うだるような暑さの中、俺は緊張した心持ちでCiRCLEに足を進めていた。今までは、動画を上げて、たまに評価されていれば満足が出来ていた。
そんな俺であったが、紗夜や日菜ちゃんなど身近にバンドと関わりを持つようになり、彼女たちのライブを見ているうちに、自分もライブをしたいという気持ちが大きくなってきた。
近く、大学で小規模ながら夏祭りが開催されることになった。その企画の一つに有志のバンドの演奏ステージがある。俺は、その企画に参加するために唯一当てのあるCiRCLEに向かっていた。
とりあえずは紗夜に相談しようと思い、Roseliaの練習中であるらしいが、許可を得て話をしに行くところだ。しかし、彼女たちは既に有名なバンドであり、一学生である俺とバンドを組むことは難しいだろう。なので、どうにか知り合いだけでも紹介して貰えないかと、藁にもすがる思いで足を運んだのだが……
「臨時のメンバーを探してるんですか? なら、私がリードギターをやります」
「はいはーい! アタシベース立候補しまーす!」
俺の話を聞くとすぐに紗夜とリサちゃんがすぐに手を挙げてくれたのは嬉しいが、流石に天下のRoseliaの二人も借りてしまっていいのかと不安になる。
「二人とも気持ちは嬉しいけどRoseliaの活動は大丈夫なのか? あと身バレしたら大騒ぎになりそうなんだが……」
「身分を隠したいなら、仮面でもつければいいんじゃないですか? あなたも有名になるためにやるわけではないのでしょう?」
「仮面舞踏会……! 紗夜さん超かっこいい! あこも出てみたい!」
「あ、あこちゃん……。踊らないから舞踏会じゃない気が……。でも、あこちゃんが出るなら私も……」
仮面という言葉に琴線が触れたのか、ドラムの宇田川さんとキーボードの白金さんもその気になっている。どうしたものかと、とりあえず声をかけようとすると湊さんの冷たい声が響く。
「いい加減にして。紗夜とリサの知り合いらしいけど、私達には目標があるはずよ。それなのに小さなステージにかまけている余裕なんてないわ。紗夜なら分かるでしょ?」
湊さんの言葉に静まる一同。
……俺の軽率な言動でRoseliaの邪魔をするわけにはいかない。すぐに頭を下げ、この場から出て行こうとするがそれよりも早く、紗夜の口が開いた。
「……湊さん。そうね。過去の私ならきっとあなたと同じ意見だったわ。でも、彼と初めて演奏したとき、Roseliaのみんなで演奏したときみたいに感じるものがあった。私はそれが自分をさらに高めるものだと思うの」
紗夜の言葉に俺は少し泣きそうになった。俺との演奏が彼女を高めるものになるという、そんな意味の言葉に感動を覚えていると続いてリサちゃんも語る。
「友希那。アタシも先輩の曲を聞いたことがあるんだけど、先輩からは学べることがあると思うんだ。ステージは小さいかもしれないけど、みんなでやってみない?」
二人の言葉の真剣さが伝わったのだろう。湊さんは深いため息をつくと俺を冷たい目で睨む。
「二人がそこまでいうならもう止めはしないわ。ただし、Roseliaの活動に支障をきたすようなら直ぐにやめてもらうから。私、今日は一人で練習するから。それじゃ」
湊さんはそういうとスタジオを出て行ってしまう。……とんでもないことになってしまった。
「四人とも本当にすまない。俺のせいで湊さんを怒らせてしまった」
俺が頭を下げるとリサちゃんが慌ててフォローしてくれる。
「先輩が謝る必要ないですよ。友希那も言ってましたけど、アタシ達が二倍練習すればいいだけの話ですから!」
リサちゃんの明るい言葉に場も明るさを取り戻す。彼女の方が俺なんかよりもよっぽどしっかりしている。
「そうですよ。私なら二つのバンドを掛け持ちするぐらい簡単です」
紗夜の言葉に思わず笑ってしまう。こんなに自信満々だと心配する方が失礼なんじゃ無いかと思えるのが不思議だ。思えば、最近は紗夜の言葉に救われてばかりだった。
