ウルトラソッ・・・!   作:たい焼き屋台

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きりんぐみー

 

 

 とある日の羽丘女子学園での休み時間。ガヤガヤと学生の喧噪をかき分けて友人を探す。教室をグルリと見回すとお目当ての人物はすぐに見つかった。

 

 

 いつもなら休み時間になる度に活発に動き回っているはずなのに、今日は珍しく机に座って難しい顔をしてうんうんと唸っていた。

 

 

「ヒナー。何見てるの?」

 

 

 探し人である何をやらせても簡単に一位を獲ってしまう天才少女、氷川日菜はアタシの言葉に振り返ると、滅多に見せない困ったような顔をしていた。

 

 

「リサちーどうしよう……。あたしにはもうどうすればいいのかが分かんないよ……」

 

 

「ちょっとヒナ、なにがあったの?」

 

 

 あのヒナがこんなにも弱気になってしまうなんてただ事ではない。アタシは真剣な表情でヒナに問いかける。

 

 

「アタシなんかが力になれるか分からないけど、話だけでも聞くからさ。一人で抱え込まないで話してみて?」

 

 

 アタシの言葉に意を決したのだろう。ヒナは震える手でスマホを取り出すとアタシに画面を見せてくれた。

 

 

「リサちー……、ありがとう。もうあたし一人の手じゃどうにもならなかったんだ……。あたしの先輩が……壊れちゃった」

 

 

 一度踏み込んだからには逃げない。覚悟を決めアタシは画面を覗き込む。

 

 

 そこには――

 

 

 

 

 鍛えた体をもった男性が顔に白粉を塗り、全力でエアドラムをしていた。

 

 

 ……なにこれ。

 

 

 一から事情を聞いてみるとヒナの知り合いの先輩ギタリストがスランプを感じているらしく、新たな音楽性を発見するために手当たり次第に思いついたことを実践しているらしい。

 

 

「事情は分かったけどその先輩はどうしてエアドラムにたどり着いたの……?」

 

 

「日菜ちゃんの頭脳をもってしてもそこはさっぱり分かんないよ」

 

 

 本気で心配していたのでとりあえずは一安心だ。それにしてもこの歌どこかで聞いた覚えがあるような……。

 

 

「ねぇヒナ、この人って有名な人? アタシこの歌どこかで聞いたことがある気がするんだよね~」

 

 

「う~ん。サイトに動画は上げてるけど、有名とはいえないかな~。あ、もしかしておねーちゃんから何にも聞いてないの?」

 

 

 紗夜?いきなり出てきた名前にアタシはハッと気がつく。この歌のフレーズを紗夜が歌っていて、あこが紗夜さんが歌うなんて珍しいですねという会話が少し前にあったのだ。思い当たる節は他にもあった。

 

 

「たまに紗夜とヒナがCiRCLEでやってる個別練習に関係がある人ってこと?」

 

 

「ピンポンピンポーン! さっすがリサちー鋭いねえ。先輩には講師として色々教えて貰ってるんだ~。私は遊んでることの方が多いけど」

 

 

 色々と合点がいった。紗夜が最近始めた個別練習。個別練習するようになってから紗夜の出す音にバリエーションがみるみると増え、友希那も感心していた。 

 

 

 練習内容を聞くといつもはぐらかされていたのだが外部から講師を、しかも若い男を連れてきていたとは驚きだ。紗夜にどうやって知り合ったのかとか、普段の練習の様子とか諸々の事情をしっかりと問い詰めなければ。

 

 

「ねーねー、リサちーそれでさー、どうやったら先輩の奇行を止められると思う? やっぱりあたしって努力とかよく分かんないから何すればいいのかも分かんないし……」

 

 

 そうだ、本題を忘れるところであった。相談に乗ったはいいものの音楽性を広げる知識なんて持ち合わせていない。でも、このまま放置しておくとこの人はとんでもないことをしそうな気がする。アタシの中の世話焼きの血が反応しているから間違いない。

 

 

