重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第60話 異世界の守護者VS大魔王 後編 

 

 

『グルゥアアアアアア!!』

「わわっ、ちょっ、あの死神さんの大群が見えないんですか?」

 

 深淵の如き闇色のオーラを溢れさせる巨大な魔法陣から転移して来た死神の軍団。ドス黒いオーラを漂わせ、魂を直接傷つけることが可能だという【死神の大鎌】を持ち、上空より吸血鬼領とそこで戦う者達を睥睨する彼等の数は、優に1000体はいると思われた。

 

 見れば、アザゼルと相対していたリゼヴィムも驚いたような表情をしている。この世の全てを混沌に陥れたいリゼヴィムと他の神々や魔王が頗る付きで嫌いなハーデスが手を組むとも思えないので、明らかに第三者としての介入と考えるべきだ。

 

 にもかかわらず、ミクの相対する邪龍グレンデルは、そんなもの知った事ではないと言わんばかりに、憎悪と狂気を宿した瞳をギラギラと光らせながらミクに襲いかかった。咄嗟にかわしながら、ミクが不測の事態を告げるが……

 

『知るかっ!! 俺様はなぁ、てめぇをぶち殺せればそれでいいんだよぉ!!』

 

 そういう事らしい。一気に踏み込んで来たグレンデルは、ミクに喰らいつくように肉薄する。

 

 その間にも、黒い靄のような不気味なオーラを纏わせた実体の掴み難い死神達が、吸血鬼領に散っていった。ミクの方にも数十人の死神が襲いかかってくる。

 

「くっ、こんな時に」

 

 ミクはグレンデルの猛攻をかわしながら、漁夫の利を狙うかのように展開する死神に、分身体を迎撃に当たらせる。その隙を、グレンデルは逃さなかった。

 

『よそ見してんじゃねぇぞおおおお!!』

「ッ! くぅううううう」

 

 グレンデルの拳が、遂にミクを捉えた。喜色を浮かべるグレンデルだったが、しかし、妙に手応えが薄くて眉をしかめる。

 

 ミクは、グレンデルの豪腕に吹き飛ばされたものの、陸奥圓明流【浮身】によって衝撃を辛うじて削いだ。しかし、その余りの破壊力に完全には消しきれず、それなりに衝撃が通ってしまった。全身を襲う痺れに思わず苦悶の声が漏れる。

 

 しかし、目論見通りではあった。死神に対応しながら、肉薄するグレンデルから距離をとるには吹き飛ばされるのが一番よかったのだ。

 

 ミクは、スッと右手を掲げた。死神軍団の登場で中断してしまった神器を取り出す。虚空から美しい透き通った羽衣が現れ、ふわりとミクの肩にかかる。そして、それ自身は重さを持っていないかのようにふうふわと漂った。

 

『へっ、神器か? いいぜ? そんな布切れで何が出来るか知らねぇがなぁ!!』

 

 ミクは、無言のまま、神器【如意羽衣】の禁手を発動する。

 

 直後、グレンデルは、周囲の死神共々瞠目することになった。

 

 ミクが神器の禁手を発動した瞬間、ミクとは異なる異質で常軌を逸したプレッシャーが周囲を満たし、まるで恐れ慄くように大気が鳴動を始めたからである。本能的に感じる危機感のまま、グレンデルは、姿を現したミクに引き攣った表情で疑問の言葉を発した。

 

『おいおいおい、どういうこった。その力は何だ? どうして、お前が、その力を使えるんだ?』

 

 グレンデルの視線の先、そこには、本来の翠色のオーラではなく、紅いオーラ、それも【滅びの魔力】を纏ったミクがいた。バアル家しか持たないはずの、特殊な魔力。悪魔ですらないミクが持ち得ない力。それが【滅びの魔力】であることを証明するように、周囲の地面は塵も残さず消滅している。

 

「禁手【千変万化の後天羽衣】――能力を模倣する能力です。さて、余り時間もないことですし、現役魔王さんの滅びの力、その身でたっぷり味わって下さい」

『ッ……ハッ、上等だぁあああ!!』

 

 一瞬呆けたグレンデルだったが、直ぐに狂的に表情を歪めるとミクに飛びかかった。

 

 ミクの禁手【千変万化の後天羽衣】は、その言葉通り、変化した相手の能力までコピーする完全模倣能力であるのだが、鍛錬の末、一部変化という使い方も出来る。

 

 今回の場合で言えば、サーゼクスに変化せず、サーゼクスの能力だけ扱うといった具合に、だ。もっとも、変化する対象、その能力の強大さ複雑さによって消耗の度合いは異なり、魔王の特殊能力ともなれば今は未だ一分程度しか持たない。使った後の疲弊も無視できないレベルになる。

 

 それでも、現在は、サーゼクスの技量も模倣できているので、今のミクは正直、無敵状態だった。

 

 ミクが、突進して来るグレンデルに手を突き出すと同時に、超圧縮された高密度の魔弾が放たれた。サーゼクスが使う、触れたもの全て消滅させる【滅殺の魔弾】だ。

 

『ぐぉおおお!!』

 

