、流石、伝説の邪龍といったところだろう。

 

『この宝樹の護封龍と呼ばれた私が、ただの一度も捕らえられないとは……ですが、まだです。まだ、私は倒れない! さぁ、龍殺しの大業、出来るものならやってみなさい! 私は、どのような攻撃も耐え切ってみせる!!!』

 

 邪龍としての殺し合いへの狂気故か、それとも魂さえ残っていれば聖杯で何度でも復活できると高を括っているのか……きっと前者だろう。木の虚にめり込んだようなラードゥンの赤い瞳がギラギラと輝いている。

 

「なら、俺は、その狂気ごと、この拳で撃ち抜こう」

 

 伊織は、喜悦に歪むラードゥンの瞳を静かに見返しながら雷速を以て突進した。

 

 ラードゥンは、その矜持たる障壁を展開する。並みの攻撃では傷一つ付かない頑強極まりない盾。しかし、伊織の放つ異世界の技はその力に喰らいつく!

 

「解放固定! 【雷の暴風】【雷の投擲】! 術式統合! 巨神ころしⅡ 【暴風の螺旋槍】!」

 

 伊織が障壁に拳を振り下ろす。雷炎を纏った激烈な拳撃が障壁に衝突した瞬間凄まじい衝撃が発生し、障壁全体に幾重にも波紋が広がった。

 

 刹那、

 

「解放! 抉れ雷の狂飆(きょうひょう)!!」

 

 螺旋を描く大槍が伊織の拳より放たれた。空間すらねじ切りそうな凄まじい勢いでラードゥンの障壁を抉っていく雷の螺旋槍。伊織の纏う雷炎もより一層激しく輝いた。

 

 数秒の拮抗。

 

 そして、遂に、

 

パァアアアアアン!!

 

『見事です! 私の防御障壁をこうも容易く! しかし、あなたの力では私を滅ぼすには足りないっ!!』

 

 砕けた障壁の残骸が飛び散る中、ラードゥンが叫ぶ。

 

 その瞳は、言葉通りどんな攻撃も耐えて、今度こそ伊織を封じてやろうという激烈な意志が浮かんでいた。事実、マギア・エレベア【雷炎天牙】では、打撃力が足りなかった。【喰らい尽くす雷炎槍】を七本も打ち込んで相当ダメージを与えているものの、ラードゥンの方もいい加減、接近した伊織を捕えるだろう。

 

 故に、伊織はここで勝負に出る決断をした。障壁の内側に踏み込みながら【雷炎天牙】の術式兵装を解く。訝しむラードゥンの前で、伊織は即座に装填していた遅延魔法を解放した。

 

「解放固定! 【引き裂く大地】! 双腕掌握! 【地神灼滅Ⅱ】!!」

 

 両手の先に出現した灼熱の渦巻く球体。それを握り潰すように取り込んだ伊織は、雷炎から純然たる溶岩の化身へと変貌する。

 

――マギア・エレベア 地神灼滅Ⅱ

 

 某海軍ワンコ大将の能力と同じくマグマや溶岩を自在に操り、上級以下の地属性魔法をノータイム無制限で放てる【地神灼滅】に、更に、【引き裂く大地】を術式兵装し強化したもの。それにより新たに付加された能力は、マグマの放つ熱エネルギーを膂力に変換すること。

 

 その威力は伊織の次手をもって証明された。

 

「ゼェアアア!!」

 

 裂帛の気合と共にラードゥンの捕縛障壁をかわしながら、その懐に踏み込んだ伊織は、更に変貌した伊織に瞠目するラードゥンを尻目に、その腹部へ【覇王断空拳】を炸裂させた。

 

ズドォオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

『ッ!!? ガハッ!!』

 

 そんな大砲のような衝撃音と共にラードゥンの巨体が浮き上がる。ラードゥンから、思わず苦悶の声が上がった。直後、溢れ出た灼熱のマグマが殺到する。ジュゥウウウウウ!! と音を立ててラードゥンの体を焼き滅ぼそうとする。

