重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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ちょっと思い出しながら書いてたら説明回みたいになってしまった。
重ねた書くのにリハが必要かも。


第65話 海鳴へ

 

 心地良い風が開け放った車の窓から流れ込んでくる。メーカーの宣伝通りの快適な走行を見せている大型ワゴンは、更に心地良い振動まで伝えてくれる。いっそ運転手への居眠り運転を誘発しているのではないかと疑ってしまいそうだ。

 

 そんな気持ちのいいドライブを楽しんでいるのは伊織達だ。運転は父親である白兎、助手席には母親の三月とその頭の上にチャチャゼロ。後ろの席に伊織、ミク、テト、更にその後ろにエヴァ、九重がいる。

 

 ちなみに、我等の龍神様は、直ぐにちょこまかと落ち着きなく動き回る幼稚園児の如く、あちこち座席を移動するので指定席はない。少し前までは九重のモフモフ九尾に埋もれていたのだが、現在は伊織の膝の上に腹這いになりながら足をパタパタさせつつP○Pでドラゴン狩りをしていらっしゃる。

 

「ふっ、ドラゴンなどたわい無い。所詮はただのデカイトカゲよ……」

「いや、お前もドラゴンだからな? むしろ、いろんな技とか覚えて鍛錬までした今のお前ならグレートレッドとだって普通にやりあえるんだから、ドラゴンの中のドラゴンっていえる存在だからな?」

 

 自分のアイデンティティーを丸っと無視する龍神。伊織のツッコミが炸裂するが龍神様は古代龍を狩るのに夢中だ。

 

「伊織、蓮のことは置いておけ。それより、結局のところどういう方針で行くのだ?」

「うむ。昨日の今日でいきなり引越しじゃからのぅ。朝からドタバタしてその辺りははっきりしとらん。転生者への対応、“原作”とやらへのスタンス。そして、伊織がこの世界に残したものへの在り方……父上殿達の頼みを引き受けるのはよいが問題は山積みじゃろう?」

 

 エヴァが後部座席から身を乗り出しつつ伊織に尋ねる。合わせて九重も扇子をパシパシと手で弄びながら尋ねた。

 

 エヴァはフリルのついた白のキャミソールにハーフパンツといったラフな姿だ。季節が春時ということもあって、涼しげで可愛らしさに溢れたその格好は彼女によく似合っている。鋭さを孕んだ眼差しとのギャップがエヴァの魅力を何倍にも押し上げていた。

 

 九重の方は着物を基調とした上着とミニスカートといった姿。着崩した和服からはたわわに実った双丘が今にもこぼれ落ちそうになっており、スカートから覗くむっちりした脚線は実にエロティクだ。その美貌と相まって“妖艶”という言葉がピタリと当てはまる。

 

 二人共、キラキラと煌く美しい金糸の髪だ。エヴァの方が少し白金に近いかもしれない。そんな二人が並んでいれば傾国の美人姉妹と言っても疑う者はいないだろう。老若男女を問わず視線を奪われることは必至だ。

 

 事実、自動車が停車した際、隣のレーンに並んだ運転手が、窓から見えた二人の姿に二度見、三度見をした後、陶然としたままメデューサに睨まれ石化した犠牲者の如く動きを止めて、盛大にクラクションの嵐に晒されるという事態が何度も発生していたりする。

 

 そんな魅力全開の二人の質問に、伊織は特に悩む様子も見せずあっさりと答えた。

 

「うん? そんなことはないぞ? 全くもっていつも通りだ。世界がどうとか、状況がどうだとか、そんなことで俺のスタンスも、やることも変わったりはしない」

 

 その言葉に、白兎と三月が「ほぅ?」と興味深げにバックミラー越しの視線を向ける。

 

 九重が改めてその真意を問うた。

 

「いつも通りとな? して、具体的にはどうすると?」

「うん。溢れかえる転生者達に対しては、基本はそのままだ。たとえ世界へ及ぼす影響が大きかろうと、干渉否定派の観測者達にとって好ましくなかろうと、この世に生を受けた以上、彼等には自由に生きる権利がある」

 

 白兎と三月の表情に変化はない。夕べ、溢れる転生者対策に協力したと言ったはずなのにそれを撤回するような発言をしているのだ。反論の一つや二つありそうなものだが静かに伊織の言葉に耳を傾けている。

