一年戦争の中のルウム戦役を舞台にとあるマゼランの戦いを描きます。
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1.
UC.0079 一月十二日。
開戦からわずか一週間。サイド2空域にはコロニーの残骸がどこへいくでもなく漂っている。
我々の艦隊もその大半を失い、サイド5空域へと撤退中であった。
しかし、先の戦闘は無残なものであった。
ジオン公国の開発したMS・・・。
「ザク」と言うその新兵器に我々はまったくなす術がなかったと言っていい。
宇宙と言う新たな戦場の中で、多くの命が散っていった。
私はただそれをどうすることもできないまま、生き残ってしまった。
「艦長、まもなくサイド5空域に入ります」
敗走する私の艦にいつもの荘厳とした雰囲気はない。暗く、けだるい空気がブリッジを満たしていた。
「ああ、わかった。そのまま艦隊と合流してくれ」
目前の真っ暗な宇宙空間に巨大な羽のついている筒がくるくると回転しているのが数十基確認できる。
私はただなんとなくそのコロニー郡を見ていたが、そのコロニーの巨大な外観がふと先の戦闘の光景に重なった。
コロニー落とし。
先の戦闘でジオン公国が行ったブリティッシュ作戦と呼ばれるものは、宇宙での人間の居住スペースであるコロニーを巨大な弾頭に見立て、地球に落下させる空前絶後の作戦である。
必死の抵抗の結果、何とか地球連邦本部ジャブローに落下させることは防いだが、コロニーはオーストラリア大陸の南東部に落下し、多くの犠牲を出した。
それは人が起こしたことである。
私も人ならばコロニーを落としたジオンの兵もまた人なのだ。
私がジオン公国の兵士ならばきっと私はコロニーを落としていただろう。
それが戦争と言うものだと思う。
敵を憎み、自分を正当化して人を殺め、死んでいく。
この漆黒の闇の中に一体どれだけの命が散っていっただろう?
そして、私は一体いつまで生き続けることができるだろうか・・・
2.
まだジオン公国が宣戦布告して数日しか経たないにもかかわらず地球圏に点在するコロニー郡のほとんどを占領され、中立を表明したサイド6を除いて残すコロニーはサイド5のみとなった。
無論、地球連邦もただ黙って侵攻を見ているわけではない。
ここサイド5に集結した地球連邦軍の艦隊はサイド5艦隊を中心として、今までの戦闘で生き残った残存艦隊にルナ2からの増援部隊を含め戦艦20隻を超える大艦隊となった。
いや、それよりも特筆すべき点はレビル将軍の着任だろう。
彼ならあるいはこの戦況をも覆すことができるかもしれない。
ここサイド5に集結した艦隊の士気は否応なしに高まっていった。
対するジオン公国軍艦隊はドズル・ザビ参謀の駆るグワジンを旗艦とし、チベ級戦艦、ムサイ級巡洋艦を中心として計戦艦7隻に加えてMS部隊と、数の上では約3:1の戦力比である。
こうして、地球連邦、ジオン公国両軍がこのサイド5(ルウム)の空域で戦うことになる。
サイド5について一日が経った。艦内は騒然としている。
補給物資の搬入、被弾箇所の修復。
とりあえずの仕事ができて先日までの暗い雰囲気があまり感じられなくなったのがせめてもの救いだった。
しかし、敵はすぐそこまで迫ってきている。
もう、明日には戦闘になるだろう。
「ランディ・・・私たちは正しいのだろうか?」
作戦会議から戻るランチの中、私は唐突に言った。
「・・・正確なことはわかりませんけど、間違ってはいないと思いますよ。」
特に驚くことも無く、ランディは答えてくれた。
ランディが私の副官になってもう長いことになる。
私とは少し年が離れているが、何かとランディとは息が合った。
部下として、親友として私はランディに最も信頼を寄せている。
「ああ、お前らしい回答だな」
「艦長はどう考えているんです?」
私はまだ窓の外の宇宙を眺めていた。
「分からんよ・・・いや、分からなくなったと言うべきかな」
窓の外には巨大なコロニーと数隻の戦艦が見える。
「だが、私は軍人だからな、敵を討たねばならん」
「・・・ええ。でも敵を討たなければ守れないものもあるんじゃないですか?」
「それは、悲しいな。」
それっきり、ランディは難しい顔をしてしまったようだ。
「すまない。変なことを聞いたな」
「・・・いえ、そうでもないですよ。時々こういうことを考えて人間性を保っておかないと戦争なんてできないですからね・・・」
私は残っていたコーヒーを飲み干すと、ランディの言葉に自分の老いを感じるのだった。
相変わらず外は無限の宇宙が広がるばかりである。
