ある日、ジブンが日課の機械弄りに精を出していると、ふと違和感をかんじました。いつもだったら興味津々に作業を覗いている日菜さんの視線を感じなかったのです。
見られてない方が集中出来るので、その時は日菜さんも見るの飽きたのかな~なんて軽い気持ちだったっス。
でも、やっぱり日菜さんが居ないのが気になっちゃって探しに行くことにしたんです。その日はスタジオの機材のメンテナンスをしてたので、スタジオ内だけでも散策しようと思ったんですが……。
華やかなスタジオの表側と違って、スタジオの裏側は薄暗くて不気味だったっス。普段明るい学校が夜になると急に不気味になるような、そんな薄気味悪さを感じて後悔を始めるのは遅くありませんでした。
スマホのライトを頼りに歩いて行くと、足下には用途が分からない道具が乱雑に置かれ、古い写真と目が合ったときなんかは思わず目をそらしました。でも、1番恐ろしかったのは着ぐるみが大量に保管されていた場所っス。
子供用のみんなに愛されるあのキャラ達が力なく体をだらりとさせ、棚にはこちらを見つめる首の数々。
夏の盛りのはずなのに寒気を感じぶるりと体が震えました。
もう散策は止めよう、そう思った時だったっス。
がたり
物音が聞こえたんです。
バッとライトを照らしてみてもそこにあるのは、光のない瞳で虚空を見つめる着ぐるみの首だけ。あるはずの無い視線から逃れるように声を出しました。
「だ、誰かいるんですかー?」
ジブンの問いかけに答える声はありませんでした。
眼鏡の位置を直して、五月蠅くなってきた心臓の音を鎮める。早く戻ろうと背中を向けて歩きだそうとしたとき、
がたん!
――すぐ後ろで物音が聞こえたんです。
早く逃げなければ、頭ではそう理解しているのに足が縫い付けられたかのようにぴくりとも動かない。
時間の流れが緩やかに感じるのに心臓の鼓動だけが早鐘を打つ。
ひゅー、ひゅー、と酸素を求めるも浅い呼吸しか出来ない。冷や汗が体中から出て気持ち悪い。
背後に、なにかいる。辛うじて動く首をゆっくりと回す。
そこには――
「キャァー! もう無理っ!」
「ちょっ、彩さん。一番大事なオチの前なんですけど……」
事務所の一角に悲鳴が響き渡る。何事かと声をかけてくるスタッフの人に事情を話すと、程々にね、と笑われてしまった。
イヴさんの提案で夏の風物詩である怪談をそれぞれが披露することになったんですが、怖いものに耐性のない彩さんが早々にギブアップしてしまいました。
「落ち武者! 落ち武者ですか!」
目をキラキラさせたイヴさん。今の流れから落ち武者が出てくるのは唐突過ぎではないだろうか。それはそれで怖いっスけどね。
「……」
無言で固まっている千聖さん。最初はニコニコ聞いてくれていたのだが、途中から表情が変わっていなかったのでフリーズしてしまったみたいだ。
「あ~、そんなこともあったね~。落ち武者じゃなくてあたしが着た○チャピンだったけどね~」
楽観的に語る日菜さんはネタばらしをしてしまう。
「え、日菜ちゃんがお化けの正体だったの!? もう~……、心臓に悪いよ……」
ガックリと机に項垂れる彩さん。
そう、これは実話です。話の真相は、着ぐるみを着た日菜さんが脱げなくなって四苦八苦していただけなのだったが、あの時は本当にジブンの心臓が止まるかと思った。
「そうよね。幽霊なんているはずないもの。……それにしてもどうして着ぐるみを着たりしたの? 子供向けの番組に出てみたくなったりしたのかしら?」
再起動した千聖さんの質問はジブンも気になるっス。どうして急に着ぐるみを着ようと思ったんでしょうか。
「えーと……、と、とりあえずこれを見て!」
差し出された画面に映し出されたのはいくつかのライブ映像。その共通点は演奏者が仮面をつけていたり、着ぐるみを着ていたりすることだ。
「ハロハピ以外にも着ぐるみを着て演奏するメンバーがいるバンドがあったんですね。……うん? これRoseliaじゃないっスか? こっちはAfterglowで……」
よく見ると見覚えがあるバンドばかりだ。CiRCLEで活動するバンドの中では仮装ライブが流行っているのだろうか。そうすると、この中に紛れているプラス一名は誰なのだろうか?
