ウルトラソッ・・・!   作:たい焼き屋台

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うるとらそうる

 

 

 

 突然だが、皆さんはリアルすぎる夢を見た結果、しっかりと寝たはずなのにむしろ疲れてしまった。なんて経験は無いだろうか。そんな経験を俺は小さな頃からしている。しかも毎回同じような夢で、だ。

 

 

 それは音楽の祭典に行く夢だった。

 

 

 真夏の太陽の下で老若男女関係なく人々が集まり騒ぐ、踊る。狂ったようにタオルを振り回し大声で合いの手を挟む。真冬のドームの中は熱気で雲が出来る。若者が人々の波の上にダイブして流され、あちこちの場所で自然とサークルができ見ず知らずの人と肩を組む。

 

 

 普段の退屈な日々を吹き飛ばすような祭りがそこにはあった。

 

 

 物心ついた時からこの「フェス」に行く夢を見るようになった俺は寝れば寝るほど疲れるようになるという不思議な経験をした。そして、夢から覚めるたびに寂しさを覚えるようになった。

 

 なにせ夢の世界で聞いた心が躍るような曲が現実に帰ってくると聞くことが出来ないからである。夢を見始めた直後は起きていても虚無感からぼーっと一日を過ごすことが多かったが、ある日俺は気がついた。

 

 

 現実にないなら俺が再現してしまえばいいのだと。

 

 

 それから俺の行動は早かった。親に頼んでギターを買って貰い、音楽の勉強を始めた。モチベーションが尽きることは無かった。寝ると最高のお手本であるアーティスト達を最前列で他の観客に押し潰されながら見ることが出来たからだ。

 

 

 そんなこんなで音楽にのめり込んだものの、大学生になった今でもバンドを組んだりすることは無く、動画投稿サイトにギターと歌だけの動画をちょこちょこ上げるだけの俺。

 

 

 夢の中だけで無く、現実でももっといい曲のことをしってもらいたいと始めた投稿であったが、たまに高評価がついているのが嬉しい。偉大なアーティスト達にはまだまだ追いつけないが、少しでも多くの人と感動を分かち合えると思うと嬉しかった。

 

 

 今度動画のコメントで知り合ったバンドとセッションをすることになった。俺はてっきり動画を送り合って繋げるだけかと思っていたが、実際にスタジオで音を合わせてみたいと強く頼まれ、その誘いを了承した。

 

 

 今までは自分の演奏が夢で見るアーティスト達より劣って聞こえ、他の人に直接見せる勇気が湧かなかったが、演奏者としていつまでも人に見せないでいるというわけにはいかない。

 

 

 俺は意を決すると指定されたライブハウスであるCiRCLEに足を運ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その動画を見つけたのは偶然だった。たまたま動画投稿サイトをのぞいたら再生数の割にお気に入り率がとても高い動画があった。軽い気持ちでイヤホンを挿し動画を再生する。

 

 

 ――一瞬で私は彼の歌に引き込まれていた。

 

 

 高い演奏技術と力強い歌声。そして体が勝手に動き出してしまうような熱い曲。

 

 

 私は彼の今までの動画を全て再生した。そしてまた驚いた。彼の音楽性の幅広さにだ。曲のレパートリーがとても多い。まるで何組ものアーティストが集まっているかのような豊富な音楽に私は完全に虜になってしまった。

 

 

 気づけば彼の動画投稿が日々の生活の楽しみの一つになっていた。毎回動画が上がる度にまるでコンサートに行ったかのような高揚した気持ちになる。気づけば合いの手を口ずさみ、メンバーに不思議な顔をされ恥ずかしい思いをしたこともあった。

 

 

 あるとき彼が動画内でセッションの相手を募集した。私は迷わずメッセージを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 CiRCLEはまだ新しい綺麗なライブハウスだった。スタッフである月島さんという女性の方と話しながら相手を待つ。どうやらこのライブハウスはガールズバンドを応援するために作られたものであるらしい。

 

 

 ということは今日俺がセッションする相手もガールズバンドということだ。しかも女子高生の。

 

 

 ……不安になってきた。技術面に関しては俺もまだまだ未熟なので何も思うところはないが、音楽しかやってこなかった俺にいきなり女子高生とセッションするのはハードルが高い。初めてのセッションと浮かれていて下調べを疎かにしていたつけが回ってきた。

 

 

 ……いや、大丈夫だ。夢の中のフェスでは音楽があるだけで見ず知らずの人とも会話できたんだ。それが現実になっただけ……!