 高速で飛翔した消滅の魔弾を危機感から身を捻ってかわそうとするグレンデルだったが、ミクの意思に従って誘導された魔弾はグレンデルの右腕を、バシュッ! と音をさせて肩からごっそり消滅させた。

 

 それでも、突進を微塵も緩めないグレンデルだったが、それはミクも織り込み済みだったのだろう。ヴォ! と音をさせて高速機動を行うと、グレンデルの攻撃を掻い潜りながら懐に踏み込み、神速の抜刀を行う。

 

 それは当然、滅びの魔力が宿った剣戟である。

 

『がぁああああああっ!?』

 

 絶叫を上げて、ごっそり斬られたグレンデルは、それでもなお攻撃を止めようとしない。狂気そのままに、ミクに向けて拳を振るおうする。

 

 しかし、

 

バシュウ!!

 

『ぐぁあ!』

 

 先程放った消滅の魔弾が、いつの間にか戻って来て振りかぶったグレンデルの残りの腕をきれいさっぱり削り取った。

 

 腕無しになったグレンデルは、口をガパッと開き、ドラゴンのブレスを吐こうとする。それをミクが上下に百八十度開いた天を突くような蹴りを以て阻止する。強制的に口を閉じさせらる――わけではなく、上下の顎を纏めて消し飛ばされた。

 

 思わずたたらを踏むグレンデルに、ミクは全身から滅びの魔力を放射した。それだけで、グレンデルの最高硬度を誇る鱗が一気に削り取られ薄くなる。滅びの魔力を受けて完全に消滅しないところは流石だが、ミクにとってはそれで十分。

 

「来て下さい! グラム!」

『――!!』

 

 待ってましたぁ! と言わんばかりに手元に転移して来たグラムを握ったミクは、龍殺しのオーラと滅びの魔力を練り合わせ、極大の一撃とする。グレンデルによって、致命となり得る凶悪な二つのオーラが紅黒いオーラとなって噴き上がった。

 

 近づくことも許されない莫大にして絶大な破壊の力。グラムを真っ直ぐ天に掲げたミクは、ギラリと輝く瞳でグレンデルを射抜いた。

 

 そして、

 

「これで終わりです!!」

『ッ、ちくしょうがぁああああ!!』

 

 大罪の暴龍の絶叫と、それを掻き消す程の轟音と共に、周囲一帯が極光で満たされた。

 

 粉塵すら上がらない。消滅の魔力がそれすらも消し飛ばしてしまったからだ。グラムの一撃が放たれた直線状には、文字通り、何もなかった。グレンデルは魂レベルで消滅し、山へと続く森は戦艦の主砲でも受けたかのように真っ直ぐ数百メートルに渡って消え去っている。周囲の死神も何体か巻き込まれたようで、数が減っていた。

 

「っ、うぅ、やっぱりサーゼクスさんへの変化はヤバイです。ごっそり持って行かれましたね」

 

 グラムを支えに膝を付いていたミクは、頭をふるふると振りながら何とか起き上がる。実際、魔力もオーラもすっからかんだった。

 

 と、そこへ、ミクの放った一撃に動きを止めていた死神達がチャンスと見たのかミクに一斉に襲いかかった。

 

 分身体ミクが、魔剣を以て大鎌の一撃を防ぎ反撃するが、本体のミクの動きが鈍く、それを庇うようにして戦わねばならないので、劣勢に追い込まれる。魔剣の性能差で何とか凌いでいるが、正直、少し厳しい状況だ。ここで、増援など来たら……

 

「うっ、フラグでしたか。あぁ、もうっ、うろちょろと鬱陶しいです!」

 

 分身体のミクが、本体を守るように円を描きながら戦う。しかし、更に数十人の死神が現れて、一斉にミクに襲いかかった。二体の分身体ミクが、猛攻に耐えきれず消え去り、防衛線に僅かにほころびが生じる。

 

「やばっ」

 

 ミクのそんな焦りを含んだ声と共に、死神が二体、挟撃を図った。

 

 刹那、

 

 紫炎の十字架が死神を包み込み、同時に、紅色の弾丸が死神の頭部にヒットして消し飛ばした。

 

「無事か、ミク!」

「ミクちゃん! 大丈夫!?」

「ふぅ、エヴァちゃん、テトちゃん……助かりました」

 

 見知った二人の家族の声に、ミクは、安堵の吐息を吐く。そんなミクの傍らに声の主、エヴァとテトが降り立った。エヴァは直ぐに、ミクに手をかざし神器【聖母の微笑】で癒しいく。

 

「お二人も、どうやら無事に倒せたみたいですね。……っていうか、エヴァちゃんですか? さっきの炎。あれって……」

 

 不思議そうな表情で視線を向けるミクに、エヴァは、ムスッとした表情になった。それに苦笑いしながら、テトが簡潔に説明する。

 

 そして、死神には絶大な威力を発揮するとは言え、早速“聖なる十字架”のお世話になっている事に、また、ますます聖性に磨きが掛かっている事に不貞腐れているのだと分かり、ミクも苦笑いを零した。ちなみに、テトも手傷を少し負ったものの、しっかりニーズヘッグを消滅させたらしい。

