重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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ハーメルン民のみなさま、お久しぶりです。唯の厨二好きです。

久々に二次を書きたくなってちょびっとだけ戻ってきました。
伊織がイオリアだったころ――古代ベルカ編のエンディングおまけみたいな話です。



リリカルなのは古代ベルカ編 おまけ
リリカルなのは古代ベルカ編 おまけ


 ベルカのとある地方にある心地よい風の吹く草原に、幾人もの人影があった。レジャーシートを敷き、お弁当を広げ思い思いに寛いでいる。どこからどう見てもピクニック風景である。

 

 今日、ここに来ているのはルーベルス家の面々とオリヴィエ、クラウス夫妻の王家の面々、それに夜天の書の主と騎士達だ。

 

「おとぉさん、あ~んして!」

「……全く、スーリアは甘えん坊だな」

 

 青年の膝の上にちょこんと座り、お弁当の一角に指をさしながら、スーリアと呼ばれた三歳くらいの女の子は、思わず「こやつ出来る!」と言いたくなるような見事な上目遣いで可愛いおねだりをした。

 

 それに相好をあっさり崩された青年――イオリアは、娘の言いなりとなって指定された料理を取り、そっとその小さな口元に添えた。にへら~と笑いながら、パクリと食いつくスーリア。

 

 ふっくらした頬は薔薇色に染まり、もみじのように可愛らしい手と、パタパタと機嫌良さそうに動くあんよは愛らしさの極み。まるで、物語に出てくる幼い天使の如く。母親似の美しい金糸の髪に、ルーベルス家特有の切れ長の瞳は、この幼い女の子の両親が誰であるか如実に物語っている。

 

 そう、スーリア・ルーベルスは、イオリアとエヴァの間に出来た娘なのである。

 

「何が甘えん坊だ。お前がそうやって甘やかすのが原因だろうが」

 

 呆れたような表情で、イオリアに苦言を呈したのは十五、六歳くらいの美貌の少女――エヴァだ。イオリアの隣に座り、何だかんだ言いながら娘を甘やかす夫にやれやれと肩をすくめる。

 

 もっとも、そんな態度を取りつつも……

 

「おかぁさん、あ~ん」

「むっ、食べさせてくれるのか? ふふ」

 

 スーリアがむにっと掴んだ卵焼きを、満面の笑みでエヴァに差し出せば、途端、エヴァの表情はでれっでれに崩れた。元のネギま世界で、闇の福音としてのエヴァしか知らない者からすれば、きっと卒倒するか現実逃避するに違いない、ふにゃふにゃの笑顔だった。

 

 そしてすかさず、愛しい娘に「あ~ん」を仕返す。その表情は母性と慈愛に満ちていて、もはやどう言い繕っても「私は悪の魔法使い」という主張は通りそうになかった。エヴァ自身は往生際悪く、未だにその主張を崩そうとはしなかったが。

 

 そんなエヴァを見て、微笑ましそうに、あるいは愛しそうに目を細めるイオリア。どう見ても、幸せな家族の光景そのものである。

 

 イオリアは母娘のやり取りを視界に収めつつ、その手を湯呑に持っていった。が、イオリアの手は、湯呑が置いてあったはずの場所を素通りしてしまう。「おや?」と思いつつ、イオリアが視線を転じると、絶妙なタイミングで、そそと湯呑が差し出された。

 

「どうぞ、イオリア。空になっていたので入れておきました」

 

 そう言って、湯呑を差し出したのは銀髪緋眼の美女――リインフォースだ。黒を基調にしたシャツにジーンズだけという何ともラフな格好で、顔には穏やかな微笑みが浮かんでいる。およそ、長い年月を闇に囚われていたとは思えない、魅力的な表情だった。

 

「ああ、ありがとう、リイン。……ところで、カリナのところに行かなくいいのか?」

 

 イオリアが視線を転じれば、その先にはミクやテトと何やら弾幕ごっこをしている新生夜天の書の初代主――カリナ・ホールディンの姿がある。傍には夜天の守護騎士であるシグナムやシャマル、ヴィータやザフィーラの姿もあり、刻一刻と増していく弾幕の激しさから、もはや鍛錬の域に突入していそうだ。

 

 なので、カリナ自身の力を十全に補うことができる夜天の書の管制人格であり、ユニゾンデバイスでもあるリインフォースが加わらなくていいのかと、イオリアは尋ねたのである。

 

