邂逅のセフィロト THIRD WORLD   作:karmacoma

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※本作は【邂逅のセフィロト】の続編となりますので、こちらからお読みくださいませ。(https://syosetu.org/novel/145960/1.html


第1話 復帰

 辺り一面、真っ白な世界。そのせいで空を見上げても、正面を見据えても距離感が掴めなかった。ただ一点、地面だけが僅かに灰色がかっており、地面と壁との色の境目でその空間の広さが確認できる。そこから分かることは、半径500メートル程の円形をした巨大なドームにいるのだと把握できた。そんな殺風景なドームの中心で、いかにも怪しげな二人が200メートル程距離をおいて睨み合っている。

 

 

 一人は漆黒のローブとマントを身に纏い、ドラゴンの爪を想起させる大きめの肩当てをしている。それは正に悪の化身の如き雰囲気を漂わせていた。その肩当てとフードの縁は金色に染まり、より一層禍々しさを強調している。首には厚みのある大振りのネックレスが怪しく光り、その手には左手薬指を除く全ての指にマジックリングがはめられている。左手には七匹の蛇が絡み合うような細工を頂に持つ金色の杖を装備し、全身を神器級(ゴッズ)アイテムで武装するその者の顔は、肉や皮膚の一切ない文字通りの骸骨───死の支配者(オーバーロード)だった。はだけたローブの奥には肋骨が剥き出しとなっており、腹腔には吸い込まれそうなほど美しい青色の水晶にも似た玉が収められていた。

 

 そしてもう一人は、同じく全身漆黒。タイトなレザーパンツにレザーブーツ、フード付きのレザージャケットとレザーグローブに身を包んでいた。よく見ると胸部や腕、太腿の側面にはクローム色をした金属が格子状に細かく縫い付けられており、脛や爪先の部分にも同じ金属と思われるプレートが打ち付けられている。グローブの上からはめられた指輪は全ての指に装備されているが、一際目を引くのが左手薬指に装備された奇怪な指輪だった。淡く銀色に輝くその指輪は二匹の蛇がお互いの尻尾に食らいつき、飲み込むことで円形を成しており、蛇の目にあたる部分にはそれぞれ赤と緑の宝石が埋め込まれ、異様な雰囲気を醸し出していた。タイトなレザーアーマーによりボディラインが強調され、胸のふくよかな膨らみからその者が女性であることが判別できる。フードの下に覗く顔は、血のように赤く光る大きな目、小顔ながらスラリとした鋭角な鼻と顎、薄い唇、透き通るように青白い肌、そして両目の下に刻まれた幾何学な模様の赤いタトゥー。その整った顔は悪魔的に美しく、相手を見つめながら微笑している。両手には一尺八寸程の刃渡りを持つ漆黒のロングダガー2本を装備しており、左を順手に、右を逆手に持ち、腰を落として身構えていた。

 

 二人は距離を詰めることもせず微動だにしない。何かを待っている様子だ。その時真っ白な壁に文字が浮かび上がり、続いて男性の声がドーム内部に響き渡る。

 

『Are you ready? 』

 

 

 そこでダガーを装備した女性が初めて口を開いた。

 

 

「今日は勝たせてもらうよアインズ」

 

 

 それを受けて死の支配者も口を開く。

 

 

「フッ、やれるものならやってみるがいいルカよ」

 

 

 極限の緊張状態の中、ルカとアインズの四肢に力が込められていく。そして再びドーム内にアナウンスが流れた。

 

 

『3...2...1...Fight!』

 

 

 二人は弾けるように駆け出し、お互いに向かって猛然と距離を詰めた。魔法の射程圏内に収めるためだ。互いの距離が120メートルまで近づいた所で、アインズとルカは相手に対し右手を向けた。

 

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)現断(リアリティスラッシュ)!」

 

 

 ルカの胸部に魔法陣のターゲットが浮かび上がるが、魔法が当たる刹那に(フォン!)という音と共に左へ躱す。ルカのパッシブスキル回避(ドッヂ)によって魔法を躱し、再度突進を開始した。

 

 

「ちぃ!時間停止(タイムストップ)!」

 

 

 アインズは舌打ちと共に、立て続けに魔法を放った。第十位階魔法を受けて一瞬動きが止まるが、ルカの右手にはめられた銀色の指輪に(ピシ!)と亀裂が入ると、再び時間が動き始めた。ルカはもう目の前に迫っている。

 

 

「対策してきたか。飛行(フライ)!」

 

 

「逃さないよ。影の感触(シャドウタッチ)!」

 

 

(ビシャア!)という鋭い音と共に、空中へ飛び出そうとしたアインズの体は麻痺状態となり、動きが止められた。アインズの懐に入ったルカは、腰を低くしてロングダガーを構える。

 

 

霊妙の虐殺(スローターオブエーテリアル)

 

 

 その刺突と斬撃を織り交ぜた武技は、まるで舞っているかのような滑らかさでアインズの体に叩き付けられた。極限までブーストされた超高速20連撃が目に止まるはずもなく、その威力に押されてアインズの体は後方へ後ずさった。しかしアインズは平然と立っており、体の周りには薄く青白いバリアが張られている。

 

 

被害吸収(ダメージアブソーバー)か」

 

 

「フン、だったらどうした?」

 

 

「当然。食い破るまで!絞首刑の木(ハンギングツリー)!」

 

 

 ルカは再度アインズの懐に飛び込み、刺突抵抗を30%までダウンさせる20連撃を放った。その武技を受けて、張られていたバリアがガラスのように砕け散る。それと同時に麻痺のバッドステータスが解除されたアインズは、空中へと飛び上がり退避しようとしたが、すかさずルカは追撃を加えた。

 

 

呼吸の盗難(スティールブレス)!」

 

 

 そう唱えた途端、アインズの飛翔速度がガクンと落ちた。対象の移動速度を30秒間15%までダウンさせ、強力な毒DoT(Damage over Time)も付与するという移動阻害(スネア)の魔法だ。上空15メートル程を飛ぶアインズに対し、ルカは地面に立ったまま腰を落として高速回転し始めた。

 

 

無限の輪転(インフィニティサークルズ)!」

 

 

 回転したロングダガーの刃から、白・黒・白の扇にも似た光波が連続して発生し、アインズの体を切り刻んだ。神聖属性と闇属性の光波連撃を受けて、アインズの体から白い煙が立ち上っている。吹き飛ばされた勢いを利用して、アインズは一気に後方へと距離を取り、魔法を唱えた。

 

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)万雷の撃滅(コールグレーターサンダー)!」

 

 

 アインズが指差す下方に向けて、上空から巨大な雷がルカに向かって叩き落とされた。回避(ドッヂ)スキルが反応する間もなくまともに雷撃を受けたが、どうも様子がおかしい。