 

「それより、早く、他の救援にいくぞ。死神共め。見境なく襲い掛かりおって」

「マスターと蓮ちゃんは……」

「どうもサマエルとやりあってるみたいだけど、さっき確認した限りだとノリノリみたいだよ? 大丈夫だって。マスターは……」

 

 テトが視線を向ける。それは大量の死神とリゼヴィムと共に三つ巴の戦闘を繰り広げている伊織の姿があった。伊織も相当疲弊しているようで動きにキレがなくなってきているが、何とか拮抗を保っている。アザゼルの姿はない。

 

 リゼヴィムの方も、死神の中に最上級クラスまでいるようで伊織を殺しきれず、膠着状態になっているようだ。おそらく、やろうと思えば蹴散らせるのだろうが、万に一つでも【死神の大鎌】に当たればリゼヴィムとて無事では済まない為、慎重になっているのだろう。

 

「とにかく、伊織があの魔王を抑えている間にできる限り死神を駆逐するぞ。あいつら、おそらく口封じに全員始末するつもりだ」

 

 蓮を得ても、死神が襲撃したとなれば他の神々が黙っていない事は容易に想像できる。それならば、死人に口無しとするのがもっとも簡単な方法なのだ。

 

 ミクとテトもエヴァの言葉に頷き、伊織に心配そうな眼差しを向けつつ、今も八岐大蛇と死闘を繰り広げているグレモリー眷属や吸血鬼の住民達を守るべく邪龍や死神を相手に踏ん張っているチャチャゼロやシトリー眷属の二人がいる方向に向かおうとした。

 

 その時、

 

『行かせるわけにはいきません。特に、そこの吸血鬼、貴女は』

 

 突然、そんな言葉が響いたかと思うと瘴気のような闇色の魔力が出現し、そこから道化師のような仮面を付け、装飾の施されたローブを来た死神が現れた。

 

「……プルートか」

 

 エヴァが目を細めて呟く。以前、蓮の処遇を話し合う会議にて、一人、蓮のあり方を否定した存在。ハーデスの右腕、伝説の最上級死神プルートだった。

 

『先程の紫炎、あれは間違いなく神滅具の聖なる炎。貴女の神器は【聖母の微笑】だったはず。まさか、二つの神器を、それも神滅具を宿すとは……看過できません。貴女は危険だ』

「ハッ、真祖の吸血鬼相手に、今更だなぁ。あの時から、貴様の事は気に食わなかったんだ。ちょうどいい、今ここで神滅具の実験台にしてやろう!」

 

 エヴァは、不敵に笑うと予備動作なくプルートに向かって聖十字架の紫炎を発動した。それを神速で回避するプルート。エヴァは、それを追って飛び上がった。

 

「ミク、テト、奴は私が引き受けた。他を頼んだぞ!」

「了解です! エヴァちゃん、気をつけて下さい!!」

「死神の鎌には気をつけて! 無理しないでね!」

 

 ミク達は互いに一瞬微笑み合うと、それぞれの戦場へ向けて再び別れていった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「およ? あ~、また一体殺られたのかぁ~。クロウちゃんは用事があるし、聖十字架は取られちゃうし。あと、残ってんのは三体だけ? ホントやってくれるよねぇ。お前の女ってどうなんてんの? これも異世界補正ってやつ?」

 

 死神に襲われながらも、それを片手間で薙ぎ払い、世間話でもするように伊織に話しかけるリゼヴィム。既に、ニーズヘッグ、ラードゥン、グレンデルが魂も残らないほど徹底的に撃破された事を察したようだ。

 

 しかし、その表情に焦りの色は微塵もなく、むしろ楽しげな雰囲気さえ漂わせている。大方、666(トライヘキサ)さえ復活させられれば、何の問題もないと思っているのだろう。伝説上の邪龍も、探せば他にもいる可能性はあるし、量産型邪龍など、それこそ聖杯さえあれば作りたい放題なのだ。

 

「はぁはぁ……ッ疾!!」

 

 伊織は、リゼヴィムには答えず、肩で息をしながら首筋に迫る死を回避し、同時にカウンターで死神を一体屠った。ラードゥンとの戦闘で、それなりに魔力とオーラを消費し、満身創痍だったアザゼルを離脱させて、リゼヴィムと隙あらば魂を刈り取ろうと襲いかかって来る死神を一人で相手にしているのだ。既に、倦怠感を感じる程度には疲弊していた。

 

「あ~らら。なに? もしかして限界? そりゃあねぇ、人間の身で伝説の邪龍相手にしたんだから仕方ないよねぇ。んじゃ、そろそろ終わりにしちゃうぞぉ?」

 

 ふざけた口調で、しかし、絶大なオーラを発しながら魔力弾を散弾のように撃ち放つリゼヴィム。

 

 一発一発が、上級クラスの存在ですら一撃で滅ぼしそうな威力だ。にもかかわらず、そんな魔力弾すら片手間なのか、攻撃のタイミングを狙って肉薄した死神の群れを、やはり閃光のような魔力を放ってあっさり片付けてしまう。

 

「っあああ!!」

 