「とりあえず、今は自分のできることをやろうと思います。少なくとも自分には人を守ることができる。・・・できればこれは過信であって欲しくないですけど」
「いや、それでいいのかもしれないな。何かと難しく考えるより、とりあえず何かをしようというのはいいことだ」
今の私にランディの言葉は少し羨ましく思えた。
「なににせよ、明日は戦闘になる。・・・死ぬなよ?」
「ええ、艦長こそ」
「見えました、正面前方ジオン艦隊ですっ!」
メインモニタに超望遠カメラで撮影されたジオン艦隊の映像が映し出される。
既にミノフスキー粒子は散布され、レーダーにはほとんど何も映っていない。
「よし、総員第一種戦闘配備、これより我が艦は戦闘に入る」
私の一声によりブリッジの空気が緊迫したものへと変わっていき、オペレータにより艦内に第一戦闘配備の放送が流れ、次第に艦全体が緊張した空気で覆われていく。
ついに、戦闘は始まったのだ。
「艦隊と同時に敵艦隊に向け主砲斉射。その後Sフィッシュ隊は順次出撃、敵MS部隊を食い止めるんだ。一機たりともサイド5には通すな」
主砲発射の度にブリッジに閃光が走る。艦隊中の戦艦が主砲を斉射し、この空域はいくつもの光の線が行き交うこととなる。
遠目には美しいその光も何千度という高温であらゆるものを焼き尽くす破壊兵器なのである。
主砲斉射が一段落すると後方のコロンブスから、数機ではあるが各戦艦からもSフィッシュが光の舞う漆黒の闇の中へと突入していった。
突然、ブリッジ全体が閃光に包まれる。
敵戦艦の砲撃がブリッジ間近をかすめたのだ。
「くうっ、回避運動怠るなよっ!」
今のは偶然外れたのかもしれない。
ただ、今生きていることだけがすべてであり、生きている限りは戦うのだ。
一瞬にして死んでしまうことさえ戦場という場所では当たり前なのである。
この場所は正常ではない。
3.
戦況は芳しくない。
しかし、予想以上に抵抗はできている様子である。
戦闘開始から既に30分は経過していた。
幾度か艦隊を突破されそうにはなったが、今のところまだ突破されたMSはないようだ。
戦場の様子をみてもジオン側には少し焦りのようなものが感じられる。
我が艦は艦隊の中心部から少し外れたところにあり、中央突破をする敵MS部隊の目標にはなりにくい位置にあったため、今までMSとの接近戦闘はない。
「しかし、こうなると厄介だな・・・」
私は誰に言うでもなく、独り言をつぶやく。
これは昔からの癖で、何か考え事をするときに出るものだ。
突破ができないと分かってむざむざ引き返すジオンではない。
中央突破が無理としても艦隊に打撃を与えるには十分な戦力はあった。
「なに、サイド2の二の舞を踏まなくてすむ。・・・それで十分じゃないか」
私は軽く溜息をつくと、外の大宇宙を眺めた。
広大で美しい宇宙はこんな小競り合いなど見向きもしないかのように星は瞬いて、漆黒はすべてを受け入れるかのように静かだった。
「どうしました?」
さすがに隣のランディから声がかかった。
「ああ、すまない」
「フフ、戦闘中ですよ?艦長がしっかりしないと」
ランディの笑顔はいつに無く頼もしかった。
戦闘中にこんなふうに笑いかけることができるのもランディの強さなのだろう。
「これから、本格的な対MS戦になる。脱出艇の準備は万全だな?」
「ええ、特に異常は報告されていないです」
「うむ。索敵班は索敵を怠るな、そろそろ仕掛けてくる」
戦場を駆けるビームの光の向きが少しずつ変わってきたようだ。
「敵MS部隊急速接近、我が艦に向かっていますっ!」
「弾幕を張れっ!敵を艦に近づけるなっ!」
対空砲火の曳光弾の光がブリッジからでも確認できる。
前世紀の第二次世界大戦で実証されたように航空戦力による戦艦への攻撃の有効性というものは確固たる物で、それはこの宇宙世紀になっても変わることは無かった。
MSに戦艦の主砲があたることは稀である。
しかし、逆に機動性に優れ近接戦闘に重点をおいたMSならば戦艦に打撃を与えることは決して難しくなかった。
さらに、宇宙空間では上下の概念がない。敵は上下左右、あらゆるところから攻撃を仕掛けてくる。守る側、戦艦にとっては死角が増え、迎撃が難しくなり、攻める側、MSにとってはどこからでも攻めることができるのである。
一応、地球連邦軍にもSフィッシュと呼ばれる航宙戦闘機があったが、ミノフスキー粒子の登場により電波誘導式のミサイルや、レーダーの使用が不可能になったために、より戦闘は近接化し、近接戦闘に不向きで、スピードはあるが 小回りの利かない航宙戦闘機はMSの敵ではない。
あちらこちらで対MS戦闘が開始されたようで、小さな火球が近くの艦隊からも見受けられるようになった。
