Re:ゼロから始めるグランドオーダー   作:タイガ原

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第14話 「闇を裂く」

 目の前には黒い水晶。やることはこれまでと同じ。つまり、スバルにはやることがない。だから、考える。いや、わざわざ考えるまでもなく、もう答えは出ている。

 

 ガーフィールを閉じ込めていた青い水晶は自らを修復。エミリアを閉じ込めていた赤い水晶は氷を。

 

 それぞれ、囚われた者の得意とする魔法を扱っていた。水晶の色も、それぞれが扱いを得意とするマナに対応している、と推測できる。ならば──、

 

「藤丸、ちょっといいか? あの水晶なんだが」

 

「……何をしてくるかわかったり?」

 

 スバルから情報が得られると見て食いつく藤丸。スバル達には既知の相手ではあっても、藤丸達カルデア勢にとっては未知の相手だ。当然の反応と言える。

 

 その発言に、スバルは頷いて答える。

 

「あの子はベアトリス。俺とエミリアの娘だ」

 

「えぇ!?」

 

 いきなりのカミングアウトに藤丸は面食らう。藤丸とスバルはそう幾つも離れていないように見える。それなのに、あれくらいの子供がいるということはつまり──と、そこまで考えたところで、エミリアが横から訂正する。

 

「もう。スバルったらまたそんなこと言って。前にも言ったけど、チューじゃ赤ちゃんはできないってこと、ちゃんと知ってるんだから」

 

「あっ、ちょっとエミリアたん待って」

 

 藤丸はニヤニヤしながらスバルを肘でつつく。

 

「そこまでは行ったんだ。へぇ……」

 

「わ、わたしにはよくわかりませんが、想い合う方同士でそういうことをするのは、その、自然なこと、なのではないでしょうか」

 

 顔をほんのり赤く染めるマシュ。それを見て、藤丸の顔はなおのこと緩んでしまう。

 

「藤丸。ニヤニヤしてるけど、お前はどうなんだよ」

 

「え? んー……任務がない日は、二人でバックギャモンとか、オセロとか、トランプとか、してる……かな……」

 

「割と楽しそうだな、それ」

 

 口に出してみて、なんだか気恥ずかしくなる。スバルのように具体的に進展がある訳ではない。

 

 マシュのことは可愛いと思っているし、最高の後輩だと思っている。だけど、()()()()対象として見るのは、何となく悪い気がしてしまう。綺麗なものを汚してしまうような気がして。

 

 後輩として先輩である藤丸を立ててくれてはいるが、実際どう思っているのかはよく分からない。

 

 今は、先輩と後輩という関係でいるのがベスト。そう思っているからこその現状なのだが──どうなのだろうか。単純に、臆病なだけかもしれない。

 

「で、話を戻すけど、ベア子──ベアトリスが俺とエミリアの娘ってのは嘘だ。悪かった。本当は、俺の契約精霊だ」

 

「それで……?」

 

「ベア子は『陰魔法』を使う。ざっくり言えばデバフ特化だ。つっても、『ミーニャ』とかの攻撃魔法も普通に出来るからそこは勘違いすんなよ」

 

 スバルの助言を念頭に置き、水晶を破壊にかかる。とりあえず、ある程度破壊を進めなければ特殊な動きはしてこない。感覚としては、ゲージを一本削るくらいのイメージ。

 

 そうすると、水晶の防衛機構が第二段階へ移行する。この水晶はそもそも中に閉じ込めている者の力によって成り立っているが、第二段階ではさらに力を搾り取る。

 

 そのため、第二段階に移行してからはできるだけ迅速に破壊を完遂せねば、負担が重くなってしまう。

 

 戦力も増えたため、藤丸が召喚する『影』は全て援護に長けたキャスターやアーチャーだ。破壊にそこまで時間はかからない。だが、やはり対水晶戦ではクー・フーリンはやりづらそうだ。宝具の性質によるものだろう。真名を解放すれば、確実に心臓を貫いてしまうから。