 

『この程度っ!!』

 

 ラードゥンは、己を覆うマグマを、障壁を展開して弾き飛ばす。そして、伊織を封じようと多重障壁を張ろうとした。

 

 しかし、

 

『むっ、どこに……グォオ!?』

 

 いつの間にかラードゥンの足元がマグマに変わっており、そこから伊織が全身を赤熱化させて出現した。そして、握り締めた拳を、全力をもって突き上げた。再び宙に浮きながら、しかし今度は口から盛大に吐血するラードゥン。

 

 しかし、浮き上がるラードゥンは、直後、吸い寄せられるように地面へ引き戻された。ラードゥンの周囲にはいつの間にか六本の石柱とこれらを結ぶ六芒星の魔法陣が出来ており、この地属性捕縛魔法より重力が加算されているのである。

 

ズドン! ズドン! ズドン! ズドン! ズドン! ズドン! ズドン! ズドン!

 

「おぉおおおおおおお!!」

 

 そこへ再び、雄叫びを上げながら伊織が拳を振るう、振るう、振るう! 

 

 遠慮容赦の一切ない打ち上げるようなラッシュが続く。ラードゥンの巨体は、超重力によって上から押さえつけられたまま、下方からの伊織の拳打によって宙に磔状態となった。

 

 咄嗟に、ラードゥンは多重障壁を張って全てを弾き飛ばそうとした。しかし、その瞬間、突き刺さったままの【雷炎槍】の一本が激しくスパークしながら体内で弾け飛び、特大のダメージを与えながらラードゥンの意識を焦がす。意識の間隙を突いた絶妙なタイミングでの衝撃に、ラードゥンは障壁を展開し損ねる。

 

 その間も、ひたすら伊織のラッシュは続き、ラードゥンの体を爆砕していく。ラードゥンが障壁を張ろうとすれば、やはり絶妙のタイミングで【雷炎槍】が弾け飛び障壁の展開を阻害する。

 

『ガァアアアアアアアアアアアアア!!!』

「らぁあああああああああああああ!!!」

 

 一人と一体の絶叫が響き渡り、最後の【雷炎槍】が弾け飛ぶ。その瞬間、伊織が最後の拳打と同時に解放した【引き裂く大地】の赫灼(かくしゃく)たる灼熱の光が周囲を染め上げた。

 

 爆音、轟音が響き渡り、粉塵と白煙が視界を閉ざす。

 

 五秒、十秒と時間が過ぎ、やがて吹いた風がそれらを払い除けたその場所には……

 

『……この…ような……やはり…あなたは……人間ではない……』

 

 首から下の体を全て消失し頭部だけとなったラードゥンの姿があった。

 

 その傍らには、術式を解いて佇む伊織がいる。伊織は、あれだけの攻撃を受けて、なお話せる邪龍の生命力に呆れた眼差しを向けた。これで、聖杯さえあれば何度でも復活できるというのだから、溜息の一つや二つ吐きたくなるというものだ。

 

『……ふふっ……肉体を取り戻した暁には……今度こそ…あなたを封殺して……みせましょう』

「悪いが、お前はここまでだ。リゼヴィム一派は、今日ここで潰える。復活などさせはしない」

 

 伊織の言葉に、ラードゥンは赤い瞳をギラつかせながらもドラゴンの転移魔法【龍門】を開こうとした。

 

『あなたには、私の魂まで消滅させる事など……』

「ああ、俺はな……」

 

 ラードゥンの言う通り、伊織にはドラゴンの強靭な魂を直接滅するような術はなかった。しかし、伊織の家族に関してはその限りではない。

 

 それを証明するように、【龍門】の向こうへ消えようとしたラードゥンに、突如、黒いぼろ布が覆い被さった。

 

『むっ? これは一体、――ッ!?』

 