こうなるとブリッジの雰囲気も一段と緊張感が増し、周りの空気が一層張り詰めたものとなる。
この場所にいくつもの死神が駆けることを分からないまでに感じるのだろう。
「敵機、前方より来ますっ!!」
索敵班の少しおびえたようなその叫び声と同時にブリッジの前を一機のMSが通り過ぎたかと思うと艦全体は激しい振動に揺さぶられた。
シートに磁石とベルトで固定されているとはいえ、体は激しく揺られ上下左右がごちゃごちゃになる。
「左舷後部被弾っ!!」
「損害は!?」
声を出せると言うことはまだ生きているようだ。
私も、オペレータもまるで生きていることを知らせるかのように大声で叫んだ。
「E、Fブロック損壊ですが、戦闘には支障はないと思われますっ!」
「隔壁、消火装置は!?」
「正常に作動した模様、空気流出、減少しています」
「よしっ、まだ大丈夫だっ!弾幕を絶やすなよっ!」
私は死の恐怖を誤魔化すかのように叫んでいた。
時折、閃光がブリッジを照らす。
宇宙空間なので音はない。
まるで人の命が燃えるかのように激しい閃光が一瞬より少し長く辺りを照らすだけ。
それは死神が一歩、また一歩と近づいてくるかのようだ。
ここはあの世に一番近い場所となっているのだろう、空気も、音も、全く異質のもので、自分が生きているのかが分からなくなる。
何度目かのMSの攻撃で艦が激しく揺さぶられる。
幸運なことにバズーカは討ち尽くしたようで、ザクマシンガンによる攻撃しかない。
とはいっても、人の持つものとは銃の口径が違いすぎる。
旧世紀時代の戦車の主砲に匹敵する口径である。
このままでは沈むのは時間の問題だろう。
ここまでもったのが奇跡とでも言うべきである。
「左舷Gブロックより火災発生、ああっ、右舷Iブロックからもですっ、消火間に合いませんっ!!」
「第三砲塔エネルギーパイプ断線、出力低下していきます!」
もう、限界だろう。
私はかねてから決めていた。
「これ以上の戦闘は不可能だっ、脱出艇の準備をしろっ!!」
私の発言に、ブリッジにいた全員がいっせいに私のほうを向いた。
「早くしろっ、もう長くは持たんっ!!」
「しかし、我々はまだ戦えますっ!」
隣からランディの声があがる。
ブリッジで私に物言いをするのはいつもランディだった。
「艦長である私が無理だといっている。これは艦長命令だっ!」
「しかし・・・」
「早くっ!!」
まだ言葉を言おうとするランディに私は怒鳴った。
このブリッジで私がここまで声を張り上げることは今回が初めてだろう。
さすがのランディもそれ以上反論することはなかった。
緊急事態のサイレンが艦内中に流れ、回転灯が光る。
一応、訓練の甲斐あってか退避は順調にいっているようだ。
「艦長、我々もそろそろ・・・」
頃合を見計らってランディがそういってきた。
きっと彼はもう気づいているはずだ。
「・・・いや、私は艦に残る」
「いえ、艦長もご一緒に・・・」
「・・・もう決めたことだ。分かっているんだろう?」
彼の目には涙が浮かんでいる。
「ええ・・・昔からあなたはそういう人ですからね」
いつもの精悍とした表情は崩していないが、涙は溢れていた。
無重力という環境は彼の目から流れ出る涙をそっと丸く包み込んで、その涙はまるで宝石のように美しく感じられた。
「・・・男が泣くんじゃない」
私は苦笑交じりにいって、窓の方へ顔を向ける。
「ありがとう・・・その涙だけで私は十分だ。」
こんな泣き顔は艦長として、親友としてランディには見せたくなかった。
「勇敢なる我らが艦長、ガノフ・ステアロフ一等宙佐に敬礼!」
ブリッジにいた全員が私の前に並び、敬礼をしてくれた。
私も敬礼で答える。
「敵を討つことだけが正義ではない、それだけは忘れるな」
「艦長・・・。必ずやジオンの脅威から皆を守り抜いて見せます」
「ああ、その言葉信じている」
人のいないブリッジとは広く、寂しいものだ。
私は自動制御で機体を最大戦速で前進させると、ポケットから古い懐中時計を出していた。
蓋の裏側にはめられた微笑を投げかける女性の写真。
私の愛した妻だ。
艦隊から突出した私の艦は格好の獲物となる。
少しでも時間を稼げば脱出艇の生存率は高くなるはずだ。
いくつもの激震が船体を襲う。
艦のあちこちから火の手が上がり、爆発が各所で起こる。
一機のザクがブリッジの目の前でマシンガンを構える。
最期の一撃となるだろうことはすぐに分かった。
別に恐怖というものは感じない。
私はザクのモノアイを真っ直ぐに見る。
「カサンドラ・・・いま逝く」
決して人は殺しあうために生まれてくるのではない。
私は、そう信じたい。