 

 それに、伊織は少し微笑みつつ言葉を重ねた。

 

「もっとも、余りに非道が過ぎれば諭すし、言って分からなければ拳骨の一つや二つ落とす。起こしてしまった望まない事態への対応も協力しよう。転生者の多くは若くして生まれ変わった者も多いだろう。いきなり与えられた大きな力と、創作の世界への生まれ変わりなんて特異な状況になれば暴走はしてしまうものだろうから、それを諭してやるのは多少長く生きた俺みたいな奴の努めだろう」

「……まぁ、お前が甘い男だというのは今に始まったことではないがな。それで、いつも通りということは……既に堕ちた者に対しては、ケリをつけるということだな?」

 

 しょうがない男を見るような、それでも誇らしさも含むような眼差しを向けるエヴァが、確認する。

 

 伊織は決然と頷いた。

 

「ああ。不幸を撒き散らすことを止めようとしないなら、そのことに快楽しか感じないというのなら、俺はその者の生存を否定しよう。その者が更生するかもしれない未来よりも、その者を排除することで誰かが確実に傷つかない未来を選択しよう」

「つまりいつも通りということですね、マスター」

「人の心を失った化け物……ボク達が手を下す相手。確かにいつも通りだね」

 

 ミクとテトが遥か昔、ベルカの地に生まれた時からやって来たことを確認するように口にした。

 

 静かに頷く伊織の眼差しはとても静かで、それ故に揺るがぬ心を示しているようだった。

 

 変わらぬ伊織の在り方――それを聞いて九重も納得したように頷く。そして、溢れる転生者を場合によっては見逃すという伊織の発言を元干渉否定派観測者である二人はどう思っているのかと視線を運転席と助手席に向けた。

 

 バックミラー越しに重なる視線。九重はホッとしたように息を吐いた。静かに伊織の話を聞いていた白兎と三月が穏やかに微笑んでいたからだ。その表情から、二人が伊織の方針に賛同してくれていることがよく分かる。

 

 それを示すように白兎が口を開いた。

 

「やはり伊織を選んで正解だったな。問答無用に全ての転生者を排除するなんて言われたらどうしようかと少し思っていたんだが、全くの杞憂だったようだ」

「そうね。私達の望まない転生ではあっても、彼等は肯定派の身勝手さの被害者とも言えるのだもの。頑張って生きている命を、こっちの都合で消してしまうなんて……それこそ身勝手極まりない話だわ。だから、伊織のスタンスは大いに歓迎よ」

「ありがとう。父さん。母さん。俺も、二人が問答無用にリセットしろなんて言うような人でなくて良かったと思っているよ。そんなことになったら、俺の最初の説得相手は父さんと母さんになるところだった」

 

 微笑みを返す伊織に、白兎が確認をする。

 

「それで、伊織。転生者へのスタンスは分かったが、原作に対してはどうする気だ? 介入するか? それとも見守るか? 原作派と改変派というのにも分けられると思うが……」

「とは言っても、既に原作から相当乖離しているよ。闇の書事件は既に元凶が存在しないし、ベルカの滅びていない世界で管理局がどういった立場や勢力を持っているのかも不明だ。そうなるとスカリエッティの存在も不確かだし、連鎖してプロジェクトFも行われているのか分からないからプレシア達の状況も分からない」

 

 伊織が言葉を切ると、ミクが首を傾げながら白兎達に質問の声を上げる。

 

「確か、パパさんとママさんは観察者としての力を失っているから次元世界の状況は知らないんですよね?」

「そうなのよ、ミクちゃん。一応、海鳴市や原作関係者については、現実的な手段で調べられるだけ調べはしたのだけどね。流石に、次元世界のこととなるとお手上げだわ。だから、伊織が言ったこと以外にも転生者によって既に何かしらの手が入っている可能性も否定できないわね。あるいはアリシアも亡くなっていないなんて可能性もあるわけだし……」

「ふむ。そう考えると原作だのなんだの考えるだけ無駄ではないか。……あぁ、だからいつも通りなわけだな、伊織?」

 

 ようやく伊織の言葉の真意を掴み取ったエヴァが確認するように話を振った。それに伊織は頷きつつ考えを口にする。

 