「構いません。大規模な魔法でも使わない限り、あのような遊びは良い制御訓練になります。私が補助しない方が、主の地力も上がりやすいでしょう。……それとも、私がここにいてはお邪魔ですか?」

 

 リインフォースが、カリナを眩しそうな眼差しで見つめた後、イオリアに向けて少し寂しそうな表情でそんなことを言った。

 

「そんなわけないだろう。いつもいつも、“恩人だから”って、何かと気を遣ってくれるからさ。そんなの気にせず、カリナを優先してくれていいんだって言いたかっただけだ。まぁ、これも、いつも言っていることだが」

「はい。そして、私の返答も同じです。確かに恩は感じていますが、それだけでなく、ただ私は私がしたいようにしているだけです。さぁ、イオリア、それにスーリアも。こちらをどうぞ」

 

 リインが差し出したフルーツに、スーリアは瞳をキラキラさせながら小さなお口を精一杯大きく開く。そこへ、にこにこと笑みを浮かべながらリインが「あ~ん」をする。そして、イオリアの方にも「あ~ん」をしようか迷うようにチラチラと視線を彷徨わせるものの、結局、気恥ずかしさが勝ったようで、そっと入れ物を差し出すに留まった。

 

 控えめで、気遣いを忘れず、そっと傍に寄り添う。歩き出せば、きっと三歩下がって付いてくるに違いないその姿は、まさに大和撫子。今もまた、さり気なく、イオリアの湯呑に継ぎ足している。

 

 そんなリインの姿を見て、ぷるぷると震えるのは我等が吸血姫様だ。

 

「お・ま・え・はぁ~~~。毎度、毎度、さり気なく妻ポジションに収まりおってぇ! イオリアは私の夫だと、何度言えばわかるっ」

 

 うがぁ~と怒声を上げて立ち上がったエヴァに、リインは不思議そうな眼差しを向けながら「はて? 一体、なにを怒っているのかしらん?」と首を傾げた。

 

「くっそぉ。その何も分かっていないという顔が演技ならぶっ飛ばしてやるものをぉ。本気で分かっていないから始末に負えんっ」

 

 地団太を踏むエヴァ。その言葉通り、リインの言動は全て混じりっけなしの天然である。主であるはずのカリナがいようが、傍にエヴァやミク、テトといったイオリアの妻がいようが、気が付けばそっとイオリアに寄り添っており、決して前に出ることはなく、実にさり気なく世話を焼くのだ。

 

 リインにとってそれは、別にエヴァ達からイオリアを奪ってやろうとか、妻である彼女達に嫉妬して煽っているだとか、ましてイオリアの好感度を上げたいなどという意識すらなく、本当にただひたすら、恩人であるイオリアに少しでもお返しがしたいという意識のもとにやっているようで、事実、その世話焼きは比重としてはイオリアが最も多いものの、ミク達にもしっかり反映されている。

 

 なので、エヴァとしても、そんなリインには強く出られず、しかし、イオリアに寄り添われるのは何となく嫌なのでフラストレーションは溜まり……という悪循環が出来ているのだ。

 

 ただでさえ、妻がいると分かっていながらイオリアを狙う女は多いというのに、「本当に、どうしてくれようか、この天然は……」といった感じなのである

 

「あぁ、もういいから、取り敢えず、イオリアからもう少し離れろ!」

「は、はぁ……エヴァがそういうのでしたら……」

 

 困惑しながらも、エヴァの言う通りにイオリアから離れるリインフォース。そして、自分とイオリアとの間に空いた距離感に、少し眉を下げた。いかにも寂しそうである。

 

「ぬっ、ぐぅ~」

 

 エヴァが、リインの表情を見て気まずそうに呻き声を上げる。すると、そんなエヴァにまさかの追撃がかかった。

 

「むぅ、おかぁさん! りぃんおねえちゃんをいじめたら、メッだよ!」

「なっ、む、むすめに叱られてしまった……うぅ、イオリアぁ」

「はいはい。大丈夫だぞ、エヴァ」

 

 めそめそと泣きついてきたエヴァの頭を、イオリアは、よしよしと優しく撫でる。途端、ふにゃりと“たれエヴァ”になるエヴァ。苦労も多いが、夫婦仲は良好である。そして、エヴァに“悪の魔法使い”の面影はゼロだった。

 

「ははは、我が息子ながら見せつけてくれるな。なぁ、アイリス」

「えぇ。まぁ、私としては娘が一人二人増えたところで何の問題もないわ。特に、リインみたいな人なら、ね。どう、リインもこの際、イオリアのお嫁さんになる?」

 