 

 

「なん...だと?」

 

 

 アインズは言葉を飲んだ。雷撃は落ち続けているが、ルカの体に当たる直前にアブソーバーのような半球状のバリアで弾かれ、まるでアースのように電撃が地面に霧散してしまっていた。

 

 

「そんなに驚いた?これは五大元素の不屈の精神(エレメンタルフォーティチュード)。効果はもちろん秘密」

 

 

「フフ、そうか。──────」

 

 

 一瞬の静寂の後、ルカの右手人差し指にはめられた時間停止(タイムストップ)無効の指輪が音もなく砕け散った。それを見てルカはニヤリと笑い、空中に浮かぶアインズを見上げた。

 

 

「...無詠唱化(サイレントマジック)とはね。やってくれるじゃないか」

 

 

「ここからが本番だ。大致死(グレーターリーサル)光輝緑の体(ボディオブイファルジェントベリル)

 

 

(ボッ!)という音と共に、アインズの体が黒い炎に覆われ負のエネルギーが流れ込み、HPが回復していく。

 

 

約櫃に封印されし治癒(アークヒーリング)飛行(フライ)

 

 

(キィン!)という鋭い音と共に、アインズとは対象的に青白い光に包まれ、ルカの体力も回復した。その直後、ルカの視界からアインズの姿が突然掻き消えた。ルカは辺りを見回すが、純白色をしたドーム内のどこにもその姿はない。音も気配も、完全に立ち消えた。しかしルカはそれに臆することなく、肩を竦めてぽつりと呟いた。

 

 

「アインズ....それは悪手」

 

 

 そう言った瞬間ルカの体も空間から掻き消え、ドーム内は完全に無人となった。無詠唱化(サイレントマジック)完全不可知化(パーフェクトアンノウアブル)によって透明になったアインズはターゲットされないように空間内を飛翔しながら、策を巡らせていた。

 

 

(思った通り透明化してきたか。向こうに不可知化が看破されていると考えて、絶えず動きつつ接近してきた所を生気吸収(エナジードレイン)でレベル低下を起こさせ、その後の戦いを有利に進める為の布石を打つ。そし───)

 

 

「....スキル・背後からの致命撃(バックスタブ)・LvⅤ」

 

 

 思索していたアインズの背中を、突如巨大なハンマーでぶん殴られたかのような強い衝撃が二回連続して襲った。

 

 

「ぐぉお?!」

 

 

 あまりに突然の出来事に何が起きたのか分からず目を回していると、背中と胸の辺りから鈍い痛みが走った。アインズは下に目を落とすと、肋骨の隙間から水平に突き出たエーテリアルダークブレードの刀身が目に入った。そこからダガーに付与された神聖ダメージ特有の白い煙が立ち上っている。攻撃を受けてアインズの完全不可知化(パーフェクトアンノウアブル)が解除され、攻撃を仕掛けたルカの姿も顕になり、背後から声がかかった。

 

 

「だめだよアインズ。私に透明化(スニーク)戦を挑もうなんて100年早いんじゃないかな?」

 

 

(ザザン!)という音を立てて2本のダガーが背中から素早く引き抜かれ、体が自由になったアインズは咄嗟に振り返って後方に飛び、距離を取った。ルカは右手を腰に添えて追撃はせず、アインズに向かって微笑んでいる。

 

 

「一体何をした?」

 

 

「大した事はしてないよ。無詠唱化で部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)を使用して姿を消し、足跡(トラック)でアインズを追跡。そのまま後方に回り込んで、背後からの致命撃(バックスタブ)を決めたってだけよ」

 

 

「可視化の魔法は使わなかったのか?」

 

 

 アインズは話を続けながら、無詠唱化・生命力持続回復(サイレントマジック・リジェネート)を自らにかけて体力の回復を図った。アインズの体が薄緑色の光に包まれる。

 

 

不可視看破(ディテクトヒドゥン)でも見抜けるけど、それだと初動がどうしても遅れてしまう。慣れれば足跡(トラック)に表示される敵のシグナルを、鳥瞰的に見る事のみで戦えるようになるのよ。ただ、ここまで来るには相当な練習が必要だけどね」

 

 

「...なるほどな、そのプレイヤーの熟練度にも寄るというわけか。そして覚えておこう、完全不可知化(パーフェクトアンノウアブル)すらもお前の足跡(トラック)に探知されてしまうという事をな。それで、何やら強力なデバフがかかっているようだが、これは何だ?私のMP最大値が一気に下がってしまったようだが...」

 

 

「ああそれは、背後からの致命撃(バックスタブ)の追加効果だよ。レベルはⅠからⅤまであってそれぞれ効果は違うけど、今使ったのはINT(知性)とSPI(精神力=MP)を大幅に低下させるレベルⅤ。魔法職にとっては天敵のようなデバフだけど、効果は1分間だけ。でも1分もあれば十分に殺し切れるけどね。単純に火力だけを重視するなら、下位のほうが強い場合もある」

 

 

「...それでこの威力だと言うのか。危うく死ぬ所だったぞ」

 

 

 それを聞いてルカは両手を頭の後ろに回し、嬉しそうに体を左右に振りながら返答した。

 

 

「フフーン、でしょ?さて、ここで問題。私はこれからもう一度君に背後からの致命撃(バックスタブ)を仕掛ける。防げなければ次は死ぬ。見事防いでみせて。─────」

 

 

 再び無詠唱化された部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)によりルカの姿が掻き消える。

 

 

魔法最強化・大致死(マキシマイズマジック・グレーターリーサル)

 

 

 アインズはすかさず回復魔法を唱え、ドーム中央へと飛翔しながら再度考えた。

 

 

部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)は、いかなる感知系魔法も看破系魔法でも姿を捉える事は出来ない...ならば!)

 

 

 ドーム中央で停止し、アインズは両手を前に掲げて素早く詠唱した。

 

 

魔法最強効果範囲拡大(マキシマイズワイデンマジック)核爆発(ニュークリアブラスト)!」

 

 

 手の平の先に巨大な光の玉が現れた瞬間、目を覆うほどの閃光が周囲を包み、直後に凄まじい爆風を発生させた。強烈な炎と衝撃波がドーム内を舐め回し、外壁が波打つように振動を起こしている。核爆発(ニュークリアブラスト)は術者本人をも巻き込んでしまう第九位階魔法だが、炎対策が施された万全の装備に身を包むアインズには何ら影響しない。そして魔法の中で最も広範囲の攻撃が可能な核爆発(ニュークリアブラスト)は、ドーム内を押し包んで余りある威力だった。

 

 

 アインズが周囲を見渡すと、その背後20メートル程先にルカの姿があった。直立不動の姿勢を取りながら微笑し、宙に浮いている。

 

 