「そういうことだ。自分達で今の次元世界がどうなっているのかは調べていく必要があるだろうけど……わからないならいつも通りでいい。そもそも、原作だとか原作でないとか、転生者とかそうでないとか、原作登場人物であるとかないとか……そんなことはどうでもいいんだ。何があっても俺がやることは変わらない。いつも通り、“救いを求める者へ救いの手を”ってわけだよ」

 

 伊織はそこで視線を車内に巡らせた。伊織の在り方を肯定して世界まで飛び越えてついて来くれた最愛の家族達に。当然、真っ直ぐに見返して頷きと共に“これからもついて行く”という想いを返すミク達。何となく、車内に甘い空気が流れる。

 

 が、白兎と三月がバックミラー越しニマニマしているのに気がついて、伊織はわざとらしく咳払いをして気を取り直すとまとめに入った。

 

「とにかく、まずは世界の状況を知ることだ」

「なのはちゃんとかどうなってるでしょうね? やっぱり転生者に群がれているんでしょうか? あるいは主人公体質の子に守られてポッしちゃってるんでしょうか?」

「原作までは後一年。普通に考えれば、テンプレで孤独な幼少期を過ごしているなのはちゃんの心を誰かが救っていて、高町士郎の怪我も直して、高町家と家族ぐるみの付き合いを~みたいな展開になってると思うけどね。あとは、アリサちゃんやすずかちゃんなんかと踏み台系に追いかけられているとか、そんな感じかな? ボクの、っていうかマスターの記憶だと一年生の頃にはアリサちゃん達と友達になっていたはずだし」

 

 やはり何だかんで原作主人公である高町なのはと、その周辺事情は気になるようで原作知識を有するミクとテトが思いを馳せる。そして、海鳴市関連についてはある程度調べたという白兎と三月に、その辺りはどうなのだろうと疑問の視線を向ける。

 

「取り敢えず、バニングス家と月村家がそれぞれ代表を務める大企業は存在するわね。娘の名前も、アリサとすずかよ。他にも、喫茶翠屋や高町家も確かに存在しているわ」

「受肉してただの人間になったとは言え、俺達も全く力がないわけじゃないからなぁ。あまり探りを入れて、その手の能力を持っている転生者に気がつかれるというのは避けたかったから、主要な場所ほど近寄れなかったんだが……高町士郎は健在のようだし、何より、一つ大きな変化があった。どうも、高町家にはもう一人、娘がいるようだぞ? なのはちゃんの双子の姉が、な」

 

 どうやら高町家にはイレギュラーな人間がいるらしい。十中八九、転生者だろう。

 

「まぁ、彼女が孤独を感じずに幼少期を過ごせたというのなら、それに越したことはない。双子の姉だという転生者にしろ、他の転生者達にしろ、その存在が高町なのはの救いであることを祈るよ。リリカルなのはの世界は、魔法少女ものという夢と希望が詰まったジャンルにしては、登場人物に対して些か以上にハードな面があるからな」

 

 伊織の優しい祈りに、ミク達も祈るように目を細めた。と、その時、エヴァが違う理由から目を細めた。その視線は何かを思い出すように遠くに向けられている。

 

「あいつらは……どうしているだろうな」

「……リィン達か?」

「うむ。リィンと守護騎士達は不死だからな。この時代にも生きているはずだ。それにリリスも、ユニゾンデバイスである以上はいるはずだ。きっと、私達がいなくなった後も、ルーベルス家や孤児院の歴史を見てきたに違いない」

「そうですね~。リィンさんはギリギリまでマスターについて行くか苦悩していましたし……最終的に、“夜天”に戻してもらった恩は“夜天”として返したいからって、マスター亡き後のベルカを守るって、そう言って残ることを決断したときの表情は忘れられません」

「ふふ、そのマスターが戻ってきたと知ったら……リィンってば卒倒しちゃうんじゃないかな? あと、ボクとしては子孫がどうなっているのかも気になるね。っていうか、エヴァちゃんが一番気になっているのは子供達のことでしょ~? マスターとの愛の結晶……その未来の子孫がどうなったのか、気になっちゃってしょうがないんでしょ~?」

 