 イオリア達と同じく、スーリアの一挙手一投足にデレデレしていたイオリアの両親、ライドウとアイリスがそんなことを言った。一瞬、ポカンとするリインだったが、直後にはりんごのように真っ赤になりながら、あわあわと両手を振る。

 

「お、およ、およよ、お嫁さん、な、などと……からかわないで下さい」

「あら、別にからかってなんかいないわよ? ミクやテトだってユニデバだけど、お嫁さんだし、三人も四人も変わらないでしょう?」

「……いえ、いいのです。私は……もう十分に幸せです。救われ、夜天に戻ることができて、新たな素晴らしい主に出会い、今もこうして陽だまりの中にいる。ええ、本当に……これ以上、何を望めというのです」

 

 まるで、そこに大事な宝物があるかのように、リィンはそっと胸元で両手を握り締めた。和らいだ表情や、ほのかに染まる頬、柔らかく弧を描く口元……その全てが、彼女の言葉通り、嘘偽りなく、“十分に幸せだ”と示していた。

 

 そんなリインを見て、ライドウやアイリスの隣で杯を傾けていた覇王が、何やらやたらと感心するような声音と表情で、深く頷きながら口を開いた。

 

「何とまぁ、謙虚なことだな。淑やかに、美しく、他者への気遣いを忘れない……女性のお手本のようだ」

 

 うむうむと、一人感じ入るように褒めるクラウスだったが、この場の二人の男性陣――イオリアとライドウは、「あ~あ、やっちまったよ」といった呆れた表情を向けた。

 

 その理由は一つ。

 

「……そうですか。女性のお手本ですか。クラウスは、リインのような女性が好みなのですね」

「っ!? オ、オリヴィエ」

 

 そう、酒が入っていい感じに出来上がっているクラウスの隣には、当然、彼の妻であるオリヴィエがいたのだ。薄い桃色がかったワンピースというラフな格好で、膝を揃えながら寛ぐ姿は、彼女が自然と発する気品と相まって深窓の令嬢のようだ。普段の、武人然とした雰囲気はない。

 

 否、なかったのだが……今は、ふつふつと覇気を発し始めている。笑顔で。それはもう素晴らしく可憐な笑顔で、されど、お約束のように笑っていない無機質な瞳を真っ直ぐクラウスに向けて。

 

「い、いや、違うんだ、オリヴィエ。今のは、一般論であってだな、俺は別に……」

「ふふ、どうしたのですか、そんなに動揺して。覇王ともあろう人が情けないですよ?」

「ちょ、話を聞いて……」

「話、ですか? それならちょうど“お手本のような女性”がいることですし、彼女に聞いてもらえばいいのでは? 私では、力不足かもしれませんし、ね」

「……」

 

 クラウスが、覇王にあるまじき涙目でイオリアへと救援を伝える視線を向ける。

 

 イオリアは、そっと視線を逸らした。

 

(おい、イオリア! 主の危急だぞ! 何故、目を逸らす! こっちを見ろ! そして、俺を助けろ!)

(いやぁ、奥さんが隣にいるのに、他の女性を“お手本”と言っちゃあダメでしょう。自業自得ですよ)

(俺の騎士だろう! 主を見捨てる気か!)

(ザー、ザー、あれ、念話が……ザー、不調のようで、ザー)

(お前ぇ、ザーザーって口で言ってるだろうが! っていうか、念話に無線みたいな雑音が入るわけないだろう!)

 

 念話でイオリアに助けを請うたクラウスだったが、イオリアは既にクラウスを見てすらいない。赤の他人を装うかのように、膝の上のスーリアに世話を焼いている。

 

 最も信頼している騎士からあっさり見捨てられたクラウスは、パッと視線をもう一人の男へと向けた。

 

(ライドウ、お前の息子に見捨てられた! 責任を取ってライドウが……)

(ただいま、ルーベルス家は留守にしております。御用のある方は、“ピー”という発信音の後に、人生をやり直してください。“ピ~~~~”)

(留守も何も、今、目の前にいるだろうがぁっ!! しかも、人生をやり直せってどういう意味だっ!)

