重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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注意書き

・元祖主人公体質のため、対応が基本的に甘い。
・ご都合主義
・作者のやりたい放題。
・本章より転生者複数登場

前回までのあらすじ。
・斎藤伊織くん、超不幸体質→トラックでぺしゃんこ
・観測者アランに、音楽の才能とミクテトとの出会いを貰ってリリなの古代ベルカに転生。
・ゆりかごにバキュンされてハンター×ハンター世界へ
・戻ろうとしたらギュンされてネギま世界へ
・火星をテラフォーミング→真祖の吸血鬼からは逃げられない
・古代ベルカに戻る→滅亡寸前なのでさくっと救う。ついでに闇の書も救う
・ハイスクD×Dの世界に転生
・666をぶっ飛ばして、800年ほど生きる→神仏から「SHINONOME」と呼ばれる。
・龍神様と九尾のお狐様をお嫁にして転生。
・リリなの現代へ←今ここ


リリカルなのは 現代偏
第64話 プロローグ


 その日は、少年にとって八歳となる誕生日だった。

 

 小学校の友達や先生達にもお祝いされ、気分はどんどん盛り上がった。迎えに来た、少し変わっているが優しい母に手を繋がれて、半ばスキップしながら帰宅する道中は今晩のご馳走とケーキで頭がいっぱいだった。

 

 日が落ちる頃には父親も帰ってくる。その腕には少年がおねだりした誕生日プレゼントが抱えられているはずだ。父親はきっとそわそわする少年に、まずは料理が先だと悪戯っぽい表情で焦らすのだろう。

 

 父親はお調子者の嫌いがあるのだ。子供相手でも容赦なく意地悪したり、お遊びなのに本気で息子を負かして高笑いするような人なのである。

 

 そのくせ、少年が悔しさにわんわん泣き始めると途端にオロオロとしだすのだから、少年としてもまるで年上の友人を相手にしているような感覚で何とも嫌いになれなかったりするのである。

 

 そして、そんな父息子の様子に腹を抱えてケラケラと笑うのが母親の常だった。「止めろよ!」というツッコミがダース単位で入りそうなものだが本人に治す気はないようである。

 

 それでも、最終的には夫も息子も纏めて抱き締めて、そしておいしい夕食を作ってくれるのだから、やはり嫌いにはなれない。

 

 つまるところ、色々と大人げないというか、変わり者の両親ではあるものの少年にとっては大事な大事な家族であり、普通の子供がそうするように親に対して無条件の信頼を寄せていたのである。

 

 そんなわけであるから、母親が作ってくれたデミグラスソースがたっぷりトロリとかけられた特製はなまるハンバーグや、外はカリカリ中はジュワッとくるジュシー唐揚げや、食後に出された誕生日プレート付きの特大チョコレートケーキでお腹をはち切れんばかりにした少年は幸福の絶頂であって、後はねだっていたプレゼントを父親から受け取るだけだと思っていた少年にとってそれは青天の霹靂というべきものだった。

 

「さぁさぁ、可愛い息子お待ちかねの誕生日プレゼントの時間よ!」

「はっはっはっ、動くなよ、息子よ。当たり所が悪いと何かいろんな大切なものが吹き飛んでいってしまうかもしれんからな!」

 

 夜闇を思わせる長い黒髪に蛍光灯の光を反射させながら、切れ長の瞳をニンマリと楽しげに細める母と、黒髪短髪、日焼け気味の精悍な顔でアメリカ人のような快活な笑い声を上げる父。

 

 十人中十人が美人と美丈夫と称するだろう自慢の両親の言葉。父親の言葉には首を傾げざるを得ないものの、母親の言葉は客観的に実に心躍るものだ。

 

 そう、母が巨大なハンマーを大上段に構えながら少年の前に立ちふさがり、父親が思わず後退去った少年を後ろで退路を塞ぐように陣取りながら肩を掴んで来なければ。

 

「お、おかぁあさん? おとぉさん? な、なにするの? どうしてプレゼントって言いながらそんなものを僕にむけるの? おとぉさんはどうして僕を捕まえるの? 僕、新しいゲームが欲しいって……」

 

 必死に状況を理解しようとする少年は矢継ぎ早に疑問を投げかける。

 

 しかし、その疑問に対する返答は、

 

ゴゥッ! ドギャッ!