 一方、伊織の方も、魔力弾を回避した瞬間を狙おうというのだろう、多数の死神が虎視眈々と伊織を狙って周囲を旋回している状況だった。伊織は、気合一発、独楽のように回りながら掌に魔力を集束し、飛んで来た魔力弾をそっと撫でる様に受け流し、その軌道を捻じ曲げた。

 

――覇王流 旋衝波

 

 絶妙なタイミングで伊織を狩ろうとしていた死神は、逆に絶妙なタイミングで魔力弾の直撃を受けて、その身を消滅させた。

 

「おほっ! やるじゃん! それじゃ、これはどうよ?」

「ッ!」

 

 伊織の妙技にはしゃいだように瞳を輝かせたリゼヴィムは、次の瞬間には、その表情を邪悪に歪め、その手を見当違いの方向に向ける。それを見て、伊織は瞳に憤怒を宿しながらも飛び出し、射線上に割り込む。

 

 リゼヴィムが矛先を向けた先には、住民達の避難所があったのだ。ドンッ!! と、そんな凄まじい衝撃音と共に、絶大な威力を秘めた魔力弾が放たれる。

 

 それを前に、伊織は、空中に作った魔法陣の足場を踏みしめて、気合の声と共に魔力を集束させた右拳を真っ直ぐに放った。

 

「ゼェアア!!」

 

 直後、伊織の眼前の空間が粉砕され、一切の力を否定する虚数空間への扉が開く。リゼヴィムの放った魔弾は、そのまま空間の穴に吸い込まれ消えていった。

 

――覇王流 覇王絶空拳

 

 しかし、気を抜く暇など微塵もない。

 

 なぜなら、空間の穴が塞がる間もなく、リゼヴィムが邪悪に笑んで別方向に腕を向けたからだ。

 

「それじゃあ、次はあっち。それとこっちも行っておこう!」

 

 心底楽しそうな声音で、次々と爆撃じみた魔力弾をばら撒く。伊織は、翻弄されるように、高速移動を繰り返しながら、射線に入っては、【絶空拳】で空間に穴を開けつつ死をもたらす魔王の魔力弾を放逐していく。

 

 そんな嬲られるような伊織を横目に、リゼヴィムは鬱陶しそうに視線をあらぬ方向へ向けた。その視線の先には、周囲の数百という死神とは一線を画す存在感を放つ死神が四人。いずれもプルートには及ばないまでも底知れない力を感じさせる最上級死神だ。

 

「ああ、まただ。君達でしょ? さっきから俺の転移を邪魔してくれちゃってんの。最上級クラス四人から“行かないで!”なんてラブコール送られると、おっちゃん年甲斐もなくはしゃいじゃうよぉ!!」

 

 そう言ってリゼヴィムは、伊織に向けているのとは逆の腕を最上級死神に向けて魔力弾を放った。しかし、流石は最上級というべきか、四人ともきっちりかわしきると、付かず離れずの距離を保ち続ける。どうしても避けきれなさそうなものは、他の死神が盾になるように魔力弾を妨害し、その隙に回避してしまう。

 

 四人の死神は、戦いが始まってからというもの、ずっと沈黙したままフードの下から炯々と光る眼差しをリゼヴィムに向け、リゼヴィムが転移しようとすればそれを妨害し、攻撃されては回避に徹するという事を繰り返しているのである。

 

 リゼヴィムは、流石に邪龍をかなりやられてしまったので、体勢を立て直した方がいいかな? と考え、隙あらば転移しようとするのだが、このために上手くいかないのだ。また、死神の排除に集中しすぎれば、

 

「解放! 【巨神ころし】!!」

 

 と、伊織からリゼヴィムと言えど無視できない威力の攻撃が来るのだ。

 

 しかも、一度、聖杯の再生能力を見せつけて絶望を誘おうとしたのだが、伊織の鋼糸によって危うく掠め取られそうになり、どんな手を使って奪取されるかわからないので迂闊に出せなくなった。

 

「おっと、お返しだよん!」

 

 再び、伊織自身ではなく、住民達や他の仲間を狙って魔力弾を放つリゼヴィム。それに対応すべく駆け出す伊織。

 

 アザゼルを下げてから、ずっとこの調子で拮抗状態が続いているのである。しかし、この拮抗状態でもっとも不利なのは伊織だった。死神は数が多く、リゼヴィムは魔王ルシファーとして莫大な魔力を内包している上に、自らの【神器無効化】能力を調整することで聖杯による強化と再生が出来てしまう。

 

 事実、伊織の魔力とオーラは既に限界に近かった。

 

 そして、遂に【覇王絶空拳】が間に合わない瞬間が訪れてしまった。リゼヴィムの放った魔力弾に【絶空拳】を放たとうとして死神の妨害にあったのだ。伊織は、操弦曲【針化粧】によって死神を串刺しにしつつ、咄嗟に防御魔法【オーパルプロテクション・ファランクスシフト】を展開した。

 

「ぐぅううううう!!」

 

 曇天の下、巨大な爆発が起きる。凄まじい衝撃音と共に、何かが砕けるような音が響き渡った。魔力弾の放つ閃光が周囲を満たし、それが収まった時、そこには、クロスさせた両腕から血を滴らせる伊織の姿があった。苦悶の声も響く。