「正解。あぶり出しはローグベースと戦う時の基本だからね、それは私でも同様。敵が逃げ切れないような広範囲のAoE(Area of Effect=範囲魔法)を、何でもいいからとにかく”当てる”。そうすれば、私の使う部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)といえども、効果は解除されてしまう」

 

 

 そう言うルカの周囲を見ると、(ピシ!パシ!)というスパーク音と共に、炎がバリアに触れて弾き返されている。

 

 

「...なるほどな。炎対策も完璧と言う訳か」

 

 

「まあねー。私も一応元アンデッドだし、お互い神聖と炎対策には苦労するね」

 

 

 そしてルカはアインズと同じ高さで空中に停止し、互いに様子を伺いながら睨み合った。その均衡を先に破ったのはアインズだった。

 

 

魔法三十最強(トリプレットマキシマイズ)位階上昇化(ブーステッドマジック)心臓掌握(グラスプハート)!」

 

 

 そう唱えると、アインズの右手に拳大の心臓が現れた。通常の単発魔法ではルカの鉄壁の回避(ドッジ)に躱されてしまうと踏んだアインズは、敢えて隙の大きいこの戦法を取った。そして右手の平に心臓の幻影が現れたと言うことは、回避(ドッジ)の確率を乗り越えて、必中する事を表していた。アインズは躊躇なくその幻影の心臓を握りつぶした。

 

 

「うっわ...」

 

 

 ルカは突然の体調変化に思わず声を上げた。頭から一気に血の気が引き、手足の感覚が痺れるほどの目眩に襲われた。目の前が視野狭窄に陥り、空中に浮いているのがやっとな程の立ちくらみだ。アインズが狙ったのはこの効果──朦朧状態だった。ルカの種族は始祖(オリジン)ヴァンパイアに近いセフィロトというアンデッドベースの上位種族だ。心臓掌握(グラスプハート)が持つ本来の即死攻撃は通りにくく、尚かつアクセサリー等で即死耐性を強化しているはずだ。ならば第二の効果である朦朧状態を利用して足止めを仕掛ける。その目論見は成功した。アインズは畳み掛けるように魔法を詠唱し始めた。

 

 

魔法三重化(トリプレットマジック)上位魔法(グレーターマジック)蓄積(アキュリレイション)

 

 

 アインズの前に3つの魔法陣が浮かび上がった。

中空に浮かぶその内の一つに魔法を込める。

 

 

魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)大顎の竜巻(シャークスサイクロン)

 

 

 ルカの朦朧状態を目の端で捉えながら、2つ目の魔法陣に魔法を込める。

 

 

魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)星幽界の一撃(アストラルスマイト)

 

 

 そして最後の魔法陣にも魔法を込め終わる。

 

 

魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)現断(リアリティスラッシュ)

 

 

 ルカはようやく朦朧状態から立ち直りつつあった所へ、正面の強大な魔法陣を見て絶句していた。アインズは右手をルカに向けて叫ぶように魔法を唱えた。

 

 

「食らえ!魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)無闇(トゥルーダーク)、そして解放(リリース)!」

 

 

「しまっ...」

 

 

 朦朧状態から抜け出しきれていなかったのか、ルカのパッシブスキルである回避(ドッヂ)は反応せず、4つの魔法全てをまともに食らい空中で大爆発を起こした。爆炎を突き抜けてルカは地面に叩き付けられ、床に大きな穴を穿った。アインズは警戒しているのか、空中に浮かんだまま距離を取って近寄ってこない。爆発の煙に包まれたルカは顔も体も煤まみれになっていた。やがてゆっくりと目を開け、ふらつきながらも立ち上がる。アインズとルカの間に爆発の煙が遮ると、ルカは左右に大きく手を広げ、ドーム天井を仰ぎ掠れた声で魔法を唱えた。

 

 

魔法三重最強(トリプレットマキシマイズ)位階上昇化(ブーステッドマジック)約櫃に封印されし(ベネディクションオブジ)治癒の術式(アークヒーリング)

 

 

 間を遮った煙が晴れた時にはもう遅かった。アインズはそのせいで反応が遅れ、ルカの姿を見て咄嗟に後方へ距離を取ろうと動くが、ルカの体から放たれた光の波動が広がる速度には敵わず飲み込まれた。ウォー・クレリックの聖なる光はセフィロトであるルカの体力を回復させ、且つ純粋なアンデッドであるアインズの全身を焼き、腕や顔、手足から白煙を上げ、ついには地面に落ちて片膝をついた。

 

「ぐおおお...」

 

 全身の鈍痛に加え、意識が白濁しているのが立ち上がれない要因だった。光が急激に収束し、ルカの体に戻っていく。そしてアインズに向かって目にも止まらぬ速度で詰め寄り、そして30メートル程手前で急に止まった。アインズが右手に握る物体に気がついたからだ。それは手の平サイズの砂時計。それを見てルカも腰のベルトパックから同じ砂時計を取り出すが、ルカは首を横に振った。

 

「もう勝負あったでしょアインズ?大人しく降参して」

 

「誰が降参するだと?」

 

「私のHPは満タン、君は超位魔法一撃で死ぬ。この意味がわかるでしょ?」

 

「...さあ、それはどうかな?時間停止(タイムストップ)!」

 

 そう唱えた瞬間ルカの動きが止まり、周囲が静寂に包まれた。アインズはルカの背後に回り込み、もう一つ魔法を唱えた。

 

魔法最強化・大致死(マキシマイズマジック・グレーターリーサル)!」

 

 アインズの体力が回復すると同時に時間停止(タイムストップ)が解除され、ルカは目の前のアインズが突如いなくなった事に警戒心を抱き、腰を落として背後を振り返った。そこには半円球状の立体魔法陣に包まれたアインズの姿があった。アインズは右手に握った砂時計を握りつぶした。

 

「超位魔法・失墜する天空(フォールンダウン)!」

 

 

 この近距離では、無敵化までは間に合わない。ルカも咄嗟に砂時計を握りつぶした。

 

 

「超位魔法・急襲する地獄(ヘルディセンド)!」

 

 

 青白い光と暗黒の影、2つの超高エネルギー体が交差し、密閉されたドーム内を激しく揺るがした。そして大爆発が起き、その勢いで二人の体が宙に舞い上がる───いや、吹き飛ばされると言ったほうが正しい。そのまま二人は地面に叩き付けられた。ルカはその衝撃で目が覚め、起き上がるとゆっくり周囲を見渡した。その左隣のクレーター中心にアインズが倒れているのを確認すると、ルカは立ち上がりそこへ歩み寄った。ルカの足音に気が付いたのか、アインズも体を起こして立ち上がった。先に口を開いたのはルカだった。

 

 

「さて、そろそろ終わりにしようか」

 

 

「...いいだろう」

 

 