 

「ッ――!?」

 

 風を切る豪風とフローリンングの床が粉砕される轟音だった。

 

 間一髪、何故か背筋に氷を流し込まれたような感覚を覚えて後ろに下がった少年の眼前にハラリと自身の前髪の一部が舞う。ハンマーの風圧で前髪が引きちぎられたのだ。どれだけ本気の一撃か分かるというものである。

 

「あら、流石ね。記憶は蘇っていなくても体に染み付いた“危機対応能力”は健在というわけね」

「ふむ。それもあるだろうが、培った経験の賜物でもあるんじゃないか? 一世界とは言え、神仏を相手に寄せ付けなかったほどの武力だもんな」

 

 感心したように「ふむふむ」と頷く二人。たった今、息子がただの肉塊になるような仕打ちを躊躇いなくしておいて特に何も感じていないらしい。

 

 少年は、豹変した両親に涙目を向ける。

 

「ど、どうして……おかぁさんも、おとぉさんも、ぼ、僕が嫌いになったの? 僕、悪い子だった? ご、ごめんなさ――」

「あらあら、違うのよ? 言ったでしょう? これは誕生日プレゼントだって」

「そうだぞ? 俺達がお前を嫌いになるわけないじゃないか」

「う、うそだっ。じゃあなんでおかぁさんはハンマーをかまえてるの! どうしておとぉさんは僕をつかまえるのさ!」

 

 混乱しながらイヤイヤと首を振る少年。既に状況は詰みであり、その目には両親が自分を殺そうとしているようにしか見えなかった。もう少し、少年の精神年齢が高ければ両親の瞳に憎しみも嫌悪の色もないことに気がついただろう。そして、その言葉の不自然さを問い詰めることも……いや、無理かもしれない。

 

 遂に瞳のダムは決壊し、少年は悲しみと混乱でホロホロと涙をこぼし始めた。

 

――朝からずっと楽しいこと嬉しいことばかりだったというのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう……

 

 少年の胸中にまるであらゆる食料をぶち込んだミキサーの中身のようだった。

 

 そんな少年に、両親二人は、

 

「どうしてって……もう、さっきから言ってるでしょう?」

「そうだ。俺達は、これが最高のプレゼントだと確信してるぞ。だからそんなに泣くなよ」

 

 両親二人は顔を見合わせ困ったように眉を八の字にしながらもそんな訳の分からないことを言う。そして、母親はハンマーを振り上げ、父親は少年を突き出すようにしてその身を拘束した。

 

「それじゃあ、行くわよ」

「な~に、痛いのも最初の内だけさ!」

 

 少年の表情に絶望が過る。

 

 ハンマーの振り下ろされる光景がやけにゆっくりに見えた。遅くなった世界で、両親が己の名を呼ぶ声が聞こえる。

 

「「さぁ、思い出(せ)しなさい。――伊織!」」

 

 直後、少年――伊織の視界は飛び散る星で埋め尽くされた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「……変ね。中々、目を覚まさないわよ」

「……だな。っていうか少しずつ心音が弱まっていっているような……」

 

 頭部に漫画のような特大のたんこぶを作って床に突っ伏す伊織と呼ばれた八歳の少年。

 

 その眼前で顔を見合わせる男女。女の手にはこれまた漫画に出てくる“ピコピコハンマー”のようなものが未だに握られている。もっとも、何の冗談かハンマーのヘッド部分には“100tはんまぁ~”などと書かれており、実際にフローリングが軋んでいることからすれば相当な重量があると察せられる。

 

「おい。これちょっと不味くないか? 三月(みつき)、お前のそれ、調整を間違えたんじゃないだろうな?」

「ちょっと、なに人のせいにしてるのよ。魂の強大さに肉体がついてこられるように、生まれたときから伊織の体を調整していたのは白兎(はくと)の方でしょう? あなたこそ何かミスったんじゃないの?」

「おいおい。冗談キツイぞ。それならお前だって気が付くはずだろうが。うん、やっぱりきっと三月がミスったに違いない」

「私、失敗しないので」

「お前、それが言いたかっただけって……あれ? 伊織の心音、止まってない?」

「……」

 

 ピクリとも動かない息子を前に責任の擦り付けあいをしていた父親――北条白兎と、母親――北条三月は思わず顔を見合わせる。

 