 

 ライドウは何事もなかったようにアイリスへと視線を固定して、我関せずを貫いた。

 

 ルーベルス父息子に見捨てられた覇王様。そんな彼の頬へ、そっと手が添えられた。思わず、ビクッとなるクラウス。もちろん、手を添えたのは妻であるオリヴィエだ。

 

「ふふ、今度は無視ですか。自分の妻を無視ですか。そうですか」

「あ、いや、違うぞっ。今、ちょっ――グペッ!?」

 

 慌てて弁解しようとしたクラウスだったが、突然、首が90度以上、グリンッと強制的に回されたことで奇怪な悲鳴を上げて言葉を詰まらせた。

 

 当然、首を回したのは、クラウスの頬に添えられたオリヴィエの手だ。咄嗟に、首が回るのに合わせて体を回さなければ、ペキョ! っと逝っていたかもしれない。戦慄を表情に浮かべるクラウスに、オリヴィエは満面の笑みで言い放った。

 

「久々の休日ですし仕方のない面はありますが、それでも少々気が緩みすぎのようですね。いいでしょう、クラウス。酔い覚ましに少々、鍛錬相手をして上げます」

「それ、絶対お仕置き――」

「さぁ、逝きますよっ! 最近、ようやく【発】も形になってきたのです。ちょうどいいので、あなたで試してみましょう」

「っ、嘘だろう!? いつの間に、そんなところまで……俺でもまだ、四大行をどうにか終えたところなのにっ」

 

 首根っこを掴まれてズルズルと引きずられていくクラウス。どう見ても覇王の威厳は皆無だった。

 

 ちなみに、その会話から分かるように、実は、クラウスとオリヴィエには【念】が教えられている。危険な力なので拡散しないよう気を付けなければならないが、二人にならと、イオリアが決断したのだ。二人も、後世に伝えるとしても王家の直系のみにすると確約している。

 

「オリヴィエさんの【発】、割と凶悪だからなぁ。俺は、今日、王を失うかもしれん」

「笑いながら言うことか。まぁ、“犬も食わぬ”だからな。五十歳近いくせに、よくやるよ」

「むしろ、【念】とか “別荘”の“美肌温泉”で若返っているからなぁ。どう見ても、二十代後半、多く見積もっても三十代中盤くらいにしか見えない」

「最近、ベルカの覇王と聖王は若返りのロストロギアでも使っているんじゃないかと噂が出ているようだぞ。特に、女はオリヴィエの若さの秘密を探ろうと躍起になっているようだ」

 

 イオリアとエヴァが呑気に会話している向こう側で、盛大な爆音と悲鳴が響いてきた。誰の悲鳴かは言わずもがなだ。

 

 その“犬も食わない”夫婦ゲンカに、遠くで弾幕ごっこをしていたカリナやミク達が面白がって野次馬と化す。

 

 すると、タイミングよく、伊織達の近くでベルカ式の魔法陣が輝き出した。転移魔法の輝きだ。

 

 そこから現れたのは、イオリアの妹――リネット夫妻とその子供達、ルーベルス家のユニゾンデバイス“リリス”。更に、クラウスとオリヴィエの子供達に、アルフレッドを筆頭にした腹心の騎士達とその家族。騎士学校時代からの友人であるタイル達友人とその家族達だ。

 

 彼等は、イオリアがいなくなっていた二十二年の間に、それぞれ一角の人物になっており、こうして全員揃って日程を合わせるのは至難だった。なので、どうにか時間を作って後から参加することになっていたのだが、どうやら、ようやく休暇をひねり出せたようである。

 

 一気に人数が増えて、賑やかさが倍増しになった草原。

 

 早速、リネットの子供達を筆頭に各家族の子供達が、“末っ娘”のスーリアを見つけてワッと駆け出した。スーリアも、“お姉ちゃん、お兄ちゃん”達に気がついてパァ! と顔を輝かせる。そして、チラリと上目づかいにイオリアを見やった。

 

 言いたいことは明白。「遊んできてもいい?」だ。イオリアが微笑みながら頷くと、スーリアは、三歳とは思えないほど軽やかな身のこなしでイオリアの膝上から降りると、ステテテテーと彼等のもとへ駆け出した。

 

 子供達は、そのままキャッキャッと楽しそうな声を上げながら、スーリアを構い倒すべく遊び始めた。大人組も、新たなレジャーシートを広げては、それぞれ持ち寄った料理や飲み物、酒の類を出して、どんちゃん騒ぎを始める。

 

 誰もがすっかりくつろぎ始めた頃、それを見渡せるような少し下がった位置へいつの間にか移動していたイオリアは、隣にエヴァを侍らせながら、目を細めて、幸せを噛みしめるような表情をして、彼等を眺めていた。