 そう言うと二人の体の周囲に再度立体魔法陣が現れた。アインズとルカの右手には、先程と同じ砂時計が握られている。二人は呼吸を合わせるように砂時計を握りつぶす。

 

 

「超位魔法・永遠の異次元(アナザーディメンジョン)!」

 

 

最後の舞踏(ラストダンス)!」

 

 

 そこで二人の意識は途絶えた。

 

 

 

 ───ルカが目を開けると、目の前には薄緑色のキャノピーが目に入った。頭だけを下に向けると、白のランニングシャツにホットパンツといういで立ちだ。実戦型ヘッドマウントインターフェースを脱ぎ去り、ベッド右手のパネルを操作してキャノピーを開けると、嗅ぎ慣れた実験棟の匂いがルカの鼻孔を突く。ルカは起き上がり、自分の右隣の保存カプセルで横になる者に目を向けた。ルカと同じように内部パネルを操作し、キャノピーがゆっくりと開いていく。そしてカプセル内のベッドに腰掛けたまま、ルカの保存カプセルがある左へと足を投げ出し、右手で頭を抱えるようにしながら首を横に振った。ルカはそれを見て、保存カプセルに座る男の両足を跨ぎ、抱きついた。

 

 

「んんーアインズ、今日も実験手伝ってくれてありがとうね!」

 

 

 ルカはそう言うと、彼───アインズと呼ばれる男の首筋に何度もキスをした。一方の男はというと、抱きついてきたルカの体が倒れないよう左手で背中を支えながら、右手は相変わらず頭を抱えたままだった。体を密着させているせいで、ルカの双丘が押しつぶされている。フローラルな香りが漂う中、男は別段ルカの事を嫌がるわけでもなく、一人で物思いに耽っていた。

 

 

「...くそ!あそこで上位魔法蓄積を唱えなければ...しかしその前も後も問題だらけだ、いやその前に...」

 

 

「なーに、まだ考えてるの?いいじゃんもう、とりあえずは終わったんだから」

 

 

 ルカは抱きつくのを止めて、太腿に乗ったままアインズと向かい合った。その顔は日本人らしく目は大きめの奥二重で、しかし高い鼻が国籍不明な───良く言えばオリエンタルな顔立ちをしていた。眉は鋭角に切り揃えられ、それが意志の強さを象徴しているようだった。顔の形もどちらかと言えば鋭角だが、どのパーツも自己主張の少ない───悪く言えば目立たない顔立ちだった。しかしその顔と体は寸分違わぬ、鈴木悟という男を再現したものだった。

 

 

「そういう訳には行かないだろう!お前よりも強いやつが今後出てこないとも限らないんだから」

 

 

「それはそうだけど、あまり私基準で考えない方がいいと思うんだけどな」

 

 

「それはまあ...うむ、確かにそうだが」

 

 

「でしょ?これで7回戦ったんだね。何勝何敗だっけ?」

 

 

「7戦3勝3敗1引き分け。はぁ...」

 

 

「おおー、どっこいどっこいじゃん」

 

 

「...いいや、それは嘘だな」

 

 

「何で?私嘘なんかついてないよ?」

 

 

 ルカはアインズの足に乗ったままキョトンとし、その左頬を優しく撫でた。彼女に取って勝敗などどうでも良かった。単純に7回実験して、そのデータが蓄積されていく事が重要であり、そこにアインズとの意識差があった。

 

 

「それは知っている。...言ってみただけだ。意図的にではないにしろ、お前は俺との戦いで手を抜いていた。今日のようにダーティーな戦い方をすれば、勝っていたのは間違いなくお前の方だった」

 

 

「ダーティーねえ...君と戦うときはあまり意識してなかったんだけどな。まあいいか、イグニス、ユーゴ!データはちゃんと取れた?」

 

 

 保存カプセルの向かいにある、三十に重ねられた強化ガラスの向こうに見えるコンソールルームに目を向けて、ルカは尋ねた。広い実験棟内に設置された天井のスピーカーから、コンソールルームの音声がインカム越しに聞こえてくる。

 

 

「OKですルカ姉!コンソールルームで見させてもらいやしたが、皆大興奮でしたぜ!」

 

 

「ルカさん、アインズさん。こんな凄い戦いが見れて、俺はもう感動が止まりません...」

 

 

 コンソールルームの窓腰に親指を立てている、べらんめえ口調の男がユーゴ、ルカとアインズを見て涙ながらに感動している男がイグニス。ルカやアインズのように人間から電脳化した者と違い、二人共純粋な人工脳を持つバイオロイドだ。20代前半といった面持ちで、若さが見て取れる。そしてイグニスとユーゴの両隣にも男性と女性が立っていた。ユーゴの向かって右に立っているのは、筋骨隆々とした2メートルを超える大男・ライルと、イグニスの向かって左に立つ美しい女性・ミキだった。二人共ルカに向けて微笑を湛えている。

 

 

「フフ、ありがとう。それじゃ私とアインズは先にお昼食べてくるから、その間解析の方よろしくね」

 

 

「合点承知でさあルカ姉!」

 

 

「お任せくださいルカさん」

 

 

 アインズとルカは、ブラックを基調として縁に白線の入った制服に着替えると、ラボを後にした。

 

 

 

 ───2550年代、人類は太陽系外に進出していた。ワームホール航法が確立し、地球からアルファケンタウリ星系、またはその逆による鉱物等レアメタルの物資輸送が盛んに行われていた。そう、物資だけだ。アルファケンタウリへの人間の移住は認められていなかった。

 

 理由はいくつかあるが、まず第一に惑星地球化計画(テラフォーミング)が不完全であること。第二に、アルファケンタウリで最も栄えている地球型惑星プロキシマbは、あくまでバイオロイドと呼ばれる人造人間の為の研究・開発の前哨基地であり、強固な細胞と血液組成を持つバイオロイド以外の生物がこの場にいたなら、3日を待たずして宇宙放射線に細胞を破壊され死んでしまう事。3つめに、この惑星全ての権利は地球の国営企業であるブラウディクスコーポレーションの管理下にあり、国家機密の塊であるこの惑星は一般人がおいそれと立ち入って良い場所ではないということだ。

 

 

 2138年にサービス終了を迎えたDMMO-RPG、ユグドラシル。この時プレイヤーであるアインズ・ウール・ゴウン──鈴木悟は異世界へと転移した。そしてその中で、同じく2350年に突如終焉を迎えたエミュレーターサーバ、ユグドラシルβ(ベータ)から転移してきたルカ・ブレイズというプレイヤー同士が、200年ぶりに奇跡的な邂逅を果たした。そしてその冒険の過程で、そこが異世界などではなく、ダークウェブとロストウェブという2つのサーバを往来するネットワーク上の世界であることが判明する。

 

 