 テトのからかい混じりの言葉に、エヴァはぷいっとそっぱを向いてしまった。頬が真っ赤になっているので照れているのは丸分かりだ。伊織が後ろの席を振り返り、優しげな眼差しをエヴァに向ける。自分も気になっているよと伝えるように。エヴァがもじもじしだした。何百年経っても初々しく可愛らしい奥さんである。

 

「むぅ~。妾と出会う前の話は聞いてはいたが……共感ができんのは寂しいのぅ」

 

 思い出話に華を咲かせる伊織達に、九重が少々不貞腐れたような表情で言葉を零した。伊織が困ったような表情で拗ねる奥さん二号においでおいでをする。

 

 するとほわぁと微笑んだ九重は、次の瞬間、ポンッと音を立てて出会った当初の幼女姿に変化した。車内では大人の姿で自由には動き回れないので、幼女モードになったのだ。変化は妖狐の十八番だ。この程度、呼吸をするよりも自然に出来てしまう。

 

 もふもふの毛玉のような愛らしい姿となった九重は、古代龍に罠を仕掛けている龍神をグイグイと押しのけて伊織の膝の上に陣取った。その表情は実に満足げで、とても数百年を共に過ごした熟年夫婦の片割れには見えない。初々しい成り立ての恋人のようである。

 

 九重の頭を、伊織は優しく撫でた。そんな光景を見れば、エヴァもまた「むぅ」となるわけで……

 

 直後、これまた自前の術と魔法丸薬で十歳くらいの姿になると、古代龍に麻痺玉を投げている龍神様をペイッと放り投げ、九重とは反対側の伊織の膝の上に座り込んだ。

 

 伊織はこれまた困ったような表情をしながらもエヴァのお腹に手を回して優しく抱き締めてやる。エヴァの少し照れているような、でもそれを見せたくないといったようなツンデレな表情がほわりと緩んだ。

 

「テトちゃん、これは私達も参戦しないわけにはいかないと思いませんか?」

「同感だね、ミクちゃん。ここで引いては女が廃るよ」

 

 そんな会話が車内に響いた直後、ピカッと漫画のようなエフェクトを発してミクとテトが共にプチモードに変化した。

 

「いや、なんでみんなわざわざ子供姿になるんだ?」

 

 伊織が何とも言えない表情でツッコミをいれるが、そんなことはお構いなしにプチミクとプチテトはいそいそと伊織の両腕で抱きついた。

 

 そこでようやく自分が蚊帳の外に置かれている現状に気がついたらしい我等の龍神様は、少し慌てたようにミク達の隙間へと体をねじ込んでいく。

 

 見事に幼女まみれとなった伊織。

 

「流石、俺の息子。親の前で幼女ハーレムを愛でるとは……何という剛の者だ」

「ふふふ。きっと自意識過剰な俺様転生者君達が黙っていないでしょうね」

 

 伊織は内心で思った。確かに、自分にヒシッと抱きつきながら幸せそうに頬を緩めている彼女達を見て、転生者達が黙っているはずはないだろうと。その場合、むしろ原作組を巡る騒動よりも自分達の方が騒動の火種になるのでは? と。

 

 そんな風に白兎と三月が面白げにカラカラと笑い、伊織が内心で頭を抱えていると、やがて車の窓から潮の香りが流れ込んできた。視線を巡らせば自然の緑も多くなってきている。

 

 海と山に囲まれた町――海鳴市への到着だ。

 

 

 

 

 

「さぁ、ここが新しい北條家だ! どうだ? 中々だろう?」

「へぇ、確かにいい雰囲気の一軒家だな。父さんと母さんのことだから、もっと突飛もない家を用意しているんじゃないかと思ったけれど……」

 

 感心したように目を細める八歳の男の子――伊織。「ほぅ」と頷きながら顎を撫でる姿は随分と老成している。確かに、もうすぐ千歳に届こうかという爺ではあるのだが……

 

 そんな伊織の視線の先には、立派な門構えと道路に面した広めの庭、その奥に建つ二階建ての一軒家が映っていた。雑草がぼうぼうと生えていて人気が全くなく、長年使われていなかったことが伺えるが、それでも“家族が住む場所”という視点から見れば十分に住みやすそうな、どこか温かみを感じさせる家だった。

 

 伊織の感想に、白兎の隣でドヤ顔をしていた三月が「んまっ」という心外をあらわした表情で大げさに声を張り上げる。

 