 

「うひゃひゃひゃ、クリーンヒットぉ! ほれほれ、そろそろ避けないと死んじゃうぜぇ~」

 

 リゼヴィムが、嗤いながら更に苛烈に魔力弾を放つ。伊織が深いダメージを負った以上、均衡は崩れたようなものだ。それがわかったのか、リゼヴィムの邪魔だけをしていた最上級死神達の瞳もギラリと輝き始めた。魔王という巨大な敵を前に伊織が少しでも力を削げれば万々歳といった事でも考えていたのだろう。その望みが薄まったため、自ら魔王と伊織の魂を刈り取ろうというのだ。

 

 他の死神も伊織を狙って殺到する。

 

 伊織は、【覇王絶空拳】を振るう暇もなく、次々と襲いかかって来る死神の攻撃を捌きながら、決死の覚悟でシールドを張り続けた。少ない魔力と障壁の強度を補うためロードしたカートリッジが豪雨のように地上へ降り注ぐ。

 

 しかし、魔王の魔力弾をそう何度も正面から受け続けられるわけもなく、【堅】も使いながら体を張って食い止める伊織は直ぐに満身創痍となった。全身から白煙を上げ、体中の至るところから血を流している。

 

 ちょうど最上級死神の一体を屠ったリゼヴィムが、そんな伊織の様子を見て嗤う。

 

「紙一重で致命傷を避けるねぇ。でも、もう終わりっしょ? 放っておいても死神くんにやられそうな感じだしぃ? 邪龍も死神も溢れているこの場所で、全てを守ろうなんて不可能だよん? 潔よく諦めな。散るときは美しくねぇといけないぜ」

 

 そんなリゼヴィムの言葉に、伊織は、荒い息を吐きながら答えた。その声音に焦燥の響きはなく、瞳も凪いだ水面のように静かで、奥に輝く意志の炎は些かの衰えもない。

 

「……泥にまみれても、なお、前へと進むものであれ」

「あ? 何だそれ?」

「受け売りさ。だが、人間のあるべき姿をよく表している。リゼヴィム。“不可能”なんて唯の言葉なんかで、人間が止まると思っているのか? 人間が一体どれだけの“不可能”を“可能”に変えて来たと思ってる」

「……」

 

 伊織の言葉に、目を眇めるリゼヴィム。そんな彼に、伊織は続ける。

 

「リゼヴィム、お前みたいな“悪”と断じる事のできる奴は、快楽の為に他者の大切を踏みにじる奴は、みな同じ弱点を持っている」

「……ほぉ、そいつは是非とも聞いてみたいねぇ。何だ? 俺の弱点ってやつは」

 

 リゼヴィムは、面白そうに口元を歪めた。

 

「……“必死さ”がないことだよ」

「は?」

 

 予想外の答えだったのか、リゼヴィムがキョトンとする。それに構わず伊織は、今まで相対していきた悪党共を思い出しながら、リゼヴィムに真っ直ぐな眼差しを向けた。

 

「お前みたいな奴は、自分の快楽が全てだ。だから、何事に対しても“必死さ”がない。死に物狂いで何かを成し遂げようという意志がない。どんな事も、自分が楽しむための余興でしかない」

「だから?」

「だから、強靭な意志あるものには勝てない。最後には、不可能を可能に変えてしまう力に、お前達の方こそ蹂躙されるんだ」

 

 伊織が、満身創痍のまま一歩、進み出る。魔力もオーラもほとんど感じられないのに、明らかに限界だと分かるのに、なぜか無視できない力を感じる。

 

 何者にも覆すことの出来ない不退転の意志が魂を燃やす。魂の管理人たる死神が、その燦然たる輝きに気圧されたように後退った。

 

「リゼヴィム。俺は引かない。この身が塵芥になるまで戦い続けよう。全てはお前を滅ぼすために。全てを守りきるために。それは、俺の仲間達も同じだ。快楽しか頭にないお前如きには決して負けない」

「……へぇ、だったら、この状況でもひっくり返せるんだよなぁ? えぇ? ほらほら、そのお前のお仲間さんとやら絶賛ピンチだぜぇ?」

 

 リゼヴィムは、嗤いながら、されど先程までよりどこか冷たい眼差しを伊織の背後へと向けた。

 

 そこでは、吸血鬼の住民を守ろうと戦うミク達や、八岐大蛇相手に、ユークリッドをどうにか撃破したらしい疲弊し切った様子の一誠を加えたグレモリー眷属が、今にも死神と量産型邪龍の群れに呑み込まれそうになっていた。

 

 伊織は満身創痍で、蓮は未だにサマエルを撃破しきれず、エヴァもプルートから手を離せない。リゼヴィムの言う通り、まさに絶対絶命。

 

 しかし、伊織に動揺の色はない。リゼヴィムの前に相対したときから変わらず揺らがずの真っ直ぐな眼差しを向けている。それが、妙に気に入らないと感じ始めるリゼヴィム。

 