 

「ふふ、マスター。何だか、おじいちゃんみたいな顔をしてますよ?」

「前世の年齢を合わせても、まだ“おじさん”の領域だし、ちょ~とその雰囲気を出すのは早いんじゃないかな、とボクも思うよ? マスター」

 

 聴き慣れた心地よい二人の声が耳に届く。同時に、左隣へ、寄り添うようにテトが座り、真後ろから包み込むようにミクが抱きついてくる。いつの間にか、カリナ達との遊びを終えて、イオリアの元へ帰って来ていたようだ。

 

「そんな顔してるか? 子供が生まれたばかりなのに、もうおじいちゃんみたいか……割とショックだな。人生がハード過ぎるのが悪いんだ。きっと」

 

 自分の顔を撫でながら、むぅと唸るイオリア。確かに、今思い返しても中々にハードな人生だ。

 

 そんな唸るイオリアに、ミク達はくすくすと笑いながら、

 

「嘘ですよ~。マスターはまだまだお若いです」

「まぁ、もう“お父さん”だからね。子供っぽすぎるのは考えものだしね」

「うむ。スーリアの前では、格好いい父親でいてもらわねば。間違っても、覇王なのにツッコミキャラ化しているクラウスのようにはなるなよ」

「俺の王様になんてこと言うんだ。まぁ、奥さんにお仕置きされてぶっ飛ばされるような姿は見せたくないのは同感だが」

 

 視界の端に、また何かやらかしたらしい覇王が宙を飛ぶ姿が入った。その下では青筋を浮かべた奥さんが、天を衝くような拳を掲げている。その様は、まさに覇王の如く。ぶっ飛ぶクラウスには目もくれず、子供達が「おぉ~~」とキラッキラした眼差しをオリヴィエに向けている。

 

 と、その時、

 

「イオリアさぁ~ん! 私、さっきの弾幕ごっこで一つ新しい魔法を覚えたんですよ! 褒めて下さい! 具体的には、撫でて下さい! 頭だけでなく、至るところを!」

 

 妻に囲まれるイオリアを見てか、何やら「ぬかったっ。出遅れた!」といった表情で突進してくるカリナが、とんでもないことを口走る。

 

 更に、

 

「イオリア様! 私も、母から教わった技を習得しました! 見ていただけませんか! なんでしたら、技だけと言わずに、全てをっ」

 

 クラウスとオリヴィエの娘にして、聖王・覇王連合国の第一王女“クラリオーネ”が、カリナに負けず劣らずの際どい発言をしながら健脚を発揮して迫る。

 

 それだけに留まらず、

 

「イオリア。そんな端でどうしたのです? もしや、お疲れですか? で、でしたら、私がマッサージなどを……夜天の名にかけて、必ずや気持ちよくさせてみせます!」

「おい、リイン。お前また、エヴァのやつにどやされるぞ。なぁ、イオリア。そんなことより、あたしとアイス食べようぜ。これギガうめぇんだ」

「ヴィータ、そんなに美味いアイスならスーリア達に食べさせてやれ。ところでイオリア殿。ミクから異世界の剣術を習っているんだが、どの程度のものか、マスターである貴方にも見てもらえないだろうか」

「もう、みんな、せっかくの休日なのに、押しかけたらイオリアさんがご迷惑でしょう。イオリアさん、お疲れなら私にお任せを。癒しの魔法は私の領分ですから」

 

 と、夜天組が揃ってイオリアへと迫る。何だかんだと理由を付けているが、顔を見れば構って欲しいという感情が透けて見える……気がする。

 

「イオリア叔父さん! あのね、あのね!」

「イオリアさん、是非、私とっ!」

 

 その他にも、リネットの娘や、騎士の後輩の女性陣などがわらわらと集まって来る。実は、ここに到着した時点から、虎視眈々とイオリアの隣を狙って瞳を光らせていたのだが、互いに牽制している内に、あっさりミク達に座を奪われてしまい、「こうなりゃ形振り構ってられるかぁっ! 乙女は突撃じゃい!」と、内心通り、突撃してきたのである。

 

 イオリアが「うん?」と彼女達に意識を向ける――前に、

 

「甘いわっ! トラップ発動! 強制転移ぃいいい!!」

 

 エヴァが魔王のような威厳と言動で事前に仕掛けておいた魔法を発動する。途端、イオリア達の場所を中心に周囲三百六十度の地面が一瞬で光に埋め尽くされ、西洋魔法とベルカ式魔法のハイブリット式隠蔽型速攻強制転移魔法(エヴァオリジナル)が発動する!

