ウルトラソッ・・・!   作:たい焼き屋台

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ふらいあげいん

 

 

 

 

 いつからだろう。二人で同じ事をして笑い合わなくなったのは。

 

 

 いつからだろう。姉の背中を見て声をかけるのを躊躇うようになったのは。

 

 

 いつからだろう。昔みたいに戻れないと諦めたのは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おねぇぇちゃぁぁん。遊びに行こうよ~」

 

 

 追い出されることも無くなったベッドの上からだらしなく転がって駄々っ子のように声をかける。

 

 

「今日も練習があるって昨日も言ったわよね? 覚えているのにいちいち聞かないで頂戴」

 

 

 あたしと同じ碧眼から浴びせられる冷たい視線にも慣れたものだ。でも、今日はいつもと違って言葉は厳しいがお姉ちゃんの機嫌がいいことが分かる。そしてあたしにはその心当たりがあった。

 

 

「またフェスフェスと練習~?」

 

 

 その言葉におねーちゃんの動きがピタッと止まる。しかし、すぐに体勢を整えると何かをごまかすように早口でまくし立てる。

 

 

「そうよ。彼との練習はとても身になるもの。前の練習の時も――」

 

 

 ……面白くない。彼の話をするときのおねーちゃんは楽しそうに話す。あたしと話すときにそんな顔を見せたのはここ最近記憶にない。

 

 

 あの日、駅でおねーちゃんと親しげに話していた男。名前は織主といって大学生らしい。おねーちゃんに認められるって事はギターは上手いんだろうけどそれならあたしだって負ける気はしない。

 

 

 あの後も定期的におねーちゃんと練習しているようでうらやましい。あたしに練習は必要ないってお姉ちゃんも分かってるからあたしとは練習してくれないし。

 

 

 ギターを始めて紆余曲折あって、ようやくおねーちゃんとの関係は以前より良好といえるようになった……はず。それなのに何処の馬の骨とも知れないぽっと出の男にお姉ちゃんを取られれば面白いわけが無い。

 

 

「――だからあなたも演奏するときは……って聞いているの?」

 

 

「決めた! 今日はあたしも練習について行く!」

 

 

 おねーちゃんが何か叫んでいるが聞こえない。うんうん!悩むなんて自分の性に合わない。行動あるのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 CiRCLEへの道も通い慣れたものだ。あれから氷川さんとのセッション改め、練習は定期的に続いている。もともとはガールズバンドを応援するための場所であったので僭越ながらも講師のような立ち位置でスタジオを利用させて貰っている。

 

 

 やっぱり一人で練習するよりも他人と練習した方が何倍もいい経験になる。氷川さんには本当に感謝だ。月島さんに挨拶し、謎の着ぐるみとすれ違い目的のスタジオに入ると、氷川さんとその妹がいた。

 

 

「来たなフェスフェス! 今日はあたしが相手だ!」

 

 

「よし!かかってこい?」

 

 

「乗らなくていいです! はぁ、すいません。どうしても付いてくるって聞かなかったので……。演奏に関しては心配ないんですけど……」

 

 

 思わず乗ってしまった。今日は三人で練習するようだ。氷川さんと双子とのことだったが性格は全然違うみたいだ。

 

 

「自分は全然いいけど……ええと氷川妹さん?」

 

 

「そういえば自己紹介もまだだったね~。あたしは氷川日菜。パスパレでギターやってまーす。日菜って呼んでいいよ~」

 

 

 なんともフレンドリーな子だ。これならすぐ仲良くなれそうな気がする。後、仲良くなってパスパレのメンバーのサイン貰いたい。

 

 

「織主勝利です。一応大学生で年上だけど好きに呼んでもらって大丈夫です」

 

 

「フェスフェスは固いなぁ~。もっと楽にいこうよ」

 

 

 どうやら呼び名はフェスフェスで固定らしい。しかし、言葉の上ではフレンドリーなんだが、なんか警戒されている気がしてならない。……サイン貰おうとしている下心がバレバレだったかな。

 

 

「では、自己紹介もすんだところですし、時間も限られているので早速練習しましょう。日菜も早く準備して」

 

 

「そうだね。氷川さんも日菜ちゃんも今日は何弾くか決めて―」

 

 

「ちょっと待ってください」

 

 

 うん?氷川さんが話の腰を折るなんて珍しい。彼女は何かを葛藤するような表情で数秒悩んだ後、一大決心した表情で俺に詰め寄る。

 

 

「紗夜」

 

 

「はい?」

 

 

「だから氷川さんではなく紗夜と。あの子だけ名前で呼ばれるのはおかしいでしょう」

 

 

 真っ赤な顔をして俺にそう言うと目で呼べと訴えかけてくる。……恥ずかしいならこんなところで対抗心を燃やしてもしょうが無いだろうに。兄弟姉妹というのは争う運命なのか。

 

 

「紗夜……さん」

 

 

 駄目みたいだ。あんなに強かった目力が子犬のようになってしまった。

 

 

「紗夜」

 

 