 訝しむラードゥンだったが、次の瞬間、声にならない絶叫を上げた。ラードゥンを包み込んだボロ布は、シュルシュルと音を立てながらどんどん縮小していく。

 

――神器 六魂幡 禁手 真六魂幡

 

 通常の【六魂幡】は防御力と拘束力に特化した能力を有しており、包み込んだものを圧壊させることが出来るが、その禁手である【真六魂幡】は、封神演義通り、包み込んだ全てのものを消滅させる。それには当然、魂も含まれる。

 

 そして、その使い手は、もちろんチャチャゼロだ。伊織が、最後の突撃前に念話で呼び寄せたのである。ラードゥンに逃げられる前に魂を消滅させるために。

 

「ヨォ、伊織。見事ニ一体、仕留メタナァ」

「チャチャゼロ。まぁ、止めはチャチャゼロに任せたから仕留めたと言えるかは微妙だな。とにかく、来てくれて助かった」

「ナニ、気ニスンナ。ソレヨリ、御主人モチョウド仕留メタヨウダゼ?」

「そうか、それじゃあ……」

 

 チャチャゼロと話している間にも、【真六魂幡】は圧縮を続け、遂にはラードゥンを魂ごと消滅させてしまった。シュルシュルとボロ布を回収するチャチャゼロと、その物言いに苦笑いをこぼしつつ、伊織が、他のメンバーのもとへ救援に行こうと視線を巡らせたその瞬間、

 

ズドォオオン!!

 

 と、衝撃音を響かせて、白い人影が少し離れた場所に落下していった。

 

「ヴァーリ!」

 

 伊織の動体視力は、その正体を状態ごと完璧に捉えていた。落ちたのは白龍皇ヴァーリだ。全身あちこち鎧を砕かれ、血飛沫を撒き散らしながら満身創痍で力なく落ちていったのだ。明らかに、戦闘が困難なレベルまでダメージを受けている。

 

 伊織が、ヴァーリが飛んできた方向に視線を向ければ、そこではニヤニヤと笑うリゼヴィムと、必死の形相のアザゼルが一騎打ちしているところだった。しかし、リゼヴィムは聖杯の力を使っているようで、アザゼルの光の槍を受けても平然とし、傷ついても直ぐに癒えている。

 

 どうやら、神器無効化の能力は、サーゼクスが己の消滅魔力の扱いを極めたのと同じく、自分の意思である程度調整できるようだ。万一、神器そのものを無効化してしまわないように触れることはないようだが。

 

 逆に、アザゼルの方は、巧みに戦っているものの既にいたるところに傷を負っており、かなり不味い状態に追い込まれているようだった。

 

 伊織が、すぐさま加勢に向かおうと、体を浮かせたその時、更に問題が起こる。

 

 不穏な気配を発する巨大な魔法陣の出現である。

 

「こんな時に……」

 

 伊織が歯噛みした直後、それらは現れた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「どうしたオーフィス!? なぜ、全力を出さない!! 俺など取るに足りない相手だとでもいう気かっ!?」

 

 カーミラ領とツェペシュ領の境界あたり、両領土を繋ぐ巨大な橋と結界を越えるための特殊な措置が施されているゴンドラがある山中で、爆音と共にそんな怒声が響いた。

 

 山の一角が強大な魔力弾によって消滅したのを横目に、蓮は更に飛んできた魔力弾を相殺しながら答える。

 

「我の名は“蓮”だと言ってるのに……全く失礼な。そんなだから、お前は何時までたってもクロウ・クルワッハなんて呼ばれる」

「名前なのだから、呼ばれて当然だろうっ!」

 

 まるでダメな龍の代名詞みたいに、哀れみと呆れを乗せた眼差しを向けられてクロウ・クルワッハは額に青筋を浮かべながら反論(ツッコミ)した。戦い始めてから、ずっとこの調子で、正直馬鹿にされているとしか思えなかったのだ。

 

 一方、蓮はというと、内心、心底鬱陶しいと思っていた。

 