 僅かに苛立つような雰囲気を纏い始めた彼に、伊織は、フッと笑みを浮かべた。

 

「……何が、おかしいんだ? あぁ?」

「いや、どうやら間に合ったようだから、思わずな」

「間に合った? なにを言って……あん?」

 

 伊織の言葉の意味が分からず、問い返そうとした瞬間、遠くで巨大な魔法陣が輝きだした。死神達が転移して来た時と同じように黒いオーラであるが、彼等の場合と異なり、その色は漆黒。不気味さのない、全てを塗りつぶすような不敵な色だ。

 

「アザゼルさんの存在を忘れていたな? 戦線から離脱したあの人が、ただ休憩していたとでも思ったのか?」

「アザゼルだって? まさか……」

 

 リゼヴィムが、アザゼルの事を指摘され思わずといった様子で魔法陣の方角を見た。

 

 直後、爆発するように漆黒の輝きが増し、その光の中から大量の人影が現れる。

 

 そして、次の瞬間には、

 

――氷雪と落雷が荒れ狂い、死神と邪龍を纏めて氷漬けにし、灼滅させた

 

「あ~、よかった。間に合ったみたいっすねぇ。これも神の思し召しっと。アーメン、アーメン」

 

 天界の切り札。神滅具【煌天雷獄】の使い手、ミカエルの御使い“ジョーカー”――デュリオ・ジェズアルド。軽い口調で、しかし、吸血鬼領の天候を瞬く間に掌握すると絶大な力を振るう。

 

――特大の火炎球が空を蹂躙し、邪龍と死神を纏めて焼き尽くした

 

「伊織、ミク、テト、エヴァ、チャチャゼロ! 無事かえ!?」

「伊織ぃ! 九重が助けに来たのじゃ!」

 

 妖怪の頭領、九尾の狐八坂と、その娘九重。周囲には、腕に覚えのある名立たる妖怪達。驚いた事に、酒呑童子率いる鬼の姿も見える。伊織に対して不敵な笑みを一瞬送り、すぐさま、邪竜と死神を蹂躙しにかかった。

 

――八岐大蛇の間に踊りでた男が、その拳一つで伝説の邪龍を吹き飛ばした

 

「どうした、兵藤一誠! 貴様、この程度で力尽きるような男ではないだろう! さぁ、立ち上がれ!」

 

 滅びの力を持たないバアル家の異児。されど、努力のみで全てを捩じ伏せて来た男。サイラオーグ・バアル。満身創痍で膝を付いていた一誠に、聞く者全ての心を奮い立たせるような叱咤が飛ぶ。サイラオーグだけでなく、彼の眷属も既に戦場に散らばり、邪龍と死神を駆逐しだした。

 

――黒炎を噴き上げる邪龍が量産型邪龍を舐め尽くした

 

「邪龍で龍王の俺達が負けるわけにはいかねぇよなぁ、ヴリトラ!」

『我が分身よ、その通りだ。さぁ、見せてやろう、我等の邪炎の力を!』

 

 ソーナ・シトリー率いるシトリー眷属が、【黒邪の龍王】たる匙元士郎の黒炎と共に戦場を駆け出した。ソーナの計算され尽くした効率のいい連携が、吸血鬼の住民達への鉄壁の防壁となる。

 

「なるほどねぇ。アザゼルのおっちゃんは、転移陣を構築してたわけか」

「吸血鬼の結界を越えなきゃならないから、少し時間はかかったようだがな」

 

 眼下の状況を見ながらリゼヴィムが呟き、伊織が正解だと言うように答えた。そんな伊織の傍らに、ミクとテトがヴォ! と音を立てて現れる。

 

「マスター無事……ではないですね。直ぐに治療を」

「もう、無理しすぎだよ、マスター」

 

 二人は、伊織の状態に眉をしかめながら、治癒魔法【フィジカルヒール】をかけ始めた。二人掛りの治癒に、伊織の傷がかなりの速度で塞がっていく。突然の事態に、動きを止めていた死神達が、一斉に襲いかかるがミクの分身体とテトの【十絶陣】に囚われて伊織には届かない。

 

 リゼヴィムも、また一体、最上級死神を屠りながら戦場を睥睨し、八岐大蛇も邪龍軍団も倒されるのは時間の問題と察し、溜息を吐いた。

 

「あ~あ。せっかく集めた戦力がおじゃんか。まぁ、また集めればいいだけだし、トライヘキサが居れば問題はないんだけどねぇ。取り敢えず、ここは引かせてもらいましょうかねっと。第一ラウンドはお前の勝ちって事にしといてやるよ」

 

 そんな事を言いながら最上級死神の攻撃をかわしつつ、転移を発動しようするリゼヴィム。妨害していた最上級死神が減ったので、どうにか転移できそうである。

 

 しかし、

 

「そんな事、許すと思っているのか?」

 

――ユニゾン・イン

――ユニゾン・イン

 

 伊織から濃紺色の魔力が噴き上がる。伊織自身は魔力を相当消費しているが、ミクとテトの二人とユニゾンすれば、二人の内包する魔力を共有できる。全快時には及ばないが、復活といって言い程度には魔力も充溢している。

 