 

 

「あなたがフェスフェス?」

 

 

 一人で勝手に意気込んでいる中、俺を動画投稿者名で呼んだのは可愛いというよりは綺麗という言葉が似合う水色の髪の少女だった。佇まいからしてクールな印象を与えられ、知的な光を灯す碧眼に品定めされるような視線。そんな彼女の口から滑稽な自身の名前を言わせたことに申し訳なさを感じる。

 

 

「ええと、じゃあ君が†夜の魔女・フローリア†……?」

 

 

 確認の為に相手の名前を確認すると彼女の顔がほんのりと赤くなる。どうやらクールに思わせて年相応に可愛い一面も持ち合わせているらしい。……勢いで中二病っぽい名前つけてそのままのことってあるよね。

 

 

「誤解しているようなので言わせて貰いますがその名前はメンバーに勝手につけられたもので私が決めたものじゃありませんからね!?」

 

 

 早口でまくし立てる彼女に分かっているという生暖かい視線を送ったがお気に召さなかったようだ。未だに納得していないようだったが拗ねた表情で自己紹介をしてくれた。

 

 

「……氷川紗夜。Roseliaでギターをやっています」

 

 

「フェスフェス改め、織主勝利です。動画見てるから分かると思うけどギターやってます」

 

 

 Roseliaというビッグネームにビビって思わず敬語になる。Roseliaといえば今大人気のガールズバンドの一つだ。曲は聴いたことがあるが、本人の映像を見たことは無かったので初見で気づけなかった。

 

 

「織主さんのほうが年上ですよね? もっとフランクに話していただいて大丈夫ですよ」

 

 

 氷川さんの第一印象はクールなイメージだったが話してみると、生真面目な面もあるけれど同じバンドのメンバーであるRoseliaの事を楽しげに語ったりと面倒見のいい子であるということがよく分かった。

 

 

「ちなみにあのフローリアって名前は宇田川さんが考えたの。ネット上で実名は危ないからと言われたから言われるがままにしたけどもっと普通の名前にすればよかったわ……」

 

 

「いいじゃないかフローリア。かっこよくて」

 

 

「絶対馬鹿にしてますよね……」

 

 

 軽口をたたき合いながら準備をてきぱきする。有名バンドのギターとセッションするなんて恐れ多いが胸を借りる気持ちで精一杯やろう。

 

 

「それじゃあ時間も限られてるし早速合わせていこうか」

 

 

「そうですね。ふざけるのもこれぐらいにして真剣にやりましょう。私、音楽に関しては妥協しないので実際に合わせてみて実力が足りないと思った時点で帰らせてもらいます。……まぁ、動画を見る限りはその心配はないようですが」

 

 

「期待を裏切らないように頑張るよ。曲はどうする? Roseliaの曲にする?」

 

 

「……いえ、私今日は弾きたい曲を決めているの」

 

 

 少し恥じらうような表情で告げる氷川さん。そして曲名を聞いて俺も納得する。その曲は俺が夢の中で聞いてきた曲の中でもトップクラスに盛り上がる最高の曲だったからだ。しかも、氷川さんは動画を見て練習してきていたらしくすでに弾けるとのこと。

 

 

 ドキドキと興奮する気持ちを抑えギターを構える。俺は一回一回の演奏に全力をかける。その日の自分のコンディション、環境、観客。一度として同じステージはない。このセッションもそうだ。初めて氷川さんと会って最初のセッション。

 

 

 でも、一番は楽しむことだ。そしてこの感動を分かち合いたい。行くぞ!氷川さん!