 というのも、蓮は、ここに吸血鬼達を守るために来た伊織に呼ばれて協力しているわけで、伊織達に配慮すると吸血鬼領が灰塵に帰すのも避けるべきだと考えていたのだが、【無限の龍神】と戦えるという事にテンションアゲアゲになったクロウ・クルワッハが嬉々としてその絶大な魔力を撒き散らすので、それが周囲を破壊しないよう気を使わなければならないのだ。

 

 何せ、クロウ・クルワッハの力は、かの二天龍を僅かに超えるほど。言ってみれば、蓮の次に強いドラゴンなのだ。そんなドラゴンが本気で暴れれば、吸血鬼領など一瞬で塵芥である。蓮が、全力を出すクロウ・クルワッハの攻撃や力を上手く削いでいるから、山の一部が消し飛ぶくらいで済んでいるのだ。

 

 また、速攻で沈めるにしては厄介な相手でもあった。実は、クロウ・クルワッハは、長きに渡って人間界と冥界を練り歩き、鍛錬と見識を深めていたというのだが、そのせいか、蓮の攻撃を紙一重で凌いでしまうのである。

 

 では、無限の魔力に物を言わせて周囲一帯ごと! という方法は、もちろん本末転倒なので出来ない。

 

 つまり、蓮としては伊織達の期待に100%応える為に、全力は出さずに、できる限り必要最小限の力でクロウ・クルワッハの戦闘技術を出し抜いて倒さなければならないのである。本当に面倒だった。

 

 再び、天龍クラスの魔力弾がカーミラ領の方へ飛んで行きそうになったので、それを迎撃する蓮。

 

「貴様はまたっ! 俺との戦いなど、集中する必要もないということかっ」

「周囲に被害を出さず、全力も出してはダメ。……とんだ縛りプレイ」

「またわけの分からぬ事をっ!!」

 

 クロウ・クルワッハの魔力弾が乱れ飛ぶ。同時に、凄まじい勢いで接近し、その腕をドラゴンの腕に変えて豪速の一撃を放った。

 

 蓮は、全ての魔力弾を相殺しつつ、振り抜かれたドラゴンの腕に少女の肉体を翻して一瞬で組み付く。そして、

 

「サブミッションこそ王者の技」

 

 などとのたまいながら、しかし、ベキッ!! と生々しい音を響かせてクロウ・クルワッハの腕の関節を破壊した。

 

 クロウ・クルワッハは、やっぱり蓮が何を言っているのか分からなかったので、スルーしながら関節の壊れた腕を強引に振り抜く。同時に、反対の腕に莫大な魔力を纏わせながら手刀の形にして宙を泳ぐ蓮に突き出した。並みの存在なら軽く消し飛びかねない威力だ。

 

 しかし、相手が【無限の龍神】では分が悪い。

 

「フッ、当たらなければどうということはない! 当たってもどうということもないけれど!」

 

 そんな事を言いながら、あっさり……左腕を消し飛ばされた。……言葉通り、どうということもないようで直ぐに再生したが。

 

「……ハズい」

「貴様は、ふざけてるのかっ!!」

 

 かわしきる自信がちょっぴりなかったので一応保険をかけて言った言葉が見事活用されてしまい、両手で顔を覆う蓮。格好よくかわしきりたかったのだ。

 

 当然、そんな蓮に激高するクロウ・クルワッハ。

 

 再度、攻撃を仕掛けるが、魔力弾も砲撃も全て蓮によって相殺されてしまう。更には、蓮とのスペック差をテクニックによって凌いでいたクロウ・クルワッハだったが、それすら徐々に慣れてきたようで、攻撃が正確になりつつあった。

 

「我は百万回以上の戦闘をくぐり抜けた。もはや、攻略の出来ぬ相手などいない!」

「百万回だとっ! 貴様もまた修練を積んできたというのかっ」

 

 確かに、蓮はこの二年だけで百万回以上戦っている……ゲームの世界で。

 