 そして、ツーと冷や汗を一筋流し一拍。

 

「い、伊織ィーー! 死ぬなぁ! 目を覚せ、我が息子よぉ!」

「起きなさい、伊織! うっかりで息子殺しとか有り得ないから! お願い、起きてぇ!」

 

 悲鳴じみた声を上げながら伊織の小さな体をガックンガックンと揺らす白兎と三月。その表情は「やべぇ、マジで洒落にならんっ」と隠し様のない焦燥感が溢れ出ている。

 

 だが、二人が必死に呼びかけても白目を剥いた伊織は一向に目を覚まさない。

 

 焦れた三月は、何やら追い詰められた表情で一歩下がると再びミシリとフローリングを軋ませながらハンマーを担いだ。

 

「こここここ、こうなったらもう一度衝撃をっ。母からの愛の一撃でぇ!」

「まてぇぇい! 止めの一撃になったらどうする気だっ。壊れた家電を直すのとはわけが違うんだぞ!」

「そんなの今更でしょう! 別にハンマーを使う必要はなかったのに、その方が面白いからって理由で“殴って覚醒☆”を言い出したのはあなたじゃない!」

「喜々としてハンマーを用意したのは誰だよ! お前だってノリノリだったじゃねぇか!」

「うるさい、うるさい、うるさいっ! 私は悪くない! 私は悪くない! 悪いのはアラン先生なんだっ」

「お、おま、こんな時にネタに走るなよっ」

 

 ギャーギャーと喚きながらハンマーを息子に振り下ろそうとする母親と、それを必死に止めようとする父親。伊織の八歳の誕生日はまさにカオス状態だった。

 

 伊織の心音が止まってから既に二、三分は経っている。いい加減、焦りが頂点に達した三月は、見事なフェイントで白兎の制止を振り切ると轟風を吹かせながら遂にハンマーを振り下ろした。

 

「母の愛を受けて目覚めさない! 伊織ぃ!」

 

 後ろで「あぁ、伊織の今世オワタ」と目元を手で覆ってしまった白兎を尻目に、三月の愛と焦燥のたっぷり詰め込まれた絶叫が響いた。

 

 返ってくることのないはずのその雄叫びに、しかし、不意に言葉が返ってきた。

 

「いや、重過ぎるだろう、その愛は」

 

 途端、風に舞う木の葉の如く、ハンマーの軌道がふわりと変更させられる。

 

 ドギャッと再びフローリングを破壊する音を響かせながらめり込んだハンマー。着弾先には潰れたトマトのような有様は当然なく、あるのは少年らしい小さな片手を突き出した伊織の姿。

 

「さて、察するに二人は俺に害をなそうとしたわけではなく、どういうわけか俺のことを知っていて記憶を取り戻させようとしてくれたようだが……これまた察するに、そんなものでぶん殴る必要性はなかったんじゃないかな? どうだろう、今世の母さんと父さん?」

 

 ゆらりと立ち上がりながらにこやかな笑みを湛える伊織。しかし、その瞳にはまるで感情が見えず、底知れぬ威圧感が醸し出されている。

 

 自然、一歩後退る三月と白兎。さっきとは違う意味で冷や汗が流れる。

 

「お、落ち着いて、私の可愛い伊織。これはね、仕方のないことだったのよ。ね、ねぇ、あなた」

「お、俺に振るのかっ。いや、えっと、あ、ああそうだぞ、伊織。これがベストな方法だったんだ」

「……ふむ。“殴って覚醒☆”」

 

 八歳の子供、それも息子相手に必死の誤魔化しを図る大人二人。それを聞いた伊織は一つ頷くとポツリとそんなことを言った。二人はビクリと震える。「まさか聞いていたのかっ」と、その表情を引き攣らせる。

 

「……ノリノリでハンマーを用意した、か」

「あ、あのね。お母さんはね、その息子に喜んで欲しかっただけなのよ? だって、普通に起こすより、何ていうの? こう、風情があるじゃない?」

「そ、そうだ。転生する度にニ○ニ○動画を作って世界を席巻するお前のことだからな。ただ起こすというのも趣がないだろう。父と母からの粋な演出というやつだ」

 

 あれこれと弁明ならぬ誤魔化しが宙にふわりふわりと飛ばされる。

 