「魔王に向かって“許し”とは不遜だよん? まぁ、ここは魔王らしく、ッ!?」

 

 リゼヴィムが何かを言おうとした瞬間、問答無用で伊織の魔法が発動する。

 

「闇に染まれ――【デアボリック・エミッション】」

 

 障壁阻害能力をもった広域殲滅型純粋魔力攻撃。スパークする暗黒の球体が、全てを呑み込むように広がっていく。伊織の周囲にいた中級から上級下位の死神は全て暗黒に消滅させられ、リゼヴィムもまた魔力を纏って防御するが、浸透する破壊力が少なくないダメージを与えた。

 

 リゼヴィウムは、伊織に魔力弾を放ちながら聖杯をもって再生しようとするが、

 

「ディバインバスター・エクステンション!!」

 

 貫通特化の砲撃が、魔力弾を貫きながらリゼヴィムを襲う。

 

 更に、

 

「刃以て、血に染めよ、穿て、【ブラッディーダガー】!!」

 

 ロックオン機能付きの血色の刃が千本。半数は死神に、残り半数はリゼヴィムと、彼の傍らに浮く聖杯を直接狙って放たれる。リゼヴィムが、しゃらくさいと言わんばかりに、圧倒的な物量の魔弾を迎撃にばら撒くが、その隙に、

 

「レストリクトロック!!」

「うおっ!?」

 

 リゼヴィムの四肢が濃紺色のリングで空中に固定される。思わず驚きの声を上げるリゼヴィムに殺到する血色の刃。

 

 リゼヴィムは、聖杯を弾き飛ばされては敵わないと、再生する前に亜空間に引っ込めた。そして、拘束を解くと同時に魔法刃を吹き飛ばすために魔王としての絶大な魔力を全身から発する。

 

 しかし、一瞬でもリゼヴィムを足止め出来れば、伊織としては十分だった。

 

「サンダーフォール!!」

 

 天候操作魔法により瞬く間に暗雲が作り出され、そこから極大かつ自然の雷が断罪の一撃となって落下した。

 

ゴガァアアアアアン!!

 

 落雷の轟音が鳴り響き、稲光が周囲を白に染め上げる。余波だけで更に上級クラスの死神が何体か消し飛んだようだ。最上級死神は、落雷に打たれたリゼヴィムよりも、大技を繰り出した後の伊織を片付けるつもりのようで、瞬間移動じみた速度で伊織の背後に回り込むと首狩りの一撃を放とうとした。

 

 しかし、その瞬間、死神の足元にベルカの輝きが生まれ設置型捕縛魔法【ディレイバインド】が発動し、その身を拘束する。すぐさま拘束を破壊しようとする最上級死神だったが、その前に、伊織が振り返ることもせず、後ろ手に指を突きつけ呟いた。

 

「【永久石化】」

 

 指の先から放たれた光線は、バインドを破壊したものの一歩遅かった最上級死神に当たり、その身をビキビキと石化させていく。終始無言で不気味な雰囲気を漂わせていた死神は、ここに来て初めて少し焦ったように解呪を試みた。

 

 だが、そんな隙を伊織が与えるわけもなく、いつの間にか背後に回っていた【ブラッディーダガー】が最上級死神に襲いかかる。石化し始めている今、下手な衝撃を受ければ砕かれてしまうと判断した最上級死神は咄嗟に回避行動に出るが、やはり、いつの間にかその身に極細の鋼糸が絡みついており動く事が出来なかった。

 

 結果、

 

ゴバッ!!

 

 そんな音を立てて石化部分――体の半分を砕かれた。そして、その間にも石化は広がり、遂に死神の全身を侵食した。それを、やはり見もせずに鋼糸で刻んでバラバラにする伊織。

 

 その視線の先には、全身から白煙を上げるリゼヴィムの姿が。見れば、雷を受けた後に追い打ちで殺到した【ブラッディーダガー】が全身のいたるところに突き刺さっている。伊織は、それを確認してフィンガースナップと共に一言。

 

「ブレイク」

 

 直後、【ブラッディーダガー】が一斉に爆破された。

 

「ぐぁあああ!?」

 

 これには流石のリゼヴィムも、思わず苦悶の声を上げる。全身から血を噴き出し、荒い息を吐く姿は、先程の焼き回しのようだ。ただし、今度は立場が逆であるが。

 

「やって、くれるねぇ。ほんと魔法とは随分、毛色が違う。どちらかと言えば科学の色が強い。異世界ってのは、そんな力が溢れてんの?」

「俺の知る世界は、個人では扱いきれない程の兵器もあったさ。それこそ世界を滅ぼしかねないようなものもな」

「うひょ~、それは楽しみすぎるぜ。そういう奴らを蹂躙するのは、さぞかし楽しいだろうな」

 

 相当なダメージを受けているにもかかわらず、邪悪に嗤うリゼヴィム。伊織は答えず、更に【レストリクトロック】と【リングバインド】を重ね掛けし、再びリゼヴィムを拘束した。同時に、転移しようとしたリゼヴィムを、ベルカ式の転移魔法の応用で空間に干渉し逃がさないようにする。

 