 その通称ダークウェブユグドラシルにおける様々な謎を解きながら、アインズ達の助力を借りてルカは悲願であった現実世界への帰還を果たした。しかしそこはルカの知る2350年代の地球ではなく、2550年のプロキシマbというアルファケンタウリ星系にある地球型惑星だった。異世界で過ごした200年は現実世界にも反映されていたが、電脳化されていたルカの脳核は研究者である仲間達の手によってバイオロイドの体に移植され、劣化する事なく200年という歳月を乗り越えていた。

 

 

 そして同2550年、ルカ達はユグドラシルを制作した株式会社エンバーミングの親会社であるレヴィテック社に保管されていた鈴木悟の脳核を奪取する事に成功。これにより違法に行われていた拉致監禁から彼を解き放ち、ルカの手によってその電脳は精密優先型バイオロイドに移植され、2550年に鈴木悟の意識を招く事が可能になった。未だ謎が多いダークウェブユグドラシルの解析を進める一方で、ルカはイグニス・ユーゴの力を借りて独自にユグドラシルシミュレータを開発し、その実験として同じプレイヤーであるアインズを選んだのだった。

 

 

───プロキシマb 首都アーガイル 商業施設ブロック1F・カフェテリア 13:25AM

 

 

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 パラソルのついたテラス席に座ると、コーヒーを連想させるダークブラウンのサンバイザーに制服を着た女性の店員が冷水を二人分持ってきた。

 

「えーと、私はフルーツバゲットサンドのバナナと生クリーム多めで。あとエスプレッソのラージ。アインズは何にする?」

 

「チキンフィレサンドのバジルソース多めとアイスコーヒーのラージで」

 

「畏まりました、少々お待ち下さいませ」

 

 この商業ブロックは展望ブリッジと同じく透明のドーム型となっており、外の美しい景色を一望しながら食事ができる非常に開放感のある作りとなっていた。ここにあるフードコートで様々な食事が楽しめるが、その中でも特にアインズとルカのお気に入りは、コーヒーが美味いこのカフェだった。

 

 

「お待たせいたしました。フルーツバゲットサンドにエスプレッソのラージ、チキンフィレサンドにアイスコーヒーのラージでございます」

 

 表面をカリカリにトーストしたホットドック型のパンズに、冷やしたフルーツと生クリームがたっぷり乗ったものがフルーツバゲットサンド。CDサイズの大きめなハンバーガー型のパンズにフライドチキンを挟み、レタス・オニオンがふんだんに使われたものがチキンフィレサンドだ。

 

 

「待ってました!戦いの後はやっぱこれよねー」

 

「お前毎回それ頼んでないか?しかも昼間から甘い物って...」

 

「そうだっけ?うーんなんだろ、最近頭ばっかり使ってるからかな。甘い物に目覚めちゃったというか」

 

「...太るぞ、そんなもんばっかり食べてたら」

 

 

 アインズは苦笑いを浮かべながらも、一口頬張るルカに優しい眼差しを向けた。ルカはそれを大きめのマグカップに注がれたエスプレッソで流し込む。

 

 

「あれ、アインズには言ってなかったっけ?ここの料理全部、バイオロイドの体を維持する為に必要な最低限のタンパク質とビタミン、グルテンを高圧縮して加工されたものだから、どれを食べても変わらないのよ」

 

 

 アインズはそれを聞いてギョッとする。

 

 

「なっ何?!じゃあこのチキンも、お前の食べてるそのフルーツも、生クリームも...」

 

「そ、全部偽物よ。いわゆるサイボーグ食ってやつだね」

 

 

 アインズはそれを聞いてチキンフィレサンドを一口頬張り、アイスコーヒーで流し込んだ。

 

 

「この歯応えと、この味でか?!し、信じられん」

 

「フフ、そうでしょう?私のラボで食事の改善案を出したの。それまではモナカの中にグルテンペーストが詰め込まれた味気ない物しか無かったんだけど、私の班で加工したものをプロキシマbのみんなに試食してもらったらこれが好評でさ。本社に提出して、私の案が通ったってわけ。今では周りにあるお店も全部、私の基礎研究を応用した食事に代わってるよ。豚骨ラーメンとかもあるし」

 

「...お前、頭いいんだな」

 

「フフーン、ちょっとは見直した?」

 

 

 ルカは腕を頭の後ろで組み、胸を強調するような色気のあるポーズを見せたが、アインズは赤面しながら目を逸らしてチキンフィレサンドを再度頬張り、アイスコーヒーをストローで吸い上げた。

 

 

「と言う事は、このアイスコーヒーもお前の言うサイボーグ食なのか?」

 

「まさか!それは本物、私の飲んでるエスプレッソも本物。地球から物資輸送されてくる定期便に本物の豆を乗せてもらってるのよ。それにコーヒーは研究者の命!偽物なんてまっぴら御免だわ」

 

 

 アインズはそれを聞いて回想する。

 

 

「なるほどな、それであの研究室にエスプレッソマシンが置いてある訳か」

 

「あ、気付いた?そうなのよ、私が本社にわがまま言って取り寄せてもらったの。美味しかったでしょ?」

 

「まあな、確かに美味かった。それにしてもこうやって食事が出来るというのは、幸せなものだな」

 

「あっちの世界じゃ、アインズは食事出来ないもんね。ピュアなアンデッドだし」

 

「そうだな。ところでルカ、一つ相談があるんだが」

 

 

 食事が終わった皿を脇にどけて、アインズはテーブルに体を預けるようにして手を乗せた。

 

 

「何?ヘッドマウントインターフェースを着けて脳に過負荷でもかかったとか?」

 

「そうでは...いや、それと関係あるかもしれない」

 

「アインズの脳核にも生体量子コンピュータを入れたからね。多少違和感があるかも知れないけど、体が重くなったり処理速度が遅く感じたりとか、そういうのはない?」

 

「いやそれはない、大丈夫だ。むしろ体の反応速度が跳ね上がった事に驚くばかりだ。そうではなく、俺が言いたいのは感情面での制御に関する事だ」

 

「?? 具体的には?」

 

 

 ルカの顔に真剣味が出てきた。それは研究者としてではなく、言い換えれば医者のような眼差しだ。

 

 

「ああ。お前に俺の電脳...と言ったか?それを取り返してもらい今俺はここにいる訳だが、初めてこの2550年に来たその日から、何というかこう、感情の抑制が効かなくなっているようなんだ。以前ならある一定以上に感情が高ぶると、自動的に沈静化されていた。それが急に無くなってしまった事に、少なからず動揺しているんだ」

 

 

「...あー分かった。刻印(リミッター)の事か」

 

刻印(リミッター)?それはどういう物なんだ?」

 

 

 ルカは円形のテーブルに椅子を引き寄せて、アインズのようにテーブルに体重を預けるようにして手を組んだ。

 

