Afterglowとのライブが決まる数日前、延期されていた大学の夏祭りライブの打ち上げを俺とRoseliaのメンバーで行っていた。
場所は人の目も考え、カラオケのパーティルームですることに。テーブルには注文した料理が所狭しと並べられ、各々がグラスを掲げる。
「ちょっと遅くなったけど、ライブお疲れ様! みんなのおかげで最高のライブになった! 今日は俺の奢りだからみんな自由に騒いでくれ! じゃあかんぱーい!!」
「「かんぱーい!!」」
リサちゃんとあこちゃんが元気よく、残りの三人は上品に音頭をとる。互いにグラスをぶつけ合い打ち上げが始まった。
「ええ。だから一曲目の入りはよかった、でも中盤のパートで・・・」
「そうね。確かにあそこはもう少し早くてもよかったわ」
打ち上げなのに早速反省会に突入している湊さんと紗夜。あの二人はどこに行っても真面目だ。
「せんぱーい! ロシアンたこ焼き注文していいですか-? りんりん! どっちが当たりを引くか勝負しようよ!」
あこちゃんとは彼女の持ち前の明るい性格もあって、練習中に大分仲良くなれた気がする。ときたま飛び出す中二ワードは、俺の古傷をえぐってくるので注意が必要だが。
「あ、あこちゃん。ちょっと待って……」
白金さんがあこちゃんに楽しそうに振り回されているのも、もはや見慣れた光景だ。……ロシアンたこ焼き、楽しそうだ。
「先輩! お疲れ様です!」
そういって俺の隣に座るリサちゃん。不意に距離を詰められドキッとするがポーカーフェイスを装う。
「お疲れ。打ち上げの場所がカラオケでごめんね。本当はレストランとかの方がよかったんだけど……」
「全然! Roseliaのみんなでカラオケに行く機会なんて中々無いですし、逆に新鮮ですっごく楽しいですよ! 先輩こそ、お酒飲まなくていいんですか? 大学生の打ち上げって居酒屋とかのイメージなんですけど」
実をいうとお酒は飲みたかったが、周りが未成年しかいないのに俺だけ飲むわけにはいかないだろう。ましてや、後輩女子ばかりの空間で酔って醜態をさらすわけにもいかない。
「そうだ! じゃあノンアルカクテル頼みましょうよ! これならみんなで飲めますよ!」
そう言うや否や、手早く注文を済ませるリサちゃん。そしてテーブル上に並べられるノンアルドリンクの数々。
「おぉ……! これが禁じられた聖杯の中身……!」
「あ、意外と美味しい……」
あこちゃんのテンションが上がり、白金さんも気に入ったようだ。湊さんと紗夜は話ながらハイペースで飲んでいる。
「うえ~。変な味。お酒って全部こんな味なんですか」
大人っぽく見えるリサちゃんが一番苦手みたいだ。スローペースで飲むリサちゃんにお酌しながら楽しく話す。この時はまだ、あんな事態になるとは思いもしなかった――。
数十分後
「もっと……! もっと我に聖杯を捧げよ!」
「……」(無言でスマホを高速タップ。おそらくゲーム中)
「湊友希那、歌います」
「せんぱーい。膝借りてもいいですか~?」
部屋はカオスな風景と化していた。あこちゃんは完全にハイになってるし、白金さんは据わった目でスマホを操作し、湊さんはマイクを離さず、リサちゃんは猫のようにゴロゴロと甘えてくる。
……ノンアルのはずだよな? 事実、俺はまったく酔っていないしみんな疲れと場の雰囲気で酔ったようになってるだけのはず……だ。
「あはは~。先輩の体おっきい~」
俺がこの事態の収拾をどうつけようかと迷っている隙に、リサちゃんがしなだれかかってくる。柔らかい感触と、トロンとした瞳に鼓動が早くなる。
「ちょっと、今井さん! 離れてください!」
Roseliaのメンバーで唯一素面なのが紗夜だった。リサちゃんを引きはがそうとするが、ガッチリと俺を掴んでいるのでなかなか外せない。
「あなたも! されるがままじゃなくて抵抗してください!」
そう言われても、無理に体を動かすと余計体が密着して……ゴホン。涙目の紗夜に睨まれたのでポッ○ーでリサちゃんを釣る。
「ほら、リサちゃん。あーん」
「わーい!」
思惑通り、リサちゃんを引き離し一段落。紗夜がまだなにか言いたそうだったので同じように○ッキーでごまかす。
「紗夜も、あーん」
「べ、別に私もしてもらいたいだなんて思ってないですけど、あなたがやりたいというならいいですよ……」
目を閉じ、顔を真っ赤にした紗夜は眼福だった。
「ふふふ、ではそろそろ始めようか……。王の遊戯を!」
「……! ゲーム!」
「私が頂点よ」
知らぬ間に酔っ払い三人が盛り上がり、ゲームが始まろうとしていた。王の遊戯とはそのまま王様ゲームのことだった。
「まったく……。今度は何が始まるんです……」
疲れた表情をした紗夜が呟く。なんだかんだいって結局付き合ってくれる紗夜は優しい。各々にくじが行き渡ったことを確認してゲームが始まった。
「ごほん。おーさまだーれだ?」
あこちゃんのかけ声とともにくじを確認する。俺は3番だった。