 攻略ウィキを見てから挑むなど邪道、むしろウィキは我が作る! と言って自ら戦闘を繰り返し、数多くのタイトルで完璧な攻略ウィキを作ってきたのだ。……【ダイオラマ魔法球】まで使って。家族のジャーマンスープレックスや怒った伊織にプラカードと共に締め出しをくらっても諦めなかった。

 

 例え、反省するまでご飯抜き! と言われて放り出され「開けてぇ~、開けてよぉ~」と玄関をペシペシと叩くという龍神にあるまじき屈辱的な姿をご近所に晒し、主婦方から「あらあら」と生暖かい眼差しを頂くという黒歴史を重ねても頑張って来たのだ。

 

 なので、相手の弱点やパターンを探るのは十八番なのだ!

 

 しかし、そんな事を知らないクロウ・クルワッハは、昔の蓮が修練など積んでいない事は知っているので、最近になって濃密な修練を行ったのだろうと考え戦慄の表情を浮かべた。

 

 勘違いである。

 

「気の遠くなるような鍛錬(レベル上げ)不意の天災(セーブデータのクラッシュ)魔王(伊織)(依子)との戦い(引き篭る蓮への説教)手の届かぬ(小遣いが足りなくて新作)理不尽(が買えない)に歯噛みした事も」

「……そうか。無限でありながら、貴様もまた己を高めていたというわけか」

 

 勘違いが加速する。

 

 激高していたクロウ・クルワッハの瞳に冷静さとどこか畏怖のようなものが宿った。グレートレッドを除けば、世界最強のドラゴンでありながら、なお高みを目指すその姿勢に敬意をもったとも言える。勘違いだが……

 

 と、その時、不意にクロウ・クルワッハが何かを感じたように視線を遠くに向けた。そして、誰かと会話でもしているのか何度か頷いた後、凄絶な笑みを浮かべ、蓮に向き直った。

 

「どうやら、今の俺では、まだ歯牙にもかけてもらえんらしいな。だが、天龍クラスまで登ってきたのだ。登る事が出来たのだ。ならば、この爪牙も、いつかは無限に届くだろう。今は引かせて貰う。他の楽しみが出来たのでな。……無限の龍神よ、お前は、かの獣に勝てるか?」

「? (おや? 何だか戦わなくいいっぽい? ……流石、我。戦わずして勝利する。我ながら己の力に身震いする)」

 

 自分に酔いしれてジョジョ立ちをしていた蓮に随分と楽しげな笑みを浮かべたクロウ・クルワッハは、【龍門】を開きながらそんな謎の言葉を残して、蓮の返事も聞かずに転移してしまった、

 

 蓮は、戦いの終わりを悟る。

 

 が、その時、クロウ・クルワッハと入れ替わるように不穏な気配がツェペシュ派の城下町の方に発生した。

 

 同時に、蓮の近くに、その不穏な気配よりも更にヤバイ気配が溢れ出てきた。見れば、少し離れた場所に深淵のような深い闇色の魔法陣が出現しており、そこから尋常でないプレッシャーが吹き出している。

 

 蓮は香ばしいポーズを取りながら、タラリと冷や汗を流した。そう、蓮が冷や汗を流したのだ。それは、蓮が本能で感じ取ったため。そこに現れようとしている“それ”が、自分を打倒し得る天敵であると。

 

オォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

 憎悪と怨嗟の絶叫が木霊する。それだけで蓮の纏う魔力が削がれた気さえした。肌は危機感に粟立っている。

 

「……マジですか」

 

 そう、世界で二番目に強い無限のドラゴンをして、その頬を引き攣らせる相手、ドラゴンの天敵、神の憎悪を一身に受ける者、かつて京都の地に召喚された禁忌の存在――サマエルだ。サマエルが召喚されようとしているのだ。

 