「おいおい、まだやんのか? わかってるぜ? お前、さっきの攻撃で、もうすっからかんだろう? 今にも意識飛びそうなんじゃねぇの? 俺も相当やられたが、まだまだ余力はあるぜ」

 

 それは事実だった。全身ボロボロに見えるが、リゼヴィムはまだ余力を残していた。全快状態の伊織ならともかく、既にユニゾンすら解けそうなほど疲弊している伊織では、とても倒しきれないことは明白だった。

 

 リゼヴィムの方も、いよいよ邪龍や死神が駆逐されかかっており、限界でも有り得ないほどの粘りを見せる伊織など放って撤退を図りたかった。しかし、限界に達しようとも、決して揺るがないのが伊織だ。たかが“限界”などで、立ち止まる理由などない。

 

 魔力枯渇で飛びそうな意識を噛み切った唇の痛みで繋ぎ留めながら、伊織は、リゼヴィムの下方に陣取った。

 

「リゼヴィム。それがどうかしたのか? 俺が立ち止まる理由になると本気で思っているのか? だとしたら、お前は力があるだけで魔王の素質もない、ただの三流犯罪者だ」

「……」

 

 伊織は、リゼヴィムに向けて右手を掲げた。その瞳には限界を示すように霞が見て取れたが、それでも奥に燃え盛る輝きは鎮火するどころか、なお激しく煌きを増していく。

 

 同時に、この戦場で、邪龍が、死神が、魔術師が、味方の悪魔や天使、堕天使達が、そして魔王ルシファー自身が撒き散らした色とりどりの魔力が伊織の頭上に集束していく。輝く魔力は流星群となって集い、急速に撃滅の星を創世する!

 

「リゼヴィム。お前が悪の御旗を掲げ、大魔王を体現した存在だと言うのなら、俺は譲れないもののため巨悪を滅ぼす人間を体現しよう」

 

 様々な色が入り混じった煌く星は、既に天龍を凌ぐほど。それでもなお、周囲から根こそぎ魔力を奪い取っていき、高密度に圧縮されていく。流石に危機感を覚えたのか、リゼヴィムがバインドの拘束を破壊し逃げようとするが……途端、聖十字架の紫炎がリゼヴィムを取り囲んだ。

 

 見れば、少し離れた場所でエヴァが疲弊の様子を見せながらも不敵に笑っている。どうやらプルートを下したようで、リゼヴィムを逃がさないように聖十字架の炎を放ったらしい。

 

【聖母の微笑】も禁手状態を使い過ぎて機能を停止しているのか回復が追いついていないようで、疲弊状態での紫炎は聖杯のオーラに退けられている。が、少なくとも拘束の役目はしっかりと果たしているようだ。

 

 リゼヴィムの頬が引き攣る。そんなリゼヴィムを真っ直ぐ見つめたまま、伊織が宣言した。

 

「この一撃(意志)は、必ずお前の邪悪を撃ち抜く!」

 

 直後、放たれた一撃。

 

――集束型砲撃魔法 スターライトブレイカー

 

 この激戦の最中、撒き散らされた敵味方全ての魔力を集めて放たれた星砕きの一撃は、極光となって天を衝いた。

 

 吸血鬼領全域を鳴動させ、次元震を起こしながら邪悪を呑み込む光の奔流。それは、まるで龍が天に登るが如く。

 

 上空の曇天が一瞬で吹き払われ、大気圏すら突破して世界を光で満たす。

 

 その神話の如き光景を、八岐大蛇を倒し切った一誠達や、邪龍と死神の脅威から解放された吸血鬼の住民達は、ただただ圧倒されたように見つめ続けた。

 

 やがて、虚空に溶け込むように消えた極光の影から、白煙を上げた人影が落下した。リゼヴィムである。彼は、そのまま力なく、ピクリとも動かずに地上へ落下すると、小さなクレーターを作って着弾した。その窪みの中で大の字になっている。既に魔力の欠片も感じられない。

 

 非殺傷設定で撃ったわけではないのだが、あれだけの一撃を受けて魔力枯渇と全身のダメージだけで済んだのは驚きだ。塵一つ残さず消滅してもおかしくなかったので、流石は大魔王を名乗るだけはあるというべきか。

 

 そんなボロボロの大魔王のもとへ異世界の守護者が歩み寄る。

 

 クレーターの淵から睥睨する伊織と、地の底で横たわるリゼヴィムの姿が、何より雄弁に、この戦いの決着を告げていた。

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

ミクの禁手、チートです。はい。
しかし、今のところ消耗も激しい。今のところ。
時間があれば、ピンチになることもなく倒せたんですけど、やっぱり禁手は見せて起きたかったので、その弊害と合わせて書いてみました。

そして、最後はやっぱりスターライトブレイカー。魔王には魔王の技を、ということです。

感想について、いつも有難うございます。
リゼヴィムが聖杯を自分に使った描写について、全くその通りです(汗
サーゼクスが滅びの力を極めたというように、リゼヴィムも神器無効化能力を調整できるという設定でどうでしょう?
そのうち書き加えておきますので、一つご納得の方、宜しくです。

明日も18時更新です。

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