 

「前にフォールスが言っていた事を思い出して。エンバーミング社が拉致したプレイヤーの肉体は、生命維持カプセルに収容しつつ最高の栄養状態と心身の健康を常に維持し続けるよう指示が出ている、っていう話だったでしょ?」

 

「ああ、確かにそう言った話があったな」

 

 

「心身の健康...つまり精神状態も脳波によってモニターされていたという事ね。そして怒りやストレス、恐怖、あるいは悲しみや歓喜といった感情が一定ラインを超えると、脳内に埋め込まれた刻印(リミッター)が信号を発し、自動的に鎮静剤や安定剤を体外から投与する。これらのシステムを総称して、刻印(リミッター)と私達は呼んでいるの。元々は医療用の古い技術で、2130年代にも脳内に埋め込む演算器の追加機能として使われていたはずよ。でも...」

 

 

「でも...何だ?」

 

 

 アインズは身を乗り出し、心配そうな顔をルカに向けた。

 

 

「...私達はレヴィテック社のアーカイブセンターからアインズの脳核を強奪し、その際簡易の生命維持装置に接続して脳波をオンラインにしたまま、一週間かけて地球からこのプロキシマbに運んだ。しかし君の脳核には旧式の演算器とナノマシンが乗っていたために、それに適応するバイオロイドの素体が無かったんだ。かと言って脳核だけを生命維持装置に繋ぎっぱなしにしては不自由極まりない。そこで私は君の電脳に手術を施し、古い演算器とナノマシンを除去して私と同じ生体量子コンピュータと精密優先型ナノマシンを移植した。その時に刻印(リミッター)の効果も一緒に除去された事で、感情の抑制が一時的に効かなくなっているんだと思う」

 

 

「なるほど、それでか。まあ別段不便はないから構わないんだが、新しく移植した生体量子コンピュータには、その刻印(リミッター)の機能はないのか?」

 

「バイオロイドの身体的限界を超えた出力を緩やかに抑える圧縮器(コンプレッサー)はナノマシンの機能として実装されているけど、精神や感情の起伏を抑える刻印(リミッター)機能は、生体量子コンピュータには搭載されていない。何故かというと、戦闘や処理速度という観点において、感情の起伏は重要なファクターになっているの。感情の平坦化や爆発が、時には思いもよらない限界を超えた能力を発揮する事が、私達の研究で分かっている。だから私が生体量子コンピュータを開発していた時点で、元々刻印(リミッター)のような機能は一切考慮されていなかったんだ。それに...」

 

 

「何だ、まだ何かあるのか?」

 

 

 アインズはアイスコーヒーのストローに口をつけ、ルカの話した内容をゆっくりと消化しては頷くという事を繰り返していた。

 

 

「...ごめんねアインズ、今話したことは生体量子コンピュータの機能面であって事実だけど、ただの言い訳かもしれない。アインズをプロキシマbで保護する為には、私達にもそれなりの理由が必要だったの。精密優先型バイオロイドにアインズの脳核を移植して、実験に参加してもらう事が、ブラウディクス本社に君の保護を申請する上で絶対条件だった。だから君の承諾なしに手術を行ってしまった事に関しては、本当に申し訳なく思っている。ただ私は───」

 

 

 そこでアインズは手を上げて言葉を遮った。

 

 

「待て、分かった。良かれと思ってやった事、そうだろう?ルカ、お前が奴らから俺の脳核を取り戻してくれた事には感謝しているし、何よりこの体は気に入っている。そのおかげで、こうして食事もできるようになったしな。...だからそんな心配そうな顔をするな」

 

 

 アインズはテーブルを挟み、笑顔でルカの黒く艷やかなフェアリーボブの髪をクシャッと撫でた。そしてルカの顔にも安堵の表情が戻る。

 

 

「そ、そっか。嫌われたらどうしようかと思って、なかなか言い出せなかったんだ。良かった、受け入れてもらえて」

 

「気にするな。そうだな...今度酒の一杯でも奢ってくれればチャラにしてやる」

 

 

 酒と聞いて、ルカの顔がパッと明るくなる。

 

 

「え、じゃあ今から飲みに行く?このブロックの2階に小洒落たバーがあるのよ」

 

「昼間っから飲んでいいのか?それにお前、この後データ解析の仕事があるんだろう?また今度でいい。俺も明日にはダークウェブユグドラシルに戻る予定だしな」

 

「そっか、残念」

 

「それよりお前、そろそろこちらに顔を出したらどうだ?アルベドもデミウルゴスも、アウラとマーレやコキュートス、それと言葉には出さないがシャルティアとセバスも、お前に会えなくて寂しがっているぞ。いつもお前は伝言(メッセージ)で俺だけを呼び出して、ナザリックに顔を出さないじゃないか」

 

 

 それを聞いてルカは人差し指でこめかみを掻きながら苦笑した。

 

 

「あー、うん何というか、あの子達の顔を見ると帰りたくなくなっちゃう気がしてさ。それに今はアインズとこうして会えて、実験にも没頭できてるし、それで満足しちゃってるのよね。そう言えば、そっちは何か進展はあったの?」

 

「もちろんだ。俺達の方も色々とあったからな」

 

「例えば?」

 

「帝国と同盟を組んで、王国と戦争をした」

 

 

 ルカはそれを聞いて、口に含んだエスプレッソを危うく吹き出しそうになった。

 

 

「うっそ...マジで?」

 

「ああ、マジだ」

 

「それで、結果はどうなったの?」

 

「超位魔法を使って、王国側の兵士を18万人ほど殺した」

 

「...何か意外。アインズは孤高に攻めていくかと思ってたから」

 

 

 18万人を殺害したと聞いてもキョトンとしているルカを見て、アインズは話を続けた。

 

 

「その戦争の最後に、ガゼフ・ストロノーフが一騎打ちを申し込んできてな」

 

「受けたの?」

 

「ああ。そして殺した」

 

「うっひょー、やるやる!」

 

 

 ルカの目が爛々と輝いてきているのを見て、アインズはテーブルの上で手を組み、薄く笑いながらさらに話を進めた。

 

 

「その戦争に勝利した後、領土を手に入れた我々はエ・ランテルを中心にアインズウールゴウン魔導国を建国した。そしてその後帝国の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが何故か魔導国の属国となる事を願い出てきてな」

 

「...独立国家まで作っちゃったの?帝国まで従えるとかすごいじゃない、もっと詳しく聞かせて!」

 

 

 そこでアインズは、ルーン技術を持つドワーフの首都フェオ・ジュラからの申し出を受け入れ、ルーン工匠の卵であるゴンド・ファイアビアドと共に王都フェオ・ベルカナに向かい、そこを支配する亜人種・クアゴアと霜の竜(フロストドラゴン)から王都を奪還し配下に加えた事、その結果ドワーフ達と通商条約を結び、ルーン技術者達を魔導国に招いた事を話した。