 蓮は、ツェペシュ領の方角を少し心配そうに眺めた。サマエルは冥府の最奥に封印されている存在だ。盗まれたのでなければ、その召喚許可が出来るのは一人しかいない。そう、冥府の神ハーデスだ。ハーデスが自らサマエルを送り込んだのだ。

 

 だとするなら、今も感じるツェペシュ領の不穏な気配は、十中八九、ハーデスの私兵――死神の軍団だろう。伊織達は、だたでさえ伝説の邪龍やら量産型邪龍、リゼヴィム率いる幹部連中に魔術師達の相手に忙しいはず。このタイミングで、死神の軍団に横槍を入れられて無事でいられるのか……

 

 そんな蓮に、念話が届く。

 

『蓮、無事か!? そっちから覚えのあるヤバイ気配がしてるぞ!』

 

 伊織だ。いつも冷静な伊織には珍しく焦ったような声音が届く。当然だろう。蓮の傍にサマエル――最悪の組み合わせだ。

 

 しかし、当の蓮はというと、先程までの危機感は何処へやら。その頬を綻ばせて、ニヨニヨしていた。伊織が、それはもう本気で心配している事が伝わって嬉しくなったのだ。同時に、サマエルをツェペシュ領に入らせるわけにはいかないという決意が生まれた。

 

 サマエルは、ドラゴンにとって天敵ではあるが、それ以外の者に対しても途轍もなく危険な存在なのだ。邪龍達への特効薬になるだろうが、同時に味方も尋常でない被害を受ける可能性が高い。そんな危険は断じて犯したくなかった。

 

『おい、蓮! 無事なのか!?』

『平気。サマエルは我が相手をする。ボッコボコのメッコメコにしてやる』

『馬鹿、なに言ってんだ! お前の天敵だぞ! 危険過ぎる!』

『でも、ここで我がサマエルにも負けないと証明できれば、ハーデスも下手な事は出来なくなる』

『それは……そうだが……』

 

 伊織は言葉に詰まった。ハーデスが蓮に執着しているのは知れていること。【無限の龍神】相手に、下手な事を考えられるのもサマエルという絶対の切り札があるからだ。それが覆されれば、容易に手は出せない。

 

 しかし、ドラゴンである蓮をサマエルにあてがう事は危険すぎて、どうにも納得し難い伊織は返事を渋る。そんな伊織に対し、蓮は不敵な笑みをもって答えた。伊織には見えないだろうが、きっと声音に乗って伝わるだろう。

 

『伊織、我を誰だと思っているのだ?』

『……少なくとも赤い彗星でないことは確かだよ。……無理はするな。無事に帰って来たら、【別荘】で好きなだけゲームさせてやる』

『ひゃっほーー!!! 流石、伊織。我の嫁』

『男に使うな。某ひとなつさんか、俺は。……気を付けてな』

『伊織も』

 

 伊織が、呆れた声でツッコミを入れつつ、信頼の言葉と共に通信を切った。

 

 その瞬間、遂にサマエルが召喚された。堕天使の上半身に龍の下半身。十字架に磔にされ、血を撒き散らしながら怨嗟と憎悪の絶叫を上げている。包帯のような者で隠された目元からも血涙が流れている。その見えていないはずの視線が、がっちりと蓮を捉えた。

 

 刹那、視認も難しい超速でサマエルから触手のような黒い舌が伸ばされた。槍のように鋭く伸びたそれは、蓮に触れる寸前で一気に広がり、そのままバクンッ! と音をさせて呑み込む。

 

 しかし、

 

「フッ、それは残像だ」

 

 そんな事を言いながら蓮の姿がサマエルの後方に現れた。どうやら喰われたように見えた蓮の姿は神速が生み出した残像だったらしい。サマエルにもう少し理知的な思考が残っていれば、蓮のドヤ顔にさぞかし苛立ったことだろう。

 

オォオオオオオオオオオオ!!

