本来、ガールズバンドを応援するためのライブハウスであるCiRCLEのスタジオを、俺が使わせて貰える条件として月島さんと約束したことがいくつかある。
その一つに、出来るだけガールズバンドの手助けをして貰いたいというものがあった。もちろん俺は快く引き受けた。そのときは、力仕事などの裏方を手伝うことだと思っていたのだが……。
「みんな聞いて! ポピパの新しいメンバー見つけてきたよ!」
「「「えぇ!?」」」
どういうわけか俺、Poppin'Partyのメンバーになってしまったみたいです。
学校の帰り道、私達ポピパはいつものようにクライブ(蔵で練習)を行うのでは無く、CiRCLEに向かっていた。
「ったく、香澄のやつ学校の教科書を忘れるだけじゃなく、CiRCLEにまで忘れ物するなんてどんだけそそっかしいんだよ」
思わず悪態をついてしまうが、言われた当人はまったく気にした素振りはない。
「いや~。なんだかんだ忘れても有咲がいるから大丈夫かな~って」
暢気に笑う香澄を見て諦めると同時に、頼られることが嬉しい私がいて顔がにやけてしまう。
「あれ、そういえばおたえはどこに行ったの?」
沙綾の言葉に辺りを見回すと、もう一人の問題児が姿を消していた。慌てて探しに行こうとするも、りみに止められる。
「おたえちゃん、お腹すいたから先にCiRCLEのカフェに行くって走って行っちゃったよ」
……行動力があるのも問題すぎると思う。前もうさぎの散歩をしていたら見知らぬ場所まで行ってしまったらしいし、少しでいいから落ち着いて欲しい。
「有咲は心配性だな~。よし、私達も走って行こう!」
「ばっ! 誰が心配なんて……ってコラーッ! 置いてくな-!」
りみと沙綾の手を取り走る香澄を追いかけながら、今日も騒がしいけれど楽しい日になると思うのであった。
「……ぜぇぜぇ。ほ、本当に最後まで走るなんて」
全力疾走の香澄を追いかけ、CiRCLEに着く頃にはへとへとになってしまった。カフェで優雅にお茶を飲むおたえが不思議そうに見つめてくる。
「有咲疲れてるね。私のお茶をあげよう」
「もとはといえばおたえが先に行くから……! ……お茶は貰うけど」
なぜか得意気なおたえに理不尽な思いを抱きながらお茶を飲んで一息。
「で、香澄の捜し物は見つかったのか?」
「まりなさんが預かっててくれたみたいだから大丈夫なはずなんだけど……」
まぁそれなら問題ないか。カフェなのになぜか飾ってある盆栽を品定めしながら香澄を待つことにする。
「そういえば最近の香澄なんか大人しくない?」
沙綾の言葉にみんなの視線が集まる。香澄が大人しい……?
「ふぉふふぁな?」
「りみは食ってから話そうな。香澄が大人しいって冗談か? さっきあんなに走ったばっかだってのに」
思い立ったらすぐ行動。やるからには常に全力な香澄が大人しいとこなんて想像できない。
「確かに。最近有咲のツッコミの切れが悪い」
「おい、おたえ。それはどういう意味なんだ」
私のツッコミで香澄の元気度が分かるのは納得がいかないが、そう言われてみるとここしばらく香澄の無茶な行動が少ない気がする。そうだとして、沙綾は何が言いたいのだろうか。
「そろそろ香澄がまた新しいことするかなーって思わない?」
沙綾が楽しそうに笑う一方で、私は頬を引きつらせる。確かに香澄に引っ張られてこれまでも色々なことをしてきたが楽しさや達成感がある反面、大抵厄介事もついてくるのだ。
「うへぇ……。ありそうだな。まったく、次はどんな爆弾を放り込んでくるのやら」
「そう言いつつも優しい笑みを浮かべるツンデレの有咲であった、まる」
「誰がツンデレだぁ!」
そんな会話をしていると、ようやく香澄が出てきた。そして香澄の隣にはペンギン?をモチーフにした着ぐるみが立っていた。胸にはてっくんと書いた名札が。ミッシェルの親戚だろうか。私は嫌な予感がした。
「みんな聞いて! ポピパの新しいメンバー見つけてきたよ!」
「「「えぇ!?」」」
おたえ一人がわー、と拍手する中、予想通り香澄は久々の爆弾を投下したのであった。
どうしてこうなった……。
今日はハローハッピーワールドのライブの裏方としてCiRCLEに呼ばれていた。Roseliaやパスパレとも違う個性的なバンドのライブはとても楽しく、今度は観客の立場で見にいこうと決意した。
そして、裏方の仕事というのが着ぐるみを使ったパフォーマンスで、俺はペンギンのような青い体に眉が下がった気弱な顔を持つ、本来ならバンドを否定するはずのてっくんに身を包み、ハロハピの後ろで謎の踊りを踊った。