 それらを聞いた伊織の結論は……

 

「よく分かったよ。俺の為にありがとう。それじゃあ、俺からもお礼をしないとな」

 

 振りかぶられる小さな拳。しかし、そこ収束しているオーラは洒落にならない。

 

「「っ――ま、まって」」

 

 静止の声も虚しく、住宅街の一角にゴチンッとそれはもう痛そうな音が響き渡った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「今回は割と短かったですね。十年くらいしか経っていませんよ」

「ふむ。大方、三回目の転生でまた伊織の魂が強化された結果ではないか?」

「有り得るね。マスターのオーラも魔力もまた総量が跳ね上がってるし」

「質も更に向上しておるしの」

「ケケケ、今世デモHOUJOUトカ呼バレンジャネェカ?」

 

 竹林の細道を歩きながら複数の男女が言葉を交わす。最初の声の主はミク、次いでエヴァとテト、九重、そしてチャチャゼロである。

 

「魂だけの異世界転生……魂が強化されれば多少無茶な世界越えも可能ってところかな。それが転生期間の短縮に繋がっているのかもしれない。相変わらず、どういう経路で転生しているのかは分からないが」

 

 十五歳くらいの少年姿に転じた伊織がミク達の推測を補強する。黒髪茶目、堀の浅い顔という純日本人顔の少々目つきが鋭い風貌だ。もっとも、瞳の奥に湛える深森の奥地にある秘された泉の如き静謐さや、そこから感じられる深い理性、そして意志の輝きが、見た目と相反する大人を感じさせる。

 

 そんな伊織は、両親二人にお仕置きがてらの拳骨をかました後、さっそく【魂の宝物庫】から【ダイオラマ魔法球】を取り出し最愛の家族達へと会いに行った。

 

 そうして、ひとしきり再会を喜びあった後、現実世界へと戻るためにゲートのある竹林の広場へ向かっている最中というわけだ。

 

 ちなみに、八歳の伊織が少年に変化したのはミクの神器【如意羽衣】や西洋魔法に連なる秘薬【年齢詐称薬】などが原因ではない。完全な自前の術である。

 

――闘戦勝仏直伝仙術 転身の法

 

 ハイスクールD×Dの世界で闘戦勝仏孫悟空に師事した際、直々に伝授された数多の術技の一つだ。八歳の体ではどうにも動き難かったのでとった一時的な措置である。

 

「何でもいい。きちんと生まれ直した伊織に会えた。我はそれだけで嬉しい」

「蓮……」

「伊織……一万年と二千年前から愛してる」

「うん。感動をぶち壊してくれてありがとう。多めに換算しても出会ったのは八百年と少し前だけど、お前の変わらない残念ぶり、俺も愛しているよ」

「照れる……伊織は生まれ変わっても女たらし」

 

 両頬を小さな手で挟みながらイヤンイヤンと身をくねらせる愛らしい龍神様に、伊織は生暖かい眼差しを送った。

 

 再会を祝ってくれているのか、蓮は大好きな白ジャージ姿ではなくエヴァお手製の豪奢なゴスロリ姿であり、艶やかな黒髪と芸術品の如き幼い美貌と相まって何とも可愛らしいのだが……中身は半分ネタで出来ていることを思うとやはり“残念”という感想しか出てこない。

 

「それにしてもお前の今世の両親……いったい何者なのだ?」

 

 伊織と同じく蓮に生暖かい視線を送っていたエヴァが真面目な表情になって首を捻る。それに同じく、ミク達も瞳に真剣さを宿して、今までにない事態に思考を巡らせつつ口を開いた。

 

「確かに気になりますね。マスターの事情を知っているなんて……」

「伊織よ。確かにこの世界はお主の知らぬ“日本”なのじゃな?」

「ああ。それは間違いない。俺の八年分の記憶も、少しサーチャーを飛ばして周辺を探ってみた感じでも、ここが俺達の知っている“日本”でないことは確かだ。そして両親もまた、今日この日まで普通の人達だった……まぁ、子供相手に本気だしたり、泣く息子を見て爆笑したり、おふざけが過ぎる嫌いはあったが」

 

 苦笑いする伊織。視線が宙を彷徨い、この八年間の両親との思い出を脳裏に巡らせる。そんな伊織に、テトが失笑しつつ確認するように尋ねた。

 