「紗夜。……その、さっきの言葉といいありがとう。最近、紗夜には助けられてばっかりだな」
「っ!? いきなり何ですか? 別にあなたを助けようとかそんなんじゃ……」
正面から感謝の気持ちを言われて気恥ずかしかったのか、顔を赤らめしどろもどろになる紗夜は可愛かった。リサちゃんが悪ノリして照れちゃって~、と楽しげにいじり始める。
「あの~……。あことりんりんもいるんだけど……」
「あこちゃん……わたし、今なら空気になれる気がする」
その後は、放置してしまって怒っていた宇田川さんと白金さんに謝り倒して、ドラムとキーボードの目処も立った。二人へのお詫びとして、即席のバンド名や衣装は全て二人の案に従うことに。紗夜だけはフローリアの一件のせいで心配そうな顔をしていた。
そして演奏する曲を決める。紗夜がウルトラソッを推したり、リサちゃんがヘドバンする曲がいいと言ったり、多少もめたが夏祭りのステージということもあって、夏をモチーフにした曲に決まった。
これからの方針も決まり、ライブに向けてわくわくする気持ちもある。でも、その前に今回の騒動のけじめとして湊さんにきちんと謝りに行かなければ。
勢いでスタジオを飛び出してしまったけれど、練習する気分でも無くなってしまった私は、暑さを避けるために公園の日陰で一人座っていた。
どうしてこうなってしまうのだろう。紗夜もリサもふざけてステージなんかに立ったりしない。ということは、本当に―名前も知らない彼との演奏に意味があると感じたのだろう。
それならば、バンドを成長させるためにも私は率先して協力すべきではなかったのか。考えがまとまらず頭のなかでぐるぐると回る。
蝉の声が絶え間なく聞こえる公園内で私は小さな声で歌う。そして、考える。
小さなステージで歌うことは寄り道なのだろうか? なら、最初から私は大きなステージでしか演奏してこなかったのか?
そんなはずはない。ならば、どうして私はあんなにも拒絶したのか。
――怖かったからだ。ここまで脇目も振らず、ただひたすらに駆けてきた。私には音楽しかない。だから、焦ってしまう。少しでも寄り道してしまうと自分が進むべき道が分からなくなってしまう気がして。
気づけば歌い終わっていた。蝉の声も消え、公園は静寂に包まれる。無音の空間が私に孤独を強く感じさせた。
「いい歌だね」
隣に彼がいた。私にスポーツ飲料を差し出す。私がそれを受け取ると人一人分の間を空けてベンチに座る。
お互いに無言。蝉の声がまた聞こえてきた。
~♪
彼が歌い始めた。聞いたことの無い歌。なのに、私の中に入り込んでくる。
どうしようもなく心が震える。うまく言葉に出来ないけれど、私はこの感情を知っている。そう、これは私が音楽を始めようとしたきっかけ。
――私も!お父さんみたいにみんなに勇気をあげる歌を歌うの!
彼の歌は終わっていた。
「いい歌だったわ」
どーも、と軽い返事。さっきまで繊細な歌を歌っていた人物とは思えない。すると、彼は立ち上がると頭を下げてきた。
「俺の考えが足りないせいでRoseliaに迷惑をかけてしまい、本当にすみませんでした」
「……いいわ。私もさっきは熱くなりすぎた」
彼はホッと息をつくと笑顔になる。どうやら相当気にしていたらしい。
「よし、じゃあ湊さんもスタジオに戻らない? 外は暑くて干からびそうだ」
初めは気づかなかったが、彼は汗だくだった。私を探すために駆け回らせてしまったらしい。申し訳ない気持ちが湧いてくる。
私も暑さが嫌になってきたところだ。しかし、戻る前に彼にいわなければいけないことがある。
「ええ、そうするわ。……一つ聞きたいのだけれど、あなたのバンドに空いている枠はあるかしら」
私の言葉に彼は一瞬驚いたが、すぐに満面の笑みを浮かべると一つある、といってくれた。
「そう」
短く告げると歩き出す。空を見上げると五つの雲が寄り添うように浮かんでいた。はぐれ雲ではないけれど、私はその雲に自分を重ねてみるのであった。