「酷いわっ、伊織! 父さんと母さんを何だと思っているの!?」

「愉快犯だと思っていると思いますよ?」

「ネタに塗れた残念キャラかな?」

 

 ミクとテトが的確に伊織の心情を代弁した。

 

 ますます心外だという表情になった三月は一歩前に進み出るとくるりと振り返り、まるでモデルハウスを売り込もうと躍起になる営業マンのように熱弁を振るい出した。

 

「まったく、まったくもって心外よ! この家を探すのにどれだけ苦労したと思っているの!?」

「む? 義母上よ。この家を(・・・・)探していたのか? なんでまた……」

「よくぞ聞いてくれたわ、エヴァちゃん。いい? この家には、一部の人間にとってそれは素晴らしいセールスポイントがふんだんに盛り込まれているのよ?」

「義母上殿……普通の家ではないという時点でミクとテトのツッコミを心外とする資格はないと思うんじゃが」

「シャラップよ、九重ちゃん! そんな幼女モードでくぁわいらしく首を傾げてもママは絆されませんからね。コホンッ。それでは皆様、まずは正門を潜って右手をご覧下さい。素晴らしい庭が見えますでしょう?」

「ケケケ、ヤッパリ一カラ十マデフザケテンジャネェカ」

「新しいマミーのノリ。我は嫌いじゃない。続けて?」

 

 ニマニマしている蓮の頭の上でチャチャゼロが呆れた表情をしている。エヴァと九重も半笑い状態だ。ちなみに、全員、伊織の本来の肉体年齢に合わせた見た目年齢に変化している。

 

 取り敢えず止まりそうにない三月の言葉に従って、雑草の自由奔放さを許しまくっている庭に視線を向けた。

 

「今は荒れておりますが、お手入れすれば十分な広さを持ったこの庭で剣の素振りだってできるでしょう。そして、ちょうどリビングの窓と面しておりますから、そんな家族が鍛錬する様子を窓辺に腰掛けながら見るというアットホームな光景を実現できるでしょう」

「ふむ。わたし達には別荘があるし、現実世界で鍛錬をすることなどないと思うが……っていうか、なぜ素振りなんだ?」

 

 エヴァの疑問はあっさりスルーされる。三月は、「うんうん」と訳知り顔で頷く白兎に玄関の扉を開けさせながら、いつの間にか取り出した小さな旗をピラピラと振りつつ伊織達を先導していく。

 

 玄関の先には二階へと続く階段と、リビングへと続く扉があった。三月はリビングへの扉を開けると再び口を開いた。

 

「さぁ、ここがリビングです。そこに大きめのソファーをおけば、毎日の略奪に疲れた心と体も瞬く間に癒されることでしょう。広い間取りなので、犬なのか狼なのかよく分からない大型の獣が寝そべっていても気になることもありません!」

「……これはツッコミをいれた方がよいのかのぅ?」

 

 この辺りで、妙に偏ったというか、奇妙な言い回しの案内口上に伊織やミク、テトは「まさか」という表情をすると共に頭痛を堪えるように眉間を揉みほぐし始めた。決して、見た目、八歳の少年少女がする仕草ではない。

 

「母さん……まさかと思うけどこの家は……」

「ふふ、遂に気がついたようね。そう! 何を隠そう、この一軒家、元、八神さんのお家だったのよ!」

 

 どういう原理か盛大に語尾をドップラーさせながら極まったドヤ顔を見せる三月。

 

 リリカルなのはの原作を知らない九重やエヴァ、チャチャゼロ、蓮などは頭上に“?”を浮かべて「八神さんて誰かしらん?」と疑問顔を見せているが、逆に知識を持っている伊織達は困惑を隠せないようだった。

 

「……これも、この世界における原作乖離の一ってことか? 母さん……結局、その八神家――正確には、“八神はやて”はどうしたんだ?」

 

 伊織が最大の疑問をぶつける。どう見ても長年住む者がいなかったと分かる家の様相に、伊織は、たった一人でこの家に住んでいたはずの幼い少女の安否を憂慮して硬い声音で尋ねた。

 

「分からないわ。私達がこの家を見つけた時には既にもぬけの殻だったのよ。一応、不動産会社や登記なんかも調べたから、五年くらい前まで八神家の所有になっていたのは確かなのだけど……」