 

「へっ、しまっ!?」

「おのれっ、エヴァさんめぇ! でも、たとえ私を転移させても、第二第三の私が――」

「ちょっ、あたしはただアイスを――」

「ぬっ、これしき斬魔の剣で切り裂いてって、なんだ!? いつの間にか糸がっ――」

「やぁん! 体が動かないぃ」

 

 カリナ、クラリオーネ、ヴィータ、シャマルが「やられたっ」といった悔しげな表情でエヴァに視線を向けた瞬間、彼女達は光に呑まれて何処かへと消えていった。当然、彼女達に抗えなかったものを、他の女性陣がどうにかできるわけもなく、「いやぁ!」とか「イオリアさぁ~ん!」とか、「やっぱり、魔王の壁は高かった……」などと、エヴァに悔しげな、それでいて戦慄するような表情を向けて消えていく。魔王が誰を指しているのかは言わずもがな、だ。

 

「ふぅ。事前に用意しておいてよかった。あいつらめ、チラチラとイオリアを狙う視線を向けておきながら、この私が気がつかないとでも思ったか」

「すごいです、エヴァちゃん! 流石、第一夫人!」

「本妻の本気、ここに見たり! だね!」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、何やら香ばしいポーズを取るエヴァに、ミクとテトが称賛の言葉と拍手を送る。ちなみに、第一夫人とか、本妻というのはこの場のノリである。イオリアが彼女達につけた順位とかではない。

 

「……エヴァ。何やら、大勢が駆け寄ってきたかと思ったら、いきなり消えたんだが」

「! いや、イオリア。あいつらは私に遊んで欲しかっただけだ。だから、ちょっと撫でてやった。それだけのことだ」

「普通に、俺の名を呼んでいたと思うが……」

「気のせいだ」

「気のせいか?」

「うむ、気のせいだ」

「そうか。エヴァがそう言うなら、気のせいだな」

「うむ」

 

 満足げに頷くエヴァに、イオリアは困ったような、それでいて愛しそうな表情を浮かべる。

 

 本当のところ、イオリアは、どこぞのギャルゲー主人公のように、病的に鈍感なわけでも、肝心なところで難聴になったりもしないので、大体のところを察しているのだ。ただ、エヴァが、イオリアの前では余り“女の戦い”を見られたくないと思っていることも察しているので、鈍感を装っているのである。

 

 そして、イオリアがそう装っていることを、エヴァ自身も察している。その上で、お互いに分かっていないことにしているのだ。その方が、何となく、互いに嬉しいから。もちろん、ミクとテトも、その辺りの心情は理解の中なので、やはり同じように分かっていないことにしている。

 

 なので、互いに“分かっていながら”、意思の疎通もなく“分かっていない”ことにしているということが、何となくおかしくて、イオリア達は顔を見合わせてくすくすと笑い合うのだった。

 

「まぁ、百キロ程離れた場所に飛ばしただけだから、三十分もしない内に戻ってくるだろうが……それまでは少しゆっくりできるな」

「おや、転移では戻って来れないのですか?」

「うむ、無理だろう。こんなこともあろうかと、周囲百キロ圏内の空間を適当に乱しておいた。まともに転移はできんだろう」

「すごい……道理で、レジストするのに手間取ったわけです。あとコンマ一秒遅れていたら、私も飛ばされているところでした」

「ふふふ、そうだろう、そうだろう。空間遮断に比べれば乱すのはそう難しくはないのだが……まぁ、範囲が範囲だけに手間はかかるからな」

「なるほど。数日前から、いそいそと一人でこの草原に来ては、準備をしていたのですね。何だか、可愛らしいです」

「か、可愛いとか言うな。私はただ……………………………………………………リイン。何故、お前がここにいる。というか、何故、さっきまで私がいた場所に、当然の如く収まっているのだっ」

 

 普通に会話をしていたものの、「はて? 何やら聞き覚えがあるような」と振り返ったエヴァの視線の先には、さっきまでエヴァがいたイオリアの右隣で行儀よく正座したままお茶を淹れるリインの姿があった。

 

 リインは、ビシリと指を指して訴えるエヴァに小首を傾げつつも、イオリアにそっとお茶を差し出してから、「さっき言った通り、レジストしたからですが?」と不思議そうに答える。

 