「あはは、殴って記憶を取り戻そうって発想が既に普通とは言い難いよね。……でも、マスター。悪い人達じゃないんだよね?」

「それは間違いない。父さんも母さんも、確かに俺の両親だし愛情を注いでくれている。悪意の欠片も感じられない。伊達に何百年も生きちゃいないんだ。その辺りは大丈夫だと断言するよ」

 

 伊織は確信に満ちた声音で断言した。この場にいる者で伊織の言葉を信じないものはいない。故に、予想外の事態ではあるもののミク達は皆、肩から力を抜いた。

 

「まぁ、何にせよ、別荘から出るころには父さんと母さんも目を覚ましているだろうし、時間はたっぷりあるんだから、ゆっくり話を聞けばいいさ。この世界での俺達の家族なんだから」

 

 伊織の言葉にミク達は今世の家族に想いを馳せつつ、前世での東雲家のように絆を育めればいいなぁと少しのドキドキを感じながら頷いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 部屋の中に光が溢れる。それはリビングに置かれた魔法球の前に描かれた魔法陣の輝き。伊織達の現実への帰還を知らせる光だ。

 

 そうして、数秒の光の後、一斉に魔法球の外へと戻ってきた伊織を待ち構えていたのは……

 

「伊織、俺と一緒に人類の新たな歴史を作らないか?」

 

 リビングのテーブルで、何故かサングラスを着用し、いわゆるゲン○ウスタイルで肘をついて両手で口元を隠す父親の姿だった。

 

 それに対し伊織はというと、

 

「その前に、お前の歴史を終わらせてやろうか」

 

 見事なジト目と冷めた声音で返した。スタイルはそのままに、白兎のこめかみからツーと冷や汗が落ちる。

 

「んまっ、お父さんに向かってなんて口を……あなた、息子が早くも反抗期よ!」

 

 よよよっと泣き崩れる三月。まだ遊ぶ気のようだ。

 

「伊織、お母さんを泣かせるなんて……お前には失望した」

「そのセリフが言いたかっただけだろう」

 

 伊織のこめかみピクつく。にわかに拳へオーラが集まり出した。全ての生を合わせれば千年近く生きている伊織だが、転生直後の茶番の連続で少々気が立ち始めているようだ。ある意味、成熟した精神をもつ伊織を相手に即行でささくれ立たせるなど只者ではない。

 

「あ、あはは……これは想像以上に愉快なご両親のようですね」

「もしかして僕達が戻ってくるまでずっとあの姿勢で待ってたのかな?」

「だとしたら、ある意味凄い芸人根性じゃの」

「むぅ、出来る。サングラスも髭もっパないクオリティ。流石、伊織の親」

「変なところで感心するな、蓮。それと落ち着け伊織」

 

 ミク達が伊織の今世の両親を見てそれぞれの反応を見せた。ほとんどは引き攣るか乾いた笑みを浮かべていたが。

 

 伊織は、何とか精神を鎮めると白兎から付け髭とサングラスを毟り取り、未だに嘘泣きをしている三月を鋼糸でマリオネットのように動かして強制的に椅子へと座らせた。

 

「全く、ノリが悪いぞ伊織。父さんは伊織をそんな子に育てた覚えはないんだがなぁ」

「あの頃の可愛い伊織はどこに行ったのかしら……そう、あの十年前の可愛い私の伊織は」

「まだ生まれて八年しか経ってないんだが? 父さんも母さんもそろそろOHANASIしようか」

 

 伊織の笑顔が怖い。光源の位置的に有り得ないのに、目元に影が出来ている。白兎と三月は即座に居住まいを正した。見事な引き際だ。

 

「では、まずは挨拶を。今世における伊織の父親、名を北條白兎という。シロウサギと書いてハクトだ」

「私は母親の三月。サンガツと書いてミツキよ。初めまして、伊織の可愛いお嫁さん達。私のことはお義母さんでいいわよ?」

 

 二人の挨拶にミク達も座席につきながら自己紹介をしながら挨拶をした。

 

 そして、全員の挨拶が終わった後、伊織が核心に入る。

 