 

 そして一連の魔皇ヤルダバオトとの戦いを詳細に話した。王国でのモモンとしての戦いから、ローブル聖王国で起こったヤルダバオトとの戦争、その結果聖王女であるカルカ・べサーレスと、聖王国神殿勢力の筆頭ケラルト・カストディオが死に、王女の兄であるカスポンド・べサーレスが指揮を取り、アインズはその勢力に魔導王個人としてヤルダバオト討伐に力を貸した事。その過程でアインズが死んだ時のためのナザリック防災訓練を行った事や、戦闘メイドであるシズ・デルタの聖王国内での活躍、聖王国内に魔導王支援部隊なる組織が結成され、その組織の中心であり、アインズに心酔している従者ネイア・バラハという者の存在。そしてカスポンド・べサーレスはすでに死んでおり、代わりにナザリックのドッペルゲンガーにすり替わっている事や、亜人達の住むアベリオン丘陵地帯を魔導国の支配下に置いたこと、ここまでのシナリオを描いたのはデミウルゴスとアルベドの二人だった事を話した。

 

 

「懐かしいなー、ドワーフの国にも行ったんだね。話を聞いている限りそことはいい関係を結べたみたいだけど、その...えーとその後の話はつまり、ヤルダバオトはデミウルゴスだったって事だよね?」

 

「ま、まあそういう事になるな」

 

「王国はおろか、魔導国がアベリオン丘陵を支配し、将来的にはローブル聖王国の北と南も無血開城させて支配下に置くため?」

 

「そうだ。...言っておくが俺が承認したとはいえ、デミウルゴス発案だからな?」

 

「何というか、その、すごい壮大なマッチポンプだね...」

 

 

 ルカはズズッとエスプレッソを口に含み、苦笑いを隠しきれなかった。

 

 

「魔導国には出来るだけ悪い評判や騒ぎを起こしたくないという俺の気持ちを、デミウルゴスとアルベドが汲んでくれた結果こうなってしまった訳だが、俺はそれを止めるつもりはないし、結果うまく回っているのだからそれでいいと思っている」

 

「まあデミウルゴスとアルベドの考えなら、何も心配はいらないと思うのも事実だし、いいんじゃない?」

 

「ああ、それは俺も同じ意見だ。...しかしもうこの方法ではこの先通じないだろう。そこでもう一つ相談なんだが、ルカ。今こそお前の知識と力を借りたい」

 

 

 ルカはアインズを見つめて深呼吸し、テーブルに目を落として返答した。

 

 

「具体的には?」

 

「俺たちは王国、帝国、ドワーフの首都、アベリオン丘陵、聖王国をほぼ支配下に置いた。残るは───」

 

 

 ルカはアインズの言葉を遮るように右手を上げ、その後に続く言葉を継いだ。

 

 

「...残るはアーグランド評議国、スレイン法国、竜王国、カルサナス都市国家連合、海上都市。....そして八欲王の空中都市・エリュエンティウ。大まかだけど、残る大きな都市はこのくらいのものだろうね」

 

 

 ルカは再度、エスプレッソをすすった。

 

 

「....話が早いな。お前が今言った都市に関して、圧倒的に情報が不足している。お前はあの世界の全ての都市に行った事があるんだよな?」

 

「うん。200年かけて全ての地を回ったからね。もちろん中には、向こうが気付かないよう極秘に偵察した所もあるけど。スレイン法国とか、エリュエンティウとかね」

 

 

 アインズはアイスコーヒーのストローに口をつけ、ゴクリと喉を鳴らした。

 

 

「そのお前の叡智を借りたい。俺も、アルベドも、デミウルゴスも、そして他の階層守護者達も、みんなお前の帰還を望んでいる。もちろんお前は現実世界への帰還を果たしたのだから、今更あの世界に戻ることに抵抗を感じている事は分かる。しかしもう、頼れるのはお前しかいないんだ」

 

 

 ルカはそれを聞いてすぐに返答はせず、左手のカフェ入り口に立つ店員に向けて大きく手を振った。客が少ない時間帯で暇そうにしていた店員が、小走りに近寄ってくる。

 

 

「ビール1パイント2つ。すぐに持ってきて」

 

「畏まりました!少々お待ち下さいませ」

 

 

 アインズもその意図は了承していた。これは彼女にとって覚悟を決める儀式なのだろうと。待つこと30秒、店員はジョッキを零さないようにして早足で持ってきた。

 

 

「お待たせしました、生ビール1パイント2つでございます」

 

 

 足早に立ち去る店員を背に、ルカはジョッキを手に取りテーブルの中央に無言で掲げた。アインズもジョッキを手に取り、ルカの持つジョッキに勢いよくぶつけて、ビールをあおった。ルカは何かを洗い流すかのように、そのジョッキを一気に飲み干した。アインズはそこまで息が続かず、ジョッキ半分程を飲んでテーブルの上に置いた。

 

 

「アインズは、あの世界をどうしたいと考えているの?」

 

 

 唐突なルカの質問だった。ビール1パイントを飲み干したにも関わらず真っ直ぐにアインズを見つめるその目には、力強ささえ宿っていた。

 

 

「...俺は魔導国を、人間・亜人に関わらず幸せに共存出来るような国にしたいと考えている。そしてもしその状態を仲間たちに見られた時にも、胸を張って統治を喜んでもらえる、そういった状態に持っていきたいと思っている」

 

「仲間達?それは、元ギルドメンバーってこと?」

 

「ああ」

 

「...それはちょっと無理なんじゃないかな。フォールスも言っていたように、あのダークウェブユグドラシルに転移するためには、ギルドマスターである事が絶対条件なわけだし...」

 

「ああ、分かっている。しかし可能性が無いわけじゃない。それにあくまで仮定の話しだが、それでも誰が見ても豊かで安全と思えるような、そんな国にしたいと思っている」

 

「なるほどね。それで私にどうしてほしいの?」

 

「アインズウールゴウン魔導国の大使として、手を貸して欲しい」

 

「大使かー。私に務まるかな?」

 

「お前に務まらなければ、この先誰にも務まらないだろう。これは俺だけでなく、ナザリック皆の願いだ」

 

「...はー。お願いされちゃあ聞かないわけにもいかないか。それに私を現実世界に戻してくれた大恩もあるし、分かった。引き受けるよ」

 

 

 アインズはホッとした表情を浮かべて、ジョッキをあおった

 

 

「ありがとう、ルカ。それで早速頼みたいのだが、この現実世界に来る直前に、リザードマンの集落にいるコキュートスから妙な報告が入ってな。そこにまず俺と一緒に同行してほしいんだが」