 

 

 ~ウルトラソッ!ヘイ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば体が動いていた。彼と顔を合わせると彼も笑っていた。妹にはないものを求めて始めたギター。最初は技術が全てだと思っていた。事実、技術を磨けば磨くほど多くの人が私を認めてくれた。

 

 

 でも、Roseliaのメンバーと出会えた。私達にしか出せない音があることを知った。彼と弾いているとその時に感じた一体感と似たようなものを感じた。Roseliaとは違う、熱い情動を。

 

 

 彼の技術は高い。そのことについて彼にいうと自分なんてまだまだだよ、と謙遜していた。一体、誰と比較していたのだろうか。少なくとも私なんかより遙か高みを見据えていたのは確かだった。それがどうしようもなく悔しかった。

 

 

 目の前に居る彼に氷川紗夜の存在を認めさせる。そんな気持ちで弾き始めたセッションだったが気づけばその思いは霧散していた。

 

 

 コード、テンポ、意識して弾いているはずなのに体が曲に乗せられる。自分の体をコントロール出来なくなるような感じ。サビに入ると我慢が利かず思うがままに歌ってしまった。……思い出すだけで恥ずかしい。彼もイケないのだ。自分がノるとそれを嬉しそうにさらに煽ってくる。

 

 

 気づけば曲が終わっていた。たった一曲だけであったはずなのに高揚感と疲労感、そして演奏が終わってしまった悲しみ。もっと彼と演奏したい。そんな私の思いを見透かしたかのように彼は屈託のない笑顔で次はどの曲にする?、と聞いてくる。

 

 

 私は体の火照りを鎮めながら、今日だけは体の熱に突き動かされるままに彼と演奏がしたいと心から思った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、あなたはどうしてバンドを組まないの? それだけの技術があるならメンバーもすぐ集まりそうなのに」

 

 

 セッションが終わり帰る道中。辺りはすっかり暗くなっていた。あまりに楽しすぎて時間を忘れて弾き続けてしまった。氷川さんを駅まで送る途中、あそこの演奏があーだこーだと音楽談義をしていたのだが唐突に問われる。

 

 

「私達Roseliaは目標に向けてバンドを組んでいる。その目標に近づくためにはどんな努力も辞さないつもりよ。バンドも組まずにあなた程の演奏技術がついた理由をよかったら聞かせて欲しいわ」

 

 

 真剣な表情で問われ真面目に考えるが言葉にしにくいな……。夢で見る曲が無くて寂しいので自分で広めようと思いましたって素直に言ったら信じてくれるだろうか。……無理だろうな。

 

 

「バンドを組まない理由は自分に自信が無かったからだよ。演奏技術も氷川さんは褒めてくれるけど俺はまだまだ自分に満足がいってない。それでもなんでここまで弾けるようになったかっていわれると……高い目標がいつもすぐ側にあるからかな。その目標に向かってがむしゃらに努力してるだけだよ」

 

 

「……両親か兄弟の方が音楽を?」

 

 

「まぁ、そんなとこ」

 

 

 夢で何度も会うから気分的には勝手に俺が向こうを兄貴や父のような立場と考えてもいいだろう。

 

 

「……そう。織主さんも。私達案外似たもの同士かもしれませんね」

 

 

 なにやら一人で納得している様子の氷川さん。初めて見せる柔らかな笑顔に思わずドキッとしてしまう。……周りが暗くて助かった。きっと赤くなっているであろう顔を背けつつ、俺はなんとか次の約束を取り付けようと画策する。あんなに楽しいセッションを一度で終わらせるなんてしたくない。

 

 

「「あの……」」

 

 

 声を発したのは同時であった。それがなんだか可笑しくて二人で笑う。

 

 

「よかったらまたセッションしない?」

 

 

「奇遇ですね。私もその提案をしようと思っていたの」

 

 

 お互いの予定をすりあわせて次回の日程も決まる頃に丁度駅に着く。今日は充実した一日だった。

 

 

「じゃあまた連絡するよ」

 

 

「ええ。次はRoseliaの曲もやるんだからしっかりと練習するように……」

 

 

「おねぇぇぇぇぇぇぇぇちゃぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

 いざ、別れようとしたその時。氷川さんが二人に増えた。正確には氷川さんによく似た少女が後から勢いよく抱きついたのである。

 

 

「ちょっと日菜! 急に抱きつかないで! 離れなさい!」

 

 

「ええ~いいじゃん。るんっ♪って気分になるでしょ? お姉ちゃんは練習の帰りって……」

 

 

 そこでようやく俺の存在に気づいたらしい。会話の流れから察するに氷川さんの妹であろう彼女は、俺と氷川さんを高速に交互に見比べると驚愕の表情で叫んだ。

 

 

「おねーちゃんに春が来たーーーーーー!!!!!」

 

 

 ――退屈だった現実が騒がしくなりはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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