この着ぐるみはいつの日にか行ったアンケートで、ふざけて自分が書いたものが通ってしまって出来たらしい。てっくんは弦巻さんの琴線に触れたらしい。
もう一人?の着ぐるみのミッシェルと共に弦巻さんや北沢さんの無茶ぶりをこなしつつ、瀬田さんに照明を当てたり、松原さんに励まされたりと激動のステージであった。
ライブの終了後に隅っこのほうで燃え尽きていると、未だに余裕そうなミッシェルが缶コーヒーを無言で俺に差し出す。……これからはミッシェル先輩と呼ばなければ。
そうして新たに目標とする人物?も増え、俺も帰ろうと腰を上げるとそこには目をキラキラさせた少女が。あの子は確かポピパの戸山さん?ポピパも今日CiRCLEで練習するのだろうか。すると彼女は予想外の言葉を放つ。
「ねぇ! あなたポピパのメンバーにならない!?」
「ええ……」
俺の困惑を余所にあれよあれよという間に、他のポピパメンバーの前に連れ出された俺、改めてっくん。花園さんだけ歓迎ムードを出してくれているのがせめてもの救いか。
「香澄の言うことにもう驚くことはないと思ってたけど、これはまた予想外だね……」
「新メンバーはなんの楽器をやるの?」
「あはは……おたえちゃんはもうメンバーって認めてるんだ」
「いいよね!? 有咲も賛成してくれるよね?」
三者三様の反応を見せる中、沈黙を保つ市ヶ谷さんに話が振られる。市ヶ谷さんは下げていた顔をゆっくり上げると満面の笑顔で答える。
「もちろん賛成する……わけねーだろ!! 新メンバーってだけで大事なのによりによって着ぐるみが新メンバーかよ! ハロハピのミッシェルとだだ被りじゃねーか! そもそもその着ぐるみは一体誰なんだよ! 中身のやつが演奏できるかどうかも分からず連れてきたろ! あとその着ぐるみのモチーフは何なんだよ! 結局てっくんて誰だよ!」
市ヶ谷さんは一息にツッコむと疲れ果てたのか座り込んでしまった。花園さんが全盛期の有咲が帰ってきた、と喜んでいるので、どうやらこれがポピパの日常らしい。
「はっ! そうだ! てっくんは楽器弾けるの?」
「ギターヒケルヨ。アトキョクモカイテルヨ」
「なんで裏声……?」
「えぇ! 曲書いてるの? 聞きたい聞きたい!」
申し訳ないが牛込さんの素朴な疑問はスルーして、俺は丸っこい手でスマホを操作すると、ハロハピのライブが終わってから聞きたくなった曲をかけるのであった。
久々に本気でツッコミをして、私が疲れて座ってる間に謎の着ぐるみ、てっくんが曲をかけはじめる。香澄が連れてきたのはいいものの、明らかに怪しい見た目なのでどんな歌が飛び出すか内心不安でいっぱいだった。でも、曲が流れると雰囲気が一変した。
独特なリズムの曲だった。一度聞いたら忘れられないような特徴的な曲。
特にサビのフレーズが頭に残る。てっくんの見よう見まねで香澄やおたえが楽しそうに、りみは恥ずかしがりながらも踊り、沙綾はそれを微笑んで見ていた。
腕を上げる、下げるといっただけの簡単な踊りと印象的なサビで私の体もノってくる。誰もが踊りたくなるような不思議な魅力の歌だ。いつの間にか、近くに居たてっくんが私にカスタネットを差し出す。
たたたたんたんたんとたんたん
―言葉に言い表すことが出来ない一体感に体が震える。この歌を広い会場でたくさんのお客さんとやってみたいと心から思った。
そしてこの曲を書いたてっくんがポピパのメンバーに加わって欲しいと思った。まずはさっき色々と言ってしまったことを謝らないと。
しかし、辺りにてっくんの姿はどこにもいなかった。私は後悔した。みんなに謝った。そしてみんなが許してくれた。
「私達がバンドを続けていればてっくんにはきっとまた会えるよ」
香澄の真っ直ぐさにまた助けられる。てっくんから渡されたカスタネットを私は強く握りしめた。
流石に清涼感溢れるポピパにてっくんを混ぜる勇気は起きなかったのでみんなが踊ってる間にそそくさと退散した。
遠目から見るとポピパのメンバーは何かを決意したかのような面持ちで空を見上げていた。……青春っていいなぁ。
「収入は五分の一でいいからバンド組みたいな……」
俺はミッシェル先輩からもらったコーヒーを飲みながら、ハロハピとポピパの次のライブ日程を調べるのであった。
*この話はコメディです
てっくん・・・岡崎体育氏の楽曲「FRIENDS」のMVに登場する人形。バンドを組むと収入がメンバー分の1になるという悪魔の囁きをしてくる。最終的に岡崎体育のメンバー入りしようとするが、上記の理由で断られる。