 

 サマエルは、すぐさま触手を蓮に向けて放った。以前より拘束が緩んでいるようで、何と、血を礫にして飛ばすようなことまでしてくる。サマエルの血は究極の龍殺しが宿った猛毒だ。蓮と言えど、一滴でも浴びれば瞬く間に死に至るだろう。

 

 血の礫が、ドヤ顔している蓮に殺到する。が、その礫が蓮に当たることはなかった。蓮の体が残像を残しながら分裂するようにぶれたからだ。下半身はそのままに上半身だけ次々と分裂しては消えていく。

 

 その様はまさに、マ○ッリクスのエージェントのよう!! 蓮のドヤ顔は崩れない!!

 

 そこへ、とぐろを巻いて包み込むように触手が襲いかかった。

 

「見える! 我にも敵が見える!」

 

 最初から見えているので驚くような事ではない。蓮は、更に、惑わすように残像を生み出しながら高速移動を繰り返し、天龍の二倍くらいの力で魔力弾を放った。当然、サマエルには何の痛痒も与えない。

 

 それを見て、蓮は不敵に笑いながら宣言した。

 

「いいだろう。種族の特性の違いが、戦力の決定的差でないことを……教えてやる! 変☆身!!」

 

 やはり、某赤い彗星の言葉を借用して、しかし、どこぞのライダーさんのようなポーズを決めながら輝いた蓮は、次の瞬間……ちょっと高級っぽい白ジャージ姿になっていた。ワンポントで入ったラメがキラキラと眩しい。

 

「我が白ジャージを纏った意味……わかるな?」

 

 わかる訳が無い。サマエルは問答無用に血の礫、触手、更には龍殺しの概念が乗せられた咆哮を衝撃波として放った。

 

 蓮は、それを見ても全く動じずに、両手をパンッしたあと、おもむろにポケットに手を入れた。

 

 そして、

 

「いく! 豪☆殺☆居合い☆拳ッ!!」

 

 某白スーツなダンディの技が炸裂した。ちなみに、両手パンッに意味はない。ポケットを鞘代わりにしているわけでもない。単純な膂力による力技である。

 

 それでも、魔力も気も使用しない純粋な拳圧が砲撃の如く飛び、サマエルの放った攻撃の尽くを吹き飛ばした。サマエルは気にした様子もなく、更に追撃をかける。途中で枝分かれした舌が、四方八方から蓮を狙う。

 

「千条☆閃鏃☆無音拳ッ!!」

 

 その全てをガトリング掃射のような居合い拳の連撃で弾き飛ばし、更に、

 

「七条☆大槍☆無音拳ッ!!」

 

 豪殺居合い拳を超える極太のレーザーのような拳圧を打ち放った。

 

ゴガンッ!!

 

 サマエルの顔面にクリーンヒット。どうやらドラゴンの力を使っていない純粋物理攻撃で、しかも【無限の龍神】の膂力を以て放たれた絶大な拳圧であったことから、それなりにダメージが入ったようだ。

 

「ドラゴンの力がダメ? なら、物理に殴ればいいじゃない!!」

 

 そんな事を言いながら、次々と拳圧を打ち放っていく蓮。宣言通り、フルボッコにするつもりである。

 

 滅多打ちにされながら更に怨嗟と憎悪を撒き散らすサマエルと、白ジャージを纏いポケットに両手を突っ込んだチンピラのような龍神は、吸血鬼領の境で激しくぶつかり合うのだった。

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

はい、エヴァが更にチート化しました。
神滅具級の回復系神器と正真正銘神滅具……誰に止められるんだ
ヴァルブルガさん、原作では禁手に至っているようですが内容が分からないので、至っていないことにさせてもらいました。エヴァの禁手も考えないといけないので、ご勘弁を。

伊織は……某海軍のワンコを超えてますね、きっと。

蓮ちゃんは……決してふざけてはいません。本人は至って真面目です。

リゼヴィムの能力の扱いはオリジナル設定です。

感想、ありがとうございました。
修正ポイントも時間が出来次第直していきますね。

明日も18時更新です。

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