「行方までは掴めなかった。今の俺達ではこの程度が限界だ。ただな……どれだけ調べても、八神はやての両親の訃報すら見つけられなかったんだ。人が二人死んで、その痕跡が何もないというのは流石に不自然が過ぎる。それに、この家も突然一家が失踪したとかそういうことではなくてな、きちんと売却手続きを経た上で手放されているんだ。ということは……」

 

 三月と白兎の真剣さを取り戻した言葉を伊織が推測と共に引き継ぐ。

 

「この世界の八神はやての両親は健在である。かつ、既に、この世界には(・・・・・・)いない、か」

「どこかの次元世界……ですかね?」

「有り得るね。原作では管理外世界だったとはいえ、ギル・グレアムしかり、この地球にも次元世界との繋がりが全くないわけじゃないしね。はやてちゃんの資質が何らかの形で管理局なんかに伝わって、ご両親共々、地球を出た可能性はあるよ」

 

 それはあくまで可能性に過ぎない。だが、そうであればいいと、伊織、ミク、テトの三人は顔を見合わせて頷き合った。原作での八神はやての境遇は、魔法少女ものというには余りにシビアで、胸を痛めずにはいられないものだった。

 

 この世界の八神はやてが、両親を失わず、長い孤独と、下半身不随という不安や苦痛に苛まれずに過ごせているというのなら、これほど喜ばしいことはない。

 

「そうね。私もそう思うわ。それでね、どうせ海鳴に拠点を移すなら、このままこの家を放っておくより、私達が使った方がいいんじゃないかと思ったのよ。もしかしたら、懐かしくなった八神家の人達が戻ってくるかもしれないしね」

「それに、ここが八神家だと気がついたタチの悪い転生者に荒らされるというもの、何だか不憫だからなぁ」

「そういうことか。……うん。いいチョイスだと思うよ。流石、父さんと母さんだ」

 

 伊織は、改めて家のリビングに視線を巡らせながら、自分達の新居に目を細めた。その間に、ミクやテトがエヴァ達に“八神はやて”と彼女にまつわるエピソードを教える。あらかた聞いたエヴァ達が、はやての九歳とは思えない度量の深さと、いじらしいまでの頑張りに涙目になったのは言うまでもない。

 

 その後、伊織達は引越し業者のトラックを迎えて搬入し、(【魂の宝物庫】などに格納は出来るが、ご近所が突然越してきて、しかもいつの間にか家具を搬入し終えているというのは不自然なため引越し業者に頼んだ)ご近所さんへご挨拶に伺い、一段落した後、夕食を交えながら、伊織達は再び、今後の話を始めた。

 

 ちなみに、ご挨拶回りの際、伊織は元の八歳に戻っていたのだが、ミク達も合わせて八歳くらいの少女姿になっており、合計五人もの美少女、それも金髪を含む外人美少女集団に挨拶されたご近所さん達が度肝を抜かれたのは言うまでもない。そして、挨拶が終わった後、即行で主婦ネットワークが起動し、数日に渡って盛大に盛り上がったのも言うまでもないことだった。いったい、あの一家にどんな事情がっ!? と。

 

 実は、両親の子供は唯一の男子である伊織一人だけで、女の子達は全員がその男の子の嫁であると知ったら……奥様方はいろんな意味で狂喜乱舞するに違いない。

 

「それで伊織。あなたが記憶を取り戻したことで私達ももう転生者達から隠れるように動く必要はなくなったわけだけれど……まずは何から手をつける?」

 

 三月が白兎に御味噌汁のおかわりを手渡しながら尋ねる。それに対して伊織は、少しだけ考える素振りを見せたあと、口の中のからあげを呑み込んでから答えた。

 

「そうだな……取り敢えず、高町家の様子くらいは見ておくか。それから海鳴市を中心に、この世界の状況を調べつつ、他の次元世界を見て回ろうか。車中で話していたように、俺もベルカのことや子供達のことは気になるからな」

「そうしますと、マスター。まずは高町家――いえ、翠屋辺りにでも行きますか?」

「ああ。あそこは転生者達にとって重要な場所であるし、主要な人物達が集まる場所でもある。一客として訪れて様子を見守るだけでも、色々と分かることはあるだろう。手始めとするには悪くない場所だと思う」