「アタシも具体的な案はすぐには浮かばないなぁ。その先輩は今はどうしてるの? ずっとそんなチャレンジャーなことを続けてるの?」

 

 

「さっきメッセージ送ったら今日はカラオケで出来る一番美味しいドリンクバーの調合方法を調べるって」

 

 

「音楽関係ないじゃん! そうとう困ってるんだね~。……学校終わったら紗夜も誘って気分転換の差し入れでも持っていってあげる?」

 

 

 アタシがそう提案するとヒナはそれ名案!とはしゃいで教室を出て行った。きっと紗夜に電話をかけにでもいったのであろう。ヒナの後ろ姿を見送るとアタシは差し入れに何持っていくのかを考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……俺は今壁にぶち当たっている。何を演奏してもしっくりこない。

 

 

 少しでも状況を変えるために思いつくことは全てやった。前回買った馬の被り物を被って演奏してみたり、稲穂を振って歴史を感じたり、右手に人形をはめて世のバンドを煽ったり、エアドラムして最後まで演奏しなかったりとフェスで見た知識を活かそうとしたが中々思うようにはいかなかった。

 

 

 こんなときのため色々と相談できる人物が周りに欲しいのだが、いかんせん俺の周りで音楽について相談できるのは紗夜か日菜ちゃんしかいないという悲劇。大学の友達はみんな聞く専門ばかりでままならないものである。

 

 

 頼みの綱の氷川姉妹も学生の身であるのでそう都合よく会えるわけが無く俺は見事にスランプから抜け出せなくなっていた。

 

 

 ドリンク試作二十一号(ジンジャーエール3:コーラ5:オレンジ2)にC評価を与えると気分転換に歌うことにする。詰まったときは激しい曲が歌いたくなる。

 

 

 イントロが流れ始めると喉の調子を確認する。よし、今日はいい声が出せそうだ。俺は腹に力をいれ喉を開くと溜まったフラストレーションを一気に放出。

 

 

「先輩おつかれさ「う゛ぉぉぉぉぉぉ!!!!」うひゃあ!」

 

 

 俺の渾身のデスボイスが日菜ちゃんに炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごい声だったね……」

 

 

「うう。未だに頭がぐわんぐわんする……」

 

 

 結局紗夜は風紀委員の仕事があるからと断られてしまったのでアタシとヒナの二人で差し入れを持っていくことになった。放課後になりカラオケボックスに到着するやいなやアタシ達を迎えたのは強烈なデスボイスだった。

 

 

「ごめん! まさかあんなタイミングで来るなんて……」

 

 

 この申し訳なさそうにしているのが例の先輩か。こうして実際に見てみるととても奇行を犯すような変人には見えないのだけど……。

 

 

「えっと、それで君はRoseliaの今井リサさんだよね? 俺は織主。大学生やってます。日菜ちゃんと友達って事はガールズバンド同士って仲がいいんだね」

 

 

「さんなんて付けなくてもいいですよ。ヒナとは同じ学校ですし、CiRCLEで何度か合同のイベントやってるのでバンド同士の繋がりは結構ありますね~」

 

 

 会話しながら先輩をチェックする。髪型、服装どちらも無難な感じ。運動をやっていたのか体は鍛えられている。紗夜やヒナが変な男に引っかかったのかと少しだけ心配していたが、杞憂に終わりそうだ。

 

 

「ヒナちゃんとリサちゃんは差し入れ持ってきてくれたんだって? わざわざ付き合わせてごめんね。周りに音楽のことで相談できる人が居なくて……」

 

 

 その後はアタシ達が持ってきたお菓子を広げながら駄弁るばかりだった。先輩が作った自信作のドリンクにヒナが辛口の評価をつけたり、紗夜の犬耳姿の写真と友希那の誕生日のときに撮った猫耳姿の写真を交換したり、先輩の音楽性を見つけるという本題に入る頃には、アタシ達は大分打ち解けていた。

 

 

「リサちゃんはベース担当だよね? ギターとかボーカルやってみたいと思ったことはある?」

 