「それで、父さんと母さんはいったい、何者なんだ? 何故、俺が転生者であることを知っているんだ? そして俺の記憶を蘇らせたあれは……ふざけた道具ではあったけどあれは確かに魂へ干渉する道具だった。普通の人が持ち得ない秘宝級の道具だ」

「うん、当然の疑問だな。その疑問へのもっとも簡潔な答えをするならこう名乗るべきだろう。俺と三月は……“観測者”である、と」

「っ、観測者……」

 

 それはとても聞き覚えのあると同時に、とても懐かしい存在の名称だった。伊織の記憶は魂に直接刻まれるが故に色褪せることがない。たとえ千年近い昔の、ほんの一時のことであっても鮮明に覚えている。まして、その名を名乗った存在は伊織にとって最大の恩人なのだ。

 

「では、俺を知っていたのは……アランさんから?」

「……いや、彼じゃない。彼と親しくしていた他の仲間だ。俺達は友人だからな」

 

 どうやら二人はアランの友人らしい。伊織は、なぜ友人なのに直接アランから話を聞かなかったのか少し疑問に思ったものの、思わぬところで恩人との繋がりを得て胸の内に込み上げるものを感じた。

 

「もっとも、私達は現世へと降りた存在だから元観測者というべきね。人間として受肉したことが原因で力の大半は失ったわ。あの道具も、せいぜい“魂を揺さぶる”程度のものだし、一回こっきりの使い捨てよ」

 

 三月が補足する。

 

 過去にアランから聞いた話では、観測者という存在は本来現世への干渉が禁じられた存在だ。それがこうして現世に降り立ったのだから、当然に代償は必要だったのだろう。

 

 だが、そうだとすれば当然気になるのは、そんな代償を払ってまで現世に降りた理由だ。

 

「どうして、アランさんの友人であり観測者でもあった父さんと母さんが現世にいて、しかも俺の今世の両親になっているんだ? 偶然ではないんだろう?」

「ああ、もちろん偶然ではない。転生途中のお前の魂を導いて三月のお腹の中の未だ魂を持たない赤子に定着させたのは俺達だ」

 

 白兎はそこで一端言葉を切ると長い話になると前置きをして、伊織が最初に転生した後の話を始めた。

 

 それによると、こういうことらしい。

 

 伊織がアランによって魂の干渉を受け転生した後、アランはその罪を問われて観測者の統治組織に拘束、存在の凍結という幽閉状態にされることになった。その刑期は千年。最初から覚悟の上だったらしい。

 

 しかし、そのアランの幽閉をきっかけに少しずつ観測者達の間で変化が起きた。

 

 それは現世への干渉に興味を持つ者達が少しずつ増え始めたというものだ。

 

 元々、幽閉を覚悟で伊織の魂に干渉したアランだが、その根本は償いと是正だった。すなわち、同族による現世への干渉により伊織が不幸体質となって命を散らしたことへの償いと、その同族の処分である。

 

 これにより単に伊織を助けただけなく、不要な干渉には相応の罰が下るということを、自ら処分した同族の末路と自身の幽閉を以て観測者達に示そうとしたわけである。

 

 だが、事態はアランの予想外の方向へと転がっていった。それは、先の同族が伊織から奪った幸運を分け与えた人間や、伊織自身が、ある種、進化の果てに行き着いたが故に停滞の海を漂っていた彼等を刺激してしまったというものだ。

 

 つまり、観測者の干渉を受けた伊織達の生き方が彼等の精神を揺さぶるほどに鮮烈だったのだ。

 

 かつてアランは言った。自分は伊織の魂の輝きに魅せられたのだと。アランは、そんな自分と同じく他の者達が惹かれることについて甘く見てしまったのだ。自分達の末路だけで抑えられると思ってしまった。

 

 観測者達の中にはその力の大きさ故に現世への干渉を取り締まる集団がいるし、アランにそうしたように幽閉する場所も方法もある。それ故に、数百年くらいは、観測の動きが大きくなったくらいで問題にはならなかった。

 

 だが、燻る火がやがて大きな火災になるように、観測者達の間で世界や魂への干渉に対する興味が大きくなっていった。同時に、取り締まりの網を掻い潜って干渉を行う為の集団が水面下で動き始めたのだ。

 

 その結果は言わずもがな。魂に干渉を受けた転生者が一人、また一人と増えていった。彼等は、よくも悪くも鮮烈な生き方をした。それが更に観測者達の興味を煽っていった。

 