「なるほどね。う~ん、喫茶翠屋のシュークリームかぁ。美味しいって有名だよね。原作でも二次小説でも。楽しみだなぁ。ね? マスター」

 

 テトがほわわ~んとした実に女の子らしい笑みを浮かべながら伊織に同意を求める。当然、伊織は深く頷いた。なにせ、“翠屋のシュークリーム”といえば、サブカルチャーにおける伝説の一つといっても過言ではないのだ。いったい、どれだけの二次創作で、その美味さが表現されてきたか……

 

「いいわねぇ、翠屋のシュークリーム。私も楽しみだわ。でも、問題は、伊織達が翠屋に行った場合に騒動にならないか、よねぇ」

 

 三月が、少し思案するような表情で口にする。確かに、少年一人に、美少女五人。しかも、そのうちの二人は目の覚めるような金髪で、もう二人は翠髪と紅髪だ。纏う雰囲気からして、とても九歳児には見えないだろう。

 

 明らかに目立つ、目立ちすぎるメンバーである。転生者達にとって重要な場所であるだけに、そんな目立つメンバーが訪れれば、それだけでなんらかの騒動の火種になりかねない。

 

「そうだな。まぁ、その辺はどうにでもできるさ。ミクや九重の十八番だしな」

「はいはい。任せてください、マスター。見事に、目立たない普通の子供に変えてみせますよ~」

「うむ。気配や雰囲気、魔力等の隠蔽や認識阻害なら任せよ。伊達に、九尾の妖狐ではないぞ。ミクの神器とて負けんよ」

 

 確かに、ミクの神器――【如意羽衣】や、九尾の狐である九重の術ならば、そうそう見破られることはないだろう。まして、相手の認識を誤魔化す類の術ならば、特に二人が特化しているというだけで他のメンバーも一流以上の使い手なのだ。

 

 わいわいと、伝説のスイーツを想像して盛り上がる女性陣に、伊織は微笑みを向ける。

 

 と、そのとき、不意に慣れ親しんだ感覚が、北條家のリビングに届いた。地続きの道が突然遮断されたかのような、あるいは空間そのものにポッカリと空白地帯が出来てしまったかのような、そんな感覚――

 

「封時結界か……場所は、海鳴の中心辺りだな」

「うぅむ。どうやら、二陣営複数人で争っているようじゃの。魔導以外の気配も感じるのじゃ。十中八九、転生者同士の争いじゃの」

 

 九重が、瞑目しながら答える。

 

 封時結界により位相のずれた世界は、本来、外界から観測することが出来ない。熟練者や、観測機器などがあれば、ある程度内部を窺い知ることは出来るが、詳しいことまでは分からないのが普通だ。

 

 それを離れた場所から、片手間の術を以て詳細に探るなど並外れたという言葉でも足りない絶技だ。

 

「どうする、伊織?」

「もちろん。様子を見に行く。だが、顔見せはしない。横槍になるのは勘弁だからな」

「それがいいですね。パパさんとママさんはどうしますか?」

 

 ミクの質問に、白兎と三月は苦笑いをしながら首を振った。遠慮をするということらしい。いざというとき、自分達では足手まといにしかならないという自覚があるのだ。

 

「一応、魔獣を残していくよ」

「おう、ありがとよ、伊織。それより、そっちも気をつけろよ。お前達なら心配はないと思うが、相手は転生者だ。所持する能力は、いずれも創作世界の“とんでも”だ。場合によっては、盤上ごとひっくり返されるなんてことも有り得るからな」

「分かっているよ。油断はしない。彼等を神仏と思って対応するよ」

 

 しっかりと頷いた伊織に、忠告をした白兎は「よし」と頷いた。おふざけが過ぎる嫌いはあっても、その姿は実に父親らしい。伊織の中身は、酸いも甘いも噛み分けた成熟した大人だが、それでも今は生まれ直した子供の身。実に、数百年ぶりの立場に、くすぐったさと懐かしさ、そして温かい気持ちが湧き上がる。

 

 父親に応え、伊織もまた力強く頷くと、ミク達を伴って夜の帳が降りた海鳴の町へと繰り出した。

 

 




いかがでしたか?

ただの会話だけで一万も書いてしまった。
次からはもうちょいテンポよく進めていきます。

……2年も経つと、いろいろ忘れてるよ


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