 

「リザードマン? また懐かしいね。それで妙な報告というのは?」

 

「それがよく分からんのだ。何かの遺物を見つけたと言う事らしいんだが、その詳細を聞く前にお前に呼ばれ、現実世界に転移してきたからな。確認する時間がなかった」

 

「なるほど、分かった。それでどの部族の元へ行くの?」

 

鋭き尻尾(レイザーテール)族の集落だ。俺達の統治後、今はそこに5部族が集結して暮らしている」

 

「了解、そこには私も行ったことがある。じゃあ明日出発ということでいいね?」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

 ルカはテーブル右にあるカードリーダーに自分のIDカードを乗せて会計を済ませると、二人共テラスから席を立った。

 

 

 




────────────────────────

■魔法解説

影の感触(シャドウタッチ)

対象の敵を9秒間麻痺させる魔法。120ユニットという長距離から撃てる為、逃げる敵に追撃を加える際にも使う。また敵の魔法詠唱中に放てば相手の魔法がキャンセルされる為、敵に取っては非常に脅威度の高い魔法


呼吸の盗難(スティールブレス)

対象の動きを30秒間15%の速度まで低下させ、高レベルダメージの毒DoTも与える移動阻害魔法。魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)による効果範囲の拡大も可能という優秀な魔法でもある


約櫃に封印されし治癒(アークヒーリング)

HP総量の75%を一気に回復するパーセントヒール。魔法最強化・位階上昇化等により回復量が上昇するが、MP消費が激しい


部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)

亜空間に入り込む事で存在そのものを3次元から消す不可視化魔法。不可視看破(ディテクトヒドゥン)足跡(トラック)、または敵視感知(センスエネミー)その他全ての探知系魔法を回避出来る。一回の詠唱に付き30分間有効だが、魔法効果時間延長(エクステンドマジック)により最大1時間まで効果時間を延ばす事が出来る


不可視看破(ディテクトヒドゥン)

高レベルの透明化(スニーク)も看破できる為、実質イビルエッジ以外(マスターアサシン・忍者等)の不可視化魔法は全てこの魔法で見破れる


五大元素の不屈の精神(エレメンタルフォーティチュード)

始祖(オリジン)ヴァンパイアの持つ特殊魔法で、土属性・水、氷結属性・炎属性・風属性・雷属性の攻撃ダメージを15%まで低下させる。ただしこの魔法と、物理攻撃を15%まで低下させる暗い不屈の精神(ダークフォーティチュード)は同時に使用できず、主に物理攻撃を主体としない対魔法戦においては絶大な威力を発揮するが、その際に物理攻撃を受けるとダメージを受けてしまう為、2者択一が迫られる諸刃の魔法


約櫃に封印されし治癒の術式(ベネディクションオブジアークヒーリング)

周囲600ユニットまでの味方HP総量を85%まで回復させるAoEパーセントヒール。魔法最強化・位階上昇化により回復量・効果範囲が上昇するが、MP消費が非常に激しい。尚アンデッド系統のモンスターやプレイヤーには逆に攻撃手段にもなる


超位魔法・急襲する地獄(ヘル・ディセンド)

失墜する天空(フォールンダウン)の闇属性版。宙に漂う暗黒エネルギーを掌に凝縮させて相手に叩きつけ、超重力による大爆発を引き起こす闇属性攻撃。


超位魔法・永遠の異次元(アナザーディメンジョン)

巨大なブラックホールを召喚し、その表面にある事象の地平線に触れた敵を引きずり込み、物体・霊体関係なくその存在を捻じ曲げて粉々に打ち砕く星幽系超位魔法


超位魔法・最後の舞踏(ラストダンス)

数ある超位魔法の中でも最大級の火力を誇る無属性の超位魔法。そのため1日に置ける使用回数制限はたったの1回のみである


■武技解説

霊妙の虐殺(スローターオブエーテリアル)

ダガーによる超高速20連撃を加えると共に、敵の防御力を-80%まで引き下げる効果を持つ。また武器属性付与・神聖(コンセクレートウェポン)等のProc発生確率を70%まで上昇させる事により、瞬間火力を高める効果も合わせ持つ


絞首刑の木(ハンギングツリー)

ダガーによる超高速20連撃と共に、敵の刺突耐性を30%まで引き下げる効果を持つ


無限の輪転(インフィニティサークルズ)

神聖属性と闇属性の光刃を敵に向かって無数に飛ばす技。中距離から打てる為、火力と共に距離を詰める為の牽制目的で撃つ場合が多い



■スキル解説


回避(ドッヂ)

「最大の防御とは、その場に居ない事」というスキル概要が書かれたローグ職特有のパッシブスキル。一つのローグ職に付きスキルポイント最大値が制限されているが、INT上昇によってもこの最大値は上昇する。これを上げていく事によって物理攻撃はおろか、魔法やスキル等ありとあらゆる攻撃を回避できる確率が上昇していくが、例として80%といった生半可な状態では全く発動しないに等しい。あらゆるローグ職を極めた者がこのスキルを強化する事によってのみ恩恵を受ける事が可能となる。INT・CONブースト型のルカ・ミキは回避(ドッヂ)スキルに最大値である500%まで振る事で、徹底した究極特化を施し実戦レベルにまで回避効果を高めている。また回避上昇(エバージョンライジング)の魔法を使うことによってスキルのパーセンテージを650%にまでブースト可能となり、この状態で攻撃を当てられる者は存在しない。但し朦朧や麻痺といった状態異常の際はパッシブスキルの効果が無くなってしまう為、ダメージを軽減する為にそれ相応の装備が必要となる。


背後からの致命撃(バックスタブ)

透明化(スニーク)中にのみ発動が可能な必殺の一撃。両手にダガーを装備している場合、2連撃となる。その威力は通常攻撃時の40倍にも達し、命中率300%上昇に固定ダメージも加算される。この攻撃は魔法やスキル・盾・アイテムによる効果といったあらゆるパッシブディフェンスと刺突耐性を無視する必中の貫通属性で、近接戦闘特化型の超位魔法とも呼べる凶悪な威力を持つ。レベルはⅠからⅤまであり、それぞれデバフの効果が異なる。その内訳は、(LvⅠ=スタミナダメージDoT)、(LvⅡ=マナ【MP】ダメージDoT)、(LvⅢ=HPドレインDoT)、(LvⅣ=攻撃速度+物理攻撃力低下)、(LvⅤ=INT+SPIを20%まで低下させる)というもので、相手の戦闘スタイルによって選択する事が可能となっている。尚DoT関連に関してはINT(知性)依存となっている為、INTブーストしたプレイヤーがLvⅢの攻撃を行った場合、ダメージ総量は超位魔法を遥かに凌駕する。尚DoT・デバフの効果時間は1分間となっている。

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