 その動きは次第に大きなうねりとなっていき、遂には観測者達の間に大きな派閥が生まれるほどになった。すなわち、干渉肯定派と干渉否定派だ。

 

 肯定派の動きはどんどんエスカレートしていった。もっと面白い人生を見せて欲しい。自分達が干渉した人間が世界をどんな風にかき回すのかもっと見せて欲しい。ある意味観測者らしいと言えばらしい想いから。

 

 当然、取り締まりも激化した。過度な干渉は世界への影響が強すぎる。実際、転生者の数も、与えられる力の大きさも加速疎的に増大していき、いくつかの世界は転生者同士の争いで凄まじい犠牲者が出てしまったのだ。

 

「今現在も、否定派の勢力が肯定派を止めようと動いている。だが、奴等は巧みでな。中々捕まえられないし、気が付けば転生者を作り出している」

「全く、何が『我々は上位の存在であり、世界に干渉する権利がある』よ。やっていることは人の人生を弄んで、それを傍から見て高笑いしている悪趣味以外のなにものでもないっていうのにね」

 

 二人の話を聞いて、伊織の表情に苦さが浮かんだ。それは、アランが長きに渡り幽閉されていた理由の一端が自分にあること、あの出来事がきっかけで大きな問題が生み出されたことへの忸怩たる思いからだった。

 

「……すまない。そんな表情をさせるために話したわけではないんだ、伊織」

「父さん……」

「そうよ。むしろ、これはアランの見込みが甘かったことが原因と言えるし、転生者の起こした問題なんて、それこそ伊織には関係のない話よ」

 

 白兎も三月も真剣な、これ以上ないほど誠実な表情で訴えた。伊織はしばらくそんな二人と見つめ合うと大きく深呼吸をしながら気を取り直した。

 

「ありがとう、父さん、母さん。ここで自分を責めるのは誰が望むことでもない。アランさんの厚意があったからこそ、今の俺がいる。俺は転生者だが、誰に恥じることもない人生を送ってきたと自負しているし、それはこれからも変わらない。あの時、アランさんの干渉を受けなければなんて、たとえ一瞬でも思っていいことじゃなかった」

 

 伊織はそういうと、傍らのミク達に少しの申し訳なさ宿した眼差しを向けた。後悔は、彼女達との出会いすら否定することに繋がる。一瞬でもそんな考えを持ってしまったことへの謝罪だ。

 

 そんな伊織に、ミク達はしょうがないなぁといった表情で肩を竦めた。

 

「ふふ、皆が皆、伊織のようであれば問題もなかったのかもしれないわね」

 

 三月が微笑ましげに伊織達を見つめてそんなことを言った。白兎も同感だというように綻んだ表情で頷く。そんな二人へ、伊織は改めて向き直り事情説明の続きを促す質問をした。

 

「母さん、父さん。わざわざ二人が人間となって俺をこの世界に導いたのは……この世界に他の転生者がいるからかな?」

「その通りだ。肯定派の連中は我々同族でどうにかする。だが、現世への干渉を否定する我々が、既に現世へ転生した者達に干渉することは極めて難しい。どんな理由であれ、それでは否定派の主張は霞んでしまう。そうなっては、ますます肯定派が勢いづくだろう」

「だから、観測者には観測者を。転生者には転生者を、というわけか」

 

 伊織の結論に白兎と三月は頷いた。

 

「私達否定派の者達が知る限り、もっとも強く、もっとも信頼できるのは伊織、あなただった」

「アランの刑期は間もなく終わる。彼は、俺達観測者の中でも一際大きな存在だったから、出てくれば事態も大きく変わるだろう。だが、それにはまだ数十年の年月がいる。それまで手をこまねいているわけにはいかない。特に、この世界は異常なほど転生者が多いんだ。放っておけば最悪の事態も考えられる」

 

 伊織は、真剣な表情で事情を語る二人に向けて掌を突き出した。それは、もう聞くべきことは聞いたが故に多くの言葉は不要という合図。

 

 だから伊織は、穏やかに、されど鋼鉄よりも尚強靭な意志を宿らせた瞳を真っ直ぐに向けて口を開いた。

 