 

「う~ん。そういわれるとない気がする。歌うことは嫌いじゃ無いけど、バンドを組んでるとやっぱりアタシ達のボーカルは友希那が一番だなって思うし」

 

 

「Roseliaはバンドとして完成されてるんだろうね。俺もメンバ-探してバンド組もうかな……」

 

 

「先輩がバンド組んだらパスパレのお助けバンドとして呼んであげるよ」

 

 

 ヒナと先輩が軽口を叩き合う中、アタシは先輩の曲を聞いてみたいと思うようになっていた。紗夜とヒナが気にいっている曲を生で聞けるチャンスだ。

 

 

「先輩。よかったら一曲歌って貰えませんか? アタシ、先輩の曲を生で聞いてみたいです」

 

 

「せんぱーい。歌うならフラーイアゲーを希望しまーす」

 

 

「歌うのは全然構わないけど、今は激しい曲を歌いたい気分だから日菜ちゃんのリクエストはまた今度で。折角だからさっき日菜ちゃんたちが入ってきたときに歌おうとしてたのを歌うよ」

 

 

 先輩の自作の曲だ。CDを機械にセットすると先輩の雰囲気が変わる。

 

 

 ――圧倒された。

 

 

 デスボイスは最初聞いたときはうるさいだけだと思った。でも違う。低音が体の芯まで響く。細胞の一つ一つで音楽を味わってる気分だった。

 

 

 力強いギターの旋律に乗って流麗な英語の歌詞が紡がれる。終盤なんて先輩につられてアタシとヒナは髪を振り回しながらヘッドバンキングをしてしまった。長い髪を振り回すのが可笑しくて終わった頃には汗をかいていた。

 

 

 その後も結局ヒナのリクエストに応え、三人で犬耳をつけて踊ったりした。

 

 

 先輩の曲を聞く度にアタシは今すぐ練習がしたくなった。先輩はアタシ達Roseliaのことをバンドとして完成されてるといってくれて、その時は素直に嬉しく思えた。

 

 

 でも、今思うとあの言葉には驚きがなかった。アタシ達Roseliaのレベルをどこかで見たことがあるような口ぶりだった気がする。そのことが悔しい。だからアタシは決めた。もっともっと練習してRoseliaを先輩の度肝を抜くようなバンドにしてみせる。

 

 

 だから先輩。先輩もスランプなんて言ってないでもっと前に進んでください。先輩が立ち止まってたらアタシ達すぐに追い抜いちゃいますよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日菜ちゃんとリサちゃんとはカラオケで別れを告げ、家に帰ろうとするとスマホが震える。画面をみると紗夜からだった。

 

 

『もしもし、今日は行けなくてすいませんでした。日菜や今井さんはあなたの邪魔をしませんでしたか?』

 

 

 開口一番の台詞に思わず苦笑いしてしまう。

 

 

『全然気にしないでいいよ。邪魔なんてされてないし、むしろ元気を貰えた。スランプを抜けられたかといわれれば怪しいところだけど』

 

 

 結局、今日も楽しく歌えたがこのままでは一生夢で見るアーティストには追いつけない気がする。……まぁ俺の限界はここら辺だったのだろう。

 

 

 俺も見るだけの側に回ろうかという考えが頭をよぎる。すると、電話口の向こうが静かになる。いつもなら練習不足です、と厳しい答えが飛んでくるのだが。無言の時間が過ぎる。

 

 

『……あの、私が言ってもその、気休めにもならないんでしょうが。私はあなたの音楽が大好きです』

 

 

 それでは失礼しますっ、と言いたいことは言ったといわんばかりに一方的に通話を切られてしまった。

 

 

 ……まいったな。たったの一言で活力が湧いてしょうがない。

 

 

 俺なりにあがいてみるとしよう。目指す人達には程遠いが、そんな今の俺の音楽を好きと言ってくれる人がいるのだから。

 

 

 俺は家に向けていた足をスタジオの方向へと変えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 


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