 

 敵対する相手が、同時に救うべき、守るべき相手でもあるという場合では本気を出しづらいか。だが、真名解放せずとも彼は十分に強い。

 

 そもそも通常の聖杯戦争であれば。一度でも敵対したなら、それ以前にいくら関係を築いていたとしても、容赦なく心臓を穿つだろう。彼はそういう男だ。

 

 だから、こういう戦いにはあまり慣れていないのではないか──などと、そんな考えは杞憂であった。その『縛り』があることで、彼はむしろ普段より沸き立っているようにも見える。

 

 そうこう考えているうちに、第一段階を突破した。

 

「……よし!」

 

 ここまでは肩慣らし、準備運動、前哨戦。本番はここからだ。

 

 黒水晶が怪しげな光を湛え──次の瞬間。

 

 *

 

「──?」

 

 真っ暗な闇の中に、たった一人で取り残されていた。

 

 どういうことだ、と口に出そうとする。しかし、口を動かす感覚だけが返ってきて、音を知覚できない。

 

 もう一度声を出そうとして、今度はその感覚さえ朧気になる。自分の肉体とそれ以外の境界線がよく分からなくなって、次に自分という存在に疑問を持つようになる。

 

 完全に肉体の感覚が消える。残るのは精神──思考のみ。しかし、それも不確かなもの。自分というものが本当に存在しているのか、実は何かの狭間で揺蕩うだけの思念でしかなかったのではないか。

 

「──、──」

 

 否、それすらも存在せず、自分が自分だと認識しているこれなど、初めから存在していなくて──

 

「──、──!」

 

 つまり全ては同一であり数多の宇宙は既に統合された上位存在の一部でしかなくその中で個などというものは既に存在せずそれぞれが感じている個というものはその上位存在の機能の一つに過ぎず勘違いも甚だしく本来の目的を忘れた癌細胞にも等しいものであり同時に──

 

 *

 

「先輩──先輩!」

 

「うへぁ!? マシュ!?」

 

 急に視界が開けた。闇に沈み、発狂寸前だった藤丸の精神は、急激に本来のカタチを取り戻した。

 

 きれいな前髪から覗く、不安を湛えた瞳。ほんのり赤く染まった頬。整った顔立ち。きめ細かな肌。割ときわどい鎧。藤丸の肩をがっしりと掴んで揺する手の感触。

 

 その全てが藤丸を現実へと引き戻す。さっきまでの悟ったような思考が、彼女(マシュ)という絶対的な存在の前では、くだらない妄想、ただの塵芥と化した。

 

 そうだ。マシュが藤丸の目の前に存在するということは、マシュの目の前に藤丸が存在するということだ。絶対的存在に観測される存在、つまり藤丸はマシュに観測されているということで、その存在は確かなものである。

 

「なんか、まだ引きずってるみたいだ……」

 

 どうしても変な方向に振れてしまう思考を正す。いくら哲学的なことを考えたところで、藤丸は哲学者ではない。何一つ産み出さない非生産的思考だ。

 

「ありがとう、マシュ」

 

「いえ。マスターを守るのがサーヴァントとしての役割ですので! むしろ、事前に防げなかったのが申し訳ないと言いますか……」

 

「あんまり気に病まないで。助かったんだから」

 

 申し訳なさそうな顔をされると、こっちもなんだか申し訳なくなる。

 

「『シャマク』をモロに食らっちまったか」

 

「やばかった。何あれ? 精神干渉系?」

 

「俺が使えばただの目くらましみたいなもんだけど、意識と肉体の繋がりを分断するらしい」

 

 あの感覚はそういう事か、と納得。手を握ったり開いたりしているが、まだなんとなく感覚がふわふわとしている。

 

「そうだ、他のみんなは?」

 