「言ってくれ、父さん、母さん。俺に何を求めてる? その言葉だけでもう十分だから」

 

 白兎と三月は互いに顔を見合わせると、どこか「あぁ、これが伊織か」と改めて何かを実感したような表情で頷き合い、そしてそれを言葉にした。

 

「「力を貸して欲しい」」

 

 対する伊織の答えは遥か昔から決まっている。

 

「もちろんだ。この魂にかけて全力を尽くそう」

 

 伊織の傍に侍る愛しい家族も、共に頷いた。部屋の中に、温かく、それでいて力強い空気が満ちる。

 

「そうか。頷いてくれると予想はしていたが、実際に躊躇いなく頷かれると嬉しいものだな」

「そうね。いつ、この世界が転生者達の騒動で壊されるかって戦々恐々としていたから、何だかホッとしたわ。……最悪の事態が起きても、私達にも、もうそれを止めるだけの力はないし、伊織は一向に記憶を取り戻す気配がないし……」

 

 三月の心底安堵したような表情と言葉に、伊織は、「そう言えば、転生期間は十年程度だったのに、八歳になっても記憶を取り戻さなかったな」と不思議な現象に首を傾げた。

 

 先に推測した通り、伊織の魂が転生によって昇華され、世界の壁を越える力を増し、転生期間が短くなってきているのだとしても、それだけ力を持ちながら記憶を直ぐに取り戻せなかったのは些か疑問だ。

 

 その疑問を漏らした伊織に、答えをもたらしたのは三月達だった。

 

「単純に、魂の強大さに幼子の肉体がついてこられなかっただけよ。私達も自然に目覚める方がいいと思って待ってはいたのだけど……流石にもう時期的にも待てなくてね。強攻策を取らせてもらったのよ」

「赤ん坊の時から、少しずつ魂と肉体が上手くバランスを取れるように調整はしていたんだが……この人間の身では出来ることにも限界があってなぁ」

 

 三月と白兎によれば、二人とも大半の力を失ったとは言え、少しは特殊な力を行使できるらしかった。三月の方は「揺さぶる程度の能力」を、白兎の方は「調和させる程度の能力」を少しだけ使えるらしい。ネーミングが某幻想郷風なのはスルーだ。

 

 これにより、白兎は赤ん坊の伊織の魂と肉体が上手く適合するように調整を続け、それでも記憶を取り戻さない伊織に、三月の方が適当な材料で作ったハンマーに能力を付与して魂に揺さぶりをかけたということらしい。ちなみに、ハンマーに付与する必要は全くなかったりする。

 

 伊織達は、白兎達からその辺りの事情を聞いて「なるほど」と納得顔を見せた。ハンマーやネーミングについては当然、蓮を除いて誰も納得などしていないが。

 

 そして、納得すると同時に三月の言葉に新たな疑問を抱く。そう、「時期的に待てない」という言葉だ。しかし、その疑問を口に出す前に、三月から答えが間接的にもたらされた。

 

「それじゃあ、さっそく欲望と闘争と運命が渦巻くあの街へお引越ししましょうか」

「あの街……そう言えば、ここがどういう世界なのか聞いてなかったな。父さん、母さん。ここはどこなんだ? 俺の知識にある世界かな?」

 

 伊織の疑問に、二人はニンマリと面白がるような表情を浮かべた。目を瞬かせる伊織達を前に二人は答えを伝える。

 

「「引越し先は――海鳴市だ(よ)!!」」

 

 それを聞いた伊織は大きく目を見開き、

 

「なん……だと……」

 

 思わず、そんな言葉を呟いた。

 

 千年近く生きても劣化しない魂。それは伊織のオタク魂も同じ。それを感じ取って、白兎と三月、ついでに蓮は更にニンマリと笑みを浮かべるのだった。




いかがでしたか?

結局、時間を見つけてちょくちょく書き、書け次第随時更新という方針で行くことにしました。
完成してからの毎日更新が、本当はいいですけどね。読んでくれる人達にも、ストレスためずにすみますし。
しかし、やはり完成が何年後になるかわからない状況なので、随時更新で行きます。

なので、不定期更新なうえ、なろうのオリジナル作品の執筆もあるので、エタる可能性も大であるという点は、許していただけると助かります。

それでは、ハーメルン民のみなさま、またよろしくお願いします。


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