「はいはーい! アタシが王様でーす!」
元気よく返事したのはリサちゃん。
「じゃあ、1番の人がこのゲームの間猫になる!」
番号が違って一安心していると、隣で紗夜が震えていた。……ご愁傷様です。
「紗夜。あなたの本気見せて頂戴」
無駄にかっこよく煽る湊さん。その手には猫耳。……準備いいっすね。唯一素面の紗夜に当たるのはかわいそうだが、紗夜の猫も見てみたい。
紗夜は覚悟を決めたのか猫耳を装着し、こちらを上目遣いで見上げると微かに聞こえる声でにゃぁ、と鳴いた。あまりの破壊力に俺はフリーズしてしまう。
「きゃー! 紗夜可愛すぎ!」
リサちゃんが我慢できないといった様に抱きつく。フシャー、と威嚇する紗夜猫。……危ない。もう少しで紗夜猫を家に連れて帰る所だった。気持ちを鎮めていると二戦目が始まる。俺の番号は1番。
「ふふふ。今宵の王は我なり!」
次の王様はあこちゃんだった。
「では、1の数字を持つものは我に貢ぎ物を捧げよ」
ざっくりした命令に戸惑うが、要するにあこちゃんをもてなせばよさそうだ。俺は一つ咳払いをすると封印していた過去の自分を思い出しながら話す。
「主様、つまらぬものですがお納めください。これは地下深くに埋まっている命の塊(じゃがいも)を、切り裂いて灼熱(油)の中でじっくりと調理したものです」
「おぉ! それは美味でありそうだ。我に食べさせるがよい」
「御意」
こうしてポテチをあこちゃんに捧げて王様の命令は達成だ。ノリノリでやっていたが終わってみると恥ずかしい。紗夜が笑っていたが、君も今猫耳つけてるからね? 三戦目のくじではおれは2番。
「わたしが王様です・・・!」
キラキラした表情で宣言する白金さん。王様がやりたかったようだ。
「ええと、じゃあまたみんなでNFOやりませんか……?」
NFOとは今流行っているオンラインゲームのことだ。王様なのにみんなにお願いをする白金さんは天使だった。
「にゃあ、にゃにゃにゃにゃ……(まあ、練習に支障をきたさない範囲なら構いませんが……)」
律儀に猫を続ける紗夜。だが、了承の意は伝わったらしく白金さんは満面の笑みを浮かべる。
「よかった! 実は今新しいイベントが始まったんですが、その素材を集めるのがわたしとあこちゃんだけでは難しくて……。どうしても人手が欲しかったんです! あ、織主さんはNFOやったことありますか? やったことないですか。でも、大丈夫です! わたしがしっかりサポートするので織主さんみたいな初心者でもしっかりとクリアできます! ええと、それで持ってるPCの性能はどんな感じですか? スペックが足りなかったらネカフェでプレイできるので問題はないんですが、折角なのでインストールできるならしてみましょう。そのためにですね、まずこのサイトに接続してですね――」
普段の何倍もの量を話す白金さんに気圧されながら説明を受ける。ゲームが好きとは知っていたけどここまでとは予想外だった。俺はNFOをインストールする約束をし、その場では解放された。……帰ったら絶対やろう。
「私がトップね」
四戦目の王様は湊さんだった。俺の番号は1番。
「1番が歌いなさい」
簡潔な指令。この会場で歌うとしたらあの曲しかない。俺はマイクを握りしめると全力で歌い始める。
エビバーディ!
この後はみんなで踊り騒いだ。湊さんも歌に混ざり、よりカオスな感じになったが、めちゃくちゃ盛り上がって楽しかった。
王様ゲームも終わり、疲れてしまったのか俺と紗夜以外は寝てしまった。まだ、退出時間まで余裕はあったので二人でのんびりと話す。
「みんな寝てしまいましたね……。ノンアルだったはずなのにどうしてこんなことになったんでしょう」
疲れた様子ながら、寝てしまったみんなを見つめる表情は優しい。お姉ちゃんだとやはり面倒見もよくなるのだろうか。
「それにしても……あなたも思うんですか、その、朝まで楽しむ……みたいなことを」
さっきの歌のことを言っているのだろう。真面目な紗夜には刺激が強かったのかもしれない。
「それは俺だって男だしな。紗夜みたいに可愛い子だったらむしろ気をつけないといけないぞ」
大学でキャパを超えて飲むと本当に碌な事が無い。しっかりしている紗夜なら問題はないと思うがついつい心配してしまう。
「……私はあなたになら、その」
心なしか頬を染めた紗夜が、何か話そうとした。
(じーっ)
視線を感じる。周りを見るとみんなが目を覚ましていた。特にリサちゃんなんかは楽しげに続きをどうぞと目で促してくる。
「――っ!? 起きているなら言ってください!」
慌てた紗夜に追い回されるリサちゃん。静かだった部屋がまた騒がしくなる。湊さんがまたマイクを握っていたので俺も隣に立って歌う。
現実でも、紗夜やRoseliaのみんなと堂々と胸を張って並べるようになりたい。そんな思いが俺の中では大きくなってきていた。
結局、時間がくるまで俺達は騒ぎ続けるのであった。