「私や他のサーヴァントのみなさんは特に問題ありません。エミリアさんやガーフくんも殆ど影響は受けていないようです。影響があったのは先輩とスバルさん、オットーさんだけです」

 

「……スバルも? 知ってたんじゃないの?」

 

「知ってるのと対策できるかは別ってだけだ。ベア子のシャマク程じゃないにしても、俺のよりはよっぽど上等だからな。それより、話してる場合じゃねえと思うが」

 

「……そうだった。まだ戦闘中だ」

 

 藤丸は黒水晶の方に向き直る。ただ、既に始まってしまっている戦いでは、できることは少ない。それでも、身体中に気を入れて。少しでもサーヴァントの皆に回る魔力の効率が良くなるように、媒介としての役割を全うせよ。

 

 藤丸は『影』のキャスター達に命令を出し、自陣のサーヴァント達に有利効果(バフ)をかけさせる。黒水晶は『シャマク』以外にも様々な弱体効果(デバフ)を付与してくるため、その解除も。

 

 クー・フーリンは自身のスキルで弱体効果に対応できるが、他はそうもいかない。主に、そこの援護や強化だ。

 

 サーヴァント達は数々のデバフを掛けられつつ、上から降ってくる破滅の杭『ミーニャ』を弾き飛ばす。

 

「次で決める! 皆、エミヤの補助!」

 

 キャスターのバフをエミヤに集中させた。エミヤはひと振りの剣を投影し、弓に番える。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグII)!」

 

 弓から放たれたそれは、風を裂き空気を穿ち、目標の黒水晶を破壊する。

 

 贋作宝具であるそれを惜しげも無く爆破させることで、驚異的な破壊力を生む壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 水晶は打ち砕かれ、そして一瞬で元の形を取り戻す。さらに次の瞬間には、黒水晶は光の粒子へと変じ、ベアトリスへと収束していく。

 

 空中に投げ出され落ちていくベアトリスを受け止めるのは、やはりスバルだ。最後の一撃が放たれた直後、既に彼はベアトリスの元へと走り出していた。

 

 ぽす、と小さく音を立てて、ベアトリスの体はスバルの腕の中に抱きとめられた。

 

「無事に会えて良かったぜ、ベア子」

 

「これは……どういう状況なのよ?」

 

「ベア子が囚われのお姫様状態だったもんで、助け出したって感じ。まあ、正確には俺が助け出したわけじゃないんだが」

 

 そこは多少くらい見栄を張ってもいいような気もしたが、スバルとベアトリスの仲だ。わざわざそんなことをする必要は無い。

 

「まあいいのよ。スバルがそこまで活躍出来るとは思ってないかしら」

 

「ホントの話だけどストレートにそう言われるとちょっと来るものがあるな……」

 

 契約を交わした間柄だからこそ、理解し合っているからこその信頼感。互いを過大評価もしなければ過小評価もしない。

 

「起きて最初に見たのがスバルってだけで、十分過ぎる程かしら」

 

「可愛いこと言うなお前!」

 

「むぎゃーなのよ!」

 

 衝動的に抱き締めたスバルに、ベアトリスが可愛らしい抵抗をする。頬擦りをしたりもするが、割とされるがままだ。

 

 そんな熱いスキンシップを見せられる方はどう反応していいか分からない藤丸たちだったが、まあとりあえず暖かい目で見守ることにした。

 

『……む?』

 

「ダ・ヴィンチちゃん、どうかしましたか?」

 

『ベアトリスちゃんと接触した瞬間から、スバル君の反応パターンに変質が見られる。契約精霊、という特殊な形が関係しているのかもだ』

 

 興味深そうに笑みを浮かべるダ・ヴィンチちゃんだが、それはさておき──

 

 ──ベアトリスが、仲間に加わった。




四章後のベア子のデレっぷり、いいですよね……

オットー、ガーフィール、エミリアの影が薄くなりがちですね……前話までは割と目立ってたんですけど、こう、使い所に悩む……

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