「ぬがぁーー!! お前という奴はっ、ごく自然に廃スペックを見せつけおってぇ!」

「はい、これも私の調整をして下さったアイリス様とライドウ様のおかげです。以前なら、流石に間に合わず、他の者達と同じように飛ばされていたでしょう。流石は、イオリアのご両親です」

 

 ほっこりと微笑むリイン。全く分かっていなさそうな様子に、エヴァは地団駄を踏む。

 

 リインの言う通り、エヴァは、本日のピクニックが決まってからというもの、暇を見つけてはこっそりとこの平原にやってきて、えっちらおっちらとトラップ作成および空間乱しの仕掛けをほどこしていた。

 

 なので、幾日にも及ぶ、飢えた女達から旦那を守るための仕掛けを、あっさり凌がれたとあっては何とも穏やかではいられない。

 

 まして、凌いだ本人には悪気も嫌味もないのだから始末に負えない。

 

 結果、「うぅ」と変な唸り声をあげ始めたエヴァに、イオリアは苦笑いしながら歩み寄った。そして、柔らかく抱き締めてやると、エヴァはイオリアの胸元に顔を埋めてグリグリと擦りつける。

 

 ……やっぱり、そこに〝闇の福音〟としての威厳は皆無だった。

 

「あ~、おかぁさんがおとぉさんにぐりぐりしてるぅ~~! スーリアもぐりぐりするぅ~」

 

 母が父に甘えている姿を目撃して、スーリアが駆け込んできた。幼女にしては嫌に速い足で、そのままぴょんっと二人の元へ飛び込む。

 

 イオリアとエヴァはスッと距離を離すと、互いの間に愛娘を迎え入れた。何を言わずとも、完全に動きがシンクロしているイオリアとエヴァ夫妻は、傍から見れば十分に〝犬も食わぬ〟というやつだ。

 

 正直、誰がアプローチをかけようと、イオリアがエヴァやミク達の他に女性を受け入れることなどあるわけがないことは、その光景だけで明白なのだが……

 

「ほんと、いつまで経っても可愛いですねぇ~」

「だねぇ。だけどミクちゃん。感心ばかりもしていられないよ。ボク達も、マスターの隣を明け渡す気はないんだから」

「そうですね、テトちゃん。私達の間では問題なくても、周囲の人達に〝エヴァちゃんこそ本妻〟と認識されちゃうのは、私達の矜持に傷がつきます!」

「というわけで!」

「「マッスタ~~ッ!!」」

 

 ミクとテトはユニゾンデバイスだ。故に、エヴァのように、イオリアの子供を産んであげることはできない。だからこそ、エヴァという親友で仲間で家族でもある彼女が傍にいてくれることを、二人は心から感謝しているし、幸せだと思う。

 

 だが、それでも、たとえ大した意味はないのだとしても、周囲の人々に、後の歴史家に、〝イオリア=ルーベルスの妻はエヴァンジェリン一人である〟などと言わせるのは認められない。

 

 だってそれは、イオリアがくれた想いを無下にするものだから。妻として認知されないなど、求愛の言葉を贈ってくれたイオリアに申し訳が立たない。

 

 イオリア本人は否定するだろうが、ミクとテトにとってはそうなのだ。

 

 望まれて生まれて、求められて永遠を共にする。ならば、〝イオリア=ルーベルスの傍らに、最高の妻ミクとテトあり〟と言わしめねば、二人の矜持に傷がつく。

 

 いつも通り、気が付けば、妻まみれになっているイオリアに、ライドウとアイリスは微笑ましそうな表情。頬を擦りながら戻って来たクラウスはジト目を、オリヴィエは生温かな表情を、他の大人組は「やれやれ、またか」みたいな呆れ顔を見せている。

 

 と、そのとき、

 

「い~お~り~あ~さ~~~~んっ」

「イ~オ~リ~ア~さ~ま~!!」

 

 不意に声が聞えた。ギョッとした様子でエヴァが視線を転じれば、そこには黒い六枚翼をはためかせて超高速飛行してくるカリナの姿と、虚空瞬動の奥義・縮地无疆により空中を爆走してくるクラリオーネの姿があった。

 

 更にずっと後方からも砂煙を上げ、あるいは爆音を響かせながら何らかの手段で高速移動してくる集団――エヴァに強制転移させられた女性陣が戻ってきている姿も見える。

 

「ちょっと待てぇえええええっ! 百キロは飛ばしたんだぞ! まだ十分も経ってないのに、物理的に戻って来るやつがあるかぁああっ」

 