 俺も真っ赤になって言う。もはや罰ゲームだ。満足したのか足取り軽く準備を始める紗夜。そして、その後ろには不満げな顔をした日菜ちゃんがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜあたしは目の前でおねーちゃんがいちゃついているとこを見せられなければいけないのだろう。バンドの合同練習の時の少し関係ない話をしていただけでも怒るおねーちゃんはどこへいってしまったのか。

 

 

 そんな思いで始まった練習だったが、練習内容は至って真面目なものだった。Roseliaの曲を中心に三人で弾く。各々が思ったことを言い合ってよりいい音を目指す。

 

 

 フェスフェスの音は不思議だ。独特なのに定まっていない。そしてそれが不自然と思えない。色々な音が混ざっているのに不協和音にならない。どんな音も吸収して自分の音の一部にしているみたい。

 

 

 あたしがビューンって説明してもフェスフェスはギューンって音になってる。私の音とは違うけど嫌いじゃない音だった。

 

 

 でも、おねーちゃんがフェスフェスと楽しそうに話しているのを見る度にやっぱり嫉妬してしまう。誰よりも一緒に居たはずなのに。私がその場所に居たはずなのに。

 

 

 モヤモヤした気持ちを晴らすために来たのに、モヤモヤが募るばかりだ。

 

 

 練習が一段落着いたところでフェスフェスが一枚のCDを取り出した。

 

 

「また新曲? ペースが早すぎない?」

 

 

 おねーちゃんは不満そうにいうが早く聞きたいのだろう、手早くCDをセットしていた。そういえばフェスフェスは自作の歌を動画投稿していたんだっけ。おねーちゃんが知り合ったのも動画からだと聞いている。

 

 

 曲が流れ始める。

 

 体がるんっとした。曲が終わるとCDを巻き戻してもう一回再生した。いつの間にか馬の被り物をしたフェスフェスが手を挙げて踊っていた。

 

 

『狼の被り物ってどこに売ってるんだ……?』

 

 

 本当は狼を被りたかったらしい。意味が分からないが私も一緒に踊った。フェスフェスに煽られておねーちゃんも恥ずかしげに踊っていた。……三人だったけどおねーちゃんと一緒に踊ったのが無性に嬉しく思えた。

 

 

 競うことも無く、ただ純粋に同じ事で楽しむ。なんでこんな簡単なことが出来なかったんだろう。

 

 

『狼は無かったが犬耳はあったぞ!しかも何種類も!』

 

 

 何故か狼に固執しているフェスフェス。馬の被り物をしながら犬耳を薦めてくる絵面は普通にホラーだったが脳内でミッシェルに置き換えたら普通のことに思えた。ありがとうミッシェル。

 

 

 二人が犬耳、一人は馬面のままギターをかき鳴らす。楽しくてしょうがなかった。その日の練習はおねーちゃんが犬耳姿を撮影されたことに気づいて怒るまでずっと続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだかんだ最後は踊ってばっかだった気がするが今日の練習も楽しかった。日菜ちゃんの独特の表現方法も少しは理解することができたし有意義な時間だった。

 

 

 あのあとパスパレのサインを頼んだら断られたのは残念だった。代わりに氷川姉妹からのサインが貰えたので十分すぎるのだが。

 

 

 しかし、今日の練習の反省点も大いにある。一つはもちろん狼を用意できなかったことだが、重要なことはギターの伸びしろが最近感じられないことだ。

 

 

 技術的なことはある程度できるようになった。でも、それで目標のアーティストに並んだかと言われると首を傾げざるを得ない。

 

 

 あまり褒められたことではないが違う楽器に手を出してみるべきだろうか。手段は考えるにせよ自分の殻を破るのは一筋縄ではいかない。

 

 

『フェスフェスお疲れー! 今日やった曲のアレンジ考えてみたんだ~。よかったら聞いてみて! それから感想ちょうだい!』

 

 

 これからの自分について悩んでいると日菜ちゃんからSNSのメッセージが届く。練習が終わる頃には最初の警戒も大分薄れてたし、仲良くなれた気がする。やっぱり音楽の力ってすごい。早速アレンジを聞いてみて感想を送る。

 

 

 気になった部分を言い合ったり、二人で手直ししていると中々面白いアレンジに仕上がった。日菜ちゃんは天才肌なとこがある。

 

 

『フェスフェスってすごいね~。今、フェスフェスのあげた動画を見てるんだけどどの曲もいい曲ばっかだったよ!』

 

 

 ……俺が考えた曲じゃ無いので素直に喜べないが、俺が好きな歌が広まっていくのはすごく嬉しい。うきうきした気分で返信を打つ。

 

 

『すごいって思ってくれたら織主先輩って敬意を込めて呼んでくれていいぞ』

 

 

 ……ちょっと調子に乗ってしまったか。送った後に後悔してきた。

 

 

『そうだね~。これからはフェスフェス先輩と呼ぼう!』

 

 

 ……。(犬耳の紗夜の写真を送信)。

 

 

『織主先輩と呼ばせていただきます!』

 

 

 仲のいい姉妹でうらやましくなる。夜の道すがら、ふと上を見上げると今日は満月だった。俺は遠吠えをするように鼻歌を歌いながら帰路につくのであった。

 

 

 

 

 


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