「実は……」
日菜さんの話を聞くとCiRCLEで働いている織主さんという人が、日菜さん含め色々な人とセッションをしたりして、その縁で最近ライブをすることがちょくちょくあるらしい。
ジブンはここのところ忙しくてCiRCLEで中々活動出来なかったので交流は無かったのだが日菜さんは紗夜さんとの繋がりもあったのだろう。件の織主さんと親密な関係を築いているようだった。
「あたし達は一応アイドルバンドだから男の人と簡単にライブをすることが難しいよね? だからあたしも着ぐるみを着れば先輩と一緒にライブ出来るかな~って思ったんだけど簡単にはいかないね」
「ヒナさん……」
あはは、と軽く笑う日菜さんだけど本当は一緒にライブをしたいのだろう。イヴさんの心配そうな表情も分かるが、確かにジブン達はアイドルなのだから行動には気をつけなければいけない。ましてやグループである以上一人の責任で済まされないかもしれないのが難しい。
「そうね……。着ぐるみを着て演奏なんて一日で身につくような技術でもないし……。せめて映像なら編集で上手くやればどうにかなりそうだけれど……」
「……それだ! 先輩が上げてる動画のお手伝いをしよう!」
千聖さんの言葉に何か閃いたのであろう日菜さんは立ち上がって宣言する。
「先輩は今までも動画を上げてるんだけど、あたしが協力してもっとるんってなるようなものにする!」
どうやら違う目標が出来たみたいっス。日菜さんが元気になるとこっちまで元気になる。しかも、動画編集ならジブンでも力になれるかもしれない。
「日菜さん、ジブンも手伝いますよ」
「私もお手伝いします!」
「私も手伝うよ! 役に立てるかは分からないけど……」
「ちゃんとスケジュール合わせてくださいね。私も手伝います」
「みんな……。ありがとう!」
皆さんも日菜さんを手伝いたい気持ちは一緒だったみたいですね。感激した日菜さんに抱きつかれると頑張ろうって気分になるっスね。
なんだかんだでパスパレ全員でお手伝いしにいくことになってしまった。逆に大勢で行って迷惑にならないといいっスけど……。
「そういえば、麻弥ちゃん。さっきの怪談の話のことなんだけど、あのスタジオで私を案内してくれた着ぐるみの名前知ってる?」
「またまた、驚かさないでくださいよ~。ジブンが行った時は誰とも擦れ違わなかったっスよ。着ぐるみなんていたら気づきますって」
「あれ~。おかしいな~。赤い毛の着ぐるみにこっちだよって手招きされて行ったのに。見間違いだったかな?」
……っ!? その言葉にジブンは鳥肌がザワッっと立つのを感じました。
赤い毛の着ぐるみは確かにありました。けれど、なぜ覚えているかといったらその着ぐるみだけが特別な場所に置いてあったからです。
この話は彩さん達には出来ないっスね……。
眼前に広がるこの光景は夢ではないのだろうか。
「せんぱーい! いい動画つくりましょうね!」
「「「「お願いします」」」」
日菜ちゃんの明るい挨拶も遠くに聞こえる。カラフルなメンバーを目の前に思わず頬をつねるというベタなお約束をしたくなる。
今日は投稿用の動画の手伝いをしてくれるという日菜ちゃんの言葉に誘われてCiRCLEのスタジオを借りている。
当日は人を連れてくるね~、とメッセージでは軽い調子だったので気にも留めなかったが、まさかアイドルバンドのパスパレが全員集合するとは思いもよらなかった。
日菜ちゃんとは、何度も会っているはずなのにアイドルとして見ると、今更ながらドキドキしてしまう。
「ええと、まさかPastel*palettesの皆さんに手伝って貰えるなんて……、えー」
「そんなに緊張しなくてもいいですよ。今回はむしろ私達が手伝う側なんですから」
目の前に白鷺千聖がいる……! いままで画面の向こう側でしか見てこなかったあの有名人がここにいる!
かちこちになった体に鞭をいれ、まずは動画につかう曲を決める。
「どの曲もいいですね……。こっから絞るのが大変っス」
大和さんは機械に強い。打ち込みなんかもできるみたいなので、どうせなら少しテクノっぽい曲をやってみたいという気持ちが強くなった。
イメージを何度も伝えるうちに、頭の中にあるものに近づいていく。一人では作れなかった音楽をみんなで意見を出し合いながら完成へと近づける。
さらに、今回は人数も多いのでただ演奏している風景を写すのではなく、MV風のすこし凝った映像を撮ることにした。
小さい頃から現場を見ていた白鷺さんの指示に従いながら、モデルの若宮さんとアイドルが板についている丸山さんがテキパキとシーンを撮影する。
日菜ちゃんの斬新なアイデアを取り入れるか悩んだりしたりしながらも、スタジオという狭い空間の中を最大限に活かしつつ、全員が協力して一つの作品を創り上げていくのはとても楽しかった。
「先輩、楽しそうですね」
今回の撮影の発案者である日菜ちゃんが満足そうな顔をしてこちらを覗き込む。目の前では鬼監督と化した白鷺さんが丸山さんに細かい演技指導をビシバシ行っている。
若宮さんがブシドー要素を入れたがるのを大和さんが宥め、大和さんの手が空いたのを見計らうと白鷺さんがメイク室へと彼女を連行する。
どうやら全員で踊ってくれるみたいだ。我ながら豪華な動画になってしまった。彼女たちの頑張りに見合うような演奏をしなければ。
パスパレのみんなはテレビで見る姿とは大分違う姿も多いが、なぜだかそれがしっくりきてしまうのは彼女たちの仲の良さ故か。
「日菜ちゃん、ありがとう。今日の動画、いいものにしような」
いつものように動画を作るよりも何倍ものやりがいや楽しさを知ることが出来たのは、声をかけてくれた日菜ちゃんのおかげだ。
しっかりとお礼を言いたかったが改まって言うと、簡単な言葉しかでてこない。
それでも日菜ちゃんは俺の言葉を聞くと、太陽のような輝く笑顔を見せてくれるのであった。