 流石のエヴァもツッコミを入れずにはいられない。

 

「「愛故に!!」」

「やかましいわっ」

 

 大気との摩擦熱で熱気と衝撃波を撒き散らしながら急停止したカリナとクラリオーネが、実にいい笑顔でサムズアップを決める。

 

 ちなみに、カリナの黒翼――高速移動魔法スレイプニルだが、百キロの距離を五、六分で走破できるほどの熟達を、今までカリナは見せていなかったので、リインは目を丸くしているし、未だ自分達すら習得していない虚空瞬動の奥義を普通に使っている娘に覇王と聖王夫妻はぽかんっと口を開いて唖然としている。

 

 流石は新生夜天の書の初代と、聖王と覇王の才を受け継ぎ、更には世界最強の騎士から異世界の武を学ぶ次期女王というべきか……

 

「ふっ、ふふふっ。エヴァさん、いつまでも私達をあしらえると思ったら大間違いですよ。私は、必ずこの手を届かせてみせる! 夜天の主の名にかけて!」

「この程度で私は止めれない! 私は、必ず望んだものを手に入れる! 聖王と覇王の名にかけてっ!」

「こんなことに名をかけるんじゃない! 見ろ、リインとクラウスとオリヴィエが、物凄く微妙そうな表情になっているだろうがっ。ええい、こうなったら、〝九天〟で全員まとめて氷漬けに……」

 

 不敵に笑うカリナとクラリオーネを前に、エヴァはちょっと危険すぎる魔法を放とうかと思案する。

 

 そんなエヴァ達を見て、スーリアが心配そうにイオリアを見上げた。「おかぁさん達、けんかしているの?」と。

 

 イオリアは、スーリアの頭を撫でるとゆるりと首を振る。そして、「心配ないよ」と優しい声音で声をかけると、スーリアをそっと脇に下ろし、おもむろにセレスへと呼びかけた。

 

 忠実なデバイスたるセレスは瞬時に主の意図を解し、その姿をバリトンサックスへと変える。

 

 そうして、傍らのスーリアがぱぁっと瞳を輝かせるのを横目に、スッと息を吹き込めば――

 

「ぁ」

「ふわぁ」

「むっ」

「おぉ」

 

 小さな声が無数に。それは、「待ってました!」という期待と、言葉にならない感動と、心捕らわれた幸せの証。

 

 穏やかな風がそよぐ平原に、黄金の調べが響き渡る。

 

 風と調和し、葉擦れの音さえ旋律に加え、まるで天へと上るが如く世界を駆け巡る――

 

 天上の音楽。

 

 遠くから駆け付けてきていた者達の音が明らかに弱まった。不粋な音を、自ら潜めたのだろう。

 

 そこへ、歌声が重なる。静謐な泉に、一滴の水滴が作り出す波紋のように広がる美しい声。そのためにこそ生まれた二人の、想いに想いを重ねたそれは、今このとき、この場所に集った人々への感謝と幸せを伝えるもの。

 

 世界に響く。

 

 みな、幸せであれと。

 

 世界に響く。

 

 どんな困難にも負けはしないと。

 

 世界に響く。

 

 ここに、救いをもたらす者――

 

 ベルカの騎士イオリア=ルーベルスと、彼に寄り添う者達あり、と。

 

 

 

 

 魂の旅に出た彼等が、再びこの世界に戻って来るのは数百年後のこと。

 

 より多くの力と絆を携えて。

 

 数多のイレギュラーに混沌へと落とされた世界を救うべく。

 




いかがでしたか?

リリカルなのは古代ベルカ編のあと、めでたいことにエヴァとイオリアの間には子供ができました。ということにしました。
聖王と覇王の子供達も元気いっぱいです。
新生夜天組も、ちょう元気です。
やっぱりハッピーエンドのあとは、ハッピーなアフターがいいですよね。

さて、最期にリリカルなのは現代偏の予告みたいなこと書いちゃいましたが……
まったく投稿できる未来が見えない……

書きたくはあるんですけど……
このハーメルンでは基本的に完結まで書いたものを毎日更新していましたが、そうなると本当に何年先になるんだよって感じです。
そうなると、エタるの覚悟で書け次第、随時更新の方がいいのかな。

まぁ、そのうちさりげなく何か書いていくかもしれませんが、そのときは、一緒に楽しんでもらえると嬉しいです。

それでは、ハーメルン民の皆様に、毎日いい厨二がありますように。

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